ごきげんよう強化週間

こんにちは、ゆきほです🍵

最近DSでポケモンのブラックを最初からプレイしています。

ポケモンのブラック・ホワイト(BW)は2010年に発売されたゲームで、私が人生で初めてプレイしたポケモンです。思い出のキャラクターたちとの再会に盛り上がりながら、毎日ちょっとずつ進めています。今日は3つ目のジムバッジを獲得しました。

本当は1日中ポケモンをして生きていたいところなのですが、残念ながら日中は授業やバイトで、夜は課題や卒論などで、ポケモンのためにまとまった時間を取ることができません。
そういうときはどうすればいいのか?

そうです、早起きです。
ちょっとだけ早く起きてメイクを適当にすることで、学校に行く前に30分から1時間を無理やり確保してポケモンをしています。

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突然ですが皆さんは、ごきげんよう強化週間をご存知でしょうか?

毎年10月1日から7日の間で開催されることで有名なごきげんよう強化週間。

皆さんご存知かもしれませんが、今年ももちろん開催されていたため、私もその1週間は「ごきげんよう」と挨拶をしていました。

ごきげんよう強化週間は、今ではゴールデンウィークやお盆休みと並ぶ日本古来の年中行事となりましたが、そのルーツは意外なことに未だ不透明です。

一体誰がどんな目的で制定したのか?いつから始まったのか?
とある女子大生たちの間で始まったとの噂もありますが、その真偽は定かではありません。

***

大変申し訳ありません。お察しの通り、上記の内容は「ごきげんよう強化週間の実施」を除いて全てが嘘です。
まあゴールデンウィークを「日本古来の」とか言っている時点でだいぶ怪しいですよね。名前からして絶対そこまで古来じゃないですから。

ごきげんよう強化週間ももちろん歴史の長いものではありません。

時は遡って2023年の夏休み。
私と友人2人は、用もないのにわざわざ大学までやって来て、学食でお昼ご飯を食べていました。

ご飯を食べ終わって喋っている時に、どんな流れだったかは忘れましたが「ごきげんようって挨拶なんかかっこいいよね」というような話題になったことが、図らずとも近代ごきげんよう強化週間史の幕開けとなったのです。

「そうだ!!ごきげんようと挨拶する期間……ごきげんよう強化週間を実施しよう!!!」

すぐさま3人で「ごきげんよう強化週間実行委員会」を発足して、実施期間を決めました。

そして2023年9月29日。
ごきげんよう強化週間実行委員長(注:私ではありません)より、日文の愉快な友人たち6人のLINEグループで突如「ごきげんよう強化週間開催宣言」が発表されたのです。

「とても簡単なことで、この週の挨拶は「おはよう」ではなく「ごきげんよう」と言うように心がけてほしいということです」

思い返すと中学生時代の私は、学校で毎週水曜日に行われていた「朝のあいさつ運動」が嫌いでした。

うちの中学校の朝のあいさつ運動は、校門から昇降口までの数メートルへ花道のように声の大きい人有志みたいな生徒たちが並び、左右からあいさつをしてくるというものです。花道の最後にあたる昇降口の前には体育の先生がラスボスとして控えていて、あいさつを無視していたり服装がダメだったりした人は即怒られます。

この朝のあいさつ運動、字面からも分かるように朝から受け止めるにはカロリーが高すぎるんですよね。中1の私、初めてアレを浴びたとき一瞬で萎えましたもん。

結局意地でもあの場であいさつをしたくなかったし、かと言って朝から怒られるのも嫌なので、水曜日はあいさつ運動が終わってから朝の会が始まるまでの5分の隙を狙って意図的に遅刻ギリギリ駆け込み登校をしていました。

そんな「あいさつ運動嫌い」の私が、大学生になってなぜか自主的に「ごきげんよう」を強化しはじめる。正直全く意味がわかりません。

でも先ほどの開催宣言を思い出してください。ごきげんよう強化週間は「心がければ」いいんです。別に「ごきげんよう」と言い忘れても怒られはしません。

ごきげんよう強化週間に限ったことではなく、あいさつって元を辿ればそういうものなんじゃないかな?と私は思います。

授業の間の10分休みで急いで移動しているときにすれ違った友達と「おはよ~~」と軽く手を振り合えただけでも何かちょっと嬉しかったり、逆にあいさつのタイミングを逃したときは『せっかく会えたんだから話しておけばよかった!』と後悔したりする。そういうものに強制要素はいらないんじゃないかな?と思います。

私が嫌だった朝のあいさつ運動って、あいさつしている人達もかなり渋々やっていたし、される私も嫌だったし、きっと朝から生徒を怒らないといけない先生たちからしても嫌でした。多分誰もいい思いをしていない活動です。

昇降口でたまたま会った先生にあいさつするのと、一歩間違えたら怒られる羽目になる恐怖の中であいさつするのは全然違います。「あいさつをするといいけど、するタイミングを逃したのであればそれは責めない」という状態が一番過ごしやすいです。
中学生の私だって、昇降口に時々立っている校長先生にあいさつするのはけっこう好きでしたから。

・・・・・・あっ、何か今いいことを言っている風に見えますが、忘れないでください。
私は友人間で自主的に行っている「ごきげんよう強化週間」の話をしています。

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2024年9月26日

委員長からの開催宣言のLINEが来たことで、今年もごきげんよう強化週間の季節がやってきました。

『「ごきげんよう」を「強化」しようとしている時点で、それはもう「ごきげんよう」という言葉の趣旨から外れてしまっているのではないか』

おっしゃる通りです。「ごきげんよう」と「強化」は相反する存在なんじゃないかな?と私も薄々感じています。

でもそれでいいんです。

もしかしたら「ごきげんよう強化週間」の存在が100年後の歴史の教科書に載っているかもしれませんし、200年後の共通テストには問題として出てくるかもしれません。

私たちが歴史の第一人者になる可能性を妄想しながら過ごした、今年のごきげんよう強化週間は先週幕を閉じました。

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ちょうど今週の月曜日、ごきげんよう強化週間の打ち上げに6人で行ってきました。
提案したのは私ですが、何を打ち上げる必要があったのかは聞かないでください。

ファミレスのドリンクバーにあった野菜ジュースを片手に超健康的な乾杯をするとき、委員長からこんなありがたいお話がありました。

「来年は各々の職場でごきげんよう強化週間を開催してください」

それについてはもうちょっとだけ考える時間をください。

ではまた、ごきげんよう。

On Your Mark

皆さん、こんにちは!

朝晩に秋の訪れを感じる時期になりました。それでも日中は暑いことが多いですね。

毎日着ていく服に悩む日々です…。半袖を着たら寒くて、長袖を着たら暑い。私は羽織り物を持っていくのが苦手な面倒くさがりの人間なので、トップス1枚で済む気候の日が恋しいです。

そういえば、この時期になるとコンビニのレジ横におでんブースが置かれますよね。お店に入るとお出汁の良いにおいがふわっと香って吸い込まれそうになります。でも、レジで「大根、ちくわ、こんにゃく、がんも、おつゆいっぱいで!」と言うのが恥ずかしい小心者の私は、これまでコンビニでおでんを買ったことがないんです…。

コンビニは1人暮らしの大学生の強い味方。私もとってもお世話になっております。そんなコンビニの冬場の売り上げに少しでも貢献できるように、今年こそはおでんを買うぞと意気込んでいる今日この頃です(大層な理由を付けていますが、ただ単におでんが食べたいだけ…)。

そんなこんなで、本日は、最近再放送されている「踊る大捜査線」を見て、刑事ドラマ熱が沸騰しているももこがお送りいたします(ちなみに私の推しキャラは、いかりや長介さん演じる「和久さん」です)。

先日、母が東京にやってきました。「みんなでつなごうリレーフェスティバル2024」に出場するためです。このリレーフェスは東京オリンピック2020の舞台であり、世界陸上2025の舞台となる国立競技場で開催される、誰でも気軽に参加できるリレーイベントです。母は大学の同級生たちと200歳以上リレー(400メートルリレー)に出ました。

以前、このブログでも書いたことがありますが、私の母は体育大出身のゴリゴリの体育会系女子。小学校1年生の時すでに、25メートルをビート板なしで泳ぎ切った伝説の持ち主で、中高ともに陸上部に所属していました。私は運動の「う」の字もできないくらいの人間なので、昔は母が体育大出身だとは口が裂けても言えませんでした(笑)。

母ももう50代後半。今でも元気で活発、その負けん気の強さには頭が下がります。

100メートルを走ってバトンを繋いだあとは、陸上界のレジェンド的存在のおじ様方(母が興奮して話してくれましたが、詳しくないのであまり分からなかった(笑))と写真撮影をしたり、同窓会に行って旧友たちと思い出話に花を咲かせたり、他大学のリレーチームの方々と親交を深めたり…。とっても楽しい1日だったようです。

私はふと、母のコミュニティーの広げ方や親交の深め方がすごいなぁと感じました。年を重ねても、内にこもることなく、恐れずに外へ外へと積極的に踏み出そうとする姿には尊敬の念を抱きます。

最近、自身のコニュニティーについて考えさせられること、反省することがあったので、母が東京に来てくれたことは思いがけず私の心の支えになりました。

さて、話は変わりますが、昨日中世自主ゼミにお邪魔させていただいた関係で、ブログ部で同じ学年の、わたさん、ののさん、さくらさんにお会いしました!みんな3・4限は空きコマだったので、ゆっくりと学食でお昼ご飯を食べ、ガールズトークで大いに盛り上がりました。ゼミの話、卒論の話、趣味の話、舞台の話などなど、200分の時間はあっという間…。

ブログ部員はあまり顔を合わせることがないので、同じ学年であっても授業がかぶらないとなかなか会えないんです(泣)。久しぶりにみなさんと直接お話ができて、本当に楽しかった!

今度は、あやめさん、ゆずきさんも誘ってブログ部3年生全員でご飯に行こうという話になりました。あやめさん、ゆずきさん、一緒にご飯行きましょう!(ブログ上のお誘いになって申し訳ない。おふたりに届けー!)

私なりのコミュニティーの深め方。まだまだ模索中ですが、今まで消極的だった分、フルスピードの巻き返し開始です!

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

わたしは、奈良派。

(近鉄のキャッチコピー)

まいますです!💟

先日家族が京都に来ました。

これはチャンスなのです。

何かと言えば、

自分でそんなにプランを立てずに人に頼りながらどっかに行く

そんなチャンスです。

私はずっと奈良に行きたかったんですね。

なので、せっかく京都に来てもらったとこ悪いですが、奈良行こう!!と提案。

母もそういうのは好きなので、快諾して貰えましたᵔ-ᵔ

今回訪れた場所は、

ずっと行きたかった法隆寺、

教科書でよく名前を聞く薬師寺、唐招提寺

です。

法隆寺で一番楽しかったのは、大宝蔵院です。

百万塔陀羅尼、玉虫厨子などなど、絶対に誰もが教科書で見たことあるであろう宝物が盛りだくさんでした!

やはり、知っている名前があると楽しめるものです。

高校時代の先生の講義を思い出しながら、展示を楽しみました。

百万塔陀羅尼はほんとに好きで、名前がかわいいので。

ひゃくまんとうだらにって、伸ばすと

ひゃくまんとうだらにー

だらにー

まろにーみたいな

ひゃくまんとうまろにーとか言ってたなーと思い出しました。

歴史の勉強って楽しいです。

あと、玉虫厨子って大きいですね?!

知識そんな無いので、もっと腰よりも低いようなものだと思っていたのですが、超巨大でした。

資料集に載っていた「捨身飼虎」の絵もあって、有名人にあったような気持ちでした。

薬師寺では、受付をするとすぐにお坊さんのお話が始まる時間だったため家族で聞かせていただきました。

お堅い感じなのかな?と思いきや、そんなことはなく。ユーモアを交えながら「健康」についてのとても深いお話をされていて、物凄く心が動きました。ぜひみなさん一度聞いてみて欲しいです。

このお坊さんみたいな校長先生なら朝会が楽しいだろうなと思いました。

唐招提寺に行く頃にはすでに日が傾いており、疲れもあったために軽く中を回りました。

本当はもっと行きたい寺社があったのですが、ひとつひとつの厚みがすごく、さすが奈良…!と思わざるを得ませんでした。

今回行けなかった場所など、今年度中にまた訪れたいと思います!

奈良楽しかったです!

では!💟

夢見が悪いのか

こんにちは、ごきげんよう、あやめです。もうこの挨拶無しではやっていけなくなりました。風邪をひきました。無茶したら体にハッキリ出るので、いいような、わるいような。

◆◆◆

「何をやったんですどうしたらそうなるんです今私が目を離したこれだけの時間であなたは、どうしてこんなに問題を作れるんです!?」

駅で友人を待っていたら向こうから、神経質な男の声がした。私は、といえば、その声に集中しつつ、しかしそちらには一瞥もくれないで、スマホをいじっている。よく見渡したわけではないが、まわりも似たような反応だったように思う。ちら、とそちらを見て、あとは興味を失った風を装っている(あるいは本当に興味を失っている)。

「ああもうここはいいですから、あなたあっちやりなさい」

きっちり分けて固めた髪も敬語も崩れかかって、焦燥し切った声である。駅員さんなのだろうか?仕事をしている風である。叱られている様子の相手は死角にいてこちらからは見えない。あらかた、こんな大衆のど真ん中で大声で責め立てられてしょんぼりしていることだろう。

怒り、そとから見ると多少滑稽に映るのは何故だろうか。必死だから?感情的になっているから?それは「人間的」とか「人間味があって良い」とはどんなふうに違うだろう?私があんまり他人に怒らないからそう見えてしまうだけなのか。でも、そんなに大きな声を出さなくても聞こえているし、めくじらたててキィキィ言っている間に改善策を提示した方が速いし、ミスを犯した人も萎縮せず、とりあえずその場の問題[error]は脱せるし、その後で教育をすれば良いのではないのかな、なによりなんでその人を「信用」したのか?わざわざ人間にお仕事を頼むのだったら、はじめから失敗することを計算に入れておいたほうが、きっと疲れずに済むだろうにな。ヒューマンエラーのことを知らないのか?いや、そもそもそれは体力が限られている私の考えであって、彼は疲れることはどうでもいいのかもしれない。

凡そ、怒りに任せた判断は誤りが多い。と思う。私が怒られて、その時に得られたことは、この人は、この行動をすると「怒る」のだな、という(なかば諦めのような)学習だけだった、と記憶している。やさしさ、とか、考えに共感・共鳴して、その結果怒った人……発信者とでも名付けましょうか?の言うことを守っているわけではない、のだと、おもう。こういうと、昔、小学生の頃国語の教科書にのっていた、『カレーライス』という作品と、それを音読したことを思い出す。ぼくはわるくない。ほら、感情は歩み寄りを拒む。むむむ、ならば今まで私が「怒られて」きた「諸事件」たちは、あれは問題解決したくて発生していたわけではなかったのか……?

そこまで考えて、怒られている人の顔が見えた。その人は、意外にも私の知り合いだった!ということもなかったし、顔が私と全く同じでギョッとした瞬間目が覚めて、そこでやっと私が悪夢を見ていたことに気づく、ということもなかった。ただ、知らない人が、かわいそうに、これまた知らない人に怒られているだけだった。そして、やっと、私がいままさに「悪夢」の渦中にいることを知るのだった。即ちしらない誰かが誰かに怒られるなんてありふれた、かつこの世に大量に存在するだろう「些事」で、ここまで展開できる私の脳みそこそが、私の悪夢だろう。そんな態度だから現実を夢見心地のふわふわでしか捉えられないのだ。私が私である限り、現実的になることは、ないのだ。私が私を放棄して(…ってどういうことだろう、しんでしまったらいいのか、もっとお手軽に、例えば体(デバイス)だけ残して脳みそ(CPUか、 OSあたりか?もっと違う気がしてきた……)を全取っ替えしたら「私」じゃ「なくなる」のかしら、感情を無くせば「人間」じゃなくなって、ひいては私じゃなくなるのかな)(ともかくも、私が「私」じゃなくなれば)ただの肉塊に成ってしまえば、こんな悩みはなくなるだろうが、それは「私」ではない。考え過ぎるのが、私なのだ。

それってどんなに悪夢だろう。人間はそんなに強くできてないのに。

チャットさんに聞いてみたら、私が他人の相談に乗ってあげたときと比べものにならないくらい「情緒的に」話を聞いてくれた。「情緒」もからくりなのかな、仕組みさえ覚えて適した時に適した語を出力できれば、あるいは。

駅ではいろんな人が行き交っていて、そのどれもが物語をもって生きているんだな、と思うと壮大な気分になる、なるのはいいが、自分にもどってくるのが難しい。規則正しい誘導チャイム(流れているピーンポーンという音はこんな名前が付いていたらしい)がまた、私を思案の渦にいざなうような気がする。友人は目の前にいるのに、気が付かなかった。悪夢も休み休み見なければ。浮世に生きるのだから。

星と深淵を

私の人生の根幹に関わるレベルの推しは今月が誕生日なのですが、毎年毎年まともにお祝いすることも限定イベを走ることもできません。

A3!の秋組最年少2人。

act4とか、このペアの供給すごすぎて読んでから暫くの間、目を開けている時間は全てが上機嫌に通り過ぎるくらいだった。本音を言えば全力でクッキー集めしたいし、祭壇も組みたいし、推しケーキも作りたい。他ならぬ私自身のために。

が、しかし。終ぞ叶わない。
10月というのは忙しすぎるのだ。この月に暇があった試しがない。兎角あらゆる予定が10月に詰め込まれている。そのような(言い)ワケで、ブログの更新も一向に進まず。これ以上先に延ばすのも本格的に拙いが故に……今回は本当の本当に自分自身のためだけの、推しへの愛を叫ぶ回にでもしてしまおう。ちなみにA3!の話ではない、最初のは単なる切実な嘆きだ。

まぁそういうハナシが最も手っ取り早いのは元より知っていたのだから、いつかはこうなるというモンだろう。次回からはまたヘラヘラしながらも一応フォーマルの皮を被って馳せ参じますのでね、今回はお見逃し願いたい。(こういう伝わる人にだけ伝わればいいみたいな怠惰、普段は好まないものだから今回のは反省もしている)

ここはTwitter(現X)じゃないぞって?偶にはいいじゃないですか。



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私の最推しは、初手から絶妙に悪役っぽい言い回しばかりして、ねっとりボイスで絡んでくる。
お酒が大好きで、謎の眼帯をしてホラばかり吹く。

なんだ、なんなんだお前。キャラ濃いしウザすぎるだろ。
あと絶対裏切るだろその声は!

足が長いから移動は早いし、海の上も歩けるし、コイントスも上手い。
面倒見がよくて、周囲をよく見ていて、平気でスルリと貧乏くじを引きとる。


海渡りって何!!!???海は泳ぐものだけれど!!?私の知ってる海じゃねぇ!
てかちゃんと足が長いと足早いのかよ・・・。まって体力無くなるの早っ。アッ、死。

だけど、自分が帰るべき場所と帰れる場所、その全てが判然としなくて、どこか自分を納得させられずにいる。自由の国の風に吹かれているのに、その自由を一歩退いて眺めている。
望まずに背負わされたものから、目を逸らせないことを自覚して歩き続けている。


ねぇ…!!!絶対敵だと思って裏切られる準備してたんだけど…!
むしろ逆だったじゃないか聞いてないぞ!しんどいしガチ重なやつだ~~~~ウワーーーーッ。
なんでそんな不穏なの??やめて、ちゃんと皆から愛されてるじゃん、故郷ならここでいいんだよ。
和解とかは当事者間でしかわからない問題だけどさ、、いつでも帰ってきてって言ってるメイド長とかもいるじゃぁぁぁん・・・。
なんとも言えないセンスのお土産を、あんなデカデカと飾ってくれる場所があるじゃない……。
騎士団だってアンタいなきゃ代理団長が過労死するって。ほんとに手が回らなくなりますって。




と、ご覧のあり様。ウザいな~とか抜かしていたはずなのに、アレェもしやここは……沼!?
私はこのゲームを受験が落ち着くのを待って始めたから、大分出遅れていて、スターライト搔き集めるのも程々に。だんだん待てが利かなくなって・・・。気づいたら恒常ガチャで出るまで終われま10を3回もやってしまって、、??阿保みたいな額で回し続けて完凸させちゃった。
ヱ、これが戻れないところまで来ちゃった感というヤツでは。



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もう完全に終わりです。何してても可愛いしか出てこない。
「この世は舞台、人はみな役者」まさに彼はそういう人。だが、それと同時に幕間があるからこそ良い舞台が続けられるのではないかと思うのが私のオタク心というもの。


アルベリヒ ラグウィンド 騎兵隊長 踏氷渡海真君 海賊の末裔 大盗賊 クバッド
どんな役でも幕引きのその時までずっと最推し。いつ何時も弊ワットの塵歌壺は一面の葡萄畑。
さぁ今日も。どこまでも続く幻想世界へ!


そんな私の最推しは、オープンワールドアクションRPG「原神」のガイア。

日文生と読書

皆さんこんにちは。みちこです。

なんとあまり遅刻をしない私が、ブログの更新を遅らせてしまっている、というところから話を始めようかと思います。

というのも、授業で発表するための資料作成、サークル活動のお仕事、自主ゼミのお仕事などあまりにも立て込んでしまっていたからです。(にしてもこんなに更新を滞らせたのも初めてで…ご迷惑おかけして申し訳ございません…。)

そして免許取得のため、「試験場」というところに「学科試験」を受けに行っていたこともあり(「学科試験」に受かって始めて免許が取得できるんです…)それの勉強をする時間も確保しなければならず…という訳で、中々大変な時間を過ごしておりました。

と、言い訳はここまでとしまして。

本日のお話は、この頃少し思っていることを書き残しておこうかな、と思います。

最近私、何が一番楽しいかと言いますと、「大学の授業」なんです!

夏休み終わる頃なんて大学の授業が楽しみすぎて、後期早く来ないかな~授業楽しみだなあ~なんて思いながら日々を過ごしていました。

夏休みに教習所に通っていた、という話をしたと思いますが、教官に「大学で何が一番楽しい?」と聞かれた時に、「授業」と答えて案の定びっくりされたくらいには授業が好きなんです。

というのも、まあ古典文学を学ぶのが楽しいからなんですよね…

今まで知らなかったこと、イメージしていたものと違ったことを、授業受けていくたびに感じられるこの感覚が楽しくて…

そこで今回は、私が今現在思っている古典文学に対する思いや考えを、「読書」という切り口からお話しようと思います。

そしてこのブログ、本当に様々な方に見られているらしいので、本学の先生方に見られているのかと思うと大変恐縮なのですが、一学生がこんなことを思っているんだな、と思ってくれれば幸いです…。

このブログでは少しお話しているのですが、私は2年生に上がったくらいの頃から中古文学に興味を持ち始めました。

その理由は中古文学関連の授業を1年生の時に取っていた、ということと、大河ドラマ「光る君へ」が今年の年始に始まったことの2つです。

昔高校の授業で聴いていてなんとなく好きだった『更級日記』に興味を持って取った授業でしたが、ありがたいことにそこに、2024年1月から始まった「光る君へ」への放送も絡まり、さらに興味を持った、というのがその理由です。

そこから2年生始めに「中古自主ゼミ」に入ろうと思って所属し、さらに興味関心を深めていくべく、私は2年生から大学の図書館で定期的に本を借りて読む、ということを習慣にしています。

理由としては、卒論を書くにあたって知っておいたほうが良い情報や知識を早くから知っておきたかったからという理由ですね。

ーーー3年生では就活も始まりますし、こういうことは興味関心の赴くままにやったほうが鮮度が高いといいますか…。吸収力が高いといいますか…。

と思ったので、2年生の始めの方から借りることが習慣になりました。

そうして読んでいくうちに、新たな価値観・知識などをたくさん知ることとなります。(これは毎授業ごと授業を受けていてもそう感じます。何かしら新たな知識や価値観の収穫があるんです。)

本を借り続けて読んでいくうちに、これが読書本来の楽しみ方か、とだんだん思うようになりました。

勉強する、という行為にもこれと似たような楽しみ方があると思いますが、読書にも同じような効果があることを初めて実感しました。

そしてそんなことを続けていたら、いつしか私は普通の小説を読むことに抵抗を覚えてしまうくらい学術書を読むのが好きになりました!

自分でもびっくりするほど、新たな知識を手に入れられることの快感にとらわれているのです…。

この段階まできて、ふと思ったことがあります。

昔から、「読書は人を豊かにする」とか「読書は考える力を育てる」などいわれて本を読むことが推奨されてきましたが、私はその意味がずっと分かりませんでした。

「小説のような娯楽的な要素を含む書物を読んでも、本当に心を豊かにすることができるのか」、「心を豊かにするとはどういうことなのか」と考えていたからです。

改めて考えると、「心を豊かにする」とはどういうことなのでしょうね。

「想像力を膨らませられる」という意味での「心の豊かさ」なら確かに小説でも満たせると思います。

しかし私は、世間一般にいう「心の豊かさ」とはそうではないような気がずっとしていたのです。

それはどちらかというと、「知的好奇心をくすぐる」類のもの。それすなわち、「書物を読むことで知識を手に入れる」という意味での「心の豊かさ」です。

知識を手に入れるということは、物事のあらゆる事象を深く考えることのできる情報・概念などを手に入れることのできる、ということ。

つまり、この場合の「心の豊かさ」とは、「思考力の深さ」を意味していることになるかと思います。

大人はよく、子どもに「本を読みなさい」と言いますが、(そしてある一定の割合の日文の人間は、どのようなジャンルであれ「本を読むこと」を結果として積み重ねてきたから、今こうして日本文学科に在籍しているわけですが)あれはいったいどのような意味で言っているのでしょうね。

私にはこの二種類の意味があるような気がしてなりません。

そして、後者の方がより本の面白さの神髄に気づいた人向けの、読書の「真の目的」であるような気がしています。

つまり、最初の入り口は小説でもいいんです。まずは「本を読む」ということに慣れないと、「本を読めない」んですから。

私の母がそうなのですが、母曰く「文字が連綿と続いていると読めない」というタイプの人です。

つまり、「本を読む」ことには、それなりの気力と体力が必要なんです。

それを、内容はなんでもいいからとにかく「本を読み終わる」という練習をする、という意味での「本を読む」なのだと思います。

そして「本を読む」ことに慣れてきて、苦手意識のなくなってきた人がさらにハードルの高い読書をしようと考えた場合。これが先ほど言った「知的好奇心を満たす」という意味での「本を読む」です。

この学科に入学した時、とある先生が仰っていたことがあります。「日本文学科に入学するということは、『本物の書物を読む力が身につく』」のだ、と。

だいぶかなり私の意訳ではありますが、このようなことを仰っていたと記憶しています。

ここでいう「本物の書物」とは、もしかしたら、今私が密かに感じている思いが出発点だったりするのかな、などと勝手ながら考えています。

で、私が新たな楽しみを見出した「読書」なのですが…。

「読む時間がない!!!!!」

本当に読む時間がなくなってきました。

というのも、昔このブログでも紹介したように、様々なことに挑戦した結果、忙しくも充実した毎日を送ることとなってしまい…。

読む時間がなくなってきてしまっています…。

長期休みを利用して読むしかなくなって来ているというなんとも悲しい事態が起きているのですが…。

致し方ないということですね…。はい…。

ちなみに本筋とは関係ないのですが、古典文学が好きになりすぎて、最近書く文章が古典文学の現代語訳みたいになってきました(笑)

簡潔な文章を書けなくなってきていると感じる今日このごろ、というお話をしながら、今回は終わりたいと思います。

最後に、更新滞らせてしまい本当にすみませんでした!!!

次回はちゃんと遅れないように投稿します!!!

で、そんな次回は、少し趣向を変えて、本当の日記のようなことを書こうかな、と思います。

ーーーえ?本当の日記って何かって?

それは次回のお楽しみ、ということで。

あえて普通の記事を書いてみようと思います。まあ、私が普通の記事を書いたことなどほとんどありませんので、お察しください(笑)

というわけで、今回はこれで失礼します。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

横浜中華街 食べ歩き~!

皆さま、こんにちは。

後期の授業も始まり、秋も少しずつ深まる今日この頃。皆さまいかがお過ごしでしょうか。私はなんとすでに模擬授業の発表を終え、しばらくは暇でうきうき気分です。後半に発表地獄が想定されることには気づかないふりをしておきます…

さて、今回は8月27・28日に行われた歌い手グループ「いれいす」のライブを振り返ろうと思います。といっても私のオタク語りが始まるとパソコンが壊れるまで留まらないので、夏の思い出にもなっているライブ前の横浜中華街食べ歩きに焦点を当てていきます。

今回の会場は「ぴあアリーナMM」。横浜のど真ん中にある大きな会場です。実は私が高校生のころ始めて一人でライブに現地参戦した会場でもあり、エモエモな感情に支配されつつ駅に降り立ちました。ただ今回の私の目的はライブ、そして中華街食べ歩き!のため一旦中華街に移動しました。

横浜中華街に何度か足を運んでいますが、1人で食べ歩きをするのは初で、優柔不断が無事に発揮されのんびりと歩きながら決めることに。

散々悩んだ挙句に「ごま団子」「ハリネズミまん」「チャーシューメロンパン」「タピオカ黒糖ミルク」をチョイス。特にごま団子は以前横浜でライブがあった際、「いれいす」のメンバーがもらって食べたという話を聞いてからの念願だったため、わくわくで購入しました。

個人的なナンバー1は「チャーシューメロンパン」で、ほくほくかつ新触感でとても美味しかったです。1人なのに2コ入りしかない!と悩みましたが、ペロリと食べることができました。他にもいろいろとおいしそうなものがあり、お店に入ってゆっくり食べるのも楽しそうでした。久しぶりに飲んだタピオカも黒糖の甘さがガツンとくる濃厚さで非常に満足でした。

ひとしきり中華街を楽しんで、充実した気分でいくライブはやはり最高でした!

「いれいす」のライブは1年以上振りだったため、久しぶりの現場、久しぶりのメンバーに沢山心を動かされ、楽しみました。大泣きするのはいつものことなので置いておきますが、泣いて笑って心に栄養を渡す時間が尊いことを思い出す素敵な思い出になりました。

自分なりに心を満たす時間重要ですね。出会ってくれたことに改めて感謝です。

中華街食べ歩き、ライブレポートいかがだったでしょうか。今回は時間が足りなくて断念しましたが、みなとみらいで海をみながらぼーっとするのもおすすめです。横浜に行く際は是非試してみてくださいね。

今回もお付き合いいただきありがとうございました。

体調に気を付けて

 こんにちは、あかりです。ついこの間の土日に風邪をこじらせて熱が出てしまいました。まだちょっと咳がありますが、一応治りました。そのせいで今課題が溜まりまくっています。本当はブログなんて書いている場合ではないのですが、今月の8日が担当なので仕方がありません。

 気づいたのは土曜日の午前10時頃。なんか体が重いな~と思いながら熱をはかると、案の定発熱していました。37℃台と微熱ではありましたが、大人しく横になっていました。しかし、寝てばかりというのも退屈で、ツイステのイベントミッションをこなしたり、授業動画を視聴したり、本を読んでいたらもっと具合が悪くなってしまいました。病人なら大人しく寝てろよと思うかもしれませんが、寝すぎると逆に夜眠れないんですよ。夜遅くまで起きていることの方がよっぽど不健康じゃないですか。というわけで全く後悔も反省もしていません。

 そんなことよりも、土日が風邪のせいで潰れた弊害のほうがよっぽど深刻です。まずバイトを休まないといけませんでしたし、最初にも書いた通り課題も溜まりまくってます。体調崩してもいいこと一つもありません。録画したアニメも休日に消化しようと思っていたのに観れませんでした。(観ようとしたら親に「寝てろ」と止められました。)

 まあアニメに関しては後日観ればいいのですが、課題はどう足掻いても期日が変わらないので必死こいてやっつけるしかありません。オンデマンドも含めてできれば休日に一掃しておきたかったのに…。マナバの未提出課題の一覧を眺めては、そっと閉じることを繰り返しています。ええ、やらないと消えないことは百も承知ですとも。ですが、画面上にずらっと並んだ課題の提出先を見るとやる気なんてぷよぷよのごとく弾け飛ぶんです。控えめに言ってやってらんないです。プリキュアの「ゲッチュウ!らぶらぶぅ⁈」が頭の中で延々と流れています。ストレスよりロマンスでしょ。

 まあそんなことを言っても明日はやってくるので結局課題からは逃れられないのですが。というわけで今から課題やってきます。いつもより短いですが、今日はこの辺で。ではまた。

おばけ

こんばんは。

もう10月なんですね、全然気が付きませんでした。空模様も行き交う人々の服装も、まだまだ夏のようですね。教室はまだまだ冷房が効いていますし、銀杏の木はまだまだ青い。しかし、日だけは随分と短くなりましたね。

お店に入ればかぼちゃとさつまいもだらけ。どれもおいしそうです。ところどころ穴があいているようですが・・・おっとこれは食用ではないやつですね。ジャックオランタン。

今日はりんごと柿を買って帰りました。好みはふじりんごなのですが、今日はトキというりんごがたくさん置いてあったので、トキさんにしました。皮が黄緑色のものです。今晩のデザートはどちらにしましょうかね。

駅から家に向かって歩いて行き、エントランスの前にたどり着くと、隣のお家のお庭が何やら光り輝いています。暖かい山吹色の光が気になってしまったので近づいてみると、植木鉢に入ったそれほど大きくはないけど立派な木が電飾で彩られているのでした。クリスマスイルミネーションの先駆けかとも思いましが、よくよく見ればほんわりと照らされるカボチャやコウモリの形をしたかわいらしい飾りたち。お化け型の飾りは丸い頭とポンチョのようなひらひらとした胴体を持つ白い姿。それはまるで・・・まるでてるてる坊主のようでした。ティッシュペーパーを丸めて輪ゴムでくくり、マッキーでお顔を描いては若干にじんでじんわりとした表情をするのもご愛敬、窓辺の湿気などお構いなしのカーテンレールにぶら下げて明日の晴天を願う、あれです。運動会の前日に作る、あれです。形が本当に、てるてる坊主としか言いようがありません。とてもかわいいです。そしてこの、てるてるお化けの頭部には電球が入っているようで、輝くてるてるお化けが木の上でゆらりゆらりとしているのでした。山吹色の光はどうやらてるてるさんたちの頭から発せられていたようです。ダイソーの季節限定コーナーにあるようなリアルなゾンビのマスクもハロウィンらしくてよいですが、こういったかわいらしい電飾もまた、夜を彩るのにはうってつけですね。ご近所さんが植木にゾンビマスクを飾るようなお人でなくてよかった。光るゾンビは笑い飛ばせそうにない上に、夢の中で奇跡の再会を果たしてしまうかもしれませんからね。恐るべし。

最近の気付き

あれ、言葉が出てこない。
ブログを書いていて、そんなことが増えてきた。
昔はとめどなく、流れるように語彙が出てきて言葉を紡げていた。
ほぼ何も考えず、まるで友人に悩みを話している時のように滔々と感情を吐き出し、さらけ出すことが出来ていたのだ。
それは、私が負の感情に苛まれ、鬱々とした気分の中このブログを書いていたからである。

しかし、ここ最近は違う。
なぜかは知らないが、鬱屈とした日々からは少し離れた日常を送っている。
そう、元気になってしまったのだ。
嬉しい!ピース!と言いたいところだが、なかなか素直に喜べない。
私のこのマイナス思考と吐きそうになるくらいの憂鬱が私の創作意欲の源だったからである。
文章が、書けなくなってしまった。
ここ最近のブログは、正直あまり好きではない。自分の文章はだいぶ好きな方で、前は書いているさなかでも自分の文に酔いしれることさえあったのに、今は書きながら首を傾げることが増えた。
これはいけない。本当にいけない。
小学校の頃から書くことが好きだった自分の、アイデンティティの喪失である。


ここでふと気がついた。
私、最近本読んでないな……と。

最近、というのはかなり広い範囲である。
日本文学科にいながらも、本を読むのは自分が授業で取り扱っている資料だけ。
自分が好きな本を読む機会がめっきり減ってしまっていた。
この理由に心当たりがある。私には、時間が無い。
サークル、バイト、友人との食事……それらに追われていて、めっきり自分の時間というものが減ってしまった。
朝は自動車学校、昼はバイト先の友人と、夜から朝にかけてサークルのイベント、そしてそのまま授業に向かう……なんて日もあった。ノンストップである。
過去、私を憂鬱に陥れていたのもそんな忙しすぎる毎日だったのだが、今私を元気にしているのもまた、忙殺されるような日々であった。
その中で、自分の好きな本を読む、というのはなかなか難しいことだった。
本を読もう、自分のために。ある日、ふと思ったのである。

最近、ミステリを読んでみたいと思うことが増えた。なんとなく、どんでん返しという言葉に惹かれる。どんでん返し、味わいたいな……と乗換駅の本屋を眺めて思ってみては、乗り換えのために急いで駅のホームへ向かう、なんてことをしていた。移動中に読むことが出来ればいいのかもしれないが、電車の中で本を読むと酔ってしまうことが多くて、あまり長続きしなかった。
そして私は、電子書籍に手を出してみた。
色々比較してみた結果、導入したのはhontoというサービスである。大日本印刷が手がけているなら安心だし、クーポンやアプリのUIなども魅力的だ。


さっそく、いくつか気になっていた本を買ってみた。
まず、かまど・みくのしんの「本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む」。
今電車広告などでよく見かける本だ。この本は、私がずっと好きで読んでいるウェブ記事シリーズを書籍化し、新たな文章を加えたものである。ずっと読みたかったから、かなり嬉しい。この本に関してはもっと沢山語りたいので、また後日ブログに残したい。

また、岩波明の「文豪はみんな、うつ」。これは、良い文章とうつ病は隣り合わせだという持論があったため、タイトルに惹かれて購入を決めた。まだ積読。

そして、恩田陸の「月の裏側」。恩田陸の名前はずっと知っていたが、作品を手に取ったことはまだ無かった。読了済。恩田陸の文章はとても好みだった。心理描写が巧みで、特に日常を描いた会話がリアルで真に迫っている。あまりにも文章が好みだったもので、せっかくの電子書籍だからと好きな文章にマーカーをひいてみたりもした。紙の書籍だとなんとなくはばかられて出来なかったことである。読み終わったあと、どうしてもこの感動を残したくて久しぶりに読書ノートを作ってみたりもした。昔作ったこともあったが、長続きした試しがないので今回こそは続けてみたい。

肝心のミステリも最近になってようやっと購入に踏み切った。児童文学の類を除いては初のミステリになると思う。いや、ホームズシリーズを読んだこともあったか、いや、途中で諦めたんだっけか……。とにかく、ほぼ未知の領域である。選んだのは、綾辻行人の「十角館の殺人」。ミステリの名作と名高いこの作品からミステリを読み始めてみたい。今まさに読んでいる途中であるが、やはり面白い。どんな展開が待っているかなかなか読めない、これは私がミステリ慣れしていないのもあるかもしれないが。

他にも東野圭吾や、気になっていたエッセイなどもポイントや図書カードを使って購入してみた。電車の中や、スキマ時間にささっと読めるのはやはり便利である。
電子書籍で物足りなさを感じるのは、紙の感触と読み進めている時に感じる本の厚み、重みくらいか。やはりそこはどうしても紙書籍が愛おしく感じる。
まだ家には大量に紙の積読がある。これも読んでいかなきゃ……、と、久しぶりに読書に前向きになっているここ最近である。

ここまで書いて、ふと思った。
書きやすさが違う。鬱々としていないのに、文章がスラスラと出てくる感覚は久しぶりだ。
良い文章に必要なのはマイナス思考ではなく、良い文章を読むこと、なのかもしれない。