こんばんは、めいです。
電車の中でこれを書いてます。
バイトの帰り道です。今日は16時から21時まで。
疲れた
お腹すいた
今、私の頭の中にはこのふたつしかありません。
あ、嘘です、あともうひとつありました、
課題やらなきゃ
これがいちばんまずい。
明日のお昼までに提出しなければいけないんですが、私は明日中だと勘違いしてました。そしてバイト直前に気付き、先程まで魂の抜けた顔で働いてました。
課題にはまだ取り掛かってすらいません。
だからちゃんと前持ってやっときなよってね。
私も毎度めちゃくちゃ思ってます。
こんな私も時々、5回に1回くらい(いや10回に1回か?)、気が向いて早めに取り掛かることがあるんですよ。でも余裕がある時って、必要以上に作業に時間かけちゃうんですよね。わざとじゃなくても、心なしかのんびりになっちゃう。いやそれでもいいんだけど。
期限ギリギリの時は、もうやるしかないから必然的に猛スピード。でもあまりに内容が薄いと提出しても認められないので、思いの外しっかりやるんですよねこれが。
意外にもギリギリの方が効率良くできてる気がするような?
人って追い詰められた方がかえってできるものなんでしょうか。火事場の馬鹿力とか言うしね。あれ、これは違う?まあ似たようなことなはず、きっと。
いけない、今ちょっと満身創痍でいつも以上に頭の悪さが露見してますね、、
最寄り駅に着きました。
家に帰ったら、軽く何か食べて、お風呂に入って、それから、課題、、、、やります、、、、
果たして今日は何時に寝られるのか。外が明るくなる前に終わらせたいなぁ。
只今の時刻、21時20分。
いざ、出陣!
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耳をすませば
外に出るなと言われると外に出たくなり、外に出てもいいよと言われると引きこもりたくなるのは何故でしょうか。
こんにちは、さやかです。
ここ数日、授業と課題と授業準備とサークルのタスクに追われる日々を過ごしています。ずっと家にいるはずなのに、普通に目白に通っていた昨年よりも明らかに忙しいのは何故なのか。寝不足の日々です…。
最近、あまりテレビを観なくなりました。今日の感染者が何人とか、経済への影響が云々とか、ワイドショーで様々な意見が飛び交うのに観ていて疲れてしまい、最近の私の情報源は新聞とラジオです。
ラジオで特にお気に入りなのは、スカイロケットカンパニーです。リスナーの投稿と、それに答えるパーソナリティのお二人のかけ合いが面白く、コロナ禍でのストレスが吹っ飛びます。映像ではなく、耳を澄まして聞く心地よさっていいなぁ…と思います。
家にいて自分の景色が変わらないからか、耳を澄ませる時間が増えた気がしています。ラジオもそうですが、例えば家の近くを通る家族連れの会話とか。遠くを走るパトカーのサイレンとか。昨日も降った雨の音とか。こういった音を聴く度に「外ではどんなことが起こってるのかな」とのんびり空想しています。「あぁ、今日も子供が叱られて泣いている」と思えば、近くの家からピアノを練習する音が聞こえる。これまで当たり前だった生活音が、今はなんだかワクワクする。ずっとパソコンの画面とにらめっこして、イヤホンで音を聞き続けて疲れたとき。ふとイヤホンを外して、こうした音が聞こえると、なんだかほっとするのは、私だけでしょうか。まだ普通の日常には程遠いけれど、ささやかな楽しみを見つけた気がします。
ただ、夜寝ているときに耳元を通る蚊の音。お前だけは絶対ゆるさん。
外は暑くなり、外出自粛が解除され始めたとはいえ、まだまだ大変な日々です。みなさま、どうぞご自愛ください。
それでは、また!
モフモフからのふむふむ
こんにちは。はるなです。
気分はもう夏ですね~。
昨日なんか夜も暑くて何回も起きちゃいました。あれ、今何月だっけ……?
自粛中外に出ていなかった&猛烈な暑さでもうへとへとです。
というわけで体を暑さに順応させるためにも
最近は近所を散歩しています。
歩いて思ったことは1つ。まずいぞ、全く体力がない~。
え、あれ、なんでこんなに疲れているの?
30分くらいしか歩いてないよ?前は余裕だった距離が長い。。。
びっくりしました。人間、衰えるものですねぇ……。
そんな中、私を癒してくれる素晴らしきモフモフが!!
じゃーん!!鴨(であってるよね…?)の子どもたち~!!
ああああああ~!!かわいい~~~!!!!
癒される~!!この愛くるしさは何なのか。
ちょっと前から近所の川や池、公園で鴨の親子の列を見かけるのですが
この頃は随分と大きくなってきたな~。
いったいいつ頃ひとり立ちするのかしら…?
この先が楽しみです。
最期に、本日ICU高校の高校生の方々が主催した「高校に古典は本当に必要なのか」というシンポジウムにフロア(オンライン)参加して考えたことを。
古典教育否定派の方々の主張の一つとして、
古典よりも将来役に立つことを学ぶ時間にしたほうが効率的なのではないか
という意見がありましたが、うーん、どうなんだろう。。。
古典を学ぶ意義は「過去(経験)に学び今に活かすこと」そして「未来にむけて、どのように活かしていくのか」この2つを学ぶことじゃないのかなぁと私は思います。
このことを効率的じゃないからと言って、学ぶ機会をなくすのは
もったいないなぁとも思ったり。。。
それに、母国語として日本語を持つ私たち日本人が
古文の原文を読めないのももったいないなぁとも思います。
外国語の本や論文も訳文を通して理解できるのだから
古文も現代語訳でいいという意見もありましたけど、
外国語は、その国の人々がプロの話者として使って、理解しているからこそ、
外国人である我々にもその内容が訳として伝わるわけで…。
日本人が日本語を理解できない、読めないなんて状態になったら、
果たして誰がその言語、文学、文化を維持し、
伝えていくのか。。。専門家だけが分かればいいなんてことになったら、
そこには溝が生まれ、
社会全体で過去から学んでいくという古典を学ぶ意義が薄れる気がします。
古典教育賛成派の方々の意見、過去から学ぶ、正しい日本語を学ぶってことは、
こういうことを意味するのだろうなと思います。
今後とも、このテーマがより多くの人々の間で広まって
議論されていくと良いな。というか、しないといけないな、と思いました。
授業の中で古典文学を通した輪読を行うとかどうだろう。
本日はここまで!はるなでした~。
imagine
皆さんこんにちは、如何お過ごしでしょうか。えぬです。
㋅がやって来てしまいましたよ―――!!!一年の半分が終わる!!!推しに会えないまま一年の半分が終わってしまう!!!なにより暑い…例年より暑さが半端じゃない気がしています。夜な夜な寝苦しくて飛び起きちゃうんですよね、何かいい対策方法があるといいのですが…。
さてさて話は変わりまして…遂に私のアルバイト先の書店も営業再開になりました。嬉しかったのは、フロア全体にお客さんの顔に笑顔が浮かんでいたことです。「やっとほしい本が買える!!」という喜びなのでしょうか、カゴいっぱいに本を積み上げてほくほくした顔でお会計後にお店を出ていく姿を見ると、私も嬉しくなりました。私もそんなお客さん達に触発されて、欲しかった本を買っちゃいましたよ~~~。
さてその買った本というのは、今話題のブレイディみかこ氏の『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』です。新潮社から出ている本になりますね。この本を手にした理由は試し読みで数ページんで、名立たるブリティッシュロックバンドの名前がポンポン出てきたからです笑
◀『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』新潮社
作者のブレイディみかこ氏は英国に在住しており、その地で中学校に通う息子さんと配偶者と共に人種差別、貧富の差やアイデンティティの難しさを英国での生活を切り取りながら一緒に悩んでいく姿が見られます。さてここで皆さんに問題です。作中には”シンパシー”と”エンパシー”というこの二つの言葉が出てきます。皆さんはこの二つの違いは何だと思いますか?
著者は本書で、シンパシーとは「かわいそうな立場の人間や自分と同じような意見を持つ人に抱く感情=同情や共感=自分で努力をしなくても自然に出来る感情」を指し、「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力」をエンパシーとしています。これは実は息子さんの考え方から導き出された答えなのだそうです。差別の前にまず人を傷つける事はしていけない、だからこそまず理解しようと歩み寄ってみる。そういう行為を多種多様な人権が認められつつある現代だからこそ、していくべきなのでは無いでしょうか。深く考えさせられる一冊でした。
この本の読みどころというのは、そういった人種差別や貧困問題、格差などの凝り固まった世界の課題に対して、大人が堅苦しく考えるよりも思春期真っただ中の子供の方がずっと敏感に感じ取っていて、大人よりもずっと「多様性ある現代社会で相手を思う心」でもって隣人を理解しようとする姿勢をしていると気付かされる事です。
何よりタイトルが素晴らしく、本書を読んでこのタイトルが付けられた経緯を知った時には思わず鳥肌が立ちました(是非読んでほしいです)。この貧富の差や差別といった世界に当たり前のように存在する重たい話題も、著者のパンクな文体と息子さんの思慮深く素直な言動にすんなりと身体に入ってくる感じがします。とても読み易いです。帯に「一生モノの課題図書」と推薦文句があるのですが、なんて言い得て妙なんだと思いました。本当にその通りです。世界から差別や格差が無くならない限り、一生読み返すことになるであろう、そんな本に出会えました。
このコロナ騒ぎだけでなく、世界中で差別や色んな問題が浮き彫りになっています。そんな現代だからこそ読んでおきたい、子供も大人も関係なく、いや成人した大人こそ読むべき一冊です。
(下記に新潮社特設サイトのURLを貼っておきます。今なら4章分公開中ですので是非!)
https://www.shinchosha.co.jp/ywbg/
それでは今回はこのあたりで。えぬでした~~
新しい世界
こんばんは。
段々と太陽の光が強くなってきましたね。とは言え、夜になると涼しい風が入ってきて、昼間の暑さが嘘のよう。私は最近、もっぱら砂利の掃除をしています。何でかって?だって、夏になると砂利に苔が生えるんだもの。
あっ、いけない、ご挨拶を忘れてた。私、クサガメのみどりです。「クサガメの」って付けるそろそろやめようかなって思っているんだけど、しおりが付けないとだめって言うの。私、いつかのブログにも書いたけれど、最近、飼い主さんたちがずっと家にいて変だなって思ってました。何だか大変なことになってるんですってね。カメの世界に感染症はないみたいだから(だって、鳥インフルエンザとかは聞いてもカメインフルエンザって聞かないでしょ?)、あんまりよくわからないんだけど、とにかくあの顔を覆う布みたいなやつ、あれ、暑そうね。私は耳が出っ張ってないから、カメの世界で何か流行ってもあんなの付けられない。でも、誤解しないでほしいから言っておくけど、私にだって耳はあるんですよ。アカミミガメっていうカメもいるくらいなんだから。人間の声もちゃんと聞こえてるんです。
それでね、この前、飼い主の怒る声が聞こえてきたの。
「何してるの!!!危ないでしょ!!!」
「どこに手かけてるの!!!早く降りなさい!!!」
しおりの母親、めちゃくちゃ怒ってた…私にね。
私、ちょっと冒険してみたかったんです。しおりが最近ディズニーの音楽をよく聞いてて、「a whole new world~♪」とかって聞こえたものだから、私も新しい世界に踏み出そうとしてみたの。あとちょっとだったのに、怒られちゃった。でも、怒りながらもしおりの母親、私の挑戦をちゃんとカメラで撮ってくれたの。


ねっ、惜しかったでしょ。でも、立ち上がってみる世界って全然違った。同じ水槽の中だけど、同じライトの下だけど(それに隣にはやっぱりひらめがいるけれど…)、ちょっと角度を変えると「a whole new world」になるんだなって思ったの。
人間の皆さんもstay homeで大変みたいだけど、見方を変えると全く新しい世界を見ることができるんじゃないかな。今日はこのお話をどうしてもしたくて(あとね、私がこんなにちゃんと立てるんだってことも自慢したくて)しおりにブログを譲ってもらいました。私も、あと少ししたら自力で水槽を出られるようになりそうです(というか、本当はもう出られるんだけど、出た後にたどり着くのってひらめの水槽でしょ。だからやらないだけなの。これは飼い主には内緒ね)。朝起きて目を開けた瞬間、真横にカメがいるってすてきな目覚めでしょ。ディズニー好きはこういうの好きだろうから、もう少し岩の位置を調整したらやってみたいと思います。
それじゃあまたね。
ひみつの女子大生ちゃん
みなさん、こんにちは。ここです。
緊急事態宣言が解除されて、少し生活に自由がきくようになってきたみたいですね。
私は相変わらず家の中に籠りきり。大学は秋まで始まらないので、普通に戻れる日は遠いようです。
そんなこんなで、そろそろリモート授業にも馴れないといけない時期になってきたわけですが。
最近、そのリモート授業に際して、とても困っていることがあります。
「化粧問題」です。
zoom等を使って授業を受けている方ならわかりますよね!?家に居ながら化粧をするかしないか…するとしてもどのくらい手を抜くか…というか、手を抜いた顔を大衆に晒してもいいものか…等々。
100分ビデオオンの授業なら、もちろんしっかりメイクします。だって一応100分は役に立つのだから。
しかし、多くの授業は100分ビデオオンにはしません。大人数が一斉にビデオをオンにすると回線に支障が出てしまうからです。だから、ちゃんとpcの前に座っているかの確認の為に授業の最初に「一瞬ビデオをオンにしてください」と言われます。本当に一瞬です。時間にして30秒ないくらい。
その授業において、私が20分かけて施したメイクは30秒しか役に立ちません。残りの99分30秒は何の意味もなさないただの塗装に成り果てます。
そして、中には「ビデオオンにする回としない回」が存在する授業もあります。授業が始まる1時間ほど前になると、一人で勝手にギャンブラーの気持ちに浸る羽目になるのです。「今日はビデオオンの可能性は何パーセントある…?」と一人で唸る私。結果、「今日は85%とみた!!!」と勝負に出、フルメイクをし、服を着替え、いざ授業に挑んだ結果、「ビデオ」の「ビ」の字も出ることなく惨敗。なんてこともしばしば。
この場合において、私が20分かけて施したメイクは、100分丸々ただの塗装に成り果てます。こうなるといよいよ高架下の落書きの方がマシですね。
最近の私は調子が悪く、結構連続で無駄な塗装を繰り返しています。泣きそう。
いやね、「あんたの顔なんか見てないわよ」と言われたら、「確かに」以外に返す言葉がないんですが、授業内で話し合いなんて流れになった時、生まれて初めて対面する班のメンバーに寝起きのゾンビのような顔を見せるのはさすがに気が引けるじゃないですか…。だから、そういうリスクを考えて、結局いつもせっせこ顔に塗装を施してしまうんですよね。いつか陽の目を見ると信じて…。
あ~…魔法のコンパクトが欲しい。「ビデオオンにして」と言われた瞬間に変身出来たら、授業開始の5分前まで寝てられる!お願い神様、今だけ魔法のコンパクトを私にください。
テクマクマヤコン まともな顔の人間になれ~!
午前3時半の罪
小さな罪について話をしよう。とはいっても、法に触れるようなものではない。罪と罰のような話ではないんだ。人によってはなんてこともないよな、そもそも罪と呼ぶのもおかしいような、ほんのちょっとしたことなんだ。君にとっては本当に些細なことで、なんだ、そんなことかと笑われてしまうかもしれないけれど、良ければ聞いてくれるかい?うん。ありがとう。夜中にラーメンを食べた話だ。おっと待ってくれ。お願いだからため息をついて冷笑で返さないでくれよ。だから嫌だったんだ。先に言っておいただろう。真剣な話なんだよ。いいね?
それは午前3時半を回ったころだったかな。深夜の時間帯だと見えないものを見ようとした午前2時とかの方がたぶん面白いんだろうけど、午前3時半だった。午前3時半だって好きな曲に出てくるから良いのだよ。そういえば歌詞に登場する時間帯は午前2時が一番多いらしいよ。話が逸れたね。ともかく、午前3時半ごろに急にお腹が減ったんだ。なぜその時間まで起きていたかというと、慢性的な生活リズムの乱れと、なんだか眠れない夜だったことと、そうだなあこれと言った明確な理由は無かったけれど、起きていたのだよ。君だってそういう夜があるだろう?どうせ眠れない、お腹が空いた。けれど、我慢ならないほどお腹が空いていたわけではなかった。そもそも夜中、夕食を終えてから何か炭水化物を食べる発想が今まで無くてね。肌にも悪いし、体重にも悪いらしいし。だからこの話はここで終わるはずだったんだ。けれどふと思ってしまった。何か背徳的なことがしてみたいと。
実行に移そうとしたのはほんの気まぐれなのだよ。ちょっとだけ悪いことがしてみたいと思ったのだよ。先ほども自分で言った通り、真夜中にラーメンを食べてはいけませんという決まりは存在しない。当たり前だけれどね。悪いことだとも定義されていない。悪というのは何かを探ると哲学の話になってしまうけれど、誰かに不利益をもたらすもの、自身の道徳に反するものだと考えると、真夜中のラーメンなどそれほど悪いことではない。けれど、誰かにバレたら怒られるような気がした。気がしたので、なるべく音を立てずに食べることにしたんだ。まず器を用意する。そこで気付く。麺をすする音は存外に響くのではないか。その他お湯を沸かす音、袋を開ける音は響く。試行錯誤の上、どのような方法を取ったと思う?洗面所に行ったんだ。
洗面所で扉を閉めた。ここが晩餐のテーブルだった。お湯は鍋ではなく、ポットで沸かした。もちろん我が家のポットはピィィと電子音で鳴かない設定になっているので、安心してほしい。そしてラーメン皿に麺を入れ、スープを入れポットのお湯を注ぐ。当たり前だけれど、チキンラーメンじゃあるまいし、ただの袋麺はポットのお湯では解れなかったよ。カップラーメンにすればよかったと気づいたが、すでに後の祭りだったね。硬い麺も嫌いではないのだけど。むしろ多少硬めの方が好みかな。麺もさすがにカロリーを気にした結果「野菜と出汁がおいしい麺」みたいなものにしたんだ。たまたま家にあったのだけど、名前からしていかにもカロリーが考えられてそうだ。どうしても小心者で自分でも困ってしまうね。それで、麺をどうにか解してスープを飲んでみて、あまりおいしくなかった。どうにも味が薄い。醤油とラー油を足してみたが、なんとも微妙だった。スープが好みではなかったんだね。次からは一生食べないよ。普通の醤油ラーメンで良かった。おいしいと感じなかったもう一つの理由に、隠れながら食べる罪悪感もある。洗面所のひんやりした床にあぐらをかいて、食器を置いて啜る音を立てないようにして食べたラーメンはそれは、おいしいとは言えないよね。言い訳をさせてもらうと、母上がたいそう耳が良く、ちょっとした物音で目が覚めてしまう体質なのだ。それで静かにしていた。なぜそこまでバレたくなかったかというと、怒られる気がしたから。今考えると、食事の時間帯やカロリー過多について苦言を呈されるくらいはすると思うけれど、そう本気で怒られるようなことはなかっただろう。けれども他人から怒られるのがどうにも嫌だったんだ。
罪というのはこれだけさ。君は驚いたろうね。そうだとも。本当にこれだけなんだよ。けれど結果としては失敗だった。お酒を飲みたいことより、年齢で制限されたものが開放されたことへの喜びと、今まで禁止されていたものへの期待で、飲んだアルコールがあまりおいしくなかったのと似ている。次の夜食はもう少しおいしく食べられると良いなと思う。ただし、あくまでもこっそりね。
物を書いて語るはなし
こんばんは、皆様いかがお過ごしでしょうか。バイト先から再開の知らせが届いたことに嬉しさと不安を感じています。
ところで、皆さんの中に小説や詩、絵などの創作活動をしている方はいらっしゃるでしょうか。もしそんな方でまだ投稿サイトなど、人に見せたことがないという方。それ、絶対に見せていくべきです。
実は私、とある投稿サイトに拙作ではありますが、小説を投稿しています。投稿を始めたのは去年から。それ以前、小説は書いていたものの、人にはあまり見せてきませんでした。きっかけは日本文学科の自主ゼミである、創作自主ゼミに入ってからのことです。そこでは自分が書いた作品をお互いに読んで批評することが多々あるのですが、自分の作品に対して感想を言ってもらえるのは、自分が思っているよりも断然嬉しいです。その経験から、自分の端末に眠らせておくくらいなら、世に出してしまえ、という感じで投稿し始めました。
最初は読んでくださる方も数えるほどでしたが、一年ほど書き続けると、ありがたいことに、少しずつではありますが、その作品に対してコメントをしてくださる方が増えていて、「続き楽しみにしてます!」なんてコメントがあった日なんかは嬉しさで固まってしまうほどです。
自分の作品を人に評価してもらいたい、という気持ちももちろんありますが、何より投稿することは個人的に、ほぼ自己満足です。自分の作品が人の目に晒されているという状況にさせたいんですよね。その中で反応してくれる方がいたら万々歳といったところです。
そこで一つ思ったのは、自分の好きな作品にはいいねやコメントなどを積極的にするべきです。だって自分の作品に反応あったらめちゃくちゃ嬉しいじゃないですか…。もしかしたらそう思わない方もいるかもしれませんが。
結局何が言いたいかというと、最初は評価云々気にせず創作投稿しようぜ!ってことですね。創作することって立派な才能ですからね。自己肯定していきましょう。
それでは、また。
世代に刺さる漫画
こんにちは。とみーです。
実際の授業と比べてどうなのかイマイチ分かりませんが、体感的には課題がつらい。肩こり!
小学校の頃から変わらぬ学習机を使っているのですが、机は低いし椅子は高いしで、猫背と肩こり首こりがやばいです。
ただいま、おうちでテニミュというLIVE配信を見ながら書いております。投げ銭投げ銭!(宣伝)
さて、本日は一つ漫画をおすすめしようと思います。ファンタジー漫画です。
講談社、ITANから出ている、びっけさんの『王国の子』という漫画です。全9巻。
~内容~
16世紀後半のイギリスをモデルにした「ゼントレン」という王国が舞台。一応ファンタジーでフィクション。
ですが、当時のイギリスに実在した人々の名前が、割とそのまま使われています。
メイン人物はエリザベス一世にあたる人です。
ゼントレンでは、王族に影武者をつけることがしきたりでした。そして、場末の芝居小屋で役者をしていた少年・ロバートは、王位継承権を持つ王女・エリザベスの影武者として声をかけられます。
王の治世が長くことがなかった時代。王族と運命を共にする影武者の一生は、残酷なものでした。
王族のドロドロとした人間関係の中で、生きることになったロバート。そこで築かれる、本来はありえないような、影武者と本物が信頼し合う関係性。そして、衝撃のラスト。
このころのイギリスを世界史とかで習った人は、知っていると思いますが、エリザベスの父がかなり無責任というか、奔放な方でした。そのため、そのあとの時代は王様はコロコロ変わるし、大変でした。これがモデルのゼントレンです。
そんな時代に生きることとなった、影武者と王女のお話。ロバートは、顔が似ているからと選ばれましたが、性別は違う!! そして前代未聞のエリザベスとロバートは、本来残酷なものである影武者の制度を変えます。
もう!! ネタバレになるから言えませんけど!! あとイギリスの方のエリザベス一世の異名も、キーポイントですね。
結構マイナーな漫画ですが、私はとても大好きです。
母の漫画コレクションから『ベルサイユのばら』『アンジェリク』『サラディナーサ』『キャンディキャンディ』(気になったら調べてね!)を履修した私には刺さります。きっと、これが好きなお母さん世代はみんな好きです。
私は『明日のナージャ』(気になったら…etc)というアニメが好きでしたので、その世代も刺さります。
全9巻ですけど、5巻くらいまで買って母に紹介すると、残りの4巻くらいは買ってもらえます。(実話)
内容紹介とかうまくまとめるの、昔から下手くそなので、伝わりにくかったかもしれません!!
気になったらぜひ調べてね!!
一言でまとめると、「性別の違う影武者との絶妙な関係最高尊い」です。
それでは、このあたりで。
(おうちでテニミュも終わる…)
好きな歌が心にあふれて
こんにちは! むーです。
突然ですが、先日見た不思議な夢の話をします。
どんな導入だ、と自分でも思いますが、よろしければお付き合いください……
その夢の中では、思い出の歌がガンガンにかかっていました。
所属する演劇サークルで最後に参加した公演に使われていた曲。劇の内容とリンクした歌詞が印象的でした。1年が経とうとしている今でも、その曲を聴くと途端に当時のえも言われぬ緊張感をみずみずしく思い出せる。そんな曲でしたが、夢の内容は劇にはまったく関係なく。なんなら曲にも関係なかったような気がします。
ただ、思い出の曲に合わせて、アニメーションのような、絵本のような映像が、ミュージックビデオのように流れていくのです。私は、ハイレゾのヘッドフォンでその曲を大音量で聴いているかのような臨場感でその曲を聴きながら、何の映像だったかももうあまり憶えていないその夢に見入っていました。
確かに憶えているのは、その曲が流れていたこと。そして、心がふるえる感覚があったこと。
朝起きたときには、瞳に涙がにじんでいました。
布団から出て、どんどん夢の内容を忘れて行くなかで、ご飯を食べて。私は、自分の脳が、あんなにもクリアに音源を再現できることに驚いていました。
もちろん音の一音一音を完全に憶えていられているわけがありません。それでも、「自分がその曲を聴いている」と思えるほどに、夢の中で再生できるとは。脳は好きな曲を案外しっかり覚えていたようでした。
私にとって、音楽の脳内再生は人生で初めての経験でしたが、みなさんにも同じような経験があるのでしょうか。人間の脳は面白い、と思う次第です。
そしてもう1つ、気がついたことがありました。
ここ何ヶ月か、音楽自体を聴く時間がめっきり減ってきている。せっかくサブスクに入っている音楽アプリも宝の持ち腐れ、というくらい。
その理由は明確で、外出をしなくなったからです。音楽を「ながら」で享受することが習慣づいているために、移動時間という「ながら」に最適な時間が無くなって、音楽アプリを開く回数が減っていたのでした。
音楽を聴きたいな、と思いました。何かをしながらじゃなくて、音楽を聴くための時間をちゃんと設けて。
その日から、ふたたび音楽アプリを開く回数が増えました。
夢の中で聞いたあの曲も聴きました。改めて聴くと、やはり自分が漠然と憶えていたものよりももっと、もっと音の重なりに奥行きがあって、不思議と新鮮な感動を覚えました。
あの夢を自分がどんな心理状態ゆえに見たのかは分かりませんが、自分の記憶の中にある思い出とか、そこから受けた情感とか、そうした自分に取り入れた過去のものから生産されたメロディも素敵だったけれど、その本体――自分がそれらを受け取った原本に帰るのはなおのこと素敵だなと思います。新しい発見があるから、なおのこと。
なんともいえず、ふわふわした話になってしまいました。
どう締めたものか…… そう、この曲の曲名は、『深海のリトルクライ』です。とても綺麗な曲なので、よろしければぜひ、まだまだ続くゆるやかな自粛のおともに。
人の数だけ、思い出の曲はあることと思います。皆さんの懐かしい曲のお話も、ぜひお聞きしたいものです。
それでは、今日はこのへんで失礼します! お相手はむーでした。