毎日毎日花粉花粉花粉で非常にまいっています。目なんか開かないですよね、腫れぼったくて。鼻水もどこにこんなに水源が!?ってくらい出ます。人間の体ってほんとにほとんど水で出来てるんだ……って実感しました。
すごーーーく久しぶりに映画館で映画を観ました!!!!!!!楽しかった!!!
映画自体は人並みに好きだと思うし映画館という空間も好きなんですが、高校生まで1000円だったものが大学生になって1500円になるの結構デケー、と思いまして。中学生とか高校生の時の娯楽って私の中では専らカラオケか映画だったんですけどね。安く時間をつぶせるから。子どもの財布に優しい。なので、めっちゃ映画ファンとかじゃないし別に誇れるような数字でもないんですがそれでも年に3~4本とかは映画館で観てました。今じゃめっきり行かなくなっちゃいましたね。大学生になってから映画館行ったのは今回で二回目でした。あまりにも、激減。2021年に「キャラクター」という映画を観たっきりです。菅田将暉とかセカオワの深瀬くんとか小栗旬とかが出てくる映画です。ああいうのはなんて言うんだ?と思って今ググったらジャンルとしては「ホラー/ミステリー」らしい。なんかまあざっくり自分の言葉でまとめるなら殺人鬼と漫画家の奇妙な交錯の話です。この書きぶり的にぜんぜん内容重くなさそうになっちゃったけど、なにもほっこりしない。なんなら後味が悪くて体調悪くなるタイプのやつでした。私は割と人間の感情に引っ張られるタイプだと自負しておりますが、映画とか漫画とか小説とかでも同じで、享受したものを2~3日引きずるんですね。でもこの内容引きずってたらちょっとダメだろってぐらい重かったので感想と考察をダーッと書き出したのを覚えています。オタクの人間はすぐ考察をしだしますね。とにもかくにも、人間の精神に干渉してくるくらい面白い映画だった。気になる人は見てくださいね。多分Rはついてた気がしますが。
ちょっとキャラクターの話し始めると本題に入れないのでこのくらいで切りますね。今回、といっても2月27日なので半月前なんですが、観てきたのは「カラオケ行こ!」という映画です。先に言います、良すぎる。和山やま先生の漫画が原作で、綾野剛・齋藤潤が主演です。これもヤクザと中学生の奇妙な交錯の話なんですが、こっちはほっこりするぞ!「青春も延長できたらいいのに」みたいなキャッチコピーがついてましたがまさしく青春だった。え~中学生ってこうだよね~~~苦しいよね~~~の解像度が高すぎる。今の私って思春期の中学生とそれをほほえましく思ってるヤクザの間くらいの年齢なんですよ、恐らく。それもあって、こう、どっちの気持ちも分かる!!!と思ったし思春期特有のぐっちゃぐちゃになっちゃう描写がリアルすぎて自分の中学時代思い出して泣きました。苦しいよね~中高生。でも大学生も苦しいです。映画観終わって頭からつま先までカラオケ行こ!のことでいっぱいになってまたこれもとりあえず感想と物語構成について先に観てた友達に送りつけてたら原作の漫画貸してもらって。それもまた良かった。原作の方がコメディとシュール要素がやや強めで映画の方が青春みがやや強調されていた気がします。脚本の角度とか重きを置くところの違いだけじゃなく、齋藤潤の岡聡実が原作の岡聡実より青春要素強めだったのかも。ここら辺の感想、あんまりネタバレするの好きじゃないからストーリー展開自体の核心に触れることはしてないけど物語の根幹には思いっきり触れています。これで気になったらもう自分で観てください。私は自分が何か作品に触れる時ファーストインプレッションを大事にしたいからレビュー等なるべく見ないので、こういう時どこまで言っていいかわかんないぜ……。ここまで書いてあらすじすらまとめていないことに気付きましたが、まあこれレビューでも紹介でもなくいち個人の感想なので許されます。ひとつ確実に言えるのは、私にはカラオケ行こ!の続編、ファミレス行こ。の下巻がこの世にまだ存在していないことに絶望を覚えるくらいには刺さりました。少しでも興味をもったらみんなも聴こう、岡聡実の魂の紅を。
あんまり普段好きなものとかハマったものの話をせず自分の日常を切り売りしてブログを更新しがちですが、熱量をもって書いてたら私ってここでこんな口調だったっけ???になってきました。どんどんこの場がTwitterみたいになってくよ~よくないよ~。きっと映画観た直後の私に同じ題で書かせたらもっとインターネットくさい文章を書いてきたでしょうね。日常どころか自分の身を切り売りし始めている。そろそろ切るところもなくなり、美味しいところは削ぎ落され、あとは灰汁とかエグみとかしか出てこないのでここらでお暇しますね。では。
昨日を脱いだら、春
歩道橋の上で水を飲んだら、太陽が目に刺さった。春。アウターを持たずに家を出た。電車に乗ると、東京ソラマチの広告が目に入った。「昨日を脱いだら、春」。いいキャッチコピーだ。
脱いで着込んで、慌ただしい大学生活だった。新入生の頃は、“関東人”に舐められたくなくて、沢山着込んだ。逆に浅ましかった。関東生まれの人にとって、関東は特別な場所ではないから、着込む必要なんてない。気張っていることは、ああこの人は地方から来たんだなという、メッセージになる。
弊社には地方から上京してくる人が多数いる。新入社員向けのミーティングで、入社してから楽しみなことはなんですか?という質問に、「東京で働けることが楽しみです!」と答えた同期が多数いた。冷めた目で見た。自分だって上京3年目で、関東人ではないのに。過去の自分を見ているようで、拒絶反応が出る。「東京」というものに憧れる人々に、芋臭さを感じて、距離を置きたくなるのだ。東京なんて、そんないいもんじゃないよと、スカして、冷めて、“東京”ぶりたいのだ。
23歳、生まれて初めてディズニーランドに行った。九州からディズニーランドに行こうとすると、1人10万円の費用がかかる。飛行機代、ホテル代、滞在中の飲食費、交通費、お土産代、そんなものを考えて、10万。4人家族で行くなら、40万。当然、幼い頃にディズニーなんて行ったことがなかった。東京に来て、人生で一回もディズニーに行ったことがないというと、よく驚かれたものだ。仕方がない。伝える気もない。
人生初、ディズニーには、Dオタの友人と行った。ディズニーに行って、塗装が剥げていないことに驚いた。それを伝えると、「そりゃあ夢の国だから」と、いとも当然というように、返された。全然当然ではない。私が行ったことのある遊園地は、みな塗装が剥げていた。どこか、寂しかった。ディズニーにはそれがない。完璧で、栄えていて、生きている。それが当然だと思っているなら、恵まれているということだ。キョトンとした顔で、とぼけないで欲しい。恵まれているからと、幸せそうな顔をするな。転勤のない会社に絞って転職したんです。地方に行くのは勇気が出なくて。丁寧な言葉で、貶すな。気づかないふりをするな。
「自分が好きなところに居ればよかたい」
と親からLINEが来た。私は福岡に帰る気がないのだ。福岡に帰省する度に、視線にやられる。ミニスカートを履いていれば、おじさんの視線が刺さる。派手な格好をすれば、同性の視線が刺さる。ゴンチャで、ほうじ茶ラテLサイズタピオカナダテココミルクフォームトッピングを頼んだ。スタンプカードが全部貯まったからだ。すると後ろのギャルに「うわデカ」「タピオカ以外もあるくね?」「やばすぎ」とヒソヒソ言われた。そうだった、と思い出すのだ。実家の隣のおばちゃんに「大企業に就職したらしいね😊😊あとはケッコンだけね😊😊😊」と言われて、ハハハと返した。愛すべき地元は憎い。
どう足掻いても関東人にはなれなかった。育ちが悪い。擬態は性に合わなかった。普通に暮らしていたら、思想の強い地方人になった。仕方ない。地方では品がいい方だった。国立大附属の学校に通う、上品なお子様だった。鼻につくので、近所の同級生からは嫌われていた。公立小、中に行くのが普通の地元で、姉は私立中高に行って、私は国立小中に行った。色眼鏡で見られた。ずっと嫌だった。上京した。地方人だった。でも地元よりは過ごしやすかった。
春な忘れそ。忘れていない。痛々しいブログデビュー、ちゃんと覚えている。東京は好きになれたかい?私は私のことを、もっと愛せるようになった。
昨日を脱いだら、春。福岡を脱いだら、東京?
いや、福岡を脱いだら、本当の私。
20歳になっちゃったはなし――あやめの靴下事情――
〈注意‼:投稿前に必ず変更を加える。まだメモ段階・清書する!!〆切:3月13日〉
草稿
前略。
黒い靴下を、高校時代からずっと選んで履いています。
同じくらいの長さで、しかも黒だから、見分けがつかず、いよいよ超高難易度神経衰弱(もっとうまい言い回し考える)になっています。いや、靴下評論会とでも言いましょうか。靴下万博でしょうか(しつこい)。←変更を視野にいれて。
あっちとこっちは長さが違う。こっちとそっちは生地の厚みが違う。それとこれは黒と紺で色違い。
(ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)読者の皆様いいですか、これが10代です(読者のあなたがいくつだろうが、これを訴えなければ、私は20歳になれないのです。これを知らせなければ、お酒に酔えたものではありません!)。
浅い経験を豊かな感情、よく効く嗅覚とぎりぎりのバランス感覚、つまりは子供特有の殊更鋭敏な感覚でもって表現することで、飲めないアルコールではなく自分に酔って、前後不覚、ある者は音楽に勤しみ、またある者は恋人と浮世をランデブー、わたくしといえば厚顔無恥、軽薄軽率、楽観的、夢見がちに生きている、これが10代の性質であります。これをまさか大人がやったら、目も当てられない、と(辛辣に!!)思う私は今、10代を終えるところでありますから、この専売特許を今のうちに出し切る所であります(編者注:筆者は昨年12月にポとスポンジの落ちる音を立てて思いついて発作的に書き殴っていますが、編集をする者(つまり私)は残念ながらもう20代に悠々突入しておりますから、非常に非常に恥ずかしい思いをして、たとえるなら幼い弟が公共機関で大声で「うんち!!!!」とかなんとか、恥ずかしいことを嬉しそうに大声で、言い出した時のような、そしてそれを制するのが自分しかいないような、そんな恥ずかしさ、なんなら頼りなさ、心細ささえ抱えている、というような気持であります。これでは筆者の訴えんところがまるで「うんち!!!!」同等であると言っているように見えますが、それとはまた違うのです、えっと、こう、なんというか、また蛇足を書いてしまったのでしょうか。(←あとでうまいこと編集する……代替案無し:12月18日記)蛇足でしょうか、いいえ誰でも、まあ、このようにまごつき、しかしどうにもできず耐えているのです、こいつ、なんてことを言い出しやがる、です、ます)。別に20代になったからといって急に、「この」性質を出してはならぬ、という法律も道徳観も探したってないのですが、専売特許を年下から奪うのはそれこそ恥を知らない大人になるのだ、と私の美学と、そして、やはり切り離せない、まだ大人も辛酸も知らない子供なこの性質をもった私の心が、こう、訴えるのです。経験は、浅いのです。大人はこれを微笑んで見守ってほしいのです(全然全く1ミリも共感も理解も納得もできなくていいのです、というかできるわけない、とも思います。人には人の乳酸菌、へえ、ほお、なるほど、いろいろ考えて賢いね、偉いね、ご褒美におかしやろうね、など(編集注:一部画像の乱れた個所がございます。多分に筆者の理想・甘えが混ざりました、お詫びいたします。筆者によりますと、「マアさらさら直す気はありませぬ笑。」とヘラヘラ笑ったムカっ腹の立つ顔でお詫びを申しております、謝るのは大人のお仕事なのでしょうか、申し訳ございません。)適当に話を合わせてまるっきり「子ども扱い」して下されば、こちらは大満足して鼻息荒く、獲物を捕らえてほめてもらった犬コロのようになります。あ、もちろん、うまくやっていただかなくてはいけませんよ。本当にまるきり子ども扱い、たとえば赤ちゃん言葉でテキトー言われてはこちらが困ります。ああ、この大人の方は、大人の世界で疲れ切っておかしくなってしまわれたのだ、と、見当違いなジャッジを下すことになってしまいます。それは大人の方々の沽券におおいに関わると思われますので、もう少し、親切な言葉をかけてほしいのです、そうですね、たとえば、具体的にいっこだけいいところをチラと見せてくだされば;ニヤ、と笑って「ふーん、なかなかやるじゃないか(ニヤ)」で、大喜びです。こちらにもプライドがございますから、大人の方々の前ではカッコつけて「そう?マアなんかうまくいったかも?全然本気じゃなかったんだけどね?イヤ運がよかったわ(ヘラと笑う)」で終わりますが、一人になった瞬間、「ッッシャアアアア!!!」という具合であります。断っておきますが、大人の皆さま、子供の、経験は、浅いのです。
(ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)また10代はしかし、この恥を恥とも思わず、のびのびやるべきだったのです。モラトリアム人間。青年期は伸びました。絶対善も絶対悪も、そんなものは神様と一緒に滅んだのです(←表現変更?)。一体何百年昔のことを悩んでいるのやら!変に悟った気持ちになって、慣れないのに、ホントは違うのに、恥じて大人びた顔をするから下手になる。恥じるのは大人の仕事。10代はまだ子供。こう、単純に思考できれば、今までの「あやめ」がこれほど恥じていたのは、ある種の大間違いでありました。学校で、複雑で難しい、奥の深い世界を覗かせてもらうことが多いから、肝心なところで、単純に、さわやかに思考ができなくなった、ということでしょうか。遅かった!気が付いたころにはもう、大人です。大人は恥を知らなければならない。大人になってまで恥を知らないのは、恥ずかしい。ほら、あの偉い人も、いつも恥がどうのって、言ってましたでしょう?あなたも必ず知っている、あの偉人ですよ?
遅かった!もう目前に20の数字が迫っている今になってやっとようやく「恥」から解放され、それなのに20になればまたすぐに、恥の呪縛に襲われる手筈になっています。なんと不幸な、我が人生、これにて頓挫、もうなすすべなし、四面楚歌、おじゃん、がっくり、しょんぼり。
◆◆◆
さて、如何ですか。「撮る」に足らない日常でこうやって遊ぶのは。靴下が両足揃わなかったフラストレーション「如き」で、ここまで壮大に語るというのも、また面白いものと、信じています。厨二心燻る(??)文体でもってつまらぬことをコネコネすることが、私の生きがいであり、生き様でありんす。申し遅れました、あたくしが麒麟児、あやめでござんす。どうしてこんな、綿毛のフワフワを純粋にふーーーーと飛ばすような話し方が、考え方が、つまらないだろうか(いやつまらなくない)。
草々、いや、女性は「かしこ」でしたか。
(2023年11月1日分のブログで打ち明けましたが、文の始め方も締め方も分かりませんでした、が、分からなければ逃げればよかったのです。前略、早々、これで万事解決でした。私の言いたいことなんて、前略、早々、こういう急を要する、気が変わらないうちにかき込むように読み下していただく、そんな話ばかりですので。…同じことを繰り返すのは〈芸がない〉ので、私のポリシーに反し、もう使えないのですが。私の発見は、いつも遅れて、大遅刻でやってきます。だから大器晩成とか、哀れんだ顔で言われちゃうんです。あーあ)
あやめの靴下事情[要約編(編者による)]
はしがき
ここまで読んでくださった親愛なる読者の皆様。ごきげんよう、真っ青な顔をしているあやめです。
あれだけ気を付けたのに、草稿段階でアップロードしてしまいました。ところどころ編集すべき点を記したマークやらなにやらもつけっぱなし、変更していないところも散見、漢字の変換ミスまであります。おおやらかしです。ほんとうにごめんなさい。恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、それどころではありません。やらかした。ただこのひとこと。
しかも、皆さんには読めないであろう【外国語】でしたためてしまったために、意味も分からない文字の羅列を見せられた、と皆さまお怒りであると思われます。心の底からお詫び申し上げます。ただ、もし有識者の方がいらっしゃったとしたら、この文を読むと、なんというか、その内容の、大変にムワッと、こう……なんというか、芳しい香、いや、この際はっきり申し上げますが、「「「「臭い」」」」のにお気づきでしょうと思われます。しかし、なんたることか、ウチの新人(佐伯くんと申します)が、うっかり間違えてそのボツ、というか草稿段階の物をアップロードしてしまったので(彼にはキツく言っておきます、このことが発覚した際、佐伯くんは泣きそうな顔で/人一人あの世にお送りしちまったかと見えるほどの最悪の顔で、地獄の底からちいちゃな声で、「あの……ほんとすいませn……」と言っていました)、お詫びして以下に[要約編]をあげさせていただくことで訂正をいたします。全く、やっと大人の仲間入りをしたというのに、しょっぱなから、いけないことです。申し訳ございません。
【要約編】
二十歳になってしまった。完
【あとがき】
[blank]
蛇足編
こんにちは、ごきげんよう、上記の人物群とは全く関係のない、中の人・あやめです。
無粋ではありますが、ちゃんと断っておきますと、上記のお話は”フィクション”であります。決して「佐伯くん」を雇ってゴーストライターさせてるわけではないですし、断じて「私が」あンなむっさくるしいヤなことをネチネチ考えたりしているのではないのですからね。かっ、勘違いしないでくれる?べべ、べつに、あんたのためにやってるわけじゃないんだからねっ!
マ冗談はさておき(冗談しか言えない病気とかにかかってしまったのでしょうか)(しかもネタが古い)、そういうわけで、1か月ぶりの更新となっております、皆さまお元気でいらっしゃいますか。私の方は(誕生日にコロナになったりそのせいで予定が大崩れしたりしましたが)おおむね元気であります。1か月も空いてしまったせいか、大いに意気込み、大作が出来上がってしまった気がします。大したことは言っていないのですがね……ハハハ……
さて、久しぶりなのにご挨拶もなく始めてしまい、失礼いたしました。唐突感が要るものを書いてみたかったのでこのようになりました。……おもえば私の記事の多くは唐突に始まり、言い訳をごたごた並べ(言い訳するくらいならやらなきゃいいのですが。)、そしてブツリと終わるものばかりではありませんか。こんな形式が好きだなんて、これだから「変わり者」と言われるのです。
今回は要するに、ぴちぴちの二十歳になったことをお伝えすべく話し始めました。二十歳なんて随分大人だと思っていたのにな。二十歳のあやめもどうぞよろしくごひいきに。
ひとりごちて、夢見月。
皆さん、こんにちは!ずきです。
3月12日は「ワールド ワイド ウェブ(Web)の誕生日」なのだそうです。こうしてブログをお届けできているのは、Webが生まれてくれたおかげですね!
各部員がそれぞれ好きなことを語っていたり、大学での様子を語っていたり…の自由な語り口でお届けしている、この「日文ブログ部」。
偉そうに言える立場ではありませんが、これだけははっきりと、自信を持って言えます!先輩方のこれまでのブログも、同級生や後輩たちのこれからのブログも、読んでくださっている皆さんに絶対に楽しんでいただける文章の数々です!
今後とも、日本女子大学文学部日本文学科ブログ部を、どうかよろしくお願い申し上げます!
・・・
ブログの初投稿は、「ひとりごと」から始まった。「ひとりごと」を言ってしまうくせは、相変わらずである。
『3年経ったくらいじゃ、何も変わっていないんじゃない?』
・・・
2020年4月に入学、1年次は大学構内に入ることが一切出来なかった。まさか、感染症のパンデミックを経験するとは思わなかった。歴史の教科書で見たことがあるだけの出来事、一生経験することのないものだと思っていた。
今振り返ると、当時のひとりごとは「嘆き」が多かった。
『こうだったら、きっと今頃は…』『ああだったら、これが出来ていたのに…』
嘆いたところで状況が一変するわけでもないのに、あの頃はとにかく嘆いてばかりだった。「~だったら」が口癖だった。
・・・
そんな私の考え方や行動が大きく変わっていったのは、2年次のとき。対面で同級生と会えるようになってからである。
小学校~高校までの同級生とは、何か違うものを感じた。言葉では表しきれない「何か」が違う。あふれ出てくる自信とか、自分らしさとか、確固たる信念とか…。何だろう、内側からみなぎってくるもの?
同級生の皆の姿が眩しく見えた。
『私もそうなりたい!』
同級生の皆が、私の憧れだった。
憧れの皆を追いかけ続けていたら、ずっと殻に閉じこもっているような人間が変わることができた。気がついたら一人で旅行に行ったり、沢山の友人達と出掛けたりする「フッ軽人間」になっていた。
環境が人を変える、というのは良い意味でも悪い意味でも、真実であると思う。
私はこの日本女子大学に来て、良い意味で変われた人間である。
・・・
時は経って、今年の3月初め。
中学の同窓会に参加するため、私は地元に帰った。気合いを入れて、祖母の訪問着を着て出席した。
同窓会の会場は、結婚式場だった。エントランスにいたスタッフの方に声をかけられた。
「奥さま、本日はどちらに…?結婚式会場でしたら3階、同窓会でしたら2階の会場でございます。」
気がついたら、お嬢さまも通り越して、”奥さま”になっていた。そんな私はもちろん未婚である。
その言葉で「”奥さま”と呼ばれるくらいには上品な大人の女性になれたんだなぁ…私!嬉しっ!!!」とかなり上機嫌になった。その勢いで、結婚式場の評価に星5をつけた。
しかし、そもそもエントランスで会場図を穴が開くほど見つめている客人を、スタッフが対応しないわけにはいかなかったのだと気がついたのは、同窓会終了後のことである。
・・・
ただの阿呆人間の話とも言えるが、この出来事で、私は「自分自身の考えの持ちようが変わったな」と思えた。それこそ、嘆いてばかりだった頃の私なら、「老けて見えたのだろうか…。」とマイナス思考になっていたはず。
プラス思考が上手く出来るようになった。強くなった、強くなった!
『名前に見合った性格に、漸く近づけた!!!』
・・・
私の本当の名前は、字面が男っぽいと言われます。実際、芸人さんにも漫画家さんにもいるんだから、それはそちらの読み方のほうがメジャーであって、よく読み間違えられます。慣れたものです。
でも、この名前を嫌いになったことは一度もありません。この名前を付けてくれてくれた両親には、本当に感謝しています。
この名前に誇りをもって、これからも生きていきます。この名前に恥じない生き方をしたいと思います。こう言い切れるくらい、この4年間で心身共に強くなれました。
まだまだ心配はかけると思うけれど、これからもよろしくお願いいたします!
・・・
『たった4年、されど4年。私でも変われるんだな!自分、やれば出来るじゃん!』
『大学生活、あっという間だったけど、本当に楽しかった!』
『4月からの新生活も、楽しみでいっぱいだ!』
見ているかい?3年前の私。
これが、3年後の夢見月(ゆめみづき)の私の「ひとりごと」。
・・・
『ここでなら、変われるかも。』と、受験帰りにひとりごとを言った、あなたの直感は間違っていないよ。
京都に行きました
皆さんこんにちは、あかりです。今回はちゃんとネタを用意してきました。
先日、私は中世自主ゼミで京都へ二泊三日の旅行に行きました。自主ゼミとは日本文学科内の活動の一つで、授業とは別に学生が自主的に行う勉強会のことです。私が所属する中世自主ゼミは、日本文学の中でも鎌倉時代から安土桃山時代に成立した文学作品を対象にしています。京都は高校の修学旅行以来で、前日から浮かれっぱなしでした。
京都では沢山のお寺や神社を訪れましたが、行った場所を全部一つ一つ書くとこのブログがあまりにも長くなってしまうので、ここでは今回観光した場所で私が特に楽しかった清水寺と仁和寺についてのみお話させていただきます。
京都旅行の定番中の定番ともいえる清水寺ですが、実は私、まともに観光するのが今回が初めてでした。門の辺りまでしか行ったことがなかったので、待ち遠しすぎて旅行の一週間くらい前から脳の半分が清水寺に支配されていました。誇張ではありません、ガチです。ノンフィクションです。何かイベントがあると果てしなく舞い上がるのタイプなのです。
さて、清水寺に話を戻しますね。清水寺へ行った日は曇り空で空気も冷たく、天気はあまりよくありませんでしたが、清水の舞台や音羽の滝などの名所を訪れることができたので大満足でした。清水の舞台は平日にもかかわらず、大勢の人でごった返していました。舞台のすぐ下をのぞき込むと、音羽の滝とそこ群がる観光客が少し大きめのジオラマくらいのサイズに見えました。逆に清水の舞台から下りて地上から見上げると、舞台が何本もの柱に支えられている姿が露わになり、同じ清水寺の中でありながら、高さや角度によってさまざまな景色を楽しむことができ、それぞれ違った面白さがありました。ただ、毎日部屋に引きこもっているせいか、階段の上り下りが少し大変でした。
こんな感じで初めての清水寺はとっても楽しかったのですが、一番脳裏に焼き付いたものは本殿でも、清水の舞台でも、音羽の滝でもありませんでした。

正門近くにあったこの謎のこけしです。ちなみに木製ではなくバルーンを膨らませたもののようでした。
このこけし、実はただのこけしではなく時折「オナカスイタ…」と妙に耳に残る言い方でつぶやくのです。この虚空を見つめた瞳で、出てくるワードが「お腹空いた」。はっきり言って怖かったです。ホラーゲームだったら間違いなく何かが始まっていたでしょう。清水寺に行ったのが昼頃で良かった…。色々とインパクトが強すぎて清水寺と全く関係ない巨大こけしが最も忘れがたいものになってしまいました。
仁和寺も、清水寺に負けず劣らず大きなお寺でした。仁和寺は瓦に一つ一つ「仁和寺」とお寺の名前が小さく書かれていて、同じように名前が刻まれていたのは今回行った場所の中では他に建仁寺だけでした。

仁和寺の金堂では、お坊さんに金堂の裏側を見せていただきました。金堂の裏側には不動明王をはじめとした五大明王の壁画があり、それぞれどの仏様が変身した姿なのかなどの説明を聞きながらじっくり鑑賞できました。
仁和寺は将棋の竜王戦の対局が行われた場所でもあり、敷地内にあるカフェでは竜王戦で出されたお茶とお菓子をいただきました。学生にとってはかなり贅沢なおやつでしたが、とても美味しかったです。特に抹茶が美味しかったので、もし今後仁和寺に行く機会がありましたら是非立ち寄ってほしいと思います。
さて、今回はこの辺で終わりたいと思います。京都が楽しすぎて他にも話したいことが沢山あるのですが、最初に言った通り長くなりすぎるので断念します。何より日文のくせにボキャブラリーが過疎化しているので、書きたくてもいい表現が見つからない気がします。そんな訳で所々、変な日本語になっているかもしれませんが、広い心で受け止めてくれると嬉しいです。誤字なども一応チェックしたつもりですが、多分言いたいことは伝わるはずなのでもし見つけてもスルーしてください。最後に京都旅行最高でした。それでは、また。
九州初上陸
こんにちは!やなです。
そろそろ花粉症が酷くなってきました。薬を飲んでもくしゃみが止まりません。
今年は飛散量が多い気がします。気のせいでしょうか。
早く花粉の時期が終わると良いものです。
***
先日、九州に初上陸しました!
3日間の旅行だったのですが、メインは大分県の別府、最終日に福岡県の博多に寄って帰りました。
今回の旅は「ゆっくりしよう!」をコンセプトに、いつもは泊まらないようなちょっとお高めのホテルに泊まり、美味しいご飯と温泉を堪能してきました!
部屋は高めの階だったので眺望もばっちり。別府市内を一望できます。
そして夕食はなんとお部屋で。ドラマでしかみたことがないような、着物を着た仲居さんが1品ずつ持ってきてくれる体験をしました。すごかったです。
温泉も最高でした!冷めない、あたたかいお湯に入っていると体の芯から温まりますね。温泉の効果でお肌がつるつるになった気もします。
宿、とてもすごかったです!接客も素晴らしくて大満足でした。
やなと言えば美味しいご飯、ということで、ここからはご飯の紹介をしたいと思います!
全部とても美味しかったのですが、特に気に入ったご飯を3つ紹介します〜!!悩みに悩んだ結果です。
①豊後牛の焼肉(一日目夕食)
一日目の夕食で出た豊後牛の焼肉です。
実は私は牛肉がそれほど得意というわけではないのですが(基本は食べられるのですが、牛丼はちょっと苦手です)、今回の肉は独特の臭みが全くなく、最後までとても美味しく食べられました!!こんなに美味しい牛肉を食べたのは初めてです。あっという間に口の中でなくなってしまって、ちょっと悲しかったです。
また、この料理だけでなく全体的に椎茸がとても美味しかったです!味音痴ゆえにどこが違うかは明確にはわからないのですが、とても美味しかったです。いつも食べる椎茸とは何かが違う気がしました。
②オニオンカレー(3日目朝食)
3日目の朝食で食べたカレーです。
朝食はビュッフェだったのですが、 日によってメニューはそれほど変わっておらず、気に入ったメニューは2日連続食べることができるシステムでした。
2日目に友人がカレーをそれは美味しそうに食べていて羨ましくなり、明日は絶対に食べるぞ!と心に決めていざ3日目。朝からカレーはきついかなとも思ったのですが、ものすごい辛いわけでもなく、朝にぴったりの辛さでとても美味しかったです!とろとろに煮込まれたオニオンがさらに美味しさを助長していました。1杯しか食べられなかったのが悲しいです。
また、スイーツもとても美味しかったです!(盛り付けが絶望的に下手で載せるのが恥ずかしいです……)
どうやら専属パティシエさんがいるようで、スイーツの種類がとても多かったです。私は特にマカロンとプリンが気に入りました。2回おかわりしました。
③やみつき手羽(『鶏匠松元』)
博多の水炊きのお店で食べた手羽先です。
元々水炊きが食べたくて入ったのですが、1番人気の手羽先も注文してしてみました。
水炊きももちろんめちゃくちゃ美味しく、博多を感じることができました。
特にキャベツに味が染み込んでいて最高でした。具を食べ終わったあとのスープも、鶏ガラをそのまま飲んでいるかのようでとても美味しかったです!
手羽先、とても皮がカリカリで、肉もジューシーで最高でした。味付けも塩がメインで、濃すぎず食べやすかったです。焼いた鶏肉をそのまま食べている感じがしました。とても美味しかったです。お値段もリーズナブルでした。おすすめです。
***
九州旅行、最高でした〜!!!
たくさん美味しいご飯も食べれたし、温泉や綺麗な部屋でのんびりできました。最高の卒業旅行になりました!
福岡は博多駅の中しか行けなかったので、次は大宰府天満宮なども行ってみたいです。行きます。
次は大分と福岡以外の県も行きます!楽しみです!
***
今回紹介したホテルとお店です。
ホテル白菊
https://www.shiragiku.co.jp
鶏匠松元
https://xn--z4q38b609a154c.com/
私の担当回も次で最後となりました。最後までよろしくお願いします。
それでは!やなでした!
良いとこ、日本。
こんにちは、あこです。
2ヶ月ほど前にブログ更新の無遅刻・無欠勤を宣言したあこですが、既にどちらもやらかしてしまいました。三日坊主にも程がありますね。ほんと、すいません…
*****
2月下旬から3月上旬まで、卒業旅行×2 に行ってきました!
ということで、今回は卒業旅行行ってきたよ、というお浮かれブログを書こうと思います。
時差ボケも治りつつある今、コンディションは最高です(何の報告)
ーーーーー
まず、卒業旅行Part1として、2泊3日の青森旅行 with母 に行きました。
元々、高校を卒業するタイミングで、未だ一度も上陸したことのない九州地方への旅行を計画していたのですが、コロナの影響で断念。
その後も機会に恵まれず、結局大学の卒業旅行になってしまいました。
ですが、本来の行き先は九州地方。なぜ真反対(?)の東北地方になったかというと、
① 観光しない旅行がしたくなったから
②友達にオススメされたから
です。「観光したくない」と言うと、多方面に誤解がありそうなので弁解しますが、青森も九州も、素敵な観光地が沢山あります。
ただ、年を重ねるにつれて、人混みが辛くて辛くて。
観光には多大なるエネルギーが必要な訳です。
旅行を計画した12月は、卒論と卒論と卒論にバテバテな期間。とても、観光する気分にはなれませんでした。
と言うことで、どこが良いかな〜と思っていた時、10月の北海道旅行時に友人が言っていた言葉を思い出します。
「青森にある青森屋、超良かったよ〜!!」
青森屋は星野リゾートが手掛けるお宿の一つで、祭りや郷土料理、露天風呂や伝統工芸体験など、青森の文化と魅力をギュッと凝縮した、素敵な空間です(語彙力)
加えて、青森屋は星野リゾートの中でも敷地面積が広く、敷地内を散策したり、小さな馬車で公園を回ったりと、とにかく「敷地内で」楽しめます。
新幹線と飛行機のどちらでも行くことができ、無料送迎バスも出ているとのこと。ふむふむ、アクセスも良好なのですね…
君に決めた〜!
ポケ◯ンハンターばりの決断力で、行き先が決まりました。
結果、めちゃくちゃ良かったです!
広大な公園も、露天風呂も、館内のアクティビティも、朝夕のお食事(ビュッフェ)も、本当に全てが良かったのですが、特に印象的なのは敷地内にある古民家レストラン「南部曲屋」と”みちのく祭りや”です。
かつて名馬の産地と言われた青森県南部地方では、馬は家族の一員のように、大切にされてきました。「南部曲屋」は、その名前の通り、母屋と馬屋が一続きになったL字(=曲がってる!)の建物で、実際の古民家が移築されて出来たそう。
昔懐かしい囲炉裏や、青森県のブナの木(←蓄積量日本No.1らしいです!)を使ったBUNACOの照明器具が、ゆったりと落ち着いた雰囲気を作り出していて、ほんっとうに最高でした。
そして何より感動したのは、青森に伝わる伝統料理・七子八珍(ななこはっちん)。
どのお料理も本当に美味しかったのですが、最初にいただいた七子八珍は衝撃的でした。
そもそも七子八珍とは、筋子やたらこなどの7種類の魚卵、なまこやうに、白魚などの8種類の珍味を使用したお料理で、日本海・太平洋・津軽海峡に囲まれた青森県では昔から親しまれていた食材だとか。
実は、私は魚卵系やナマコが得意でなく、伝統料理とはいえ七子八珍は食べれないかも…と危惧していました。
しかし、意を決して一口食べてみると、めちゃくちゃ美味しい。
ポ◯ョ、ナマコ、スキ〜〜〜(そろそろ怒られろ)
鮫の南蛮漬け、あん肝の照り焼き、蛸の子と蕪の含ませ、白子八方煮…
どれもこれも、正直「クセつよ」な食材なのですが、それがほんっとうに美味なのですよ(誰)
七子八珍の後のお料理も本当に美味しく、最&高でした。
青森へ行った際には、ぜひお試しくださいね。
次にご紹介したいのは、青森屋で毎晩行われるお祭りショー「みちのく祭りや」です。
みちのく祭りやでは、青森を代表する4つのお祭りである ①五所川原立佞武多(ごしょがわら たちねぶた)、②弘前ねぷたまつり、③八戸三社大祭、④青森ねぶた祭 を観ることができ、厳しい寒さの冬を耐え、春の到来を喜び、夏の祭りで溢れんばかりの情熱を爆発させる青森人(あおもりびと)たちの魅力を、全身で感じることができます。
映像や照明に加えて、目の前での三味線演奏や歌い手、祭りばやしのリズムに、会場はねぶたの世界へどんどん引き込まれていきました。
また、何より驚いたのは、ショーの出演者(語り人や跳人、お囃子)は、青森屋の従業員さんだということ。
あまりにもショーが”熱い”ので、お稽古を積んでいる地元の高校生や若者が来てくれているのかと思っていましたが、まさかのまさか。ホテルスタッフ業務と並行して、ショーの練習に勤しんでいるそうです。
(実年齢の意ではなく)若くて、熱くて、まっすぐな演者さんたちの姿に、正直、泣きそうになるくらい、感動しました。
実際のお祭りを見たことがある方もない方も、是非とも”体感”していただきたいです!
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青森屋さんには2泊3日お世話になったのですが、2日目のお昼には敷地内から出て、三沢駅周辺を散策しました。お蕎麦やスコーン、地元の銘菓など、主に母が気になっていたお店をいくつか巡ったのですが、その道中には、正直「人、住んでる???」と不安になるような寂しい区域もありました。
青森屋へ行く最中の電車にはスーツケースを持った日本人・中国人が沢山いて、「みんなどこへ行くんだろう?」と思っていたら、全員が青森屋の宿泊客だったということも。
三沢は、とても良いところでした。魅力も沢山、あると思います。
でも、もし青森屋がなかったら???
もし、この宿泊客がいなかったら???
想像してしまったのも、事実です。
私は、日本が好きです。四季があって、自然が美しく、それぞれの地に根付いた文化や伝統があり、新しさもある。自然と、文化と、歴史と、全てが揃った日本が、大好きです。
だけれど、それだけで、良いはずがない。
多くの人に魅力を知ってもらって、多くの人に来てもらって、多くの人に伝えてもらわないと、その文化は、その地域は、廃れていってしまいます。
一地域の問題ではなく、日本全体の問題として、あまりにそれは残酷です。
ですが、逆に考えれば、青森屋があることで、三沢をあまり知らない人々が三沢を訪れ、楽しみ、三沢という地を知った、ということ。
ホテル業って、観光業って、めちゃくちゃすごくないですか???
まだ自分の中でまとまっていないので、言語化できないですが、青森旅では、色々なものを見て、色々なことを感じ、色々なことを考えた3日間となりました。
とても楽しかったです!ありがとう、青森!!!
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青森旅行の話が想定以上に長くなってしまいました。
気持ち的には、次回のブログで続きを書きたいのですが、次回は最後のブログ更新。
最終回(!)は、卒業式を終えて、大学生終わる〜〜〜という感慨を書いた方がいい気がする(←書けるのか??)ので、だいぶ長くなりましたが、今回のブログ、まだまだ続きます。
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卒業旅行Part2は、ヨーロッパ旅行with友達 にいきました。
ヨーロッパ旅行、というとなんだか気取った感じですが、①ロンドン ②フランス(パリ&モン・サン・ミシェル)③オランダ(ハーグ)④ベルギー(ブリュッセル&アントワープ)に、7泊9日で行ってきました。
書きたいことは色々ありますが、そろそろ指が疲れてきたので、特に(!)印象的だったことをいくつかご紹介します。
①ロンドン
バッキンガム宮殿での衛兵交代や、”世界一の百貨店”として知られる老舗デパート「ハロッズ」(←2017年に日本から完全撤退してしまいました😢)、日本では紅茶で有名なフォートナム&メイソン、歴代イギリスの国王の戴冠式や、結婚式などの王室行事が行われる教会・ウェストミンスター寺院など、様々な地を巡りましたが、特に印象的だったのはビッグ・ベン。
The観光地ですが、ビッグ・ベン、舐めてました。
ガイドブックで見た時は「ほぉーん、これ有名なやつだ」「そういえば、名探偵コ◯ンで、新一が蘭ちゃんに告白した所だったな」と思うくらいで、正直、特に興味はありませんでした(←失礼)
ですが実際に目にすると、「え、大きい!」「え、すごい!」「え、めっちゃ綺麗!」「え、細か!」「え、好き!」
感動しまくりでした。
近くで見ると本当に緻密で、カッコ良さ倍増。
最高でした。
他に印象的なのは、The Goring Hotelでいただいたアフタヌーンティー。
アフタヌーンティーの本場でアフタヌーンティーをしたい、という友人たっての希望で、実現しました。
The Goring Hotelはゴーリング家による家族経営のホテルで、創業から100年以上続く、由緒あるホテルです。2年前に亡くなったエリザベル女王もよく訪れており、最近では結婚前のキャサリン妃が独身最後に家族と過ごしたホテルとして有名になったそう。
私たちは一番王道な、トラディショナルアフタヌーンティーをいただいたのですが、特にサンドウィッチが美味しすぎました。一瞬バターと間違えるほど甘みの強いチーズのサンドや、卵サンド、サーモンやキュウリのサンドなど、計5種のサンドウィッチはどれも美味しく、勧められるがままにおかわりまでしてしまいました(笑)
ほんのり温かいスコーンは、クロテッドクリームとジャムをたっぷりのせていただきます。
もちろん紅茶もとても美味しく、晴々とした空と美しい庭を見渡せる窓側のお席の良さも相まって、最高の時間を過ごすことができました。
印象的だったのは、男女問わずお一人様が多く、私の場所から見ただけでも、3人の方がお一人でいらしていたこと。また、男性2,3人で楽しんでいらっしゃる方もいて、イギリスという地において、アフタヌーンティーがどれだけ愛され、親しまれているのかを感じることができました。
友人と、家族と、そして自分1人でも。
素敵な空間と美味しいお食事は、どんな国でも、心を豊かにしてくれます。
ロンドン、色々あったけど、良いとこでした。
②フランス
フランスでは、パリとモン・サン・ミシェルへ行きました。
まず、パリで最も感動したのは、凱旋門。
いつものことながら、実際に見るまでには凱旋門にはあまり興味がなく、どちらかといえばエッフェル塔の方が「見たい!」熱がありました。(←私は東京タワーが大好きなので、似た形のエッフェル塔にも憧れていた次第)
ですが、凱旋門。見たら、すごかった(何度目)
圧倒的存在感。
ナポレオンの命により、30年かかって、やっと完成した凱旋門。そして、命を下したナポレオン自身は、生きている間に見られなかったという切ない背景。
ナポレオン、君はこんなにも素晴らしい門を見られなかったのか….
250年前に思いを馳せつつ、感動しまくりでした。
あと、印象的だったのは、パリのマダム達。
まず、めっちゃオシャレ。
人生、楽しんだもん勝ちよ。って感じが半端ない(語彙力)
夜遅く(21時頃)でも、マダム2人でカフェしてたりと、「家族だけじゃないのよ。自分の人生を生きなきゃ」感、半端なかったです。
それに、パリのおじいちゃんとおばあちゃんは、ほぼほぼ手を繋いでます。
しかも2人ともカラフルでおしゃれ。
なんか、めっちゃ良いなって思いました(軽)
はい、次はモン・サン・ミシェル。
これもまた、お友達が提案してくれたおかげで行けました。
パリからモン・サン・ミシェルまで、バスで4時間。東京から名古屋間くらい離れてるって言っていたような。
というのも、元々車酔いが激しいあこは、開始20分で酔い始め、薬漬け。あと、とにかく寝て、悪化を防ぐ。
なので、到着までの記憶はほとんどありません。(せっかくのバスツアーなのに、ガイドさんの話ほぼ聞いてない!)
ですが、到着すると「え、ほんとに浮いてる!」と気分はアゲアゲ(←死語?)
「昔は車が近くまで来れたから、海の満ち引きに応じて車の移動を促すアナウンスが流れてたんだけど、ある時、どうしても移動しなかった車があって、結局干潟に沈んだんですよ〜」
という、恐ろしい小話をガイドさんがしてくれました。
こんなところで車がお釈迦になったら、絶望でしかないです。
島の大通りを進んで、修道院の中を巡り、ガレットを食べ、お土産を買い、とても楽しかったです。
修道院の内部はとても厳かで、案内板がなかったら絶対に迷ってしまうような、複雑な構造。
ちょっと怖さを感じてしまうくらいの、重々しさでした。
個人で行くとなるとなかなか大変なので、モン・サン・ミシェルへ行く方は、バスツアーをお勧めします。
ツアーによっては途中でノルマンディーの村も寄ってくれるので、パリとはまた違ったフランスの魅力を感じられると思います!(ノルマンディーはノルマンディーでこれまた良いのよ…)
③オランダ(ハーグ)
2泊3日だったロンドンとフランスに対し、こちらは日帰り。
電車の都合で、滞在時間は5時間でした。
ですが、ハーグはどうしても行きたい地で。
というのも、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」やレンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」等が所蔵されているマウリッツハイス美術館へ、とってもとっても行きたかったのです。
正直に言うと西洋美術はあまり詳しくないのですが、数年前にフェルメール展を観てから、フェルメールやゴッホ、レンブラントなどのオランダの画家が気になり始め、時々、美術館にも足を運ぶようになりました。
美術に興味を持ったきっかけであるフェルメール。彼の作品、しかもあの「真珠の耳飾りの少女」を含む3点のフェルメール作品が展示されている美術館なら、行かないわけにはゆきません。
かつ、建物自体も非常に美しく、17世紀半ば建造のオランダ古典様式建築の代表とされる建物に入る美術館だとか。これは、絶対見なきゃでしょ。
結果、最高でした(←感想が適当すぎる)
館内の人は、多すぎず少なすぎずで、少し待てば、絵の真正面に立って、じっくり、ゆっくり、鑑賞することができます。東京で開催される〇〇展より、ずっと空いています。
時間帯もあるかもしれませんが、「この作品、こんなにゆっくり観て良いんですか」と不安になるくらい、すっごく堪能できました。
本当はアムステルダム国立美術館にも行きたかったけれど、日程の関係で諦めました。でも、本当、満足。
これからの長い人生の、楽しみにとっておきます。
あと、ハーグではチーズ屋さんをハシゴしました。
下から上まで、棚一面に積み上げられたチーズは、圧巻。友人曰く、オランダはフランスやイギリスよりはるかに物価が安いということで、チーズを大量買いしました。どのチーズもとても美味しいです。(今、お土産のチーズを食べ始めているのですが、特に父がハマっています。お取り寄せしよう!と言っていますが、本当に実現するのかしら笑)
日本にいるとプロセスチーズの方が馴染みがあると思いますが、やはりナチュラルチーズは美味しいです。少しお値段は張りますが、色々試してみたくなりました。(もちろんプロセスチーズも美味しいですよ!)
④ベルギー(ブリュッセル&アントワープ)
ベルギーは、ブリュッセルとアントワープの2都市を訪れました。
アントワープは、オランダ(ハーグ)へ行く途中に下車した地で、ベルギーの都市ではあるものの、オランダ感を強く感じました。(道で聞こえてくる言葉も、オランダ語だったような。)
アントワープ中央駅は、世界で一番美しい駅と言われるほど、豪華な建築が魅力。
「世界一美しい」と言うと、東京駅のような外観の美しさをイメージしていたのですが、何より驚いたのは内観の美しさ。正面入り口から駅に入ると、目の前には大きな階段と、ガラスのドーム型屋根が。
煌びやかでありながらも荘厳で、重厚感を感じる、素敵な駅でした。
因みに、アントワープはダイヤモンド研磨の聖地とのことで、駅から大通りに出ると、ダイヤモンドのお店がたっくさん並んでいました。さすがに購入はしませんでしたが(笑)、見ているだけで「ダイヤモンドの街」を体感することができました。
また、ブリュッセルでは、かの有名な小便小僧やグランプラス、王立美術館(念願のマグリット作品を観てきました。「イメージの魔術師」との異名を持つ彼の作品を実際に見られて、感動でした!)などを訪れたり、メゾンダンドワ(←ベルギーで人気の老舗ワッフル屋さん。以前は東京にも支店がありましたが、閉店してしまったようです..)でワッフルを食べたり、幾つかのチョコレート店を梯子したりと、旅行最終日に訪れたということもあって、気忙しく過ごしました(笑)
ですが、ロンドンやパリ、オランダとはまた違った雰囲気に、ワクワクキョロキョロ(←危ない)しながら、楽しみ尽くせたように思います。
******
このように、7泊9日、色々ハプニングはありながらも、無事に、楽しく過ごすことができました。
思い出は沢山ありますが、旅全体の印象として感じたのは、
①みんな、英語話せる
②日本、まだまだやれる
ということ。
ロンドン(=イギリス)の人が英語を話せるのは当然ですが、フランス語が公用語のフランスとベルギー、そしてオランダ語が公用語のオランダでも、英語が通じます。
というか、通じるどころか、めちゃめちゃ話せます。
ロンドンの駅ではパリから来たお兄さんに英語で話しかけられ、パリの日本料理店では隣に座っていたパリのマダムと英語で話し、オランダのチーズ店ではお店のお兄さんが英語で接客をしてくれました。
今まで行った国々では英語が公用語だったので、私の英語が通じなくても、また、相手の言っていることがわからなくても、「現地の言葉だから分からないし〜」という感覚でした。(伝われ)
ですが、今回は違います。
母国語が英語でないことは同じはずなのに、フランス、ベルギー、オランダの方々はめちゃめちゃ英語を話せます。
それに対し私は、フランス語は少し履修したとはいえ、オランダ語に関してはちんぷんかんぷん。
もし、英語が話せないままにオランダに行ってしまったとしたら、私は現地の人と何も話せません。
「英語」の重み、そして、「グローバルな現代において英語が話せることは当然」と言われることの意味を、ようやく理解しました。
英語、勉強します。
次に、②。
女子2人で旅をしていたからか、どの国へ行っても、色々な人に話しかけられました。
駅や空港のスタッフさんが「コンニチハ〜」「アリガト〜」と言ってくれることはもちろん、街中やスーパーでは、「僕の友人は日本で働いてるよ」「僕の友人が、日本は良いところだって言ってた」「日本は物価が高いイメージだけど、実際はどうなの?」「東京は新しくて、京都はトラディショナルな地域なんだよね」「私はずっと日本に行ってみたいと思ってたの」「日本の建築はどんな感じ?」「日本では英語が通じるの?」「日本とパリでは何が違う?」「日本はどんな国なの?」
男女問わず、そして年齢に関わらず、本当に、本当に、色々な人から聞かれました。
街に出ればユニクロの広告、トイレに行けば三菱電機のハンドドライヤー。他にも色々、日本の会社がありました。
「どこから来たの?」と言われて「JAPAN」と返せば、「知ってるよ!」「コンニチハ〜!」と言ってくれることの喜び。ヨーロッパからはずっと離れた、こんなに小さな国なのに、日本を知っている人がいて、「行きたい」「知りたい」と思ってくれる人がいるありがたさ。
時々、日本、もう無理???と思ってしまうことはあるけれど、それでもやっぱり、日本という国に興味を持って、親しみを感じてくれる人は、沢山います。
勝手に未来を悲観して、下を向いてる場合じゃない。そう、思わせてくれました。
日本、良いとこだから、来てみて!!!
*****
だいぶ、長いブログになってしまいました。
お浮かれブログなので、ところどころ言葉が乱れております(言い訳)
青森とヨーロッパ。遠く離れた地ですが、どちらもとても楽しく、充実した時間でありました。
日本に生まれ、日本で育ち、そして、きっとこれからも日本で生きていく者として、沢山のことを感じ、考えることができた卒業旅行。今感じたことを忘れず、4月からも頑張るぞ、と気を引き締めたい(←願望!!)あこでした。
それでは、また。
育つも、育たぬも
皆さん、こんにちは!
先月後半はお休みを頂いたので、約1ヶ月ぶりの投稿になります、お久しぶりのももこです。(久しぶりすぎて、はじめの2~3行の挨拶を書くのにとっても時間がかかりました(笑))
大学生の春休みは長いと言いますが、あっという間に折り返し地点になってしまいましたね。何だか、時の流れの速さを切なく感じる今日この頃です…。皆さんはいかがお過ごしですか?
私はと言いますと、2月には、ディズニーランドに2回ほど遊びに行ったり、人生初の能楽鑑賞をしたり、それは充実した日々を過ごしておりましたが、現在は実家に帰省中。母に「こういう時くらいしか休めないんだから、ゆっくりしていきな~」と言われたのをいいことに、のんびりだらだらとした毎日を送っています(笑)。
そんなわけで、本日のブログは、ナマケモノ(になりつつあるももこ)が実家からお届けします!どうぞ、皆さんも、(ナマケモノみたいに)ごゆるりとお付き合いくださいませ…。
***
実家に帰ってきたとき、1番に私の関心を引いたのは玄関先にあるプランターと、そこに植えられている“何か”。どうやら母と姉は“バジル”と呼んで大層かわいがっているらしい。
夕食のとき、我が家に迎えられた“バジル”について聞いてみた。
私「そういえば、最近バジル育ててるの?」
母「ああ、そうそう」
姉「私が名付けたんだよ~」
私「ん?「名付けた」ってどういうこと?バジルはバジルでしょ?」
姉「ううん。あれ、菜の花だよ」
私「へ…?」
紛らわしいことこの上ない。姉は菜の花に、わざわざ“バジル”という名前を付けたというのだ。その菜の花は、私の地元のお祭りで開催される「菜の花品評会」に出品されるもの。いつの間にか母が地区代表として、出品する菜の花を育てることになっていたそうだ。
しかし、私が“バジル”と聞いてその正体を疑わなかったほど、プランターに植えられている菜の花は菜の花らしくない。むしろ、今すぐに葉をむしってピザやパスタに加えられそうなほど、プランターに植えられている菜の花はバジルっぽい。かわいらしい黄色い花は1つも咲いておらず、丈も本来の菜の花に比べれば10分の1にも満たないだろう。
母いわく、
「姉が“バジル”なんて名前を付けちゃったから、この子(菜の花)は自分がバジルだと思い込んで、全然成長しないんだよ!もうすぐ品評会なのにどうしよう…」
姉が反論していわく、
「確かに名付けたのは私だけどさ、お母さんだって“バジル”って呼んでたじゃん!」
うーん、どっちもどっち。
それからというものの、母は毎日プランターに植えられているバジルにしか見えない菜の花に声をかけ続けた。
「“バジル”どうする~?このまま品評会に出る?それとも、このまま家で花付ける?あんたが花付けるところまで見たいよ~」
極めつけは、
「“バジル”!こんなんじゃ、食べるところもないよっ!」
この呼びかけに対しては姉から、
「そんなこと言うから“バジル”が怖がって大きくならないんでしょ!」
と切り込まれていた。
聞くところによれば、この壮大で紛らわしい茶番劇に、父も付き合わされていたらしい。“バジル”を朝になったら玄関の外に出し、夕方になったら家の中に入れるのが父の担当である。
ある日、父が“バジル”を家の中に入れ忘れたことを、母と姉に咎められていたとき、
「過保護にも程があるよな…」
とぼそっと言ったのを、私は聞き逃さなかった。
さて、“バジル”の成長をそばで見守って数日が経ち、ついに品評会前日になった。当の“バジル”はというと…。うん、もうバジルにしか見えない。
“バジル”がバジルのまま、花も付けず、丈も伸ばさなかったことに焦りを覚えた母は、野に咲く菜の花を取ってきて植え替えるという暴挙に出ようとしたが、結局あきらめたらしい(本当は1時間くらい野生の菜の花を探しに行っていた)。
しかし、“バジル”をバジルのまま出品するわけにもいかず、家にある別のプランターに“バジル”だけ植え替えて、元のプランターは品評会の主催者側にお返しすることになったのであった。
我が家の玄関先のプランターには、今も“バジル”がバジルらしく植えられている。お祭りから数日経っても、“バジル”に大きな変化はない。
“バジル”よ。
育つも、育たぬも、咲くも、咲かぬも、君次第。
どうか、私にそのたくましい茎を、かわいらしい花を見せておくれ。
(※筆者は一貫して菜の花について書いています)
***
本日は、我が家の紛らわしい珍事にお付き合いいただき、ありがとうございました!それでは、また!
BABY DOLL
ご無沙汰しております、みちるです。
お別れの季節です。
今日も今日とて私はキャンディーズの「微笑みがえし」をイヤホンで聴きながら街を歩きます。
新たな出会いのための別れではなく、目の前の誰かとの離別。その先のことなんて到底考えられないような寂しさを抱えて歩く。
そして私はほんとうに、長らく連れ添ったあの子と別れたのでした。
「さようなら、昨日の幸福」
そういって二人の並んだ写真を削除する。
「さようなら、明日の苦痛」
そういってあの子にもらった感情を忘れていく。
今度は本当にさよなら。
友人として、あの子と話せる人物でいたい。そう言ってみたはいいものの、私は多分、あの子と関係するのに疲れてしまった。あの子との新しい関係を構築するには、どれくらいかは分からないけれどとにかく時間が必要だった。
そういうことさえ説明できずに、またあの子を苦しめて、責められ、いやになって、投げ出すこともしたくないので、幼子をあやすような柔らかく丁寧な言葉をいくつか選んで発する。
神経質でせっかちで落ち込みやすく言葉にするのが不得手でとても鋭く生きるあの子が、時間に怠惰で無神経で鈍くて言葉と人間とを無意味にも愛していて同じくらい神経質な私に、よく付き合ってくれたと思う。
いやでいやで仕方なかったんじゃないかな。きっと何かあるごとに苛々して、不快に思い、摩耗していたと思う。それでもあの子が私と共に居てくれたのは、そうすることで互いに変わっていけると信じていたからだろう。シリアスになりやすいあの子は私の軽口を嫌い、ユーモアを建前に本音を隠す私はあの子の冷めた態度を嫌った。それでも、少なくとも私にとってあの子は心から尊敬する相手で、今も変わらず美しいと感じている。
あの子という志向性そのものを愛している。
私は、あの子をして初めて、人間を「力への意志」として認識した。
あの子は気高く、それゆえに美しかった。
私はあの子に釣り合うような、高貴なものになろうと努めていただろうか。
私はあの子をほんとうに知ろうとしたか。
私は、やりきれなかった。動いているようなそぶりを見せて、変わろうとしなかった。
下賤。今の私を形容するに適した語。
(間奏)
誰の隣にいても、どんな高さ深さに生きていても、どの貌をして世界に差し向かう場合も、気高くなければいけない。
率直にそう考えられるようになったのは、自分がいかにどうしようもなく項垂れ切った者であるか実感したある瞬間からだった。即ちそれは、あの子と別れ、別々の傘を差して歩いた駅までの道でのことだった。
私はいつまで同じ地点で足踏みしているのか。
変わりたい、変わるぞ、という意気込みだけ見せては幾度も人を失望させてきた。今の自分を愛してくれなんてよく言うけれど、そんなことを望んでも虚しいだけだ。
いつかあの子に違う誰かの口癖がうつって、違う音楽を好きになって、私が憧れるような素敵な誰かと生きていくと決めたとき、一言何か伝えられるようでありたい。
私が言う「愛」はきっと中途半端な形であの子に伝達されており、このままではすべて台無しになってしまう。まだ、きちんと話さなければならないことが沢山ある。
新しい恋なんてしている場合じゃない、と思う。
恋をしている間は、あの子のことなんて考えている場合じゃないと思うはずなのに。おかしいな。
何を諦めて、何を貫くか、いい加減決め切らなければいけない。
大学生の私はいつのまにか誰かと生きていて、いやそれも「いつのまにか」ではいけないのだが、誰かと生きるということを軽薄に把握しすぎた。
私を必要としてとか、かえって私を忘れてとか。
遊びじゃないんだから。
ぜんぶ、ぜんぶ、遊びじゃないんだから。
学問。文字通り学びと問いの次元へと引き戻されるとき、私は安心する。我ながら自分はふざけた奴だと思うけれど、そうじゃない私が生きていて、まだ必死になれる。本気で愛を語り、どんなに無意味で虚しい人生も遊びなしにやれる。
耳ざわりの良い「意味」や「価値」に靡かずに気高く立っていられる。そう確信できる。
私がここを出てあと二年間取り組むのは、そうした態度で力へと向かっていくことである。
私を愛する人も、私を憎む人も、そのどちらをも抱えた誰かも、ごめんなさい。恥ずかしくても、私は生きていくことにしました。まだ青くいられる二年間、今度こそ美しく、そう誓う相手に、あの子とその他すべての「あなた」を選んでも良いでしょうか。
手始めに、度が過ぎるくらい正直になって、資格とか立場とか、何にも気にしないで大声上げて泣いてやる。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる
能楽堂への誘い
ブログをご覧の皆様こんにちは。2回目の更新となります、まどかです🐧
前回の更新ではただのペンギンブログと化しておりましたが…ご安心ください、本日はこれぞ日文!といったお話ができるハズです。
ところで皆様はお能や狂言をご覧になったことはございますか?
私は小学校の芸術鑑賞会で観たことがありました。もしかすると学校の芸術鑑賞会や授業などで観たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実はつい数日前の3月3日、本学の中世文学ご担当の石井倫子先生を中心としたプチ能楽鑑賞会が行われました✨
奇しくもこの日は桃の節句。能楽堂に足を運んで過ごすなんて何だか雅ですね。
**********************
今回鑑賞させて頂いたのは、国立能楽堂にて開催された「粟谷能の会」。
JR千駄ヶ谷駅から歩くこと数分、突然近代的なビル街の中に趣のある門構えが見えてきます。

お能にも流派があるのですが、こちらの粟谷能の会は「喜多流」の粟谷明生師が主催されています。しかし、今回はなんと「観世流」の観世銕之丞師との異流共演が実現。加えて、狂言は人間国宝であられる野村万作師が演じられました。まさに夢のコラボレーションといった大変贅沢な時間です。
お能は『蝉丸』と『融』、狂言は『連歌盗人』を鑑賞したのですが、、、
実のところ、私は今回が初の能楽堂でした!
狂言については教養科目として履修していた講義で学んでいたのですが、お能の方はサッパリでございました。「それなのに無鉄砲にもお前さんは行ったのか???」と呆れられてしまいそうですが、良いのです。時には勢いも大切です。私の人生は余程がパッションと勢いで成り立っています。
まず始まったお能ですが、舞台で足を鳴らす「足拍子」をはじめとして想像の何倍も音が大きく響き渡っていたためとても驚きました。一瞬、舞台裏で物が倒れたのかと思ってしまうほどに。
反対に、「囃子方」の鼓の音は耳を澄まさないと聞き落してしまいそうなくらいに繊細な音がしていたり、時には豪快な音もしていたりと様々でした。講義でも動画では観劇していたのですが、その時には感じることができなかった、「立体的な音圧」が身を以て感じられました!
そして、能楽堂の檜舞台は三間四方(5.5m前後)という大変スタイリッシュな空間サイズであるのですが、舞台上には役者に加え「囃子方」や「地謡方」、「後見」など多くの人がいます。
にも関わらず、限られた空間で淀みなく移動しており、その空間の使い方までもが洗練されていました。能面で視界が制限されている中で、舞台の上にレールが敷かれているかの如く、オルゴールの上の装飾人形のように互いがすれすれの所で動いていく様を見ていると檜舞台全体が芸術品なのではないかと錯覚すらしてきます。
また、先程は勢いとパッションで鑑賞会参加を決めたと申し上げましたが、その勢いの源泉が「野村万作師」です。私は万作師のことを履修していた講義の中で知ったのですが、彼の『釣狐』に胸を撃ち抜かれ…いやもはやブチ抜かれました。
語り始めると長くなります故、泣く泣く割愛させて頂きますが…ともかく憧れの万作師のお姿に、もう終始大興奮でした。
今回演じられた『連歌盗人』という作品は「エッ!俺、貧乏なのに連歌(皆で少しずつ歌を繋げて詠む、和歌のしりとりのような遊び)の集まりの幹事(当番)になっちゃった!!連歌は大好きだケド、そんなお金ないよ~💦俺ってばどうしたらいいの!!??」といった境遇の主人公…こうなったらもう、盗みに入るしかない!!ちょうど同じ境遇の友人がいたから2人で盗みに行こう。次回!連歌大好き2人組、盗人デビュー!
……と、いうワケなんですね~。盗人スタンバイしたこの2人の運命やいかに。
粗すぎるあらすじで、本当にもう怒られるのではないかと冷や冷やしております。(作品が気になる良い子の皆はちゃんと調べようね!)
このような感じで作品自体が大変面白いのは勿論ですが、万作師の「声を張り上げている訳ではないが確実に通る、ほんの少し高く落ち着きもある」といった明朗なお声が筆舌に尽くしがたいほど美しかったです…!!
このように私の能楽堂デビューは心から楽しめるとても素敵なものになりました。
能楽に限らずミュージカルやオペラ、2.5次元の歌劇などであればきっと舞台を観に行ったことがある!という方がいらっしゃることでしょう。このご時世、円盤やライビュー、配信など多種多様な方法で舞台と接することができますが…やはり生で見る舞台には現地だけの魅力があるはずです。
カメラで視線を固定されることなく、誰を見るか・どこを見るか、そして何の音に聞き入るか。観方の自由度が全く異なります。音も視界も空気感も全てが立体的で実感を伴います。
いつでも一時停止、再生ができるものとは違い、役者さん方のあまりの迫力に逃げ場もなく追い詰められるような気さえする。その舞台の強みを皆様もぜひ体験してみてください。願わくば、能楽堂で。
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ちなみに、当日の様子はこのような感じです。お着物でいらした先輩もいてとても素敵でした!

さて、以下は「このプチ鑑賞会にどうすれば参加できるのか」という本学の学生や未来の新入生向けになります。
先述の通り、この鑑賞会は本学の石井倫子先生のご開催です。多くの場合、先生のご講義で能や狂言関係のものを履修していた学生がメールなどを通してお誘いを頂きます。
ですが、それらの講義を履修していなくとも、レポートや普段の雑談などで能楽に関心があることを表現していたり、自分から先生に申し出たりした場合でも参加が可能だそうです!
また、今回お誘いを頂いた「粟谷能の会」の他にも色々な能楽師の方の鑑賞会があるようです。
鑑賞会の実施回数は学校の試験期間の兼ね合いなど、その年によって異なりますが、前期・後期それぞれ1回は実施の可能性があるみたいです。
勢いとパッションを兼ね備えた私とはいえ、初めての能楽堂でお話についていけるのは多少~~~~は不安でした、、、が。鑑賞会の参加者向けに、事前講座としてお能の基礎知識や作品に関する紹介をして頂ける機会があるため有難いことに杞憂でした!!
パンフレットには詞章(脚本のようなもの)が載っており、さらに能楽堂は舞台が始まっても比較的明るいため、客席でも手元で詞章と照らし合わせながら楽しむことができちゃいます。これが本当に有難い…。
私が受講していたのは教養科目の1つである〈舞台芸術の歴史・東洋〉という、狂言について学ぶことができるものなのですが、毎週実際に作品を観ながら学ぶことができるためそちらもオススメです!
せっかく能楽に興味を持っても、自分1人で能楽堂へ向かうのは勇気が要ります。ですが!こちらのプチ鑑賞会は事前講座からチケット入手まで先生と先方のご厚意に包まれまくった超あったかツアー旅行のような形です。
まさに必要なものは勢いとパッションだけです。ご興味がある方は如何でしょう。
本日も長々と失礼しました。お付き合いくだりありがとうございます、まどかでした🐧