春一番

ご無沙汰しております、みちるです。

 

すべては身体なんですねー。
そういわれてもこちらは困惑してしまうものですが。
私の身体について、私がまだ知らないことがあるみたい。それはきっと最期の瞬間まで続いていて、ぎらりと光ってみせるのはいつのことになるやらわからない。

数々の試練を突破した先にあるのが桜色の輝きでなかったなら、私はこの道を引き返すべきなのかもしれない。しかしもう、そんなことを言っているうちに、別れのときが近づいてくるからやるせない。

 

(間奏)

 

「春一番」

そうね、もう。その季節になった。

「春一番」

そう聞いて連想されるのは、「もうすぐ春ですね」という新しい靴の第一歩の響きか、それとも「私たちお別れなんですよ」という引っ越し前夜のさびしさか。
長らく私は、「雪が解けて川になって流れて」ゆくさまを想像して満面の笑みを浮かべる嬉しい生き物だった。けれどこうも「卒業」を意識せざるを得ない時間が訪れてしまっては――そう、きわめて最近のこと――否応なしに「お別れ」の表象が優位になって困る。

バルトロメウ・ディアスが喜望峰に到達したとき、当時どこを彷徨っていたかもわからない私の細胞もまた、悲嘆と喜びを意識したはずだ。きっとそのようにできているから、あなたが悲しみに暮れる日も近いと思うのです。
私という神経細胞が、吸血鬼が、オオカナダモが、ハルキゲニアがそうであるように、あなたも悲しみ、慈しみ、そして愛することができるはずですから、心配せずに鼻歌を歌っていてほしいのです。

 

今年も春一番が吹き荒れ、愛の胞子を飛ばして去っていきました。
私のわがままを聞く暇もなく颯爽と逃げていく彼は、きっと来年には別人なんだわと思いながら、煙草をふかす。この一本にも別れを言わなければいけないでしょうか。

しかし、センチメンタルな様相を呈してやってくるのが春というものですから。
いましばらく、耐え忍んで。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

痛くも痒くもない

こんにちは、ゆきほです🍵

今月前半はお休みをいただいたので、1ヶ月ぶりの更新となります。

前回はおでんの話をしつつ、実は課題やバイトなどに追われて忙しめな日々を送っていましたが、現在はどちらも落ち着いて嬉しい限りです。

春休みは春休みでいろいろと予定が詰まっていますが、焦ってやらないといけないことはそこまでないため、久しぶりに高校の友達と会ってたくさんおしゃべりしてきました。

高校の友達と会う予定も今月あと2回できて、月末には大学の友達との楽しみな予定もあるので、オンオフをしっかりつけて頑張りたいです……と、私らしからぬポジティブで真面目な発言で近況報告は締めたいと思います。

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先日、私の視力を上げてくれるメンバーに新しくコンタクトレンズが仲間入りしました。メガネ、度入り水中ゴーグルに続く、10年以上ぶりの新メンバー加入です。

今まで誰にコンタクトを勧められようと「やだ!!こわい!!」と頑なに拒み続けてきましたが、春休みにコンタクトがあるといいだろうな〜という予定ができたことで渋々導入を決意。早くから予約を入れるとどんどん嫌になる自信があったため、前日に突然来店予約をしてコンタクト屋さん(で合ってるのかな?)へ行きました。

……と軽く書きましたが、行く前に「えっコンタクトってどれ買えばいいの?1種類しかないの?(そんなわけない)」「コンタクトのお店から眼科に行って入れる練習しに行く!?!?どういうこと!?(そのままの意味です)」と大騒ぎして、結局母に着いてきてもらいました。

コンタクト屋さんで値段と性能を見比べてメーカーを選び、弟もこのお店でコンタクトを買っていたことが発覚したため割引も使えてハッピーな気持ちになりつつ視力検査のために同じ建物内にある眼科に向かいます。

視力検査をしたら今使っているメガネで1.5も見えていることが発覚したり、私の乱視が独特すぎてコンタクト屋さんで選んだメーカーが対応していなかったりというトラブルはありましたが、無事に診察まで終えていよいよコンタクトを入れる練習に入ります。

直前に怖すぎてハイになりながら母に「左目1分、右目1分で終わらせて出てくる」と話していましたが、まあこの発言が見事なまでにフラグとなりまして。本当に全く入れられなくて結局全てが終わるまでに2時間ほどかかりました。

横で励ましてくれていた眼科のお兄さんも途中からいなくなり、1時間過ぎたあたりから『誰かもうお前には無理だと引導を渡してくれ……!』と思いながら格闘し、やっと入ったと思ったら右目の乱視の角度が合っていなくて「もう1回入れる元気ありますか…?」と聞かれる辛すぎる流れ。しょうがないのでもう1回入れて(2回目は体感5分で入りました)視力検査をして外したところで眼科に着いてから2時間が経過していました。この時点でコンタクトはもう今後一生入れたくなくなりましたよね。

翌日。

すごく嫌だけどやるしかないのでコンタクトを入れましたが……なんと30分で入って!!(でも30分かかったんだねとは言わないでください)
完全に自信を取り戻して『これはコンタクト行けるんじゃない??』と思っていた私は、その日のうちにまた深い傷を負うことになります。

結論から申しますと、取るのに1時間かかって泣いて、結局母に取ってもらいました。

前日は外す時点でもう2時間近く経っていたので一刻も早く外して帰りたくて、えいや!と取れたんですね。でも、時間に追われないで取ろうとすると途端に無理になっちゃって。だって怖くない!?眼球つまむんだよ!?

片目が取れた時点で心が折れて「もうこっち取れてるからこっちは取らなくていい、こっち隠してメガネかければ見れる」「何でメガネより見えないものに2時間かけないといけないの!?(どちらかと言うと1.5見えているメガネがおかしい)」と言い出し、泣きながら母に取ってもらいました。

1時間格闘した右目はしばらく痛かったけど、母に5秒で取ってもらった左目は全く痛くないのも辛かったです。

そして先日この話を何人かの友達にしたところ、

・私はじめて入れるとき眼科で30分かかってやばいなと思ってたけど上には上がいるんだね。
・2時間!?超迷惑じゃん!
・(外れなくて泣いた話を聞いて)泣くと滑って余計取れなくなるよ

とのご意見をいただきました。まあ、ぐうの音も出ませんでしたよね。

実は涙を流したあの日からコンタクトは入れていないので(普通に朝が早くて帰りも遅い日が続いてコンタクトに割く時間がなかったため)明日、いややっぱり明後日くらいからまた練習します。

ではまた。

梅風かおる京で

春は花粉症、夏は死ぬ。秋は幻、冬は寝込んで、また春がやって参りました。私はここ数日頭痛と目眩に悩まされており、薬飲めども気休め程度です。目と鼻はまだ何ともありませんので本当に花粉症なのか風邪の後遺症か疑うばかりです。

花粉降り頻るこの頃といいますと、そろそろこのブログ部にも新入部員さんの投稿が始まるということで、私も心から楽しみにしております。自己紹介をチラッとみたところ、皆さん趣味を複数お持ちで羨ましい。あと同類が少なくとも二羽いて嬉しいです。

話は戻して花粉の大元凶杉でございますが、いつもは滅んでくれと思っている私が、例外的に杉へ頭を下げる時があります。伏見稲荷の「しるしの杉」です。「きさらぎやけふ初午のしるしとて稲荷の杉はもとつ葉もなし」という歌もあるように、初午参りをした際に御弊として持ち帰る風習があった杉の葉。今は1500円で授与所にていただけます。

2月午の日の暁、前々からやるぞやるぞと決めていたのにも関わらず寝坊し、急いで出町柳の駅まで歩きましたけれども、まだ出町の橋を渡っているところなのに6時になってしまいました。日の出の刻まで47分です。

17分発の急行に飛び乗り、揺られること数分、七条から東福寺の間で東の空がうっすら青くなっており、すっかり出遅れたことを実感いたしました。

伏見稲荷の駅に着きますとすっかり空は水色になっており、鳥居の前にはカラスが群がっておりました。人はちらほら居りましたが、それでも静かです。

本殿に参拝をして、いざ千本鳥居へ。撮影している観光客もおらず、待つことなく頭下げることなく進むことができました。

四ツ辻に着くと、そこには朝靄かかった街。物珍しく見入っていたら、雨が降り出したので先を急ぎます。

道が整備されているとはいえ、なかなかの山ですので苦しさに加えてだんだん暑くもなってくるわけでございますが、止まると余計辛くなります。他の参拝客と、追い越し追い越され挨拶を掛け合いながら、山頂を目指します。目的が同じ者は多ければ多いほど自分にとって力になります。

途中、御剣社があります。ここは能の『小鍛冶』の舞台でして、昨今の刀剣ブームも相まってか、ここは一段と小さな鳥居を持っていく方が多く見られました。私も個人的にここには昔お世話になった身、供えようかとも思ったのですが、小さいのにちょっとバイト無し学生にはお高いんですね、鳥居。もっと社会的に活躍して、自分の願いが叶ったら、参道に建てたいなと思っています!

約一時間ほどかけて登頂すると、やはり初午ですので、をあげさんを持った参拝客が末広大神の御前に詰めかけていました。持参はしてきていない人も、目の前の売店でお供え物を買って。

本殿の方へ戻るとそこには大勢の参拝客!本殿にはもちろん、授与所にもとんでもない人が押しかけていて、朝早くに行って本当によかったです。こうしている間にも増える参拝客。直ちに退散を、と楼門の方へ向かうと、また雨が降り始めました。お稲荷さんの縁日に朝から複数の狐の嫁入り。天気が変わりやすい山かつこの季節とはいえ、なんだか不思議で素敵な1日の始まりとなりました。

こうも早く1日が始められると、次の行動が起こしやすいものです。この日は京阪で北上し、三条で降りて、みやこめっせで行われていた『京菓子と京の文化の祭典』に行って和菓子作り体験をしてきました!

亀屋重久さんの指導を受けて、挑戦したはいいものの、とても難しく、かなり見本とかけ離れたものとなってしまいました。今年度の国語国文学学会で和菓子作りをしたと伺って羨ましかったので私もようやく、しかも亀屋重久さんに教えていただけて嬉しかったです。

207番で京都駅へ行き、乗り換えて千本七条へ。『本家さんきゅう』さんでランチの寿司定食をいただきました。ここは卸売市場の隣に位置していて、大きめで新鮮なおさかなを使っているので安いうえにとても美味しいです。

そのあとは梅小路公園で早咲きの梅を鑑賞しました!

今年も咲くスピードが速く、北野天満宮さんでもすでに見頃を迎えそうなまであります。もしかしたら吉野の桜を見て帰れるかもしれないという希望を胸に、あと1か月ちょっと、京都暮らしを満喫しようとおもいます!

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FIREのススメ。

こんにちは、あこです。

今日はバレンタインですね。

中・高・大と女子校に身を置いているあこにとって、バレンタインはたくさんのチョコを渡し、たくさんのチョコをいただきまくる”ありがたい”日。

コロナ禍を経た今となっては「古い慣習」だと思いますが、(少なくとも中学までは)手作りチョコが主流でした。だから、チョコを作らねばならぬのです。お菓子作りはおろか、料理、モノづくりすら興味のなかった当時のあこにとって、それがどれだけ辛かったか。

加えて、中学までは”お菓子NG”という規則がありました。それなのに、部活動では先輩にチョコを”献上”しなければならないらしい。

学校のルールは破りたくない、でも絶対みんなはチョコをくれてしまう。

絶対にバレたくない、でも先輩に渡さないといけない。

絶対に怒られたくない、でも”頭の固いやつ”とは思われたくない。

考えた結果、何かとチョコを混ぜたザクザクの塊を茶封筒に入れて友人・先輩たちに配ることにしました。(中1)

そしてバレンタイン当日。

今思えば、先生たちも”諦めていた”のだと思いますが、学校へ行くと、そこは普通に「バレンタイン」でした。

仲の良い友達へ、憧れの先輩へ。可愛いお菓子がビュンビュン飛び交います。

クオリティの高いお菓子が、素敵にラッピングされて、私の元にも届きます。

「ありがとう〜めっちゃ可愛いね!?」

チョコを貰ったら、チョコを返すのが人情というもの。

こう見えて、あこは義理堅い人間なのです。

茶封筒に入ったザクザクの塊チョコを、一人一人返しました。

先輩にも、渡しました。

友達にも、あげました。

「なんで茶封筒に入ってんの!?」

と驚き、笑いながらも受け取ってくれた同級生たち。

「あっありがとうね☺️」と、若干の動揺を見せながらも菩薩のような笑顔で受け取ってくれた先輩たち。

あの節は、本当にありがとうございました。

中2・中3のバレンタインはどう乗り越えたのか覚えていませんが、確か母に作ってもらったマドレーヌ(←これはちゃんと美味しい)を、母にラッピングしてもらって渡していたような気がしなくもないです。

あたかも私が作って私がラッピングしたかのような素ぶりで渡したこと、今ここに懺悔します。

高校生になってからは手作りを卒業(!)し、なけなしの財力で乗り越えました。

チョコを選ぶ楽しさを知り、バレンタイン催事にも足を運ぶようになりました。

高2の時にはついにバレンタインでチョコを渡すことを辞め、チョコをくれた人を覚えておいて「ホワイトデーに返す」というイケメンポジ(!)に勝手に就きました。

そして晴れて大学生になり、バレンタインからは完全に足を洗いました。

バレンタインを利用して感謝の品を贈ることはあっても、大量生産・大量受取の時代は、もう終わり。

ただ、美味しいチョコレートの発掘はいまだに好きなので(←チョコに限りませんが。)百貨店のバレンタイン催事はやはりワクワクします。

「この人は〇〇な感じだから、あのチョコがいいかな〜」

「このチョコにはこんなこだわりがあるんだ!」

「普段は〇〇でしか売ってないチョコが、ここで買えるのですか!?!?」

今年のバレンタインも、美味しいチョコレートに出会いました。(沖縄発のBEAN to BARチョコレートブランド・TIMELESS CHOCOLATEさんです。自家焙煎されたカカオ豆は香り高く、深いコクと甘みをもつ西表島黒糖とよく合います。皆さまもぜひお試しください!)

バレンタイン、最高です。

*****

バレンタインに限らず、誰かと何か(手紙,メール,プレゼントetc.)をやり取りすることは、とても嬉しくて、幸せなことです。

幼い頃は単純にモノを貰えることが嬉しかったあこですが、自分が”贈る”立場になって、”贈る”前の”選ぶ”行為、更には”選ぶ”前の、相手を”思う”気持ちがカタチになったものこそが、目の前の「モノ」なのだと気付けました。

何かを貰うということは、その人が私を「思ってくれた」ということであり、何かを贈るということは、私がその人を「思った」ということ。

友達、家族、先生、その他お世話になった方々へ。

チョコは渡してないけれど、いつも感謝しています。

10年前~4年前にかけてチョコをくれた方々へ。

今更だけど、チョコをくれてありがとう。

“カタチ”が全てではないけれど、たまには”カタチ”にするのもいいかもね。

バレンタインから(早めに)卒業した者として、思いを馳せるあこでした。

それでは、また。

ひなたぼっこ

くろすけという犬を飼っていた。賢い犬だった。幼稚園の頃、じーじと遊びに行った公園にいたのだ。公園にいた人が「あれは捨て犬だよ。3日くらい前からここをウロウロしているんだ」と言っていた。捨て犬なら、拾っていいんだと思って、家に連れて帰った。私はその時たぶん6歳だったと思う。来年から小学生という年だった。3月4日に拾った。今でも覚えている。誕生日が分からないから、毎年3月4日にお祝いしていた。

くろすけはいい子だった。連れて帰ってすぐは、ビビリで、散歩もまともにできなかったけど、すぐに慣れて、ご飯をモリモリ食べて、スクスク育った。くろすけの犬種は分からない。シェパードみたいな感じはしたけど、野犬というやつだと思う。顔だけが黒くて、それが印象的だったから、くろすけという名前になった。

小学校が終わると、走って家に帰って、すぐにくろすけと遊ぶ。くろすけは室内で飼っていたから、ただいま!と家に帰れば、出迎えてくれる。ランドセルを放り投げて、くろすけと沢山あそぶ。くろすけと一緒におじゃる丸と忍たま乱太郎を見て、天てれを見て、リビングで宿題をして、親が帰ってくるまで、ずっと一緒。休日はパパと一緒に近所の野球場に行って、くろすけと走り回る。くろすけは賢いから、リードを外しても、必ず戻ってくる。一緒に走り回って、帰る時は「帰るぞー!」と言えば、帰ってくる。遊び疲れたら、2人で寝る。私はくろすけと一緒に成長した。

くろすけは本当に賢かった。人間の言葉がほぼ分かっていたと思う。例えば食事中に箸を落としたら、取ってくれた。まあ犬の唾液がつくから洗う手間が増えるのだが、それでもしゃがんで拾わなくていいのでありがたい。それ取って、とか、あれ頂戴、とか言うと、全部分かってやってくれた。あんまりにも言葉が通じるから、昔、くろすけに向かって「もし私の言葉が分かるなら、ワンって言って」と言ってみたことがある。すると澄ました顔で「ワン」と言ったのだ。ちょっと怖くなって「本当に分かるの?」と聞いたら、今度はワンと言わなかった。私が怖がったことも分かって、ワンと言わなかったのかもしれない。

くろすけは頭が良すぎた。あまりにも賢すぎた。人間の言葉を分かりすぎていた。犬にしては頭を使いすぎた。だから急に泡を吹いて倒れたんだ。てんかんだった。犬が老いてからてんかんになるのは珍しいと言われた。脳の病気かもしれないと言われた。片目が見えなくなった。左の目だけ瞳孔が開き切ってしまっていた。てんかんになって、目もおかしいから、心配なら都会に行って、MRI検査を受けてみては、と言われた。行かなかった。てんかんの薬を飲ませるだけで精一杯だった。

くろすけはてんかんで死んだ。私が中3の秋だ。毎日泣いた。小学生の頃からずっとずっと一緒だったくろすけ。くろすけがいない生活なんて考えられなかった。近所の山奥に犬の火葬をやってくれる寺があって、そこに行った。住職さんに、いい犬ですねと言われた。火葬のボタンは私が押した。くろすけは骨になった。遺骨は庭に埋めた。手頃な石を拾ってきて、お墓にした。今でも帰省したら手を合わせている。

東京の街を歩いていると、散歩中の見知らぬ犬が急に私の前で立ち止まることがある。飼い主もビックリして、どうしたの?なんて声をかける。犬が3分くらい私の前から動かなくて、飼い主さんがオロオロする時もあった。陽気な飼い主さんは話しかけてくれたりする。大抵「犬飼ってるんですか?」と聞かれる。「はい」と答えるが、東京では飼っていない。犬の匂いがするものも身につけていない。たぶん、くろすけが近くにいるんだろうな、と思っている。くろすけが死んでから、犬が異様に自分に興味を示すようになったから。

友人とローラースケートの話をした。そういえば小学生の頃は、ローラースケートを履いてくろすけの散歩に行っていた。ローラースケートを履いていれば、くろすけが勝手に引っ張ってくれるので、楽に散歩ができた。その話をした。すると友人に、「とても過ごしやすい日に縁側で寝ちゃって、そのときに見る夢の話かと思った」と言われた。そうかもしれないと思った。穏やかな春の日に、くろすけのことをよく思い出す。

最近、死んだ人が生きている人の夢に出てくるのはとても難しいというような話を聞いた。どうりで私の大好きな人たちはなかなか夢に出てこないのだ。くろすけも全く夢に出てきてくれないのでずっと悲しかった。それでもたまに夢に出てきた時は、大抵二人で楽しく遊んでいるのだ。くろすけを抱きしめていたら、いつの間にか人間の男の子になっていて、私にとっての可愛い弟だったことを思い出して、より愛おしく感じて、もっと強く抱きしめたら、また犬に戻って、でも人間の男の子で、嬉しくて、そんな夢を見たことがある。夢の中で、人間の男の子になれるくらいには、やっぱり賢かったんだなあと思う。さすがに文字は読めないと思うから、このブログは読んでいないだろうけど、私が今でも大事に思っていることとか、大好きなこととか、そんなことは当たり前のように分かっていると思う。だからまた遊ぼうね。ずっとずっと大好きだよ。

大忙しの予感、

皆さま、こんにちは!

無事に課題も提出し終わり、正真正銘の春休み!いかがお過ごしでしょうか?

前回の更新で、春休みの予定は「ダンス」。と言いきり、タイトルもそんなようなものを付けたのですが、しっかりダンスまみれの日常を送っております。というのも今日までの1週間、毎日踊っています。スケジュール確認してみたら21日ダンスの予定が入っていました。私の記憶が確かであれば今年は29日ありますね。4分の3ダンスで埋まり、その他諸々で完全オフ日は2日のみ!さらにダンス公演のパンフレット作成や作品創りも始まり、なんだかとても忙しい予感があります、、!しばらく更新が止まる可能性もありますが、、戻ってくるのでお待ちくださいませ!

今日もブログをご覧いただきありがとうございました!それでは!!

チュープリ

ご無沙汰しております、みちるです。

 

あなたは「キスプリ」派ですか、「チュープリ」派ですか。
口づけのシーンをプリクラで撮影したもの、の呼称についてです。

私はめっぽう「チュープリ」と呼んでおります。
プリクラの狭い箱の中は外界から隔絶されているようでいてその実、大きな暖簾二枚を軽く腕押しすれば容易に覗き込まれてしまう。「プリント倶楽部」という字面のいかがわしさ。たった数分、たった数百円、たった数ショット。プライバシーも、その中で育まれる秘密も、すべてはインスタント。であれば、「キス」という爽やかな響きよりも無垢を装った「チュー」の発音のほうが、このチープさに相応しいと感じるのです。

しかし「チュープリ」にはそれの尊さがある訳で、それは断じて捨象できません。
大きな秘密は大きな喜びにもなりますが同時に背負うべき重い十字架でもありましょう。それに比べればチュープリの秘密は二人でお揃いの十字架のネックレスをつける程度のきわめて愛らしいものですから、恐れるに足りませんね。
また、「チューしよう」とは言えなくても「チュープリ撮ろう」とは言える、そんないじらしい心理も考え難いものではないはずです。ポッキーゲーム同様、遊びの一環としてあわよくばチューしてやろうという魂胆があるわけですが、そんな下心さえ受けいれさせてしまうのが「チュープリ」という響きではないでしょうか。

・・・

(間奏)

・・・

チュープリ、一度だけ撮ったことがある。
当時はプリクラ自体に不慣れだったもので、正面以外を向いて写ることなど考えられなかった。しかしよく考えられなかったからこそ、前のショットから次のショットへと移行する数秒の間での思い付きをそのまま形に出来たのかもしれない。女性ナレーターの高い声に重ねて私は

「チューしていい?」

と尋ねたのでした。
たしか「ああ」とか「うん」とか言われて一枚撮ってみたのですが、私の目論見通り大抵のプリクラ機は正面顔に対応して加工を施しますから、90度横向きの見るに堪えない中途半端な仕上がりである私がそこにおりました。印刷用にも送信用にも回さなかった気がします、思い出とはいえ自分の盛れていない写真を撮っておけるほど心に余裕がないので。

技巧的な話をしますと、二人でチュープリを撮影する場合おそらく互いが45度程度ずつ顔を相手の方に向け、口の端か頬あたりに唇をつける。これくらいだと世の中に出しても恥ずかしくない具合に中々良い画像が出来上がると、私は踏んでいます。
再挑戦する機会が中々ないのですが、宜しければあなた、いかがですか。

・・・

02:20

<体調、大丈夫?心配。ちゃんと寝てね。> 3分前

蛇も踏めないような、優しくて臆病そうにも聞こえる彼女の声が聞こえてくるようだった。
僕が待ち合わせに遅刻してしまったときの「ゆっくり来てね」、仕事終わりの「今日も遅くまでお疲れ様」、精神を悪くしている真夜中の「大丈夫?」。このツイートには、そうした言葉のどれをとっても見つからないような醜悪さと、今すぐ夕食を吐き出したくなるほどの悪臭が漂っていた。
僕ではない誰かに向けられたエアーメッセージ。彼女が、僕じゃない誰かの体を気遣っている。彼女のアカウントのBIOを見ると、

<睡眠!>

みたいなことが書いてある。本当の言葉は無論、克明に記憶してあるのだが、最悪過ぎてとてもじゃないがここには書けない。
一体誰を寝かしつけようと言うのだろう。検討はついていた。僕が会ったことのない、彼女と仲のいいあの男。僕はもはや怖いもの見たさの領域を逸脱してオートマータのような挙動で彼女のいいね欄を窃視する。

02:22

<睡眠botじゃん。ありがとう、ちゃんと寝るよ。> 2分前

手に持っていたスマホを家じゅうの出来るだけ固いところへ打ち付けてぶち割ってやりたくなった。
気持ち悪い、心底嫌だ、勘弁してくれ、僕はここまで書くのにもう二回嘔吐している。
お前に礼を言われるようなことじゃない、彼女は誰にだってとても優しくて、でも誰にでも心を開くことは出来ない人見知りの恐怖症で、だからお前への声掛けだって義理に決まっている。そう言いたくても言えないのは、事実として彼女とあの男の間に深い親交があることを僕が知っているからで、そうなるともう僕の負け。
現在進行形で行われている二人のメッセージ合戦を、どうして間男のようにこそこそ目で追わねばならないのだ。どうして、二人のこのやりとりが行われるまでのいきさつをあれこれ考察しながら体を震わして泣かなければいけない。涙のほうだってこんな事情のために流されては不本意だろう。

――二人が日中会っていたことは明白で、しかし僕にそれをどうこう言うことはできない。本当はあんまり会って欲しくないけど、ただの友人である僕にどうしてそこまで言うことが出来るのか、そしてそんな束縛を仮に彼女が受け入れたとしても、僕にその責任が取れるかは想像できないのだ、だから端から望むべきでない。彼女を独占することも、彼女を僕の望みで縛ることも、するべきではない。
僕たちは最近頻繁に会っていて、その間少なくとも1ヶ月余りは彼女があの男と対面することはなかったはずだ。僕は内心そのことに安堵しながら、彼女に対してはあの男に好意的であるような態度をとっていた、それが出来るほど心に余裕があった。

「○くん、カッコいいよね」

本当にこう言ったこともある。その時僕の顔面の引き攣れが如何であったかは知らないけれど。
とにかく今日、彼女は奴と会い、このやりとりを行っている。彼女のアカウントはきわめて小規模で、対して男はインターネットでそれなりに広く活動しているようで、説得力のあるフォロワー数を有していた。その男が今、彼女のためだけにエアーメッセージを投稿している。彼女は誰の眼から見ても魅力的で、センスのあるイケてる誰かと気が合ったり、僕の知らない誰かから注意を向けられるのは仕方がないことなのかもしれない。
けれど間違いなく、僕の眼から見た彼女が最も魅力的。僕はここ数か月の間ずっとそのように信じてきた。
僕の知らない奴に認められないで欲しい、僕の知らない誰かと仲良くしないで欲しい、あの男はとくにいけない、僕は彼女という項を世界から抜きにしても、きっとあの男に勝てない。こんなことをくどくど書いてしまうように、僕はあまりに醜く、貧しく、悲しい。

02:30

仮に僕が今、彼女の不安や心配をあおるようなことを言えば、彼女はきっと僕にも「大丈夫?」とメッセージをくれるだろう。しかしそれは僕と彼女だけのプライベートなやりとりで、世界に見せつけ”得る”ような仕方ではあり得ない。本人たちだけがばれていないと思い込んで、逢引のようにやりとりするのとはわけが違う。勿論、逢引きを見つけた誰かが僕のように気を狂わせて叫び出せばよいなどと、最大多数の最大幸福に反するようなことを願う道理はない。ないけれど、僕だって誰にも目配せをせずに胸を張って彼女と逢引きをしたい。僕以外を思いやる心なんて、なくしてしまった方が幾分かましだと本気で思った。

 

――数日後、僕はうわの空で彼女と、数人の知人たちと共に珈琲を飲んでいた。
彼女も始めこそ頑張ってあれこれ話題をこねくり回していたが、途中で何かを察したのかスマホの画面と差し向いになっていた。僕は彼女以外の久々に会う友人に頻繁に話しかけ、わざと彼女が知らなそうな小説の話題を振りまくった。その間、彼女は長いことスマホを眺めて過ごしていた。

一人、また一人と後の予定のために席を立っていき、最後に僕と彼女が残された。
彼女は喫茶店の店員に何か小声で話しかけられて、僕だけにわからない変なポーズをしながら楽しそうに会話していた。

「最近どう?」

僕が何の感情も込めないよう努めて聞くと、

「え、特に変わったことはないけど」

少し困り気味といった感じに答えた。
僕は、こいつ、しらを切る気か、と思った。
僕か彼女か。どちらでも良いから、どちらかをはやく裁いて欲しかった。

彼女はいつものようにふざけて両手でハートマークを作り、

「ファンサあげる!」

と、それを僕の方へ近づけてきた。いつもならこれに乗っかるところだが、僕は出来るだけ不機嫌に聞こえないような声色を意識して

「いらなあい」

と答えた。彼女は何も気にしていないと言った風で、この時僕は本気で「今日がこの女を嫌いになる日だ」と考えていた。

去り際、僕は最後の当てつけにと思って

「今日は疲れたから、よく<睡眠>をとるようにしようと思う」

す・い・み・ん、と、死にかけの老人にだって聞こえるほどはっきり聞こえるように発音した。
すると彼女は

「……出来るだけ早く、何らかの形で説明するね」

と言ってその場を後にした。
僕は見逃さなかった。彼女が最後の言葉を吐く直前に「今気が付いたような顔をしなければ」という念を巡らせて表情筋を駆動させ始めたまさに最初の痙攣を。

僕は幼稚で、面倒な気質をしていて、女々しく、妬み深く、感情を激しく変動させやすく、自分で見つけた絶望の淵を再び発見することに困らない、そういう重病人だった。今もなおそうである。
ここまで書いていて既に、これがいかに僕が一人で苦しくなって恐怖して憤って気を狂わせているだけの身勝手な記録であるかは明白であろうと思われる。僕はそれらをすべて承知して行動している積もりだが、そこに他者への配慮は一片も存在していなかった。僕は誰かを呪い、憎み、妬み、自分を辱めることしかしてこなかった。

僕の性根が完全に捻転していて戻らない限りにおいて、優しい彼女の顔を見ることももうないだろう。

言うまでもなく、以上は変化することができなかった場合の僕の記録である。
いつの日かこれが破り捨てられ、新規に記録が上書きされることを望む。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

恐怖!犬神家の少女

皆さん、こんにちは!

数日前、降る雪に心躍らせておりました、生粋の静岡県民、ももこです。(私の地元、静岡ではめったに雪は降りません…)

都心でも積雪が観測された月曜日、皆さんはいかがお過ごしでしたか?

私は雪を見るのが久しぶりだったので、年甲斐もなくはしゃいでおりました(笑)。10分に1回は窓の外を確認し、舞い落ちる雪の映像を動画に収めようと必死でした。おかげで、スマホの写真フォルダがぱんぱんです!

しかし、雪は降り積もった後が大変なのですよね…。今回も、多くの電車が遅延したり、道路が通行止めになったりと、通勤・通学が困難だった方も多いのではないでしょうか。道路の凍結による事故や転倒をされないよう、くれぐれもお気を付けください。

さて、本日は冒頭の挨拶からの流れで、雪にまつわる思い出話を1つしたいと思います。

降り積もった雪の上で行うスポーツと言えば、スキーですよね!幼稚園に通っていた頃、よく家族で日帰りのスキー旅行に行っていました。今回お話するのは、父、母、姉、叔母の5人で、そのスキー旅行に行った時のこと…。

その日は、ちびっ子たちにスキーの滑り方をレクチャーするイベントに参加してから、本格的なコースへと移動しました。自慢ではありませんが、私の父は北海道生まれの孤高のスキーヤー、母は体育大学出身の生来の体育会系女子でしたので、私は幼いながら「きっとうまく滑れるはず…!」と高を括っておりました。

しかし、コースに入ってから事件は起きました…。

談笑しながら進む母と叔母を横目に、私は颯爽と滑り出し、得意げに風を切っていたのですが、先ほどのイベントで習ったブレーキのかけ方を実践しても、全然止まらないのです!習ったことを反芻して、スキー板が八の字になるようにかまえて、膝を曲げても、スピードはどんどん加速していきます。ついにはコースを外れ、ネットが張ってある方へと、私の体は舵を切り始めました。(以下、音声描写入ります)

「あああ~~~!おか~さ~ん!た~す~け~っ」

ぼふっ

分かりましたかね…、事の顛末が…。なかなかブレーキがかからないことと、コースを大幅に外れたことに焦りを覚えた私は母に助けを求めたものの、その叫びの甲斐なく、すっころんで頭から雪の中に突っ込み、ひっくり返って、地面から足だけが出てる状態になってしまったのです。まさに、「犬神家の一族」のあの有名な川から2本の足が出ているという、恐怖の光景になってしまったわけです(笑)。

当の本人は、何が起こったか、全く状況を理解できず…。まさか自分が犬神家状態であることを知る由もなく、唯一地面に出ていた両足をパタパタさせて、雪の中でもごもごしながら「おがあざ~ん!」と叫んでおりました。

一方、母は幼い娘が転んでひっくり返って犬神家になっているのを見て、叔母と大爆笑(していたらしいです)。どうりで助けに来てくれるのが遅いと思いました。心なしか、助け出してくれた時も、笑っていたような覚えが…。後から聞いた話ですが、周りにいた方々もクスクスと笑っていらっしゃったようです。

この体験を思い出すたびに、恥ずかしい気持ちでいっぱいになりますが、それも含めていい思い出(笑)!(ちなみにこの事件の後、スキーには一度も行っていません)

というわけで、雪国生まれのスキーヤーとごりごりの体育会系の血は、私には受け継がれなかったことが、この一件で証明されました。私のスキーの思い出を、犬神家から、別の素敵な何かに更新してくれる方、募集中です!

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

朝活

こんにちは、さくらです。

長期休みになるとどうも日付感覚が無くなってうっかりブログの更新を忘れてしまいます。

ついこの間、関東でも雪が降りましたが、相変わらず寒い日が続くせいで朝から晩まで布団と仲良しこよしの日々です。

あまりに怠惰すぎるので引かれてしまうかもしれませんが、春休みに入ってからほぼ毎日14:00に起きて16:00にバイトへ向かう日々を過ごしています。体感の一日はたったの二時間です。やばい……。流石にこれはやばい……。

朝活をしよう!

そう決意して今日は11:00に起きました。これは進歩ですから、みなさん褒めるところですよ。

せっかく早起きしたので今日はパンを作ってみました。

かわいい~!!リボンなんです!

画像を小さくする方法が分からず相変わらずドデカ画像を張り付けてしまいすみません。

こちらのレシピで作りました!本当に簡単で寝ぼけまなこの私でも出来ました。時間も大体二時間ちょっとで出来るので、のんびりした休日にオススメですよ~。

レシピでは蜂蜜とスキームミルクを使っていますが、蜂蜜はメープルシロップ、スキームミルクは牛乳で代用しました。蜂蜜は家にあったんですが、瓶の蓋がカッチカチでか弱い私には無理でした。

焼きたてのパンって本当に美味しくてふわふわのモチモチ、それでいてほんのりメープルシロップの甘さが食欲をそそります。六個しかないのに気が付いたら一人で四個も食べてました。なるべく出来立てを食べたい、という欲の塊なのでいつも以上の食欲を発揮してしまいました。

姉に連絡したら「私も食べたーい」と言ってくれたので、辛うじて残っていた二個をちゃんと取り分けておきました。

今日は11:00に起きるという偉業を成し遂げたので、一日が五時間もあってハッピーです。さらにパンまで作っちゃったから、もう充実しまくった一日だなと自分を褒めたたえています。では、これから私は人手不足でマネージャーが泣いているバイト先にヘルプで出てきます。早起きして、パンも作って、お金も稼ぐなんて……。天才ですね。

Laughter is the best medicine.

皆さん、こんにちは!ずきです。

2月5日は【ニ(2)コ(5)二コ】の語呂合わせにちなんで、「笑顔の日」とされているのだそうです。

2月1日~3日まで、日本女子大学では一般入試が行なわれました。受験生の皆さん、本学の受験お疲れ様でした!自分の力を出し切ることは出来たでしょうか…!まだ、他大学の試験が続く方もいらっしゃることと思います。桜の咲く頃に、皆さんが笑顔で大学に入学できることを、心から祈っております!

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さて、4年生は2月8日に卒業論文の口述試験を控えております。オンラインとはいえ、緊張しますね。学籍番号の関係上、朝一番になってしまったのですが、とにかく頑張りたいと思います…はい…。

これが終わって、無事に!笑顔で!卒業できますように!

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そして本日は、私の父の誕生日でした。おめでとう、節目の歳ですね。

父のおかげで、日本文化や歴史が好きになりました。
父のおかげで、小学校低学年までは好きだった算数が、大の苦手になりました。
父のおかげで、趣味に没頭する楽しさを学びました。

見た目はそこまで変わっていないように思いますが、強かったはずの胃腸がだいぶ弱くなりましたね。脂っこい食べ物は控えましょう。これからも無理のない範囲で、趣味を楽しんでくださいね。あと、あまり母を怒らせないように。夫婦仲良く、笑顔で居てくれたら、娘としては嬉しいです。これからもお互い、元気でいきましょうね。

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私が笑顔で居られる秘訣。家族の存在や趣味もありますが、最近特に無くてはならないと感じているのが、友人の存在です。

何かと忙しくしている私に、「手伝えること、ある?」と、気遣いのメッセージをくれる友人。
「ここに一緒に行きたい!」と、遊びに誘ってくれる友人。
私の新たな挑戦を「良いじゃん!」と、心から応援してくれる友人。
「一緒に過ごせることが、とても嬉しい!」と、お世辞なしに言ってくれる友人。

私はありがたいことに、友人に恵まれています。感謝しかありません!ありがとう!友人たちに恵まれたおかげで、大学生活をさらに楽しむことが出来たと思っています。

「笑う門には福来たる」
「笑いは人の薬」

と申しますが、友人たちの笑顔に救われたと感じることが多くあります。「一緒に居て楽しい!」と思える友人たちに出会えたことに感謝しながら、卒業までの残り1ヶ月半ほどを楽しみたいと思います。
遊ぶ約束をしている皆へ!全力で楽しみましょう!よろしくお願いします!!!

今回はこの辺で。それでは、また!