卯月

ごきげんよう、あやめです、で始めれば恰好がつくことを覚えました、自分で自分のご機嫌を取れる大人になりたいと考えている、もう一度申し上げましょう、あやめです。

さて本日は題にあります通り4月(上旬)にあったことをお話しいたしましょう。

家に籠って(なるべくはやく)時間が過ぎ去るのをまつ、はやくおわってくれ今世、来世もできれば来ないでくれ、お布団かぶってヤな事をやり過ごす式に人生を無駄にして参りました(※個人の感想ですそしてフィクションです真に受けないでくだされ、親愛なる貴方様若しくは貴女様、)私(わたくし)としては珍しく、今月は、いや正しく申し上げると先月から体を忙しさに浸しておりました。なんてことも隠すこともございません、アルバイトを始めました。それに伴う様々な手続きで忙しく、新たな環境に慣れるので忙しく、お仕事と新たなお仲間を覚えるので忙しく、スケジュールが急にパンパンになって忙しくしていました。新たな出会い、新たな門出、を気持ちよく!迎えるにはあまりに忙しくあまりに身体に優しくないスタートダッシュ則ち(漢文の用法の則ち、即ち「すぐに」の意味で用いました。後者「即ち」は「つまり」です。ご機嫌よう、今日の言葉遊びのコーナーでした。さてここからは蛇を自称する私による蛇足ですが、こういう「シャレ」を自分で解説する作業ほど恥ずかしいことはありません。ですが今年のスローガンは「厚顔無恥(笑)(拡大解釈)」ですので恥ずかしがりません、私。)全速力の4月でありました。少なくとも私の人生で最も外に出かけていた期間であります。

アルバイト、覚えることが多くて苦心しました。記憶力にはやや自信がある、などと供述しているあやめ氏によると、その自称を撤回してお詫びし、打ちひしがれるほどには覚えることが多かった模様です。つまり覚えきれなかったということであります。そして身体的にもハード。長らくお布団とラブラブ生活をしておりましたために体力が無い。どこ探してもない。おかげですこぉし労働するだけで身体中が痛い、そして眠い、体力の枯渇、逃げ場はない。

私のような人間がアルバイトなどするのがいけないのではないか、と言えば、その通りに聞こえますが、よく考えてみましょう、就労しないと独り立ちはできない(、と私のちいっぽけな脳みそが訴えております)、そして私の将来の夢は独り立ちすること・1人で軽々・飄々と生きていくこと、であれば私の人生において就労は免れ得ないのです。やはり、働いてみて判る・解ること、ってあるでしょう、と、対してきちんと働いた事もないのに、分別顔で、何もわからない愚かな私は、そう思いました(感想文)。それだからアルバイトをはじめました、そして見事に疲労困憊している、というわけでありました。自業自得というか、読みが甘いというか、甘ちゃんというか。

もしかしたらこちらに、アルバイトしていない同盟を組んでくださっていた読者の方がいらっしゃるかもしれません。もし、もし仮にその方がいらっしゃるのなら、今回のこの私のアクションはあなたにとって、相当にショッキングな内容かもしれませんね。ただ、それだけが学生生活ではないので、あなたがショックに思われることは何もないし、今焦って新たに行動を起こさなくても、大丈夫だぞと、軽率に、軽口をたたくのであります。まじめに言いますと、私は3年生になってからアルバイトを始める、そして大学生になるタイミング(1年生)でアルバイトを始める方が多い、と仮定すると、私は「遅かった」人になるわけですが、自分では緻密な計画-狙っていた「時期」-がありましたために、引け目を感じる必要は何一つないと思っているのです。言い訳じみていますが、人には人の時期尚早。あなたにとっての「ここぞ」を見逃さず、計画立てていけばいいのです。持論です。つまり正解ではありません悪しからず。要するに、楽しくやれればいいのです。そしてこの文はたぶん、私が自分に向けて、自己満足とか言い聞かせるとかそういう意味を持たせたものになっています。だからあなたはたぶん、そんなことは全く思っていないで、画面の向こうから私に、(今回は特に)変なこと書くな、と思われているのでしょう?

私のグダグダジメジメはさておき。というわけで忙しく、前回の更新日の頃は1番の繁忙期(?)でしたために、例によって書き溜め系ブロガーあやめの書き溜めでお届けいたしました。失礼いたしました。何が起きるか、それは、せっかく更新日が本学入学式であったにも関わらず気の利いた一言も残さないブログが出来上がるということです。なんと自己中極まりない、最悪でしょうか、という言い訳、恨み言、を申し上げ、お詫びいたします。嗚呼もったいない、新入生の皆様ごめんなさい、ただ今急いで(とってつけたみたいに)お祝いの言葉を申し上げます。ご入学おめでとうございます。

さて、お話を4月に戻します。忙しいと忙しいのその合間を縫いまして(この言葉を使う日が来るとは)、本の街・神保町へ行って参りました。わぉ、珍しいことって続きますね、私が日文らしいことをしています。

本の街・神保町。流石の本屋の量に圧倒されつつ、店をちょっとだけ覗いては全てを分かった顔をして歩く、また新たな店に顔を出す、をしました。ただの散歩です。結局好きな作家さんの本と、かわいくて一目惚れした本を、あんなにたくさん本があるのにわずか2冊だけ、大事に買いました。知的好奇心が大いに満たされ、かつムクムク湧いた一日になったと思います。

さぼうる、なる、さる有名な喫茶店にも行きました。混んでいたので並びました。こんなこと今までの私の経験にありませんでしたので、ワクワクしましたし、人気店に行く人になったンだ、とソワソワしました。ブレンドコーヒーとチーズケーキを食べてきました。美味しかったです。

もちろん、味も良いのですが、その店の雰囲気が良いものでした。地下に潜る席に通されましたが、秘密基地の様な空気が漂い、地下ならではの暗さを照らすオレンジ色の電灯、壁一面に来店者によるものと推測される「落書き」の数々、隣同士との距離、天井との距離、いずれも狭く、通常ならば圧迫感があるはずのそれも、「秘密基地」感を引き立てるのか、むしろ居心地良く感ぜられ、それで長居してしまいました。

例に漏れず説明が下手くそで、早速掲げたスローガンに背き(スローガンって背くものですか?)まして、なんとも恥ずかしいので、もはや恒例となってしまい恐縮ですが、是非行ってみてください、の一言で全てを赦してもらう魂胆です。嗚呼恥ずかしい、なんで説明の一つも出来ないのか、とりあえず罪滅ぼしにURLをまた載せておきます。(4月14日追記:と、調べもせずに申し上げている過去の私を叱責しつつ、もう一度皆様にお詫びしなければなりません。さぼうる、という喫茶店の公式なサイトを、私の乏しいリサーチ力では見つけることができず、仕方なく「公式なサイトは持っていらっしゃらないご様子」だと結論付けるに至りました。代わりに千代田区観光協会による紹介の記事をお載せします。ごめんなさいの連続です。)

【URL:さぼうる(スポット紹介)|【公式】東京都千代田区の観光情報公式サイト / Visit Chiyoda (visit-chiyoda.tokyo)】

今回もしっかり写真を撮っていません。もう確信犯を疑われるレベルでしょうか、しかし私、本気です。正気です。写真を撮るという文化がないだけなのです。

さて4月、ひいては春、春と言えば出会いと別れの季節、すでに書きました通りアルバイトを始めたことで得られました新たなご縁、また我らがブログ部に新たに加入してくださったみなさんとのご縁、即ち出会いをたくさん経験した4月になりました。また、これは3月の話になりますが、我らがブログ部の諸先輩方の卒業にも立ち会い、様々思うことのあった別れの季節となりました。

例えば、同級生の部員であるわたさんに、久しぶりにお会いしました。一言二言、軽く話しただけですが、やはり生で会えたこと、お話しできたこと、嬉しくて、ここに記します。急に登場させてしまったわたさん、急でごめんなさい。

例えば、さる下級生部員の方に、「読んでます!!!!!」とおっしゃっていただけました。その時は恥ずかしいやら申し訳ないやら、宣告していただけるほど良いものを書いていない気がして気が引けるやらで、うまく表現できませんでしたが、やはり読者が実際に居る、ということだけで、単純なようですがすごく、嬉しかったです。しかしそれだけではなく、なんというか、嬉しいようなくすぐったいような恥ずかしいしやめてというような誇らしいような、そういう感情でありました。この感情のせいで、おそらく、もし、あなたが私に気が付いて、せっかく声をかけてくださっても「いや恥ずかしいからそんな、よしてくれ…」とか言いますが、ややこしいことにそれで喜んでいます、やはりヤな奴、ということです。まあ、昔から表情の表出が下手で、それは表情筋の問題もありますが、素直さ、という内面的な、思考的な問題も大いに関わっているようでありまして、喜んでも「わーーい(棒読み)(笑)」のようなナメた言い方になるし(これでいて最上級に喜んでいる)、残念ながら実の母親にもその喜び方であるがゆえに誤解を招き、つまり正しく私の喜びが受け取られていなかった、という歴史を持ちますから、まあ、血縁関係がないという意味での他人、である皆様が理解なさるのは、大いに難しいことかと、本人がそう思う訳であります。 それを避けてマスク、仮面ではなく、いやまあ勝手に下半分の顔を想像創造されるので仮面みたいなものでしょうが、そうではなくて花粉症がお世話になるあっちのマスクをつけ始めてはや6年が経ちますが(もはや病的)、おかげで表情筋はもっと衰えましたし、余計鼻炎は悪化し(より敏感になり)ましたし、副作用?として、どなたかと食事を一緒に摂ることに恥ずかしさを感じるようにもなりました。あーあ、どんどん上手に笑えなくなります。哀しきモンスターであります。

あ、また自分語りをしました。こんなことではなくて、その後輩さんにこんなところで小さな声でお礼を申し上げたかったのです、読んでくださって、面白がってくださって、ありがとうございます。これは皆様にも言えますね、ありがとうございます。

さてこの後輩さん、実名をわざと出さないようにして書いておきます。お返事が来るなどして続きとかもっと具体的な話とか、できるといいですね。こんな先輩にお返事くださるのでしょうかね。

というような出会いを経て、そして色々考えて、私も他の方々によるブログにお返事したい!と思いました。マア、他人のブログなのに私がのっとって、お話しを台無しにしてしまう可能性があるので、軽々しくそんなことできないので、ただの私の妄想話なのですが。本歌取?みたいに、パロディ……いやオマージュ?二次創作??してみたい気持ちです。いかがでしょうか。おこられますかね。私による一方的な返信でもいいから…(あきらめが悪い)。

◆◆◆

さて親愛なる皆様、今回は「私」をきちんと疑えましたか?今回は特に、私[ワタシ]ではなく、私[ワタクシ]だと思って読んでいただけるとテンポ良く読める上に胡散臭さも増すような文章を書いたつもりです。いかがでしょうか。そう思って読み返していただいても構いませんことよ?マァ今回の話は全部事実ですので疑ったところで「ノンフィクション」あるいは「随筆」どまりなんですけれど。こんばんは、と私があなたに、夜道でお会いしたらきっと、その晩のあなたはヤな夢を見るでしょう、そんな、実際にお会いしたらきっと鼻摘み者のあやめがお送り致しました。物好きなあなた、必ずまた次回お会い致しましょうね。ニョロ。

4月14日追記:と、カッコつけて終わらせたかったのですが、ここは私、そう簡単にカッコつけが許されません。と申しますのも、私はブログを今書け!!と言われても全く!書けないタチでございます。代わりに変なところ、お風呂の中・電車の中・トイレの中・食事中など、すぐにペンを持てないところで、パとネタ、案が降ってくるタイプであります。ですから、案が浮かんだら消えないうちにメモを取って、そしてそれをパソコンのWordに書き殴ります。その後それをチマチマコテコテ推敲・書き直しして、それを投稿するのに用いているサイトにコピペして、飲み下しやすい文章になりますように、と最終確認をし、語感を大事に、いろいろ言い回しを・持てる技術を・様々なる仕掛けを、頑張って考えて、手を変え品を変え、字面を見、フォントを見、よし!いける!これなら「面白い」ぞ!となって、そして大抵予約投稿(更新日に自動で更新してくれるように設定)して、こうして晴れて皆様に読んでいただける状態になっているわけでありますが、今回の私は大やらかしをしまして、このダラダラネチネチ長い、長すぎるブログ、しかも今回は自信作、面白い()言い回しをたくさん思いつき、言いたいこともたくさん!ボリュームマシマシでお送りしたいのに、なんと、その下書きを、保存し忘れました。叫びました。もう二度と、同じ言い回しはできません。なぜならば、思い付きでしゃべって(書いて)いるからです。ほとんど垂れ流し同然です。つまり今回のこの文章は、「オリジナル」ではありません。もっとおもしろいこと言ってたんですよ私。なのに忘れたし、保存し忘れたし、再現不可能なのです。原稿(原案、スマホのメモ段階のもの)はあったので一命をとりとめましたが、それだけです。そのあとの「のどごしを考えた言い回し・順番」などの推敲後の文章はまったくどこにも残されておりませんでした。これ書くのに何時間かかると思います?今、シンプルに自分にキレている私であります。ご機嫌いかが、如何もなにもございやせん、ここにきて過去の私による「自分で自分のご機嫌を取れる大人になりたいと考えている、」という一文がここまで(自分に)皮肉に効いてくるとは、自分でも思いませんでしたし、これは全く計算外(というこの一言で、あとはみんな「計画どおり……!」であることもバレましたが)でした。きつい(嗚咽、咽び泣き)。

今回はそんな、私の断末魔も、文章から読み取っていただきたい(無理)。

ひばりのおしゃべり

はじめまして。

とポと現れて、グダグダジメジメと、たった一つの事柄をこねくり回してようやくお話しする、という話法……?を用いた、自己紹介になっていない自己紹介文を掲載し、電撃デビュー!を果たしてから、ようやく1年が、過ぎました。ごきげんよう。お休みをいただいた関係でお久しぶりになっておりますあやめでございます。今回はアニバーサリー回ですヨ。つまり豪華ということです。長いです。先に言いました。お時間よろしいでしょうか。

と、このように話を逸らせて何千里、これまで皆様には「で、何を言いたいンだい?」というお顔を何度もさせてしまったことでしょう。ですが、ここまで辛抱づよくお付き合いいただいた皆様にはバレバレなように、私は大事なことほど、また、照れくさくなればなるほど、ちょっとふざけて、持って回った話し方を、言い回しをしないと、話せなくなってしまう「はにかみ屋さん」でありますから、ご容赦いただきたい、のです。傲慢です。駄文です。蛇足です。だから長くなるんです。わかりにくい文章です。分かってはいるのです。

この1年、やらせていただいて、1年経って、ようやく、それでも満足に堂々とできる訳ではないのですが、マア人に見せられるレベルにはなってきた、そんなタイミングで自己紹介を、こんなところで改めてしてみようと、電車の中で思いました。もうたくさん!というほど知っているのに、紹介するのです。面白いでしょう?面白くないことをわざわざ取り立てて面白がるのが私のポリシーなので、面白くないわけが、ないのですよ。おっと、2年目に突入した私はいささか強気ですね?

私の名前はあやめです。お花のアヤメとは関係があんまりありません。生まれたのは2月ですから、アヤメの見ごろでもなんでもありません。あんまりどころか、全然関係がないと言っても良いのかもしれません。でも私自身では、あの凛とした感じやら、紫色の高貴な感じやら、ツンとしている感じやら、でも群生?みんなでぎゅっと集まって咲いているかわいらしさやらが好きなので、関係があるんだ!と思っています。我が家の庭にも植わっています。自分で自分をツンとしているとか、かわいらしいとか、間違ってもそういうことを言いたいわけではないのです。ああいうふうになりたいな、私とは全然違くてかなしいな、と、こうです。持って生まれたものと、全然違うものに、人は憧れるのだと、思っています。現に私はヒョロヒョロ、頼りないガリガリの、不格好な見た目をしているのですが(※個人の感想です)、筋骨隆々、ムキムキな人に憧れを抱いています。どうでもいいですね。蛇足。思えば私は、蛇みたいな、とぐろ巻いてシャー!と、全くなつかないヤな生物でしょうね。そう思うと「蛇足」なんて、なんて皮肉でしょうか。

あやめという人間は、日本文学科、というところに所属しています。3年生からは、近代文学をやらせてもらうことになりました。明治というよりは昭和の頭ごろに興味がありますが、変わるかもしれません。つまり、すごく!やりたい分野、が決まっていません。ふんわり、たぶんコレが一番すきだな、と決めたので、あまり決定的なことはいえません。どうなるのか。それは私が一番わかりません。

あやめという人間は、日本文学科に、あるいは日本女子大学に、狙いを定めて受験してきた人では(すごく申し訳ない、けれど事実なので恐る恐るお知らせすると、)そういう人ではありません。大学受験の話……はまた別の回でじっくりするべきだと思うので踏み込みません。……と、このように大事なことをフイと言ったり言わなかったりする悪癖を持っています。さて、しかし、日本文学科というところが私の性質に合っているようで、居心地がとても良い、ということも、大きな声で言えます。そう!と思って入学したひとでなくても、とても良いところ、と納得できる、そして満足できる、充実した、そういう場所だと思って、通学しています。

あやめという人間は、このブログのテーマを、疑い深いけど、決定的な「証拠」がないために「ダウト!!!!」と決定的に言えない、モヤとするもの、「うそぉ?ほんとに?」と思われるもの、フィクションなのかノンフィクションなのか微妙なもの、このあたりに設定し、そうなるように書いています。でありますから、今回のこの自己紹介も、全部まっかな!ウソかも知れません。いや、ウソ、ではなく、「フィクション」ですね。……どうですか?善良なあなた、あなたといえども、私という存在を疑ってしまいますか……?疑えたあなたは、「日本文学」という学問の扉が開いている、と私は思います。文学の世界に、一歩、勇気をもって、踏み込んでみては如何でしょう。勧誘でした。勧誘は、まあ、とりあえずさておき、いや、ほら、私は一応日本文学科「公式」ブログ部の部員でありますから、しかも「日本女子大学」に所属していますから、上記のように大学の雰囲気であったり、日本文学の勧め(すゝめ?)であったり、こういう宣伝であったり、こういうことも、きちんといつかはしなければならないんだろうな、と思って、それでこういう、挑戦的なことを言ってみたのです。いつもてきとうなことを言う、ではいけないと思ったわけであります。おりしも?今回は入学したての皆様がご覧になるようなタイミングでもあります。まだ二日目の大学生活、如何でしょう。さて、こういう挑戦的なことを、言いました。言ったのですが、しどろもどろで、魅力が伝わったかどうか、わかりませんね。下手な言い訳はこれくらいにします。あきれて画面を閉じないでください。さておき、こと、私あやめの記事に関しては、半信半疑くらいで読んでいただけるのが一番うれしいのです。……さて、皆様に唐突にクイズです。この言葉は「フィクション(作り話、と言い換えてもいいですが)」でしょうか?…ね?疑い深いでしょう?ふふん!したり顔をした私が、画面の向こうでニヤニヤしていますよ??あなたが迷って惑って困って頭を捻って、下されば下さるほど喜ぶ、やっぱり蛇みたいな私でしょうか。

あやめという人間は、「こういうこと」を、お風呂とか電車のなかとか、急に思いついて、書き殴って、ぐちゃぐちゃのまま、読者の皆様方にたたきつけて、でも逃げ足だけは速く、それでスタコラ逃げていく、そんな卑怯かつはにかみ屋(本日二回目)なのです。そして、こんなことばかり一人で考えている、(ちょっと、ほんのちょっと)陰気な、変な人である、と自分を評価しています。そういう自分で下した評価を、怖がってもいます。枠にはまらないところの多い、不良品だと思っています。自信が、ありません。でありますから、長々々々くらい長い文を、よせばいいのに、書きます。伝わるか不安なのです。自意識も過剰です。つまり、なぜ自己紹介ができないかと言えば、紹介できるような部分も、こんな自分を形容する語彙も、ないからでありました。一年前にわたしの自己紹介にならない自己紹介をみて、モヤ、とした方は今、ここにいらっしゃるでしょうか。今回、アレの答え合わせができましたね。こんなつまらない答えでごめんなさい。冷めちゃいましたか、それとも、「覚」?「醒」?ああアホらし、付き合ってらんないぜ、そう思いましたか……?

ヱ!ほんとに思ったの?あ、あー、えっと、その、そ、それは、困ります、ね、嗚呼、こんなことなら、しゃべらなければよかった、あーあ。……あーあ!私はなんてバカなんだろう!そんな後悔の涙で今日も、私の枕は富士山くらい軽々超えるほど、高く高く浮きます。あなたのせいですよ!!グスン。

あやめという人間は、しかし、自分のこういう、「変」なところを、ある意味で誇らしく、面白く思っています。私らしい、といえば、変、だと自負しています。この程度では「変」とは言えないとおっしゃるあなたとは、多分お友達になれるでしょう。お手紙下さいね、なんて。ほらね?また冗談。照れたんです。皆様には、私がどこで冗談を言ったのか、間違い探しでもするみたいに、挑むみたいに読んでもらえたらいいな、と淡く思って、そんな風にブログを書いています。きっとあなたも、こんな「変」さをおもしろく思って読んでくださっているのでしょう?そうでなければこンな(無意味な)長文読んでいられません、時間に追われる現代人、忙しい忙しい、そんな貴重な時間を割いて読んでくださって、本当にありがとうございます。だから私も、張り切ってそのお気持ちにお応えしたいと思って、カラカラの脳みそをバリバリいわせながら、無い案を絞り出して、どうにか「面白く」しています。お許し、お赦しください、ご容赦を、お慈悲を……消えかけの声でお伝えするほんの蛇足でございますが、江戸時代の昔に一揆をおこした農民たちは、お上の御偉方にご容赦をいただくために、わざと農具を持って、「いやしい恰好」で、訴えをしていたとかいないとか。

あやめという人間は、今年も変わらず、つまり2年目もこのスタイルに変化をつける気持ちがありません。このままダラダラグダグダ、私の思うありったけの「変」、あるいは「(奇)妙」……「妙」ですとなにやら「良いもの」のようでもあるので、やはり「変」でしょうか、これを詰めた話をする、そういうつもりです。「面白い」に命をかけています。決して「面白くない」ことは、したくない、と思っています。そんな自分の態度を、ちょっとやりすぎだな、とも思っています。それこそ「変」です。ですが、面白いことが好きなのです(面白い、の価値・基準がちょっとずれているとか、そういったご指摘は、今はさておいておきませんか?)。ですから、いくら「変」でも、しょうがないのです、好きなので、そして、頑固なので、さながらしつこい油汚れです。

あやめという人間は、「中の人」という概念をもってやっています。

あやめという人間は、大事なことに限って全然喋りません。無駄なことはツラツラ、台本でも読んでいるかの如く長台詞をしゃべるくせに、大事なことは、たくさん話すのが照れくさいから、全然キチンとお話しできない小心者です、わるいこです。

あやめという人間は、この4月に3ねんせいになりました。

あやめという人間は、今度しりとりならぬ「頭とり」をやろうとしています。

あやめという人間は、飽きると全然集中しません。最悪、ということです。これらの性質から、文が短くなってきたら、それは大事なことを言っているか、それか、飽きて来た証拠です。つまり、飽きました。

こんな私の駄文を、まだ、懲りずによむのですか?(チラ、と上目遣いの、残念ながら醜女の、若さに任せて頑張って、そんな命懸け、懸命な、「可愛い(kawaii)」顔)(身内(妹、我が家の「良心」でもあります)に試しにわざわざ私のブログを読ませてみたところ、大ウケでした。さて、この事実に、あなたは、「フム、ならばまあいいものだろうかな?」とおもわれるか、それとも、「身内(妹)に読ませて強引に良い反応を引き出させる卑怯な奴だ」とおもわれるか、「かぞくにしかほめてもらえなかったのね……(憐みの目)」とおもわれるか、いずれでしょうか)

▷読まない

 読む

20歳になっちゃったはなし――あやめの靴下事情――

〈注意‼:投稿前に必ず変更を加える。まだメモ段階・清書する!!〆切:3月13日〉

草稿

前略。

黒い靴下を、高校時代からずっと選んで履いています。

同じくらいの長さで、しかも黒だから、見分けがつかず、いよいよ超高難易度神経衰弱(もっとうまい言い回し考える)になっています。いや、靴下評論会とでも言いましょうか。靴下万博でしょうか(しつこい)。←変更を視野にいれて。

あっちとこっちは長さが違う。こっちとそっちは生地の厚みが違う。それとこれは黒と紺で色違い。

ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)読者の皆様いいですか、これが10代です(読者のあなたがいくつだろうが、これを訴えなければ、私は20歳になれないのです。これを知らせなければ、お酒に酔えたものではありません!)。

浅い経験を豊かな感情、よく効く嗅覚とぎりぎりのバランス感覚、つまりは子供特有の殊更鋭敏な感覚でもって表現することで、飲めないアルコールではなく自分に酔って、前後不覚、ある者は音楽に勤しみ、またある者は恋人と浮世をランデブー、わたくしといえば厚顔無恥、軽薄軽率、楽観的、夢見がちに生きている、これが10代の性質であります。これをまさか大人がやったら、目も当てられない、と(辛辣に!!)思う私は今、10代を終えるところでありますから、この専売特許を今のうちに出し切る所であります(編者注:筆者は昨年12月にポとスポンジの落ちる音を立てて思いついて発作的に書き殴っていますが、編集をする者(つまり私)は残念ながらもう20代に悠々突入しておりますから、非常に非常に恥ずかしい思いをして、たとえるなら幼い弟が公共機関で大声で「うんち!!!!」とかなんとか、恥ずかしいことを嬉しそうに大声で、言い出した時のような、そしてそれを制するのが自分しかいないような、そんな恥ずかしさ、なんなら頼りなさ、心細ささえ抱えている、というような気持であります。これでは筆者の訴えんところがまるで「うんち!!!!」同等であると言っているように見えますが、それとはまた違うのです、えっと、こう、なんというか、また蛇足を書いてしまったのでしょうか。(←あとでうまいこと編集する……代替案無し:12月18日記)蛇足でしょうか、いいえ誰でも、まあ、このようにまごつき、しかしどうにもできず耐えているのです、こいつ、なんてことを言い出しやがる、です、ます)。別に20代になったからといって急に、「この」性質を出してはならぬ、という法律も道徳観も探したってないのですが、専売特許を年下から奪うのはそれこそ恥を知らない大人になるのだ、と私の美学と、そして、やはり切り離せない、まだ大人も辛酸も知らない子供なこの性質をもった私の心が、こう、訴えるのです。経験は、浅いのです。大人はこれを微笑んで見守ってほしいのです(全然全く1ミリも共感も理解も納得もできなくていいのです、というかできるわけない、とも思います。人には人の乳酸菌、へえ、ほお、なるほど、いろいろ考えて賢いね、偉いね、ご褒美におかしやろうね、など(編集注:一部画像の乱れた個所がございます。多分に筆者の理想・甘えが混ざりました、お詫びいたします。筆者によりますと、「マアさらさら直す気はありませぬ笑。」とヘラヘラ笑ったムカっ腹の立つ顔でお詫びを申しております、謝るのは大人のお仕事なのでしょうか、申し訳ございません。)適当に話を合わせてまるっきり「子ども扱い」して下されば、こちらは大満足して鼻息荒く、獲物を捕らえてほめてもらった犬コロのようになります。あ、もちろん、うまくやっていただかなくてはいけませんよ。本当にまるきり子ども扱い、たとえば赤ちゃん言葉でテキトー言われてはこちらが困ります。ああ、この大人の方は、大人の世界で疲れ切っておかしくなってしまわれたのだ、と、見当違いなジャッジを下すことになってしまいます。それは大人の方々の沽券におおいに関わると思われますので、もう少し、親切な言葉をかけてほしいのです、そうですね、たとえば、具体的にいっこだけいいところをチラと見せてくだされば;ニヤ、と笑って「ふーん、なかなかやるじゃないか(ニヤ)」で、大喜びです。こちらにもプライドがございますから、大人の方々の前ではカッコつけて「そう?マアなんかうまくいったかも?全然本気じゃなかったんだけどね?イヤ運がよかったわ(ヘラと笑う)」で終わりますが、一人になった瞬間、「ッッシャアアアア!!!」という具合であります。断っておきますが、大人の皆さま、子供の、経験は、浅いのです。

ここになにかワンフレーズ;唐突感防止)また10代はしかし、この恥を恥とも思わず、のびのびやるべきだったのです。モラトリアム人間。青年期は伸びました。絶対善も絶対悪も、そんなものは神様と一緒に滅んだのです(←表現変更?)。一体何百年昔のことを悩んでいるのやら!変に悟った気持ちになって、慣れないのに、ホントは違うのに、恥じて大人びた顔をするから下手になる。恥じるのは大人の仕事。10代はまだ子供。こう、単純に思考できれば、今までの「あやめ」がこれほど恥じていたのは、ある種の大間違いでありました。学校で、複雑で難しい、奥の深い世界を覗かせてもらうことが多いから、肝心なところで、単純に、さわやかに思考ができなくなった、ということでしょうか。遅かった!気が付いたころにはもう、大人です。大人は恥を知らなければならない。大人になってまで恥を知らないのは、恥ずかしい。ほら、あの偉い人も、いつも恥がどうのって、言ってましたでしょう?あなたも必ず知っている、あの偉人ですよ?

遅かった!もう目前に20の数字が迫っている今になってやっとようやく「恥」から解放され、それなのに20になればまたすぐに、恥の呪縛に襲われる手筈になっています。なんと不幸な、我が人生、これにて頓挫、もうなすすべなし、四面楚歌、おじゃん、がっくり、しょんぼり。

◆◆◆

さて、如何ですか。「撮る」に足らない日常でこうやって遊ぶのは。靴下が両足揃わなかったフラストレーション「如き」で、ここまで壮大に語るというのも、また面白いものと、信じています。厨二心燻る(??)文体でもってつまらぬことをコネコネすることが、私の生きがいであり、生き様でありんす。申し遅れました、あたくしが麒麟児、あやめでござんす。どうしてこんな、綿毛のフワフワを純粋にふーーーーと飛ばすような話し方が、考え方が、つまらないだろうか(いやつまらなくない)。

草々、いや、女性は「かしこ」でしたか。

(2023年11月1日分のブログで打ち明けましたが、文の始め方も締め方も分かりませんでした、が、分からなければ逃げればよかったのです。前略、早々、これで万事解決でした。私の言いたいことなんて、前略、早々、こういう急を要する、気が変わらないうちにかき込むように読み下していただく、そんな話ばかりですので。…同じことを繰り返すのは〈芸がない〉ので、私のポリシーに反し、もう使えないのですが。私の発見は、いつも遅れて、大遅刻でやってきます。だから大器晩成とか、哀れんだ顔で言われちゃうんです。あーあ)

あやめの靴下事情[要約編(編者による)]

はしがき

ここまで読んでくださった親愛なる読者の皆様。ごきげんよう、真っ青な顔をしているあやめです。

あれだけ気を付けたのに、草稿段階でアップロードしてしまいました。ところどころ編集すべき点を記したマークやらなにやらもつけっぱなし、変更していないところも散見、漢字の変換ミスまであります。おおやらかしです。ほんとうにごめんなさい。恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、それどころではありません。やらかした。ただこのひとこと。

しかも、皆さんには読めないであろう【外国語】でしたためてしまったために、意味も分からない文字の羅列を見せられた、と皆さまお怒りであると思われます。心の底からお詫び申し上げます。ただ、もし有識者の方がいらっしゃったとしたら、この文を読むと、なんというか、その内容の、大変にムワッと、こう……なんというか、芳しい香、いや、この際はっきり申し上げますが、「「「「臭い」」」」のにお気づきでしょうと思われます。しかし、なんたることか、ウチの新人(佐伯くんと申します)が、うっかり間違えてそのボツ、というか草稿段階の物をアップロードしてしまったので(彼にはキツく言っておきます、このことが発覚した際、佐伯くんは泣きそうな顔で/人一人あの世にお送りしちまったかと見えるほどの最悪の顔で、地獄の底からちいちゃな声で、「あの……ほんとすいませn……」と言っていました)、お詫びして以下に[要約編]をあげさせていただくことで訂正をいたします。全く、やっと大人の仲間入りをしたというのに、しょっぱなから、いけないことです。申し訳ございません。

【要約編】

二十歳になってしまった。完

【あとがき】

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蛇足編

こんにちは、ごきげんよう、上記の人物群とは全く関係のない、中の人・あやめです。

無粋ではありますが、ちゃんと断っておきますと、上記のお話は”フィクション”であります。決して「佐伯くん」を雇ってゴーストライターさせてるわけではないですし、断じて「私が」あンなむっさくるしいヤなことをネチネチ考えたりしているのではないのですからね。かっ、勘違いしないでくれる?べべ、べつに、あんたのためにやってるわけじゃないんだからねっ!

マ冗談はさておき(冗談しか言えない病気とかにかかってしまったのでしょうか)(しかもネタが古い)、そういうわけで、1か月ぶりの更新となっております、皆さまお元気でいらっしゃいますか。私の方は(誕生日にコロナになったりそのせいで予定が大崩れしたりしましたが)おおむね元気であります。1か月も空いてしまったせいか、大いに意気込み、大作が出来上がってしまった気がします。大したことは言っていないのですがね……ハハハ……

さて、久しぶりなのにご挨拶もなく始めてしまい、失礼いたしました。唐突感が要るものを書いてみたかったのでこのようになりました。……おもえば私の記事の多くは唐突に始まり、言い訳をごたごた並べ(言い訳するくらいならやらなきゃいいのですが。)、そしてブツリと終わるものばかりではありませんか。こんな形式が好きだなんて、これだから「変わり者」と言われるのです。

今回は要するに、ぴちぴちの二十歳になったことをお伝えすべく話し始めました。二十歳なんて随分大人だと思っていたのにな。二十歳のあやめもどうぞよろしくごひいきに。

やるき

ごきげんよう。例によって書き溜めしているあやめです。今回も書き溜めしたものをお送りしておりますごめんなさい。

以下、1月13日追記。

こんにちは。先日、成人式……?二十歳を祝う会……?に参加しましたあやめです。くすぐったい思いです。ご報告だけしようと思って追記しました。えへへ。

追記終了。

以下本編

授業を受ける際に、どーーーーーーーうしても、意に反して、存外にも、集中できないこと、眠くなっちゃうことが、あります。ありませんか?ありますね。人間誰しも、体調の良し悪しがありますから、眠くて集中出来ないことも、よくあるのだ、と信じております。

あるいは、今!やらなければならないことが、はっきりわかっているし、今!やらねばもう終わらないようなことを目前にして、しかし全くやる気がわいてこないことがあります。ありませんか?ありますね。例えば、絶対入るべきなのに、頭ではしっかり理解できているのに、もちろんいつかは(というより結局毎日)入るのに、今!入るのは驚くほど億劫なお風呂!!!あれ程遠いのはなぜですか。毎日入っているし、入ったら最高に気持ちいいのに、あれ程遠いのはなぜですか。

以上の現象について、もしかして、あなたも心当たりがありませんか。こんな時、誰も悪くはありません。また私も、そこまで悪くないと、思いたいです。

さて、あなたは信じられないかもしれませんが、わたくしあやめもまた、人間ですから、やはり、どーーーーーーーうしても集中できないことが、また、どーーーーーーーうしてもやる気が起きないことが、あるのです。

そんな時、私はノートの端っこに、彼らを描出することでお呼びするのです、「やるき」を……

友達に試しに見せてみたら、結構ウケました。かわいいですか?

色を付けるとしたら、こうです。

やる気が枯渇してしまったら、こんなことをするのも、良いのかも、しれません。

ちなみに、彼らは割と軽率に家出したり、

梅雨や花粉症と大戦争を起こして、しかしあえなく負けたり、

歴戦の傷を癒すために入院したり、

回復してマッチョになったり、

します。

やるき、帰っておいでよ……私は泣いて、いつでも心待ちにしているのに……

謹賀新年

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします、あやめです。

新年ですね。私はただいまレポートとテストの期間中ですから、それらに追われています。一月いっぱいはこの調子です。書き溜めておいた記事でしのぎます。ご容赦ください。ということで、書き手・あやめはまだ年を越していません。悪しからず。

新年、このおめでたい時期に、また、大掃除から解放されたかと思えば新しい年の分の仕事に追われる季節に、あるいは、帰省なさったり初詣に行かれたりして楽しく過ごす期間に、(あえて)こんなところ(と申しますが、)を覗きにいらっしゃるあなたは、かなり稀有な方だと思いますので、全然お正月に関係のない話をわざわざ書いてみようと思います(書き手・あやめが、年を越していない、どころかまだクリスマスもやってきてない、そのために新年気分では到底ない、書き溜めしすぎたか、発酵しちまうぜ、ということも大いに関係あります)。

さて、みなさま、ChatGPTってご存じ?……ご存じの方が多いかと思われるので、別に説明は例の如く割愛いたしますが、大学で使うのは慎重にね、と耳タコで言われている、奴のことであります。私は奴のことを、敬愛をこめて「チャットさん」と呼んでいますが、彼(彼女でしょうか…)に200字程度で兎と龍の物語を書いてもらいました(やっぱり新年っぽくなりました、まずい、ややこしいことに初嘘を年内についてしまった、閻魔様にベロを抜かれちゃうので、このことは内緒にしてください、お願いします、美味しいごはん、味わってもっと食べたいの)。そしてそれだけではいけないので、試みに、私がそれを編集するなどしてみます。この試みに立ち会って下さる方~~?お客様の中にこの一大プロジェクトに立ち会って下さる方はいらっしゃいますでしょうか~~~?

ごちゃごちゃ言わず、はじめます。

以下チャットさんによるおはなし。

昔々、森に住むうさぎと龍が友達になりました。うさぎは小さな身体で、龍は大空を飛ぶ存在。ある日、森が危機に直面し、うさぎは身を挺して助けようとしました。しかし、力及ばず、そこで龍が現れました。龍の力で森は守られ、二人の友情は更に深まりました。それ以来、うさぎと龍はともに冒険し、森を守り続けました。

あら、な、中々、お上手なのね。チャットさんはなんと童話のようなものも、ものの15秒で書いてしまいました。つらつらと出来上がっていく物語を目の当たりにして、ややチャットさんを侮っていた(私はチャットさんとは、興味本位で一回ちらっとお話ししただけで、あんまり交流がありませんでした)私は震撼しました。べ、別に、その凄さはたくさんテレビや学校などで聞いて学んでいましたから、今更ですが、べ、別に、危機感とか、感じていません。

ところでこの物語、きちんとハッピーエンドですね。マア、うさぎと龍なので、バットエンドを書くことの方がちょっと邪道なのでしょうか。そのあたりの配慮もバッチリですね。チャットさんはすごい……

ただ、絶賛してばかりでは、もう私の役割が全部チャットさんに取って代わられてしまうことになりかねないので、難癖をつけていきます。

昔々、とはじまり、なにやら日本昔話風の絵柄を思い浮かべます。ふむ、まずはじめにうさぎと龍が仲良くなるのですね。そのあたりは何故かわからないのが、想像力を掻き立てますね。

うさぎは小さな身体で、龍は大空を飛ぶ存在。」というところは、ちょっと不自然に思ったので、「小さな体で野原を駆け回るうさぎと、大きな体で大空を飛び回る龍は、どちらも広い森の中から面白いことを見つけ出すのが上手でした。二人は、体の大きさや住んでいる場所は違いましたが、だからこそ彼らの「面白そうセンサー」が働いて、お互いがお互いに惹かれました。どちらも話が上手でしたし、感性が似ていたので、彼等はすぐに親友になりました。」にします。

ある日、森が危機に直面し、うさぎは身を挺して助けようとしました。

ここは、私が200字で、とお願いしたことが原因でありますが、やや淡白に展開しているので、わたくしめが、僭越ながら肉付けいたします。

「彼らがいつものように、それぞれの地元から面白いものを持ち寄ってプレゼンをする遊びをしていたある日、神聖なこの森に、全く面白くない動物がやってきました。蛇です。蛇は森で一番現実主義で、またほかの動物を騙したり驚かしたり困らせて遊ぶ、タチの悪い趣味をもっていました。人間のことも当たり前に嫌っていて、人間にも危害を加えていたせいで、人間の世界から追放されてしまい、行き場がなくなってこの森にフラッと来たのです。うさぎは、また龍は、当然、この蛇が嫌いでしたし、他の動物も、嫌い……というよりは……苦手……?というふうに思っていました。神聖な森では、他の動物にあまりたくさん干渉しない、自立したタイプの動物が多くいたので、こういうちょっかいをかけてくるタイプに慣れていない動物が大半でした。そこで気の強いうさぎは、蛇に文句を言いに行きました。」

さて、お話は、「しかし、力及ばず、そこで龍が現れました。龍の力で森は守られ、二人の友情は更に深まりました。」と続きます。これは、私の解釈によると、

「蛇はまた、とても(ズル)賢い動物でもありました。現実的、ということは、現実世界の抜け道も良く知っている、ということのようです。蛇はニョロニョロと、嫌なところをついてきます。うさぎはついに、何も言えなくなってしまいました。うさぎは誰かと言い争いをすることはつまらない、面白くないことだと学びました。そうと分かって仕舞えば、うさぎは言い争いをするのがバカバカしくなってしまい、言い返す言葉が何も思いつかなくなってしまったのです。うさぎ、面白くないことにはとことん興味がありませんでした。そこで選手交代、龍がやってきました。龍はうさぎよりも長生きで、御年1080歳でありました(うさぎは3歳です)。年の差友情です。龍は長く生きてきた中で、たくさんの経験をしてきました。ニョロニョロの蛇は同じニョロニョロの龍が、知の巨匠である龍が、憧れでした。爪も生えているし、空も飛べる。火も吹けるし、強いのに、あンなちっぽけなうさぎと仲良くしてやるほどに優しくて、おまけに賢い。カッケェ!龍ってスゲェ!とひっそり、こっそり思っていましたが、龍はそのこともバッチリ知っていました。龍は普段うさぎと話すときはめちゃくちゃギャル語を話していましたが、この時ばかりは物凄く重たい口調で、物々しく蛇を説得しました。蛇は龍と話せたことが嬉しくて(龍は優しいので、蛇の言い分も全て一度肯定してから、それから改善すべきことをわかりやすく教えてくれました)、ツン!とした顔をしていたけど、ちょっとにやけてしまいました。蛇は龍と(しぶしぶ!)約束して、大きな川の中州にある大木を調査して、文化財として保護する仕事をすることにしました。やることが見つかった蛇は、他の動物に構うこともなく(非常ォォにヤな言い方をして、たとえば「あなたにはわからないでしょうけれど、僕は忙しいので。ええ、あの龍さんとお話しさせていただきましたからね、僕はあなたと違って賢いので、ええ。」といった塩梅で話す癖は治りませんでしたが)仕事に没頭していきました。うさぎは龍の新たな一面(うさぎは龍のことをギャル語ではなすちょっとあほの子だと思っていたので……)を知り、また龍はうさぎの新たな学びに喜び、彼等はもっと仲良しになりました。龍はとっても長生きで、うさぎはそれに比べたらとっても短い一生を過ごすことになりますが、龍もうさぎも短い友情だとは思いませんでした。それで満足でした。」

やっと結末です。そろそろ私は短く簡潔にまとめる能力をつけなければなりません。

それ以来、うさぎと龍はともに冒険し、森を守り続けました。

ここについては、一点、お伝えしたいことがあります。チャットさんに無理を言って、別のバージョンもいくつか書いていただきましたが、どのバージョンでもなぜかどうしても冒険するパートが必ず出てきました。譲れないポイントなんでしょうか。ここまでで結構満足感があるのに、この上冒険に出たら収拾がつかなくなりそうで私は怖くてその展開はできません。新しい発想でした。勉強になります。

「うさぎは自分の知識の浅さを知りました。また、楽しくお話ししていた友達の龍が、こんなに賢いと知りませんでした。ギャル語を使っていた理由について聞いたら、龍が「一番最近習得したから……つかってみたかったんだ……」とテレテレしながら教えてくれました。また龍は、蛇と話しているうちに、親友であるはずのうさぎに対して自分が、その寿命が短いことから、別れが辛くならないように、そこまで仲良くならないように無意識のうちに感情をコントロール、セーブしていたことに気がつきました。龍はこの個人主義な森ではいつも一人になりがちでした。みんな自分のことを尊重してくれる代わりに、誰も仲間に入れてくれませんでした。だから長いこと友達なんていませんでしたし、それに何の疑問も感じませんでした。一人で何でもできたし、楽しいことばかりだったので、別に何の不満もありませんでした。ところが、小さな問題ではありましたが、また小さな助力でしたが、一緒に解決しようとしてくれたうさぎのことが、とても気になるようになりました。はじめて、友達が欲しいな、と思ったのです。

それ以来、うさぎと龍はともに冒険をしました。真の友情と深い知識を得るための大冒険です。……なに、心配ご無用。なんてこともない、お話し会を毎日開いただけのことですよ。森の個人主義な動物もご招待して、いろんな話をきいたり、ただ一緒に時間を過ごす会です。みんなの、手に汗握るどきどきの物語を聞いていると、大冒険をしている気分になるのです。また、いままで知らなかったことを知るために、普段はしないことをするのって、まさに大冒険というものでしょう?

ときどき、いやいやながら蛇も大冒険に参加しました。このようにして二人は、森の平安を守り続けました。」

思っていたより長くなってしまい、たぶん皆様も飽きてきた頃だと思ったので、あわててここで辞めにします。皆様もぜひチャットさんとお話ししたり、この物語の続きを考えたりしてみてください、なんて。

結論:チャットさんすごい!

We Wish You a Merry Christmas, And a Happy New Year.

♪ジングルベル、ジングルベェル…♬

こんにちは、クリスマスを前に、サンタさんに思いを馳せるあやめです。

本日はもっぱらサンタさんのお話をいたします。

我が家には、サンタさんに関する様々な信仰?と行事がありました。

例えば、良い子にしていないとサンタさんが来てくれないのは、サンタさんにはたくさんの目があって(⁉⁉)、いつもみんなのことを見ているからなのだ!というもの。お前も良い子にしていればそれを評価してもらえるし、サンタさんはすべて見ているので、十二月だけ良い子にしててもサンタさんにはお前の悪行はバレバレなのだよ…といった塩梅です。……途中、サンタさんというより仏様みたいな描写がありましたが、我が家では(少なくとも私は、)大真面目にこのことを信じておりました。

また、サンタさんにプレゼントをお願いすべく、まずは家族で大きなショッピングモールのおもちゃ屋さんに行き、お父さんにこれが欲しい、と主張します。すると、お父さんはなんとサンタさんの電話番号を知っているので(⁉)、じゃあちょっと電話してくるので、他の買い物をして待っていてくれ、となるのです。我が家はショッピングモールに行くことがあまりないので、他の買い物も非常に多くあり、サンタさんとかクリスマスとかそういうことは忘れて年末の買い物に忙殺されるのです、ああ師走…

サンタさん、しかし小学生にはあまり信じられていないようです。私の記憶では、小学3年生ぐらいで、すでに「エ?まだサンタとか(サンタさん、でもなく、サンタ、なのです)信じてンのオ~??笑笑」と言われました。かなしい。サンタさん、当時はやや信じていたのに。寝ぼけて見たあれは絶対にサンタさんだと思ってたのに!!!小林君(※仮称です)ひどいよ!!!という事件もあったものです。なつかしい。

サンタさん、世界にどれくらい居るんでしょう。いるとかいないとか不毛な(※個人の感想です)論争を繰り広げるより、そういうことを考えることのほうが楽しいのです。ここではサンタさんがいるかどうかは別として、いるならサンタさんはどんな風に運営してるのかな、とか、そういうことを考えましょう。

まずは、オーソドックスに、世界に一人しかサンタさんがいない説。これをとるとサンタさんが全ての子供たちに、たった一日で(一晩で)プレゼントを配ることになって、すごい労働が要求されます。徐々に【25日】が追ってくるなか、トナカイを乗り回して、全ての(良い子だった、これがミソ)子供に笑顔と幸福をお届けするサンタさん。なるほどガッテン。良い子にしかサンタさんが来ないのは、サンタさんに負担がかからないようにするための工夫だったのか!!すごおい!!!!

……この説ではたしかに、さすがの小学生にも論破されそう。無理そう。

つぎに、世界中にサンタ支社が出張所として展開している説。つまり、サンタさんが複数人存在する説です。私は日本に住んでいるので日本支社ですね。絵本などで、森の動物たちがプレゼントがなるもみの木の収穫や、そのプレゼントの包装を手伝ってくれる描写がなされているので、どうやら会社は森の中にあるのでしょう。日本は森林が国土の3分の2を占めているとか(農林水産省HPを一応参照いたしました)なので、森林の割合が最も低いらしい大阪府や2位の東京都は、その人口の多さからもやや難しさを感じるものの、まあ、そのあたりは近隣地域の会社と連携してカバーするのでしょう。そういう難しいことを考えるのは大人の仕事なのです。よかった!これならサンタさんが一応安心して労働ができますね!うまいこと仕事をぶんぱいするんだろうな!委員会みたいなものかな!!これで今年もサンタさんが来てくれる!!めでたしめでたし!これにてわたくしによる管見まみれのサンタさん考察は幕を閉じることといたしましょう。

うそです。わかっています。この程度の考察(笑)では、満足できない謎や秘密が、サンタさんにはたくさんとりまいているのです。それどころか、私がちょっともう飽きて適当にやり過ごそうとして強引に閉めようとしていることが読者のあなたにバレバレであり、ブーイングを全身で受けているのすらわかっています。

しかし、もう、サンタさんにプレゼントをもらえない私にとっては、あれは過去の男なのです(ハンカチをかみちぎる音)。みなさまの元にはまだいらっしゃるの?あなたには素敵なサンタさんがいらっしゃるの?そんなまだサンタさんが来て下さるあなたに女ごころがわかるのであれば、どうか私にあの男のことを思い出させたまうな。もう終わった話を蒸し返さないで……ッ!

以上のように、どうしても普段の生活の中でブログに書くことが生まれない私が採っている苦肉の策は、主に言いたいある一言を引き出すための、くどすぎる長い長い枕詞を書くということでした。そのために、子供も騙せぬくだらないこと、取るに足らないどうでもいいこと、ありもしないとんちんかんなことを、どうにかこねくりまわすことで、特に語るべきことのない私の生活、またつまらん感情・感性から、どうにか分量のあるブログの記事を生み出して、どうにか責務を全うしてまいったつもりであります。今回ももちろん、その通りに進行してまいりましたが、ヱそんな本年のあやめによるブログ更新は今回で終了ですから、ご安心ください。さて、次お目にかかるのは2024年という事になります。ながながお付き合いいただきありがとうございました。来年もどうぞ!ぜひ!なにとぞ!!どうかあやめをよろしくお願いいたします。ここまでわたくしあやめがお送りいたしました。よいお年を。ちなみに私は年越しそばを食べない派です。とってつけたように年越しの話題をば。

小紀行

こんにちは、あやめです。寒いですね。そんな寒空の元、我が家の庭にある花壇を囲うブロックを埋める作業を進めてきました。ようやく一周しました。山手線の工事にかこつけて喜んでおります今日この頃。

さて、今回は、この秋に出かけた博物館の話をしようと思います。私の愛読者(…など存在するのか…)の方ならピン!と来ているところでしょうが、残念、今回は妄想ではありません。本当に出かけました。

まずは、十月の末、学校の近くにある永青文庫、というところに、友達(9月9日分の記事?に登場する大親友です。高校時代の唯一の友人で、私がブログ部で使用しているマーク(🖊←こんな感じの)を考案してくれた人です。やあ友人。見てる?)と行ってきました。

きっかけは、書誌学についての授業で、企画展をおすすめされたことなのですが、本校から歩いて数分のところにある、というので気になって。良い機会なので(秋ですし、ゑもう秋ではない?いや、気温がまだ秋みたいでしょう?鑑賞の秋、芸術の秋、うんうん)重い腰をどっこらしょ、としてきたわけでありました。

詳しい話はぜひ皆さんも行っていただきたいのと、私に説明の力がないのとであえてしませんが、ここに公式サイトのURLを貼ることにします。参考になさってください。

【URL:http://www.eiseibunko.com/

其のうえで感想を。

博物館となっている建物はもともと旧細川家の家政所(事務所のこと)だとか、クラシカルな雰囲気漂う洋館と、緑豊か!なお庭が、往来の多い道からちょっと入ったところにあって、なんだか別世界に迷い込んでいるような(ちょっとメルヘンすぎるかしら)感じがあって、偉い人になった気持ちになりました。エッヘン。

その洋館に保管される数多くの資料、企画展は古い絵巻物(『長谷雄草子』というもの)についてでしたが、中にはほかに細川氏(詳しくいえば、16代護立(もりたつ)、17代護貞(もりさだ)によるものだそうです。もらったパンフレットと上に載せた公式のHPを参照しています。)がお集めになったらしい洋書も多くありました。洋書の方は中を見ることができませんでしたが、辞典、シルクロードについての本(と思われるもの、背表紙に大きく「Silk Road」と書いてあった……と記憶しています、書いていて自信がなくなって来た……)、漢籍と思われるものから、英語以外の言語で書かれたものまでありました。私は第二外国語を中国語にしたので、(習った英語も苦手でありますために)西洋の言語には(さらに)疎く、残念ながら何語であったのかすらわかりませんでしたが、かなりの読書家であったのだとわかり、驚きました。勉強家。私も見習いたいが、なかなか……と思ううちに一周してしまったので、それから用事があったので長居もできず、たった1時間程度で帰ってきました。いいな、私も本に埋もれて、本で窒息してしまいたい、と思いホクホクしつつ帰りました。

読書がシュミ、とか言っておきながら、なかなかどうして(、と自分で言えば不本意感がでますでしょうか(笑))、最近読書が出来ずにいます。時間的にも、活力的にも。今は電子で読める時代なのに、もったいないのですが。と、こんなことを大学の図書館で書いているのもおかしな話でしょうか。

さて、お次は、十二月の上旬、上野にある東京国立博物館で開催されていた、「やまと絵――受け継がれる王朝の美――」という企画展を見に行ってきました。詳しい話はぜひ皆さんも…と今回は企画展の期間が過ぎてしまったため言えませんが、やはり私に説明の力がないのでしません(できません、に近いのです)。申し訳程度にやはりここに(トーハクの)公式サイトのURLを貼ることにします。参考になさってください。逃げたな、あやめ。お許しを。

【URL:https://www.tnm.jp/

(追記、蛇足。覚え違いでなければ、11月27日の投稿でももこさんが同じ企画展についておっしゃっていましたので、よろしければそちらもご覧ください、というより、私の説明だと不備がたくさんありそうなので、ぜひご覧になってください。無断でまきこんでしまったももこさん、ごめんなさい)。

東京国立博物館、通称トーハク。初めて行きました。私は上野の博物館といいますと、もっぱら科博(国立科学博物館)のほうにばかり行っていましたので、初めての試み、こちらもまた、かの友人(友達いないね、とか言わないでください、わかってますので…)と共に、勇んで参りました。

企画展の期間終了間際に滑り込みで見に行ったからか、あるいは普段からなのか、広い展示室にわんさか!と人が居て、美術品の展示なのか、人間の博覧会なのか、などぼんやり、かつ不謹慎なことを思いつつ、見始めました企画展、本命は国宝・源氏物語絵巻、と思う方が多そうなので、人混み苦手な私は、人の海をかき分けて泳ぐこともできず(水の中も泳げません。蛇足)、チラっと見て逃げました。もったいない。が、むりでした、なにせ人が、人の海を巧みに泳ぐ、世界トップクラスのスイマーの人が、勢揃いの会場でして、トンカチにはとても歯が立たないところでありました、トンカチに歯などありませんね、はは。

話を戻して。私が気に入ったのは、どの絵巻に出てくる人物も、すごく表情豊かに描かれているところでした。私は昔から、細々してぎゅっとした絵が好きで、自分もたくさん描き入れてしまうクセがありますが、絵巻にもそんな細かさを見ることができ、ああ、仲間がいた!という気持ちで、ほくほく、見ました。例えば出兵の前の儀式だと思われる場面を描いたものでは、やる気に満ち溢れ、雄々しい姿で描かれる人もいれば、いかにも「かったり~笑笑」と言っていそうな、やる気のない様子で甲冑を着込む、男子高校生のような?ノリの人もいました。たくさんの人が別個体としてかきわけされているのに感動しました。

つたない感想はこのくらいにします。みなさまもぜひ、お出かけしてみてはいかがでしょうか。え、写真?また撮り忘れたんですよ。

杞憂

こんにちは、あやめです。

急に冬らしくなってきましたね。例年よりはあたたかいものの、急に気温が変化するのが苦手な私としては、季節の変わり目、体に応えます。しんどい。みなさまどうかご自愛ください。

◆◆◆◆◆

「絶望、という物を、君、知っているかね」

だしぬけに、すこぶる紳士の…ふりをした女子大生が問いかける。

「知りませんわ。」

ノリの良い友人は、知りませんわ、というツンとした顔で答える。目は死んでいる。おおかた、また始まったよ、といったところである。

「絶望というのはね、」彼女は遠慮を知らない。「人それぞれにあるンだ。」

「まあそうでしたの。」知っている。

「さて、私は絶望を今まで3度経験してきたが、—1度目は友人というものに、2度目は両親というものに、3度目は自分に対してだったんだね、―この時、人は私に何と声を掛けたと思う?」彼女は持論を展開するとき、いつも興奮して目をぎょろぎょろと光らせる。なんか、深海魚みたいなグロテスクな様子である。光が足りないのだ。

「さあ、わかりません。」そろそろ飽きた友人はスマホをいじったり爪を見たりしている。

「人生いろいろあるさ、この先長いんだから、だよ!ひどいよなあ」

「酷いですか?」彼女は完全に飽きているがしかし、律義に淑女のふりを続けている。「その通りだと思いますよ、私も。」

「おや、君もかね!なんと、残念だなあ…チェッ。だってさ、君たちの言う「色々」って、「この先長い」って、これらは今この瞬間に対しての言葉としてかけてくれていないじゃない。一般論を聞きたかったらそう言うよ、私は相談してるんだ」

息が荒い。ひどい顔をしているぞ、と思う。

「そうだね」

「世界を多角的に、多面的に見られるようにする、というのも好かない。君も聞くだろ?だよね。でも、世界が何面体だかは教えてくれないよね?みんなそんなの知らないに違いないんだよ」

…そろそろ「紳士」が何が言いたいのか、親友である私でも分からない。彼女はすぐに暴走するので、ここらで話題をかえてやらないと面倒くさいことになる。主に私が。

「…あの、ごめん私ちょっと用事を思い出して…」

言いかけて、ギョッとする。彼女は泣いている。

「君、絶望の音を聞いたことはあるかい」

ぼろぼろ泣いている。笑っている。

「大事なものがぶっ壊れたのに、その音、スポンジが落ちた音なんだ。」

◆◆◆◆◆

人混みのにおいがする音

◆◆◆◆◆

遅くまで図書館に残ってブログを書いていた。ずっと集中して画面を見ていたから気づかなかったが、あまり人もいない。が、いる人はみんな熱心に何かをしている。いったい何をしているんだろう。みんなも集中して、他の人なんてみていないのかな。私だけ、みんなを見ているのかも。

◆◆◆◆◆

みなさんは、忘れてはいけない、と思う。私が毎回、顔面火だるまになるほど恥ずかしい思いをして書いている、という事を。他のブログ部員のみなさんは(きっともちろんそんなこと考えずに堂々お仕事なさっていると思うのでこんな愚問は)さておき、私は毎回、こんなことを書いてもいいのか、こんなもの誰が読むのかと思いながら、ただ、私の中ですごい音量で騒ぐ、私のぱっしょんが、このくすぶる思いを今すぐに全世界に主張せよと言い張るので、10代(おどろくなかれ、わたしはいまだ10代である!!!)特有の「これ」を鎮魂するために、そして(みなさんにお伝えすべきような)ネタもあまりないので、こんなことを書いている。しかし、こんなに思い惑っているのに(?)、どうやらわたしは、傍からは飄々としているように見えるらしい。去年とっていた授業では、先輩たちにまじってグループワークをしなければならなかったので、恥ずかしくて情けなくて帰りたかったが、ようやく発言をしていた。その結果総括の回で、先生に「あやめさんは割と飄々と発言をしていて、とてもよかったですよ」とおほめいただいた。

10代に、とても見られない(3歳年下の弟と外出したら、お姉ちゃんではなくお母さんだと間違えられるほどの)外見と(全く流行についていかない、潤いが足りない)内面を持っている、というような自負と、しっかりまっすぐど真ん中、10代!!の葛藤をしか!と持ち、くすぶり、自意識えぶりでい、感度良好四面楚歌、自分で自分の首を絞め、ようやくやっている、つもりなのです。みなさんは忘れてはいけない。

このようなことは、すでに初回の私によって何度も何度も口うるさくくどく忠告させていただいているので、ここで私の文章を読んでくださるは、心の広い、いや、寛大なるみなさん、いや、皆様であると思われるのです。自意識過剰でしょうか。私の文章(駄文)は、読む人を選ぶのではないか、という疑念が回を重ねるごとに思われるのですが、これって自意識過剰?私の文章が好きな人はほんの一握りで、「一般」には怪文書と思われているのではなかろうか。ねえ?自意識過剰????(メンヘラ彼女の声)

……というようなことを、おととい帰りの電車の中で座りながら、急に思った。もちろん、万年ネタ無しの私はすぐさまメモすべく、わたわたとポケットからスマホを取り出しました。

そうしたら、持っていた傘を倒してしまい!目の前に立っていた人(2人)にぶつけてしまった!!恥ずかしい!!!こんなスカしたこと考えていたから尚更恥ずかしい!!ごめんなさい!!!!しかもまごついて全然スムーズに拾えない。白い眼を…感じる…ごめんなさい…。こ、こ、これは、自意識過剰……???

◆◆◆◆◆

キラキラした目で、前を向かないでくれ

◆◆◆◆◆

朝早くに電車に乗ると、みんなうつむいている。眠そうな顔で、ぎゅうぎゅうになって、もう帰りたい顔をしている。私は朝がめっぽう弱く、人の顔をうかがい知るほどの余裕はない。

10時ごろに電車に乗ると、明るくて少しワクワクした空気が張っている。お出かけに行くと見える人々による期待感が空気に溶け出して、関係のない私におすそ分けされている。こちらは学校に行くだけでなんの代り映えもない今日だけど、新鮮な気持ち、ワクワク、ありがたくいただきます。

あそこにいらっしゃるは、車窓の外が気になる男の子。小さな体全部で今日を体験している。緑色が彼を刺激する。お母さんに全身で感動を共有するも、うるさいから静かにしろ、と言われてしまう。ああ、あの輝いた眼をごらん。あの目はどこに消えるのだろう。

夕方に電車に乗ると、単語帳を持った学生にあう。おそらく部活につかう大きな道具をもっている。日に焼けた肌。私にはなかった高校時代。第一志望の高校に入学できたのに、通えなかった私。

夜に電車に乗ると、詰め込まれる。カットトマトの缶詰よりも劣悪な環境で、暖房と人々の汗で温度と湿度があがった箱の中でじっとしている。温室ハウスで育ったトマトの私としては、苦しい。きっと、絶望とか、こういうところに落ちている。そんな大それたことでもない。

◆◆◆◆◆

こんなにこんなに雄弁に語れるのが、画面の向こうのあなたにだけなんですよ。それならあなたは、このノイズに耳を傾けて、聴いて下さる?

遅刻

(聞こえますか、わたくしは、あなたの心に直接語り掛けているあやめです。あなたの優しい心にダイレクトでお届けしております。ご機嫌いかがでしょうか。本日のわたくしは非常に気落ちしております。なぜならば、はじめてブログの更新に遅れてしまったからでございます。この場を借りてお詫びいたします。ごめんなさい。あらためて、わたくしは、あなたの、こころに、直接、はなしかけております。遅れたこと、とくに何か理由があるわけではございません。今週は金曜日がお休みでありますから、むしろ普段よりウキウキでございます。課題に追われているとか、忙しくしていたわけでもございません。にも関わらず遅刻いたしました。聞こえますでしょうか。)

(トランシーバーが起動する音)オウトウセヨ。こちらはあなたの脳みそに直接語り掛けているあやめです。マイクチェックワンツー、ちょっと違う?今回の私の魂胆は、遅刻したという事実だけで一本書き上げようというものであります。あなたにはこの私の魂胆に付き合っていただく必要があります。オウトウセヨ。世間はハロウィンから一転、クリスマスへと様相を変える中、私は何一つ変わらぬ信念をもってここに一人立っていたらかっこいいな!あなたの脳みそに直接語り掛けているわけだから、あなたもなにか返事をなさい。オウトウセヨ。

◆◆◆◆◆

こんにちは、遅刻した張本人のあやめです。なお、上記二名のあやめとは別人なので悪しからず。

今回は、時間がたっぷりあるのにシフトを忘れてしまい申し訳ありません。何も考えずに生活してしまいました。昨日の23:55に、「そういえば、11月上旬のシフトって結局いつだっけなァ~♪」と歯を磨きながら確認したところ、その11月1日(きょう)でありました。大変重く受け止め、再発防止に努めております。ごめんなさい。(ずるいことに、投稿した日付をいじれるので、「機械上」11月1日に投稿したあやめ、ということにしてあります。ず、ずるい…!)

と、遅刻一回に対してくどいほど悔いたので、少し話をかえます。

授業で中国古典文学について学んでいます。特に詩について学びました。そろそろ思想についてのパートに入るところなので、知識としては詩しかありません。中国の歴史については、文化史に限らず全く何もないので(三国志すらわかりません。弟は強いのですが、私にはどうも(頭を掻く)。高校の時も日本史をとっていました、世界史はからっきしです)、発見が多くて面白いのですが、そのなかでお気に入りの作者ができました。陶淵明(トウエンメイ)といいます。その人のことは、まあ面白い人なのでぜひ紹介したいところですが、私の説明がへたっぴなのでやめます。すっごく興味をお持ちの方は、こっそり耳打ちしてください。ちょっとだけお話しします。

その、陶淵明が書いた「形影神」という作品が特に好きです。有名なのであなたもご存じかもしれません。自分を形(身体)と影と精神の三つにわけて、全員で会話する、というものです。今回はそれを大いに参考にして書きました。

今日はこのあたりでおわります。

蛇足。いつも締めの言葉がわからず、恰好がつかず、どうしようか迷って、なあなあにしめています。お慈悲を。

よる

こんばんは。今回は趣向を変えて夜遅くにアップしてみました。ただし、記事を公開した時間はどこに書かれるわけでもないようなので、まあ、私の気持ちの問題でしかありません。

せっかく夜にいらっしゃるので、夜の話をしましょう。あなたに飽和する夜を。

夜はお好きですか。私は「嫌い」と思う日と「好き」と思う日と「良いから寝かせろ」と思う日があります。当たり前です。毎日同じ気持ちを保つのは難しいのです。

夜は、(特に山では)あまり活発な活動が感じられません。……夜行性の動物は、狩りをしたり、恋をしたり(鹿が鳴く声は夜聞こえます)忙しそうですがね。あるいはバイクで峠を攻めに来た方々はブオンブオン、他に音がないうえ、山に反響するせいでかなり大きな音が聞こえますから、それはもう「煩い」のですが、全体的には静かで、例えばありがちではありますが月の光が強く差す以外に刺激がありません。そこに冷たい冴えた気持ちで横たわれば、それは気持ちがいいものです。「好き」

夜は、重たくて苦しくて穴という穴から生気を奪い取っていきます。毛穴、みたいな、一番、表から、新鮮な酸素を奪っていきます。冷え切った寒い気持ちになって、はやく朝になってくれ、とお祈りします。頭が割れるみたいに痛くて、そっと体が乾いていきます。何をしても安心できなくて、泣き疲れて寝落ち、いや、気を失う。「嫌い」

夜は、考え事をする時間ではありません。夜は、寝るものです。おやすみ、すう。