しんせい

ご無沙汰しております、みちるです。

 

さて、ここに二つの運命がある。

ひとつは栄華そのものといってよい真白の光
ひとつは深海の底より見上げる玉虫色の光

光の認識こそが我々の生であるならば、この数年、私は確かに生きながらえていたことになる。
いずれの運命が己の必然であっても、それで後悔するほど自分は人間じみていない。

 

予感がある。きっと終わりが近い。

 

(間奏)

 

私が紡いだ言葉が、いったいどれほどの質量をもってこの世界に位置づけられているか。
考えるだけで気が遠くなるほど、それは重たい。

自分の存在がいかに矮小なものであると考えても、言葉だけは違う。言葉は鼠からくりのように増えていき、信頼や確信や祈りなどを伴ってあなたへ向かう。
言葉に絶対的な価値がある、とは言わない。しかし言葉はあなたに向けられて初めて特別な愛着を生じさせる物理的なオブジェとなり得る。小説も、手紙も、そうしたオブジェの連なりとしてあり、即ち我々の解釈によって高く昇っていく煙のようなものであるかも知れない。

私が煙を欲するのも、言葉への欲に重ねてのことでしょうか――笑ってください。

あなたはきっと、私の手紙のすべてを受け取ってはいないでしょう。ヒントは、耐荷重。
けれど、きっとそれでよい。
膨大な詩のなかの一行、一行きりでも、あなたに到達したなら、こんなに幸運なことはありません。

私は振り子のように気分を揺らしながら、つねに気高くありたいと願う。
そうした矛盾に苦しめられた4年間だった。
今は、この矛盾に助けられて聖なるものへの志向もまた生じるとわかった。
それで何かが楽になったり、救われたりといったことは何もないけれど、私はこれでよいと言える。

高貴な私の言葉なら、あなたへ淀みなく届くだろうと思う。そうならなかったということが、私の青さの証明になるかは知らない。
そしてこれからは、到達できないこと、実現できないことの原因を「若さ」や「青さ」といったものに求められなくなっていく。少しずつではあるものの、確実に変化していく。そうなって、大学に残る私は再び追い詰められていくのだろうか。それともひたむきな求道者として地獄の深くまで歩んでいけるだろうか。

卒業の時を迎えて、こんなにも分からないとは予想していなかった。加えて、わからないことをこんなにも負債として把握しないとも考えていなかった。
自分が日々新しくなっていくなら、その方が素敵だ。知っている人や分かる人、たんにそうなったとしても虚しいなら、「分かる」瞬間は聖なるものへ向かう過程にすぎない。

 

愛を語り、しあわせになろうねと言って死に、刑に服し。繰り返して今は一体何度目の命か。
それでも私。4年間、沢山書いてくれてありがとう。
沢山歌ってくれてありがとう。
沢山恋愛してくれてありがとう。
誰かを傷つけ、悲嘆に暮れさせ、生活を奪い、転向を招き、沈黙させ、取り返しのつかない逃げ方をさせて、復活させないままに冬を越し、にもかかわらず自分だけは生きながらえてくれてありがとう。

あなたがそうかは分からないけれど、朝を迎え床に就くまで、世界より発せられる責苦を浴びて暮らす人間がいる。私も、きっと誰かも。いつ背負ったかもわからない罪を抱えながら、それが罪ではないと発覚するまで苦しみ続ける。
けれど逃げないでいたい、まだあなたに伝えていないことがある。春の夜の夢には運命の女が現れること、絶対の母はもういないこと、青春の幻影は――これは語るべきでない。

 

「よくわかりますが、やはり書いて行きたいと思います」

 

私はそう答えた。
誰に?
世界に。

私も、あなたも、二度と停止することがないように。
生きてさえいれば、とまではまだ言えない。しかし「生きてさえいれば」はユークリッド空間における特別な点となっている――あまりにも自明であるためか、この事実はひどく霞んで見える。

きっとあなたは私の仕草を忘れるけれど、私は忘れない。
あなたに書いた手紙――正しくは、ボトルメールのすべてを。

二つの運命がある。
それらの間でひき起こる交感はあまりに共時的で、私たち、まるでお隣さんのようだった。
気が遠くなるほど遥か遠くにいるなんて、誰が想像しただろう。

さて、これが最後の種明かし。
真白の光は、純白の便箋とオーヴァーラップしてくれただろうか。
私はあなたのおかげで、玉虫色の月光を眺めることが出来た。

これを最後に、もうあなたへ手紙が届くことはないでしょう。
1870年、ジュール・ヴェルヌからの便り。
2024年、天体に惹かれて満潮。

満潮”ではない”という仕方でいずれ来る干潮のとき、私たちが最後に認識する光がどうかこの世で最も美しくありますように。
ずっと、ずっと祈っています。書き続けながら、祈っています。
どうかみなさんお元気で。水の色に名前をつけながら、届かないお手紙書きますね。

 

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

校歌を聴くのは2回目だった。1回目は喜ばしくも成績優秀者賞を受賞し、創立記念式典に呼ばれた時だ。私はその日初めて自分の大学の校歌というものを聴いた。涙した。

  ここに生まれて 日本の
  文化をおこす 使命あり
  女子大学の その名こそ
  永久に我等が ほこりなれ

ずっと何者かになりたかった。この世に生まれたからには、何かを成し遂げなければならないと思って生きてきた。伝統ある小学校に、中学校に通い、皆の期待を背で感じ、活躍する姿を見せることに喜びを感じていた。しかし、中学の後半からか、高校に入ってからか、そもそも「期待」を感じなくなっていた。いつからか、期待されるのは、面にたって活躍するのは、男だった。授業中も、課外活動も、学校行事も、キラキラ輝いているのはいつも男子で、女子はその補佐だった。合唱祭や文化祭など、女子が輝ける行事もあったけれど、なんとなく重要視されていなくて、学校行事で一番大事なのは体育祭で、体育祭は男子のためのものだった。

6歳離れた姉がいる。姉は中学も高校も、県内で有名な女子校に通っていた。私は小学生の頃、姉の学校の体育祭を見に行った。体育祭の主役は、もちろん女子だった。勇ましい声で応援歌を歌い、力強い演舞を披露していた。女が女を担ぎ上げ、騎馬戦をやっていた。

応援団も、騎馬戦も、私がやることはなかった。やる権利がなかった。でも、やりたかったのだと思う。

女だからと言って、遠慮していたことが沢山あったのだと知った。知らず知らずのうちに、男子に譲っていたことが山ほどあった。女子大に来たら、誰の目も気にせずに、のびのびと勉学に励むことができた。授業中に、いくら質問してもいいのだ。どれだけレポートを書いてもいいのだ。熱心に何かに励むことを馬鹿にする人はいない。むしろ褒めてもらえる。自分が自分らしく輝ける環境があった。

賞をいただいた時、あなたはあなたのままでいいんだと、言われた気がした。輝ける場所で輝けばいいのだと、背中を押された気がした。そんな時に聴いたから、校歌が刺さった。

  ここに生まれて 日本の
  文化をおこす 使命あり

いつからか、文化をおこすのは、自分ではないと思っていた。しかし、文化をおこすことは、使命であった。自分は、文化をおこす側の、人間であった。

校歌を聴くのは2回目だった。ご唱和くださいと言われ、歌えるわけがないと、ざわつく椿山荘に、ニヤリ、とした。今から流れるのは、ざわざわした雰囲気を一瞬で変える、凛々しい歌だ。校歌が流れ始めると、やはり空気が締まった。モニターに映し出される歌詞をみた。また、涙が出そうになった。

  女子大学の その名こそ
  永久に我等が ほこりなれ

行きたい大学ではなかった。たった1点足りずに落ちた大学のことを、ずっと引きずっていた。センター試験の点数しか、誇れるものがなかった。人前で大学名を言うのが恥ずかしかった。そんな私が、堂々と、袴を着て、学位記を持ち、卒業する。間違いなく、本学が、私を変えた。

ずっと何者かになりたかった。この世に生まれたからには、何かを成し遂げなければならないと思って生きてきた。間違ってなどいなかった。自信をなくす必要はなかった。使命を持って、誇りを持って、自分の足でわだちを作る。私の後ろには、私の生き方が広がっている。

私は今日、日本女子大学を旅立つ。

輝く4年間に、ありがとう。

(2024年3月20日)

大相撲入門

こんにちは、ゆきほです🍵

今月前半もお休みをいただいたので、1ヶ月ぶりの更新となります。1ヶ月空くと何から書けばいいのか分からなくなっちゃいますね。

今年の春休みはいろいろとやらなくてはいけないことがあり、去年までと同様に毎日ダラダラ過ごす……とはいきませんでしたが、「週に1回は絶対に楽しみな予定を入れる」と決めていたため、大学の友人たちと旅行へ行って念願の舞妓さんになったり、高校の友人たちと”映画館で”バレーボールに励んだりと、楽しいこともたくさんしました。自分のメンタルケアは大学生になってから上手になったような気がしています。

もっともっと最近の話だと、先日のブログ部の顔合わせ会で1年生のしらさんが話していたぽちゃガチョというゲームをはじめてドはまりし、ジム作りに勤しんでいます。

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さて、今回は満を持して大相撲の話をちゃんとしようかと思います。

大相撲が好きという話はブログでも数回書いたことがあるし、友達の間でも知れ渡っているので別に隠しているわけではないのですが、最近敢えてブログで相撲の話題は避けていました。

昨日尊富士が「初土俵から10場所」「関取在位2場所目」「新入幕」で幕内優勝するという快挙を成し遂げて3月場所が終わり、今日は朝からニュースで会見映像がたくさん流れていました。
このニュースを見た時『すごいスピードで優勝したということは分かる、でもそれってどれくらいすごいことなの?』って思ったりしませんでしたか?

……そうなんです。今の私たち世代で大相撲が分かる人ってめちゃくちゃ少ないんです。私は今まで生きてきて、相撲が分かる同年代の人にはほとんど出会ったことがありません。やっぱり分からない話だと読んでいて楽しくないよな~と思い、敢えて書かないようにしていたというわけです。

でもせっかくだからブログで相撲の話したい……!と思ったため、今回は「リンク先に飛ばなくても分かる!大相撲入門」を目標に、このブログだけを読めば大相撲がちょっとだけ分かるようになります!という文章を書いてみました。今後相撲の話をする際には今日のこのブログへのリンクを貼るので、定期的に読んでいただけると嬉しいです。

※今回のブログはなかなか長いです。下書き段階のWordでは標準のレイアウトで10ページ(約6000字)あります。お時間のない方は一旦画面を閉じて後で読むか、一応章を分けてみたのでちょっとずつ読むことをおすすめいたします。私より前に更新された記事を読みたい方は大変申し訳ございませんが頑張ってスクロールしてください。

①大相撲ってなに?

大相撲を一言で説明すると、ずばり「相撲版プロ野球」です。

野球にもプロ野球があって、高校野球があって、社会人野球があって……といろいろな形態があるように、相撲にも高校相撲があって、実業団相撲があって、クラブチームがあって……といろいろな形態が存在します。大相撲はその中でも相撲を仕事としている力士(言ってみれば”プロ相撲選手”です)が相撲を取る形態のことを指します。
ちなみにプロ野球を好きな人全員が春夏の甲子園も熱烈に楽しみにしているわけではないように、私は大相撲以外の形態については全く詳しくありません。「相撲」という競技をしているという点では一緒なのでもちろん見れば分かりますが、今誰が強くてこの大会はどういう大会で……というのは大相撲以外分からないという感じです。

大相撲には「本場所」という興行が年6回あり、この本場所の結果によって「番付」が上下します(番付については後ほど詳しく説明します)
本場所が行われるのは奇数月で、1月・5月・9月は東京両国の国技館、3月は大阪、7月は名古屋、11月は福岡で各15日間行われています。先日3月の大阪場所が終わったので、次の本場所は国技館で行われる5月場所ということになります。

②番付ってなに?

番付とは「力士の強さランキング」のことで、本場所の結果によって毎場所上がったり下がったり据え置きになったり……と変化していきます。大相撲は番付社会なので番付が上になればなるほど強くて偉いということになり、ある意味とっても分かりやすいです。番付で力士の階級は6つに分かれています。説明用に表を作ったのでご覧ください!

15日間ある本場所で幕内と十両の力士は15日間毎日、幕下以下の力士は7日相撲を取り(幕下以下は人数が多く、全員が毎日相撲を取ると時間的に大変なことになってしまうため取組数が少ないです)、8回(4回)勝って最終的に勝った数が多くなるとその場所は「勝ち越し」、逆に8回(4回)負けて最終的に負けた数が多くなると「負け越し」と呼びます。勝ち越したら番付が上がり、負け越したら番付が下がり、勝ち負けの数がそれぞれ多ければ多いほど上下する幅も大きくなるというわけです。

昇進に条件がある横綱と大関は本場所でたくさん負けてもその地位から落ちることはありませんが、大関は2場所連続で負け越すと陥落して関脇に戻ってしまいます。1場所負け越して後がなくなった状況のことを角番と言ったりします。
その点横綱が大関に陥落することはありませんが、実力・中身共に常に最強であることが求められているため、弱くなったら潔く引退しなくてはいけません。

表の中で赤字で示した幕内・十両は「関取」と呼ばれ、固定給が出たり身の回りの世話をしてくれる付き人の力士がついたりと、かなりの好待遇になります。逆に言うと青字で示した幕下以下の力士は固定給がありません。

じゃあ幕下以下の力士はどうやって生活しているの?と思いましたよね。

力士達は階級問わず全員が相撲部屋に所属しており、部屋で集団生活を送っています。相撲部屋には現役を引退した力士である親方(親方の話はちょっとまた難しいので今回はあまり触れません)がいて、その親方を現役時代から応援しているファン(タニマチと呼びます)もいます。親方のファンや所属している力士のファン達が後援会を作って金銭的な援助をしてくれるので、そのお金で幕下以下の力士は生活しているというわけです(日本相撲協会からも補助金が出ています)

あとは相撲と言えば「力士が土俵で塩をまく!」というイメージがあるかと思いますが、実は土俵上で塩を撒くのは関取だけです。化粧廻し(足首くらいまである長くて大きい前垂れに派手目な刺繍が入った儀式用の廻しで、各力士のスポンサーが贈ってくれるため企業名が入っているものがほとんどです)をつけて「土俵入り」という儀式をしたり、締め込み(本場所で使う装飾がない普通の廻し)の色を自分の好きなカラフルな色にしたりできるのも関取だけで、幕下以下の力士は黒一択となります。

この辺はググればもっと詳しくて分かりやすいサイトがたくさん出てくるので一旦置いておくとして。ここで、実際の令和6年3月場所の番付を見てみましょう。

『1番上に横綱って書いてあるから、これは幕内の番付だな……!?』と思った方、しっかり読んでくださりありがとうございます。これは日本相撲協会のホームページからお借りした幕内の番付の上の方です(スクショの都合でここまでしか入りませんでした)

横綱は1人しかいない、大関は4人いて一番上にいる(東と西では東の方が強いです)のが霧島だから前回の本場所で1番勝った大関は霧島なのかな……?とここだけ見てもちょっとだけ大相撲が分かるようになった気がしませんか?

それではここで、冒頭に書いた今場所の尊富士の優勝を思い出してみましょう。

「初土俵から10場所」→本場所があるのは年6回だから、まだ力士になってから2年経っていない
「関取在位2場所目」「新入幕」→先場所は十両だったけど十両は1場所でパスして今場所初めて幕内になり、600人近くいる力士の頂点に立った

分かってから見るとめちゃくちゃすごくないですか??

③実際に本場所の取組を見てみよう~イマジナリー大相撲~

さて、本場所と番付について分かればもう実際の本場所を見てもある程度ついていくことができるかと思います。ここからは実際の取組を見ていきたいのですが、今回はこのブログだけで大相撲を分かるようにしたいということで、実際の映像を見た私が文字に起こして説明する「イマジナリー大相撲」で解説していこうと思います。皆様も想像力を働かせてお付き合いください。

千秋楽はまたちょっと流れが変わってくるので、14日目の結びの一番(最後の取組)を見ていくこととしましょう。琴ノ若と豊昇龍の大関同士の取組です。

本場所の取組は大体番付や勝った数が近い人と対戦が組まれることが多いですが、大関同士や横綱と大関の取組は盛り上がるため、大体最後の方に組まれます。また、今回優勝した尊富士のように番付下位の人は、横綱や大関と対戦しないで優勝することがないように、優勝の可能性が出た終盤になってから通常の取組編成ではありえないくらい番付が高い人と当てられたりもします。ここで負けて優勝を逃してしまう力士もたくさんいますが、尊富士はそれでも勝てたからすごいんです。

それではまた想像を土俵に戻してください。直前の取組が終わったら呼び出しが次の取組の力士を呼び上げて、琴ノ若と豊昇龍がそれぞれ土俵に上がってきました。

土俵に上がったら改めて行司が両者の四股名を呼び上げ、この取組が今日最後の取組ですよ~ということも宣言します。ここから両者は関取の取組にしかない「仕切り」という儀式みたいなものを繰り返します。

仕切りの最中には、身長サイズの大きい旗みたいなものを持った人たちが土俵上をぐるっと一周歩きますが、これは幕内の取組に対して企業が「懸賞」を懸けることで、土俵上で企業の名前が書かれた「懸賞旗」を掲げてもらうことができるという制度によるものです。旗1つにつき7万円で懸けることができるそうで、その力士の地元の企業や、化粧廻しを贈ったスポンサーの企業が懸けることが多い印象です。その7万円のうち3万円は勝った力士に贈られますが、この琴ノ若と豊昇龍の取組には38本の懸賞がかかっているので勝った方は114万円を手にするということになります。すごいですよね。

懸賞旗も全て回り終わり、ついに取組が始まります。土俵の外から差し出されたタオルで汗を拭き、塩を手にして最後にもう一度まきます。その最後にまいた塩で滑って負けてしまうという例もままあるので注意が必要です。塩の量にルールはないので、雪ですか?というくらいたくさんまく人もいれば、体感小さじ1くらいしかまかない人もいます。

廻しをバンバン叩いたりして気合いを入れながら土俵の中心部まで歩き、真ん中にある2本の白い線よりそれぞれ外側に手をついて、両者の両手がついたタイミングで取組がスタートです。

相撲のルールはご存じの通り、「土俵の円の外に出るか足の裏以外の場所が土俵についたら負け」というとってもシンプルなものですが、今回は琴ノ若が豊昇龍を土俵の外に押し倒す形で勝ちました。勝った力士も負けた力士も土俵上に戻り一礼して、負けた力士は土俵を降り、勝った力士はもう一度名前を呼び上げられて懸賞金を受け取って幕内の取組が1番終わります。日によっても変わりますが、ここまでで大体10分かからないくらいというところでしょうか。

④大相撲ってどこから見はじめればいいの?

今回のこの説明の中で皆様に声を大にして言いたいこと。それは「スポーツを見る習慣がない人にこそ大相撲を勧めたい」ということです。

まず先ほどもお話ししたように、大相撲はルールがめちゃくちゃ分かりやすいです。
「土俵の円から足が出るか、足の裏以外の場所が土俵から出たら負け」なんて、覚えるまでもなく直感的に分かるルールだと思いませんか?

あとは競技時間がめちゃくちゃ短いということもおすすめポイントです。
先ほど一緒に想像した幕内の最後の取組でさえ全部合わせて10分かからないくらいで完結するという点からも分かるように、相撲は1つの取組に一瞬で決着がつきます。「この取組長すぎて飽きちゃうな……」なんてことは絶対にあり得ないため、とっかかりやすいんじゃないかな?と思います。

ただ1つの取組は短いとは言っても、本当に全ての取組を通しでみようとすると朝の9時くらいから18時までずっとやっているのでとっても長いんです。テレビの中継は午後からですが、さすがの私もいきなり6時間テレビに貼りついて見てくれとは言いません。3パターンほどオススメを考えてみたので、まずはこちらをお試しください。

①とりあえず大相撲ってどんなものなのか軽く見てみたい!
→14時くらいからの大相撲中継で幕下の上位の取組を見てみることをお勧めします。

先ほど書いたように関取の取組には「仕切り」という儀式みたいなものが毎回必ずあり、1つの取組にかける時間が少し長くなります。もちろん仕切り中に実況・解説を聞くのもおもしろいですが、一旦大相撲の雰囲気を軽く見てみる分には仕切りがなくてサクサク進む幕下以下の取組がいいんじゃないかなと思います。14時半くらいからは十両の土俵入りもあり、ここまで見ると『おお……!相撲だ……!』という感じがしてくる気がします。

②まずは強い力士の取組を見てみたい!
→17時半くらいからの幕内再終盤の取組を見てみることをお勧めします。
仕切りはありますが、取組数は恐らく2~3番だけでしかも出てくる力士は大関・横綱クラスの名前は知っている!という人たちだと思うので、見やすいんじゃないかなと思います。終盤になれば優勝に関わってくる取組は最後に来ることが多いため、優勝争いだけをちょっとだけ齧ることもできます。

➂全部見るんじゃなくて、注目されている取組だけをサラッと見たい!
→場所中に21時からのNHKニュースを見ることをお勧めします。
『え!?それもありなの!?』と思いましたよね、ありです。場所中はスポーツコーナーの最初に大相撲コーナーがあり、優勝争いに関わるような取組や面白かった取組を見ることができます。本場所のいいとこどりができるのがニュースなので、18時台にはまだ帰宅できないよ……という方にもお勧めです。

こんな感じで大相撲の話をしてみましたが、どうだったでしょうか。私はたくさん相撲の話ができて満足です。
もしこれを読んで大相撲気になる!と思ったら、5月14日から始まる5月場所をぜひご覧ください!

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最後に2点ほどお知らせがあります!

まず1点目です。来年度のブログ部部長をずきさんから引き継ぐことになりました。ずきさんからお話を頂いたときは、高校生のときに1読者としてこのブログを楽しみに読んでいた私が、ついにここまで来てしまった……!と感慨深くなりました。
1年間精一杯がんばりますので、よろしくお願いいたします!!

そして2点目!明日から4年生部員の最後のブログ更新ウィークがスタートします!
先ほど高校生のときにこのブログを楽しみにしていたという話をしましたが、私の入学直前にブログ部に入部されたのが今年の4年生の先輩方で、何なら初更新からリアルタイムで読んでいたので、ラスト更新が本当に、とってもとっても寂しいです。
もこさん・みちるさん・ゆうなさん・あこさん・やなさん・ずきさん(この順番で更新予定です)のブログをお楽しみに!!私もすっごく楽しみです!!!!

ではまた!次回のブログは4年生になった、「ブログ部部長」のゆきほがお届け予定です。

筋肉は裏切らない

こんにちは、さくらです。

せっかく早起きしたのでブログを更新しなくては、とパソコンを開きました。

先日ブログ部に新しく入る方々とお話したことで「もう一年たったのか」と気付きました。更新日が決まっているため半ば強制的とはいえ、おおよそ月に2回、年にしたら24回ほど継続的に文章を書くことなどそうそうないので感慨深いものです。

私は他人の文章を読むのが好きなので自分のブログより他の方のブログを読むことに熱を注いでいます。日本文学科だからか、皆さんの元々の特性なのか、本当に文章が美味い。誤字じゃありません。上手い文章は美味いんです。先日1年生の方のブログを読ませていただいた時「おっ!」となるものがありました。とても喉越しが良い文章。あと2年足らずで皆さんの美味い文章に肩を並べられえるようになるのでしょうか。

導入はこれくらいにしておいて表題となっている話題に入ります。

筋肉。そうそれは人間の身体にとって大部分を占め、非常に重要な働きをする細胞の集まりです。筋肉が弱ると人間の身体も弱る。人間の健康にとって切っても切り離せない関係なのです。

当の私。小学校の頃は足が速かったですし、中学時代は運動部。高校でもリレーの選手をやるなど文学部の中では運動が出来そうな人間だと思っています。1年生の時、必修の体育で初めに全学科体力テストがあるのですが、毎年平均得点の学科最下位は日文史学科らしいです。非常に不名誉。

入学当初はまだギリ?JK時代のノリと勢いで何とかなる遺産に頼っていましたが、流石に20歳を超えるとヤバいらしいです。

最近の悩み、腰が痛い。

バイトが基本直立不動の立ち仕事なのでどうしても立ち方の癖が出てしまい、左重心になってしまいます。気を付けてはいるのですが、長年染み付いた感覚は無意識のうちに出ているようで……。左側の足の付け根から腰に掛けてが動くとピキッと痛みが走ります。

どうしたものか。医療系で働いている知り合いに相談するとストレッチと筋トレ。筋肉は身体を救うと教わりました。てっきり病院に行けと言われると思っていたのでびっくり。(もちろん痛みが酷いようなら行けと言われました)とにかく腹筋と足回りのストレッチで大分変わるそうなので3週間前から少しずつ実践しています。

するとなんかあれ?ちょっとマシかも。と思えるくらいまではきました。まだ痛いは痛いんですが、ピークの時よりかはずっとマシです。筋トレとストレッチ、すごい。

おまけにちょっと腹筋まで復活してきて鏡を見るのが楽しいです。マッチョが鏡の前で写真撮る気分が分かりました。あとついでに若干、本当に若干脚が細くなった気がします。出来の良い大根がちょっと出来が悪くなった感じ。ストレッチと筋トレで美脚が手に入るなら安いもんですね。

一時期Produce101 The Girlsにハマりスタイルを良くするために出来もしないダンスをはじめ、一時間で力尽きた時のことを考えれば十分な成果です。

締めの挨拶をしようというときに急に思い出したのですが、今!絶賛!Bリーグマスコットキャラ投票が開催されています。我らがサンロッカーズ渋谷のイケクマ【サンディー】に皆さん清き一票をよろしくお願いします!!

https://www.bleague.jp/mascot/2024/shibuya/

web投票はこちらからできます↓

https://questant.jp/q/moy20240326

Bリーグ知らないな、バスケ見たことないなという方もお気に入りのマスコットキャラ見つけてみてください!あわよくばサンディーを一緒に推しましょう!!

ぶらりずっと徒歩の旅

まいますです!💟

1ヶ月ぶり2度目の更新です^_^

最近の私はコアラのマーチ集めにハマっています。

というのも、コアラのマーチは今年で40周年だそうで、絵柄に数百種類もの名前、苗字が印字されてるのです!

絶対に自分の名前を引きたい!

そんなこんなで現時点で合計10箱を購入したのですが、ひとつも出ず…

太っていないかだけが心配で、今日から筋トレを始めました。せめて10日は続けたいです。

さて、本日3月21日で京都に引っ越し2週間になります。

この間家具を揃えたりバイトをさがしたりとドタバタでしたが、すっかり落ち着いて今は大学が待ち遠しい気持ちです。

3月10日より作業を手伝ってくれていた母が関東へ戻り、いよいよ本格的に1人になってしまいました。

母を見送りすることもないのでとりあえず散歩。

今出川から東へと歩き続け、マップを確認すると平安神宮が先にありました。

ということで第一の目的地は平安神宮に決定!

向かう途中綺麗な桜が。

長徳寺に咲いている早咲きのおかめ桜です。青空に鮮やかなピンクがとても映えていました!

平安神宮に向かう最中にも道中にさまざまな石標が。

大河ドラマや時代劇の世界が、何百年も前には同じ場所で繰り広げられていたと思うと、ドキドキします。

こういったものに縁遠い場所に住んでいたので、京都にいるとふとした瞬間に長い長い日本の歴史を感じてじーーん…とします。

特に授業で習ったような知っている名前が出るので、深い知識がなくても、あ!となることが度々^ ^

そこからもう少し歩くと、平安神宮に到着!

あまりにも現実離れした空間に圧倒されました。

平安神宮のホームページによれば、社殿はお祭りしている桓武天皇が開かれた当時の平安京の正庁、朝堂院を約8分の5規模で再現しているそう。

青空×木々×大極殿×砂利が広がるこの景色、本当に感動します!

日本人全員にお勧めしたいです。

さて、平安神宮を出てマップを確認すれば、ずっと下ったところには八坂神社が。

街並みを楽しみたいし節約もしたかったので、電車は乗らず、引き続き歩き続けました。

道中立ち寄ったのは、満足稲荷神社です。

『小さな神社で、大きな満足。』というキャッチコピーの通り、ひっそりと佇んでいる感じの神社なのですが、目を引くものが非常に多かった印象です。

不摂生が祟って口内炎が立て続けにできていたため気持ちを込めて岩神さんをさすってきました。

興味深い授与品も多く、こちらもぜひ訪れてほしい神社のひとつです!

そしてようやく辿り着いたのは八坂神社!

この日は本当に天気に恵まれ、赤と青と緑の色合いが非常に綺麗でした。

大国主社と本殿にお参りし、おみくじと御朱印をいただきました。

祇園方面のため人も多く、あまりしっかりと回ることができなかったのが心残りです!

暖かくなったらリベンジしたいです。

この日はここで終了とし、烏丸通を北上して帰宅しました。

およそ3時間で、歩くだけでさまざまな場所を巡ることができ非常に濃密な時間でした。

景色もいいし散歩しやすいし、京都ってすごい!

少し歩いただけで名所があるという素晴らしさが散歩モチベを上げてくれます。

京都にいる間たくさん歩いて痩せられたらいいなあと思いつつ、コアラのマーチを食べ続ける毎日です。

そろそろこの生活を終わらせたいので、私の名前、早く出ますように…。。。

では!💟

My Hobbies ーギター編ー

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、前回の続きで、私の新たな趣味であるギターについてお話しようと思います。

続きとはいえ、物語のように連続性のあるものではありませんが、読んで頂くと、趣味に対して私がどのように考えているかが分かりやすいと思われますので、一応紹介しておきます。

前回の記事は、以下のリンクから読むことが出来ます。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/namekata/

お手数ですが、こちらから「My Hobbies ーイラスト編ー」というタイトルのブログ記事をご覧下さい!

それでは、ギター編、始めていきます。

私がギターを始めようと思ったのは、至って短絡的なものです。それは、

「小説を書くことも絵を描くことも趣味の私が、音楽も趣味になって作曲が出来るようになったら、マルチクリエイターになれるのでは!?」

という、ただそれだけのものでした。どれも、ただ自分の頭の中に浮かんだ言葉やイラスト、旋律を表現したいというだけのものではありますが(笑)

本格的にプロになって、みたいなことは考えていませんでした。これに関しては、今も考えは変わりません。

とはいえ、理由はそれだけではなく。

私の仲が良い友人たちがこぞって楽器を始めたからです。

中学3年生の頃、私は当時仲の良かった4人と、バンド組めたらいいね~なんて本気なのか冗談なのか分からない夢を語っていました。というのも、私たちは当時共通のコンテンツにハマっており、それが「女子高生たちがバンドをする」ことが主軸となっているスマホゲームだったからです。

(ちなみにそのタイトルは「バンドリ ガールズバンドパーティー」というものです。よければ検索してみてください。最近バンドの数が増えてさらに大きくなってきたコンテンツなので…!)

そのコンテンツの影響を受けてなのか、夢を実現させたかったからなのかは分かりませんが、私の周りの友人たちは一斉に楽器を始めました。

これが私がギターを始めるきっかけとなった直接的なエピソードです。

ではなぜその波に乗らず、大学生から始めることとなったのか。

それは、私が楽器未経験者であったということと、高校生になり大学受験を控える身でそのようなことをしても良いのか悩んでいたこと、そして何より、楽器を買うのが高かったというのが主です。

中学時代に楽器を始めていた友達は軒並みピアノをやっていたり、何かしらの楽器経験があったので、未経験の私が飛び込めるものではないと判断してしまいまして。

それにまあ、学生のうちって意外と忙しいものですからね。中々新しいことに手を出している余裕はなかったです。

そんなこんなで、せめて色んな意味で自由になる大学生になってから楽器は始めようと思いました。

そしてその決断を、大学生になった昨年の春に、実際に行動に移した、という次第です。

次に、私がこの趣味を一年続けてきてよかったと思うことを書きたいと思います。

前回の記事にも書いたことではありますが、それは、「世界の見え方が変わる」ということです。

例えば何気なく曲を聴いている時。ギターを弾いていなかった頃には意識していなかった、ベースの音やドラムのリズムの一節が際立って聞こえたり。私が好きな奏法がアルペジオという奏法だということも。

ゲームで何気なく流れているBGMにも、好きな旋律があったり、それを具体的に説明できるようになったりすることは、間違いなく私がこの一年間、ギターと少しでも向き合ってきた結果だと思います。

とはいえ、聞き分けることはできても、実際に弾けるか否かは別のお話であるということも、この一年で痛感しました。

初心者向け!簡単!と動画などで紹介されている曲でも、実際に弾いてみると楽器未経験者の身にはめちゃくちゃ難しいことが分かりました。

未だに完璧に弾けるようになった曲は一曲もありませんから(笑)

じゃあ一年間私は一体何をしてきたんだ、って話になりますが。

確かに、ギター奏者としての私はほとんど成長をしていないことになります。

しかし、「音楽を聞く」ことにおいて、気付きが増えたというだけでもギターをやって良かった、と思っています。

以上、二回にわたって、私が趣味に対してどのような考えを持っているのか、お話をしてきました。

私にとって趣味とは、「自分の世界を広げてくれた・自分の世界を豊かにしてくれた」ものです。

イラスト然り、ギター然り。小説然り。

でも私は単に、「知的好奇心」が旺盛なだけかも知れないです。

このブログ記事を書いていて、そう気づきました。

趣味を通して何かを知っていくことで、それに関連するものや日常生活が少し変わったものに見えてくる。

全く関係なさそうなのに、実は関連性があって、それに気づけたときのあの達成感。

「あっ、これってそういうことなんだ!」

ーーーこんな体験、皆さんもどこかでしたことがあると思います。

特に、自分が小さくて、何も知らなかった頃のことを思い返してみて下さい。そんな体験が、きっとどこかにあったはずです。

私はそれを味わいたくて、これらの趣味を楽しんでいるのかも知れないな、と今回新たに気付きを得ました。

趣味って、単にその人の心を救うだけじゃない。

何か学びを得て、気づき、その欲求を満たしたいからこそ、私は趣味を楽しんでいる。

おそらく、趣味についてこんなに深く考えている人は少数派でしょう。

ですが、こんな考えを持つ人もいるんだな、と心に留めてくださるだけでもうれしいです。

次回は…そうだな…私の「推し」について話そうかな、と思います。

単に「推し語り」や「布教」をするわけではなく、「私にとって推しはどのような存在なのか」。

そんなことを綴っていこうかと思います。

長くなってしまい、大変失礼いたしました。

それではこの辺で、失礼します。

美の難しさ

高知出身で京都の大学に通う知人と話すとき、私のボケやツッコミはたいていすべる。

そもそも話す速度が違う。

笑うタイミングと、尺と、呼吸の深さと、なにかが少しづつ違って、その違いに私は毎度癒される。と同時に、アイスホッケーのごとく机上で見事にすべっていく私の言葉たちに、少々涙を捧げる作業にいそがしくもなる。

西と東の会話では時間の流れ方が少し違うのかしらんと思い、もしそうであれば、私はいつのまに気が短くなってしまったのやらと思うも、気の短さのために思い続かず。

*****

まいです、ごきげんよう❀

この春休みに大学の友人ら6人で京都大阪旅行に行ってまいりました。その6人の中にはこのブログ部に所属しているメンバーも数人いるので、お話がかぶることがあるかもしれませんが、お許しください。

メインは清水寺周辺での舞妓体験でした。

メンバーの一人が「舞妓は10代までらしいからなるべく若いうちに体験したい」と言い(その発言の時点で既に20代に突入し1年が経過している)、そのために京都に行くという順序で決まっていきました。

舞妓体験では、お化粧からお着物、頭まで舞妓さんと同じようにセットをしてもらい、写真撮影のほか周辺の土地を散策することができます。

6人のうち3人は先にお着物選びを、残りの3人は先にお化粧をという手順になりました。

〈鏡台前。襦袢の襟が触れる首元に涼しさを感じながら息を潜めているとたちまち鬢付け油が顔と肩周りに塗られていきます。〉

それが想像以上に力技で笑、鬢付け油って硬いんですね。髪の毛のワックスのようなテクスチャ、するすると塗り広げられるようなものではないので、スタイリストさんが手につけた鬢付け油を頬に塗っていく仕草とは反対方向に顔を振り動かすくらいの気持ちでいないと、うっかり顔がもっていかれてしまいます。

〈天井の灯りをてらてらと映す肌に、広いハケでおしろいが塗られていく。おでこから鼻先まで冷たい筆が撫でていく感触に不思議な安堵感が湧いていきます。〉

この時点で目を開けるともう、誰という感じです。私たちはどうして鏡を信じられるんでしょうね。どうやらそこには「白塗りの私」がいるようでした。

目の際と唇に紅を差し、姿を見つめると、「私は作品になった」と感じました。鏡を見ているようで他人を見ているような、人を見ているようで色を見ているような不思議な感覚です。

同じように化粧を終えた友人たちは私の思う舞妓さんの表情をしていました。アイラインがタレ目に引かれ口角が引き締まり、想像する「舞妓」です。ところで私は、なんだか舞妓というより歌舞伎役者のような仕上がりになっていました。アイラインがつり目に引かれていたのかな、はんなりというよりイケメンになっていて笑、新鮮な気持ちになりました。

肌が白くなるということで「肌に合わない色」というものがなくなるとの助言をいただき、着物選びをしました。(振袖は紫味とある赤を着たから青系かな…でもピンクも王道で可愛いし…黒も着てみたい…。)

白になりました。

白地に昇って行くような青い洋風な花々。

そこに黒地に金糸の帯を合わせると着物は表情を変え、大人しい雰囲気からたちまち威厳ある様相になりました。着物ってそこが魅力ですよね。

*****

カメラマンさんに6人の集合写真を撮っていただき、さっそく60分の散策へ。

お団子食べたり抹茶飲んでる写真とか撮りながら歩く、という想像をしていた私は甘かった…。

「舞妓さんは外で食べません。飲みません」と言う着付け屋の女将。

「でも、今回は写真撮影はOKにします。ほんとは写真を撮られるのも撮ることもだめなんですけどね」

重いカツラ。不自由な体。締められた帯。そして、飲食NG散策…。私たちはここにきて舞妓の現実を突きつけられたのです…!!

予定ではこの舞妓体験をする前に、清水寺で食べ歩き、ある程度お腹がふくれているはずでした。しかし、京都駅から清水寺方面へのバスが長蛇の列でしばらく乗れそうになく、徒歩にしたことで、昼食を取っていなかったのです。

空腹に畳み掛ける空腹。かなりハードな1時間になる予感がしました。

……しかし、しかしそれでもまだ私たちは甘かったのです。

本当に大変なのは、空腹ではありませんでした。本当に大変なのは、「注目の的」になることでした。

そんなじゃないだろうと鼻で笑わないでください。

問題は数。舞妓の格好をした人(というか観光客にとってはリアル・舞妓)が6人いたら、確かに見応えがあり、派手で、目立たずにいることの方が困難です。

交通に影響が出るほど路に外国人観光客の方が集まり、一緒に写真を撮ったり知らない間に盗られたり、前にも後にも進めない!という状況。漫画にありがちな、“有名人が普通に街に出たら風で帽子が飛ばされて正体がばれ急に大騒ぎになる”的な具合に人が集まり、いや、でも有名人と言うよりは動物園のパンダを見るように囲まれていました。あれは間違いなく人生で最も注目された瞬間でした。

…空腹。飲食なし。重いカツラ。きつい帯。身動きの取れない着物。そして、想定外の注目…人、人、人…。

体験場所に戻るとみんな一回り痩せたようでした。そして素の姿に戻った時の開放感溢れる笑顔。

「10代まで」もある意味、納得です。

*****

今、写真を見返すと、楽しかったな〜いい体験したな〜と幸せな気持ちが先行しますが、いざ書いてみるとこんな苦労があったようですね。

女子大学生6人の京都旅はこんなものでしょうか。

とにもかくにも楽しいよき旅でした😊

ちゃんちゃん

逃げ足

先輩たちは、ずっと舞台の上の人達だった。

私は他大学のお笑いサークルに所属していて、学生芸人の端くれとして細々と活動をしている。
そして、先週いっぱいをもって、サークルの4年生たちが卒業した。一年間大学お笑い界隈を牽引してきた先輩たちだ。
本当にかっこいい先輩たちだった。
今回は、そんな先輩たちのことについて書かせて欲しい。

学生にも関わらずプロの舞台でも活躍していて、関西の大会で決勝に進んだ先輩のことは同期みんなで集まって食い入るようにテレビを見た。
力いっぱい手を伸ばしても、かすりもしないような位置に先輩達はいた。
先輩たちは、舞台の上でいっとう輝く人たちだった。

私が初めて大学お笑いの世界に触れたのは2021年のアメトーークだった。
学生芸人出身の芸人が大学お笑いについて話す企画で、初めて「大学お笑いサークル」の世界に触れた。
去年M-1で優勝した令和ロマンや真空ジェシカ、ラランドなども学生お笑いの出身だ。
そこから大学に進学したらお笑いサークルに入ってみたいなぁ、と漠然と考えていた。私が今入っているサークルに初めてコンタクトをとったのも、ちょうど去年の今頃だったと思う。
初めて見に行った大学お笑いのライブは、4月の新歓ライブだった。
そこで見た先輩たちのネタは本当に衝撃だった。
正直「大学生のネタか、どんなもんなんだろう」という感じで見に行った。言葉を選ばずに言うとクソ生意気な1年生である。
結果、めちゃくちゃ笑った。本当に笑った。
こんな最高のライブを無料で見ていいのか?
私はこの人たちの後輩になれるのか?
心が踊った。ちなみに、その時に私が一目惚れしたコンビが今回の卒業生たちである。
雷にうたれたような衝撃を受けるほど面白かったのに、そのコンビは本コンビではなくサブコンビだったらしい。
プロと違って、たくさんのユニットを掛け持ちできるのも大学お笑いの楽しいところ。

サークルにはスタッフとして入会したが、一ヶ月経ったときに演者(芸人側)に転向した。
舞台の光が眩しくて、どうにも憧れてしまったのだ。
オードリー若林のエッセイで、こんなエピソードがある。
芸人を辞めて、社会人になったとしてもまたお笑い芸人に戻ってくる人がいるらしい。
その理由は、笑いを一身に浴びる感覚が忘れられないから。
その感覚を私も味わってみたいと、そう思ってしまったのだ。

スタッフとして入会したので組んでくれるような相方も見つからず、しばらくはピンでやっていた。
初めて立つ舞台。小さな劇場。
自分の書いたネタがウケる喜び、快感、手の震え。
大学お笑いの世界に入らなければ、実感できなかったものだ。
私はプロになりたい訳では無い。
プロと同じ舞台で戦う先輩は、憧れでしかない。
だからこそ、とにかく背中を追いかけ続けた。同期がどれだけ面白いネタを出しても、先輩たちには勝てなかった。
大きな背中を、走り、追いかけ続ける。
なのに先輩はどんどん先に行ってしまう。
ただでさえ面白いのに、もっともっと面白くなり続けていく。

今月、大学お笑いの大会があった。小さなライブはあれど、大学お笑いの大会としては先輩たちはそこで引退だ。
漫才、ピン、コントでチームを組み、戦う団体戦。
決勝戦は6組が優勝を争う。
私のサークルからは3組が決勝に駒を進めた。
全組面白かった。面白すぎた。圧倒された。
ただひたすらに面白くて、殴りつけてくるような笑いの波に溺れそうだった。
最後、大トリ。6組目は4年の先輩たち。
漫才、ピン、コント。三角形が完璧だった。
会場の誰もが、先輩たちの優勝を確信していたのではないかとさえ思う。
笑いながら、少しだけ涙が出た。
大きな会場で拍手笑いをかっさらう先輩たちがかっこよかった。
優勝の瞬間は思わず体が震えた。
先輩たちの4年間が報われた、そのうちの3年間は知らないし、この1年間もそばで観てきた訳では無い。
だが、この1年間、ずっと憧れていた。
ずっと背中を見てきたのだ。
ずっと舞台上で輝く先輩たちを見てきたのだ。

プロに行く先輩もいる。
社会人になる先輩もいる。

でも、皆一様にこのサークルから去ってしまう。
本当に逃げ足が早い先輩たちでした。

あとひと月もすれば、私にも後輩ができる。
後輩にも、でかい背中を見せてやりたい。

奨学金のはなし

皆様、こんばんは。しおん🦜です。

2回目の更新になりますが、今回は奨学金のお話をさせていただきたいと思います。

大学生とお金の苦労は切っても切れないものですが、特に貸与奨学金を借りようと考えている方、給付奨学金を申請しようと考えている方の不安は凄まじいものでしょう。

私も給付の奨学金を頂いて大学に通っている身ですので、その不安は本当にわかります。1年前のこの頃、大学での生活へのあこがれと、学費への心配が心の中で戦っていたのをよく覚えています。

私が今回お話しさせていただく給付奨学金とは、2023年度の日本学生支援機構給付奨学金(新制度)のことですので、異なる点が発生していることもあるかと思います。あくまで参考程度で見ていただければ幸いです。

高校生の終わりに、給付奨学金の申請を終わらせている方もいらっしゃるかも知れませんが、私は情報を得るのが遅く、大学に入ってからの申請になってしまいました。きっと、これを読んでくださっている方の中にもそのような方がいらっしゃるのではないでしょうか。

一足出遅れてしまった、と焦る気持ちはわかりますが、心配しすぎなくて大丈夫です。

大学からの方向けの説明会はかなりしっかりとした説明をしてくださいます。

説明会の日程は、案内の紙をよく見て間違えのないように行くようにしてください。そして、説明会での内容は絶対に間違えないように、メモを取りながら聞いた方がいいです。

時々、説明の中で高校に書類をお願いして、送付していただいたり、取りに行くことが必要になることがあります。時間に余裕をもってお願いした方が後々楽です。

そして、わからないことがあれば学生支援課に相談するが吉です。大学生になったら大抵のことは自己責任だと言われますが、どうしてもわからないことは聞いても良いのです。自分一人で解決できなさそうなことは、抱え込まず人に相談しましょう。怖がらなくても、大学の方たちはとても親切ですし親身になってくださいます。

なにより大切なのは、メールをきちんと確認することです。学校からのメールは正直物凄く量が多く、見るのが嫌になってしまうこともあると思います。ですが、気を抜いた時に限って、大切なメールが来るのはあるあるですから、メールのチェックを欠かさずすることをお勧めします。

また、日本学生支援機構で奨学金を借りたり、頂いたりするときに必ず使うスカラネットというものがあるのですが、これにも注意が必要です。スカラネットは自分の情報を閲覧することは24時間可能ですが、書類提出などは午前8時から25時までしかすることができず、作業が中断されてしまう事もしばしばありますので、時間には余裕を持って書類作成するのが良いと思います。

ここまで長々と書かせていただきましたが、要点をまとめると、

説明会にきちんと行くこと

説明会での話をしっかり聞くこと

書類提出の期限を絶対に間違えないこと

疑問があればすぐに学生支援課に聞くこと

メールを毎日チェックすること

スカラネットは25時から8時まで使えないこと

時間に余裕を持つこと

と、いったことに気を付ければ問題なく申請できると思います。

自分が知りたかったことや、言ってほしかったことをまとめたので、あまりまとまりが無くなってしまいましたが、この話が少しでも皆様の役に立ったり、励ましになれば幸いです。

もし、需要があれば、これ以外の給付奨学金のお話や、授業料減免についてもいつか書きたいと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。それでは、また。

しおん🦜

「あなたが向きあわなかった問題は、いずれ運命として出会うことになる」

タイトルは、スイスの精神科医・心理学者であるユングの言葉です。どきっとしましたか?

どんな事にせよ、目を背けてきた過去がある人はちくりと胸を刺されるかもしれませんし、どんな時でも真っ向から向き合ってきた人にとっては何ともないかもしれません。

こんにちは、さゆりです。春休みもあと少しで終わりですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今回何を書こうか悩みに悩み、下書きをいくつか保存していたのですが、やめました。

気の向くままに書かせていただこうと思います。

さて、このユングの言葉は人によって色んな解釈ができると思いますが、あなたはどう思いますか。

私は「あなたが向き合わなかった問題」が嫌な事から逃げ回ったらつけがまわってくるのは当然ですよ、という意味だけではないのかなと思いました。

例えば本当はやりたい事があるのに、常識や偏見や世間体を気にして目を背け続けていたり。あるいは、本当はこういう気持ちがあるのに、気のせいだと蔑ろにしていたり。それによって問題が膨れ上がて、運命とまではいかなくても、結局向き合わざるを得ないという。

私はどちらも経験があります。本心が叫び続けているのに、蓋をしていたんですね。

結果はご想像にお任せしますが、当然ながらいい方向には向かいませんでした。というか、つけがまわってきて後悔しました。

八方塞がりになって根本の問題に向き合わねば前に進めない状況になってしまったので、やむを得ず向き合う事を決心しました。

視界に入れないようにしていた事と向き合うって結構なストレスなんですよね。とはいえやるしかないので、専門家が発信している解決法を調べて片っ端から試しました。

結論から言うと、上手く軌道修正できました。ある程度継続しなければならないのは大変ですが、変わる事を意識し始めてからびっくりするほど全部上手く滑り出したので自分結構やれるんちゃうか!?と調子に乗りかけましたね。少し時間はかかりましたが、あの時真剣に向き合った自分がいたおかげで何が起こっても絶対にどうにかできるはずという確信が生まれた気がします。

大なり小なり色んな問題を抱えて生きている人が沢山いると思います。私は自分の力でなんとかできるレベルだったのでこんな事が言えますが、そんなレベルじゃないのよ、という方々も星の数ほどいるでしょう。

そんな方々になめくさった態度で諭す事はできませんが、掘っていった所に原因があるかどうか念のため確認するくらいはやっておいてもいいんじゃないでしょうか。繰り返すという事は必ず理由があり、完全に片づけることはできなくても、少しだけ綺麗にすることはできますし。

そして何より、自分の気持ちや感覚を大切に。機械にエラーが出たらメンテナンスしますし、みなさんがお持ちのスマホも必ず充電するでしょう。人間も心身共にメンテ必須ですからね。

今を生きるみなさんの道が少しでも明るくあたたかいものでありますように。