先日ゼミにて、担当の先生から呼びかけの形で「4年生の皆は勿論卒論進んでるよね?」と言われましたが、何も答えられなかったももなです。最近度々でメディアで「ボーっとすることは脳にとって刺激になるので大事」と言っているのを自分の都合の良い方に解釈している日々です。即ち、「いつも頑張っているからたまには頑張らないでいることも必要だよね」というのを正解とすれば、「あ、ボーっとすることって脳めっちゃ使ってるんだったらいつも私めっちゃ使ってるやん、じゃこれでいいじゃん」という不正解を正解だと言い張っているのですね。
週2回の大学以外じゃ何をやっているのかと言いますと、やたら映画を見ております。
「元々映画が大好きで、日本文学科に入った理由の一片にはそれも関係しているんです~」
という訳ではないのです残念ながら…
私はグロい怖いホラー血飛沫等々がまるでダメな為、アクション系やホラーなどは全く見ない代わりに日常系といいますか、ほのぼのとするようなものを好みとしております。そのため、今まで見たものは「A列車で行こう」とか「舟を編む」とか「清須会議」とか、安心して見ていられるもの+邦画ばかりでした(とは言いつつ一番好きな作品は小学生の時から「踊る大捜査線」という矛盾…青島くん大好き)。それがどうしたことでしょう、近頃見ているのは単館系且つ海外映画ばかりではありませんか。
直近で鑑賞したラインナップは
①イヴ・サンローラン
②ウィークエンドはパリで
③リスボンに誘われて
でした。「ほのぼの」が好きから延長して「ステキな画の作品(というか広告)」に惹かれたのだと自己解釈をしているのですが、どういう訳だか蓋を開けたら①②はPG12でした(開けるも何もチラシに書いてある)。私はたぶん生まれてこの方年齢制限・警告のある映画は見たことが無かったのではないかと記憶しているので、年齢的には無論何の問題も無いとはいえ無駄にドギマギしておりました。そして観劇順に作品を並べたのですが、直近のものになるにつれ個人的に満足度の高い作品に出合うという不思議な組み合わせとなりました。
で。問題なのは一緒に観劇した人間でして、何故かよりによってPG12指定の2作を母と観に行ってしまったのですね。別にR18じゃないし、とタカをくくっていたら、②はまぁいいものの①が・・・イヴ・サンローラン…
映画のキャッチコピーは
「あなたは目撃する。永遠のエレガンス 誕生の瞬間を。」
予告もろくに見ないまま、このキャッチコピーに「ステキなオートクチュールとプレタポルテの世界を垣間見られるのかしらん」とわずかに残った乙女心を弾ませながら足を運びました。
始めの10-15分は平穏に過ぎたのです。異変を感じ始めたのはその後。イヴの相棒・ピエール(明らかに彼がいなければイヴはイヴとして存在しなかった)と仲睦まじい…と思いきやいきなりきゃっきゃうふふのお散歩に、キスまでし始めたではないか。私の隣に座っているのは実母である。一体どうしたことかこの状況。純粋無垢な私はテレビでドラマのキスシーンはおろか抱擁シーンですら気まずさを覚えるというのに、である。とはいえ、イヴサンローラン財団初の公認作品。まぁここだけやり過ごせば大丈夫だろうと思っていました。
が。時間がたつにつれ、話が進んでいくにつれ、それはどんどん濃くなってゆき、精神病院に入ったとか、Diorから独立したなどの下りももちろんあったにせよそういった所ばかり気になってしまうのです。芸術の世界には同性愛者が多いとはよく聞く話で、私なんかは卒論も半分それに足を突っ込んだような話でありますし所謂偏見というような視座はないつもりであったのですが、それにしても絵が「濃かった」為、私の気まずさも一周し「もうどうにでもしてくれぇ」となっておりました。順番が前後してしまいますが、ショーのシーンも(「濃ゆい」ところよりは比率は下がりますが)あり、それはそれは美しいファッションのライン・モデルさんなどを堪能することが出来ました。
鑑賞後、母と一応感想を言い合っていましたが、やはり目につくところは同じようで。
煌びやかな世界にこそ、光と影のコントラストは強いとは思いますが如実に、想像以上に浮彫になっていた作品であるかのように思います。そして、軽く魂を持って行かれた気味があるので、鑑賞する際には「オートクチュールの憧れ」よりも「あらゆる世界を受け入れる気持ち」を強く持って鑑賞した方が本来楽しむべき点を正確に楽しめるのではないかと思いました。
と、珍しく映画評のように(しかも①だけ)なってしまいましたが、次は(懲り性もなく)③リスボンに誘われての話をしたいと思います。
「リスボンに誘われて」は今年見るべき作品No.1と言っても過言ではない・・・
投稿者「momona」のアーカイブ
トイレ、風呂、それよりポプラ
サービスエリアでも外食店でも、必ずトイレットペーパーが設置してあり、しかもそれが流せる。なんと素晴らしいことであろうか。宿には大抵大浴場がありしかもキレイ。温かいお湯につかって旅の疲れを癒すことも容易である。なんと素晴らしいことであろうか。何度か海外を訪れたことがあるが、何度帰国しても思うことはこの二つである。あとは夏の蚊さえいなければカンペキである。
学生生活最後の夏休みが終わろうとしています。トイレットペーパーでがないから夏休みの残り日数は綺麗に流されていかないでほしい~。是非とも時の流れにつまって逆らって、8度とは言わずとも繰り返してほしい。そして毎回異なる内容の休みを経験したい。回数に限りがある方が一回一回が大事になっていいし、回数に限りが無ければ毎日食っちゃ寝を繰り返すのみである。「学生なんて制限外してしまえよ」という囁きに釣られてしまえばそれはつまりニ○トとなり、まるっと親の脛かじり虫になるからそれは避けたい。夏休み。なんと眩い響き!実際はセミの鳴き声と体から吹き出す汗とアイスの誘惑との戦いであるが「響き」というのは不思議なことに都合のいいイメージばかり思い起こさせてくれるものだなぁ。
幾度となく、何万という大学生の脳内で繰り返されてきたであろうこの妄想・欲望は考えるだけ無駄、というやつであろうが人には想像力と欲求があるんだから仕方ない。私は前回の記事でもチラッと書いたように、この夏休み生協さんのスタディーツアーに参加し、内モンゴル(モンゴル国ではなく中国の中にある)で植林に参加してまいりました。

32人で植えたポプラの苗は413本!もともとは利権争いの防止や地元の人々の生活向上を目的に進めてこられた活動なのだそうですが、ボランティアという立場で無心でスコップを使い穴を掘り、木を植えていると何より元気に育ってほしい、という気持ちばかり募っていたように思います。それが結果として、人々の喜びの理由のひとかけらになったら素敵なことだと思って活動に参加していました。
今迄、カンボジアとオランダの二回スタディーツアーに参加してすっかり味を占めておりました。カンボジアは社会起業家の方と持続可能な農村生活を考える。オランダは「イエナプラン」と呼ばれる教育を視察する。そして今回は、砂漠で植林をし、森を目指して土地を豊かにする活動に参加してきました。見れば一発で思ったとは思いますが、どれも「日本文学」とは全く、と言い切れるほど関係がありません。しかし、日本文学科だから日本文学だけ研究していればよい、ではなく、自由の利く今のうちに様々な見聞を五感を使って広げるのは大変有意義なことではないでしょうか。
中でも、今回の植林では、何万ものの木を、日本人男性1人と現地の方2人、計3人で世話をしていると聞き慄きました。木は、植えて終わりではなく、砂漠の場合水鉢という凹みを堀り、そこに水を入れることを4回程行います。砂漠の乾燥した砂の吸水力は抜群ですが、照りつける日差し・気温によりすぐに蒸発してしまうからだそう。熟年夫婦ではないけれど、蒸発しないためには常に食事(水分)をあげないとだめなのですね。
初めて大きなスコップを使用した作業を行いましたが、普段使っていない筋肉を使ったようで、そのご2日間程筋肉痛となりましたが、今回もよい見聞を広げる機会が得られたと思います。
私は家で盆栽を育てていますが、母の盆栽は早くも涸れ気味です・・。心遣いと愛情は、木とはいえ、同じ植物には大切なのだなぁと思った次第でございます。
このツアー、毎年行われているそうなのですが、ラクダにも乗ることが出来る(私の参加の決めてにもなったりして・・・)、ゲルに泊まれる、などのサブ目玉も充実しているので大変おススメでございました。来年ブログ部の誰かが参加してたりしないかなぁ。。

つみつみ
真夏日も影を潜め、まだ蒸し暑いとは言えいくらか過ごしやすい日々になったように思います。ももなです。皆々様いかがお過ごしでしょうか?
「熱中症」という言葉を聞かなくなったと思えば「デング熱」が公園を一世風靡していますね・・・自慢ではないのですが何を隠そうこのワタシ、この夏だけで60カ所以上を蚊に貢ぎました。図らずも・・・しかも都内、というか家の近くで・・・。ちりも積もれば山となるとは言いますが、ちりというか、一回一回で5カ所以上刺されるものだから物凄いスピードで増えます。公園は勿論ですが、普通の路地裏なんかも通っただけでメッタ刺しにされます・・・怖い。。代々木公園周辺に行けばものの3分以内で感染すること請け合いです。ネットで一番効きそうな虫よけを調べ、装備しているのに手やら、日焼け防止のためのトレンカの上からさしやがりますからね、奴らは・・・
さて、私はと言えば今我らが日本女子大学文学部日本文学科のHP更新に向けたほんのお手伝い作業を先ほどまでしておりました。そうは言っても自室でPCだけでできることだったので本当に微々たることなのですが・・・。同級の様々な資格やコースを履修している人の時間割を組み起こしていたのです。先月には自分自身の分も思い返し、見返していたのですが、まだ卒業するわけではないとはいえなんだか心にスンと来るものがありました。今大学生活4年目を迎えている訳ですが、これまで自分が履修した授業を打ち込みながら内容や先生、一緒に授業を受けた友人などを思い返してみると色々な授業があったなあと懐かしくなってしまいました。人間ですから、それぞれの授業にも好き嫌いはあったのですが、こうして学生生活の終わりに近づいているのかと思うとやりきった気持ちはまだなく、ただただ過ぎ去る日々が惜しく思われて仕方ない気がします。・・・後期履修増やそうかなぁ(そしてきっとテスト期間中の自分の首をこれでもかと絞める)。
いつしかに買っていたと思しき寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』を漸く読み始めたものの、「肩輿」やら「接檣」がなんのことだか分からず開いたページからなかなか移れないという日を送ってしまうと、それなのに4年目かと情けなくもなるのですが・・・()
話は変わりますが、実は先日長期休暇の私的恒例である生協の「テーマのある旅」に参加してまいりました。
次はこれに関する記事を書こうと思っているのでどうぞお楽しみに…!
(またハードルを上げてしまったりしているけれど決して超絶ストイックなんてことはあり得ない為また苦しむ未来が見える…)
ぐるり
8月も終わり世の中では夏休みが終わりましたね……!大学生の特権である約2ヶ月の夏休みはまだ終わりませんよぉー!
「大学生のうちにやっておくべきこと」
というような名前の本を書店でたまに見るのですが、私の「やっておきたいこと」はなんだろうとふと考えてみました。
・ダイビングをやってみたい
・TOEIC600点以上をとりたい(現時点に於いて、約7年にも渡る日本の英語教育を悉く無きものにしてきた程度の実力であることが一発でバレる……)
・最低限の自炊ができるようにする
等々……。
先日、高校生の時に(高校時代の~と書くと遠い昔の話のように感じて何だか大変心寂しくなるので敢えてこう書く)大変お世話になった先生と友人とでお食事をしてきました。先生は今年退任なさるのですが、その後やりたいことについて話していました。
趣味、勉強、培ってきた知識技術を活かせることの3つに分けて候補をあげお話していらしているのを聞きながら、自分の場合は無暗矢鱈に挙げ連ねていたなぁと思い返していました。
人生80年以上とするならば、時間はたっぷりあるとも思えるもののその中でも自由に動ける今の期間にしておくべきことは沢山あるのだろうなぁと思いつつ……けども煩悩たっぷりのため楽をしたいとも思ってしまうのですねぇ……人間だもの……
私なりに区分するならば
学業/趣味に分けられるだろうとは思いあげてみると
学業
(近代専攻だけど日本文学科に属するものとして)源氏物語を(現代誤訳でもいいから兎に角)読む
TOEIC(以下略
家に貯まりまくった積み本を無くす
趣味
ダイビングをしてみる
楽譜を読めるようにする(8年もピアノをやっていたのにメロディーが読めない……)
旅行をする(お遍路!寝台列車!)
といったところ……
何より
卒 論
が先ですが……
放っておくと本当に1日寝て終わるダメ人間なので、後々絶望しないようにしなければなぁと書きながら思った次第です……
思考が回らなくなる度にこんなネタを書いている気がするのですが、まずはそこから卒業したいと思う次第です……!()
生
「私事ながら~」と始めようと思いつつ、いつも私事ばかり書いているしそもそもブログって私事なことを書くものでは、と開き直り今日も私事を書きます。ももなです。
只今学生生活最後の夏休み真っ只中ですので、先日家族旅行に行ってまいりました。行先は…シンガポールでした!
この夏休みも旅行の予定をたくさん入れているのですが、内々定先の企業にも「特にしてほしい勉強などはありません。沢山旅行に行ったり、人に会って遊んでください」とありがたい御言葉を頂いたので完全に真に受けて遊びほうけています。卒論…
さて、何故このタイミングでシンガポールなのかと言いますと、わたくし実はシンガポール生まれなのですね。因みにシンガポールで生まれても国籍は選べずれっきとした日本人です。生まれた国の国籍か両親の国の国籍かを選べるのを「生地主義」というそうですが、シンガポールはその制度を取っていないのです。母曰く、国土が狭いからそのようにしていたら人が増えすぎるからと言っていましたが…しかしシンガポールは今じゃんじゃんビルを建て人を増やしているようでしたが…(埋立地を使って)
両親が海外赴任で滞在していたときについうっかりぽっこり生まれてしまったのですが、2歳で帰ってきてしまっているため、「全く記憶にございません」。10歳の時、小学校で「1/2成人式」というイベントがあり、自分のルーツを取材し自分の生い立ちをまとめる、という授業がありました。これに伴って親に取材をするにあたり、「自分が生まれたところはどこだ」と問いました。東京、せいぜい父方の実家(の実家)のある東北方面だと思っていたら知らないカタカナが出てきたので大層驚きました。アイデンティティの喪失というか、「私は誰ココはどこ」のような感覚ですね。けれど、今は覚えていないにしても自分の生まれがシンガポールであることを少し誇りに思っています。大体の確率で他人とは被らないし、興味を持ってもらえるし、なんかカッコイイと(笑)。
しかも2年間海外に滞在していたことになるので一応帰国子女の枠に入る模様です。私は英語も話せないし記憶もない故に詐欺になるんじゃなかろうかと思っていますが、なるのです…
そして19年7か月ぶりに、自分が生まれた病院と、育った家を見てきました!
親に案内(タクシー)してもらいつくと、なんとも立派なマンションが…
前は土壁(シンガポールに地震はないので)で、一階部分にプールがあり、二本に分かれて立つマンションは独立していたそうなのですが、今は高級マンションの体で壁からは水が伝い流れ、プールは5階部分に「天空の城」と言わんばかりに優雅に設置され、上部には二本のマンションを繋ぐ渡り廊下が。物凄くお高そう・・・
生まれた病院も建て替わっていました。これが約20年の歳月…
さて、人間の方はどれだけ変われたのでしょう…物心すらつかぬ赤子から比べたら見た目は全く異なり、中身もある程度は成長しているはずですが、次またもしここに来る機会に恵まれた折には歳月と場所に恥じないような更なる成長ができていたらいいな、したいなと思わずにはいられませんでした。
夏の聖地巡礼は、赤道直下の地であるにも関わらず何故か東京より過ごしやすい気候で、とても心地よかったです。
7時間程のフライトを経る、且つお盆時という中々これまたお高い時にわざわざ生地に連れてきてくれた両親に感謝です…
葉月
私の中では7月すら始まってもいませんでしたが、不思議なことに世の中では8月、葉月でございます。私はももなでございます。
当ブログ部員もこれで晴れて皆夏休みでございます!わーい!
4年生にもなると履修している科目が大変に少なく(週1コマのゼミしか取っていない友人も珍しくありません)、ゼミの他に1科目しか取っていない私はその授業のレポートを提出したところで無事大学生生活最後…つまり学生生活最後の夏休みへと突入いたしました。いやだよう…人生が夏休みにはなりたくないけど、来年からも夏休みはあるけど、でも、でも約二か月に及ぶ最高の休みを貰えるのが最後だなんて…次このようなご褒美が来るのは(順調にいけば)約40年後だなんて…40年なんて今まで生きてきた時間の2倍!想像もつきません。。。
さて私はと言いますと、履修している博物館学芸員資格課程の必修である博物館実習の為、関東にある某文学館のお世話になっております。名前を伏せているのはネットリテラシーだよ!この辺は大変ナイーブな問題だからね…
全6日間中の本日4日目なのですけれども、様々な(滅多にお目に罹れない本物の)資料を拝見させて頂いたり、実際のあらゆる業務(特に日本の学芸員さんは我々には見えないところで本当にあらゆる数の細かい作業をこなしていらっしゃるのですね、展示換え期間が長い館があろうとも決して休んでるとかではないのです。大変なんです。)を体験(被っている資料のチェックや実際の展示をするなど)させて頂いております。
特に個人的なことなのですが、私は今まで書店バイトを経験し、現在は出版関係のアルバイトをしています。故に、学生のうちに本作り→読者に届ける→届いたものを研究する→それ収集・保存・展示するという一連の流れの全ての現場に居合わせたということになるのです。これに気付いたときに、なんと自分は恵まれているのだろうかと大変に感動いたしました。でも、就職先は本は全く関係ありません・・・。機関誌は発行しているようですが・・・。
実は元々強い意志があってこの博物館学芸員資格を取り始めたわけではありませんでした。どうせ大学に入って同じ授業料を払うのなら、資格でも取って少しでも元を取った方が良いじゃないか、という考えがきっかけで取り始めたのです。そんな屈折(?)した理由がきっかけではありましたが、そこから一般にできない、様々な貴重な体験をさせていただくことが出来て今幸せだなぁと実感している次第です。
そして脈絡もなにもないですが気付いてしまった。このブログのカテゴリに「司書」も「教職」も「日本語教員」もあるのに「学芸員」がないことに・・・。否、「博物館」に含まれているのでしょう。
そんなこんなで「やったもんがち」だなと思った私は今月、4回も外泊するお出かけを致します。「外泊」って如何わしい匂いがして大分アレだけど如何わしくなんかないんだからね!!旅行じゃ!同学科友人宅にお泊りじゃ!!…予定を埋めないと気が済まない性分なのに、それとは裏腹に全然体力はつかず…。
体力ってどうやったらつくのでしょうか()。体調を崩さぬよう気を付けつつ、最後の超長期夏休暇を満喫したいと思う次第です!
ぶらり
遂に都会でもチラホラと蝉が鳴きだし汗も止まらないももなです。
ワタクシは先日、しつこい程言っている水樹奈々のライブ遠征ついでに大阪観光をしてまいりました。日本津々浦々色々な所に旅している方ではないかと思うのですが、初めての大阪でして中々にドキドキでした。
朝6時10分代というべらぼうに早い新幹線に乗り込んだため、8時代には大阪に到着しました。私の勝手な大阪のイメージは「あめちゃんをくれるおばちゃん」と「豹柄」でした。偏見と先入観に満ちた考えで大変申し訳ない。でもやはりそう思ってしまうのです・・・。母には「国が違うくらいよ」と訳のわからない、というかどの辺が違うのかもわからない脅しのような何かをかけられたのですが、大阪いいところだった!!
まず物販列に行くと炎天下に長蛇の列だったため、早々に諦め会場近くにあった大阪城に行ってまいりました。
今私たちが目前に出来る天守閣というのは、建設当時の趣ある建物が残されている場合と、一度何らかの理由で姿が失われた後後世に再建された場合とがあると思います。無知であった私は当然前者であろうと息巻いて「今年一番だ」と思った激アツムシムシの炎天下を歩いたのですが、実際は後者でした。確かに入場料が相応の値段だった・・・。中に入りますと、「城」というより「博物館」となっていて、展望台部分に上がるまで自分が大阪城にいるのだということを忘れていました・・・。何より驚いたのが、外人さんだらけだったことです。私は平日に訪れたのですが、それにしたって8割が中国や韓国の方で、1割が欧米人で1割が日本人て・・・全力でアウェイでした。海外の方々が日本の歴史や文化について興味関心を持って下さるのは勿論大変ありがたいことです。が、あまりに日本人がいなさすぎて「ココ・・・日本??」と思っていました・・・。心寂しかった・・・(一人旅でした)
その後セット券についていた歴史博物館を訪れ、涼みました 課外授業の中学生に揉まれました 古代から近代までの大阪(難波)についての展示を見学しました。「大大阪」と言われた時代があったなど全く知らなかったのでへぇ~というボキャ貧丸出しの感想が尽きませんでした・・・。
更に夕飯にオムライス発祥!!という「北極星」さんの本店でオムライスを頂きました。現代のオムライスの王道と言えば、ふわっふわの卵にナイフを入れて卵を開くスタイルが(少なくとも私は)憧れのスタイルなのではないかと思います。北極星さんのオムライスは以外にも卵が大変薄く、出てきたらそのままスプーンで食らいつくスタイルでした。最初はこんな卵薄くて大丈夫かと思いましたが、見た目以上の存在感とソースと相俟って超絶美味でございました。おいしかった・・・・!
そしてお待ちかねのライブ参戦をした翌日は、大阪と言えば!道頓堀だ!!と思い行ってきました道頓堀。
道頓「堀」という名前を普通に咀嚼していればわかっていたのかもしれませんが、何故か頭の中で勝手に「川である」と思い込んでいた私は
「せまっ川幅せまっ」
というのが感想でした。正しくは堀幅ですね。そして有名なグリコ看板を始め、周りにつく看板も軒並み超大ビックサイズで、歌舞伎町でも見たことないぞ!と思いました。流石大阪、ド派手です。関西の友人たちに会いお昼にお好み焼きを頂いたのですが、やはり粉ものはお腹に貯まりますね。苦しいと連呼しながらも美味しくいただきました。本場のお好み焼き!もんじゃより食べやすいのでお好み焼き派です。
一泊二日という短い期間でしたが、大阪の観光ガイドを見ると1/3がグルメ情報で占められている通り、大阪に占める食ネタ率は多かったように思います。。心残りは帰り冷凍の551肉まんを買えなかったこと・・・東京でも購入できるのかしら?
そして歌舞伎座の前を通りはすれど見ていないし、文楽も見ていないので次回来るときには日本文学生らしくその辺もチェックしたい・せねばと思います。
観光以上に電車の隣の人の会話を聴いている方がよっぽど「大阪にキタ!」と実感できるのも面白かったです。
梅雨よ早くあけろっ
ぐるんぐるん
早くも2014年も折り返しでございます。7月に入りましたよぉ、天の川は今年は見えるのでしょうか?そもそも建物の明かりや建物そのものに阻まれて全く見える気のしないももなです。
私は最近、前に働いていた本屋のアルバイトを、就活のためにお休みをいただいていたのをそのままフェードアウト(勿論ご挨拶をさせて頂いた後)し、初めて事務系のアルバイトをしております。某本作りの現場で電話を取ったり発送をしたり、です。4年生になって現在授業は週2日、コマは3つ(諸事情により実質2つ)しかとってない身分とはいえ脳みそが全然と言ってもよい程使えておりませんでした。事務系のアルバイトは、常に決まった対面でのお客様へのサービスをする、というものでもなくチームワークと日々異なる仕事に対応できる柔軟性が、より求められると感じています。覚えることも本当に沢山あり、効率を考えながら確実に正確に行わねばなりません。どの仕事であっても共通する大変大事なことであるには変わりありませんが、それをこなそうとする過程で自分の効率の悪さと地頭の悪さが露呈しまくっていて申し訳ない気持ちでいっぱいの今日この頃です。
そして気付いたのですが、記憶力が致命的に悪い・・・!3年弱通っているボーカル科のある音楽教室にて、先日「スクールライブ」というものが開催されました。他のドラム科やギター科の生徒さん(若しくは先生)とその日限りのバンドを組んで一曲ずつ演奏するという催しでした。なんとあろうことか洋楽限定だったので、洋楽にまるで疎い私は先生が持ってきてくださった曲をそのまま選択し歌ってまいりました。曲はThe Banglesの「Eternal Flame」でした。多分聞いていただければ耳にしたことがあると思う方もいらっしゃるはず・・・。人前での披露ということで勿論曲は暗譜。つまり英語詞を暗記。日本語の歌でさえ歌詞を度忘れしトチりまくる私にとってできれば避けたい試練でした・・・。一応本番はミスなく人生初バンドを楽しむことが出来たのですが、本当に歌詞が覚えられない。
この記憶力の悪さも自分の今の作業効率の悪さに明らかに悪影響を及ぼしている・・・っ!あああ
なかなか思うようなテキパキとした生活が出来ず、「いかん」と思っていても他人の1/3倍速での生活を、社会人になる前に整えねばと思うばかりです。。。こんなんで本当に社会に出られるのかと思い腰の引ける毎日ですが、今しかできない貴重な体験をさせて頂いているので、ゼミのみならずアルバイトも存分に頑張らねばと思う次第でございます。迷惑ばかりかけている先輩のお荷物を卒業できるよう・・・!
・・・半年後見返して笑えていることを心より天の川に祈りたいところですっ
そつろん
街はワールドカップの青一色、本棚のonちゃん(北海道テレビのキャラクター)卓上カレンダーをめくるとonちゃんまでもサッカー仕様でした。ももなです。試合の興奮冷めやらぬ若者で溢れた渋谷のスクランブル交差点では痴漢が大量発生したとネット記事で読みました。けしからん!日本代表の試合の興奮に乗じてそんなことをする輩がいるとは大変恥ずかしきことです。おおお自分がやられたわけでもないのに沸々と怒りが…全く何を考えているのでしょう!(若しくは何も考えていないのか)
えー、気を取り直して、去る今月13日に私の所属する近代日本文学ゼミに於いて(毎週のことなのですが)演習(授業)がありました。この日は約1年ぶり(3年生の後期以来)の自分の卒論に向けた発表でした。私が取り扱っているのは福永武彦『草の花』という1954年に新潮社より出版された作品です。(新潮社…就活……うっ頭が)
先行研究に於いてはこの作品はホモ(同性愛)だホモ(同性愛)じゃないだと言われているのですが、つまるところ私はホモ(同性愛)だと思い考察を進めようと考えています。というか、「日本近代文学」を紹介する本やら雑誌やら、若しくはホモ本/臭い本(まんまBLではなくとも腐った人間が読むとそうだと思うような作品)を紹介する本やら雑誌やらには大体ホモ(同性愛)だと書いてあるのですよ。例えば『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)2009年2月特集「世界はBLで満ちている!」で見かけました。し、『新装版 昭和美少年手帖』(河出書房新社)を立ち読みした際にも書かれていました。そうはいっても、何を以てどうしてホモ(同性愛)だと捉え考えるのかも根拠を基に論じていかねばならない大事な点のひとつなのですが。。
『草の花』梗概は以下の通りです。
東京郊外K村にあるサナトリウム(結核療養所)に入所する「私」は、ここで二度冬を越した。「汐見茂思―この人を語るために原稿を起こした」とあるように、汐見を中心に見た、サナトリウム(病室)での様子が中心に描かれる。他の病人は、神経質なまでに自分の状態を案ずるなど、「死」を恐れているが、ただ一人汐見は、身体に響く煙草を吸うなど、周りからは「豪傑」とも取れる態度でいた。しかし、彼は無謀とも思われた手術を自ら懇願し、手術前に「私」に、病床で描き込んだ二冊のノート(手帳)を託し、術中死する。「第一の手帳」に書かれていたのは、汐見が高校弓術部に所属していた頃に経験した、藤木忍という少年に向けた愛と、その愛の拒否である。その後、藤木は敗血症で死んでしまう。また、「第二の手帳」には藤木の妹である藤木千枝子との愛が描かれる。千枝子は汐見を愛したが、結局千枝子は神への愛を選び、汐見も孤独(「英雄の孤独」こそが自分を支えるとしていると述べている)を選び、またも愛の結実は果たされなかった。手帳の最後は「藤木、君は僕を愛してはくれなかった。そして君の妹は、僕を愛してはくれなかった。僕は一人きりで死ぬだろう…」と締められる。最終章に於いて、春、「私」によって別の人物と結婚していた千枝子に、手帳の受け渡しが図られるが千枝子は手紙で手帳は受け取らない旨を示す。
以上私の拙いレジュメより引用。。。
要は、同じ部活(弓術部)の後輩・藤木忍きゅんに愛を抱いてしまった汐見茂思くん。しかしその愛は叶わず。忍きゅんが病死してしまった後、彼の妹であった藤木千枝子ちゃんに愛を抱くも叶わず。戦中肺結核となり入所したサナトリウムで同室になった「私」に二つの愛について書いたノートを託し術中死してしまうということですね。
ここまで読んでくださった方はお分かりかと思いますが、大変俗的且つお叱りを恐れず言ってしまえばホモ+ロリコンということになりましょうか。少なくとも初めて読んだ直後、私の脳内でこの構図が出来上がってしまい日本文学の無限の可能性を感じました・・・
表面的ざっくりで言うとこんなこととなってしまっておりますが、実際に細かく丁寧に読み進めていくと宗教(主にキリスト教)や哲学(西洋哲学)などまで素材は広がっていて、日本文学だから日本のことだけ、ともならずこれまた日本文学の無限の可能性を感じている所です。たまに「日本文学学んで何になるの?」とも思われることもあるかと思いますが(人間が生きるために必要な建築や栄養学に比べればそう思うのも致し方ないかもしれないとは思いつつ)、日本文学から広がって様々な領域について好奇心と知識を得られること、また限られたテクストから背景や考えを読み取る・考える・纏める思考などが身に付くのです。私が身に着けられているかはさておき。
12月の提出まで藤木きゅんや汐見くんと付き合っていくこととなるわけですが、どうか根をあげずに、担当してくださっている先生にも御納得(満足?)頂けるようなものにしたいと思います。。。頑張らねば・・・。
持つべきものは友
近頃は国民的アイドルグループ、「嵐」さんにどはまりし、思えば私の記事は好きな芸能ネタから始まってばかりだなと痛感しています。ももなです。最近よく耳にする「国民的○○」ってなんなのでしょうね。自分にとっては大好きで近しい距離感だと思っている人であっても、人によっては「全然知らないし思い入れもないよ」というのが多発しているのではないかと思います。し、よく分からない言い回しだしざっくり+ヘンな表現だなぁと思っているのは私だけなのでしょうか・・・。
続けて個人的な話で恐縮なのですが、昨日幼稚園時代からの付き合いの友人と食事をしてきました。彼女も私も附属幼稚園上がりなのです。で、話した結論は
「内部生は内部度が高い(つまり幼稚園>小学校>中学>高校から内部)ほどこじらせている」
でした()。もちろん全員が全員という訳ではありませんが、比率的に内部生活が長いほど斜に構えやすいというか、屈折してみている節があるようでそれ故の損をしているという。分かりやすく言えば天邪鬼?好きな人にいじわるしてしまう、というような・・・?
特に中学高校は生田の山の中で計6年過ごす訳なので、あらゆる意味で自由奔放にノビノビと過ごせるわけです。素敵な友人は勿論、大好きな先生にも出会えましたし、空気も美味しいしいい環境で過ごせていただいたと思っています。しかし物事には必ず利点と欠点がある訳でして、今回私の場合の最大の欠点として「下界(社会)の常識や経験の貧しさが生じることがある」「男子とどう接すればいいのか分からない」がありました。。。
私は大学に入ってサークルをインターカレッジサークルにし、他大学との交流により男子と話せるよう矯正治療を施しましたが、どうしても尾を引くこともあるのですね。食事をした友人とは「男子の(仕事などとは関係ない個人的な)要望に応えるのは何か相手に対し屈した感じがして嫌だ」というもので意見が一致し、流石長い付き合いの友達は違うと思いました。しかしこれは要は男子に対する価値観をこじらせた結果であるとも言えるような気がしてなりません。
他にも同じことを思う方が奇遇にもいらしたとしても、それ以外の場面でうまく「女子」を売り込んでいけば欠点も補填んできるのだろうと思います。出来る出来ないかは別として★
・・・そんなこんなで、やはり持つべきものは友だと思ったのです。
どんなことがあっても縁が切れない限りきっと必ず支え、見守り、応援してくれる友人がいるというのは今後何十年という間生きていくうえでも大切なものになるのだな、と帰り際に別れた後ふと思いました。
いつからの友人が仲がとてもいい友人となるのかは勿論人によりけりでしょうが、一つ一つの縁は大切にしていきたいと思う今日この頃であります。