空きコマのすゝめ

空きコマ。授業と授業の間に生まれる、どうしようもなく暇な時間。
履修登録の際に一度空きコマを作ってしまえば、向こう数ヶ月はその暇に悩まされることになる。

友達と過ごすもよし、課題を進めるもよし。
しかし問題は特に課題もなく、空きコマが被る友人もいないときである。

せっかく新入生も入学した今の時期に、1人の空きコマでどのようなことをしていたのか、振り返っていきたい。
先に断っておくと、そこそこ怠惰な学生による時間潰し術である。
いわゆる意識高い系の時間の使い方はしていないので、そこのところだけお願いしますね

①課題
結局のところ一番の有効活用は課題に時間を割くことだ。
1コマくらいの空き時間なら一週間分の課題やオンデマンド授業など容易にこなすことができる。
大学内でおすすめの場所をこっそり教えるとするなら、図書館だろうか。
静かな場所で集中できるタイプならここがおすすめだ。
日本女子大学の図書館は本当にきれいで、本当に静かだ。
私は静かな場所が苦手なので、イヤホンで音楽やラジオを流しながらこもったりしている。
あと、1人の人が多い!これはありがたい。孤独が目立たない。
どこで1人だったとしても、誰も自分に注目しないことなんてわかっているがどうにも人の目を気にしてしまう。
その点、図書館では1人でいてもなんとなく許される空気があるのだ。
あとパソコン室もおすすめだ。あそこも静かで心地よい。
だが、そのコマの後に授業が入っていたりすると気付かずに自習しながら授業時間に突入してしまい、私のように恥をかくことになるので複数コマ空きコマがある際にはおすすめできない。
私はその経験がトラウマでそれ以降パソコン室に足を運べていない。
逆に、騒がしいところや人がいるところが落ち着くなら生協売店横とランチェの席がおすすめだ。
ただ、冬は寒い。あと食欲に負けてすぐに売店で何か買ってしまう。気をつけて欲しい。
しかし、今回のテーマは友達もいなければ課題も終わらせたシチュエーションを想定して書いているので、そろそろ次の暇つぶし術を紹介したい。

②何か書いてみる
浅い!浅い提案だ!でも何かを書いていると暇もつぶせて気も紛れる。
作品でも、それこそブログでも。時間が潰せるのでおすすめだ。
あと履修の手引きをぼんやり眺めながら取得単位の整理をするのも意外と楽しい。
以上。

③散歩
正直今回一番書きたかったものがこれだ。
在学生はご存知の通り、我々の学校の近くは何もない。
学生街なんて全くなく、穏やかな一本道があるだけである。
しかし、歩いてみるとこれまた面白い。
何もないと思っていたが、意外と色々あるものである。
私はこの1年間で、いい感じのまつ毛パーマサロンと美味しいおにぎりやさんと、、と色々なところに足を運んだ。
一番印象に残っているのは雑司ヶ谷霊園だ。著名人の墓をのんびり巡った。
その時のことは当時ひっそり書いていたnoteの記事に日記として残している。
いつかここでも当時を振り返りながらその時の散歩について書きたい。
大層な目的なんてなくても良いのだ。どうせ、空きコマの暇つぶしなんだから。
なんなら目白駅のスタバを目指して歩くのだって立派な散歩だ。
時間が許すなら池袋まで足を伸ばして遊ぶのだって良い。
だいぶリフレッシュできるし、大学に篭りきりでいるよりは刺激になる。
あと本女からは早稲田も近いので、早稲田の学生街の恩恵に預かるのも楽しい。
安くて美味しいご飯やさん(早稲飯というらしい)がたくさんある。
外の空気を吸って、たまにはイヤホンを外して、スマホのマップも見ずに適当に歩くのがいい。
分かれ道にきたら棒を倒してみて、倒れた方向に進むのもいいと思う。
駅と大学の往復を繰り返していると、文京区には目白駅と日本女子大学しかないような錯覚に陥る。
そして友達と愚痴り合うのだ。「本女の近くって何もないよねえ」と。
確かに、わかりやすい遊び場はあまりない。
しかし、1人でのんびり散歩するのにこれ以上にもってこいな場所はあまりない。
「本女の近くって何もないよねえ」と言われた時に、「近くに美味しいおにぎりやさんあるからさ、一緒に行こうよ」と返せるようになるだけできっとこの4年間は変わるだろう。
この4年間での生活範囲がグッと広がるだろう。
あと忘れていたが、本女の近くには永青文庫という美術館がある。
ここも雰囲気のいい公園の中にある上に、展示の内容も面白いのでぜひ足を運んでみてほしい。

空きコマは、学生に与えられた何に使っても良い自由時間だ。
寝るもよし、YouTubeを見るもよし。家が近いなら帰ったっていい。
ただ、ひたすらに持て余す。空きコマを共に過ごす友達がいないなら尚更だ。
そのような時間に陥った時にはぜひ、このブログを参考にしてみてほしい。
ちなみに私は、今年の時間割で空きコマを作りたくなくて授業が詰めつめである。

春学期の目標、もんじゃを食べる

花粉はスギからヒノキへと移り変わり、桜が舞い散る季節となりました。一年生の方々、ご入学おめでとうございます。楽しく有意義な大学生活を送ってくださいね。

私も京都から関東に帰って参りました。ギリギリまでいたのでつい先日の話なのですが。荷解きが本当に終わりません。部屋には段ボールが積み重なり、混沌としています。元々整理整頓が好きでないため、段ボールを片付けないまま段ボールありきの生活になって、最後の一箱を片付けるのは来年とかになりそうな気がします。入学を機に上京してきた皆さん、共に荷解きを頑張りましょう。

帰ってきてから早速、友だちと横浜で遊んだり相模湾沿いを爆走したり漫画の聖地巡礼をしたりしています。しかしそんな私の頭の中で、常に存在するあるコンプレックスがあります。

関東出身関東育ち、未だもんじゃ焼きを食べていないということです。お好み焼きは色々食べてるのに。

一年間他所に行って、代々住んでいて何を聞いてもよく知っている、京都のスペシャリストみたいな方々とお話しさせていただいたりして、地元周辺のことぐらい満遍なく知っておかないと!と思うようになりました。

それにしても、二十年以上住んでいるくせに全然まだまだ知らないことばかりです。今思いつくだけでも、もんじゃは食べたことがないし、けんちん汁も本場のは食べたことがないです。川崎競馬場も見たことがないし、山も登っていないし、井の頭公園も素通りした気がします。千葉は三ヶ所ぐらいしか行ったことがありません。

海外に出る前に日本のことはしっかり学んでおかないといけないし、日本全体をいきなり攻めるのではなく、先ずは地元である南関東周辺の歴史文化経済あたりからじっくり攻略していきたいです。

とりあえず春学期中にもんじゃ焼きを食べます!今年度もよろしくお願いいたします。

本日の読みたい本

『俳句歳時記 春』第五版 角川書店 

年々都市化・温暖化が深刻化し、特に東京あたりは、昔からあった四季の折々の景色というものを目にしづらい環境となってきている。

四季があることは日本の誇りである。古くより、私たちの祖先はその移ろいを空気であったり動植物を通じて楽しみ、それを文章や詩歌に残してきた。

しかし、先述の理由から、言葉ごと失われるのはとても惜しい。

まず言葉を知っておくこと。今は何を例に言われてもわからないかもしれないが、実際にそれを目にする機会が訪れたその時。感動もひとしおであろう。

日野市観光敢行

ブログをご覧の皆様、こんにちは。先月はブログの更新担当が双六で言うところの「一回休み」に止まっておりました、まどかです🐧

3回目の更新になりますでしょうか、なんだか少しお久しぶりな気もいたします。


それはさておき。ふと街路樹や学校、公園に目をやれば、桜がほころび始めているような季節になりましたが…皆様いかがお過ごしでしょうか。
日ごと春めく景色を歩いて、何とはなしにひらり舞う花弁へ手を伸ばすこともあるのではないでしょうか。

なんて雅な事象だけを掬い上げてはみたものの、、

東風吹かば 共にフッ飛ぶ 花粉ども

実際のところはこんなモンです。最悪です。もうね、クシャミも咳も涙も止まらない。全米が泣きますよ…少なくとも全私は咽び泣いております。とはいえ、、おめでたい出来事もあるものでして。

新入生の皆様方、ご入学おめでとうございます!!

そうです、なんと、このふざけた私めにも後輩ができちゃうのです!!!!

とっってもめでたいですね!ね??

そのようなワケでして、新入生の皆様に本日は是非とも!日本文学科に入るとどのようなイカレ…じゃないイカしたフレンドができるのかといったことをお伝えしてゆきたいと思います。

加えて、もう少々実用的なお話も…例えばオススメ授業紹介なんかもさせていただこうかと思います。とはいえ、ここまでの余談で一首詠み始めるくらいには冗長な駄文王でございます故、実用的なところのみをご希望の御仁は最後の方までさらりとスクロールを。

冗長・・・うぅむ悠長なだけなんですけれどもねぇ。


**********************



オヤマァ、ここまで書いてきたというのにブログの表題である日野市の日の字もでてきやせん。

たしかにこれでは冗長と言われても返す言葉もございま…いやいや言葉なら其処らに転がす程あるのですよ。

と、こんな具合。しかしながら、口の減らない捻くれ者にも友人ができてしまうのだから日本文学科ってぇのは凄い。

その友人(そりゃあもう大変な別嬪さん)がお好きなのが「新選組」。私めが惚れ込んでいるのは「近代文学」でございまして、好きなのも何なら「新政府」。全くもって対極。

「そんなんで友好にやっていけんのかい」と思われるかもしれませんが、寧ろ、だからこそ面白いのです。

日本文学科の学生には「自分はこれが好きだ!」という芯を持った学生の多いこと多いこと。

「いや自分はまだ専攻とかも決まってないし、そんなに詳しいものもないし…」などと仰るが、その人の好きな物をつついてみてごらんなさい。瞬く間にその人の世界に引き入れられるはずですよ。

どう考えても、テストの前日に私も勉強してな~い!と言ってきたクチだ。(賞賛)

例えになるかわからんが、私の友人には【川端康成の顔が可愛いと限界化する】友人や、【宮沢賢治のガチ恋勢】たる友人がいる。そんなこんなで、日本文学科の学生には何かしらの軸を持つ人が多いように思うのですよ。

だからこそ、日本文学科が好きですし、大いに充実した日々を送れているような気がしております。新入生の皆様も騙されたと思って、お互いの興味関心を開示してみると楽しいやもしれません。


さてはて大脱線、もう日野駅なんて見えやしない。

ともかく、そんな興味関心が見事に反対車線を走っている友人に是非とも私の知らない世界をご教授願いたいと思い……えぇいまだるっこしい、布教を受けてハマりかけたオタクがすることなどただ一つ!聖地巡り!!!

そんなこんなで、友人の素敵すぎる案内のもと新選組の聖地たる「東京都日野市」を巡礼してまいりました。訪れたのは主に

・宝泉寺

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/housenji/

・新選組のふるさと歴史館

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/furusatorekishikan/

・日野宿本陣

 https://shinsengumi-kanko.com/hino-tachikawa/hinojukuhonjin/

の3つでございます。当初の予定ではもう何点か回る心算だったようなのですが、、、なんと私達、ふるさと歴史館にて4時間も使い込んでしまったのです。

この歴史館には、天然理心流の稽古で使われていた木刀や日野宿の運営に関わる書簡の数々、さらには局長・近藤勇らの書簡まで様々な展示が四方八方に…宝の山でしょうか!!?

新選組といえば名立たる剣客達が想起されますが、展示の中には現代でも共感できるような様相の市民の姿があったり、落とし物の連絡から新選組隊士への褒賞金一覧まであったり…大河や歴史小説では中々見られないような一面が見られました。

このような調子でそれぞれの宝の山について語りたいのは山々なのですが、、ブログを通り越して小論文になってしまいます故、泣く泣く各施設について紹介されたサイトのURLをお示しするに留めさせていただきます。

展示の詳細はぜひともご自分の目でお確かめいただくか、サイトをご参照いただくといたしまして…

ここでは一先ずイカした友人と私めが全力で満喫している様子でもお改めください。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

実は私と友人はお互いにイラストを描くのを趣味としておりまして、羽織や模擬刀の貴重なポージング資料が撮れる!と大興奮でした。そして4,50分溶かしました。最高の友人ですね。本当に何してるんでしょうか。

ですが、新選組にご興味がある方なら貴重な資料を見られるだけでなく、隊士気分でお写真まで撮れるというのは至福のひと時なのではないでしょうか。

さらにさらに、こちらの歴史館では冊子の購入も可能でございます。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


今更ですが私は「新選組六番隊組長・井上源三郎」が好きです。友人の布教をきっかけに新選組には関心を抱きましたが、それ以前から一人の人物として井上先生が好きでした。(なのに何故新選組にハマっていなかったのかと言われると…やはり新政府推しだからでしょう)

それ故に、今回私は上記の冊子を購入いたしましたが、歴史館にはその他にも土方歳三にフォーカスしたものや新選組全体にスポットを当てたものなどバリエーション豊富にございました。

ちなみにその殆どを友人は既に所持しているそうです。流石すぎる。

あ。そうそう、お写真にも写っている、「薄桜鬼」というゲーム作品をご存知の方がいらっしゃるかもしれません。今回は時間の都合上、訪れてはいないのですが…日野市には薄桜鬼関連のグッズが売られているお土産屋さんもあるそうです。ご興味がある方はそれらも含めてチェックしてみてはいかがでしょう。

…と、このように素敵な友人と本当に楽しい時間を過ごしたのですが、、なんとこの日は大豪雨&暴風。

盆を覆すような…どころではありません、あれはもはや盆ごと降ってきていました。

そんな中での観光でしたため、本陣など外から撮ったお写真が全く無いのです。何なら、私は帰宅途中に傘がポックリならぬポッキリ逝きました☔

もはや観光敢行。それでも時間が足りないくらい楽しい一日でした。

今後は観光慣行になればよいのだが。またご一緒させて頂戴ね。


**********************



ここまで読んでくださった方がもしいらっしゃるとすれば、本当にお疲れ様です。

そして、さらりとスクロールで流した方、お待たせいたしました。


せっかく本日から履修登録スタートということで、独断と偏見によるオススメ授業紹介をさせていただきます!

勿論、昨年度と今年度では履修の仕組みが大きく変わり、さらには授業名や担当教授の変更なんかもあったそうですので……結局のところ私の与太話延長戦に違いありませんね。えへ。

【舞台芸術の歴史・東洋】

こちらは昨年、石井先生のオンデマンド授業として履修したのですが主に狂言について学ぶことができました。今年度の担当教授は別のお方で、さらには教養科目には珍しい対面授業になっているご様子。シラバスには人形浄瑠璃のフィールドワークなどという物凄く魅力的なワードが…!

このような舞台芸術系は実際に様々な映像から視覚的、聴覚的に吸収することができるため大変オススメです!

普段は文章を相手にすることの多い文学部ですが、これらの授業では学んだことを様々な要素から再認識できるため特有の面白味があるように思います。映像などを個人のペースで見られるのは、オンデマンド授業ならではの利点ですので、オンデマンド授業はぜひとも映像や音源で学べるものを個人的にはオススメいたします✨

【日本文学史(近世)】

こちらは昨年、福田先生の対面授業として履修いたしました。今年度も同じ先生のご担当です。その名の通り、近世文学を包括的に学ぶことができます。基本的には対面にて年表などの補足資料と照らし合わせつつ、作品を時代背景や作者の人物像から捉えてゆきます。

しかし特徴的なのが、幅広い文学に焦点をあててくださるところです。浄瑠璃や歌舞伎といった芸術はもちろん、政治や出版の世界など広く多くのものを学ぶことができました。昨年は通年授業であったためにさらに強くそう感じたのかもしれませんが、今年度のシラバスにも幅広いジャンルが見受けられましたため、飽き性の方や興味の幅が広い方には超オススメです。


私が履修した授業にかなり引っ張られておりますが、、つまるところ以上の特徴を持った他の授業も同じように魅力があることと存じます。ぜひともシラバスを読み込んで、自分の興味関心にあった履修を目指してみてくださいね。

また、オリエンテーションにて説明のあった「自主ゼミ」についてご興味のある新入生さんがいらっしゃるかもしれません。それら自主ゼミについてのブログも書いております故、もしよろしければご参照くださいませ。以下のブログの後半部分にございます。(何故なら前半は安定の‶冗長″部分ですから)


https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/02/21/




**********************


・・・。何故この授業紹介に近代の授業がないのか、ですが。愛が強すぎて冷静な紹介ができそうもないからです。全部いいんですもの、ダイスキ。でも1つ申し上げるなら。安藤先生の!近現代文学講義!!激ヤバでございます。昨年は無く、今年初めて拝見するのですが、!!先生の著書が大好きな私にとってはもう5限なんてなんのそのでございます。最前列で過呼吸を起こしている「シッ!見ちゃいけません!」タイプの女がいたらきっと私です。よろしくお願いします。


ハ~~~~~~~~~~~~性懲りもなく今回も長くなってしまいましたが、本日もお付き合いくださり誠にありがとうございました。

長い、煩い、拙いでお馴染み(になるであろう)まどか🐧でした!


※今回のブログの内容は著しく著者の考えに偏っています、全てが個人の感想です、信じるものは己のみの精神で安全第一な履修をお願い申し上げます

〈追記〉

今回の夢のような時間を共有してくれたイカした友人へ  本当にありがとう!

コンテンツ

 4月!出会いの季節ですね。先日、ブログ部の先輩方が私たちにメッセージを残し卒業されていきました。去年まではそれをもうそんな季節か〜などと思いながら少しの寂しさを感じつつ眺めていたのですが、今年はなんだか自分のブログ部としての活動の「終わり」を猛烈に意識しました。あと1年、どうぞよろしくお願いいたします。
 日本文学科に入学し、1年生の時の必修科目に「文章表現法」というものがありまして。その中でロラン・バルトの『作者の死』を考える講義がありました。ざっくり、「作品」と「作者」を切り離して考えましょうってやつですね。ここまでの大学生活3年間で、テクストを読む時もレポートを書く時も卒論に向き合う時も、ずっとずっとこの『作者の死』のことを頭の片隅に入れておりました。でも、よくよく考えたら私は割と作品と作者をあんまり結びつけることってなかったなと思うわけですよ。小説の向こう側の作者を意識したことってそんなにないし、たとえ作者がどんなに気に入らなくても作品自体はそれはそれとして評価できるタイプだと自負しているし。私にとって、「誰が」が大事なこともあるけど、「何が」の方が大切なんですね。
 この考えって、自分が読み手として、研究する側の人間として、心がけておきたいものでもありますが、一方で私自身にも当てはまるものがあります。たとえばこのブログを書く私と中の人の私は同じであって同じではない。と、思ってほしい。常々自分の身を削って書いてると思っているこのブログであっても、これは私ではなく私によって生み出された創作物の意識が強いです。「創作物」というのは決してフィクションという意味ではなく、ノンフィクションであっても脚色がなくても、単に私から生み出されたものという意味の創作物です。日本語ぐちゃぐちゃしてきたな。めんどくさくて小難しい話になってきてしまったけれど。こういう面倒な事を考えているからめんどくさい人間になっちゃうんですね〜。まあそんなことはさておき、ブログの他にもツイートだったりイラストだったり、私が生み出した創作物は私ではない、そこに私の自我を見出さないでほしい、みたいなことをいつも思っています。私は絵を描くのが趣味でそれをTwitterやInstagramに投稿することもしているし、文章を書いて頭の中身を整理する人間なのでTwitterを日記がわりに使いよく呟いています。もちろんそれらに私の考えが反映されているのはそうなんだけれども、安易に私と結び付けられるものではない。それは私という自我から出てきたものが私の中で練られて、絵なり文なり何かしらの形を借りて出力されるうちに私とは別のものに成る。みたいな。これ以上どう言ったら上手く伝わるのか皆目見当もつかないのだけれども、なんかそういうことをこの3年間でぼんやり考えるようになりました。難しいねぇ。自我のあり方として創作物に滲み出たらそれはノイズになると思っているからそうなりたくないし、なんならインターネット上では顔を合わせて話す場合と異なって自我までをコントロールできるからこそ、その「自我」もコンテンツにしたいとすら思っている。私は私というコンテンツになることで私自身と私を強制的に切り離そうとしたいんだなぁと。そういう人に私はなりたい。のかも。ぐちゃぐちゃになってきちゃった。自分の中身を晒すことに不安があるのかもしれないですね。ウーン、あまりにも、哲学……。いや哲学をなめすぎですが。

 思春期、アイディンティティ・クライシスなんてのもありますが、自我のあり方とか収まる位置についてこうやって20歳過ぎてもうだうだ練っているんだから自分が何者でどうあるべきかなんて一生分かんないんだろうなと思って生きています。私前々回くらいにも拝啓十五の君へに関連してこんな話をしてなかったか?まぁいいでしょう、今回はなんちゃって哲学回だったし。小難しいこと考えて生きてるな〜と思われるかもしれませんが、これもまた私であり私ではないので。小難しいを演出してるかもしれないですしね。掴みどころのない飄々とした人間になりたすぎる。皆様方にはぜひ私の更新するブログは「私」の存在を意識せず読んでいただければと思います。では。

ひばりのおしゃべり

はじめまして。

とポと現れて、グダグダジメジメと、たった一つの事柄をこねくり回してようやくお話しする、という話法……?を用いた、自己紹介になっていない自己紹介文を掲載し、電撃デビュー!を果たしてから、ようやく1年が、過ぎました。ごきげんよう。お休みをいただいた関係でお久しぶりになっておりますあやめでございます。今回はアニバーサリー回ですヨ。つまり豪華ということです。長いです。先に言いました。お時間よろしいでしょうか。

と、このように話を逸らせて何千里、これまで皆様には「で、何を言いたいンだい?」というお顔を何度もさせてしまったことでしょう。ですが、ここまで辛抱づよくお付き合いいただいた皆様にはバレバレなように、私は大事なことほど、また、照れくさくなればなるほど、ちょっとふざけて、持って回った話し方を、言い回しをしないと、話せなくなってしまう「はにかみ屋さん」でありますから、ご容赦いただきたい、のです。傲慢です。駄文です。蛇足です。だから長くなるんです。わかりにくい文章です。分かってはいるのです。

この1年、やらせていただいて、1年経って、ようやく、それでも満足に堂々とできる訳ではないのですが、マア人に見せられるレベルにはなってきた、そんなタイミングで自己紹介を、こんなところで改めてしてみようと、電車の中で思いました。もうたくさん!というほど知っているのに、紹介するのです。面白いでしょう?面白くないことをわざわざ取り立てて面白がるのが私のポリシーなので、面白くないわけが、ないのですよ。おっと、2年目に突入した私はいささか強気ですね?

私の名前はあやめです。お花のアヤメとは関係があんまりありません。生まれたのは2月ですから、アヤメの見ごろでもなんでもありません。あんまりどころか、全然関係がないと言っても良いのかもしれません。でも私自身では、あの凛とした感じやら、紫色の高貴な感じやら、ツンとしている感じやら、でも群生?みんなでぎゅっと集まって咲いているかわいらしさやらが好きなので、関係があるんだ!と思っています。我が家の庭にも植わっています。自分で自分をツンとしているとか、かわいらしいとか、間違ってもそういうことを言いたいわけではないのです。ああいうふうになりたいな、私とは全然違くてかなしいな、と、こうです。持って生まれたものと、全然違うものに、人は憧れるのだと、思っています。現に私はヒョロヒョロ、頼りないガリガリの、不格好な見た目をしているのですが(※個人の感想です)、筋骨隆々、ムキムキな人に憧れを抱いています。どうでもいいですね。蛇足。思えば私は、蛇みたいな、とぐろ巻いてシャー!と、全くなつかないヤな生物でしょうね。そう思うと「蛇足」なんて、なんて皮肉でしょうか。

あやめという人間は、日本文学科、というところに所属しています。3年生からは、近代文学をやらせてもらうことになりました。明治というよりは昭和の頭ごろに興味がありますが、変わるかもしれません。つまり、すごく!やりたい分野、が決まっていません。ふんわり、たぶんコレが一番すきだな、と決めたので、あまり決定的なことはいえません。どうなるのか。それは私が一番わかりません。

あやめという人間は、日本文学科に、あるいは日本女子大学に、狙いを定めて受験してきた人では(すごく申し訳ない、けれど事実なので恐る恐るお知らせすると、)そういう人ではありません。大学受験の話……はまた別の回でじっくりするべきだと思うので踏み込みません。……と、このように大事なことをフイと言ったり言わなかったりする悪癖を持っています。さて、しかし、日本文学科というところが私の性質に合っているようで、居心地がとても良い、ということも、大きな声で言えます。そう!と思って入学したひとでなくても、とても良いところ、と納得できる、そして満足できる、充実した、そういう場所だと思って、通学しています。

あやめという人間は、このブログのテーマを、疑い深いけど、決定的な「証拠」がないために「ダウト!!!!」と決定的に言えない、モヤとするもの、「うそぉ?ほんとに?」と思われるもの、フィクションなのかノンフィクションなのか微妙なもの、このあたりに設定し、そうなるように書いています。でありますから、今回のこの自己紹介も、全部まっかな!ウソかも知れません。いや、ウソ、ではなく、「フィクション」ですね。……どうですか?善良なあなた、あなたといえども、私という存在を疑ってしまいますか……?疑えたあなたは、「日本文学」という学問の扉が開いている、と私は思います。文学の世界に、一歩、勇気をもって、踏み込んでみては如何でしょう。勧誘でした。勧誘は、まあ、とりあえずさておき、いや、ほら、私は一応日本文学科「公式」ブログ部の部員でありますから、しかも「日本女子大学」に所属していますから、上記のように大学の雰囲気であったり、日本文学の勧め(すゝめ?)であったり、こういう宣伝であったり、こういうことも、きちんといつかはしなければならないんだろうな、と思って、それでこういう、挑戦的なことを言ってみたのです。いつもてきとうなことを言う、ではいけないと思ったわけであります。おりしも?今回は入学したての皆様がご覧になるようなタイミングでもあります。まだ二日目の大学生活、如何でしょう。さて、こういう挑戦的なことを、言いました。言ったのですが、しどろもどろで、魅力が伝わったかどうか、わかりませんね。下手な言い訳はこれくらいにします。あきれて画面を閉じないでください。さておき、こと、私あやめの記事に関しては、半信半疑くらいで読んでいただけるのが一番うれしいのです。……さて、皆様に唐突にクイズです。この言葉は「フィクション(作り話、と言い換えてもいいですが)」でしょうか?…ね?疑い深いでしょう?ふふん!したり顔をした私が、画面の向こうでニヤニヤしていますよ??あなたが迷って惑って困って頭を捻って、下されば下さるほど喜ぶ、やっぱり蛇みたいな私でしょうか。

あやめという人間は、「こういうこと」を、お風呂とか電車のなかとか、急に思いついて、書き殴って、ぐちゃぐちゃのまま、読者の皆様方にたたきつけて、でも逃げ足だけは速く、それでスタコラ逃げていく、そんな卑怯かつはにかみ屋(本日二回目)なのです。そして、こんなことばかり一人で考えている、(ちょっと、ほんのちょっと)陰気な、変な人である、と自分を評価しています。そういう自分で下した評価を、怖がってもいます。枠にはまらないところの多い、不良品だと思っています。自信が、ありません。でありますから、長々々々くらい長い文を、よせばいいのに、書きます。伝わるか不安なのです。自意識も過剰です。つまり、なぜ自己紹介ができないかと言えば、紹介できるような部分も、こんな自分を形容する語彙も、ないからでありました。一年前にわたしの自己紹介にならない自己紹介をみて、モヤ、とした方は今、ここにいらっしゃるでしょうか。今回、アレの答え合わせができましたね。こんなつまらない答えでごめんなさい。冷めちゃいましたか、それとも、「覚」?「醒」?ああアホらし、付き合ってらんないぜ、そう思いましたか……?

ヱ!ほんとに思ったの?あ、あー、えっと、その、そ、それは、困ります、ね、嗚呼、こんなことなら、しゃべらなければよかった、あーあ。……あーあ!私はなんてバカなんだろう!そんな後悔の涙で今日も、私の枕は富士山くらい軽々超えるほど、高く高く浮きます。あなたのせいですよ!!グスン。

あやめという人間は、しかし、自分のこういう、「変」なところを、ある意味で誇らしく、面白く思っています。私らしい、といえば、変、だと自負しています。この程度では「変」とは言えないとおっしゃるあなたとは、多分お友達になれるでしょう。お手紙下さいね、なんて。ほらね?また冗談。照れたんです。皆様には、私がどこで冗談を言ったのか、間違い探しでもするみたいに、挑むみたいに読んでもらえたらいいな、と淡く思って、そんな風にブログを書いています。きっとあなたも、こんな「変」さをおもしろく思って読んでくださっているのでしょう?そうでなければこンな(無意味な)長文読んでいられません、時間に追われる現代人、忙しい忙しい、そんな貴重な時間を割いて読んでくださって、本当にありがとうございます。だから私も、張り切ってそのお気持ちにお応えしたいと思って、カラカラの脳みそをバリバリいわせながら、無い案を絞り出して、どうにか「面白く」しています。お許し、お赦しください、ご容赦を、お慈悲を……消えかけの声でお伝えするほんの蛇足でございますが、江戸時代の昔に一揆をおこした農民たちは、お上の御偉方にご容赦をいただくために、わざと農具を持って、「いやしい恰好」で、訴えをしていたとかいないとか。

あやめという人間は、今年も変わらず、つまり2年目もこのスタイルに変化をつける気持ちがありません。このままダラダラグダグダ、私の思うありったけの「変」、あるいは「(奇)妙」……「妙」ですとなにやら「良いもの」のようでもあるので、やはり「変」でしょうか、これを詰めた話をする、そういうつもりです。「面白い」に命をかけています。決して「面白くない」ことは、したくない、と思っています。そんな自分の態度を、ちょっとやりすぎだな、とも思っています。それこそ「変」です。ですが、面白いことが好きなのです(面白い、の価値・基準がちょっとずれているとか、そういったご指摘は、今はさておいておきませんか?)。ですから、いくら「変」でも、しょうがないのです、好きなので、そして、頑固なので、さながらしつこい油汚れです。

あやめという人間は、「中の人」という概念をもってやっています。

あやめという人間は、大事なことに限って全然喋りません。無駄なことはツラツラ、台本でも読んでいるかの如く長台詞をしゃべるくせに、大事なことは、たくさん話すのが照れくさいから、全然キチンとお話しできない小心者です、わるいこです。

あやめという人間は、この4月に3ねんせいになりました。

あやめという人間は、今度しりとりならぬ「頭とり」をやろうとしています。

あやめという人間は、飽きると全然集中しません。最悪、ということです。これらの性質から、文が短くなってきたら、それは大事なことを言っているか、それか、飽きて来た証拠です。つまり、飽きました。

こんな私の駄文を、まだ、懲りずによむのですか?(チラ、と上目遣いの、残念ながら醜女の、若さに任せて頑張って、そんな命懸け、懸命な、「可愛い(kawaii)」顔)(身内(妹、我が家の「良心」でもあります)に試しにわざわざ私のブログを読ませてみたところ、大ウケでした。さて、この事実に、あなたは、「フム、ならばまあいいものだろうかな?」とおもわれるか、それとも、「身内(妹)に読ませて強引に良い反応を引き出させる卑怯な奴だ」とおもわれるか、「かぞくにしかほめてもらえなかったのね……(憐みの目)」とおもわれるか、いずれでしょうか)

▷読まない

 読む

赤福餅

こんにちは、あかりです。今日からとうとう新年度ですね。まさか新年度最初のブログを私が書くことになるとは夢にも思わず、昨夜バイトから帰った後慌ててネタを探しました。そうしたらちょうどよく家においしい赤福餅があったので、今日はそれについて書こうと思います。

赤福餅はお餅の上にこしあんがのった伊勢のお菓子で、あんころ餅の一種だそうです。ぱっと見はおはぎと似ていますが、中身のお餅はおはぎと違って、米粒の形がなくなった全殺しでした。私がバイトに行っている間におじいちゃんが持って来てくれたそうなのですが、あまり日持ちしなかったのでその日の夜に食べることに。でもいざ食べようとすると、お餅どうしがくっついて、全然取れない上に表面のあんこも割れて無惨な姿に…はなりませんでしたが、その一歩手前まで行きそうになったので途中からお母さんにバトンタッチして、綺麗に一個取り分けてもらいました。お母さんありがとう。

せっかくなので、お抹茶を点てていただきました。でもブログ用の写真を撮るためになんやかんやしていたらいつの間にか冷めていました。飲みやすい温度を通り越してぬるくなってました。少し悲しかったので後でもう一回点てました。

お抹茶の泡が細かくならない…もっとあわあわに点てられるようになりたい

赤福餅を食べるのは昨日が初めてでしたが、抹茶とよく合いとっても美味しかったです。そもそもあんことお餅という時点で美味しくないわけありません。おじいちゃんありがとう。ごちそうさまでした。

昨日使ったお茶碗は「お福茶碗」というもので、底にお顔が描かれています。お福の表情はお茶碗によって一つ一つ少し違っていて、飲み終わったときにどんなお顔が見えるかがすごく楽しみなんです。ちなみにうちのお福茶碗はこんな感じです。

電灯のせいでどうしても顔色が悪くなるお福

たまに「顔が怖い」とか言われますが、私は可愛いと思います。この絶妙に目線が合わない感じとか良くないですか?あと肌が白くてツヤツヤなの羨ましい。日焼け止めなくてもこんなに白いとか最高じゃないですか。これが生き物じゃなくて無機物だからこそ可能なことですよね。皆さんはどう思いますか?

さて、今回はこの辺で。誤字脱字は一応確認しましたが、もしあっても広い心で受け止めてくれると嬉しいです。相変わらず日本語が怪しいですが、気にしないでください。多分そのうち直ります!直らなかったらごめんなさい。それでは、また。