スベスべマンジュウガニっていたよね?
どうも。オイラです。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
さてさて。
題名の言葉。オイラが言ったんじゃないんですよ。
先日(7月30日)に、現役教師のOGの先輩方に集って頂き、
講演会及び交流会が行われました。
講演してくださったのは、勤続20数年の某県立高校の先生。
御自分の経験から「県立高校に勤めるということ」について
具体的かつ広い範囲でお話をして頂きました。
そのお話の一つに、「国語は愛」だと。
「なぜ国語を勉強するの」
「どうして古文で読まなければならないんだ」
「現代文に答えなんてあるの」
国語を勉強しているときっとこんな風に思うこともあると思います。
先生に、その質問をぶつけてみたことはありますか。
講演してくださった先生は、他者を理解する・理解しようとする能力、
共感する、ということの重要性を国語の意義としてお話なさっていました。
なるほど。
だから「愛」なんですね。
もちろんこのひとつに限られるわけではありませんが、
確かに大きな答えだと思います。
他人の、しかも「教科書に載っている」というだけで何一つ知らない人物が
書いた文章を読む。
他人の心を完全に理解出来るなんて思っちゃいません。
でも、ある意志をもって、何か伝えたいことがあって文章を書いているのです。
そしたら、込められた筆者の思いを少しでも理解しようとしてあげるってのは
大事なことだと思いませんか。
誰だって自分の気持ちが伝わらないと、きっともやもやしますよね。
気持ちを受取ろうとする。
それって「愛」ですよねー。
うーん。先生ってすごいです。
講演会の後は、交流会が行われ他にも(それこそ全国から!!)
いらしてくださった先輩方に様々なお話を聞くことができました。
収穫収穫。ホクホクです。
このブログ部の先輩にもお会いできました。知っていてくださって感激!!
ありがとうございます!
こういう交流会ってなかなかないですよ。
素晴らしく貴重な体験。
日文はみなさんの夢を応援します…!
なんつって(笑)
みなさんも今度、愛をもって読んでみてくださいね。
いやだなあと思ってた話も好きになっちゃうかもよ。
*れい*