夏休みの予定

 皆さんこんにちは、あかりです。今年の夏休み、皆さんは何をして過ごされますか?せっかくの長期休暇ですから、どこか旅行などに行かれる方も多いのではないでしょうか。

かくいう私も、9月の上旬にサークルの合宿で秩父へ行く予定です。合宿って中々ハードだけど、友達とお泊りするのは楽しみだな~、なんて思いながらスケジュール帳を開くとある日の予定が目に飛び込んできました。

 ああ、フリーズってこういうことを言うのか。美少女でも戦士でもありませんが思考回路はショート寸前。運命は時として残酷。そんな言葉がしっくりくるような衝撃でした。

 合宿の翌週の土曜日。そこには「振袖前撮り」の文字がありました。終わった。

 説明しよう!なぜあかりがこんなにもショックを受けているのかというと、「サークルの合宿=ぷよぷよ街道まっしぐら」だからであーる!あかりが所属しているサークルは茶道部。2泊3日宿に缶詰め状態で行われる合宿はひたすらお稽古に励む超ハード合宿なのだが、いかんせん茶道部なせいでその実ただの食っちゃ寝なのであーる!ちなみにほぼずっと正座なので運動もない。

 はい終わった。誰も悪くないけどめっちゃショック~。つらたん。いくら着物が体型隠せるといっても限度はあるんですよ。着物屋さんは「当日タオル持ってきてね」って言ってたけどタオル不要になるかもしれない。やった~!荷物減るぞ、ラッキー!

 というわけで、せめてもの抵抗で現在食べる量を抑えるべく奮闘中です。普段全然やらないけれど、運動も毎日コツコツできたらいいなと思ってます。だけどこういうときに限って冷凍庫のチョコモナカジャンボが誘惑してくる…。やめてチョコモナカジャンボ、そんな美味しそうなパッケージを見せつけないで!食べたくなっちゃうじゃない!(必死に抗っていますが、これ書いた翌日は多分食べてます。煩悩って怖いですね!)甘味との戦いは続くよどこまでも。

さて、だいぶふざけた&短めなブログになりましたが、今回はこの辺で終わりたいと思います。多分次回はもう少しちゃんとしたの書くと思います。多分。

それでは、また。皆さんの夏休みが素敵な休暇になりますように。

すくすく成長中

こんにちは、ゆきほです🍵

先日誕生日を迎えて22歳になりました。

今年の誕生日は当日にケーキを食べ家族に祝ってもらい、誕生日の週の日曜日には高校の友人たちと会ってプレゼントをいただいてきました。それがこちら。

COACHの紙袋とかポケモンセンターの袋とかに擬態して渡されましたが、中身を見たら全てアンパンマンでした。アンパンマンぽいけど違うやつが1つだけあるので、探してみてください。私もしかして2歳児とかだと思われているんでしょうか。

「親にびっくりされちゃうって……」とツッコミつつ、「いやでも、これはめちゃくちゃ夢がある!!」と大喜びして始まった22歳。今年も元気に頑張ります!

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私は去年、友人から指摘されて「自分が方向音痴だ」という衝撃の事実を知りました。

あのときの衝撃については、去年の8月に更新した記事に書いてあるので、本日分の記事と併せてご覧ください。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/08/25/

未だにちょっと信じられていない部分もありますが、一応方向音痴を自覚したことで、「現地集合」はできるだけ避けよう(十中八九迷うため、待ち合わせるなら駅とか分かりやすいところで)とか、「徒歩5分」は信じずに30分くらい余裕を持たせよう(余裕を持たせたのに遠回りに遠回りを重ねたっぽくて、指定された時間の5分前に到着するというヒヤヒヤ事件もよくあります)とか、対策を取ることができるようになりました。

今まで初めての土地に行くときは、一旦適当な建物を目的地と仮定して行ってみるという攻略法を取っていましたが(それで正解を引き当てたことはないのに、なぜかちゃんと目的地には着くんです)、最近はちゃんとGoogleマップを見ます。スマホくるくる回してどっちに進めばいいのかな~と考えています。

こんな感じで自身の方向音痴と向き合い始めた最中、友人からの指摘でまた衝撃的な事実に気づいてしまいました。

「ゆきほちゃんって思ってること全部顔に出るよね」

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え!?!?そんなことないんだけど!?!?
……なんてことは、思っていてももう言えません。今回も方向音痴発覚のときと同様、母に確認を取り、その通りだという旨の返答が来ました。

まあ、これに関しても思い当たる節はあるっちゃあります。

それこそ小中学生の時母と出かけたときは、そんな態度を取っているつもりはなかったのに「疲れたという態度を取るな」と毎回のように怒られていたし、高校の修学旅行では、着物を着てかわいくて美味しいパフェを食べているにも関わらず、疲れ果てて絶望した顔でスプーンを持った姿を撮られてしまいました。同じく絶望顔をした友人が写っているためさすがにここに載せるわけにはいきませんが、この写真は今もことある度に散々掘り返されているし、かく言う私もネタとして使っているのでいつでもお見せできます。

でもここ数年は、そういう「顔に出ている」系の指摘を受けることって全然なかったんですよ。まあ私もだいぶ大人になったし、ポーカーフェイスになったのかな?と思っていたのに。今になって急にそんなこと言われるからびっくりしちゃって。

あっ、そういえば大学に入学してから私けっこうずっとマスクつけてましたよね。去年の夏以降とかに外すようになってから大学の友人に指摘されるようになったと……あれ?これってここ数年はマスクで隠れていただけで、べつに成長したわけじゃないんじゃない?いや、そんなはずは………

***

この前電車に乗っていたとき、何とは言いませんがちょっと不快になるような状況に出くわしました。

うわ~~~と頭の中で思いながらその方向をガン見していたときに、ふと自分の眉間にしわが寄って目が細くなって、口が「うわ~~~」という形をしていることに気づいて。あっ、これが「顔に全部出てる」ってこと……?今苦虫を噛みつぶしたような顔してんな?私、と考えていました。

「私は自分がポーカーフェイスだと思っていた」と話したときに、目の前で「自分のことを方向感覚がよくてポーカーフェイスだと思ってたの!?!?」と笑い崩れた友人達の姿を、私はきっと忘れません。

ではまた。

逸らさない夏

薄暗い室内に突如オレンジ色の光線が点滅する。人型のシルエットにも光が当たり、拍手。友人の顔が、笑った顔がそこにある。

人生の大半、歌とともに歩んでいる私の周りにはもちろん、その道を選び極めている人たちがいる。しかしその友人は違った。

音楽は好きだろうけど、高校時代「同業者」ではなかった。大学も音楽系にいったわけではない。なのに、今彼女は、肩から下げたギターに手を添えマイクの前で歌っている。口ずさんでいる。彼女の気持ちや人生や魂を込めている。

弾き語りというジャンルでゆくゆくは名を馳せたいと、小さなライブ会場でファンを確かなものにしていく彼女は美しかった。

運動神経がよく活発で、でも実は感傷的で人情深い彼女のことだから、「表現」の世界へ行ったのは何も意外なことではなかった。

しかしなんだろう、とても嬉しい、すごいよ、と拍手を送った分だけ私は悲しくなった。

すごいねと言った分だけ、拍手をした分だけ、私の「観客」としての輪郭が明確になっていく。私は観客Aとして自立していく。もはや「同業者」などと言えない。

私は本当は何がしたいのか。

私は何か大事なものを見て見ぬふりをしていた気がする。

声楽家の姉を持つ我が家で「歌」と言ったら姉だった。なんとなく「キャラ被り」はなしだった。小学校や中学校の音楽の先生に声楽の道を勧められ、将来そちらの道に行きたくなった時のためにピアノを習ってみるのはどうかと母が提案してくれ、私はどう思っていたのか、今はもう思い出せない。ただ「音楽は趣味だから学ぶことはない」と言っていた。それが正解のような気もした。

絵画も好きだった。イラストは描いても絵の具を使う人は我が家にいなかった。「まいちゃんは絵」だった。どちらかと言えば絵を学ぶ可能性はあると思った。でも高校は人文学に進んだ。

高校には美術系の学生もいて、「絵を学んでいる」人たちはやっぱり美味かった。油絵の具で汚れたジャージを着て、行事の前日には黒板アートを描いていた。中学校までは自分が担っていた「絵を描く役割」は必要なくなった。上手い人たちはいくらでもいた。

同時に私は安心した。自分が人文系であることに安堵した。

「人文系なのに絵を描ける」というレッテルにすがった。今だってそうだ。歌の世界に本当に飛び込めば私は特別ではないのだろう。「歌手じゃないのに上手い」という評価は歌手じゃないからもらえるものだ。

でも、それでいいのだろうか。

私はたまらなくずるい気がする。

いつも自分が優位に立てるフィールドを選びそこに居座っているだけ。ここを一歩飛び出せば大海原、面舵いっぱい切れる自信など無く、出航しない船に乗り潮騒に耳をすませている。向こうの景色は私には関係のないことにする。

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まいです、ごきげんよう❀

薄々感じていながらもなんとなく目を逸らしてきたことって誰しもあると思います。

私はまさにそうで。何をやっても基本的に楽しめるのが私の長所ではあるのですが、楽しさや充実感でごまかして本当にやりたいことを後回しにしてきた気がします。

弾き語りでライブなどに出はじめた友人は、私の書く詩で歌を書きたいと言ってくれました。

そのとき私は想像しました。

その子に詩をあげればその子はきっと賞賛してくれる。でもその喜びはどのくらい私を満たすかな。

私の作品を他人にあげてしまって、そのとき私はどう感じるのかな。

想像すると、いや、私も歌う身だし音楽をつけるなら自分がいいなと思いました。

早速自分の詩に曲を付けていきました。正確には詩ではなく「歌詞」を作るところから。

これを歌ってミュージックビデオを撮って、世に出してみようかな。楽しそうだな。いや、バックミュージックつけられないな。私、楽器演奏できないんだった…

最近では楽器がなくても曲を作れるアプリなどがあるのでまずは自力で試してみようかなと思います。なんでも1人でやっているとどんどん排他的になってしまうから、大丈夫かしらと懸念はありつつですが。

*****

この夏は、自分の好きなことに正直に向き合い時間を使おうと思います。もちろん就職活動も必要ですが、自分の好きなことや本当にやりたいことを考えることは少なくとも私の人生においてとてつもなく重要な気がしていて。自然と就職活動にもプラスの影響があるとさえ思っています。

いつからか、諦めるくせがついていました。コロナからかな?それとも、元から?適度に脱力しているのが格好良い気がしてしまうのは遅れてきた思春期でしょうか。そういえばなんで思春期って春を思うと書くのだろう。綺麗な意味だといいけれど、どうかな。私は常に流動的であるはずの人の感情を「過程時期」で区切ることが好きではありません。「思春期だからこういうのは嫌がる」「反抗期だから生意気」……って、順序が逆じゃないですか?そもそも「○○期」という言葉は日常で用いるものなのかなと疑問に思います。

話が逸れました。

この夏は自分のやりたいことに向き合うことが目標!

「やりたいこと」でありながら、いざそれをやるというのは、私にとってはかなり難しいことな気がします……が、ぜひここにおいては話を逸らさず、生きてみようと思います。

20歳と母とわたし

どうやら、生まれてから20年が経ったらしい。
私はなにか成長したのだろうか?

図体ばかりでかくなって、精神は依然として赤子のままだ。今日もぬいぐるみを抱いて眠る。

20年、色々なことがあった。
嫌なことも、悲しいことも、辛いことも、
楽しいことも、幸せなことも、嬉しいことも。
たくさん、本当に色々なことがあった。
人生のサビはもうそろそろ終わる。そんな気がする。
エピローグがはじまって、第二章がはじまるのだろう。第二章の主人公はおそらく私では無いはずだ。おそらく、きっと、上手くいけば。

誕生日、母にプレゼントを貰った。
ノートに私の幼少期の写真がたくさん貼られたアルバムだった。
母と共にわらう幼き日の私がそこにいた。
愛されていた記憶。愛されている自覚。
もう子供には戻れないことを実感するとともに、私はこれからも一生このひとの子供なのだと思った。幸せだった。今も、幸せ。
私の名前の候補に、「奏」というのがあったそうだ。由来はスキマスイッチの奏。
その話を聞いてから、奏を聞くと母に重ねるようになった。
そのアルバムにも、奏の歌詞が書いてあった。書いてあったというか、貼られていた。コピーで。ちょっと笑った。

けど、その歌詞があまりにも重く、深く、刺さってきたものだから親の前でしゃくり上げて泣いてしまった。私は子供の頃から泣き方が変わらないらしい。とても泣き虫なのに、泣くのが下手なのだ。
ページをめくる。少しずつ私が大きくなっていく。小学生の私は、今よりずいぶん幼いはずなのにとても大きく見えた。母からのメッセージにも、たくさん泣いた。
次のページも、ママからのメッセージです。
と書いてあったので、ああ、私はきっと、絶対に泣いてしまう。そう思いながらページをめくった。

SnowManの曲の歌詞が、貼ってあった。

崩れ落ちて笑った。
おい、母よ。嘘だろ?
今の母娘の共通の趣味は、SnowManである。
それも母のハマりっぷりがもうとんでもなく、元々感性が若い母だが、その中でもきっと今が一番とびきり若い。もう、それはそれは、とんでもなくハマっているのだ。
いやいやいや、それにしてもだろう、母さんや。
娘の、20歳の、誕生日の、アルバムの!最後のページである!!
SnowManて!!!しかもラブソングて……。
いい曲でしょう?と言われた。いやいい曲だけれども。しかも、特に伝えたいところだったらしいところには赤いマーカーが引いてあった。あっ、ここが伝えたかったんだ……と思い、じわじわ来てしまう。

その曲はオレンジKISSという曲で、そして私の推しのイメージカラーはオレンジである。
「ほら、康二くん(私の推し)カラーだから、オレンジKISS!♡」と母。
本当にかわいい母である。

そういえば、中学受験の時に合格はちまきに寄せ書きを書いてほしいと母に頼んだことがあった。
その時母がハマっていたハイキュー!の名言を書かれた。
確かあの時は「ママの言葉で書いて!」と怒った気がする。
私も20年変わっていないが、母もおそらく20年変わっていない。ずっとずっと、とても可愛らしくて、面白くて、天然で、そして私をなにより愛してくれている母である。

道一つ

文学ってお好きですか?




そのきっかけって何ですか?


***


随分とご無沙汰していやがると思ったら、いきなりズケズケと不躾なインタビュー。大変失礼いたしました、此奴はそんなヤツでございます。
どうもお久しぶりです、近代文学とペンギンに一生全力片想いのまどか🐧です。


さてはて、文学。藪から棒をズゴォォォォォォンッッと出しているような具合で相すみません。
私、実はこんなんでも文学部に所属しておりまして。いやまァ、「これは文学部日本文学科のブログなんだからそりゃそうだろ」と言われてしまえばそれまでですが。
今までのブログを見ても、既にしたためている数行を見ても・・・全く適当ばかり言い放つお騒がせなヤツであることはまず間違いない。そんなんだから、もう。
こんな適当そうなのが、文学をこよなく愛しております!!と宣言したところで、寧ろ文学に失礼なのではないかと全く身の縮こまる思いでございますが。



文学、愛してます!!!!!!大好きです!!!!!!!!!!!!



何でしょう。身が縮こまったくらいで私が静かになるだなんてお思いですか。残念ながら私、口から生まれた口太郎。口は禍の元なれば、私こそが禍。一生黙りません。黙れません。
好きなものを好きと言えない苦痛は知らない訳じゃァない。だが、好きなものを好きと言えず、二度と口にできなくなったことがある。その、気化する手前で一生涯ぐつぐつと煮え続ける後悔を、自身の選択への憎悪と不信頼を、抱えて歩む苦痛の方が痛い。私には痛い。
それ故に、私は口に出すことを選択する。口からも身からも出た錆を私は飴玉として舐める。



つまり?

「誰かの地雷は誰かの主食。誰の地雷にも配慮しません!ほんとすみません!」
ということです。
もちろん、公的な範囲で公開しているものですから、気を付けたくは思っております。マイナスな発言など以ての外と承知しており、実際する気も毛頭ございません。
しかしながら、今までのブログでくどくどお伝えしてきている通り、好きなものに対して愛を叫ぶ質でございます。振り返ってみなければわかりませんが、おそらく毎回何かしらに「好き!」と騒いでいるのではないでしょうか。そしてそこで非常に気がかりなのが、私の「好き」が何方かを不快にさせていないか、不用意に傷つけてはいまいかということなのです。
先程マイナスな発言は止している、と申し上げましたがそもそもマイナスな発言って何なのでしょうね。わかりやすく多くの人を不快にさせてしまう言葉というのはあれど、それらに限らず私がプラスな発言だと思っていることも何方かにとってはマイナスなものやもしれません。ではその逆もまた然り?それなら裏の裏は表?いやそもそも裏と表の違いはあるの?何が隔てているの?例外は無いの?どこに正解があるの?……あぁ終わりが、ない。

残念ながら、現時点では皆目見当もつかず、誰の地雷にも配慮できそうにないのです。そもそもそれが成せる方がいらっしゃるのかも存じ上げませんが。
だからといって「できない」ことに居直ることも、そんな、肝の据わったこと、とてもとても。ですから、私はこれからも「好き」という凶器を気を付けて気を付けて……ブン回させていただく所存です。

ここまで申し上げた上で、先に謝らせていただきます。本日は「文学」に対する私の偏った「愛」が書かれるせいで、文学がお好きな方にもそうでない方にも、お心にそぐわない部分がありそうです。ご気分を害されましたら申し訳ございません。謝罪ついでに弁明も加えておくと、単に素敵な企画展を紹介したいだけなのですが、どうしてもテーマが「文学」ですから、えぇ。


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はい、長い。本題に入るまでが長すぎる。もうほんと、成人も見えて良い歳なのだからいい加減にその臆病な向こう見ずを辞めなさい。なかなかどうして上手くゆかない。


と、こんな調子ではブログまで梅雨入りしてしまう。暦に置いて行かれる前に手早く本題に移りましょう。
さて本日行って参りましたのは「早稲田大学演劇博物館」。
通称「エンパク」と呼ばれておりますこの博物館は、本学からも頑張れば歩いていける距離にございます。電車で向かわれる場合も、荒川線の早稲田駅や東西線の早稲田駅などからアクセス可能となっております。もしくは高田馬場駅からバスを利用することもできるようで、それぞれの方に合ったアクセスができそうです。
早稲田大学の敷地内に位置しておりますので早稲田大学に向かうイメージで向かわれるとおそらく辿り着けます。そのような博物館となっておりまして、その設立者はなんと坪内逍遙!近代文学の道を切り開いたことで知られる彼は、演劇にも造詣が深く多大なる功績を残されました。そんな彼が設立したエンパクにはその名の通り、演劇に関わる様々な資料が幅広く展示されています。逍遙が70歳(古稀)の時に作られたこの博物館は今や創立96年を迎え、現在は新宿区有形文化財に指定されているようです。


そして今年の6月7日から8月4日まで特別展「文豪×演劇ーエンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界」が開催されています。中でも本日7月12日は「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」という特別イベントが開催されておりました!(「遙」の字はゲームの表記とエンパクの表記それぞれに倣った上での使い分けなんだとか)

今回私はこの特別展とトークイベントに近現代自主ゼミの友人たちと参加させていただきました。

場所は先程も申し上げましたように早稲田大学のキャンパス内に位置しており、校内案内図などを頼りに進むとアンティークな香り漂うお洒落な建物が見えてまいります。こちらはロンドンの「フォーチュン座」という劇場を模して作られたのそうで、建物内も非常に味わい深い造りになっています。


この日は生憎のお天気のために傘を持ちながらの必死の撮影でごさいまして、この素敵な雰囲気をお伝えできている自信が無いのですが…晴れている日に訪れますときっとさらに絵画のような一枚になるのではないでしょうか。

こちらの建物は3階建てで、能楽や文楽といった日本の伝統的な演劇から海外の演劇、それから現代の様々な演劇まで幅広いテーマの展示室があります。実際に舞台に用いられる道具の展示はもちろん、今回は特別展エリアにて「演劇に関わる書簡」や「書き入れのある脚本」、「舞台装置のイメージ図」などなど〈文学〉×〈演劇〉というテーマに沿った多種多様な資料を見ることができました!

特に今回はゼミの友人たちと回っていたため幾人もの作家の字を拝見しつつ、この作家の字が好きだ!とか読むのが難しい!だとか好き好きな感想を抱いておりました。ちなみに友人は森鷗外の字がお好きなようです。私は今回の展示の中では谷崎潤一郎の字が好みでしたが、それはそれとして正宗白鳥のいつ見ても特徴的な字に実家のような安心感を覚えつつ次の展示室に足を向けました。このあたりは完全に個人の好みですし、また失礼な話でもあるのですが…このような気楽な話ができるのも友人と行くことの魅力の1つなのではないでしょうか。
また、こちらの特別展には先程ご紹介した作家だけでなく多くの文豪の展示がございます。中でも私は三島由紀夫の書き入れが見られる「トスカ」というオペラの脚本や、役者さんへ渡した自筆の名刺に心を掻き乱されまくり、限界化をキメて参りました。食い入るように見つめるなんて言葉があるとすれば、もはや私のは嚥下した後です。ムシャァ……(新手の怪異)



…あ、そうそう、今回の特別展のスペシャルポイントはそれだけではないんです。
なんと人気ゲーム「文豪とアルケミスト」(通称:文アル)とのタイアップ開催なのです!
皆様は「文アル」、ご存知でしょうか。近現代自主ゼミには「文アル」がお好きな方が何人かいらっしゃいまして、展示室に飾られていたコラボ特大パネルを前に悶絶した後動けなくなっていました。私は少し前に始めたばかりなのであまり詳しくはないのですが、、草野心平がお持ちの「ぎゃわず」という蛙のパペットが可愛すぎていつも助手をお願いしています。たまに尾崎放哉にもお願いしていますね。

さて今回はエンパクとのコラボということで坪内逍遙がピックアップされ、文アルの坪内逍遥と彼に関係の深い二葉亭四迷・森鷗外の等身大パネルもございました。
お写真は逍遥先生のご尊顔フルパワーの寄りショットとなっておりますが、全体像も迫力があって素晴らしいのでぜひ皆様自身の目でご確認いただければと存じます。二葉亭四迷と森鷗外も傍にいますので要チェックです。






さらに、来場者の方は逍遥先生とのコラボしおりもゲットできちゃいます!これがもう本当に可愛い。お写真では片面しか映っていませんが、もう一面には実際の坪内逍遙バージョンのしおりが入っており、2枚セットです。なんと豪華!!
こちらのしおりは入ってすぐのミュージアムショップのようなところで配布してくださっています。そこではコラボクリアファイルなども販売されていますが、どれも数量には限りがありますのでご興味のある方はお気を付けくださいませ。


「早稲田大学演劇博物館」公式HP
enpaku 早稲田大学演劇博物館 (waseda.jp)


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加えてその他にも展示品は多岐に渡っており、もっとゆっくり拝見したかったのですが、、、その日はゼミ員皆4限の後に向かっておりましたため見るには時間が全く足りず心残りしかありません。早くもリトライの決意を固めております。

何故こんなにも急いでいたのかと申しますと、先述の通りこの日はトークイベントの開始時刻が迫っていたのです。先にもチラリとご紹介しましたが「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」と題して行われた、「文アル」のプロデューサーである谷口晃平氏をお招きしてのトークイベントを拝聴すべく先を急いでいました。


会場となったのは大隈記念講堂小講堂で、落ち着いた色合いの素敵な舞台には坪内逍遙と逍遥先生の等身大パネルが隣り合って立っていました。エンパクの方にどうして逍遙先生の等身大パネルが無いのかと思っていたら、こちらにいらっしゃったワケです。
そして、トークイベントではプロデューサーの谷口晃平氏とエンパク館長で早稲田大学の教授でもいらっしゃる児玉竜一先生、そして東北大学で教鞭を執られている赤井紀美先生のお三方によって、〈文学〉と〈演劇〉の関連性やゲーム開発のお話が色々な角度から語られました。
何となく「文学」と「演劇」と聞くと、脚本を始めとするストーリー展開的な要素に接点を求めるのかとばかり思っていたのですが、トークイベントを通して硯友社・文藝春秋などなどが稀に行っていた「文士劇」や作家たちが役者へ送ったファンレターのお話といった色々な角度から接点を知ることができました!
今回このような貴重な機会をくださった近現代自主ゼミの先生とトークイベントの先生方には本当に感謝しかございません…!



また、谷口氏からは「文アル」において原作(ゲーム)と舞台・アニメそれぞれで異なったストーリーラインを取っていることについて、そのお考えを伺うことができました。個人的にはそれらのお話を伺ったことで「文アル」という1つのゲームを通して、その枠に留まることのない様々なメディアに対するより発展的な展望を垣間見ることができたように思います。

そして何よりも、谷口氏のお話で印象的だったのが「文アル」を作ったきっかけについてです。
皆様もご存じの通り、近年は文学や出版が斜陽産業などと囁かれるようにそれらに親しむ人の数は確実に少なくなっています。そのような中で、純文学がお好きであった谷口氏の「もっと多くの人に文学への関心を持ってほしい」という願いの元に「文アル」が生まれたのだそうです。
細かい表現は正確ではないかもしれませんが、少なくともこのような想いが今や人気ジャンルとなっているものの根源にあったとはいえるはずです。


そして実際に、その願いの通りそれらをきっかけとして文学の道に足を踏み入れた方が沢山います。
今、文学部に所属している中で私の友人にも件の「文アル」や、その他の様々なアニメや漫画がきっかけで文学部を選んだ人がいます。
文学部に進む進まないに限らず、それらのメディアを通して作家や作品を知ったという方はもっと多くいるはずです。例えば太宰治の「人間失格」や室生犀星の「あにいもうと」など単に文学史で出会うという以上に、度重なる映画化などメディアを通して名前をご存じの方がいらっしゃることでしょう。
このような受容の仕方について、原作の本も読んだことがないのに全く軽々しい!とお思いになる方もいるかもしれません。ですが、まずは名前を知り興味を持つことでそこから原作を手に取ってみるだとか、作家に関心を持つだとかきっとそういう入り口もあるのです。
友人が「本が本当に好き!っていう子を見てると、アニメがきっかけで文学部来ましたとか言えない」と呟いていたことがあるのですが、とんでもない。威風堂々胸を張って言ったっていいじゃありませんか。どんなきっかけだろうと、そこに魅力を感じて熱意を持って道を選んだのならそこに軽重の差などありましょうか。
どんな入り口から入ったっていいんです。歩く人が減ってしまえば、そこに道が無くなってしまいます。


沢山の入り口から沢山の人が歩く。そうすることでしか道は維持できません。



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そこで貴方様にお伺いしているのです。




文学はお好きですか?



貴方様にとっての入り口はどこでしたか?




もしまだ入り口が見つからないのでしたら、これから一緒に探してみませんか。

小さい宇宙と大きい宇宙のはなし

みなさん、こんばんは。しおん🦜です。

今回はフラクタルについてのお話をしたいと思います。

私は史学科との共通授業である文化人類学の方法という授業を履修しているのですが、その中で岡倉天心、ヴィヴェーカーナンダ、ガンディーが影響を受けた思想としてアドヴァイタ、つまり不二一元論を学びました。不二一元論とは、先生のスライドをそのまま引用させていただきますと、「一」のもの(こと)のなかに「多」なるものを見、「多」なるもの(こと)を「一」なるものと見る。こと。また、二つかそれ以上の異なって見えるもの(こと、存在)が実は一つである(「不・二」=「一」)と見るというものです。

例をざっくり言ってしまえば、ガンディーは「禁欲に成功したから独立運動が成功し、禁欲に失敗したから独立運動が失敗した」と自身の禁欲という「一」のなかに独立運動という「多」を見て、実際に実践に移していたという訳です。

ここで皆さんここまでフラクタルという言葉が出てきていないとお思いでしょう。フラクタルとは、簡単に言ってしまえば、「一部分を取り出しても全体と似た形になる」というフランスの数学者が導入した幾何学の概念のことです。

例えて言えば、リアス式海岸は遠くから見るととてもギザギザとしていて入り組んだ形をしていますよね。しかしそのリアス式海岸をアップにしていって一部分を見た時も全体のリアス式海岸にとても良く似た形をしているというものです。

もっと簡単に言えば、一つのブロッコリーを分解していくとまた小ブロッコリーができ、また、それを分解しても小ブロッコリーの小ブロッコリーができるというものです。

このことについて学んだ私は以前から考えていたことに「フラクタル」という言葉がぴったりであることに思い至りました。

このことを思いついた経緯はこんなものでした。

ある日の朝、目が覚めた時にカーテンはぴったりと閉まっていて、部屋の中は真っ暗でした。ですが、外からは車の走る音が聞こえてきます。その時私は、外はきっと明るいのだなと思いながらその音をじっと聞いていました。そのうちに車の音の先に街路樹の葉っぱのこすれる音がしてきました。その音は聞きながらその葉っぱの音を出している風が吹く音が聞こえました。その風はどこから吹いてくるのか考えると、それはきっと空の上から吹いているのだろうと思いました。空の先には何があるのか考えるときっと星があって、その星もきっと小さな音を出しているのだろうと思いました。その星の先に何があるのか考えた時、その先は真っ暗でした。考えているうちに閉じていた目をあけると、やはり部屋の中は真っ暗でした。

そうしたときに思ったのです。自身と宇宙はぐるぐると回っていて、層状になっていると。私の部屋は一層目であり、六層目であり、十一層目であり、十六層目であると。

ですが、これに明確な名前があるとは思ってもみませんでした。

先生からフラクタルについてお聞きしたとき、まさしくこれだと大興奮しました。

そして、層状の一層、六層という考えを持っていたのですが、フラクタルのどこを切ってもそのようになるというということを聞いて、私が布団の中で考えていたことよりもっと、もっと、ずっと、多く世界は細分化でき、また、もっと、もっと、ずっと、大きくとらえることもできるのだと考えなおしました。

私の部屋は、一層目であり、二層目であり、三層目であり、永遠に数えることができます。

そして、これに当てはまるのはなにも私の部屋ではなく、すべてのものに言えることで、皆さんが両手を合わせた、その隙間にも小さな小さな宇宙はあるのだと私は思います。

どうですか、一度手のひらの中に小さな宇宙を作ってみては。意外と面白いものですよ。

お付き合いいただきありがとうございました。

それでは、また。

しおん🦜

こんばんは。

森見登美彦という方をご存じですか。小説家です。『夜は短し歩けよ乙女』などで有名な方です。いくつかの作品はアニメ化もしていますね。私が今絶賛どハマりしている作家さんです。

きっかけは読書家の母。「森見さんの本って読んだことある?」という一言に始まり、私は「中学の頃に一度だけ」と答えました。母曰はく、「『夜は短し歩けよ乙女』、面白かったよ」とのこと。そんなことを言われてしまうと、決まって天邪鬼になって「いつか読む」という曖昧な返答を送りがちな私ですが、今回は珍しく、それだけの理由で読まないという選択肢を取るのも何となくもったいないような気がしたので、とりあえず『走れメロス』から読んでみることにしました。太宰治のものではありません。森見さんが大宰さんの「メロス」を基にして作った、いわゆるパロディです。

ここに登場する大学生たちが驚くほど阿呆なのです。とにかく阿呆なのです。文体は一見、真面目で難しそうな、博識でちょっと古めかしいようなそんな様子なのに、中身を吟味してみれば「なにをやっとるんだ(笑)」と、家族のいるリビングであろうと満員電車のサラリーマンの前であろうと、思わず口元が緩んでしまうことせんかたなし。これを手始めとして『夜は短し歩けよ乙女』他多数の作品を読んでは時間と場所を問わず一人ニヤニヤしている私がいます。ああ、この大学生たちは何と阿呆でかわいらしい生き物なのでしょうか。

ただ一つ気になることがあります。冒頭で述べた「中学の頃に一度だけ」読んだあの本――『夜行』というのですがーーあれはこんなに愛すべき阿呆たちのお話ではなかった気がするのです。記憶にあるのは銅版画と夜景のような美しい雰囲気。はてさて私の記憶違いでしょうか。

兎にも角にも気になって気になって、大学の図書館に足を運べば『夜行』なる本が折よく目につきましたので、紺色のその本を手に取っていま一度読み返すことにしました。ちなみに、年に百冊超えの本を読み倒す学年一の読書家、の足元にも及ばないどこにでもいそうな気まぐれ中学生の私が手に取った時には、表紙に茶色がかったセミロングヘアで白いワンピースを着ているかわいらしい女の人のイラストが描いてあったような気がします。もちろん、うろ覚えです。気まぐれ中学生の私は、この神秘的な乙女に惹かれてこの本を手に取ったのではなかったでしょうか。もちろん、うろ覚えです。大学の図書館ではカバーを剥がしてしまっているのでしょう。闇夜に浮かぶ車窓のような四角が描かれた表紙です。

改めて読んでみると『夜行』は記憶の通り、ふっと消えてしまいそうな、夜景のような儚くも美しい空気をまとったお話でした。読んでいけばいくほど何となく、悲しいような、懐かしいような気分になります。電車の中で口角が上がるのを必死で抑えるどころか、涙を抑える必要がありそうです。

最近になって、美しい音楽(私にとっての美しい音楽はディズニーアニメのBGMなのですが)を聴くと涙が出そうになるようになってしまいましたが、なんだかそれに似ています。

私はきっと、生涯闇夜に浮かぶ車窓を眺めてはこのもの悲しさを思い出すのでしょう。

誇りとヒールは高く

書かなければいけない時ほど、出てこないのはどうしてなのでしょう。ジャンルは問わずクリエイターあるあるですが、どうしても生みの苦しみってありますよね。どうでもいい時に、特に深夜にはざくざく書けるくせに書こうと思うとページが真っ白に染まるのってなんなんですか。まったくもう。

生活の中で「あ、これネタになりそう」と思うものはメモしているものの、どうにも出てこなくなってしまったのでおそらく久々に推し語りでもしようと思います。

私は推しの好みが大変わかりやすいタイプでして、そのうち一つが「美に関心がありストイックな美人」なんです。彼もコスメやファッションが好きな人で、その人を表す言葉の一つに「誇りとヒールは高く」というキーワードがあるのですが、背筋をしゃんと伸ばしてくれるような素敵な言葉だなと思います。暑くなってきてから専らTシャツに厚底のサンダルばかり合わせる手抜きスタイルなので、久々に7センチヒールで街を闊歩したいところです。ヒールが高いとどうしても姿勢が乱れて膝が伸び切らず腰に負担がかかるので筋トレ必須ですが。

推しは、メイクの美しさはもちろんのこと、ネイルもキラキラで可愛くて、全身南国の鳥みたいなカラーリングに一つ一つが主役級のアクセを重ね付けしても全く負けない華やかさのある人です。おまけにパワータイプなので、あ、やっぱり筋トレするかぁ、という気持ちになります。ちなみに同じコンテンツに文武両道型の筋肉ゴリゴリな推しもいまして、彼も一緒にランニング行くか、と運動を促してくれます。運動するモチベーションを上げてくれる推しって最高ですね。

さて、今回は少し短いので、最近よく使っているお気に入りのコスメを一つご紹介します。WHOMEEの単色アイシャドウのシャルルコーラルです。ぱっと見艶のあるかわいいコーラルですが、肌の上にのせるとあらびっくり、ゴールドのラメが強めに輝く偏光ラメに変身します。店舗でも売っているので是非一度現物を肌にのせてみてください。めちゃくちゃ可愛いので。珍しい色ではありますが、シアーで上品な発色なので使いやすいですよ。では、また。

フィードバックをもらえることの嬉しさ

皆さんこんにちは。みちこです。

いつ何時も気の赴くままに、ということでこの記事を書いているのがなんと更新日当日の22時です。

一気に書き上げてしまうのが私の書き方なので、途中まで書いてる記事とかあっても結構普通に消しちゃって新しいのを書き直すなんてざらです(笑)

逆に言うとそれだけ綴りたいトピックがあるとも言えますが、それは一旦置いといて。

本日のトピックは、「フィードバックの大切さ」ですね。

年を重ねて、自分が「大人扱い」をされるようになってくるほど、「フィードバック」の大切さを身に染みる機会が増えたな、と感じました。

それを感じているのが主にアルバイトでの出来事です。

私が現在やっているのが飲食店でのアルバイトで、今年の三月から始めたので、今月で約四か月いることになりますかね。

一応その前(つまり一年次)にもアルバイトはやっておりまして、そっちは採点業務を主にしておりました。

どちらの業務でもとても大事な経験をさせて頂いたのですが、この二つに共通して言えることが、今回のテーマ「フィードバック」とつながってきます。

それは、「失敗はしてもいい。ただし、何度も同じミスをしてはいけない」ということ。

そして、「失敗を繰り返さないためにどうすればいいか」ということ。

この二つです。

アルバイトって、ただお金を稼ぐための手段の一端だけじゃないと私は思っていまして、その最たる理由がこの二つのことを学んだからですね。

これはかなり貴重な体験をさせて頂きましたね。自分の今まで持っていた価値観を180度ひっくり返されたようなものですから。

これまでの私は、「失敗はしてはいけないもの」という意識が強く、最初から失敗をしないようにあらゆるリスクを回避して生きてきました。

だから高校以前までの私は、自分が出来る範囲までのことしかしてこなかった。それ以上先に進まないのは、失敗したらどうしようという怖さがあったからです。

でもそんな怖さすら乗り越えたいほどやりたいことを全部やって卒業しようと思った大学入学前。

大学入学後、想定よりも早い時期から採点業務のアルバイトを始めました。

当たり前といえばそうですが、最初は慣れないことばかりで失敗ばかり。

注意はさんざん受けて、バイト先からの帰り道では常に自分反省会を繰り広げていました。

このバイトを始めたのは選択ミスだったか、とか、なんでこんなこともできないのか、と自分を責める行為ばかりしていました。

今なら分かりますが、これは何も「反省」ではないですね。

「反省」って、自分を責める行為とは全くの別物です。だって、そこには何も生まれないですから。

負の感情だけが蓄積していき、前に向けていない。

このブログで前に書いたことがあるような気がしますが、私が普通の人より割と前向きでいられる理由は、母に言われた言葉がきっかけです。

模試か何かで自分なりに対策をしたのにあまり良い点数がとれなくて泣いていたんだったかな…?そんな気がしますが、その時に母に言われた「泣いていても何も変わるわけじゃない。次どうするかを考えないと、成績は伸びていかないよ。」という言葉があります。

この言葉だけを悲しみのうちに聞いていた私は、私の気持ちなんぞ何も分からずに!と突っぱねてしまいましたが、改めて考えてみると本当にその通りだと思います。

この話をもっとさらにさかのぼると、中学受験で塾の先生に言われたこともあります。

過去問を解いてノートに直しをして、それを提出するという宿題があったのですが、そこに必ず「なぜ間違えたのか」と「対策(具体的な方法)」を書かせる先生がいまして。

最初のうちこそ全くかけず、先生に「これは具体的な対策じゃないから。次はきちんと考えて書いてきてね」と何度もダメだしをくらっていましたが、返されていくうちになんとか方法が分かってきた、という経験があります。

それらの項目を中学に進学してからも定期テストの直しノートに書いていたら、いつだったか良いノートの例として紹介されたことがあったような気が…したような?しなかったような?

このような経験があるため、私は人一倍「自責」が無意味であり、「対策を考える」ことの方がよっぽど大事であることを知っていたはずなのですが…。

どうもそれを「机に向かってする勉強」のみに通用することで、「自身が経験して得る学び」には活かされないことだと思っていたようです。

なので始めた当初はバイト先に向かうのが億劫で仕方なかったです。

その後バイトを始めて数か月、大体3~4か月経った頃くらいに、私はバイト先の先輩からあることを教えてもらいました。

一般的に仕事にも慣れ、ある程度業務がこなせるようになって来ないとおかしい時期に、私が中々そうなっていなかったということもあるのでしょうか。

会話の経緯はよく覚えていないのですが、その先輩さんは私に「間違えたところはメモしておいて、移動中とかに見るといいよ」と教えてくれました。

それを聞いた時に、私は「あ、これ…今まで私が勉強でやってきたことじゃん…。」と思いました。

そこでようやく私は「自責」をやめ、本来の「反省・対策」へと思考の路線変更をしていくこととなります。

なので、職を変えた今のバイト先でも私はそれを意識するようにしています。

間違えたところはすぐにメモして、分からないところは人に聞いて。

そしてこれがかなり変わったところなのですが、「何もない時にも思いだす」ということを始めるようになりました。

前のバイト先で働いていた時まではあまりできていなかったのですが、一夜漬けのテストのように、その場しのぎで直前とかにミスを反芻していました。

しかし今のバイト先に変えてからは、意識的になんでもない時でもメニューの作り方や業務方法などを思い出していくようになりました。

思い出す能力ってかなり大事で。それをしないと身に染みていかないんですよね。

自分が忙しい関係で中々シフトに入れていないという引け目がおそらくそうさせたのでしょうが、「シフトに入れない分せめて裏できちんと努力して、一度教えてもらったことは必ずできるようにしておくくらいでいないと。」と思うようになりました。

長々と綴りましたが、これらの経験をしたからこそ、私は「ミスをしても二度と同じことをしないように対策することの方が大事」というかなり大切なことを学びました。

さて、今回のテーマ「フィードバックの大切さ」は実はここからが本題です。

え。これ本題じゃないの?と思われたでしょう。すみません。ここからが本題です。

実は私の勤務先の店長が異動するとのことで、「今までありがとうございました。」という旨の連絡を入れたんですよ。

本当は対面で伝えたかったところなのですが、シフトの都合上それが叶わないので連絡を入れまして。そしたらこれを書き始めたくらいの頃(つまり本日22時頃)に返事が来まして。

そこには、私がこの4か月で頼もしくなってきたことと(おそらくお世辞でしょうが)最後のアドバイスと称して私が接客の時にやってしまっているクセのようなものが綴られていました。

そのクセは、自分では全く気付いていなかったことなので、他人からみるとこう見えているんだと思いました。

こういうことを教えてもらえることって、本当にありがたいことですよね。

おそらく、これから年を重ねるほどそんなことはなくなってくるのでしょう。

年を重ねれば重ねるほど、年齢や立場の壁など様々な要素がジャマをして、このようなアドバイスはもらえなくなってくるのかな、と思うと少し悲しくなってしまいました。

でもだからこそ、今のような経験や人脈を大切にして、吸収できることはすべて吸収しておこうとも思います。

だから大人は言うんですね、「若いうちに失敗をしておけ」と。

前述の通り、私は失敗が未だに怖いと思っている節がまだあるので、失敗をしない(あるいは失敗を経験でカバーできる)年を重ねた大人が羨ましいと感じています。

なので、若いことがいいことだと思わなかったんですよ。昔から、早く大人になりたい、とそればかりを願っている不思議な子どもでした。

ですが、今このような経験をして、若いことがいいこと、というのは「教え導いてくれる『先輩』がいるからいい」のだと思えるようになりました。

さて。今回もだいぶ長いこと自身の体験を綴ってしまいましたね。

自分が知らない人の経験談を聞かされる身にもなれ、と自分への戒めを綴ったところでお開きとさせて頂きます。

次回は特に何書くか決めてませんが、まあどうせこんなことを書くんでしょう。

ここまで自分の考えを自身の経験と結びつけて書いてネタがつきない人も珍しいかもしれませんね。

それでは、失礼します。

Writing

 人生には「うお~~~何もやりたくね~~~~~」のタイミングってあるじゃないですか。最近暴力的と言っていいほどの暑さが続きうんざりしております。外出するのにかなり気合が必要なんですよね。真っ昼間に外歩くのとかってもはや誇張ではなく決死の覚悟だなと思っています。人類、水を持ち歩こう。なんなら塩飴とか塩分タブレットとかも持ち歩こう。日傘も持ち歩こう。頑張って夏を乗り切りましょうね。

 正直暑いを言い訳にしたら世の中の暑さに負けず生きている方々に顔向けできないレベルなんですが、本当に何をするにもやる気がでなくて。今人生でかなり「寝る」をやる時間が長い怠惰な生活を送っています。で、そんなことをしているためブログに書けるようなこともなくない?となるわけなんですね。まあこの私、書くことないなをネタに書くこともしゅっちゅうなので非常に慣れております。書くことないネタに走ることに躊躇がない。迷いなく舵を切れます。ただ、書くことないをネタにし続けてきた結果そんなにパターンもなく、そろそろジリ貧感は否めない。手札がだいぶ薄ーくなって、札というかもう厚さはティッシュくらいかもしれない。かき集めかき集め行数を稼いでいきます。小学生の頃の夏休みの日記みたいなね、しかも毎日ちゃんと書いてなくて後でまとめて書く時の。あの頑張って思い出しながら記憶の欠片を伸ばし伸ばし文字数をかさましする、それでもって小学生ならではのたどたどしくて同じ内容を何回もぐるぐる書いちゃうみたいな。今日の更新はそんな感じなので、まあ正味言ってしまえば内容なんてあるかないかくらいの雰囲気ですがこれを読む人間がいらっしゃるなら語感を楽しんでください。ほら、近代の作家とかも書くことがないことをネタに随筆のような文章書いたりするじゃないですか、それが許されるなら私も許されたい。
 私の感覚ではあるんですが、書くことがないよ~で本当に何も書けない人って日本文学科には少ないような気がしていて。当たり前と言えば当たり前ですが「日本文学科」で勉強したいと思う人間ってある程度日本語だとか文章だとかに強くて、「書くこと」をどうしようもなく苦手としている人はそもそもこの分野を選ばないのかなと思います。私は逆に数字とか英語とか運動とかには弱い。で、書くことを不得意としていない人間は書くことがないのになにかを書かなければいけない時、なんとなくなんとかするんですよ。でも私が数字や英語や運動を不得手としているように書くことを不得手としている人間もいて。私先日、反省文の書き方を教えたんですよ。色々ふわっと濁しますが、中学生に「反省文を書かなきゃいけないけど書くことがもうないからどうすればいいか」と聞かれて。まあこの場合は得意/不得意以前に書き方が分からないというところもあったんでしょうけれども、大学入ってからは書ける人間が多かったので「書けない」に久しぶりに遭遇したような気がします。言葉や内容を引き出しつつ書き方の枠の部分だけを教え、私の言ったことをそのまま書かないように、押し付けないように注意を払うのはなかなか難しかったです。文章としては正しくはないが、本人から出た言葉や文章はそのまま尊重して残すべきかなあ、みたいな塩梅って、難しすぎる。しかも高校の時の同級生の文章添削してた頃とはまた勝手が違いますからね。書けるようにサポートするのってこんなに難しかったっけと思いながら見守っていました。感覚でなんとなくできることがあなたの得意なことだよと教えてもらったことがあり、私は割とそれが文章にあたるんですが人によってそれぞれ異なるなあ、面白いなあと思います。その中学生が得意な運動は私はてんでダメですし。世の中色んな人間がいますね。

 そんなこんなで今回もまた感覚で書いてきましたが、そろそろもうネタ切れになってきているのでちゃんとネタを仕入れられるような生活を送らなければ……と反省しております。真面目な話私はもう少し人間生活を頑張った方が良い。ちゃんと生きます。次回への決意が出たところでだいぶ苦しいので終わらせていただきますね。では。