対戦相手募集中

こんにちは、さくらです。

突然ですが最近将棋を打ち始めました。きっかけは有吉の壁という番組で空気階段が披露していたネタ。

生まれてこの方将棋に触れたことは無かったのですが、このネタを見た時にルールが知りたい!と急に将棋への興味が急上昇しました。録画で見ていたので、もぐらさんが一手打つ事に停止して一緒に見ていた母に「これはどうしてこうなるの!?」と食い気味に聞いていました。最初のうちは母も付き合って解説してくれていたのですが、私があまりにもルールを知らなすぎたのか呆れて「ネットで調べた方がいいよ」と言われる始末。鉄は熱いうちに打て、と言いますようにスマホに将棋アプリを入れてコンピュータとの対局を始めました。

将棋への知識は駒それぞれで動ける範囲が違う、ということと、王を取られたら負けるというくらいです。まずは実践!と思いほぼゼロ知識で打ち始めたのですが、なかなか負けはしないけれど勝てる道筋もない……。という感じ。王を取られてはいけないと分かってるから逃げることは出来るのですが、駒を有効に使うことも出来ていないのでずっと劣勢です。

このままでは一生勝てない!そう思い、アプリに用意されていた初心者向け講座を見てみる事にしてみました。どうやら一手目は角の斜め前にある歩を前に出すといいらしい。角は斜め方向ならどこまでも進める駒です。試しに言われた通りにやって見ると、相手の角の駒が私の角を奪っていきました。

話が違うじゃないか!!

将棋の駒はほかの駒を飛び越えては進めないので私が歩を前に出したことにより私の角の通る道をあけると同時に相手の角の道をあけることにも繋がるんです。しかし相手の角は敵に囲まれている中に突っ込んできたのでほかの駒に襲われ、私の角となります。

もう難しくないですか?私はこの角の交換になんの意味があるのか未だに分かりません。どの駒がどんな動きをするかやっと分かってくるようになり、アプリの中でいちばん弱いコンピュータには勝てるようになってきましたが正直、角と飛車が最強だと思っています。始める前は王や金が強いと思っていましたが王や金は動けても所詮1マス。それに対して角は斜めにどこまでも、飛車は縦横にどこまでも進めます。キングダムで言う飛信隊のよう。そんな思いでリビングで将棋を打ちながら「角と飛車があったら勝てるくない?」と母に自信ありげに言うと「まだまだだね」と言われてしまいました。確かに角と飛車は自由に動けるけれどそれだけでは勝てない。そもそもそれを操る軍師が賢くないと……。そう言いながらうちの祖先(らしい)である山本勘助のエピソードを話し始めました。

ゲームの感覚で楽しんでいた将棋でしたが、自分が軍師の役だと言われるとキングダム好きとしてはワクワクします。李牧や昌平君のようで勝手に賢くなった気分。まだまだコンピュータに5回に2回勝てるくらいの実力なのですがもっと何手先も読んで戦術的な将棋を出来るようになりたいです。

あとまだコンピュータとしか対戦相手したことが無いので上手い人に教わりながら打ってみたいです。

ここまで書いて思ったのですが、私のブログは最近○○を始めました系が多いかもしれません。

統計を取ったわけではないですが、わりとミーハーな人間だという自負があるので広く浅くで過ごしているなと思います。実は将棋と同時進行で刺繍も始めた今日この頃。これは推しのぬいぐるみを作りたいなと思って始めたことです。もっと上達したらいつか刺繍のお話もしたいですね。

次のブログの予告をしますと、明日からは秋田旅行なので今度は秋田のお話です。熊がたくさん出ているらしいのでまずは生きて帰ってくることを目標とします!次のブログが無事更新されるよう皆さんも祈っておいてください。

超シスコン

 どうやら姉に彼氏ができたようで、私は太陽が西から登ってきたかのような気持ちになった。いつかこんな日が来るだろうと、小学生くらいの頃から考えていたが、中学生になっても、高校生になっても訪れなかったので、じゃあ一生訪れないのかと思って、そんなことも考えなくなっていた日に、いきなり訪れた。
 相手は普通の人だった。趣味の話で盛り上がって、付き合うことになったらしい。姉と同い年で、29歳で、定職に就いておらず、バイトマンらしいが、そういうのは抜きにして、普通の人だった。
 実家に帰った時に、姉に服を借りようと思って部屋に侵入した時、ちょうど姉は彼氏と話している最中だった。彼氏のことは気にせずに私は姉と会話していたけど、そのまま彼氏とも会話することになって、大学生になって初めて、「姉の彼氏と会話する」というイベントが発生した。
 優しい声をした男性だった。声優志望らしい。姉を愛している感じがした。姉の妹だから、私にも親しい気持ちを抱いてくれているようだった。
 結局服は借りずに部屋を出て、姉は引き続き彼氏と話していた。
 なんだかモヤーっとした気持ちになった。姉に彼氏、姉に彼氏、姉に彼氏……?
 姉が世界で一番愛しているのは私だと思っていたが、違ったのか。いや、違うことは無いと思うけど、私と同時に、彼氏のことも愛しているのか。それなら、男性じゃなくて、いいじゃないか。てっきり姉は彼氏じゃなくて彼女を作ると思っていた。その方が、私も安心だったのに、どうして、男の人なのか。女の人に姉を取られるより、男の人に姉を取られる方が嫌だ。
 姉は、彼氏のためにクリスマスプレゼントを手作りしたそうで、嬉しそうに見せてくれた。何を手作りしていたかは言いたくないので言わないが、正直、ダサかった。手作りするより、オシャレなブランドで買った方が、よっぽどいいと思った。手作りの何かなんて、かなり上手く作らない限り、シロウト感が溢れ出て、芋臭い。そんなものを彼氏に使わせるなんて、どうかと思った。でもきっと、あの彼氏なら、めちゃくちゃ喜んでくれるんだろうなと思った。姉が手作りしたプレゼントを、大事に使うんだろうなと思った。余計に悲しかった。私は、姉から貰った羊毛フェルトのぬいぐるみを、飾らずに無造作に袋に入れて段ボールにしまってある。きっと姉の彼氏は、飾っている。姉も、彼氏からもらったらしい絵を、飾っている。ピンク色の髪の毛をしたキャラクターが微笑んでいる。アラサーなのに、中学生みたいな恋愛をしている姉と、姉の彼氏が、たまらなく憎くて、羨ましい。
 姉の彼氏は東京に住んでいるから、最近、姉は彼氏に会いに東京まで来た。東京なんて、私に会いにくる以外の目的で来たことないのに。東京に来て、私に会わずに帰って行った。母親から、ニコニコで帰宅した姉の写真が送られてきた。サンシャイン水族館で買ったらしい、コツメカワウソのぬいぐるみを抱いていた。買ってもらったんだなあと思った。姉はいつも私のお姉ちゃんで、なんでも私に買ってくれていたから、姉にも何かを買ってくれる人ができて、よかったなあと思った。涙が出た。姉には頼れる人がいただろうか。いつもみんなのお姉ちゃんで、妹の面倒を見て、親からも頼られて、姉が甘えられる人は、人生で何人いただろうか。
 姉は、最近の私のことを心配していた。私は私生活がゴタついていたので、しばらく実家に帰ったり、友達の家を転々としたりしていた。ようやく落ち着いたけれど、なんだか精神が不安定で、幻聴を聞いた。姉によく似た声が、意地悪そうに私を呼ぶのだ。やめろ、と私は言った。なんで?とその声はより近く私に問いかけた。うるさい、と言うと、奇妙な音が耳で鳴った。聞こうと思えば言葉に聞こえるような不気味な音だった。聞こえない、聞こえないと私は言って、顔をブンブン横に振った。声は聞こえなくなった。全身が痺れていた。すぐに姉に電話すると、私の話に呆れていた。なんだか安心した。怖い夢を見ると、決まって私は姉の部屋に行って、一緒に寝ていた。
 姉に彼氏ができたからと、変に構えたのは自分だった。姉はいつでも姉で、大好きなお姉ちゃんで、ずっと変わらない。

鹿・山・食べ物

だいふくです。
 週末は11月とは思えないほど暖かかったですね…!!(全国的に25度くらいいっていましたから、暑いというべきかもしれません。地球温暖化心配)
「文化の日」前後の連休で、わたしは家族と奈良・京都・滋賀をまわってきました!去年は「寒いね」と凍えていたはずですが、今年は暑くて驚いています。

 初日は奈良で興福寺、東大寺、春日大社を見てまわりました。奈良に来たのは中学の修学旅行ぶりです!!いつも京都にばかり行っていたので、京都の仏像や鹿、鹿、鹿…もいいなと思った1日でした(笑) 鹿多すぎます(笑)
ですが、やっぱり興福寺宝物館の阿修羅像が忘れられません…!!あのなんとも言えない表情から目が離せませんでした。千手観音像のダイナミックさに圧倒されながらも、やっぱり阿修羅像が見たくなって、また千手観音像に目をやっての繰り返しでした。きっとこれから先もわたしはこの仏像たちを見にきてしまうのだろうなと。時代を感じる仏像ですが、今も昔も、そしてこれからも、人々の心を惹きつけてやまないことに感動してしまいます。これを世に生みだした人に、そして今ここに残っていることに感謝したいです。
 奈良で1日を終えると思いきや、ずいぶん朝早くに奈良に着いたもので、まだまだ1日は続きます。カフェで一息ついたあと、抹茶の粉がむせるほどふってある抹茶のソフトクリームがあると聞き、京都の宇治へ移動しました!!実際にはむせるほどではありませんでしたが、抹茶好きの私にはたまらないおいしさでした…!!きてよかった…!!というか、この平等院表参道、和菓子、抹茶、、、食べ物好きで古風な通りが好きなわたしからしたら、もう最高で最高で…(泣)
抹茶餃子に抹茶ラーメン…どんな味がするのかとても気になりましたが、その日の夜ご飯は決まっていたので、またいつか、絶対に食べに行くと決めました。
 平等院表参道でウキウキしていましたが、もちろん平等院にも行きましたよ!!10円玉にも描かれているくらい有名なのに、一度も来たことがありませんでした… きてみてびっくり、本当にきれいなところですね…!!


2日目は比叡山で山登り
趣のある石段を 一段一段上ってゆくと
色づきはじめたトンネルが 長く長く続いてる
ぽかぽかあったか太陽と さわさわ爽やかそよ風が
わたしの気持ちを高揚させる
平日だからか景色のためか 他に人は誰もいない
川の流れに風のざわめき 鳥の鳴く声枝を踏む音
響くのは私たちの声と昨日見つけた軽やかな鈴の音だけ
こんなに心地よい山登りは久しぶり

さくさくたんたん登っていくと
延暦寺が見えてきた
世界文化遺産にも認定されている日本仏教の母山
多くの名僧を育てた歴史あるこの場所に
いい天気で いい気持ちで 来られてよかった

せっかくだから頂上までいってみようか
人数も少なくなる中 上へ上へ
頂上はどこだ!?
あやうく京都へ行ってしまうとこだった
さてさて戻って一休み
お団子でも食べようか
もうひとくだりでお家へ帰ろう


3日目、最終日は妹の大学の学園祭に行きました!
地元の皆さんもやってきて大盛り上がり!
唐揚げ、焼きそば、ワッフルに、肉まん、ジャガバタ、豚汁と、もうおいしい物を山盛り食べちゃいました!幸せですね😁
こうして楽しい3日間がおわりました。お土産にカールを買っていかないとね!!

足の多い生活

こんにちは。

先日、といっても少し前、構内某所の段差のある所で転んでしまいました。その際に少し足を捻ってしまったようで、医療機関を受診したところ、安静にするほか治療法はないとのことでした。足の指先からふくらはぎまである固定具を装着することになり、歩きにくいからと松葉杖を借りることになりました。それから1週間ほどは3本足あるいは4本足での生活となりました。ちなみに今はもう二足歩行ですのでご安心ください。

小学生とか中学生とかの幼い頃は、クラスの誰かが松葉杖をついていたら、普段はお目にかかれない珍しい物に興味津々で、一度突いてみたい、なんて多くの人が思ったのではないでしょうか。私もその一人です。二足歩行するよりもラクに進めるんじゃないか、そんなことを考えていました。

ところが、松葉杖を突くのはなんと大変なことか。けがをしたほうの足と杖を同時に出して足にかかる体重を分散させるように使えば、歩幅が通常の2分の1になって歩くのに時間がかかる。けがした足を浮かせて跳ぶように使えば、早く進める代わりに手・腕の負担が大きい。家から駅、駅から学校の道のりは1人で松葉杖競歩大会をしているかのよう。せっかく涼しくなってきたのに、汗びっしょりです。幅の狭い歩道では杖の先が他の人に当たらないか、歩く速度が後ろの人の迷惑になっていないか心配でした。足元の地面の様子と進行方向の安全確認、杖を突く位置、角度。注意しなければならないことが多く、集中力が欠かせません。疲れて速度を落とす時も周りの様子をうかがいます。そうして地面ばかり見ていると、普段何気なく歩いている道にも凸凹がたくさんあることに気が付きます。

松葉杖で歩くのは大変。でもそれ以上に階段、特に下りが大変です。駅のエレベーターにはこんなお願いが書いてありますーー高齢の方、体の不自由な方、ベビーカーの方を優先してご利用くださいーー。大抵ここにはピクトグラムも添えてあって、「体の不自由な方」を表すピクトグラムは松葉杖を持った人物であることが多いです。そうなると、松葉杖を使う私は「体の不自由な人」になる訳か。しかし、少しけがをしただけで「体の不自由な人」となるのはどこか申し訳ないような気がします。私が勝手に転んで、勝手に松葉杖を突いているだけなのに。それでもこの時だけはちょっとばかりエレベーターに甘えることにしました。

電車の中では、右に左に前に後ろに動く車体に揺られないように耐えなければなりません。直立の姿勢も案外バランスが難しいです。電車には優先席というものがありますね。優先席のところにも、松葉杖を持った「体の不自由な人」が優先の対象となることが記載されています。自分は松葉杖を使わなきゃいけない状況だから優先席に座っても大丈夫、と思う反面、やはり自分の都合で松葉杖を突いている私が席に座るのはおこがましいのではないか、とモヤモヤしてしいました。そんな私の胸中とは裏腹に、電車の中では非常に多くの方がすっと席を譲ってくださりました。電車に乗るたびほとんど毎回のようにどなたかが席を立って「どうぞ」と言ってくださるんです。席が空いてなくても壁際の場所を空けてくださる方や、吊り革につかまって立っていて近くの席が空いても座らずに空けておいてくださる方もいました。そのような周りの方のちょっとした気遣いに私はとても心救われました。今も感謝の気持ちでいっぱいです。

けがをした人の中には私のように申し訳なさを感じながら生活している人もいるのかもしれない。全ての人がそうである訳ではないだろうけど、申し訳なさを感じたときに、周囲の人のちょっとした言葉はとても救いになり、安心させてくれるということを今回の出来事で知ることができました。それなので、今度電車の中で席を必要としている人を見かけたら、今度は私が席を譲ろう、場所を空けてあげよう、そう思います。

今回、たくさんの方にご心配をおかけしました。

もうけがだけはしたくありません。今後はより一層足元に気を付けます。

なんてことない日々。

皆さん、こんにちは。ずきです。

11月5日は「津波防災の日」「世界津波の日」なのだそうです。嘉永7年(安政元年)の11月5日(新暦:1854年12月24日)に発生した「安政南海地震」において、和歌山県で実際にあった出来事であり、小泉八雲が『稲むらの火』として物語化、のちに小学校の国語の教科書にも載った濱口梧陵という人物の逸話にちなんで制定されたのだとか。

海なし県出身の私ですが、親族が多く住んでいることもあり、和歌山県にもゆかりがあるということで、この記念日を紹介いたしました。

さて、常日頃から防災意識は持つべきものですが、やはり「なんてことない日」、平穏な日々が望ましいと思う今日この頃です。

「なんてことない日々」への願いを込めて、今回は、前回のブログ更新日前後から本日(と翌日)までの私の短い日記を集めましたので、お時間ありましたら最後までご覧ください。

・・・

友人がプレゼントしてくれたイヤリングを片方失くした。大切に使っていた、可愛らしいイヤリングだった。本当に悲しい。久しぶりに落ち込んでいる。

…10/20(金)

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友人からいただいたハンカチを何処かで落としてしまった。10/20のイヤリングをくれた友人とは別の友人がくれたものであるが、これまた大事に使っていたのでショックである。

こんなに続けて落とし物をするのも珍しい。いつも、探せばカバンやポケットから出てくるものだが、今回は何処を探しても見つからなかった。
なぜだろう、何か良からぬことの暗示なのだろうか。

…10/23(月)

・・・

バイトを始めた。学食のレジ打ちバイトである。
学内であるから、他のバイトに比べたら安全だと思った。他の学生がやっている「大学生らしいこと」をやってみたいという好奇心がここにきて抑えられなかった。
実際働いてみて、楽しい仕事だと思った。ただ、メニューを把握する「記憶力」が求められる作業であることも同時に痛感した。記憶力は、良くも悪くもない。頑張らねば…と思っている。

…10/27(金)

・・・

住んでいる場所の近くに、高校がある。
大学からの帰り道、すれ違う高校生たちの様子に違和感を抱く。明らかにいつもと様子が違う。
なぜ高校生たちがあんなに笑顔なんだ…?そしてなぜ、あのような恰好を…。
と思ったところで気がついた。今日はハロウィンだ。

私は、コンビニの対象ハロウィンスイーツ2品に「30円引き」というシールの“仮装”を施しておいた。要するに「2品買うと30円引きキャンペーン」というコンビニからの誘いに乗っかっただけである。少しお得に楽しんだから、良しとしよう。

スイーツは旨かったが、私の言葉選びが上手くなかった。

…10/31(火)

・・・

「人は顔を見れば分かる」という言葉を何処かで聞いたが、それは本当のことだと思う。表情の微妙な変化、目の輝き具合、PCやスマホ画面で見た顔からは伝わらない”何か”が必ずある。

顔を見て、少しの変化にも気がつける人間、何かしらに配慮出来る人間でありたいと思った。
これは憶測に過ぎないが、やはり先日の出来事は何かの暗示だったのかもしれない。

…11/02(木)

・・・

自販機から出てきたお釣り、10円不足している。しかし、どうすることも出来ない、どうすれば良いか分からない。
『自販機、その10円…いつか返してくれ…約束だ。』と、一度その場を後にする。

お金(特に小銭)に対して、何かしら不思議な体験をすることが多い。先月あたりに起こった「5円事件」がその最たる例(10月3日更新分・note版:10月7日分)である。なぜ”そのタイミング”で私なのであろうか。私でなければならない理由でもあるのだろうか…。

『なぜだ、自販機。さっきの10円、今すぐに返せ。』そんな思いが、突然わいてきた。
ヤツに”盗まれた”10円を取り返すため、ヤツと対峙する。色々と文句を並べてみるも、ヤツは無言を貫く。結局、10円を返してくれることはなかった。ずき、無念の敗北。

…11/03(金)

・・・

昨日今日と調子が悪い。1ヶ月に1回の”天敵”のせいである。もうっ!サイテー!!!
しかも、今回の症状はなかなかに重い。私としては珍しく、貧血による強い目眩と微熱まで出してしまった。(もはやこれまで…と覚悟したものの、念のため検査したコロナもインフルも陰性で一安心。)
ここまで症状が酷いと間違いなく病院行きだが、先月の私を思い出してほしい。京都旅行に行ってしまったのである。何を隠そう、貯金がない。

親からの経済的支援があるとはいえ、一人暮らしはお金がかかる。お金がかかることを自覚出来るようになってしまう。おっかねぇ話だ。(………これが言いたかっただけである。サイテー!!!)

というわけで病院は来月以降に見送ることにした。幸い、痛み止めを飲んだら何とかなったが、いよいよ薬も効かなくなりそうだ。何となくだが、そんな気がする。
本日分担当でありながら、更新をせずに眠りにつくことにした。

…11/05(日)

・・・

ブログ更新が1日遅れる。
己の体調管理不足、諸々溜め込んでしまったために体に限界がきてしまったようだ。バイトも入れていたが、まだ本調子ではなく、大事を取って休んだ。ただ、今日は4限の授業があり、行きたいという思いがあった。どうにかそれまでには体調を戻した。授業にも参加した。
追い込み癖のある私、とりあえず大学に行ったことだけでも自分を褒めたいと思う。

…11/06(月)

・・・

ということで、遅刻更新です。大変失礼いたしました。いよいよ冬到来の兆し…と思いきや、昼間は夏日と全く気候が読めないこの時期。
読者の皆様、くれぐれも体調には気をつけてお過ごしください。

それでは、また。

年比思ひつること、果し侍りぬ!

「仁和寺にある法師、年寄るまで、石清水を拝ざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり…。」とは、中高の国語の授業や、本学日本文学科では1年生の必修『日本文学の基礎1』で取り扱う、『徒然草』第52段の冒頭。『徒然草』の中でも1,2を競う有名な段(エピソード)であると思いますが、実際法師はどれくらい頑張って歩いたと思いますか?

日本文学科の生徒さんはみなさんご存知のはずですが、Googleさんで調べると最速で4時間7分という数字が出てきます。この数字を見て皆さまどう思いましたでしょうか?私は想像していたより短いなと思いつつ、しかし実際に歩いてみないと法師の苦労はわからないなと思いました。

ならば実際に歩いてみよう、ということで

仁和寺

仁和寺に参りました。法師とフェアにするためにも、自らの脚のためにも、そこまではバスを使って行きます。バスの車窓から外を見ると虹が出ていまして、ちょっとした旅にはぴったりの気候です。

少し色づいた朝の仁和寺を楽しんでから、8:00に金堂前を、8:05に門を出発しました。

ここから先のルートは、Googleに従うのも良かったのですが、せっかくならばということで、仁和寺から下って下立売通まで、そこから朱雀門跡のところまで進んで、千本通(途中京都駅に阻まれるため御前通を経由)で羅城門を抜け、その後は鳥羽街道をずっと歩いて石清水まで、というものにしました。

門を出て、御室駅を左に曲がり、小学校のところで右に曲がってしばらく進むと、このようなものが見えてまいります。

兼好法師旧跡

ここは『徒然草』の作者、兼好法師が住み、『徒然草』を執筆したと言われる場所です。

妙心寺道に入って、下立売通をずっとまっすぐ進みます。

対岸ですが、これが朱雀門跡。

朱雀門跡

ここからずっと七条まで千本通を進んでいきます。京都駅がありますので、梅ケ原のところで遠回りをしつつ、西寺跡公園を突っ切って、羅城門跡公園へ向かいます。

羅城門遺址

古こそ、ここは狐狸が棲み盗人が棲み引き取り手のない死体を放置された上に老婆がその死体の髪を蔓にしようとする羅城門ですが、今は閑静な住宅街です。羅城門跡公園の隣には矢取地蔵がいらっしゃいます。矢取地蔵、とは守敏僧都が空海に向かって放った矢を、空海を庇って受けて右肩には矢を受けた跡がある…というお地蔵様です。

矢取地蔵の前にある九条旧千本の横断歩道を渡れば、あとは簡単。千本通をずっと真っ直ぐに行けば良い話です。この羅城門より淀城までは竹内康之氏の『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』にある鳥羽街道の地図に従って歩きます。

千本通をずうっと歩いていますと、白檀の上品で美しい香りがしてきます。ここは恋塚浄禅寺。看板を見ると、「平安末期の北面の武士・遠藤盛遠は、渡辺左衛門尉渡の妻・袈裟御前に恋し、渡と縁を切ることを迫ったとおころ、袈裟御前は夫を殺してくれと盛遠にもちかけ、操を守るため自分が夫の身代わりとなって盛遠に殺されてしまうという悲恋の物語が伝わる。自分の罪を恥じた盛遠は出家して文覚上人となり、袈裟御前の菩提を弔うために当寺を建立したとされている。」とあります。お香の香りがするのは、朝の法要が終わってすぐだったのでしょうか。

恋塚浄禅寺

鴨川橋の下を歩き、小枝橋を渡ります。途中城南宮の鳥居や鳥羽離宮公園を左に見ながら、そのまま進んで行きます。増田徳兵衛商店さんのところでまがり、しばらく歩きますと、鴨川と桂川の合流する場所が見えます。そしてまた歩き進めますと、途中、なんだか賑わいがあって、何かと見れば、『横大路小学校創立150周年記念フェスティバル』。この小学校の名前にもあります、横大路とはかつて草津湊と呼ばれた場所で、江戸時代に魚市場があったそうで、ここから洛に鱧などが運ばれたとのことです。フェスティバルは誰でも入れそうだったので入れていただいて、鱧こそチケットがないと食べれないようだったのと、持ち帰るにも難があったので、美味しいきな粉餅をお1ついただきました。しかし150周年とはすごいことです。

その先もずっとずっと真っ直ぐ歩いていきます。納所交差点で反対側へ渡り、少し歩いたところに見えたのがこちら。

淀城址

淀城址を出た後は府道13号をまっすぐ歩きます。途中本当に歩いて良い場所なのかビクビクしながら、それでも道なりに進みますと、御幸橋という橋が目の前に、宇治川が下に現れます。「梶まくら伏見の夢か見し月の跡なくくもる」という歌があるとおり、昔、それこそ法師の時代は船で八幡の方へ向かっていたのでしょうけれども、今は渡し舟文化は無い上、渡し舟を用意するほどの地位も権力もないので、御幸橋を渡ります。

橋を渡り終えますと、『茶文化薫る はちまんさんの門前町 八幡市へようこそ』という大きな看板と永代常夜燈がお出迎えしてくださいました。階段を降り、線路を渡り、まっすぐ歩くと見えてきました、石清水八幡宮の一の鳥居です。ただ今のお時間、12:44。金堂を出発したのが8時ぴったり、寄り道の時間を除くとおおよそ4時間といったあたりでしょうか。いよいよ、この一の鳥居をくぐってすぐにあるものこそが、極楽寺跡と高良神社です。

極楽寺は石清水八幡宮の初代別当である安宗が建てたもので、鳥羽伏見の戦いにて焼失したそうです。そのため仁和寺の法師が見た絢爛豪華な極楽寺を私どもは見ることが叶いませんが、その敷地の大きさから、法師が勘違いするほど立派な建物であったことが伺えます。

極楽寺跡

極楽寺跡を出てすぐ右手にあるのが高良神社です。今でこそひっそりとしたお社ですが、説明書き曰く、昔は「頓宮・極楽寺と共に荘厳を極めていた」そうです。ただ、戊辰戦争の折にそれは焼失してしまったようです。

***

それではここからは私の旅。

一の鳥居を出てすぐに、『走井餅老舗』というお店があります。ここで名物の『走井餅』と温かいお茶をいただきます。

走井餅

甘いお餅と温かいお茶で気持ちを入れ替え、再び一の鳥居をくぐります。

極楽寺跡や高良神社の前を通りながら、参道を登っていきます。「今こそあれわれも昔は男山さかゆく時もありこしものを」の男山ですが、きちんと整備されているので全くキツくありません。犬も楽々登っています。

道中には多くの看板が見えます。孝明天皇が攘夷祈願を行った豊蔵坊跡、八角堂跡など、昔はあった建物のことが事細かに書かれており、ほとんど何も残っていませんが、勉強になります。

長い階段を登りきると、子どもたちのかわいらしい声が聞こえてきました。今は絶賛七五三シーズン。この日は日曜日ということもあって、非常に多くの綺麗なお着物を着たお子さんがいました。いやしかし、天上の世界かと見間違えるほど立派な御社殿。

御社殿は織田信長が修復し、豊臣秀吉が廻廊を再現し、秀頼が再建し、徳川家光が造営したとのこと。御社殿右を廻ると、小賀玉木が植えてあります。これは1円玉の表に描かれた木。招霊の木として古より多くの神社に植えられており、石清水八幡宮もそれらの一つです。逆に、御社殿を左に廻ると、楠木正成が戦勝を願って植えたといわれる橘が見えます。

石清水八幡宮

裏参道から下りて、せっかくなので八幡市を散歩して帰ります。男山を下りてすぐに、荒廃した神社が見えます。こちらは相槌神社。一時期ネットファンディングで話題になった神社さんです。ちょうど今月の11日から、北野天満宮と大徳寺で『KYOTO NIPPON FESTIVAL』がやっているようですが、それのメイン?である髭切・膝丸の誕生の地だそうです。建物は物ですから、人の手をその時その時に入れないといけません。ただ、最近はそれが追いつかない場所というものがたくさん出てきています。それらの存在を私どもは決して忘れてはならず、また見逃してはいけないと、そう思います。

相槌神社

本妙寺、馬場市民運動場のある通りを進み、運動場を過ぎた場所にあるのが善法律寺。このお寺のご本尊、八幡大菩薩像こそ、先程の極楽寺にあったとされる仏像です。このお寺さんは紅葉が非常に美しいとのことで、今月18,19日はその紅葉のライトアップに加えて八幡大菩薩像を含めた本堂の公開をするそうです。

善法律寺

八幡に来たなればここに行かなくては気がすみません。善法律寺を出てさらにさらに石清水と反対側へ進んだ場所に、松栄堂庭園が見えます。美術館と庭園の共通券を買い、中へ入ります。松花堂庭園はいつもは外園のみの公開だそうですが、この日は松花堂弁当でお馴染み松花堂昭乗の草庵『松花堂』も公開されておりました。旅のご褒美でしょうか。松花堂庭園は今は何も咲いてませんが、椿が綺麗そうで、冬にまた行きたいものです。美術館では『八幡は、どうする?』という展覧会が行われていました。江戸時代初期の豊国神社などを描いた『東山遊楽図屏風』や、八幡名物の『一休色紙』を見ることができました。

松花堂庭園

バスにのり、樟葉駅まで行きます。さすがに疲れましたので、さっさと帰ろうと思いきや、私の目の前に現れたのは『くずはモール』。吸い込まれるように入り、服屋を物色し、冬用の靴下を何本かと、お肉とお酒とセールになっていたお花を買って京急の急行に乗って帰りました。日はすでに落ちて、月は一切の隈なく東の空に上っておりました。賀茂大橋から川べりを見やれば、この時間でも人影が何人もあり、飛び石を渡る青年の声も聞こえました。しかし今は秋の日の夜、上着がなくては寒いものです。急いで部屋へと向かい、早速花を前日アンティークフェアでお迎えした有田焼の花瓶に生け、それを愛でながら、買ったお肉と買ってあった野菜を入れて作った豚汁と、白米とお漬物を食べ、お酒を開けます。外を歩くのも良いですが、私はこんな時間も大好きです。

***

法師のルートを辿るのに参考にした文献

・竹内康之 『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』 淡交社 2018年

・久保田淳 『物語の舞台を歩く 徒然草』山川出版社 2009年

おやすみなさい

こんにちは、ゆきほです🍵

後期に入ってから使い始めたリュックに水筒を入れられる場所がなくて不便だなと思っていましたが、中をよく見てみたら実は水筒コーナーがあったということに気がつきました。
約2ヶ月間「このリュックかわいいんだけど水筒の居場所がないんだよね」とか言っててごめんね。君は悪くなかったです。

私の水筒の中身はいつも絶対にお茶で、母が職場に持っていく水筒のお茶を入れるついでに、私も日替わりでいろいろなフレーバーのお茶を入れてもらっています(ありがとう)

そのお茶を飲むのが高校生のころからの楽しみで、「あっ今日いちごの味する!」とか「これ何の味だろ…?」とか思いながら毎日水筒を開けているので、私がたくさん水筒開けているなっていう日は大体お茶がおいしくて嬉しかった日です。帰りまで何の味なのかよく分からなくて、帰ってから「今日のお茶何味?」って聞くことも時々あります。最近は涼しいのであったかいお茶になりました。
何味か楽しみにするところからが楽しみなので、母には「私には何のお茶か見えないようにしといて!」と面倒なお願いをしています。

夏に飲む冷たいお茶も好きだけど、やっぱり寒い冬に飲むあったかいお茶はおいしいから早くもっと寒くならないかな。でもやっぱり寒さは苦手だから、ほどほどに寒くなってほしいです。

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

最近いろいろとやらなきゃいけないことがあって、授業は2限からなのに1限の時間から登校することが多いです。

授業後とか空きコマとかにやればいいんじゃない?と自分でも思ってはいますが、やっぱり授業終わったらおうちに帰りたくなっちゃうじゃないですか。帰ったら帰ったで誘惑だらけでダラダラしちゃうし、空きコマは友達とおやつ食べて喋りたいし。
いろいろなことを天秤にかけた結果、朝来て頑張るのが1番いいなと気づいた次第です。

微早起き生活をしていて気づいたのは、私って夜更かしはできないけど早起きなら何とかできるんだ!ということで。

私、昔から夜更かしが本当にできないんです。
日付変わるくらいには眠くなっちゃうし、眠くなったら寝たくなっちゃうし、1度寝たら寒かろうと暑かろうと朝まで起きなくて。
自室が机のほぼ真後ろにベッドがあるという、睡魔と戦う意思ほぼ無し!!みたいな部屋なので、下手すると22時にベッドに入ってダラダラして、そのまま23時には寝てしまいます。そりゃこれだと進むものも進みませんよね。

でも朝はそうならないんです。
目覚ましが鳴って起きて、洗面所行って朝ごはん食べて着替えたら、さすがの私でももう学校行くしかないなという気持ちになって家を出られます。ちなみに私は目覚まし1つでは絶対に起きられないので、枕元に1つ(音を聞く用)と机の上に1つ(ベッドから出て止めに行く用)の2つ使っていて、それでも無意識のうちにベッドから出て止めて二度寝しています(ダメやん)

まあできれば早寝遅起きをしたいとは思っているので、朝日の気持ちよさを感じられる境地にはまだ達していませんが、外に出たら真っ暗で「あっもう1日終わっちゃった……」と思うよりは前向きに過ごすことができているんじゃないかな?と思っています。

あと朝の嫌なところはやっぱり満員電車ですね。
同じ路線を使っているうちの父は「満員電車は魂と魂のぶつかり合いを感じられるから好きだ」みたいなことを言っていましたが、これも全く理解できない境地です。

2限から行く時はわざわざ各駅で1.5倍の時間をかけてまで”空いた電車”にこだわって登校していますが、朝は何に乗ろうと問答無用で混んでいます。もうそんなに暑くもないからマシと言えばマシですが、決して積極的に乗りたいわけではありません。でも人に揉まれているとさすがに目は覚めます。

そうそう、人に揉まれているともうひとつ重要な問題が発生するんです。
空腹ですよ、空腹。

先ほどちょっとだけ「朝ご飯」というワードが出ましたが、私は朝起きてすぐご飯を食べられないので、いつも「朝ご飯食べました!」と言えるギリギリのライン(具体的には食パン半分)をとりあえず食べてから家を出て電車に乗っています。
……まあ乗るところまではそれでいいんですけど、乗り換えの駅の時点でもうおなか空いてるんですよね。覚醒してくるとおなか空くんです。ここ数日はハロウィンでもらった”トリート”に救われていましたが、これからどうしようかな?と考えています。何かしら食べ物を持ち歩こうと思います。

こんな感じで、今回は夜活にも朝活にも不向きな私が朝と格闘している様子をお話ししましたが、時刻がそろそろ23時になろうとしています。3連休だけど今朝はバイトで6時に起きていて、電車でも何だかんだ寝られなかったので正直もう瞼がくっつきかけています。1限から行くときも6時に起きてはいますが、”平日の早起き”と”休日の早起き”って気持ち的に話が違ってきますよね。小学生のときの毎朝あんなに早く起きて家を出ていて、土日もそこそこ早く起きていた私はどこへ行ったんだろう。明日も用事はあるけど、できれば9時くらいまでねt

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遅刻

(聞こえますか、わたくしは、あなたの心に直接語り掛けているあやめです。あなたの優しい心にダイレクトでお届けしております。ご機嫌いかがでしょうか。本日のわたくしは非常に気落ちしております。なぜならば、はじめてブログの更新に遅れてしまったからでございます。この場を借りてお詫びいたします。ごめんなさい。あらためて、わたくしは、あなたの、こころに、直接、はなしかけております。遅れたこと、とくに何か理由があるわけではございません。今週は金曜日がお休みでありますから、むしろ普段よりウキウキでございます。課題に追われているとか、忙しくしていたわけでもございません。にも関わらず遅刻いたしました。聞こえますでしょうか。)

(トランシーバーが起動する音)オウトウセヨ。こちらはあなたの脳みそに直接語り掛けているあやめです。マイクチェックワンツー、ちょっと違う?今回の私の魂胆は、遅刻したという事実だけで一本書き上げようというものであります。あなたにはこの私の魂胆に付き合っていただく必要があります。オウトウセヨ。世間はハロウィンから一転、クリスマスへと様相を変える中、私は何一つ変わらぬ信念をもってここに一人立っていたらかっこいいな!あなたの脳みそに直接語り掛けているわけだから、あなたもなにか返事をなさい。オウトウセヨ。

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こんにちは、遅刻した張本人のあやめです。なお、上記二名のあやめとは別人なので悪しからず。

今回は、時間がたっぷりあるのにシフトを忘れてしまい申し訳ありません。何も考えずに生活してしまいました。昨日の23:55に、「そういえば、11月上旬のシフトって結局いつだっけなァ~♪」と歯を磨きながら確認したところ、その11月1日(きょう)でありました。大変重く受け止め、再発防止に努めております。ごめんなさい。(ずるいことに、投稿した日付をいじれるので、「機械上」11月1日に投稿したあやめ、ということにしてあります。ず、ずるい…!)

と、遅刻一回に対してくどいほど悔いたので、少し話をかえます。

授業で中国古典文学について学んでいます。特に詩について学びました。そろそろ思想についてのパートに入るところなので、知識としては詩しかありません。中国の歴史については、文化史に限らず全く何もないので(三国志すらわかりません。弟は強いのですが、私にはどうも(頭を掻く)。高校の時も日本史をとっていました、世界史はからっきしです)、発見が多くて面白いのですが、そのなかでお気に入りの作者ができました。陶淵明(トウエンメイ)といいます。その人のことは、まあ面白い人なのでぜひ紹介したいところですが、私の説明がへたっぴなのでやめます。すっごく興味をお持ちの方は、こっそり耳打ちしてください。ちょっとだけお話しします。

その、陶淵明が書いた「形影神」という作品が特に好きです。有名なのであなたもご存じかもしれません。自分を形(身体)と影と精神の三つにわけて、全員で会話する、というものです。今回はそれを大いに参考にして書きました。

今日はこのあたりでおわります。

蛇足。いつも締めの言葉がわからず、恰好がつかず、どうしようか迷って、なあなあにしめています。お慈悲を。

それぞれのハロウィン

ハッピーハロウィン!

……原型がお盆であることを思うとなんだか奇妙な気がします。そうは言ったものよ私周辺では、10月31日は実質お菓子の日。「トリックオアトリート」の「トリック」はさておいて、「トリート〜♪」と言いながらお菓子を渡し合う新たなイベントが誕生しました。「トリート調達しないと!」「一方通行トリートだけどごめんね」という言葉が、まるで何年も使い馴染まれた言葉のように飛び交うのが、我々の日常であります。

まいです、ごきげんよう❀皆さんはハロウィンと聞いて何を思い出すでしょうか。

小学生の私は、「子ども会」という地域の会が開くハロウィンイベントを毎年楽しみにしていました。百均で買ったマントとハットで魔女になった次の年、手作りのカチューシャと矢印型のしっぽで小悪魔になり、小学5年生になると、いよいよ器用な母親を召喚し赤ずきんの衣装を作らせ、次の年はアリスを作っていただきました…笑 途中からおとぎ話になっていることの指摘はよしてください。ビジュアルを大事に思うお年頃だったのでしょう。(写真に残っている私は、“パン食い競走”のように吊るされたお菓子に、信じられないほど全力で食らいつくという、ありえないアリスの姿で写っています。友だちはちゃっかり隣で控えめのピースをしているというのに…。)

ちなみに二十歳を過ぎた今年は、相方とカボチャのお菓子でも作ろうとしていたのですが、11月に延期になるという始末…。

ここ10数年間の私のハロウィンで一貫していることといえば、「もはや10月31日にこだわっていないこと」と「お菓子イベントだと思い込んでいること」の2点だと思います。 

そういえば今年は例のメープルクッキーを食べてないなあ。カナダとKALDIに売っているので、どちらか近い方で買ってこようと思います。

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さて、今年の10月31日は火曜日でしたね!

私は三限までの授業を終えた後、六本木ヒルズの「ブラック・ジャック展」を訪れました。贅沢なほど数々の漫画の原稿、手塚治虫の医学生時代のノートなど、見応えのあるものばかりでした。森ビルの52階で開催されていて、ご存知の方はおわかりになると思いますが、あそこはあまり広くないんです。ですがその中にしきつめられた沢山の資料を見ているとみっちり二時間は、経過してしまいます。

手塚治虫ならではの、愛らしいイラストと、医師免許を持った彼だからこそ描ける専門的なストーリー、命に対する問や葛藤はいつの時代の人の心にも刺さる重たくそして鋭いものがあります。

どうしてもハロウィンと結びつけると、ブラック・ジャックはちょっと仮装みたいです。

今年のハロウィン(当日)はいつもとは一味違うものになりました。

言ってしまえば、今日だって明日だって自分しだいで記念日になる。

オリジナルイベントいっぱいの幸せな大学生活を送りたいです。

TIME

ご無沙汰しております、みちるです。

 

街の中央通りに人々が集まる様子を見るとき、人の消えた周縁を想像する。
人の流れと状態とを視覚的に感じながら、在東京少女であることを悔しく思う。

じきに我々は、死者の日を迎えることでしょう。
生とは光を感じることであって、決して見ることではない。私は人を感じることで、死者の日に舞い戻る予定のジョーイ・ラモーンに成り替わることを計画する。

「そこ、ほくろの位置をまちがえないように」

その通り。たったひとつ、唯一あなたにだけは看破されてしまうような身体的特徴に細心の注意を払わなければいけない。
しかし、局部のほくろを自分で見るのはあまりに勿体ないと思いませんか。

 

(間奏)

 

年末を意識するのにも早すぎないような時期だ。

私は年内にリリースされるという『クロックタワー』の復刻版をずっと待ち続けているのだが、夏以来めっきり続報が絶えている。
数年前に友人宅でPS3版をプレイし、想像を絶するほどの長い時間をかけてようやく真っ当なエンディングに到達した。「真っ当な」という表現をとるのは、本作では序盤に用意された複数の死亡ルートもエンディングの一つとして数えられるためだ。マップやアイテム、トラップが初期化ごとに変化する『クロックタワー』の絶望を味わいながら、辛くもジェニファーの生還を見届けたとき、私は(もう続編をプレイできないかもしれない)と思うほどに一つの完結した物語を愛していた。
結局、正式な続編ではないながらエッセンスを継承した『DEMENTO』も友人のプレイで確認したが、やはり『クロックタワー』ほどの満足感は得られなかった(のちに私が極端な犬派へと転向したことで犬ゲーの側面を併せ持つ『DEMENTO』の評価は一変する)。

『クロックタワー』は、出産の悲劇を描き出した作品として読むことができる。この点については『DEMENTO』も共通しているのだが、後者はより観念的に産むことについての問題を含むうえ、操作キャラクター・フィオナにはある程度敵を退けるすべが用意されている。
『クロックタワー』において操作キャラクター・ジェニファーはひたすら逃げ回り、アイテムを回収し、イベントをこなす。ジェニファーは基本的に逃走しながらマップを開拓していくことになるので、通常アクションに「攻撃」の選択肢はない(非常時のパニック対応を別として)。
10代の孤児であり少女であるジェニファーらがなす術のない脅威に相対してエンディングにかけて意図せず成長してしまうさまは、怪母メアリーが孤独と共に膨張させてきた問題と、あるいは問題の発端となった出産という出来事と重ねられる。

後作でのネタバラシというか伏線回収で怪児の生まれる理由や怪児出産そのものについて言及があるようだが、無印単体を考える場合はあまり気にしないほうが得策ではないかと思われる。
例えば小説版では、シザーマンとなる怪児は或る一族の女性の腹に出現する次元の扉を通して生まれるとされており、つまりメアリーと初期シザーマンおよび地下洞窟の嬰児との間に血縁関係はないことになる。私はこの設定について膣を経由した巨大嬰児の出産の不可能性に鑑みて追加されたものではないかと考えているが、実際のところ小説版における出産についての詳細な設定は不明であるから、予想の範囲を出ない。ただ個人的には、少なくともメアリーは血縁関係を当然のものとして把握していてほしいという希望があるので、小説版はあくまで別作として確認している。

即ち少女の成長、女の出産、喪の作業、という三種類の問題が(前者二つについては「女性の」)肉体の不随意性というひとつの軸をもって展開されるのが『クロックタワー』であった。多少古い作品なだけあって人物の造形があまりはっきりしなかったので、そういった面でも復刻版には期待しているのだが、果たして年内に発売されるのだろうか。生前のウォルター・シンプソンの形影は登場するのだろうか。望むらくは、私の愛する『クロックタワー』が卒論完遂ののちすぐに新たなパッケージを我々の前に披露してくれるように。道端のカラスに祈るばかりだ。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる