子どもの頃、車酔いを割とする質だったので気持ち悪くなりながら、「酔う」って言葉は車にもお酒にも使うけど、お酒に酔うのって人によっては快で車酔いはほとんどの人にとって不快なのにどうして同じ言葉を使うんだろうか、と思っていました。大人になった私が答えましょう、少なくとも私にとっては酒も車も同じように頭痛と吐き気がするし別に楽しくないのでので「酔う」は不快です。
三半規管激強の人間って車の中で本読んだりスマホいじったりするじゃないですか。あれ私意味わからなくて。そんなんしたら一瞬で酔うけどなぁどうなってんだろうなぁと思っています。車も酔うし体調によっては電車も酔うし人混みも酔うし画面酔いもします。教習所のシュミレーターで酔いました。高校生の時、雨の日なんかは板書するのに顔上げて下げてを繰り返していたら頭が痛くなることもありました。そう、ご察しの通り私の三半規管は激激弱なんですね。
画面酔いの話が出ましたが、私は例えばジェットコースターに乗った人の目線カメラを見ていても酔います。あとはゲーム、FPSやレースの類なんかは一番ダメですね。マリオカートのゲーム配信とか見てたら3秒で気持ち悪くなります。自分でプレーするのは多分もっとできない、ほとんどしたことないですけど。FPSのレレレ撃ちも同様です。マイクラのトロッコもまあまあダメ。まあ自分がゲームやらないのにこれだけ色んなワードが出てくるくらいには嫌いじゃないからいつも薄目で配信者のゲーム配信等を見てるんですけれども。もはやあれ私にとっては半ば音と喋りを楽しむコンテンツですからね。私が酔わず飽きず見ていられるのはすごろくゲームくらいかもしれないです。マリパ、人生ゲーム、桃鉄、個人的超ありがたいゲームコンテンツです。
多分ああいうのってある程度は慣れもあるのかなと思っていますが、あいにくゲームにはあまり慣れ親しんでこないまま大人になったのでもう画面酔いの業を背負って生きていきます。私にマリオをやらせてみなさいよ、すぐ残機なくなるんだから。昔から兄や友達がやってるの後ろから見てることが多かったです。普通に今1番やってるゲームがポケモンスリープですからね、あれはゲームと言えるのか分かりませんが。
スケート選手とか体操選手って三半規管鍛えて強くなるって聞いたことありますが、本当に尊敬だなと思います。もう私は三半規管激激弱な人間として生きていく覚悟を決めているので、これからも乗り物酔い画面酔いに耐えながら毎日元気に過ごしていきたいと思います。では。
腕だけ
こんにちは、ののです。
とうとうこの季節がやってきました。2か月に及ぶ大学生の時期にだけ現れる特殊期間、そう、春休みです。1月の第3週くらいに授業が終わってから、テストやらレポートやらに追われてあっという間に1月も終わり。レポート提出の締め切り時刻を過ぎればそのままぬるっと春休みに突入です。
春休みは宿題もなく、自由な時間が大量に確保できます。そんな特質を利用して活発化するのが、部活です。私が我慢しきれずうっかり話してしまうあの部活です。
事の発端は昨年9月から10月にかけて行われたリーグ戦なるものです。本学の弓道部はそのリーグ戦なるもので見事リーグ優勝を果たし、Ⅲ部リーグというワンランク上のリーグにレベルアップしたのですが、それを受けて新主将(私の同期)は張り切りモード。春休みの練習量を例年の1.5倍くらいに増やして、かわいい女子大生をムキムキ筋肉の塊にしようと企んでいるのです。そうとは知らない(?)かわいい女子大生たちは、気の向くまま思いのまま弓を引きすさび、みるみるうちに屈強な上腕三頭筋を手に入れていくのです。二の腕の装備だけを整えたところで防御も攻撃も体力回復もできないのですが、立派な上腕三頭筋は弓を引く勇者の証です。
弓道は足を肩幅より若干広めに開いて直立した状態での動作が基本です。走ったり跳んだり回ったりしません。最も動かない運動部だと思います。ただし、筋肉はものすごく使います。腕や背中の筋肉、それから踏ん張るための足の筋肉、体幹。これらの筋肉を涼しい顔で使いこなす必要があります。体力のある御人は涼しい顔で1日に100本以上引いています。部員の平均が1日に大体50本前後なので、単純に倍です。それで的中率も高いので、本当にすごいです。さらに、体力に加えて集中力も蓄えておく必要があるでしょう。体力と集中力、いずれか片方でも欠けると疲労感が2.5倍ほど増加します。部活の後半には私の同期がマラソン完走後の選手のように息切れする現象が起こりますが、まさにそれです。みなさん、睡眠と食事はしっかりとりましょう。
最後に道具について。基本的に弓道で使用する道具は個人個人の体格・骨格に合ったものを用意します。特に矢はそれぞれの腕の長さに合ったものを使います。私の矢の長さは90cm。部内で一二を争う短さです。一方、弓は標準的な大きさのものでも2mを超えます。電車の天井に届くほど長いです。競技中は弓に弦をつけるため三日月形になりますが、弓を持ち運ぶ際には弦を外して布製の袋に入れるため、傍から見ればただの長い棒です。電車の乗降口で長い棒と苦戦している人がいたら、十中八九、弓引きです。
2m超えの長い棒を持って街中を闊歩し、屈強な上腕三頭筋を手に入れる。これが私の春休みです。今日もお付き合いいただきありがとうございました。
覚悟
冒頭の挨拶もそろそろネタが尽きてきました。こんにちは、さゆりです。
最近、今年度のスケジュール帳を買いました。
画家の岡村芳樹さんと文具メーカーのコラボ商品なのですが、なんとこれ、この絵の題名が「薄雲」なんです。
おや?と思いましたか?そう、『源氏物語』の薄雲巻をテーマに描いた絵だそうで。

(↑まさかの画像をアップするのを忘れていたので修正しました)
私は卒論で『源氏物語』を扱うので、買うならこれしかないだろうと確信して迷わず買いました。可愛いですね。可愛いでしょう。中身はかなりシンプルですが、紙がつるっとして触り心地がいいので書きやすいです。スケジュール帳を買うと、今年を生きるぞ!という自分の中で宣言をしたような気分になります。私にとっては、今年を生きる覚悟を決めるための作業なのかもしれません。大袈裟ですが、空白の手帳をパラパラめくっているとこの先何が起こるかわからない期待と不安が湧き上がるんですよね。この先1年絶対良い年にしてやるぞという覚悟で、このスケジュール帳を沢山使おうと思います。
大体の人はスケジュール帳を買うと思いますが、これを見ているみなさんはスケジュール帳をどのように使っていますか?
私は基本的にデジタルでスケジュール管理するタイプなので、紙の手帳は記入を疎かにしがちです。ズボラなので。ただ手帳を買った時、必ずやる事があります。
それは、「今年やりたい事」を書き込む事!
旅行に行きたいだとか、アシメのスカートが欲しいだとか、本当に小さな事でも構わないのでやりたい事を書きます。
叶ったらそこにチェックを入れていくのですが、見返してみると意外と達成できてたり、できてなかったりするんですよね。出来ている事を確認すると、ちゃんと時を過ごせているな、と少し安心します。やっている人も多いかもしれませんが、おすすめです。
ところで、つい昨日推し達がパーソナルカラーの診断を受けていて目玉が飛び出ました。
韓国式は日本と分類が違うのではっきり分からないところもありましたが、診断士さんがドレープを当ててくれるので日本のこの分類だとここだろうな、というのがわかってとても面白かったです。そしてノーメイクなのに推しの肌が美しすぎる。色素沈着や粗がほぼゼロに近くてCGみたいに綺麗なので、感化されてレーザーを打つクリニックを決めてきました。近いうちにそばかすと赤みを焼き尽くしたいと思います。
ちなみにシミなどを消すレーザーは当てた後紫外線に当てないことがとても大事なので紫外線の量が少ない秋冬に打つのがおすすめだそうです。では、また。
寒い日は辛いものを
こんにちは!やなです。
まだまだ寒いですね。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は期末レポートも卒論も終わり、残すは口述試験のみとなりました。晴れて卒業できるようにがんばります。
***
ありがたいことに最近、卒論お疲れ様会を開催することが多く、美味しいご飯を食べる日々が続いています。
日文生は本当に優しい方が多いですね。大好きです。
今回はお疲れ様会で食べてとても美味しかった、スープカレーを紹介します。
北海道スープカレーSuage池袋店より、「パリパリ知床どりと7種の野菜カレー」です。みんな大好き池袋東武です。日文の子に紹介してもらいました。
スープの辛さ・種類・ライスの量等をカスタマイズできました。スープの辛さは、甘口・ピリ辛・中辛・辛口・大辛・超辛の7段階から選択できました。メニュー表では辛口がおすすめされていたのですが、保険をかけて私は中辛にしました。
びっくりしたのが、ライスの量を選択するところでライスなしも選べたこと。スープカレーをご飯なしで食べるのってけっこう勇気入りますよね。隣の男子大学生(と思しき人たち)のライスの量がけっこう多そうだったのを見て、小ライスを選択。たりなかったらデザートを頼めばいいかと思って、と友人。それもそうだと納得した結果です。
さてさて、お味は?
めちゃくちゃ美味しかったです!!!
たくさんの具にカレーがよく染み込んでいて、カレー好きの私は大歓喜でした。何よりじゃがいもがホクホク。さすがの北海道のじゃがいも、本場は違いますね。
肝心のスープは中辛でも辛めの味付けでした。でも美味しい。冬は辛いものを食べて体を温めるのが良いって言いますしね。
途中でご飯が足りなくなり、中ライスで良かったかも……と少し後悔。大食いには足りない量だったか。
スープカレー、あまり食べたことがなかったのですが、とても美味しかったです!さすがデパートのお店ですね。良いランチでした。教えてくれた友達にも感謝です。また行きます。
***
今回ご紹介したお店はこちらです。
Hokkaido Soup Curry Suage 池袋店|札幌発のスープカレー専門店|Suage
https://suage.info/stores/ikebukuro/
池袋東武に来た際はよろしければ皆さんもぜひ。
***
新しく入部する1年生がグループLINEに送ってくださった自己紹介を拝見しました。皆さん個性豊かで、どんな文章を書く方たちなんだろう……と今からわくわくしています。これを読んでいる皆さんもぜひ彼女らの初回更新をお見逃しなく。2月下旬よりスタートする予定です。
どうやらスマホゲームが好きな方々が多いらしく、私も履修したことのあるゲームを挙げている方も何人かいらっしゃいました。趣味が合いそうで、今から交流会が楽しみです。
***
今年も受験シーズンがやってきました。日本女子大学でも一般入試が始まりましたね。
私も実は一般入試を経験した身なのですが、やはり入試は何度経験してもものすごく緊張しますね。なんなら就職試験でも緊張してガチガチになりました。
体調は万全に。早く寝てすっきりした状態でテストを受けられると最高ですね。気負わず、今まで一生懸命勉強してきた自分を信じて。
みなさんの未来に幸あれ。春に桜が咲くことを心よりお祈りしております。
***
私の更新回も残すところあと3回になりました。時が過ぎるのはあっという間ですね。
本日はここまで。やなでした!
春休みはダンス尽くし(予定)
皆さま、こんにちは!
あと数日で1月も終わり。正月気分の言い訳が出来なくなる季節となりました。
ですが!!私は!!それはそれとして実はもう春休みが実質スタートしております!!!
まだ課題提出は残っておりますが、今年度の授業自体は修めてしまいました。1年経つの早いですね。
春休みの予定はと言えば基本的には「ダンス」。昨日先輩方が正式に引退され、私たちが幹部代として引っ張ることになります…!サークルに所属した直後は踊るだけだったのが、今後はサークルの運営に回ったり、自分で作品を創ったりと色々と考えて行動する年になる予感。元気・うるさい・頼もしい同期と可愛い後輩と仲良くやっていけたら嬉しいな、と思う今日この頃です。
ブログ部やアルバイト、その他のお手伝いもこなしながら何事頑張っていきたいものです!
今日もブログをご覧いただきありがとうございました!それでは!!
新年早々、反省。
こんにちは、あこです。
2024年、初投稿です。
正直に申し上げると1月上旬にも更新しなければならなかったのですが、すっぽかしてしまいました。
(ここから言い訳が続きます)
担当日から3日ほど経過したある日。ブログを書いていないことに気付きます。「家に帰ったら更新せねば!」と思っていました。
しかし、その帰り道。
弟から、とある(めでたい)芸能ニュースが転送されてきました。
↓
あこ:驚き、喜びを経て、心の中が混沌とする
↓
未熟さ故の虚無感と心の痛みを感じながら、やっとのことで帰宅
↓
興奮状態の頭と体を冷やすため、フラフラと外へ出ていく
↓
気付いたら14,000歩(距離にして8.8km)歩いていた
↓
体が冷え切る
↓
やばい、風邪引くかも
↓
早く寝る
↓
翌日、軽く体調崩す
↓
3日間、微妙に体調が悪い状態が続く
↓
回復
↓
調子に乗って出かける
↓
本格的に風邪ひく
↓
1週間、引きずる
↓
治る
↓
母に風邪が移る
↓
母、完全ダウン
並行して、父も体調不良
↓
責任を感じながら看病する(5日間)
↓
母、回復
↓
今に至る
とまあ、めちゃめちゃ言い訳すると、こんな感じで今回のブログに至っています。
恐らく、家族で風邪が流行した元凶はあこですね。
新年早々肩身の狭い思いをしましたが(←当然の報い)、ブログを書けるのも残り数回。
今更ですが、無遅刻無欠勤を目指して頑張りたいと思います。
(すっぽかしてごめんなさい)
ーーーーー
2024年の初投稿ということで、今回は卒業までの目標とやらを書いてみようと思います。
2023年は色々と浮き沈みの激しい年でしたが、2024年、現段階では”イイ感じ”です。
無事卒論を提出できたという安心感(まだ口述試験が残ってますが…)もあり、多少のタスクは残っているものの、それなりに前向きな気持ちで毎日過ごせています。
この調子で、前向きに物事に取り組む、ということを意識して生きていきたいと思います。
目標その1:日々を前向きに過ごす
先ほど”多少のタスク”と申しましたが、こちらについても、しっかり”消化”したいと思っています。
大学生活も残り約2ヶ月。
いただいたご縁とチャンスに感謝しながら、真摯に、そして誠実に、最後まで取り組んでいきたいです。
目標その2:立つ鳥跡を濁さず
中学・高校・大学。
学内・学外問わず、たくさんの素敵な人たちに出会えました。
コロナ禍ということもあって、家族や祖父母とも”密”な時間を過ごすことができました。
もちろん、卒業してからも会ったり話したりすることはできると思いますが、皆がそれぞれの道を歩んでいく中で、今と”同じ”でいることは恐らく不可能でしょう。
会える時に会い、話せる時に話す。
当たり前のことですが、人とのご縁を大切にしていきたいです。
目標その3:大好きな人たちに会う
*****
1日1日、平穏な日々に感謝しながら、後悔のないように、生きていきたいと思います。
それでは、また。
やるき
ごきげんよう。例によって書き溜めしているあやめです。今回も書き溜めしたものをお送りしておりますごめんなさい。
以下、1月13日追記。
こんにちは。先日、成人式……?二十歳を祝う会……?に参加しましたあやめです。くすぐったい思いです。ご報告だけしようと思って追記しました。えへへ。
追記終了。
以下本編
授業を受ける際に、どーーーーーーーうしても、意に反して、存外にも、集中できないこと、眠くなっちゃうことが、あります。ありませんか?ありますね。人間誰しも、体調の良し悪しがありますから、眠くて集中出来ないことも、よくあるのだ、と信じております。
あるいは、今!やらなければならないことが、はっきりわかっているし、今!やらねばもう終わらないようなことを目前にして、しかし全くやる気がわいてこないことがあります。ありませんか?ありますね。例えば、絶対入るべきなのに、頭ではしっかり理解できているのに、もちろんいつかは(というより結局毎日)入るのに、今!入るのは驚くほど億劫なお風呂!!!あれ程遠いのはなぜですか。毎日入っているし、入ったら最高に気持ちいいのに、あれ程遠いのはなぜですか。
以上の現象について、もしかして、あなたも心当たりがありませんか。こんな時、誰も悪くはありません。また私も、そこまで悪くないと、思いたいです。
さて、あなたは信じられないかもしれませんが、わたくしあやめもまた、人間ですから、やはり、どーーーーーーーうしても集中できないことが、また、どーーーーーーーうしてもやる気が起きないことが、あるのです。
そんな時、私はノートの端っこに、彼らを描出することでお呼びするのです、「やるき」を……

友達に試しに見せてみたら、結構ウケました。かわいいですか?
色を付けるとしたら、こうです。

やる気が枯渇してしまったら、こんなことをするのも、良いのかも、しれません。
ちなみに、彼らは割と軽率に家出したり、

梅雨や花粉症と大戦争を起こして、しかしあえなく負けたり、

歴戦の傷を癒すために入院したり、

回復してマッチョになったり、

します。
やるき、帰っておいでよ……私は泣いて、いつでも心待ちにしているのに……
私と大好きな国語へ
「初日の出とても小さい駅で見た」
伊藤園お〜いお茶新俳句大賞に8歳の子の句が選ばれたと聞いて鳥肌がたった。なんていい句なんだろう。
幅がある句だと思った。いつもは山から見ているのだろうか。何か事情があって今年は小さい駅から見た?しかし残念な気持ちは感じない。小さい駅で見たというのが、また思い出なのだ。技法は単なる大と小の対比だけではない。初日の出という雄大で特別な自然が、駅という普段使う日常の人工物とよく対比されている。これぞ俳句だ。ものすごく少ない文字で、その文字以上の光景がなだれ込むように入ってくる。
4年間日本文学科で色々と学んできて、文学というものは何なのか、分かった気になった。いい文章というものがなんなのか、少し分かるようになった。短歌と俳句に限って言えば、言い過ぎないことが美である。先程の俳句について、選者の人曰く、「初日の出」という言葉は詠むのがとても難しいのだそうだ。分かる。デカすぎるからだ。例えばクラス全員で短歌を作る機会があったとして、「運動会」から始まる短歌は大抵良くない。言及している対象が広すぎる。競技なのか、暑さなのか、熱気なのか、言いたいことが何なのか分からない。大事な文字数を無駄に使ってしまっている。例えば運動会でも応援団について詠みたいなら、
枯れた声絞り応援する君に応え声張る君を見ている
いま9秒で作った短歌だが、このくらい詠めれば中学生なら校内で選定されないか、思い上がり?とにかく、短歌や俳句を作るなら、言及する対象は絞った方が良い。今回は運動会でも応援団でもなく「君」にしてみた。中学生ぽいと思ったからだ。
なぜ中学生が全員で短歌を作る場合を考えて話をしているかというと、私の中学校がそうだったからである。毎年毎年短歌を作らされた。そして合唱コンクールで優秀作品の表彰があった。校内短歌大会がある学校なんて素敵だと思う。私は出来の悪い短歌ばかり作っていた。今の実力なら1回くらいは入選できただろうと悔しく思う。その頃は短歌がなんなのか分かっていなかった。
国語の成績は良かったけれど、なぜいいのかは分かっていなかった。今なら分かる。文章を読んで、文章に書かれていること以外を読み取る力があったからだ。「月が綺麗ですね」という言葉を聞いて、(ああ、この人は愛を伝えたいんだな)と感じるのか、(ふーん月が綺麗なんだ〜)と思うのか、ここが国語ができるかできないかの境目だと、今なら思う。だから読書が好きな人は国語が得意だし、自分で小説を作ったことがある人はもっと国語が得意なんだろう。数学は得意だけど国語は大の苦手だった友人が、俳句甲子園に出場するようになってから国語の成績が圧倒的に伸びたのを、今でも思い出す。中学の国語の先生になる予定の高校時代の友達に、国語の授業について熱く語ったけど、伝わっただろうか。
受験シーズン、出願先選び、私立大学受験、今が佳境なのか、どうなのか、もう忘れてしまったが、とにかく私は日本文学科に進学したことを全く後悔していない。日本文学科に進学して良かったと心から思っている。ブログ部の時点で大学からの回し者なので説得力に欠けるが、本当にそう思っている。就職に弱いとか言われているけれど、そもそも就職に強いか弱いかは本人のコミュニケーション能力次第で決まるので、文系に関して言えば学部学科はほとんど関係ない。文学部が就活に弱いというのはたぶん、文学部に進学する類の人が体育会所属とかではなかったから、パワーを求める企業にあまり刺さらなかったというのが実態だと思う。人で決まっているのであって学科では決まらない。だから、文学部に行きたいのに就活のことを考えて辞めるなんて思っている人がいたら全力で止めたい。4年間も学ぶんだから、好きなことを学んでほしい。大学は専攻した分野のことばかり学ぶから、せっかくなら好きなことで溢れる4年間にして欲しい。私はそうだった。卒業が名残惜しい。社会に出ても好きなことばかりできる会社だといいなあと思う。でも好きか嫌いかだって自分で決めるのだから毛嫌いせずになんでも楽しめるような大人になりたいと思う。短歌の一つでも読んでこのブログを締めたかったが、考えているうちに寝てしまって出来なかった。いつかひっそりと、このブログの後に短歌が追加されているかもしれない。
歯の無いはなし
まいです、ごきげんよう❀
先日、親知らずを抜きました。
歯の無い話は、根も葉もないということではなくて本当に歯のお話ということです。
ですので、私の歯にご興味のない方はここらへんで読むのを控えることをおすすめします。
*****
さあ、何人の方が読んでいらっしゃるのでしょうか。
私は中学時代に歯科矯正をしていました。
一般的なものより、顎は小さく歯は大きい。それ、収まるはずないですよね。
そんな私の歯並びはとても悪く、上の前歯が出るのではなくて引っ込んでいました。歯科矯正をすることになった歯医者さんにも「40年は医者をやってきてこれは初めて見た…」と言われ絶望しました。
そんな素晴らしいほどずれた歯並びも、3年間で整ったのですが、それがなんと、当時いなかったはずの親知らずのためにまたズレてきてしまったのです。あのとき言ったのに…もう入らないよって…。
上の歯は、片側の歯1本に永久歯がないということで(そんなことあるんだと驚きました…)、左右非対称にならないよう反対側の犬歯も抜いていたため、親知らずでズレるということはありませんでした。
下の歯は、ありがたいことに生えそろっていたので親知らずの入る余地なく…。深いところから歯を押しどうにかして自分の場所を確保しようとしてくるもので、これは抜かなきゃということになりました。
私はなぜか親知らずを抜くことに人一倍恐怖心を抱いていたので、治療直前の血圧と心拍数を測った値を見た看護師さんに「いつもこんな感じの値ですか?」と言われてしまいました。私にとって親知らずを抜く日に「いつも」の感じでいることは不可能です。治療中は気持ちを落ち着かせるために、「こんなふうに様々な機器で治療してもらえることは幸せなんだ…贅沢なんだ…」とか「レミゼラブルのファンテーヌを思い出せ…。あれに比べたらこんなもの…」とかぶつぶつ心で唱えていました(笑)。治療自体は怖いだけで実際には痛くないのですが。
治療は口に効いた麻酔のおかげで痛くはありませんでしたが、そこからの数日間がやはり厳しいものでした(そして現在も)。「歯が神経に大分近いのでかなり腫れますよ」と言われ覚悟をしていたものの、「ちいかわ」並みに腫れました。一日目は特に痛みに苦しみましたが、あとは口が開かないし閉じないことに一番苦労しました。小さなスプーンを口に入れるのもやっとで、噛むことは基本的にできない、私の場合は喉の方も腫れたので飲み込むのも大変…少量の食事に一時間以上かかり「食べ疲れ」になるという…。
あらためて、「普通」にものを咀嚼し味わえること、ご飯を食べられることはありがたいことなんだな…と身に染みて感じました。元気になったら、ご飯を食べること、噛めることにもっと喜びを感じながら食事したいです。
そして愚かなことに、私は課題をこの期間でやろうと決めていました。歯が痛くて何もできないだろうし、さすがに塾のアルバイトもお休みをいただいていたので、課題に集中できるだろうと。
……間違いでした。締め切りがあるのでやらざるを得ないものの、歯痛の中の課題はつらい。。。なんで私健康な時にやっておかなかったんだーと、いつかのブログと同じ反省に至りました。
なんとか課題を終え、私にもようやく春休みが来ました。ようやくというか、大学生って休みが多すぎです。この時間を有効に、今の自分でしか味わえない感動のために謳歌したいと思います。
数日後にはもう片方の歯を抜く予定など…記憶の遥か彼方に添えて。
ハハ……。では。
雫
ご無沙汰しております、みちるです。
12月24日(日)、29日(金)、1月1日(月)、19日(金)、20日(土)、27日(土)、2月2日(金)
メモです、よろしくおねがいします。
「なんで?」
メモが必要な時がありますね。これは今などを指します。
「左様ですか」
イエス。
(間奏)
ノスタルジーについて。
ノスタルジックなものへの憧憬、があることは誰もが知ることであろう。では、「ノスタルジックなものへの憧憬」への憧憬、はどうか。
今更こんな話をするのも馬鹿馬鹿しいと思われるだろうか。そう新しい話題でもないから、飽き飽きといった顔つきで見守る方もいるだろう。
もはや有り得ない種類のこのいわば二階のノスタルジーは、端的に言って滅んで然るべきものだ。
我々の方法は、こうしたどうしようもないものからなるだけ離れたところで考えられるべきだろう。しかし、身体が受けとる刺激としてのノスタルジーについて否定することは不可能である。この状態に鑑みて私がとるべき態度は、ノスタルジーから逃避することでもなければ、それに甘んじて幸福に生きてゆくことでもない。ノスタルジーを破壊し、現在を生きる私の身体に対する現在のものとして再構築することである。
この考えに私を導いたのが、「伝説」と呼ばれるに相応しい一夜の出来事、或るバンドの一公演であった。
ここでは評を述べることも、対象について明かすこともできない。ただひとつ、あれは私の陳腐な「あこがれ」を打ち壊すのに充分なエネルギーとベクトルを有する何かだった。
「これはこうだから、ここがこれに基づいていて、ここにこの意味があって、ゆえに素晴らしい。ではなく、何だか分からないけどすごい、で良い」
これは非常に正しい言説であったが、しかし既に失効してしまったものだ。「何だか分からないけどすごい」を受け入れることは、あらゆる批評家やそれでさえない者たちにとっての克己になり得る行動だった。
もはやそれもクリシェと化し、それ以前にも戻ることができない。こうして身動きの取れなくなった我々に、何十年も前のその作品が光を見せた。
何者にも詮索させず、意味を棄てさせ、身体にアプローチする。そのような目論見を有した作品はそう多くないまでも僅かと言うにはよく見られる。ただ往々にして、それを成功させるために必要な「有無を言わさない何か」が欠けている。少なくとも私は、指折り数えるほどそうしたものに出会ってきたのだろうか。
彼らは、それをやってのけた。
当時日本ではライブ映像が真夜中のシアターでのみ上映されたことにならい、一晩だけ、人々の眠る時に我々だけが五感を研ぎ澄ませていた。私の隣には友人が立ち、ヴォーカルの身振り手振りに合わせてきままに音を楽しんでいる。私は私を見ている者は誰もいないことにして、霊感ともいえるような具合に彼らの姿を感じていた。
スクリーンに蘇った彼らの細い肉体が、爆発にも近いような衝撃を生じさせる。そこには奇妙なルールがあり、しかしそれはクラシック”な”文脈では説明不可能であるように思われる。彼は私の数列やルールを理解するだろうか――勿論「何故」ではなく、そのルールが存在するということを承知するか、という疑問。私はこれを切り捨てることができない。
愛している。疑いなく、私は彼らを愛しているし、加えてそれで何かが返されることはない。それが普通のこととして私自身に受容されるという事態が何を意味するか、説明するべくもない(現状、日常において何かを意味することについては否定あるいは拒否することができない)。
エッセンスは、目に見える最少の一粒で構わなかった。それが溶けた水はもはや、人間をして飲み下せるものではないから。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる