こんにちは。
私の本棚にはどんな本が並んでいるのでしょう。と言いつつ、私は小さなころから本を読むのはまあまあ好きでしたけれども、自分の本というのは持たず、読んだ本のほとんどは学校の図書館で借りてきたものばかり。お祖父さんの影響で散歩がてら図書館を訪れることもありましたけれども、それだって借り物にすぎません。お小遣いだってお年玉だってそこそこの額を貯めていましたけれども、それを本に使おうとは考えませんでした。いや、というより、私は数多ある本の中から自分のお金を使って買うべき1冊を見つけられなかったのです。買った本がおもしろいかは分からない、そのうえ読みたい本はたくさんある。それならば、図書館で借りてきた方が経済的です。ためらいもなく色々な本を読めます。飽きたら途中でやめても損はありません。その代わり、たとえ自分の価値観に決定的な影響を与えるようなおもしろい本に出合えたとしても、自分の本棚に並べることはできないということです。まあ、よっぽど気に入ったのなら買えばいいのですが。
大学に入ってからは、図書館というと「調べ物をする場所」という認識が強くなってきました。日本文学科の学生ですからね、当たり前といえば当たり前です。それでも課題の合間にふいっと目に入った本――『痴人の愛』とか『孤独なバッタが群れるとき』とか――を借りてきて、帰りの電車で勢いに任せて読む、なんてこともしました。そのくらいの気軽さがよいのです。
先日もふらっと地元の図書館に行って、だからといってお目当ての本などありませんでしたから背表紙だけ見てふいっと目に入った本――愛川晶さんの『モウ半分、クダサイ』というのですが――を手に取って、無心でつらつらと読んでみました。地獄の底から手が伸びてきそうなタイトルですが、お化けも鬼も妖怪も出てきません。落語の怪談噺を題材にした人間たちのお話です。ただし出てくる人間はちいと怖いことをします。人間はたった一つの些細な出来事だけで豹変しますし、たった一つの些細な出来事であっても、あなどっていれば気づかぬうちに一大事になっているものです。「自分は大丈夫、大丈夫。」その慢心が平穏な日常をむしばんでいく、そのゾクゾクっとするような怖さがたまらない作品でした。
ちなみに私は、この世で一番怖いのは人間の心だと感じさせるような心理的なホラーが大の好物ですので、今回の選択は大当たりです。
そんなこんななので、私の本棚にはそんなにたくさんの本はありません。いつぞやに紹介した森見登美彦さんの本は1冊も持っていないのですよ。僅かにあるのは、本屋でピピッと来たミステリーとかホラーテイストのミステリーとか。あとは図書館の貸出期間2週間を意識しないでゆったり読みたい明治大正昭和あたりの名作、海外の名作とかが数冊ずつ。小学校時代に曾祖父さんにおねだりした「ハリー・ポッター」シリーズ、高校時代課題のために買ってもらった新書というのもあります。その他は小説ではなく漫画、教科書、ノート類。
ああ、なんだか寂しくなってきました。もう少し自分の本、ほしいなあ。