ゴールデンウィークが終わり早一週間。しばらく祝日がないのかと思うと先が思いやられる今日この頃です。
最近の私といえば、演習発表の準備をしたり演習発表の準備をしたりおいしいもの食べたり寝たりラジオ聞いたり…とこんな日々(要するに演習!!!!!!!楽しいけど辛い!!!!!!!ってことです)演習って、きちんと自分の満足いく、理想に近い(理想なんて一生かかっても追いつかない)発表ができた時は嬉しくてもう飛び跳ねちゃいそうなくらいだけど、そこまで到達するには辛い道を避けては通れないものですよね…。
とにかく!今年度は一つ一つこつこつと頑張ります(涙目)
こんな風に?毎日風のように過ぎ去っていく日々ではありますが、今日は個人的に嬉しかったことを二つ書こうと思います。休みが少ないと気持ちが追い詰められがちですが、皆さんも少しでも良かったことを思い出して、明日からの活力となりますように!
一つ目は、この間初めて『元暦校本萬葉集』をこの目で見られたことです。
今トーハク(東京国立博物館)では、「美を紡ぐ 日本美術の名品」と「国宝 東寺 空海と仏像曼荼羅」の二つの特別展があって、行きたいと思っていたら、運よく知り合いの方が二つとも前売り券を買っていてくれていました。常設展はキャンパスメンバーで無料にはなるけれど、特別展はたったの100円引きにしかならないので、内心お金浮いたラッキーと思っていました(笑)
で、その方と奥さまと私の祖母とで4人で行ってきたわけですが、それはそれは楽しかった…。京都の東寺は一度だけ行ったことがあったのですが、仏像はもちろん普段は見ることのできない貴重資料、仏具等々(唐時代の密教法具、前に授業で触れた東寺百合文書も…)がたくさん出品されていて、いくら見ても見飽きることありませんでした。日本美術の名品の方は、美術なはずなのに定家筆の『更級日記』、後伏見天皇筆の『古今和歌集』がなぜか展示されていて、私には意図がくみ取れなかったのですが、とにかく日文ガール的には美術より大興奮でした。
(博物館学芸員の資格の講義を取っているので、一つの特別展を企画することの大変さと苦労が伝わってきました…)
あと、おいしいものといえば「上野精養軒」に行って、ランチ?ディナー?どっちともいえない時間にお肉とウィンナー(子供みたいだけど、ちゃんと大人な味でした)をほおばってきました。あの時間に食べるお肉ってなんであんなにおいしいの…。若干の罪悪感…あれは人をダメにする。
話は本題に戻って、『元暦校本萬葉集』の話ですが、その「美を紡ぐ 日本美術の名品」の特別出品として出ていました(「令和」だからなのかしら…)。私は基礎演習が『萬葉集』で、前期も演習を取ったり、上代の自主ゼミ長だったりと『萬葉集』に触れる機会も多くて、ちょうど元暦校本もe国宝(ネットで国宝、重要文化財の作品の画像が見られるサイト)で見ていた直後だったので、すごく嬉しかったのです。
元暦校本といえば、殆ど見られない粘葉装という装丁で、紫の飛び雲がすき込んであるのが特徴です。粘葉装は、今の小学校の文集などの袋綴じとは違って、裏表両方に書くのでなめらかで良い紙でないといけないのです。『萬葉集』は残念ながら、奈良時代の成立時期に近い写本は残っていないため、桂本や元暦校本といった平安中期の写本はとても貴重なわけです。
そんな元暦校本を実際に見れるなんて、素晴らしいと思いませんか!!!???
私は今まで『萬葉集』の古写本というと、どこか空想の世界のものだと思っていました。勉強しているけれど本当にあるものなのかな…という遠い存在でもあったり、「令和」発表の前は『源氏物語』の絵巻などの出品の方がずっと注目されていたという側面もあったように感じます。平安中期といえば、約1000年前。千年かけてそれでも残り続けることは、資料の中身だけではなくて、写した人や火災や戦乱も乗り越えて守り続けた人々の思いも詰まっているということだと思います。元暦校本の紙の美しさだったり、伸びやかな字から、その重みを感じました。それから、粘葉装や紫の飛び雲など実物で見ることで、理解度が深まったように感じました。資料は、知識がなくても興味深いけれど、やっぱり知識があった方が見ていていろんな点に気が付くし、面白いです。机上の勉強と実物観察?の両方を大切にしたいと改めて感じました。
また、千年も前のものを今の私たちが見ることができるって、タイムトラベルはできなくても過去と今を繋げることでできるような気がしています。そしてそれを私たちは、未来に繋げていく必要があります。今から千年後…いったいどうなっているか分かりませんが(もしかしたら紙なんてなくて、だれも文字を書く人がいないかも!?)、こういう文化的なものが残ってくれればいいな、と思いました。
二つ目は、嬉しかったというより興味深かったことに近いかもしれませんが…。この間ある講義で、人間は生得的な言語獲得装置(LAD)を持っている、ということを勉強しました。LADというのは、簡単に言えば「言語には何らかのルールがある」ということを生まれつき持っている、ということなのです。
で、今日更にあるまた別の講義で言語について学び、先生に質問をした流れでLADの話になり…その先生がおっしゃることには、言語の獲得というのは、コミュニケーションツールとしても当然重要な役目を担っているけれど、それと同じくらい大切なのは時の流れ(過去現在未来)を把握できるようになったということなんだそうです。というのは、人は言葉にすることで起きたことを把握し、それを次に生かして見えないものに対しても予測できるようになったそうで。結局ホモサピエンスは言語を獲得できたために、獲物が来ることを予想し罠を仕掛けられるようになったために生き残ることができたけれど、ネアンデルタール人は言語獲得できなかったために生き残ることができなかったらしいです(聞いたことを書いているので若干不確かなところがあります)。言語って深いなあと感動します。少なからず、言語はきっと何万年?と歴史を持って日々変化しているのだと思うと、この言語を簡単には手放してはならないと思うのです。
最近一つ思い出したことがあります。それは高校生の頃に、あることで「ごめんなさい」と謝ったら「でもあなたの中で、こうしなければ生きていけなかったんでしょう?」と先生がおっしゃったことです。その時確かに私は「そうしなければならなかった」状態であって、すごく心も敏感になっていたので、その言葉に心を見透かされたように感じたことを覚えています。
しかしながらもし今同じ状況だとしたら、もっと寛大に色んなことを受け入れることができただろうし、今思い返してみるとその「あること」が段々と過去のものになって客観視できるようになってきていると感じるのです。人間とは不思議なもので、辛かったり悔しかったりしても、そこから学んで生かしたり、「時が解決する」という言葉があるように、時をかけることでいろんなことを忘れたり別の視点でものを見ることができるようになるのです。
色々と人というものは理屈で通らないことがあって、でも成長することのできる生き物で、自分自身でそれを実感できるとともに、文学の視点から他の人の生き様を感じることができるのは、とても幸せなことだなと改めて感じました。
最後は何だかすごく真面目になってしまったけれど、毎日忙しい日々の中で自分自身を振り返ったり、ふと嬉しかったことを思い出すというのは、すごく大切なことだと思っています。(じゃないと、毎日があっという間に過ぎ去ってしまうような感じがする)
今週末にはずっと楽しみにしていたライブもあるし!(きゃーーーーー)息抜きしながら、前期を駆け抜けていきたいです!
さて、演習の準備に戻ります。ではでは~っ
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日本語だけじゃなくて
みなさん、こんにちは。さやかです。
元号が変わり、連休が終わり、本格的に新学期がスタートしましたね。連休は色々と用事があり、ほぼ休めないままに終わりました……。五月病にならないように、お互い気を付けましょうね。
さて、実は先週から大学で新たに講座が始まりました。「毎日学ぶ課外英会話」!
毎日40分ずつ授業があり、ネイティブの先生と集団での授業になっています。実は一年生のころから受講し始め、私は今年で二年目です。始めはすごいやる気があったわけではなく、親に勧められるままに申し込みをしてしまったのですが、これがものすんごく楽しい。教室内での会話は英語限定で、始めは(頭の中で英文なんて作れない……みんななんで話せているんだろう……というか、そもそも何を話題にすればいいの?)と混乱状態。でも、先生は根気よく付き合ってくれるし、やさしいし、面白いです。毎回の授業にテーマがあって飽きないのも推しポイントです。40分の中でゲームをしたり、ペアでおしゃべりしたりとテンポよく進んでいくので40分があっという間です。正直、1年生の必修の英語より断然楽しかったし勉強になったと個人的に思っています(決して必修英語の先生方がつまらないわけではないのですが)。
そんなこんなで迎えた英会話二年目。今年の目標はズバリ「TOEICの点数をあげる」。昨年はなんと姉の点数を超えることができた(英会話のおかげです)ので、今年は父親を超えたい。でも父親を超えるには多分あと100点くらいは上げないといけない……。道のりは長いですね。
そして将来的にはハリーポッターを英語で読みたい。小さいころから大好きな作品を日本語訳を通さずに原本のまま楽しむのが、私のささやかな夢の一つです。
日本文学科の人に中には「英語なんて絶対無理」と英語から距離をとっている人が少なからず存在します。でも、同じ言語表現なのだから、英文も読めたらきっと楽しいと思うのです。
そんなことを考えながら、そろそろ来月に控えているTOEICの勉強(覚えなきゃいけない単語が多すぎる……!)をしてこようと思います。
それでは、また!
映画
こんにちは。
わたしは映画館によく行きます。
最近、話題になった作品は1年も経てば地上波で放送されますし、配信サービスも充実しているので、わざわざ劇場に行かなくても作品を楽しむことができます。
しかし、劇場でかかることを前提に作っているならば、わざわざ足を運んで見る方がその作品を最大値で楽しむことができると思っています。実は映画館という空間はそんなに好きじゃないんですが、自分でお小遣いを稼ぐようになってからは、なるべく劇場でかかっているうちに見るようにしています。そう思ったきっかけは、我々がチケット代を払って見ることで製作陣に還元できるんだ…!と実感できる作品に出会ったことです。好きなものにはちゃんとお金を払って楽しむ。当たり前だけど見逃しがちなことを認識した作品でした。
タイミングが合わなくて見逃したものや、金銭的に無理だった場合は、配信で見ることもありますけどね。
特にこの数ヶ月は映画館に通っています(遊んでいる場合ではないのに)。
好きなラジオ番組のゲストに映画館の運営に携わる方がいらして、色々な事情を話されていたのですが、そこで印象的だった話があります。映画館側の収入源はドリンク代やフード、グッズだということです。チケット代だけではそこまで映画館の儲けにならないらしいです(詳しい内訳はわかりませんが)。
最近は上映中にがさがさやっていると迷惑がられることも多いので、食べ物を食べるのはちょっと躊躇してしまいます。
しかし、この話を聴いた後に映画を見に行って、突然「劇場に貢がなきゃ!!」と思ったので、お金がなかったけどドリンクとフードを購入しました。劇場が推していた いももち にしてみました。結構美味しかったです。自分も物語に集中したいので、予告中に急いで食べました。小腹が満たされて中々良かったです。
学生は潤沢にお金が使える立場ではありませんが、作品を応援すると同時に劇場も応援したいので、たまにお茶を買うなどお金を落としていきたいと思いました。
学生のいいところは、空いている時間帯に映画を見に行けることですね。
今一番見たい作品は『名探偵ピカチュウ』です。
もしゃもしゃのピカチュウを愛でたい。
それではまた!
わかば
運転免許を取って、はや二ヶ月。
ようやく地元で運転しました。
車は祖母からのおさがりで慣れ親しんだものです。車内はおばあちゃんの家のにおいがします。
日曜日に車が家に到着し、さっそく乗り込みました。
まずは駅と家を数往復。次に駅を越えてお店の車庫入れにも挑戦。一発で入り、とてもすっきりとした記憶です。
教習所でも縦列駐車は得意部門でした。バックで入れる感覚が身体に残っていたようです。
そして今日!初の夜運転してまいりました。一人で乗るのはまだ不安なので、同居している祖母と一緒に駅まで母を迎えに行きました。
運転の前にライトのつけ具合で祖母とあれこれ議論し、やっと出発したと思いきや、運転中もライトを強くしたり弱くしたりとかなり迷惑な運転をしていました。とはいえ、田舎でこの時間に運転している人はあまりおらず、それほど邪魔にはなっていなかったのですが。すれ違う車や後続車にひたすら謝りながら駅まで向かいました。
駅のロータリーまでいくとさすがに車の数も増え、ひやひやする場面もありました。
帰り道は特に問題もなく、無事に帰ってこられました。
やはり車は毎日運転しないと勘が鈍ってしまうのでしょうね。
できるだけ毎日できればと思うのですが、学校もありますしそういうわけにもいかず。
はやく上達して遠出できるようになりたいです。
おやすみなさい。良い夢を。
当
みなさん、こんにちは!ここです。
聴いてください!なんと、なんと、Queen+Adam Lambertのチケット当たりました!奇跡!本当に嬉しいです。今から楽しみ過ぎて泣きそうなんですが、まだまだ先のことなので今はひたすら貯金に勤しみます。最近、日本語の歌詞が恋しくなってあまりQueenを聞いていなかったのですが、チケット当選をきっかけに久々に1日中Queenを聞いていました。やっぱり良いですね。なんていうか、こう、世界に認められるものというのは結局すごいものなんだなあというか…相変わらず語彙が死滅していて申し訳ないです。
つまり、なんだかんだ大衆の感覚というのは期待を裏切らないなあと思うわけです。流行に流される〜みたいな言い方をすると、なんとなく悪く聞こえたり、みんなが好きなものを好きっていうのってなんか抵抗があるじゃないですか。(え、ありますよね?)でも結局、そういうのって反抗期みたいなものでふとした瞬間に世界的に有名な映画とか音楽とか劇とかを見ると、「ああ、やっぱり心に沁みるなあ」と思うことが多いように思います。だからと言ってマイナーなものが劣っているというわけではないですよ!見栄とか体裁とか周囲の目とか、そういうのを一切気にせず、好きなものを好き!と言って色んな世界に触れていくのが一番だな、という話です。簡単なように見えて、実は結構難しいですよね。私たちは多かれ少なかれ周囲の人間の目が気になるし、気にしなければいけないので。窮屈だなあと思うことがほとんどですが、それもまた人間として生きていくことの醍醐味なのかもしれませんね。
最近は二年生の生活にまだ慣れず(特に100分授業)、あたふたしているうちになんの生産性もなく時間を浪費しています。そんなことができるのはある意味今だけなのかもしれませんが、やっぱりどこかで「このままじゃダメだ」みたいな焦りを感じざるを得ません。勉強もバイトも趣味も友人も疎かにせず満遍なく満喫できる人間になりたい!!!気がついたらGW終わってましたし、本当にこのままではまずい…特に勉強が…。日本文学の勉強ももちろんですが、流石にそろそろ大の苦手な英語にも向き合わないと…。苦手ですが嫌いではないので(Queenのおかげで)、夏明けまでにはある程度なんとかしたいです。今年の夏は充実したものにできるように、まずは前期にやるべきことが疎かにならないようにしたいですね。評価に繋がるかどうかは別として、ちゃんとやれることはやったと胸を張って言えるように。
決心するのが遅すぎる?私もそう思います。まだ遅くない…まだ遅くない…。とりあえず高望みし過ぎず、身の丈にあった範囲で頑張ります。これから暑くなってくるので、確実に体にガタが来そうですし…。夏、暑さ怖いですね。みなさんもお気を付けて。
それではまた!
人形劇がやってくる!!!!
ハローみなさん! むーです!!
突然ですが!!
新図書館の隣にあるあの建物、
名称は募集中、かまぼこが連なったようなあの建物に!!!!
今週末、5/12(日)、人形劇がやって来ます!!!!!!!!

ワァ~~~~~~!!!!!!!!!!!
人形たちがおりなす、カラッと笑えて元気になれる、人間味あふれるショート・ショート集!!!!
ふらっとぷらっと、ぜひぜひお越しください!!!!!
(ご予約いただけるとあんしんします、よろしければこちらから……)
(https://docs.google.com/forms/d/14EG5qxis-Rjnh9_wRayJ-V3FQnph-QZL_3NlDTv0yCE/edit)
はてさて、私と友人、3人組の人形劇ユニット、人形劇団ぴよ。非公認団体ですが、この度例の新図書館スペースをお借りして、公演が打てることになりました。
なんと、われわれの最初で最後の自主公演です。
高校時代の人形劇部の同級生3人ではじめたこの団体、もともと、他の子たちが試験勉強や実習で忙しくなってしまうことが分かっていたので、「活動するのは大学3年生まで」とタイムリミットを決めていました。
それから保育園や老人ホームなどを中心にボランティアで人形劇の公演を行ってきて、他の学生ボランティア団体との交流を深めたり、長野県へ赴いて人形劇界随一の規模を誇る「いいだ人形劇フェスティバル」に参加したり。本当に幅広く活動を行ってきましたが、だからこそと言うべきか、自分たちで公演会場を用意して、自分たちでお客さんを呼んで公演をする、という機会が、今まで一度もなかったのです。
なので、最後の公演は、自分たちだけの公演にしたかった。今までお世話になった人々や、自分たちとおんなじ大学生の目線を持つ人。そういう人たちに、劇を届けたいなと思ったのです。そうしたら、また何か新しい可能性を拓いて、終わることが出来るから。
私たちはつくづく、アグレッシブな団体だったなぁ、と今までを振り返ってみて思います。小心者な私は他の2人に腕を引っ張ってもらうばかりだったけれど、冷静に考えて、活動を始めてたった2年の、何の後ろ盾もない20歳のちっぽけな3人組が、人形と一緒に自分たちの劇をしょい込んで長野の飯田に繰り出したなんて、ものすごいことなんじゃなかろうかと。
そのとき持って行った思い出深い作品が、『きのこ』です。狂言が題材で、ちょうど二年前の「舞台芸術の歴史Ⅰ東洋」での出会いをきっかけに、たくさんの人の目を通して完成させていきました。自他共に認める、私たちの代表作です。
『きのこ』をうけて作ったのが、狂言題材シリーズ第二弾、『だまされんぞう』。タイトルは影も形も残っていませんが、元ネタは『舟渡聟』です。我々の最新作。これはたぶん、子供よりも大学生にウケるという確信を持っています、理由は単純、物語の軸にあるのが「お酒」だからです。ぜひぜひ皆さんにお見せしたい。
それから3つ目の演目が、高校時代、私たちが「人形劇団ぴよ」を名乗る前に作っていた劇、「おぶさりてぇ」。ハートフルな民話です。拙いところも多いのですが、思い出深い演目なのでと脚本を引っ張り出してみたら、これがまぁ面白くて。3人で夢中になって読み合わせてしまいました。
さてもまぁ、そんな感じの3つの演目を、このたび上演いたします。
子供やお年寄りに見やすいように、と工夫を凝らしている作品たちではあるけれど、それでもまず第一に、自分たちが面白いと思える劇を私たちは作っています。
表現者としてまだまだ未熟であるからこそ、今の私たちの作る劇は、私たちと同世代の、皆さんにこそ、何かものすごく刺さるものがあるのではないかなぁと思うのです。
お時間があればぜひぜひ、入退場もなんと自由ですのでお気軽にお越しくださいませ……!
公演終わったらまた何か語るかもしれません。それでは今日はこの辺で!むーでした!
ジャムともふもふ
みなさまこんにちは、てるです。
ゴールデンウィークが終わりました。
今日から学校が始まります。
今回の記事は、十連休での出来事を書こうと思います。そのために二つをピックアップ。
その一、軽井沢
その二、名探偵ピカチュウ
この2項目について順に書きます!それでは、れっつらごー!!
[その一、軽井沢]
1年次に授業の一部として行った軽井沢。当時は、自然で溢れてるなあという印象を持ったものの、観光はほとんどできなかったため、「軽井沢は別荘が沢山あって、お洒落な雰囲気に包まれて、優雅さがあって…」という、ふわふわとした印象がありました。
そのイメージが一人歩きしていたのもあって、どこか私の心も優雅になっていったのでした(電車の中のみ)。
一つ目の目的地は白糸の滝。近くまでタクシーで向かい、途中から歩いて行くことに。立て札には「あと2キロ」との表示。余裕だ余裕だ!と思って舐めていたら、これがとてもきつかった…。体感では5キロくらいあったんじゃないか?というレベル。ここって道なのかな…と疑いたくなる場所もあって、初っ端から、用意してきた体力が底をついてしまいました。
ただ、ところどころにある綺麗な川や、好奇心を抱かずにはいられない橋など、乗り切ろうと思える要素もちりばめられていました。

目的地に着いたときには、この険しい道を歩いてきてよかったなあと思えました。
疲れたからこそ、滝が…っ、何倍も綺麗にっ、輝いて見えるよう…(天にものぼる気持ち、そしてここで私は神になったのだ)。
滝というと、ひとつの場所からひとつの太い(もしくは細い)水の筋が下に向かって落ちる様が一般的ですが、白糸の滝は一味違う。様々な場所から、何筋も滝が流れているのだ…。説明するのが難しいので、実際に撮った写真をのせておきます。

2日目はお土産を探しがてら、食べ歩き。軽井沢のお土産で有名なジャムは、各店舗で味見ができまして、これだけでおなかがいっぱいになってしまうのではないかと思うくらい種類豊富でした。りんごバターがおすすめです。
甘い系だけでなく、野菜にディップするしょっぱい系もいくつかあったので、甘いものが苦手なひとにも喜ばれるんじゃないかなと思いました。
ジャムがびっしり並ぶ様は圧巻でしたので、ぜひ旅行した際は、立ち寄ってみてください…!
[その二、名探偵ピカチュウ]
子供の頃に、もしくは現在進行形で、ポケモンのゲームをやったことのある人は読者の中にもいらっしゃるのでは。
ゲームでなくても、アニメや漫画という形で触れたことのあるひとも。
ピカチュウの名を知らない方はいないのではないでしょうか!!
そして!!黄色の!!くりくりした目の!!
あのピカチュウが!!な、なんとぉ!?ハリウッドで初の実写化!!ということで、静かに、でも確かに私の心は高ぶっていたのでした。
予告編では、ピカチュウの体毛が新鮮で、他のポケモンもどことなくリアルで、果たしてどうなのだろうかと疑問を持ってはいたのですが、
結果、よかった。
中心人物の(異常なほどの)身体能力の高さ、ピカチュウがごく普通に喋る、などツッコミをせずにはいられない箇所はあれど、リアルでポケモンの世界があるとするならばこんな感じなのかもしれんな、と時々想像を巡らせながら楽しむことのできる映画でした。
ピカチュウの体はつるつるすべすべの感触だと思っていたのが、この映画ではもふもふに描かれていたので、無性に触りたくなりました。
もふもふといえばうさぎカフェにもいきたい。ああ、一瞬で脱線してしまった。
もふもふは正義。
ひとの心を救う。
公開から日が浅いので、まだまだ上映してると思います。お時間があればぜひ。
それでは、今回はこのへんで。
体がゴールデンウィークモードを抜け出せていませんが、授業やらなんやら集中していきましょう。
それでは、また。
果たして終わりは美しいのか
どうも、はるかです。
人生は終わりがあるからこそ美しいとかよくいいますよね。あれどう思います?
ある授業で不老不死を求めるか、というテーマについて考える課題が出ました。私は手に入れたいと思いました。だって、ねえ、不老不死だよ?生に執着や未練は無いし、うっかり死んじゃってもまあ仕方ないね、とさっぱり成仏出来るとは思うけど、不老不死になれるならなりたくない?物語上ではよく、不老不死を求める人は悪役に成りがちで主人公に「人は死があるからこそ云々」と説得されてますが、それは定命の者の見解であって、不老不死も良いと思うのですよ。なぜならこの世界には楽しいことがいっぱいあって全てを体験し尽くすのは到底無理だからね!突然の死に怯えながら過ごすのも嫌だしね!
ただ一つ嬉しく無いのは働かないと金が無いから暮らせないことだね。先の見えない分まで生活していけるようにずっと働かなければいけないのは嫌だよね。死なないってことが分かってるのなら案外上手くお金を使えるのかもしれないけれど。半分働いて半分だらだらしていればいいね。そうだ!時代の生き証人になってやるから、研究所にお金をだしてもらうというのはどうでしょう。嘘、やめた。バレたら解剖されそうじゃない?不老不死の仕組みはきっと医療に革命を起こすからね。観察とかされるのも嫌だな。
だがしかし、世界の終わりを見たくはないですか?所詮続いたといえども文明の歴史は良くて5000そこら。ビッグバンからに比べりゃなんともないわけで。だからこのままずっと続くとも思えないし、終わってしまうなら自分が生きている内に見届けて終わりたい。世界の終わりってどんなのだろう。定義にもよるけど。人間が死に絶えちゃって社会もくそもないのに私だけ生きているのは困るなあ。人工知能は生きていて、いつかのSFみたいな世界になっているかもしれない。それはそれでいいけど。やっぱ駄目だ。残った唯一の人間はサンプルとして保存されてしまうかもしれない。
あとその気になればいつでも死んでしまえるというインスタントが失われるのは困りますね。生きるのに飽きちゃったらどうする。いまでさえ衝動で全部終わらせてしまいたくなるのに!(たまにね)うーん、そう考えると「死は救い」であったりするのか、どうだろう。終わりがあるから美しいのか。
なんでこんな話をしているかというと、連休最終日だからです。終わりたくないです。
GWってなんだっけ
こんにちは!ももです
夜になるとまだ若干冷えるこの時期、半袖短パンを寝巻きにして布団を重ねて寝ております。そんでもってまだ少し電気毛布を使ってたいような。
いよいよ明日で長かった10日間ものGWが終焉を迎えますね!何だか中途半端に暇だったり忙しかったりだったので、「ホントに10日間もあったの?」という感覚です。てか学校もゼミだけの週一通いになったので、あまり感覚が変わらなかったな、結局。「大学生は人生の夏休み」という言葉を今になって噛み締める4年生生活であります。
そういえば、皆さんは元号が変わった時、何をしてましたか?私は母の実家に泊まっている時に迎えまして、母と一緒にテレビのカウントダウンを眺めておりました。ちなみに母はその時眠過ぎて瀕死状態でした(笑)。あと数時間で元号が変わるという世間の空気の流れをTwitterで追いかけながら、「生まれ育った時代が遠ざかるってこんな感じか……」と、なんだか寂しい気持ちになりましたね。でもお祝いムードで新時代を迎えられたのは喜ばしいことだと思います。テレビとか見る限り、ほとんど年末年始のお祭りテンションと変わらなかったような……(笑)
そして今日はこどもの日なんですよね。皆さん菖蒲湯入ってますか?私の家の風呂はまだ確認してないですが多分菖蒲入れてないです。年々季節行事忘れていくのヤバいね。こうやって長期休みにしちゃうから忘れるんですよ(すっとぼけ)。以前は兜出して飾ってたんですが、もうここ数年おサボりしております。まあ、もう弟も今年で20歳になるんで、それを飾る歳でもなくなったと言われればそうなんですが……。え、あいつもう20歳か。成人になるのか。改めて考えるとヤベェ。どっちかっていうと成人よりも星人だけど。
最後に近況報告。来年の卒業式の時に着る袴をさっそく予約しました!成人式の時に引き続いてまた赤の振袖です。袴は緑、ブーツを履いて参戦する予定です。超オーソドックス。親にも話してたんですが、この大学生生活で4回も着物を着ることになるとは思ってもみませんでした。成人式、去年の目白祭の日文喫茶、従姉妹の結婚式、そして卒業式。日文喫茶に至っては死ぬ気で着付けを覚えました(笑)。今となってはいい思い出であります。後は頑張って卒論を書くだけ……一番難易度高い壁だぞオイ……越えられるのか……(息絶える)
それでは皆様、Have a nice day!
人生初、寄席に行ってきた!!
こんにちは~。はるなです!!
先ほどベランダに干していた洗濯物を取り込んだら一緒に蛾も取り込んでしまいました。
なんか、羽が黒い蛾を。思わず悲鳴を上げてしまいました。いや~~、驚いた!
最近、暖かくなってきたからなのか虫も増えてきましたね。
春の訪れの証拠ですから良い事なのでしょうが私はあまり嬉しくない……。
どうしても虫は苦手です。昔はカブトムシとか蝶とかミミズとか捕まえて遊んでいたのに。
いつの間に苦手になったのでしょう。やっぱり、都心に引っ越してきてからかなぁ……。
さてさて、本日は寄席について書いてみようかと思います。
ゴールデンウィークで時間もあったので昨日遂に念願の寄席デビューしちゃいました!!!
最高~~~~~!!!でした!!!!
今回は自宅から行きやすい「横浜にぎわい座」に行ってきました。
なんとこの寄席、現名誉館長が「笑点」でおなじみだった桂歌丸さんです。
歌丸さんの等身大パネルが置いてあって、一緒に写真を撮ることができます。
高座に上がっている気分になれますよ~。ちょっと興奮しちゃいました!
私が観たのは五月興行「横浜にぎわい寄席」です。
14時開始でだいたい2時間半の寄席でした。料金は一般が2800円。学生は1500円です。
飲食物の持ち込み自由なので一日余裕で過ごせそう~。

昨日の寄席の流れはこんな感じでした。
寄席でどの演目を聴けるかは前もって知れないため(噺家さんがその場で決めるため)
全てが終わった後に張り出されていました。
どんな噺をやるのかな、と聞く前のワクワク感。
そして聞いている最中は話の流れ的に、この噺かな?と推測できる楽しさがありました。
ちなみに、お題が抜けている部分は色物という落語以外のものです。
この回は漫才と音楽パフォーマンスでした。
どの演目もとても面白かったです。
柳亭一楽さんや三笑亭夢花さんは、小ネタが面白くお腹を抱えて笑いました。
特に、「お母さんに起こされる学校に行きたくなくて布団から出てこない小学生という図かと思ったら、
こどもは校長先生だった」というネタはしばらく笑いが止まりませんでした。
字で書くとそんなに面白そうにはみえない不思議さ……。
話の流れ的にオチは分かるけれども、
やっぱり予想通りのオチではあるんだけれど、笑ってしまう。
やっぱり話の流れの持っていき方、間の取り方、
そして表情や動作が上手いと話しにリアリティーが出てより面白くなるのですかね。
普段CD等から聴覚で得る情報だけよりも視覚情報も加わるとより面白さが倍増しました。
これこそが寄席に行く醍醐味なのかも。
落語はどれも新作落語ではなく、古典落語でした。
全てのお題について書きたいのはやまやまなのですが、
とんでもなく長くなってしまうので割愛し、一番印象に残った「百川」についてのみ書きます。
このお題は正直その場では面白さが分からず、調べてやっと「そういうことか!」と理解できた演目です。
それゆえに印象に残っているのですが。この演目は
①当時のお祭りの風習を知っておくこと
②台詞を一字一句聞き逃さず、何と何が掛詞で誤解が生じているのか把握すること といった
この演目が作られた当時の人々なら当たり前の知識がないと
面白さが理解できないなぁと思いました。
また、落語に限らず古典芸能は当時の人々の風俗を知る格好の資料だということも実感しました。
もっともっと、勉強してそれぞれの演目の面白さが分かるようになりたいなぁ~~。
想像の上を行く充実した時間を過ごせました!これからはちょいちょい通えるといいなぁ。
以上、はるなでしたー!