人生かもしれない

横浜駅をぶらぶらと歩いていたら、「ヨシタケシンスケ展」のポスターが目に入った。
「りんごかもしれない」「りゆうがあります」などの作品がとても好きで、そもそも絵本というコンテンツが大好きなわたしは引き寄せられるようにそのチラシを手に取った。

「ヨシタケシンスケ展かもしれない」
原画とか飾ってあるのかな、ふうん、見に行ってみようかな。
そんな軽い気持ちだった。元々展覧会に行くのは好きだったから。
絵本も好きだ。小さいころから、ずっと。最近のお気に入りの場所は絵本の家。目白から大学へ行くまでの道のりにある、青い入り口が目印の絵本屋さんだ。国内外問わずさまざまな絵本が置いてあり、絵本のグッズなんかも置いてある。そこを眺めながら、「あ、ヨシタケシンスケさんの絵本だ。」と海外版の『りんごかもしれない』を、英語なんてわからないのに眺めて見たりもした。
絵本が好きだ。心が踊る、声に出して読んでみたくなる。

ヨシタケシンスケさんは、その中でも特段好きな作者だった。
くすりと笑えるユーモアに遊び心、その中に見える深いメッセージ性と人生観。
隅々まで読みたくなるような絵本ばかりだ。絵柄も可愛らしくて唯一無二。
原画などの展示が見られるなら、グッズとかも欲しいし。
とても楽しみにしていて、同じく絵本が好きな母とともに足を運んだ。

チケットを購入する前から、入口の至る所にスタンディパネルが飾られていた。
違う方を指さして「会場はこっちかもしれない」だとか、「あなたをずっと待っていたのかもしれない」だとか。ヨシタケシンスケ節の遊び心が散りばめられている。


入場して、一番初めに目に飛び込んできたのは、ダンボールで作られた展示場だった。


「ほんとうの会場はこっちかもしれない」と「いりぐち」と書かれた小さな扉に矢印が伸ばされている。
可愛らしく、ヨシタケシンスケらしい「入り口」に胸が高鳴る。

そのまま奥へと足を進めると、たくさんの「カブリモノ」と目があった。
「カブリモノシリーズ」の展示。ヨシタケシンスケの昔の制作物らしい。
カブリモノを制作し、その機能とアイデアスケッチを展示していた。
わたしは、この展示が一番好きだった。一気に心を奪われたのだ。
カブリモノの中にケチャップとマヨネーズを入れて、オーロラソースでいっぱいにすることで死にいたる自殺装置に、頭の自動販売機。ブラックユーモアと、詩的な一言がとても刺さって、釘付けになった。

特に印象に残ったのは「HOOK ME」という「カブリモノ」。
カブリモノについたフックが体全体を持ち上げている。
作品説明はたった一文。


「ぼくが今まで宙に浮くことができなかったのは、何もひっかかるものがなかったからなんだ。」

カブリモノシリーズを堪能した後広がるのは、普段からヨシタケシンスケが記録しているアイデアスケッチの数々だった。
壁一面に、ヨシタケさんの世界観が広がる。

普段の生活でどのようなことを考えているのか、手に取るようにわかるメモの数々。
ヨシタケシンスケの作品は、こういうところが出発点になっているのだと感じられるような展示だった。この展示を見るのには、時間がいくらあっても足りない。
目についたものを眺めるだけでもたくさん共感できるポイントがあって、時間が許すなら目の届く限り全てを見たいと思うほどだった。

一言とともに、小さな絵が添えてある。
感性が羨ましくなった。羨ましい、と思うと同時に、この色々考えてしまう思考をどこにも書かず、発散せずにとどめたままだと苦しいだろうなとも思う。
書き、描くという行為がこれほどの感性を育てているのだろうか。

その奥にはさまざまな展示があった。
子供向けのミニゲームや、学生時代の制作物。
そして、作品群のアイデアスケッチだ。

どのような過程を踏んでヨシタケシンスケの絵本が作り上げられていったのか、本人直筆の付箋で注釈がつけられながら追うことができる。
本当に面白かった。作家の頭の中をのぞいているようで、大人たちは食い入るように見入っていた。

この展示会は、大人が訪れるとさまざまなものを感じ取れるようなものになっていると思う。
人生のこととか、いろいろ。たくさん考えることがあったし、たくさん学ぶことがあった。
私がヨシタケシンスケの絵本が好きなのは、こういうところなんだろうなと思った。

展示会は好きだ。時には人生観さえ変わることがある。
ぜひ、「ヨシタケシンスケ展かもしれない」に足を運んでみてほしい。

 大人になってから出す高熱、同じ体温でも子どもの時よりマジで辛すぎる、と大学生になってからちょくちょく思います。この間夏風邪を引き39度まで熱が出たんですが体が痛すぎて眠れやしない。熱出すと解熱鎮痛剤の偉大さを痛感させられますね。あと昔より長引く気がする。今年の私は特に体力の欠片もないので完全復帰までが長い長い。大人の言う「まだ本調子じゃなくて~」みたいな文言、小学生くらいまであんまりぴんときていませんでしたが、徐々に理解できるようになっていくのが人間か~なんて思ったりします。

 先日、トーハク、東京国立博物館に行ってきました。見たい展示があったとかこのイベントが興味あってとかではなく、近くに用があったため思い立って寄ってみただけではあるんですけれども。というのも「キャンパスメンバーズ」なるシステムがありまして、日本女子大がそれに加入しているため我々は学生証を見せると常設展は無料で見せていただけるんですね。ふとそれを思い出してじゃあ見てくるか~と立ち寄ったわけです。私はあの辺割とアクセスしやすくて昔からそこそこ馴染みのある地ではあるんですが、多分トーハクは初めて行った気がします。少なくとも自分でちゃんと色々を認識できるようになってからは。動物園とか科学博物館の方とか、あとは公園自体はそれなりに行く機会あったんですけどね。で、特にお目当てもないままふらっと入ってまず思ったのが「ウワー時をかける少女だー!」でした。これ人によってどの「時をかける少女」を想像するか異なるところではありますがここでは細田守監督のアニメ映画を指しています。この作品、原作の小説から各ドラマ、映画で味が結構違うのが面白いなと思います。私は子どもの時に金曜ロードショーで見たアニメ映画が入り口だったので原作読んだ時かなり衝撃を受けましたね。「なんだこれは、同じタイトルの違う本選んじゃったのかな」と。こう、原作のラストの何とも言えない不気味さ、不思議さ、冷たさに若干恐怖すら覚えました。でも私的にその原作のひんやり感に近いのが映画ではトーハクのシーンなんですよね。あのシーンってすごく静かで、無機質で、少し暗くて、夏の暑さを全く感じないじゃないですか。小学生の時の金曜日、ちょっと夜更かしが許されているくらいの時間、妹たちは寝ていて、家も静かで、みたいな状況で見ていたのも相まってですかね。あの冷たさを思い出して足を踏み入れた瞬間非現実感に浸りました。実際は主に海外からの観光客が多くて博物館の割にはそれなりにがやがやしていたんですけれども。まあでも私、夏に行く図書館とか美術館、博物館とか、静かで日の光が入ってこなくて涼しい場所が大好きなので混み具合はそんなに関係なく楽しかったしテンション上がりましたけどね。変体仮名で書かれた書物見て錆びついた記憶を取り戻そうとしてみたり、出来るはずのない写経の解読を試みたり、能の面を見て受けた講義の内容思い出したり、水墨画って無駄がなくて好きだなあと思ったり、こんな鎧着て武士は重くないのかなと思ったり、ぼんやりしながら色々眺めて帰りました。日本の歴史みたいな博物館だと日本文学科で教わったことがあれこれ思い出されて興味深いなと思いますね。楽しかったです。また行こ。

 私はそんなに芸術とか文化とか、詳しい方ではないけれど、た~~~まに博物館、美術館、科学館みたいなところに行くと無知ながらも知的好奇心がびったびたに満たされて楽しいなと思います。文章でも絵でも音楽でも何か生み出そうとするときにはこういった刺激を受けるのが一番だなと私は思っていますしね。あと本当に夏場の博物館、美術館、図書館なんかは最高です。映画館もいい。暑すぎて毎日溶けそうですが、涼しくて暗くてしかも楽しい場所、気が向いた時にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょう。私のような高尚の対岸に居る人間でもまず涼しいというだけで楽しめます。あと観光客が多いところはハードル高くなくていいなと思いました。静けさを求める方には向いていないかもしれないけども。マジでやることないな、の瞬間が来たら近くの博物館とか調べてみると面白いかもしれません。では。

かえるぴょこぴょこ

こんにちは、あやめでございます。

まだまだレポート期間でございますから、まだまだネタがありません。どうしよう。

ということで、本日ものらりくらりやります。どうしようかなア。

お祭りのシーズンになってきたと思います。私が住む市でも先日祭りが行われていたようです。私は行っていませんが弟妹が友達といったようです。

お祭り、昔楽しく行った記憶がありますが、ほんの何回か行ったらもういやになってしまって、運営する側にあこがれの気持ちを持っていた気がします。私は、ぼんやり(たこ焼きやら綿あめやらの)屋台の列に並びながら、それを作っている・売っているおじさんを見ていました。「まだかな、はやくたべたいな」という気持ちももちろんありますが、そうやってつくられるのね、とか、屋台の狭いスペースにぎちぎちに詰め込まれたものとか、2、3人で「回し」ている感じとかを見て、それにワクワクしました。

裏方志望、ということでしょうか、あるいはシステムをつくったり守ったりするのが面白い、ということでしょうか、わかりません。わかるのは、素直にお祭りを楽しめる人ではない、ということですね。斜に構える、というか、妙にすかしている、というか、興ざめ人間ですね。ヨーヨーぽよぽよして、キツネのお面かぶって、金魚の水袋もって、わたあめとりんご飴もって、たこ焼き食べて、花火見ればいいのにね。そっちのほうが、きっとたのしいでしょうにね。

ただ、私は、花火を帰り道にフラとみる、ことのほうが風情があると思うタイプのひとでなしです。そうだ、わすれかけていましたが、わたしは昼に出る怪異、ヤな生物蛇ですね。わきみちを腕振って堂々とあるきましょう。

レポート期間、テスト期間になると、掃除したくなる人がよくいらっしゃるようですが、私は自分の思考を掃除したくなります。しかも、じ……っくりと、中身をよくほじくって考えてしまいます。そうすると、いつも、わたしは普通じゃないな、という自意識がムクムク湧いてきます。でも、ふつうって、なに?と、わからなくもなります。各駅停車の事でしょうか?それともちょうどいいってこと?「中」のこと?わかりませんが、それなのに、そこにいない、とおもってかなしくなります。だってほら、お祭りを楽しめないのです。そして、みんなは「ふつう」のところに居るから、わたしを置いて行ってしまうように思います。まって!いかないで!!まだ私、ここにいます!!!

こうやって大声を出してワタワタかなしく主張したら、大抵「ああ、居たの。気付かなかった」と、アッサリ乗せてもらえます。ああ、そうか、ほら、わたしも「普通」ににんげんでした。日中に化けて出たマヌケ怪異ではない。ヤな蛇ではない。あの人には私が人間に見えたのです。大丈夫。安心安心。

でも、私は「常軌を逸し」ているのかもしれません。私が座ろうと思った席は、隣人には「席」と認識されていない様子でした。証拠に、あり得ないものを見る目をして、隣人に「そこにすわるの……?」と言われてしまったのです。おや?ひんやりしていて、風通しも良くて、てきどに薄暗くて、日光も差し込まない、良いところだと思ったのですが。「椅子まだあいているよ」と憐れみをもってちょっと心配そうに、親切に語りかけられたら、その優しさを突き放すことはできません。ううむ、空いている席はどれも居心地が悪そうなのに。結局終点に着くころにはがちがちに肩が凝ってしまいました。

でも、それを楽しもうかな、と思います。幸い大きな窓が付いているところに座れました。景色を見て気を紛らわそうと思います。湿度が高かろうが、暑かろうが、カピカピだろうが、極寒だろうが、狭かろうが、生きている動物がいます。要するにその環境に適するように進化できればいいのです。私も、うまくごまかしごまかし、やっていければ適応できたことになるのではないでしょうか。

無事列車を下りたら今日こそ、お祭りの日だったようで、花火があがっていました。人々はみんな、上を向いて笑っています。私はというと、下駄をカラコロやってあるき、ふと気づいて、浴衣の私が、水たまりをしゃがんでのぞき込みました。ラムネを飲んだばかりのシュワシュワした口で、目を凝らして見ました。深淵もまた、私を覗いているようでした。

にんげんは考える葦である。われわれはうちゅうじんだ。

これを、トマト缶の中で夢見ている、乙女がいましたとさ。井の中の蛙大海を知らず。

鍋丸焦がし事件

鍋を焦がしました。ポップコーンで。

先日、自分で作るタイプのポップコーンを作ったんですよ。中身が見えない蓋を作ってしまったのが失敗で、ド派手に焦がしてゴミ袋送りにしました。

料理はそれほど苦手ではなく、複雑な工程を挟まなければそんなに失敗することはないのですが、火力で押し切ろうとするので強火でぱぱっと終わらせようとして失敗するんですよね。しばらくポップコーンは作りません。

最近初めての経験をすることが何度かあり、準備の手間や緊張がある反面視野が広がって楽しいです。あと、オタク的には創作の幅が広がるのが面白いです。平日に遊びまわれるのも異職種に飛び込めるのも今だけなので、学生の特権を活かして知らない世界を覗いてこようと思います。

私は何をするにも念入りに調べて慎重に決断するタイプなので、新しい環境にぴょんと飛び込むのが苦手な傾向にあります。みなさんはどうでしょう。高校だと自由が利く範囲が狭いかもしれませんが、大学生になると急に世界が広がるので楽しいですよ。今はコロナの影響も少なくて色々できると思うので、是非大学生になったらやりたいことリストを作ってみてください。

毎度いまいち締まりがないので、今回からおすすめのコスメを一つご紹介します。

【本日のおすすめコスメ】

コフレドールスキンシンクロルージュ

今年廃盤になってしまうコフレドール。ケイトと同じカネボウなので、容器や使い心地はリップモンスターとほぼ同じです。私が買ったのはPK-319、くすみがなくパッと顔が明るくなるコーラルです。リップモンスターより若干もったりとした口紅っぽい使い心地ですが、シアーで鏡を見なくてもするする塗れるのでタイミングを問わずバッグに突っ込んでおける手軽さがありがたい。奇抜で極端な色味が少なくドラッグストアで手軽に買える点がメイク初心者の方にもおすすめです。

では、また!

ソロ活

こんにちは、さくらです!
関東ではついに梅雨明け宣言が出されてこれから更に暑くなっていきそうですが皆さんいかがお過ごしですか。今日は原点(?)に立ち返って日本文学科生の学校のある1日をご紹介したいと思います!


ある1日。
本日の授業は2限のみですが、とある「目標」を持っていつもより30分以上早い電車に乗ってみました。いつも同じ時間に電車に乗るメンバーとは顔ぶれの違う車内に特に何の感情も抱かず、どの席が空くかをハンターのように狙いながら電車に揺られます。


am.09:50
大学の最寄り駅である護国寺駅に到着しました。授業は10:50からなので1時間以上の余裕があります。いつもは改札を出て左に曲がり大学へと向かうのですが、本実は右に曲がってみます。ちなみに右には講談社さんがあり、護国寺駅には講談社さんでの連載漫画や小説のポスターが掲示されています。定期的に変わるこのポスターをみるのが大学に来る楽しみノひとつでもありますね。
私は書店員なのでこうやって新刊の告知をしてくれたり、アニメ化作品を教えて下さると「あ、これ今日売れそうだな〜」とか「アニメ化なら棚の配置変わるから確認しとかなきゃ」などバイトに生かせることがあるので助かっています。
ありがとう、講談社さん。


まぁ本日の目的は講談社さんではなく、向かいにある和菓子屋「群林堂」です!
豆大福が有名なお店らしくあたらしく始めたバイトの方でバイト仲間の方に教えて頂きました。もう2年以上大学に通っているのに初めて聞いたし初めて来ました。
クチコミで調査すると大人気店で、午前中には売り切れるらしい。開店前は列も出来る、との事でしたので時間にゆとりを持ってきたのですが、行ってみると難なく入れました!みたらし団子も気になったのですが、ここは有名な豆大福と豆餅を購入。


予想以上に時間が余りましたが、とりあえず2限を目指して大学に向かいます。


am.10:15
香雪館4階の教室に到着しました。
まだ誰も来ていないだろうと思っていましたが、以外にも先客が。授業開始までの時間は課題作成に勤しみます……。
朝ごはんを食べていなかったので、買ったばかりの豆餅にチャレンジしてみます。和菓子屋さんなので甘いお餅を想像していたのですが、まさかのしょっぱい!でも豆がゴロゴロ入っていて、求肥?餅?は柔らかくて食べごたえがあります。このしょっぱい皮で餡を包んだ豆大福はめちゃくちゃ美味しいだろうなぁ〜と思いつつ、母へのお土産として取っておきます。


am.10:50
ポチポチとスマホで課題をやっているとあっという間に2限開始時刻です。教授が出席兼課題の回収をして授業終了。
友達と大学にバイバイして颯爽と帰宅です。
大学生の1日を紹介すると言ったはずなのに、全く授業の無い日を紹介するという大嘘つきです。今の時期は前期終盤で最終授業日はテストだったり、課題提出だったりと時間が短くなることが多いですね。
西野カナの「GO FOR IT!」を聞きながらてってけ護国寺駅に向かいます。
もう帰宅だけだろ、コイツ。とは思っては行けません。今日は2限が秒速で終わることは知っていたのでせっかくなら神保町でソロ活をしたい!そのために電車で神保町に向かいます。
本当は神保町まで歩いたら1時間弱なのでのんびり徒歩で行こうと思っていたのですが、午後から天気が悪くなるらしいので早めにことを済ますため電車で向かいます。


am.11:40
神保町に着きました!
まずはお昼ご飯としてラーメン「平太周」へ。
1年生の頃に背脂ちゃっちゃラーメンと二郎系ラーメンにハマり、週3の頻度でたくさんのお店を回ってました。二郎も好きなんですが、やっぱり背脂ちゃっちゃの方が食べてる!って感じがするんですよ。数々のラーメン店がひしめく神保町でもとりわけ気に入ったのがこのラーメン「平太周」です。
こういうラーメン屋さんは食券制なので意外と緊張せずに入れます。入口でお店定番のこってりラーメンの食券を購入。カウンターで店員さんに渡します。この時に【油、味の濃さ、ニンニクの量】を聞かれます。だいたい「お好みの味はありますか?」と聞かれますね。
久しぶりだったので今回は全部普通の量で注文しました。あとは席に座って待つのみ。
ちなみにこういうラーメン屋さんは男女比9:1です。女性が自分しかいない、ということがほとんどですが、臆せず入って堂々と注文するのがラーメンを楽しむ極意です。


5分ほどしてラーメンが到着。
ここのラーメンはスープが美味しいんです。
スープを飲んでるけれど美味い油を食べている感覚になれるんです。平太周は割とチェーン店でもあるので皆さんお近くにお店があったらぜひ行ってみてください!


am.12:00
カウンターラーメン店では効率重視です。
食べ終わったらお礼を言い、さっさと店を出ます。朝をそれほどしっかり食べていないのでまだお腹には余裕があります。ここで休憩に喫茶店へ向かいます。


ここは喫茶「さぼうる」。
喫茶「さぼうる」は1と2が並んで立っています。2ではしっかりしたご飯を食べることができ、1では基本ドリンクのみとなっています。(軽食はありますが)
ご飯はガッツリ食べてきたので、私は1へ。2はお昼時だったこともあり、多少列が出来ていましたが、帰る時には無くなってましたのでご飯もドリンクも楽しみたい!という方は2がオススメです。
このお店は神保町に行くと話した時に友達にも姉にもオススメされたのでかなり有名なんだと思います。
薄暗い店内に通され、席に案内されます。注文は既に決まっていたので、そのまま店員さんにクリームソーダを注文。カラフルなクリームソーダはこの喫茶店の名物らしいです。


クリームソーダと一緒にピーナッツが届きました。コメダ珈琲みたいですね。インスタと記録用に数枚写真を撮り、いざ実食。
アイスクリームが今まで食べたクリームソーダの中でも群を抜いて美味しかったです!スプーンで掬いやすい程度に溶けたアイスとソーダを交互に楽しむのがクリームソーダの醍醐味ですよね。いくつになってもクリームソーダは大好きです。
食べ終わった頃にちょうど団体さんがいらっしゃったのでさっさと立ち去ります。ソロ活の良さは自分の感覚でテキパキ行動できるところですよね。


am.12:30
私のソロ活はまだまだ終わりません。
水道橋近くまで移動し、続いてはかき氷屋さんを訪れました。
夏といえばかき氷!まだかき氷解禁をしてなかったのでこの機会に1人で解禁して来ました。
桃とマスカルポーネのかき氷を目当てに来ましたがどうやら午前中で終わってしまったみたい……。まぁ定番から始める夏も悪くないといちごとヨーグルトのかき氷を注文しました。


真っ赤なかき氷が美味しそう!
てっぺんと中にはさくらんぼがゴロゴロ入っていて、上部に乗ったヨーグルトもいいアクセントになります。氷自体もヨーグルトといちごを混ぜたもののようでどこを食べても味にバリエーションがあり、とっても美味しかったです!


am.12:50
さーて次はパンケーキを食べに行って紅茶専門店でミルクティーをテイクアウトして帰ろう!と思っていたのですが、ここで急な雨☔️
傘は持っていましたが、晴れの時よりかは歩くのも億劫になるし、まぁ十分に満足したしとここで帰宅。
神保町ソロ活は終了です。
家に帰って15:00からの会社説明会を受け本日のタスクは終了です。

私事なのですが最近vlogを見るのにハマっていまして。

自分でも作ってみたところ、思ったよりも友人に好評だったのでこの一日をvlogとしてまとめてみました。途中から思い付いたことなのであまりにも素材が少なすぎる動画ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです!

(注意:音が出ます!! 音無しでも問題ありません!)


さて、いかがでしたでしょうか。

毎日こんな日を送っている訳では無いのであくまでも一例なのですが、大学生になると自分1人で行動する身軽さがより深く分かるようになりました。定期もあって行動範囲も広がるので、大学が早く終わった日は皆さんぜひソロ活を楽しんでみてください!
では本日もお付き合い頂きありがとうございます!

夏休みの予定

 皆さんこんにちは、あかりです。今年の夏休み、皆さんは何をして過ごされますか?せっかくの長期休暇ですから、どこか旅行などに行かれる方も多いのではないでしょうか。

かくいう私も、9月の上旬にサークルの合宿で秩父へ行く予定です。合宿って中々ハードだけど、友達とお泊りするのは楽しみだな~、なんて思いながらスケジュール帳を開くとある日の予定が目に飛び込んできました。

 ああ、フリーズってこういうことを言うのか。美少女でも戦士でもありませんが思考回路はショート寸前。運命は時として残酷。そんな言葉がしっくりくるような衝撃でした。

 合宿の翌週の土曜日。そこには「振袖前撮り」の文字がありました。終わった。

 説明しよう!なぜあかりがこんなにもショックを受けているのかというと、「サークルの合宿=ぷよぷよ街道まっしぐら」だからであーる!あかりが所属しているサークルは茶道部。2泊3日宿に缶詰め状態で行われる合宿はひたすらお稽古に励む超ハード合宿なのだが、いかんせん茶道部なせいでその実ただの食っちゃ寝なのであーる!ちなみにほぼずっと正座なので運動もない。

 はい終わった。誰も悪くないけどめっちゃショック~。つらたん。いくら着物が体型隠せるといっても限度はあるんですよ。着物屋さんは「当日タオル持ってきてね」って言ってたけどタオル不要になるかもしれない。やった~!荷物減るぞ、ラッキー!

 というわけで、せめてもの抵抗で現在食べる量を抑えるべく奮闘中です。普段全然やらないけれど、運動も毎日コツコツできたらいいなと思ってます。だけどこういうときに限って冷凍庫のチョコモナカジャンボが誘惑してくる…。やめてチョコモナカジャンボ、そんな美味しそうなパッケージを見せつけないで!食べたくなっちゃうじゃない!(必死に抗っていますが、これ書いた翌日は多分食べてます。煩悩って怖いですね!)甘味との戦いは続くよどこまでも。

さて、だいぶふざけた&短めなブログになりましたが、今回はこの辺で終わりたいと思います。多分次回はもう少しちゃんとしたの書くと思います。多分。

それでは、また。皆さんの夏休みが素敵な休暇になりますように。

すくすく成長中

こんにちは、ゆきほです🍵

先日誕生日を迎えて22歳になりました。

今年の誕生日は当日にケーキを食べ家族に祝ってもらい、誕生日の週の日曜日には高校の友人たちと会ってプレゼントをいただいてきました。それがこちら。

COACHの紙袋とかポケモンセンターの袋とかに擬態して渡されましたが、中身を見たら全てアンパンマンでした。アンパンマンぽいけど違うやつが1つだけあるので、探してみてください。私もしかして2歳児とかだと思われているんでしょうか。

「親にびっくりされちゃうって……」とツッコミつつ、「いやでも、これはめちゃくちゃ夢がある!!」と大喜びして始まった22歳。今年も元気に頑張ります!

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私は去年、友人から指摘されて「自分が方向音痴だ」という衝撃の事実を知りました。

あのときの衝撃については、去年の8月に更新した記事に書いてあるので、本日分の記事と併せてご覧ください。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/08/25/

未だにちょっと信じられていない部分もありますが、一応方向音痴を自覚したことで、「現地集合」はできるだけ避けよう(十中八九迷うため、待ち合わせるなら駅とか分かりやすいところで)とか、「徒歩5分」は信じずに30分くらい余裕を持たせよう(余裕を持たせたのに遠回りに遠回りを重ねたっぽくて、指定された時間の5分前に到着するというヒヤヒヤ事件もよくあります)とか、対策を取ることができるようになりました。

今まで初めての土地に行くときは、一旦適当な建物を目的地と仮定して行ってみるという攻略法を取っていましたが(それで正解を引き当てたことはないのに、なぜかちゃんと目的地には着くんです)、最近はちゃんとGoogleマップを見ます。スマホくるくる回してどっちに進めばいいのかな~と考えています。

こんな感じで自身の方向音痴と向き合い始めた最中、友人からの指摘でまた衝撃的な事実に気づいてしまいました。

「ゆきほちゃんって思ってること全部顔に出るよね」

***

え!?!?そんなことないんだけど!?!?
……なんてことは、思っていてももう言えません。今回も方向音痴発覚のときと同様、母に確認を取り、その通りだという旨の返答が来ました。

まあ、これに関しても思い当たる節はあるっちゃあります。

それこそ小中学生の時母と出かけたときは、そんな態度を取っているつもりはなかったのに「疲れたという態度を取るな」と毎回のように怒られていたし、高校の修学旅行では、着物を着てかわいくて美味しいパフェを食べているにも関わらず、疲れ果てて絶望した顔でスプーンを持った姿を撮られてしまいました。同じく絶望顔をした友人が写っているためさすがにここに載せるわけにはいきませんが、この写真は今もことある度に散々掘り返されているし、かく言う私もネタとして使っているのでいつでもお見せできます。

でもここ数年は、そういう「顔に出ている」系の指摘を受けることって全然なかったんですよ。まあ私もだいぶ大人になったし、ポーカーフェイスになったのかな?と思っていたのに。今になって急にそんなこと言われるからびっくりしちゃって。

あっ、そういえば大学に入学してから私けっこうずっとマスクつけてましたよね。去年の夏以降とかに外すようになってから大学の友人に指摘されるようになったと……あれ?これってここ数年はマスクで隠れていただけで、べつに成長したわけじゃないんじゃない?いや、そんなはずは………

***

この前電車に乗っていたとき、何とは言いませんがちょっと不快になるような状況に出くわしました。

うわ~~~と頭の中で思いながらその方向をガン見していたときに、ふと自分の眉間にしわが寄って目が細くなって、口が「うわ~~~」という形をしていることに気づいて。あっ、これが「顔に全部出てる」ってこと……?今苦虫を噛みつぶしたような顔してんな?私、と考えていました。

「私は自分がポーカーフェイスだと思っていた」と話したときに、目の前で「自分のことを方向感覚がよくてポーカーフェイスだと思ってたの!?!?」と笑い崩れた友人達の姿を、私はきっと忘れません。

ではまた。

逸らさない夏

薄暗い室内に突如オレンジ色の光線が点滅する。人型のシルエットにも光が当たり、拍手。友人の顔が、笑った顔がそこにある。

人生の大半、歌とともに歩んでいる私の周りにはもちろん、その道を選び極めている人たちがいる。しかしその友人は違った。

音楽は好きだろうけど、高校時代「同業者」ではなかった。大学も音楽系にいったわけではない。なのに、今彼女は、肩から下げたギターに手を添えマイクの前で歌っている。口ずさんでいる。彼女の気持ちや人生や魂を込めている。

弾き語りというジャンルでゆくゆくは名を馳せたいと、小さなライブ会場でファンを確かなものにしていく彼女は美しかった。

運動神経がよく活発で、でも実は感傷的で人情深い彼女のことだから、「表現」の世界へ行ったのは何も意外なことではなかった。

しかしなんだろう、とても嬉しい、すごいよ、と拍手を送った分だけ私は悲しくなった。

すごいねと言った分だけ、拍手をした分だけ、私の「観客」としての輪郭が明確になっていく。私は観客Aとして自立していく。もはや「同業者」などと言えない。

私は本当は何がしたいのか。

私は何か大事なものを見て見ぬふりをしていた気がする。

声楽家の姉を持つ我が家で「歌」と言ったら姉だった。なんとなく「キャラ被り」はなしだった。小学校や中学校の音楽の先生に声楽の道を勧められ、将来そちらの道に行きたくなった時のためにピアノを習ってみるのはどうかと母が提案してくれ、私はどう思っていたのか、今はもう思い出せない。ただ「音楽は趣味だから学ぶことはない」と言っていた。それが正解のような気もした。

絵画も好きだった。イラストは描いても絵の具を使う人は我が家にいなかった。「まいちゃんは絵」だった。どちらかと言えば絵を学ぶ可能性はあると思った。でも高校は人文学に進んだ。

高校には美術系の学生もいて、「絵を学んでいる」人たちはやっぱり美味かった。油絵の具で汚れたジャージを着て、行事の前日には黒板アートを描いていた。中学校までは自分が担っていた「絵を描く役割」は必要なくなった。上手い人たちはいくらでもいた。

同時に私は安心した。自分が人文系であることに安堵した。

「人文系なのに絵を描ける」というレッテルにすがった。今だってそうだ。歌の世界に本当に飛び込めば私は特別ではないのだろう。「歌手じゃないのに上手い」という評価は歌手じゃないからもらえるものだ。

でも、それでいいのだろうか。

私はたまらなくずるい気がする。

いつも自分が優位に立てるフィールドを選びそこに居座っているだけ。ここを一歩飛び出せば大海原、面舵いっぱい切れる自信など無く、出航しない船に乗り潮騒に耳をすませている。向こうの景色は私には関係のないことにする。

*****

まいです、ごきげんよう❀

薄々感じていながらもなんとなく目を逸らしてきたことって誰しもあると思います。

私はまさにそうで。何をやっても基本的に楽しめるのが私の長所ではあるのですが、楽しさや充実感でごまかして本当にやりたいことを後回しにしてきた気がします。

弾き語りでライブなどに出はじめた友人は、私の書く詩で歌を書きたいと言ってくれました。

そのとき私は想像しました。

その子に詩をあげればその子はきっと賞賛してくれる。でもその喜びはどのくらい私を満たすかな。

私の作品を他人にあげてしまって、そのとき私はどう感じるのかな。

想像すると、いや、私も歌う身だし音楽をつけるなら自分がいいなと思いました。

早速自分の詩に曲を付けていきました。正確には詩ではなく「歌詞」を作るところから。

これを歌ってミュージックビデオを撮って、世に出してみようかな。楽しそうだな。いや、バックミュージックつけられないな。私、楽器演奏できないんだった…

最近では楽器がなくても曲を作れるアプリなどがあるのでまずは自力で試してみようかなと思います。なんでも1人でやっているとどんどん排他的になってしまうから、大丈夫かしらと懸念はありつつですが。

*****

この夏は、自分の好きなことに正直に向き合い時間を使おうと思います。もちろん就職活動も必要ですが、自分の好きなことや本当にやりたいことを考えることは少なくとも私の人生においてとてつもなく重要な気がしていて。自然と就職活動にもプラスの影響があるとさえ思っています。

いつからか、諦めるくせがついていました。コロナからかな?それとも、元から?適度に脱力しているのが格好良い気がしてしまうのは遅れてきた思春期でしょうか。そういえばなんで思春期って春を思うと書くのだろう。綺麗な意味だといいけれど、どうかな。私は常に流動的であるはずの人の感情を「過程時期」で区切ることが好きではありません。「思春期だからこういうのは嫌がる」「反抗期だから生意気」……って、順序が逆じゃないですか?そもそも「○○期」という言葉は日常で用いるものなのかなと疑問に思います。

話が逸れました。

この夏は自分のやりたいことに向き合うことが目標!

「やりたいこと」でありながら、いざそれをやるというのは、私にとってはかなり難しいことな気がします……が、ぜひここにおいては話を逸らさず、生きてみようと思います。

20歳と母とわたし

どうやら、生まれてから20年が経ったらしい。
私はなにか成長したのだろうか?

図体ばかりでかくなって、精神は依然として赤子のままだ。今日もぬいぐるみを抱いて眠る。

20年、色々なことがあった。
嫌なことも、悲しいことも、辛いことも、
楽しいことも、幸せなことも、嬉しいことも。
たくさん、本当に色々なことがあった。
人生のサビはもうそろそろ終わる。そんな気がする。
エピローグがはじまって、第二章がはじまるのだろう。第二章の主人公はおそらく私では無いはずだ。おそらく、きっと、上手くいけば。

誕生日、母にプレゼントを貰った。
ノートに私の幼少期の写真がたくさん貼られたアルバムだった。
母と共にわらう幼き日の私がそこにいた。
愛されていた記憶。愛されている自覚。
もう子供には戻れないことを実感するとともに、私はこれからも一生このひとの子供なのだと思った。幸せだった。今も、幸せ。
私の名前の候補に、「奏」というのがあったそうだ。由来はスキマスイッチの奏。
その話を聞いてから、奏を聞くと母に重ねるようになった。
そのアルバムにも、奏の歌詞が書いてあった。書いてあったというか、貼られていた。コピーで。ちょっと笑った。

けど、その歌詞があまりにも重く、深く、刺さってきたものだから親の前でしゃくり上げて泣いてしまった。私は子供の頃から泣き方が変わらないらしい。とても泣き虫なのに、泣くのが下手なのだ。
ページをめくる。少しずつ私が大きくなっていく。小学生の私は、今よりずいぶん幼いはずなのにとても大きく見えた。母からのメッセージにも、たくさん泣いた。
次のページも、ママからのメッセージです。
と書いてあったので、ああ、私はきっと、絶対に泣いてしまう。そう思いながらページをめくった。

SnowManの曲の歌詞が、貼ってあった。

崩れ落ちて笑った。
おい、母よ。嘘だろ?
今の母娘の共通の趣味は、SnowManである。
それも母のハマりっぷりがもうとんでもなく、元々感性が若い母だが、その中でもきっと今が一番とびきり若い。もう、それはそれは、とんでもなくハマっているのだ。
いやいやいや、それにしてもだろう、母さんや。
娘の、20歳の、誕生日の、アルバムの!最後のページである!!
SnowManて!!!しかもラブソングて……。
いい曲でしょう?と言われた。いやいい曲だけれども。しかも、特に伝えたいところだったらしいところには赤いマーカーが引いてあった。あっ、ここが伝えたかったんだ……と思い、じわじわ来てしまう。

その曲はオレンジKISSという曲で、そして私の推しのイメージカラーはオレンジである。
「ほら、康二くん(私の推し)カラーだから、オレンジKISS!♡」と母。
本当にかわいい母である。

そういえば、中学受験の時に合格はちまきに寄せ書きを書いてほしいと母に頼んだことがあった。
その時母がハマっていたハイキュー!の名言を書かれた。
確かあの時は「ママの言葉で書いて!」と怒った気がする。
私も20年変わっていないが、母もおそらく20年変わっていない。ずっとずっと、とても可愛らしくて、面白くて、天然で、そして私をなにより愛してくれている母である。

道一つ

文学ってお好きですか?




そのきっかけって何ですか?


***


随分とご無沙汰していやがると思ったら、いきなりズケズケと不躾なインタビュー。大変失礼いたしました、此奴はそんなヤツでございます。
どうもお久しぶりです、近代文学とペンギンに一生全力片想いのまどか🐧です。


さてはて、文学。藪から棒をズゴォォォォォォンッッと出しているような具合で相すみません。
私、実はこんなんでも文学部に所属しておりまして。いやまァ、「これは文学部日本文学科のブログなんだからそりゃそうだろ」と言われてしまえばそれまでですが。
今までのブログを見ても、既にしたためている数行を見ても・・・全く適当ばかり言い放つお騒がせなヤツであることはまず間違いない。そんなんだから、もう。
こんな適当そうなのが、文学をこよなく愛しております!!と宣言したところで、寧ろ文学に失礼なのではないかと全く身の縮こまる思いでございますが。



文学、愛してます!!!!!!大好きです!!!!!!!!!!!!



何でしょう。身が縮こまったくらいで私が静かになるだなんてお思いですか。残念ながら私、口から生まれた口太郎。口は禍の元なれば、私こそが禍。一生黙りません。黙れません。
好きなものを好きと言えない苦痛は知らない訳じゃァない。だが、好きなものを好きと言えず、二度と口にできなくなったことがある。その、気化する手前で一生涯ぐつぐつと煮え続ける後悔を、自身の選択への憎悪と不信頼を、抱えて歩む苦痛の方が痛い。私には痛い。
それ故に、私は口に出すことを選択する。口からも身からも出た錆を私は飴玉として舐める。



つまり?

「誰かの地雷は誰かの主食。誰の地雷にも配慮しません!ほんとすみません!」
ということです。
もちろん、公的な範囲で公開しているものですから、気を付けたくは思っております。マイナスな発言など以ての外と承知しており、実際する気も毛頭ございません。
しかしながら、今までのブログでくどくどお伝えしてきている通り、好きなものに対して愛を叫ぶ質でございます。振り返ってみなければわかりませんが、おそらく毎回何かしらに「好き!」と騒いでいるのではないでしょうか。そしてそこで非常に気がかりなのが、私の「好き」が何方かを不快にさせていないか、不用意に傷つけてはいまいかということなのです。
先程マイナスな発言は止している、と申し上げましたがそもそもマイナスな発言って何なのでしょうね。わかりやすく多くの人を不快にさせてしまう言葉というのはあれど、それらに限らず私がプラスな発言だと思っていることも何方かにとってはマイナスなものやもしれません。ではその逆もまた然り?それなら裏の裏は表?いやそもそも裏と表の違いはあるの?何が隔てているの?例外は無いの?どこに正解があるの?……あぁ終わりが、ない。

残念ながら、現時点では皆目見当もつかず、誰の地雷にも配慮できそうにないのです。そもそもそれが成せる方がいらっしゃるのかも存じ上げませんが。
だからといって「できない」ことに居直ることも、そんな、肝の据わったこと、とてもとても。ですから、私はこれからも「好き」という凶器を気を付けて気を付けて……ブン回させていただく所存です。

ここまで申し上げた上で、先に謝らせていただきます。本日は「文学」に対する私の偏った「愛」が書かれるせいで、文学がお好きな方にもそうでない方にも、お心にそぐわない部分がありそうです。ご気分を害されましたら申し訳ございません。謝罪ついでに弁明も加えておくと、単に素敵な企画展を紹介したいだけなのですが、どうしてもテーマが「文学」ですから、えぇ。


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はい、長い。本題に入るまでが長すぎる。もうほんと、成人も見えて良い歳なのだからいい加減にその臆病な向こう見ずを辞めなさい。なかなかどうして上手くゆかない。


と、こんな調子ではブログまで梅雨入りしてしまう。暦に置いて行かれる前に手早く本題に移りましょう。
さて本日行って参りましたのは「早稲田大学演劇博物館」。
通称「エンパク」と呼ばれておりますこの博物館は、本学からも頑張れば歩いていける距離にございます。電車で向かわれる場合も、荒川線の早稲田駅や東西線の早稲田駅などからアクセス可能となっております。もしくは高田馬場駅からバスを利用することもできるようで、それぞれの方に合ったアクセスができそうです。
早稲田大学の敷地内に位置しておりますので早稲田大学に向かうイメージで向かわれるとおそらく辿り着けます。そのような博物館となっておりまして、その設立者はなんと坪内逍遙!近代文学の道を切り開いたことで知られる彼は、演劇にも造詣が深く多大なる功績を残されました。そんな彼が設立したエンパクにはその名の通り、演劇に関わる様々な資料が幅広く展示されています。逍遙が70歳(古稀)の時に作られたこの博物館は今や創立96年を迎え、現在は新宿区有形文化財に指定されているようです。


そして今年の6月7日から8月4日まで特別展「文豪×演劇ーエンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界」が開催されています。中でも本日7月12日は「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」という特別イベントが開催されておりました!(「遙」の字はゲームの表記とエンパクの表記それぞれに倣った上での使い分けなんだとか)

今回私はこの特別展とトークイベントに近現代自主ゼミの友人たちと参加させていただきました。

場所は先程も申し上げましたように早稲田大学のキャンパス内に位置しており、校内案内図などを頼りに進むとアンティークな香り漂うお洒落な建物が見えてまいります。こちらはロンドンの「フォーチュン座」という劇場を模して作られたのそうで、建物内も非常に味わい深い造りになっています。


この日は生憎のお天気のために傘を持ちながらの必死の撮影でごさいまして、この素敵な雰囲気をお伝えできている自信が無いのですが…晴れている日に訪れますときっとさらに絵画のような一枚になるのではないでしょうか。

こちらの建物は3階建てで、能楽や文楽といった日本の伝統的な演劇から海外の演劇、それから現代の様々な演劇まで幅広いテーマの展示室があります。実際に舞台に用いられる道具の展示はもちろん、今回は特別展エリアにて「演劇に関わる書簡」や「書き入れのある脚本」、「舞台装置のイメージ図」などなど〈文学〉×〈演劇〉というテーマに沿った多種多様な資料を見ることができました!

特に今回はゼミの友人たちと回っていたため幾人もの作家の字を拝見しつつ、この作家の字が好きだ!とか読むのが難しい!だとか好き好きな感想を抱いておりました。ちなみに友人は森鷗外の字がお好きなようです。私は今回の展示の中では谷崎潤一郎の字が好みでしたが、それはそれとして正宗白鳥のいつ見ても特徴的な字に実家のような安心感を覚えつつ次の展示室に足を向けました。このあたりは完全に個人の好みですし、また失礼な話でもあるのですが…このような気楽な話ができるのも友人と行くことの魅力の1つなのではないでしょうか。
また、こちらの特別展には先程ご紹介した作家だけでなく多くの文豪の展示がございます。中でも私は三島由紀夫の書き入れが見られる「トスカ」というオペラの脚本や、役者さんへ渡した自筆の名刺に心を掻き乱されまくり、限界化をキメて参りました。食い入るように見つめるなんて言葉があるとすれば、もはや私のは嚥下した後です。ムシャァ……(新手の怪異)



…あ、そうそう、今回の特別展のスペシャルポイントはそれだけではないんです。
なんと人気ゲーム「文豪とアルケミスト」(通称:文アル)とのタイアップ開催なのです!
皆様は「文アル」、ご存知でしょうか。近現代自主ゼミには「文アル」がお好きな方が何人かいらっしゃいまして、展示室に飾られていたコラボ特大パネルを前に悶絶した後動けなくなっていました。私は少し前に始めたばかりなのであまり詳しくはないのですが、、草野心平がお持ちの「ぎゃわず」という蛙のパペットが可愛すぎていつも助手をお願いしています。たまに尾崎放哉にもお願いしていますね。

さて今回はエンパクとのコラボということで坪内逍遙がピックアップされ、文アルの坪内逍遥と彼に関係の深い二葉亭四迷・森鷗外の等身大パネルもございました。
お写真は逍遥先生のご尊顔フルパワーの寄りショットとなっておりますが、全体像も迫力があって素晴らしいのでぜひ皆様自身の目でご確認いただければと存じます。二葉亭四迷と森鷗外も傍にいますので要チェックです。






さらに、来場者の方は逍遥先生とのコラボしおりもゲットできちゃいます!これがもう本当に可愛い。お写真では片面しか映っていませんが、もう一面には実際の坪内逍遙バージョンのしおりが入っており、2枚セットです。なんと豪華!!
こちらのしおりは入ってすぐのミュージアムショップのようなところで配布してくださっています。そこではコラボクリアファイルなども販売されていますが、どれも数量には限りがありますのでご興味のある方はお気を付けくださいませ。


「早稲田大学演劇博物館」公式HP
enpaku 早稲田大学演劇博物館 (waseda.jp)


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加えてその他にも展示品は多岐に渡っており、もっとゆっくり拝見したかったのですが、、、その日はゼミ員皆4限の後に向かっておりましたため見るには時間が全く足りず心残りしかありません。早くもリトライの決意を固めております。

何故こんなにも急いでいたのかと申しますと、先述の通りこの日はトークイベントの開始時刻が迫っていたのです。先にもチラリとご紹介しましたが「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」と題して行われた、「文アル」のプロデューサーである谷口晃平氏をお招きしてのトークイベントを拝聴すべく先を急いでいました。


会場となったのは大隈記念講堂小講堂で、落ち着いた色合いの素敵な舞台には坪内逍遙と逍遥先生の等身大パネルが隣り合って立っていました。エンパクの方にどうして逍遙先生の等身大パネルが無いのかと思っていたら、こちらにいらっしゃったワケです。
そして、トークイベントではプロデューサーの谷口晃平氏とエンパク館長で早稲田大学の教授でもいらっしゃる児玉竜一先生、そして東北大学で教鞭を執られている赤井紀美先生のお三方によって、〈文学〉と〈演劇〉の関連性やゲーム開発のお話が色々な角度から語られました。
何となく「文学」と「演劇」と聞くと、脚本を始めとするストーリー展開的な要素に接点を求めるのかとばかり思っていたのですが、トークイベントを通して硯友社・文藝春秋などなどが稀に行っていた「文士劇」や作家たちが役者へ送ったファンレターのお話といった色々な角度から接点を知ることができました!
今回このような貴重な機会をくださった近現代自主ゼミの先生とトークイベントの先生方には本当に感謝しかございません…!



また、谷口氏からは「文アル」において原作(ゲーム)と舞台・アニメそれぞれで異なったストーリーラインを取っていることについて、そのお考えを伺うことができました。個人的にはそれらのお話を伺ったことで「文アル」という1つのゲームを通して、その枠に留まることのない様々なメディアに対するより発展的な展望を垣間見ることができたように思います。

そして何よりも、谷口氏のお話で印象的だったのが「文アル」を作ったきっかけについてです。
皆様もご存じの通り、近年は文学や出版が斜陽産業などと囁かれるようにそれらに親しむ人の数は確実に少なくなっています。そのような中で、純文学がお好きであった谷口氏の「もっと多くの人に文学への関心を持ってほしい」という願いの元に「文アル」が生まれたのだそうです。
細かい表現は正確ではないかもしれませんが、少なくともこのような想いが今や人気ジャンルとなっているものの根源にあったとはいえるはずです。


そして実際に、その願いの通りそれらをきっかけとして文学の道に足を踏み入れた方が沢山います。
今、文学部に所属している中で私の友人にも件の「文アル」や、その他の様々なアニメや漫画がきっかけで文学部を選んだ人がいます。
文学部に進む進まないに限らず、それらのメディアを通して作家や作品を知ったという方はもっと多くいるはずです。例えば太宰治の「人間失格」や室生犀星の「あにいもうと」など単に文学史で出会うという以上に、度重なる映画化などメディアを通して名前をご存じの方がいらっしゃることでしょう。
このような受容の仕方について、原作の本も読んだことがないのに全く軽々しい!とお思いになる方もいるかもしれません。ですが、まずは名前を知り興味を持つことでそこから原作を手に取ってみるだとか、作家に関心を持つだとかきっとそういう入り口もあるのです。
友人が「本が本当に好き!っていう子を見てると、アニメがきっかけで文学部来ましたとか言えない」と呟いていたことがあるのですが、とんでもない。威風堂々胸を張って言ったっていいじゃありませんか。どんなきっかけだろうと、そこに魅力を感じて熱意を持って道を選んだのならそこに軽重の差などありましょうか。
どんな入り口から入ったっていいんです。歩く人が減ってしまえば、そこに道が無くなってしまいます。


沢山の入り口から沢山の人が歩く。そうすることでしか道は維持できません。



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そこで貴方様にお伺いしているのです。




文学はお好きですか?



貴方様にとっての入り口はどこでしたか?




もしまだ入り口が見つからないのでしたら、これから一緒に探してみませんか。