ご無沙汰しております、みちるです。
あなたは「キスプリ」派ですか、「チュープリ」派ですか。
口づけのシーンをプリクラで撮影したもの、の呼称についてです。
私はめっぽう「チュープリ」と呼んでおります。
プリクラの狭い箱の中は外界から隔絶されているようでいてその実、大きな暖簾二枚を軽く腕押しすれば容易に覗き込まれてしまう。「プリント倶楽部」という字面のいかがわしさ。たった数分、たった数百円、たった数ショット。プライバシーも、その中で育まれる秘密も、すべてはインスタント。であれば、「キス」という爽やかな響きよりも無垢を装った「チュー」の発音のほうが、このチープさに相応しいと感じるのです。
しかし「チュープリ」にはそれの尊さがある訳で、それは断じて捨象できません。
大きな秘密は大きな喜びにもなりますが同時に背負うべき重い十字架でもありましょう。それに比べればチュープリの秘密は二人でお揃いの十字架のネックレスをつける程度のきわめて愛らしいものですから、恐れるに足りませんね。
また、「チューしよう」とは言えなくても「チュープリ撮ろう」とは言える、そんないじらしい心理も考え難いものではないはずです。ポッキーゲーム同様、遊びの一環としてあわよくばチューしてやろうという魂胆があるわけですが、そんな下心さえ受けいれさせてしまうのが「チュープリ」という響きではないでしょうか。
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(間奏)
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チュープリ、一度だけ撮ったことがある。
当時はプリクラ自体に不慣れだったもので、正面以外を向いて写ることなど考えられなかった。しかしよく考えられなかったからこそ、前のショットから次のショットへと移行する数秒の間での思い付きをそのまま形に出来たのかもしれない。女性ナレーターの高い声に重ねて私は
「チューしていい?」
と尋ねたのでした。
たしか「ああ」とか「うん」とか言われて一枚撮ってみたのですが、私の目論見通り大抵のプリクラ機は正面顔に対応して加工を施しますから、90度横向きの見るに堪えない中途半端な仕上がりである私がそこにおりました。印刷用にも送信用にも回さなかった気がします、思い出とはいえ自分の盛れていない写真を撮っておけるほど心に余裕がないので。
技巧的な話をしますと、二人でチュープリを撮影する場合おそらく互いが45度程度ずつ顔を相手の方に向け、口の端か頬あたりに唇をつける。これくらいだと世の中に出しても恥ずかしくない具合に中々良い画像が出来上がると、私は踏んでいます。
再挑戦する機会が中々ないのですが、宜しければあなた、いかがですか。
・・・
02:20
<体調、大丈夫?心配。ちゃんと寝てね。> 3分前
蛇も踏めないような、優しくて臆病そうにも聞こえる彼女の声が聞こえてくるようだった。
僕が待ち合わせに遅刻してしまったときの「ゆっくり来てね」、仕事終わりの「今日も遅くまでお疲れ様」、精神を悪くしている真夜中の「大丈夫?」。このツイートには、そうした言葉のどれをとっても見つからないような醜悪さと、今すぐ夕食を吐き出したくなるほどの悪臭が漂っていた。
僕ではない誰かに向けられたエアーメッセージ。彼女が、僕じゃない誰かの体を気遣っている。彼女のアカウントのBIOを見ると、
<睡眠!>
みたいなことが書いてある。本当の言葉は無論、克明に記憶してあるのだが、最悪過ぎてとてもじゃないがここには書けない。
一体誰を寝かしつけようと言うのだろう。検討はついていた。僕が会ったことのない、彼女と仲のいいあの男。僕はもはや怖いもの見たさの領域を逸脱してオートマータのような挙動で彼女のいいね欄を窃視する。
02:22
<睡眠botじゃん。ありがとう、ちゃんと寝るよ。> 2分前
手に持っていたスマホを家じゅうの出来るだけ固いところへ打ち付けてぶち割ってやりたくなった。
気持ち悪い、心底嫌だ、勘弁してくれ、僕はここまで書くのにもう二回嘔吐している。
お前に礼を言われるようなことじゃない、彼女は誰にだってとても優しくて、でも誰にでも心を開くことは出来ない人見知りの恐怖症で、だからお前への声掛けだって義理に決まっている。そう言いたくても言えないのは、事実として彼女とあの男の間に深い親交があることを僕が知っているからで、そうなるともう僕の負け。
現在進行形で行われている二人のメッセージ合戦を、どうして間男のようにこそこそ目で追わねばならないのだ。どうして、二人のこのやりとりが行われるまでのいきさつをあれこれ考察しながら体を震わして泣かなければいけない。涙のほうだってこんな事情のために流されては不本意だろう。
――二人が日中会っていたことは明白で、しかし僕にそれをどうこう言うことはできない。本当はあんまり会って欲しくないけど、ただの友人である僕にどうしてそこまで言うことが出来るのか、そしてそんな束縛を仮に彼女が受け入れたとしても、僕にその責任が取れるかは想像できないのだ、だから端から望むべきでない。彼女を独占することも、彼女を僕の望みで縛ることも、するべきではない。
僕たちは最近頻繁に会っていて、その間少なくとも1ヶ月余りは彼女があの男と対面することはなかったはずだ。僕は内心そのことに安堵しながら、彼女に対してはあの男に好意的であるような態度をとっていた、それが出来るほど心に余裕があった。
「○くん、カッコいいよね」
本当にこう言ったこともある。その時僕の顔面の引き攣れが如何であったかは知らないけれど。
とにかく今日、彼女は奴と会い、このやりとりを行っている。彼女のアカウントはきわめて小規模で、対して男はインターネットでそれなりに広く活動しているようで、説得力のあるフォロワー数を有していた。その男が今、彼女のためだけにエアーメッセージを投稿している。彼女は誰の眼から見ても魅力的で、センスのあるイケてる誰かと気が合ったり、僕の知らない誰かから注意を向けられるのは仕方がないことなのかもしれない。
けれど間違いなく、僕の眼から見た彼女が最も魅力的。僕はここ数か月の間ずっとそのように信じてきた。
僕の知らない奴に認められないで欲しい、僕の知らない誰かと仲良くしないで欲しい、あの男はとくにいけない、僕は彼女という項を世界から抜きにしても、きっとあの男に勝てない。こんなことをくどくど書いてしまうように、僕はあまりに醜く、貧しく、悲しい。
02:30
仮に僕が今、彼女の不安や心配をあおるようなことを言えば、彼女はきっと僕にも「大丈夫?」とメッセージをくれるだろう。しかしそれは僕と彼女だけのプライベートなやりとりで、世界に見せつけ”得る”ような仕方ではあり得ない。本人たちだけがばれていないと思い込んで、逢引のようにやりとりするのとはわけが違う。勿論、逢引きを見つけた誰かが僕のように気を狂わせて叫び出せばよいなどと、最大多数の最大幸福に反するようなことを願う道理はない。ないけれど、僕だって誰にも目配せをせずに胸を張って彼女と逢引きをしたい。僕以外を思いやる心なんて、なくしてしまった方が幾分かましだと本気で思った。
――数日後、僕はうわの空で彼女と、数人の知人たちと共に珈琲を飲んでいた。
彼女も始めこそ頑張ってあれこれ話題をこねくり回していたが、途中で何かを察したのかスマホの画面と差し向いになっていた。僕は彼女以外の久々に会う友人に頻繁に話しかけ、わざと彼女が知らなそうな小説の話題を振りまくった。その間、彼女は長いことスマホを眺めて過ごしていた。
一人、また一人と後の予定のために席を立っていき、最後に僕と彼女が残された。
彼女は喫茶店の店員に何か小声で話しかけられて、僕だけにわからない変なポーズをしながら楽しそうに会話していた。
「最近どう?」
僕が何の感情も込めないよう努めて聞くと、
「え、特に変わったことはないけど」
少し困り気味といった感じに答えた。
僕は、こいつ、しらを切る気か、と思った。
僕か彼女か。どちらでも良いから、どちらかをはやく裁いて欲しかった。
彼女はいつものようにふざけて両手でハートマークを作り、
「ファンサあげる!」
と、それを僕の方へ近づけてきた。いつもならこれに乗っかるところだが、僕は出来るだけ不機嫌に聞こえないような声色を意識して
「いらなあい」
と答えた。彼女は何も気にしていないと言った風で、この時僕は本気で「今日がこの女を嫌いになる日だ」と考えていた。
去り際、僕は最後の当てつけにと思って
「今日は疲れたから、よく<睡眠>をとるようにしようと思う」
す・い・み・ん、と、死にかけの老人にだって聞こえるほどはっきり聞こえるように発音した。
すると彼女は
「……出来るだけ早く、何らかの形で説明するね」
と言ってその場を後にした。
僕は見逃さなかった。彼女が最後の言葉を吐く直前に「今気が付いたような顔をしなければ」という念を巡らせて表情筋を駆動させ始めたまさに最初の痙攣を。
僕は幼稚で、面倒な気質をしていて、女々しく、妬み深く、感情を激しく変動させやすく、自分で見つけた絶望の淵を再び発見することに困らない、そういう重病人だった。今もなおそうである。
ここまで書いていて既に、これがいかに僕が一人で苦しくなって恐怖して憤って気を狂わせているだけの身勝手な記録であるかは明白であろうと思われる。僕はそれらをすべて承知して行動している積もりだが、そこに他者への配慮は一片も存在していなかった。僕は誰かを呪い、憎み、妬み、自分を辱めることしかしてこなかった。
僕の性根が完全に捻転していて戻らない限りにおいて、優しい彼女の顔を見ることももうないだろう。
言うまでもなく、以上は変化することができなかった場合の僕の記録である。
いつの日かこれが破り捨てられ、新規に記録が上書きされることを望む。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる