イメージの秋

こんにちは、あやめです。

急に季節が進んだ感がありますね。いかがお過ごしでしょうか。私は授業が始まって間もないというのにすでに疲労が蓄積してしまっています。季節の変わり目しんどい。きちんと寝ます。最近は寝る前にストレッチをするようにしたおかげか、入眠がかなりスムーズになりました。

今回は、〈つい先日〉、この腰が重い私が珍しく小旅行に行った話をしましょう。

布団の上で、眠い目をこすりこすり、とりあえず、身体を動かさないことには何も始まらない、と急におもい、近所には住宅と山と川以外何もないのに家を飛び出しました。庭の雑草は私が抜いたからマシになっている。よしよし、とおもって門扉を開く、コンクリートの道路、サンダルで出てきてしまった、ああ靴擦れは免れない。どうでもいいですが、私はめちゃくちゃ靴擦れしやすいようです。何もしていない柔肌なのです。充実した日々を過ごしていたらもっと強くなれるのに。さて、適当言っていたら曲がり角にきました。川に向かうか、山に向かうか。山に行ってもクマさんにであうだけなので川に行きます。……いや、妹によると、昨日の朝川に鹿が居たって言ってたな。やばいかな。逡巡。終了。川に行きます。川は好きなンです。涼しくて、(夏以外は)人もいない(野生動物はいるときもあるけど、これ山ジョークです笑う所ですよ)。砂利と雑草と水しかない、ちょっと暗い場所。冷暗所に保管していただきたい私としては最高の環境、いやちょっと湿度が高すぎるか。川に行こう。ペタペタズルズルだらだら歩く。坂道トンネル草っぱら、一本橋にでこぼこ砂利道。このうち実際にあるのはアスファルトでできた坂道のみ、日中はまだ日差しもきつい今日この頃、妖怪がまちがえて昼に化けて出たような情けなさ。やっとの思いで川についても、水に足を浸すくらいしかやることはなく、しばらく放心していました。一年中つめたい川の水。つぶさに書くと嫌がられるほどの虫の量。こんなところにいると蚊に刺されるわ、ぶよにやられるわで、あんまり長居したくない。うるさいセミの声、そのうち私の不安の気持ちが解凍されて脳内でわんわん響きだす。セミがうるさいか、邪心がうるさいか。将来のこと、自分のこと、明日のこと、今晩のメニューのこと、お金のこと、免許のこと、バイトのこと、課題のこと、私のこと。真空パックに入れて冷凍保存して、南京錠でがちがちにして、何十もの箱にいれて(過剰包装)、心の奥底にしまっておいて、ついでに目に見えないところに押しやって、そうやって考えないでいた怖いことが、川に来るとゆっくりとけていきます。さながら、地球温暖化で湧き出すメタンガスのよう。暗雲がたちこめる。ちなみに、山は天気がコロコロ変わるために、天気予報は当たりません。ほら、今日の天気は晴れって言ったの誰ですか、雨が降ってきましたよ。さみしい。おうちへかえろ。

帰り道、ペタペタズルズル、春雨じゃあ、濡れていこう、いや秋雨かあ、をしていたら、一つの想像が浮かんでくる。永久凍土がとけてあたらしい綺麗な水ができていくように。その水がいま降ってきているとも思えるくらいにささやかな量ではありますが。そうだ、せっかく東京の大学に通っているのだ、どこか大学の近くを観光してみよう。おもしろい施設に行って、私が知らない世界を探して、門限をこれでもかと無視して、今までで一番不良してやろう。あるいは一人で関西だか北陸あたりを旅行してやろう。幕末に熱狂していたあの頃に知った京都のあの地にいってみよう。おや、秋だから運が良ければ紅葉が見られるんじゃなかろうか。きれいな景色、ブログに書くためこんどこそ何枚か写真撮らないといけないな。ふふふ、私はちいさな雑誌の編集者、なんちゃって。あの地は何て名前だったか、それさえわかれば、今手に持っている文明の利器によって行き方から予約を取るのまでらくらく五分。新幹線にのるまでが大変だな、朝は何時に家を出るんだ?検索…………山ゆえに、バスが無い。前日から駅前で待機しろって機械にさも簡単かのように言われても困る。体育座りでもして待っていればいいんですかね。しらんけど。

さて、このうち一つでも実際に行動していたら、私もまだ救いようがあったというものです。あーあ。朝6時に起きちゃったときにそのまま行動していたらよかったのに!と言ってももう遅い、現在時刻は午後三時、以上に述べた〈小旅行〉は全て私の、なにをする気力もなくなったわたしののうみそがみせてくれたげんかくでした。耳の奥がじいといってやまない。水も飲んでいない、手が震えている、きがする、悲しくないのに涙も、でているような。じい、じい、わん、わん、ぐわ、ぐわ、ごう、みんみん?

もうへんかんy、あ、まちがえた、するのqも、しょuきょも、できなくなっtてしまった。けっきょくずっと、おふとんのうえから、ごきげんよう。

我が家の庭事情

こんにちは、あやめです。

夏休みが終わってしまいます。今年の夏休みは前半が前期末レポートに、中盤が宿題に、後半が風邪につぶれてしまいました。思っていたほど楽しめなかった感が残っています。無念。何かが悪いというよりは、やらなければならないことを予定通りにやれなかっただけで、自分の力不足だったのでしょうがないのですがね……むむむ……

思えば、小学生の頃の私は夏休みの最終日に「もう夏休みが終わってしまう」という寂しい気持ちよりも、「明日から新しい学期だ」という期待のような気持ちの方が大きかったような気がします。もちろん自由な時間がたっぷりの夏休みが終わるのは寂しいものの、また友達に会えるし、おいしい給食が始まるし、なにより「新しい」という感じがワクワクさせてくれました。あのころのフレッシュさはどこに……?もしかして、年を重ねる、ということは、慣れていくこと、あるいはどんどん鈍くなる、ということなのかな、それなら自分で自分に水やりしたり、磨いたり、鍛えたりしなければいけないのかな。もうそのままでフレッシュ、新鮮、みずみずしくはいられないのかな。とまだ二十歳にもなっていない私が、今日、敬老の日に思いました。おこがましい。失礼いたしました。おじいちゃん、おばあちゃん、全然顔を出さないかわいくない孫でごめんね。いつもありがとう。

さて、終わったことを悔やんでも何も始まらないので!ほっぺたを叩き、冷水で顔を洗い、無理やり気持ちを切り替えている今日この頃です。最近は風邪でゼロに戻ってしまった体力を取り戻すために、庭の草むしりをする、という、およそ女子大学生らしからぬ生活をしています。私は再三申し上げている通り、かなりのインドア派なので外に出てなにか作業をすることが珍しく、自分の家の庭であるのになんだか久しぶりにじっくり見たように思います。例年は母がちょっとずつ進めてくれていたものの、今年の我が家は余裕がある夏休みを過ごした人がおらず、庭の草むしりを誰もやらなかったために、大変な草ぼうぼうハウスになってしまいました。この間サンダルで買い物に出かけた時に、ほんのちょっと門扉まで行っただけで草がもじゃもじゃさわさわ足にまとわりついてきて、こりゃいかん、と思い、重たああい腰をあげたのでありました。……ぼうぼうどころかもっじゃもっじゃなので全部むしりおわるのには何日もかかりそうです。

庭事情で言いますと、我が家にはハナミズキの木が生えているのですが、そこに鳥が巣をつくりにやってきます。メジロ、キジバト、最近はまたキジバトが我が庭に目を付けたようで、内見にいらっしゃいます。全然逃げないので、頭くらいの高さの柵にとまられると威圧感がすごい。おまけに特徴的な……なんというか、「ボーボボッボボー」みたいな鳴き声でさらに圧力をかけて「そこの人間、即刻退去しなさい」と言われているような……考えすぎですかね……

草むしりをしながら、私の家の近くは山過ぎてほとんど鳥、虫、時々動物の声しか聞こえないことを思い出しました。静か。まだまだ暑いものの、朝晩はめっきり涼しくなりました。まだ秋とはいいがたいですけれど。

夏休みの宿題の日記のような

こんにちは、あやめです。いつもはお昼ごろに更新するのですが、ちょっとというか大分体調を崩していて遅刻してしまいました。ごめんなさい。さて、その風邪?のことを話しても苦しいだけで全然面白くないので、ちょっと前に書き溜めておいた、夏休みに行った水族館の話をいたします。ちょっと前の私、ありがとう……!というわけで今回はかなり薄味ですごめんなさい。結構しっかり高熱が出まして……言い訳です……

以下その書き溜めです

こんにちは、あやめです。

大学生の夏休みは長いので、まだまだ夏を楽しんでおります、みなさまいかがお過ごしでしょうか。高校生の弟は文化祭の準備に忙しそうでした。高校生のみなさまは文化祭で忙しい時期でしょうかね。

さて、今回は、先日行った葛西臨海水族園の話をしようと思います。

私は水族館の暗くて(やや)静かでひんやりした感じが大好きなのですが、このごろは長らく行けていませんでした。その気持ちを晴らすべく、今回小学生の時ぶりに葛西まで行ってきました。久しぶりに行ったので記憶があいまいな部分も多かったものの、すごく懐かしかったです。楽しかった!

海は広いな大きいな。海なし県生まれ海なし県育ちの私としては、海が見えるだけでかなりテンションが上がるもので、知らない海風とやらに吹かれては「磯の香り」とか思ったりしました。

月はのぼるし日は沈む。残念ながらそんなに長くはいられませんでしたが、「海」を感じられて気持ちよかったです。

海は大波青い波、揺れて何処までつづくやら。どん、という存在感と移動には邪魔な山は見慣れていますが、海の広くてどこまでも続く感じは不慣れです。解放感。爽快感。夏だなあ。

海におふねを浮かばせて、行ってみたいなよそのくに。よそのくにに船で何か月もかけて行っていた時代は、達成感というか、到達感?がすごく大きかったはずでしょう。私が山から海に出るのにかかったのはほんの数時間ですが、「やっと着いた……」というのは同じかな。おふね、浮かばせたいなあ。お風呂場で。

ね?テンションがおかしいでしょう?

気を取り直して水族館です。

水族館に限らず、展示があるところでは割とどこでもそうなってしまうのですが、私は一つの展示にかなり時間をかけてしつこく居座ってしまうタイプです。水族館に来ている小さな子供たちがさっさと別の展示に行ってしまうのをよそに、私たちは(大親友と二人で行ってきました。その人もずっと同じ水槽を見ていられるタイプでしたので)多分一つの水槽に平均して15分くらい居たんじゃないかな…?しつこい。

私は特別魚の知識を持っているわけではないので、魚を見てもどれがなにだかもよくわからないのですが、見慣れない魚の様子をじっくりすみずみまで観察することだけでかなり癒されるんですよね~。思いもよらなかったところが開くとか、泳ぐときに動かすヒレがどうなっているのか、とか、発見も多かったですよ。ラッキーなことに、水槽のお掃除をしているところも見ることができました。初めて見たためちょっと興奮しました。水槽の端にたまった汚れもしっかりとらえていたときには思わず「おお……」と声が出てしまいました。写真の一枚でも撮っておけばよかったのですが、あまりそういう習慣が無くすっかり忘れてしまったため、全く一枚も撮っていませんでした……

かなりインドア派ですが、やはり時々は出かけてみたいものだな、と思いました。小学生の日記みたいになったところで締めます。締まりませんね……

私の高校時代

こんにちは。暑すぎて、セミが鳴かない日があります。弟が熱中症になりました。青が目に染みてショボショボするあやめです。まだまだ暑いですね。

今回はタイトル通り、高校時代の話をします。

私は高校三年間を投げて捨てました。不登校、五月雨登校と言った方が近いのですが、そうやってのらりくらり、家に閉じこもって過ごしました。

捉えようによっては今回の話は、不幸自慢やかわいそうな私を発表する会のように感じると思います。(もし私が高校生で、この投稿を見ていたら絶対にそう思っていました。)ですから今までは「こういう話」はしない、と決めていました。まあしかし夏なので、高校時代の私の「生霊」を供養しようと思ってお話しします。こういう話が苦手な、あるいは不快に思われる方はご遠慮ください。ごめんなさい。結構ハードめに書くつもりです。私はただでさえジメジメなのに、今回は特に重たくて苦しいので、嫌だな、と思われるかも。ちなみに先に申し上げると、今回はあの宇宙人は出てきません。彼はあの投稿を見た本国の監察官にしこたま怒られたこと以外特に変化ありませんので。

警告しましたよ。威嚇のポーズ。

さて、なぜ不登校をやっていたかというと、私の場合、成長過程に必要だったから、としか言いようがないものでした。結果的に自分の中身を観察するとても良い機会になりましたし、自分の理解も進みました。大きな痛みを伴ったものの、今では、私の人生に遅かれ早かれ必要な時期であるものが、たまたま高校時代にやってきた、と考えています。成長痛みたいなものです。ですから、周りになにか嫌なことをされた、とかは一切ありませんでした(むしろ皆さんに助けられて卒業出来ました。クラスメイトも先生も、私がなにもできないのに、たくさんよくしていただきました)。当時は、自分の状況は大したことではなく、ただ私の甘えで休んでいる、と考えていました。今思い返せば、相当心を病んでいたのですが、その自覚はほとんどありませんでした。むしろ「病んでいる」事実を受け止め、冷静に判断できていると思っていました。テンプレートにアイデンティティが拡散している、モデルケース青年期真っただ中な自分を冷笑し、「病んでいる」立場を利用することで、不都合から逃げる免罪符を手に入れられた、ラッキー!とか思っていました。そのくせそのことを憎み、嘆き、恥じていました。すべては自分のわがまま、第一志望の公立高校に受かったくせに、苦労をしらないから堪え性がないんだ、甘えやがって、と自分を責めていました。(そうでもなかった、のか、も?と思えたのはつい最近のことです。)

それまで私は、幸せなことに、そこまで苦労をせずに生きてきました。二週に一回風邪をひくとか、クラスでちょっと嫌われてちょっとハブられるとか、そういうありふれた「苦労」(これを類稀な大苦労と思っていた時期もありましたよ)ならありましたが、うまいことスイスイ難なく生きてこられました。ですから、学校に行けなくなった初めの頃、高1の五月は、自分の「失態」を信じられませんでした。毎日やり場のない言語化できない重たい気持ちを抱え、泣こうにも泣けず、情けなく、恥ずかしく、全てのやる気もそがれました。勉強することが好きだった私が、それ以外になにもない私が、勉強をそがれたら何が残る?と、誰にも顔向けできず、申し訳なく、ただなにもできずどうしようもなく、部屋から出るのも怖かったです。期待してくれた、見返したい父にも、一番近くで気にかけてくれている母にも、何が起きているのか理解できていないであろう弟、妹にも、誰でも、申し訳なくて頼れないと思っていました。特に母には、恥ずかしく申し訳なく、自分の気持ちも話せないまま、でも励ましてもらったり、勇気づけてもらったり、叱られたり、結局欠席連絡をほぼ毎日させてしまいました。一番そばにいるから、一番本音を言えませんでした。大好きな読書も、文字を見て、意味を理解し、ストーリーを追いかける、という行為全てができませんでした。文字は霞み、意味を思い出すのに時間がかかり、そこまで集中力を保つこともできませんでした。開いても、なにも読み取れず虚しく閉じるだけ。本の中にある世界は明るい世界。私のようなはみ出し者は行ってはいけない所、手に取るのも憚られるとすら考えていました。今思えばバカバカしいし、なにが冷静だ、と思うのですが、当時の私は大まじめです。

楽しみはなくなり、どんどん殻にこもり、家族とも話さず(話せず)、自分の考えがどこに向かっているのかもよくわからず、ただ生きていました。いろんな人をうらやみ、恨みました。(いよいよ病んでいるのですが、当時はそうは思わなかったんですよ。びっくり。)誰にも「本当の自分」を言わないせいでついに自分もそれを見失い、それを人のせいにしていました。体力は落ち、体育の授業が苦痛になり、長時間の登校時間が苦痛になり、「大丈夫?」と声をかけてくれる何も知らない級友の眼差しが苦痛になり、自分がなんの生産性もないのに生存しているのが苦痛になりました。最後は生きる行為も投げ出そうとしました(勇気がなかったので自死、などはとうていできなかったのですが)。このようにして私は三年をかけて人間の底のほうに堕ちていったのです……コポコポコポ……

この間、いろんな人が私を救おうとしてくださいました(本当に感謝しています)が、非常にナーバスでナイーブになっていた私は、あろうことかそれら全てを突き放したと記憶しています。学校に行きたくない気持ちが高じてついに駅のホームで倒れた時も、体力がゼロに近いのに出席数を稼ぐために出た文化祭で迷惑にも倒れて救急搬送される羽目になった時も、手負いの猫さながら、警戒心マックスで敵意むき出し(の気持ち)でしたね。滑稽滑稽。笑う所ですよ。

今でも、あの頃の私が全く消えてなくなったわけではありません。大事な三年を無駄にした、と思ってしまいますし、残念ながらまだ不安定にゆらゆらしておりますし、そうやってあの頃の私の生霊のような気持ちは成仏できていないと思います。高校生を題材にした作品はあまり見たくないですし、高校生とすれ違うと言い得ない気持ちになります(そうは言っても弟は今高校生真っ最中なのですが)。それでも、一年半程度かかってようやく、このように「外」に出すことができるようになりました。

私にとって大問題で大事件なこの経験について、おそらくこの手の話は、今の社会に飽和するほど転がっていると思います(この「あるある」感も嫌で話さないようにしていました。またはカミングアウトした時に単純に気まずくもなりますしね)。しかし、誰か、同じような気持ちを抱えている人、もしくは抱えていた人が、(私にとって)幸運にも、この文章を読んで、「なんかこんなタイプの奴もいるんだな」、と思っていただけるのなら、書いてみよう、と思い、えいや、と勢いで書きました。

「本当に苦しんでいる人は、自分が苦しんでいることに気が付かない」、という風に考えているので、ストレートに、苦しんでいる人にこの文章が、気持ちが届く、とは思いませんが、まだ見ぬほかでもないあなたの、なにかの役に立つのなら、幸いです。画面の中から、心を込めて。

今回はハードでダークな私の高校時代のお話をさせて頂きました。お付き合いいただきありがとうございました。はたしてどれだけの方にお付き合いいただけたのか。私の文章の美味さ不味さにかかっています。町中華くらいになれてたらいいな。高望みか。

想像におまかせします

お久しぶりです、あやめです。

7月の後半はお休みをいただいたので、一か月ぶりの更新になっております。お元気でしたか?7月の後半はレポートにつぶされていました。強敵。最近のあやめはというと、タッチタイピングの練習をしております。パソコンは大学に入ってから触るようになったので、タッチタイピングなんて一生できないと思っていたんですが、結構できるようになるもんですね。大学では板書をパソコンでとっている人を見かけてすごいなーと思っていましたが、意外と、できる、みたい。

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宇宙人についての手記

裏山で遊んでいたら、古くて汚い日記を見つけた。竹林の近くに埋まっていた。こんなことある?自分でも嘘くさく思うが実話だからしょうがない。小さくて、土で汚れてよく見えないところもあったけど、読んでみる。よくわからなかったところは●にした。「なにか知ってる?」と友達とかお母さんとかいとこの小学生連中とか町内会のおじいさんとか散歩中のおばあさんにも聞いたけど、みんななにも知らなかったし、お母さんには「そんなことよりがみがみ」と𠮟られたし、散歩のおばあさんには「童話を書くのがうまいのね」なんて言われた。実話だけど誰も信じてくれない。今度大学に持っていこうと思う。受理してもらえるかな。

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(最後から15ページ目)

●●歴●●曜日

今日は調査の内容について、地球人を代表して後世に残さねばならないと思い、どうせこんな日記は誰にも見つからないと思いつつ記す。

地球の実態を探るべくはるばる派遣された一宇宙人が居た。彼の任務はズバリ、地球の実態を(地球人にそうと悟られないようコッソリ)調査する、というものであった。そのために、「地球人として生まれ変わってその人生を全うする」という形で調査を行うこととなった。彼は「日本」支部に送還されることが決まった。

これは大変名誉なことである。地球的に言えば宇宙飛行士である。戦場カメラマンである。よくわからない場所に行く怖い任務に耐える強靭な逸材である(あるいは実験用のマウスである、彼は幸せ者だったためこれを知らない)。名誉である!すごく賢くないとなれない職、全世界に名前と顔と意気込みがテレビで放送されるすごい職である。総理大臣みたいな偉い人に賞状とバッチを貰って、意気揚々、一歩を踏み出すのである。いってらっしゃい!頑張ってね!すごいね!この星の未来のためによろしくね!わー!!わー、ゎーーーー……

残念ながらこの宇宙人、地球的に申し上げれば〈ポンコツ〉であった(もちろん想定通り。真の目的は「宇宙人」が地球でどのような振る舞いをするかを観察することにあるためである。「地球」が我々に住みよい星かどうかを見ているだけだ)。20年経っても地球の実態を解明できず、地球人に擬態することすらままならずにいた。なんというか、〈ポンコツ〉なのだ。彼は自分の能力の無さとその生活に絶望していた。

「水の惑星」とかいう地球という星はその実、とにかく気圧がかかる、ヤな星であった。綺麗な、この星の象徴である「水」は、この宇宙人の体には全然合わなかった。滅茶苦茶な頻度で高熱を出し、身体が大きくなっても全然体力がつかなかった。

ここで注釈を加えると、地球に送還された宇宙人は、なにも「彼」一人ではない。そして「彼」の本国以外からも送還されている。地球人から見たらみんな等しく「宇宙人」かもしれないが、宇宙人同士で意思疎通が図れることは少ない(それに%&$#@星の*?#$と○@&”*星の*&$を一緒にされたくない、というのが筆者の率直な意見である。※ここで用いた記号群は、残念ながらこの星に[我々]の言語に似た概念の言葉がなかったため、仕方なく代替として用いたものである。おそらくこの星の生命体の持つ発声組織ではこの語を再現することは不可能だと考えられる)。しかしながらその方々は、どこの出身だろうが全員、さりげなく地球人になりすまして生きている。勉強でも運動でも容姿でも言動でも才能でも、平均をとって普通に過ごしている。彼らは本当はもっと、人間……地球人が想像できるより遥かになんだってできる能力をもっている(何故なら宇宙には地球よりもよっぽど文明が進歩した、賢い星がゴロゴロあるからである。地球という、宇宙の秩序をこれ以上なく荒らしている「野蛮な」星の研究が、彼らの任務の一つである)が、それがバレると地球の蛮行を加速させてしまうために、これらの能力は厳重に秘されているのである(地球人が唯一彼らに勝てるのはその豊かな想像力である。すでに様々な分野で「宇宙人」の存在が「まことしやかに」([我々]からしたら滑稽な表現だがあえてこう表記させていただく。まことしやかどころかまことである)語られているというのに、こんなことがばれたら地球人は大喜びで宇宙に飛び出してくるに違いない)。マア時々ぽろっと「神秘的な」力を発揮してしまうのだが、それはおよそ条件が揃った、ラッキーが引き起こした「神秘的な力」で済まされる範囲のことである。(宇宙人とは地球(その中でも特に「日本」)では「神のお使い」とか呼ばれるああいう人のことを指すのだ……昔は宇宙人の能力がバレても「神」になれたので、わざわざ地球に行って「宗教」を創るのが流行ったなあ……懐かしいですね、みなさまはその時おいくつでした?4300ペントくらいでしたらわたくしと同年代ですよ。あら、生まれてない?随分お若いですね!)いずれにせよ、ともかく彼らは完璧に任務を遂行している。

さて、しかし〈彼〉は全然アベレージがとれない。勉強もめっちゃできちゃった(「宇宙人」的に言えば平々凡々かそれ以下の能力に過ぎない)。言動も突飛(宇宙では常識)。謎の宗教の教祖として崇められ(これは流行からは大分遅すぎる)、地元ではめちゃくちゃ悪目立ちした。中学の時は、同級生のお母さん方に心配された挙句、「かわいそうにあの子、勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃったのよ」と言われた。もうもはや「自分は宇宙人です」と自称しているようなモンだ。全然任務遂行できていない。彼にとってたった20年で地球を解剖するのは至極難題であった。彼は自分の限界に絶望した。

とうとう彼は全くの地球人になることを決意した。平凡万歳!#$○☆星なんてもううんざりだ!これからは水の惑星で短くて濃い「人生」を生きるんだ!

彼はどうなったか。私はあくまで観察することしかできず、彼に必要以上に接触できないためなんとこれ以上の情報はない。あとは地球人独特の想像力で補完するしかない。

私から言えることは、頭がいい人、あるいは「ぶっ飛んでいる」人に対する形容に「宇宙人」は向かないということだ。あと、本物の宇宙人は「ワレワレハウチュウジンダ」とは言わず、「●●●は●●●●●●だ」と言う。これを聞いても返事をしてはいけない。

これを読んでいる、私にとって幸運なあなたへ。私はもちろん地球人ですヨ。

(最初の方のページは墨?のようなもので塗りつぶされているし、これ以降のページは白紙になっているか、破れているか、あまりに難しい表記で書かれているので読めない。それから、この日記は、さっきはたまたま見つけたと思っていたど、よく思い出したらそうじゃなかったんだった。この日記の途中、渦巻き3つと鳥??みたいなものが下の方に書かれたページに、この日記の見つけ方が載っていて、(僕/私 ←どちらかに〇をつけてください)もそれを見ながら見つけたんだった。)

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(あれ?この日記をこの日記にかいてある方法でみつけるって??)

冷涼

こんにちは、あやめです。

暑いのと、寒いのと、どっちの方が「マシ」でしょう。とか考えてしまうほどには暑い日が続いていますね。みなさま熱中症にはお気を付けください。私はすでに、軽い熱中症に何度かなっています(多分)。かなり気にして水分をとったり、塩タブレットをなめたり、経口補水液まで飲んでいるんですけどね。ほんと、お気を付けください。東京は暑いですね。

暑いので、涼しい話をします。水とか、氷とか、ビー玉みたいな。

私はガラスが好きで、よく空き瓶を意味もなく取っておいては、ただ眺めるという、趣味未満の行動をしたりします。ジャムの瓶、ジュースの瓶、トマトソースが入っていた変な形の瓶、高級プリンが入っていた瓶、これらを並べて、眺めて、何が入っていたか、その歴史、つまり、中身についての記憶も合わせてたのしんでいるのかな、と思います。

その色がまた、独特な、得も言われぬ良い色なんだと思っています。「ガラス色」と呼んでいますが、そんな色は無いみたいです(図書館にレポートの資料を探す、という用事があったので、気分を紛らわすために色の辞典を読んでみました。この話はまた今度)。緑、でも、青、でもない、独特の色。まあまあの力だと割れないけれど、すごい力だと割れる、危うさと頑丈さの境目みたいな存在感。プレパラートはわりと強いけどカバーガラスはよわよわ。とかね。そのなかに水、色水なんて入れた日にはもう!たまりませんね。水にも(いわゆる水色とは別に)きちんと色がついていると思いますが、それにあえて別な色をつけて、それを中に入れて瓶の色ごと変えてしまう営みは、至福の贅沢のように感じていました。

そしてそのガラスでできたビー玉も昔から大好きです。なめたらどんな味がするんだろう、きっと涼しい味がしますね。あんなにまるくて、つやつやで、なんたってガラスですから。それに、なにやら氷に似た形、色、透明感をしていると思われてなりません。私にとって、水・氷・ガラスは三位一体の存在なのです……

さて、今回で私のブログが十回目であることに気が付きました。もう十回も私の駄文が世に発信されてしまった、いや、ここは十回も私や私の周りで起きていることを知ってもらう機会を与えてもらえた、と考えるべきでしょうか。なかなか慣れないまま進んでおります。

たった十回しか更新していないものの、「ブログ何書こうかなぁ」というネタ探しはもういっちょ前に毎日頭の片隅にいます。私の生活は、起きて準備して通学して授業受けて課題やって帰ってご飯食べて寝る、の単調なものの繰り返しなので、(いやほんと、これ以外に何もしていないんですよ、帰りにどこかへ寄るとかなんて、電車が行っちゃうとか道に迷っちゃうとかが怖くてできないんです、ちなみに私はかなり方向音痴です)たとえばサークルや部活に所属して活動している方に比べるとネタがそもそも生まれにくいのです。でありますから、こんなところに行きました、こんなおいしいものを食べました、みたいなブログらしいブログ???は書けずにいます。夏休みは重たい腰を上げてどこかへ出かけようと思います。あと、ブログの書き方みたいな本を見つけて読みます。その前にレポートに追われる日々。頑張ります。

もう一度申し上げますが、くれぐれもご自愛ください。戒め。

動物怖い

こんにちは、あやめです。いつもお昼に投稿するのですが、本日は遅くなってしまいました。すみません。レポートがそろそろやってくるのですが、そいつと戦っていました。言い訳です。ごめんなさい。

本日は前回に引き続き(?)、私の幼少期のことをお話しします。

今回もまた幼児らしからぬ〈気づき〉をしてしまいます。自分で言うのもなんですが、全く可愛くない子供ですね。

さて、皆さんには「こわいもの」ってありますか。なにやら「まんじゅうこわい」的な問いかけですが。私はどうしても、動物、小さめの動物を、触ったりすることが苦手です。見ているぶんにはいいのですが、ちかくによってくると、ダメなのです。ですから、「犬派?猫派?」という問いにはお答えできません。どっちも怖いので。遠くから見る派です。なにそれ。

今回の舞台は動物園です。私の家族、主に母は動物園が大好きで、何度もいろんな動物園に連れて行ってもらいました。

その時はおばさん(母のお姉さんです。おばさんには動物園だけでなく、いろいろな場所に連れていってもらいました)と弟と一緒に上野の動物園に行きました(また登場しましたね、弟。年が近いので一緒に行動することが多かったです。いまでもわりと仲がいいと思っていますがそう思っているのは私だけかもしれません)。二人とも小さかったので(私は幼稚園生か、小学校低学年だったと思います。ちょっと曖昧)、わざわざ園内を走っているモノレールに乗ったり、わがままもたくさん言いました。途中で、ふれあい動物コーナー(名前は忘れてしまって定かではないですが、モルモットやハツカネズミ、ヒヨコやアヒルなんかを飼育員さんに膝に乗せてもらって触ってかわいいね、となるあれです)に行きたい、となって、長蛇の列に並びました。まわりもちびっ子ばっかりだったような。動物の独特の香り…みんなわくわくそわそわしているのがわかりました。

ようやく順番が回ってきました。モルモットを触ることができるようです。小屋の中に入り、部屋の四隅に沿う形のベンチに座ります。中央には四角い箱のようなものがあって、その中にモルモットがいました。ずいぶんたくさんいます。これだけの人がみんなで触るのだから当然か。などと考えているうちに飼育員のお姉さんが全員にタオルを配りました。膝の上にひくためです。なるほど、このうえにモルモットが乗るのだな……ドキドキ。お姉さんが、モルモットが怖がってしまうため、優しく触るようにお願いをしています。優しくてハリのある声でした。歌のお姉さんみたいな。よし!やさしくさわるぞ。

一瞬でした。が、忘れることができない一コマでした。

やさしい声のお姉さんが、モルモットをむんず!と、およそ「やさしく」ないつかみ方をして捕まえました。……よくみたらその箱の中はモルモット地獄なのです。モルモットがそれぞれ箱の中であわれに逃げまどっているのです。そっちへいこうがあっちへ行こうが[人間様]にはバレバレなのですが、必死で、自分だけは助かろうと、ちいさな箱の中を逃げ回っていました。阿鼻叫喚。その刹那、私にはモルモットの悲鳴が聞こえました……

「やさしくさわってあげてね」

気が付くとお姉さんが目の前に来ていて、私の分のモルモットが膝の上に置かれていました。

「はひ」

みたいな声が出ました。もう十分非常に怖かったけど、まああんなに並んだので、とりあえず、せっかくだから触っておこう。御免!!

うーん、ふわふわしている。お姉さんが言ってたように、やさしく、やさしく。こ、こ、怖くないよ……こちらに害意はありませんよ……すーりすーり……

というこちらの気持ちは全く届かず、膝の上のモルモットさんは数分のふれあいタイム中はずっとガタガタ震え、断末魔の悲鳴、「や、やめろオーーーーー食うなアーーーー!!」的な声はずっと聞こえ続けました。ごめんね。怖くないわけないですね。数分なので頑張ってね……私の良心がすり減りそうなほど痛みます。

そうだ。まわりのみんなはどうでしょう。はたしてどんな顔してこの地獄を体験しているのか。おそらく自分はひきつった顔をしていますが。モルモットさんから周りの人へ視線を移します。

まずは隣の弟。「かわいいねえ!」嬉しそうになでこなでこしています。にこにこです。うむ。気づいていない。弟はさすがにこの地獄を見つけるのには幼すぎたようです。しょうがない。次に隣の隣のおばさん。「かわいいね。やさしくさわるんだよ」おや、大人はなれっこなのでしょうか、おばさんもとくに異常なしです。その隣も、向かいの席の人も、同い年くらいの人もみんな一様に膝の上の愛玩動物を愛でては嬉しそうにしています。

……どうやら、またひとつ、気づいてはならないことに気づいてしまったようです。この、みんながたのしいふれあいコーナーはその実モルモット地獄なのです。このモルモットどもは残念ながら一日中触られまくり、そして逃げることは叶わないのです。そうしてこのモルモットは一生この小さな箱から逃げられないのです……

怖くてはやく帰りたくなりました。みんな楽しそうなのがまた怖くてたまりません。膝の上のぶるぶる震えるちいさな命、優しくないお姉さん、誰も気づかない阿鼻叫喚。

やっぱり私は、動物が苦手なのです。いまでも。

流行り廃り

日曜の朝は、何派ですか。

こんにちは、あやめです。

唐突な質問、失礼いたしました。本日のテーマなので、先に皆さんにお聞きしようと思ったのです。

日曜の朝は、何派ですか。

サンドイッチ?ホットケーキ?はたまた、ガーデニング?犬の散歩?七時に起きてランニング…の方もいらっしゃれば、お昼まで寝ている方もいらっしゃいますかね。

かくいう私の日曜の朝は、プリキュアです。…でした、ですね。

本日は、私の人生を語るうえで必ず登場する「プリキュア」について、少しお話ししようと思います。

あ、仮面ライダーも見てました。たしか仮面ライダーとプリキュアって続けて放送されてたんじゃなかったかしら?私の見てた時代は、仮面ライダー→プリキュアで放送されていて、弟と一緒に八時からゴロゴロテレビを見ていた記憶があります。懐かしい~

さて、プリキュアといえば女児(…をはじめ、おんなのこみんな)のあこがれの的ですね。キラキラの衣装を着て、ぴかぴかの武器を片手に、可憐に鮮やかに敵を倒してゆく…がんばれ!プリキュア!!

そして、「プリキュアを見ている、知っている」ということが、初めての「社会」、そう、幼稚園社会においていかに重要であるかについては、改めて説明するまでもありません。プリキュアを通じて友達ができ、プリキュアごっこでともに遊び、プリキュアが彼女らの哲学である……残念ながら私は、いわばその初めての「流行」に乗り遅れました。ここから私のひねくれ梅雨寒湿度100%人生は、始まったのです…!(効果音「ババーン!!!」)

もちろん、言い過ぎです。なにが起きたか、(つぶさに!)ご説明します。

まず、私は幼稚園に年中さんから入園しています。それから早生まれであることもおそらくちょっとは関係してると思います。このことを前提に。

ワクワクの幼稚園生活がスタートし、私は浮かれ切っていました。本がたくさん置いてある幼稚園でしたので、たくさん読むぞ!という決意と興奮でいっぱいでした。

順調にお友達も出来ました。泥団子をいかにきれいに頑丈に作るか試行錯誤した日々が懐かしい。そんなある日、事件は起こります。お友達の一人が、ボタンを押すと技名を叫ぶタイプのプリキュアグッズ(キーホルダー型)を、通園カバンにつけていたのです!!当然、トレンドですので、他のお友達は食いつきます。その盛り上がりたるや、もうすごかったんですよ。それまではなぜかプリキュアの話題が出たことが無かったため、私はそもそも「プリキュア」の存在を知りませんでした。ほ、ほら、早生まれなんで。ちょっとみなさんより成長スピードが遅かったんです知らんけど!ですから、私は唖然としました。わあ…みんな知らない話題で盛り上がっている…だれもこっちを見ない……わあ…知らないの私だけなんだ……。置いてけぼり事件、完です。

事件は続きます。

プリキュアとやら、見てみよう、ということで見始めたところめちゃくちゃ面白い!!なにあれかわいい!カッコいい!!それまでEテレとアンパンマンにお世話になっていた私に衝撃が走りました。すごく魅力的でした。キラキラだし。かわいいし。

当然、私もプリキュアになってみたい欲が湧きました。当然です。そのためには、どうしても変身アイテムを手に入れねばならぬ。さて、どうしたものか。ハマったのがあいにく誕生日の直後でしたので、もう「誕生日プレゼント」という「ほしいものなんでもいただけるキャンペーン」は終了したばかりでした。無念!!こないだプレゼントもらったばかりなのでおねだりもしにくい!!くぅ!!!クリスマスなんて待っていられない!!!

悶々としていた矢先、弟の誕生日が来ました。弟の誕生日プレゼントを選びに、家族でおもちゃ屋さんに行きました。なんとそこで、プリキュア変身アイテムが、「売られて」いたのです!!!!信じられない!やったあ!こ、これさえ手に入れば私もプ、プリキュアに……⁉

しかし、今日は、「弟の」誕生日祝いなので、「私の」おもちゃは手に入りません。世間はそんなに甘くないのです。ぐぬぬ。ここは、耐えろ……

……という葛藤を知ってか知らずか、おじいちゃんが、「あやめはそれが欲しいのかい?」と声をかけてくださりました。なななんと、誕生日でもないのに、高級プリキュア変身アイテムを、この手にしたのです!!!なんてこと!!おじいちゃんありがとう!!大事にします!!たくさん遊ぶね!!!!大好きおじいちゃん!!!!天にも昇る心地。人生の絶頂であります。

早速開封。電池を入れて、設定をして…いざ、変身!!!!決めぜりふもバッチリです。ポーズも完璧。…………おや?体に変化はありません。ふむ、鍛錬が足りなかったのかな。変身アイテムを使いこなせていなかったのかも?(そういえばミニゲームがたくさん入っていました。)練習しよう。その翌日も、迷惑なことに朝から技名を叫んで飛んだり跳ねたりの鍛錬をしてみました。

おかしい。

全然変身できません。おもちゃとして「量産」されている以上、みんなも変身出来てしかるべきなのに、なぜ……

私は、ここで大きな衝撃を以て人生のすべてを悟ったと記憶しています。この「なぜ……」のあとに、私、気づいてしまいました。雷に打たれたかのようでした。「量産」。「販売」。これが全てを物語っていたのです。「変身なんてできる訳ないじゃない。」気づいてはいけないことに、気づいてしまったその瞬間、人生のどん底、生涯で一番の絶望を覚えました。嗚呼無念。やはり変身などできる訳が無かったのか。

そして気づきは連鎖します。世の中の世知辛さ。あの「高価な」おもちゃを販売することで成り立つ商売が、潤う大人が居ることに、あろうことか5歳の若さで気づいてしまいました。この絶望は、もう二度と味わうことが無いと思われるほど深く私をえぐりました。変身「できない」事件、完です。ちなみに、変身おもちゃは大事にたくさん遊びました。おじいちゃんに買ってもらえたことは純粋に嬉しかったです。余談です。

まだあります。最後に、「もう流行なんて信じない」事件をご紹介しますね。

小学生になっても、プリキュア人気はまだ続きます。小学校にあがるタイミングで引っ越しをしている私は、どうにかこの新天地で友達を作る、というミッションがありました。あと、「友達百人できるかな」を目指していました。田舎の学校ですので、一学年50人しかいませんでした。そのため他学年との交流にも力を入れていましたが、まあそれはおいておき。ということでなるべくたくさん友達が欲しかった私は、当然流行に敏感である必要がありましたが、とりあえずプリキュア見とけばどうにかなりました。驚くべきことに、プリキュアってあんなに盛り上がるのに、一年で終わってしまうんですよね(この事実も、「変身アイテム」の購買意欲を掻き立てるのだな……、と私に絶望させました。物欲がほとんど無になりました。悟りの境地です)。ですから、また新しくプリキュアを楽しむことができます。

小学2年生になりました。小学生は忙しいので、毎日同じ話題をせずとも、いろいろ新しい話題や、学校の行事の話題があるため良いのです。そのころプリキュアもあまり話題に出なくなっていました。ある日の私は、話のネタが無くて困っていました。周りに合わせるために身につけた、みんなと同じ話し方は、両親に「汚い話し方だからやめなさい」と結構怒られてしまいましたし(カッコいいと思ったんですけどね……)、テレビもゲームもあまり馴染みがなかったので、そろそろほんとにみんなについていけなくなる危機に陥っていました。……そうだ!困ったときはプリキュアじゃないか!!みんな大好きプリキュアの話をしておけばなんとか場は持つ!!!藁にも縋る思いでした。次の瞬間、

「え?あやめちゃんまだプリキュアなんかみてんの?子供っぽ~い笑」

ガラガラと音を立てて何かが崩れてゆきました。プリキュアはいつも、私に真実を教えてくれました。

私は流行を捨てました。完。

書き出してみて、意外にプリキュア事件簿が多かったことに気づきました。もちろん多少脚色つけてお話ししましたが、8割事実です。私はプリキュアに泣き、プリキュアに泣く人生を送ってまいりました。皆様はどうですか。がんばれプリキュア!!!!次の日曜日は早起きして久しぶりにプリキュアでもみようかな。

夢見

こんにちは、あやめです。

随分暑い日があったり、どんよりした雨の日があったり、忙しい季節になりました。

なんというか、「季節外れの」、が「この季節らしい」感じがしますね。

私はというと、天気の急変にめっぽう弱く、この季節にはいつも困っています。

しかもこの頃になると積み重なった疲労がそろそろ顔を出してきて…体調管理を万全に、気を付けて過ごしております。皆様いかがお過ごしでしょうか。

前回、睡眠の質についてちょっと話したので、その続きに、夢の話もしようと思います。

私は寝つきも悪ければ夢見も悪く、だいたいの夢はバッドエンドを迎えています。怖い夢って疲れませんか。睡眠の質が悪いから夢を(しかも悪夢を)見ているのか、夢見が悪く、そのあと寝付けなくなるほどドキドキするから睡眠の質も下がるのか。季節を先取りしたジメジメ具合です。

さて、夢。皆様はどのくらい夢を「覚えて」いますか。

なぜだか私、夢が長期記憶として定着しやすいみたいなのです。つまり、夢を「体験したこと」と同じくらい覚えている…ことが割とある、ということです。まだわかりにくいですね。幼稚園時代に見た夢を(これもまた悪夢で、びっくりして飛び起きたその部屋の感じまで)鮮明に思い出せる、ということです。どうですか、伝わったかな。…ブログを任されて書き始めてはや3か月ですが、一方的に話しているこの感じ、どうしてもムズムズして、慣れません。伝わるように書けていますか。突拍子もないことを言って困らせてやいませんかね…

話を強引に元に戻して、夢見です。…私は脱線が多いのが悪い癖です。ごめんなさい。

上記の幼稚園時代の夢の内容は、父の運転する車に乗ってゆられていて、近所のスーパーに行きたいのに、なぜか荒野(一面茶色くて、舗装されていないらしくガタガタの悪路でした)を走っているうえ、敵に見つかってライフルで父もろとも撃ち殺されるという、園児にはハードなものでした。私の夢、ほとんどが、無駄に多種多様に死んじゃうんですよね。病んでるんですかね。疲れている?

こんなものも。空をとんで、屋根の上を駆け抜けて、誰とも知れない追手(?)から逃げつつ、逃げていることを周囲に悟らせないようにする。現実では到底できないような華麗な身のこなし。冴えている。やっと追手を撒いたと思ったら、今度は途中で「これは夢だ!!!」と気づき、夢の中の母の言葉をさえぎり、「ごめん!今私(あたし)夢みてるの‼もう朝だから起きなきゃ‼」と叫んで目覚めたはいいものの、夜中の3時半。起きるのには早すぎた。みたいなズッコケっぷり。忙しいな。

あるいはひとりでどこまでも旅に行く。各駅停車に乗って、行き先を決めずにどこまでも。日が傾いたら下車して、そのあたりで今日の宿を決める。悠々自適、猫の散歩。しかし、やはり自分は人間ですので、社会のルールを守らねばならず、私の逃避行は、所持金が尽きたためにあっさりきっぱり終わってしまいましたとさ。とか。

夢の話をしていたらなんだか眠たくなってきました。前回願った「良質な眠り」はいまだならずです。今日こそは。

押し入れ集

こんにちは、あやめです。

押し入れ、と聞いて、どう思われますか。どう、も何もない?私は、ワクワクするんです。

ほら、ドラえもんも押し入れで寝ているし、押し入れから始まる冒険譚も読んだことがあります。幼稚園時代のお気に入りの絵本でした。結構ロマンがあると思うのです。

まあでも、暗くて変なにおいがしてひんやりして怖い、とも思いますし、単に物置としか思わない、というのもわかります。私の部屋の押し入れは、それはもう悲惨なほどごちゃごちゃです。煩雑。

押し入れ集、とは、こんな押し入れへの愛を語るもの…ではなく、押し入れのようにいろいろ詰め込んだ大小さまざまな文のまとまり、くらいの気持ちで名づけました。徒然なるままに書きたいと思います。ふすまをひらく音。

物が盛大に落ちる音。あれ嫌いなんですよね。大きな音が嫌いなせいもあるんですけど、それだけじゃなくて、一回で済まずに何度も色々なぶつかる音が繰り返されるのが嫌で。どんがらがっしゃん。カラン。

旅は道連れ世は情け。東京には思っていたより優しい人がたくさんいました。

我が家の蛙が冬を越しました。水槽で飼うやつじゃないですよ。野生のが家の庭に住み着いてるの。

睡眠の質、考えたことありますか。この間ふと考えてみたら、私の睡眠の質はおそらく最悪のレベルでした。夜中に起きてしまったり、寝ても覚めても課題のことを考えていたり、起きた瞬間からなぜか緊張していることもありました(なぜ?)。ゆっくり休もうと思って、マッサージをしたり、部屋を暗くしてアロマをたいたり、音楽をきいたりしましたが、むしろ緊張して眠れなくなり、その日もやっぱり悪質な睡眠になりました。

果報は寝て待て、善は急げ、急がば回れ、石橋を叩いて渡れ、論より証拠。

この季節は、半袖の人、長袖の人、コートを着た人、Tシャツ一枚の人、様々ですね。私は寒がりなのでコートを着る頻度が高いのですが、隣に半袖半ズボンの人が座ったりすると、きっとお互いに「なんであの人…」なんて考えてしまいます。個性、みたいなものが一番見えると思いました。

あんなに眠かったのに、休み時間になるとばっちり目が覚める。

電車に乗れば、みんな一様にスマホを眺めて、耳にはイヤホンをしていた。みんな違うものを見て聞いているけれど、居る空間は一緒。不思議!…と思う私の耳にもイヤホン。

先生に、スマホで簡単に調べてしまうのではなく、図書館に行って、歩いて、見て、触って、学びなさい、と言われました。続けて、私の時代は調べものも一苦労だった、とおっしゃりました。豊かに学びましょう、ともおっしゃりました。そのあと、先生はスマホを覗いてらっしゃいました。隣の席の方は寝ていました。

さよなら三角、またきて四角。そっとふすまを引く音。…今日こそは良質に眠りたい。