いつか星に還るその日まで

メーデー メーデー

聞こえていますか?
聞いていますか?
地球のみなさま
ごきげんよう

今の地球はどうですか?
良い世界ですか?
悪い世界ですか?
わたしはわたしの一心で、良い世界であることを望みます。

地球に居住するみなさまは、どのようにお過ごしですか?
幸福に活動していますか?
何不自由なく暮らしていますか?
困ったことはありませんか?
みなさまの幸せを願っております。

わたしは宇宙を飛んでおります。
わたしは宇宙を泳いでおります。
宇宙は際限無く広がるそら。
宇宙は際限無く広がるうみ。
星の合間を縫って、銀河を渡って、光を浴びて走っています。
遠い遠いあの星から来たのです。そして遠い遠いあの星まで行くのです。

宇宙はとても広いので、わたしから見れば地球など太陽系に位置する本当に本当に小さな点、青く綺麗な小さな点でしかないのです。
けれどもその小さな小さな点にこれまた小さな小さな生き物が息をして活動している事実は、愛らしくていとしいのです。
分かってくれますでしょうか。

宇宙は常に美しく在ります。
星の呼吸を聞いたことありますか?
星も生きているのです。
己を燃やして生きている。
己が燃え尽きた頃には一際大きく輝いて、爆ぜて死んでしまいます。
そして散った星はまた再び集まり新しい星になります。
星になりきれず、散ったままの欠片が宇宙を漂い続けることもあります。
いつかまた、何かになることを願って。
あなたたちが願いを込めて祈る、流るる星のことですね。

宇宙は拡張する。
宇宙は収縮する。
宇宙は外に在る。
宇宙は内に在る。
宇宙は永遠に在る。
宇宙は瞬間に在る。
宇宙は始まりがある。
宇宙は終わりがある。
きっと宇宙は夢をみる。

みなさまの星を内包するこの宇宙をわたしは旅しています。いつ生まれたかもいつ死ぬのかも何も知りません。
けれども星が命を燃やして光るようにわたしも輝いていたいのです。
何万光年かかっても、幾星霜の時を超えて、みなさま住む地球にも光が届くように。
だから見ていてくださいね。
いつかみなさまも会いにきてくださいね。

見上げてごらん夜の星を

空には星を
海には生を
そしてあなたに幸せを

宇宙から愛を込めて。
星を渡る旅人より

夏の魔女

 やはり夏など何の意味もない。ただ寝苦しいだけだ。そう強く実感した午前0時。クーラーを付けても冷風に身体が怠くなって、耳元に置いたスマホからの通知にも反応する気がなくなる。部屋の電気を消してベッドに寝転がっても、瞼は空いたままで、起き上がるのは億劫に感じ、ただ天井を見つめていたときに彼女は窓を叩く。バチッと赤い火花が散ったと思うと、生温い風が顔にかかる。あの人、窓開けっ放しだ。外からは自動車が道路を引き摺る音と信号の光、夜を味方にしたバイクのクラクションが一際大きく聞こえる。
「眠れないのでしょう」
 パーマのかかった黒髪が顔にかかる。
「窓閉めてください」
「嫌よ」
 彼女は髪を掻き上げると、僕の頬に触れた。真っ赤なマニキュアと熱を持った細い指。長い睫毛、腫れたような唇。見惚れていると頬を抓られた。
「痛」
「呆けているのが悪いんでしょう。つまらない顔をしないで」
 彼女は僕に難しい注文をして、自分でもおかしくなったのか笑い始めた。ハハハと笑い声を響かせながら、僕の部屋の中を自由に舞う。ひらりと黒いワンピースが波立ち、空気が揺らぐ。僕の部屋は忽ち彼女のためのステージと化した。煩雑に散らかった部屋にパチパチと光が弾け、煌々と燃え盛る炎がゆらゆらと踊る。
「貴女はいつも眩しい」
 僕はそっと目を細める。すると彼女は
「当たり前でしょう。夏だもの」
と答え、僕の目の前に降り立つ。ベッドが一気に熱くなった。
「あなたは本当の夏を知らない」
 彼女の指が再び僕の頬に触れる。
「あなたは命が燃える喜びを示す季節を知らない。あなたは茹だるような夜を知らない。あなたは太陽の迫る季節を知らない。あなたは脳を沸かす暑さを知らない。あなたは夏の刹那を知らない。あなたはこの季節の魅せる幻影を知らない。あなたは纏わりつく熱を知らない。あなたは輝きを知らない。あなたはこの季節の恐ろしさを知らない。あなたは狂おしいほど愛しいこの熱を、脈打つ血潮を、赤くなる頬を、夏を知らないの」
 彼女の瞳には花火が映っている。ぱっと咲いた花は音を残してひらひらと散ってしまう。勿体ないなと思う。
「一瞬だから良いのよ」
 その一瞬に全てを賭けて燃えるの。そういう季節なの。
 彼女の唇が三日月形に吊り上がる。
「せいぜい眠れない夜を過ごしなさい」
 彼女の手が眼の上にそっと置かれる。僕の脳裏にも火花が散る。それがあまりにも眩しくて、美しくて、目が灼けるほど熱くても見ていたいと思った。
「わたくしは夏の魔女。あなたが夏を忘れる度に訪れてあげる」
 夏の魔女は僕を抱擁すると、激しい光と共に消えた。妙に鮮やかな夢だった。
「はあ」
 僕は一つため息をついて、部屋の入口にある液晶に触れる。そして「空気感:夏」をオフにした。
 
 しかし、知らないと言うのも仕方ないではないかと思う。季節、天候、災害に左右される地上では、もはや人間は暮らせない。あの場所は地下では賄いきれない食材を育てるために使う場所であり、その仕事に携わる人間以外は滅多に出向かない。そのために地上の破天荒など知らないのである。地上は大変そうだなという感想しかない。ここは温度が一定に保たれ、季節という概念は死んでいる。一応季節を体験できる空調調整のシステムはあるが、作動してみたところでただ寝苦しく、この世界に季節が無くて良かったと実感しているところだった。
 けれどもつい最近、あのバグが現れるようになった。僕は夏の魔女と呼んでいるが、詳しくは分からない。調べていても他にこのようなバグが観測されたことはないようだ。バグは温度と質感を持ち、僕に触れる。しかしいつも証拠(データ)を残さず消えてしまう。季節なんて厄介なものを尊ぶあのバグの本意は分からない。早くアップデートで修正されて欲しいものだ。

だから、僕がただ寝苦しいだけの夏に興味を覚えてしまったのは、全て夏の魔女のせいなのだ。

あとのまつり

 お祭りに行った記憶がある。昼間の暑さが和らぎ涼しい風が通るようになり、夕焼けが落ちた頃。透き通るような青が濃くなり赤く燃えやがて夜の色になる頃。本当はもう家に帰らなくてはいけないのに、お祭りのその日だけは許された。遠くに聞こえる祭囃子。慣れない浴衣。騒がしい声。屋台の良い匂い。当たり前から少し外れた非日常に、心がざわざわする。提灯が照らす別世界に一歩踏み入れる。みんな浮かれ足赤ら顔。みんな笑ってる楽しそう。今日はお祭り。今日だけは、今日だけはきっと。

報告書

○○地域における祭事記録
20XX年 8月2日
記入者:山口

これは〇〇地域において2021年に流行病の影響で中止されたはずの祭事についての記録である。『流行病が祭事に及ぼした影響とその後』*の調査にて、聞き取りを行った結果、〇〇地域では2021年に中止されたはずの祭事を記録している人が見られた。統計を取ったところ記憶している場合は現在20代の男女(2021年当時は学生)が多く、それ以上に年上(2021年当時は成人済み)の場合は少なかった。
聞き取り調査
・20代女性
「子どもの頃祭りに行った記憶がある。マスクはしていない代わりに、みんなお面を被っていた。自分はどのようなお面をかぶっていたかは忘れた。親は同伴していなかった。楽しかったと感じた記憶がある」

・20代男性
「場所は神社の参道のようなところだった。具体的な場所が思い出せない。森の中だったような気がする。出店が多く明るかった。楽しかったなあ」

・20代男性
「友人と複数人で行ったがはぐれた記憶がある。しかし周りの人が親切で送り届けてくれた。その人も面をかぶっていた。自分も確かそうだ。太鼓が鳴り笛も鳴っていた。屋台で何を売っていたかは覚えていない。楽しかった」

・20代女性
「こっちだよ、と声をかけられた。団扇をもらった。花火を見た覚えがある。全体的にぼやけているが、楽しかった思い出がある」

 このような証言が集まったが、まず場所について〇〇地域には森の奥の神社というものは探しても見つからなかった。また場所に関しての記憶は曖昧であった。さらに当時成人以上の人は祭りに行った記憶以外に細かく残っていなかった。この祭りは何を目的に開かれ、なぜ地域史に残らなかったのか。現在も調査中である。
 祭囃子が聞こえる。遠くの方で聞こえる。太鼓の音がする。笛の音も聞こえる。ああ、お祭りだ。家の近くでやっていたっけ。分からないや、お祭りだ。もう暮れだ。お祭りに行こう。巾着、巾着なんてあったか、浴衣も無いや。けれどもいいや、お祭りに行こう。提灯が下がっている。何やら楽しそうだ。たくさんいる。そうだ、今日はお祭りだった。お祭りだ。うん、いいよ、遊ぼう。遊ぼうね。うん。お祭り行くよ。一緒に遊ぼう。今日ぐらい、今日だけはね。神も妖も人もなんだっていいよね。うん。お祭りだからね。

楽しみだね。

内定出たやった〜!

 いや最近笑っちゃうほど暑いですね!クーラー付け始めたんですけど、クーラーじゃちょっと涼しくなりすぎるかと言って窓開けて扇風機じゃ耐えられない状況になっていてひじょうに辛いです。夏という概念は好きなんですよ。イベント多いし、夏と聞いただけですぐワクワク感に直結する魅惑の季節ですよね。サマー。夏が題材の小説とかけっこう好きですね。はい、そんなあなたは『都会のトム&ソーヤ』実写映画を見ましょう。みんな大好きはやみねかおる大先生の作品の実写映画です。中学生が主人公なんですけど、ちゃんとキャストも中学生なんですよ。好感持てますね。今ドラマもやってるのでそれもお願いしますね。平凡サバイバル中学生と財閥御曹司が現実を巻き込んだゲームを作るお話です。わくわくしちゃうのでぜひ。そしてつい最近、『怪盗クイーンはサーカスがお好き』のOVAアニメ化が発表されましたね!いえーい!あの作品を読んだ人なら誰しも「映像で観たい!」と思ったはずですよね。たすかる〜。ありがてぇ〜。嬉しい〜。一緒に楽しみに待ってましょうね。以上宣伝でした。

星を渡って

「星がねぇ、見えるんだよー」
 あの子はそう言っていた。
 こんなに雨が降っているのに。灰色の雲は空から退こうとしないのに。もはや月すら見えないのに。あの子はそう言った。
 そしてこちらを覗き込むようにして、にっこり笑った。

「わたしね、行かなくちゃいけないところがあるの」
 黒髪を揺らしてあの子は空を見た。
「そう」
と私は返した。私の知らないところを見つめて、私の知らないところに行くあなたが悔しかった。
「川を渡ってね、遠いけれど行かないと」
 小さな手で川を掻くような仕草をした。そんな身体で川なんて渡れないでしょうに。
「どうして行くの」
 つい、こぼれた。しまったと思う。これは心の中に置いておくはずだった。けれど、こぼれてしまって良かったと思ってしまう自分もいる。難儀。
「待ってるから。わたしを待ってるの。わたしも会いたいから、行きたいの」
 あの子はそんな私の手を振り払う。待ってと伸ばした手の甲をそおと撫でて、それでもいらないと退けてしまう。私は。
「こんなに雨も降ってるよ」
「それでもいいの。雲の向こうには星が見えるから」
 傘をさしてあげることもできた。でもそれは言わなかった。私はひどいから、雨で諦めて欲しいと思った。
「毎年そう。なかなかこの日は晴れないの。でも良いの。いいの」
 私は本当はカササギの役をやらなければいけなかった。彼女を乗せて安全に向こう岸まで届ける役。けれど、私はあの子に諦めて欲しくて、言い出せない。
「待って」
 そんなこと言ってはいけない。私はカササギだから、そんなこと
「行くね」
 あの子が行ってしまう。ねぇ、なんで私は星になれなかったのだと思う。

 無機質なアラームの音で目が覚めた。窓の外は雨だった。良かったと思う。良かったと思うことが良くない。良くないのに、ホッとしてしまった。私はまだ気にしていたみたいだ。こんな夢まで見る。
 あの子の書いた短冊。あの子の丸くて頼りなくてかわいい字で、好きな人と付き合えますようにって。
 どうして私はあの子の好きな人じゃないのだろう。織姫でも彦星でもないのだろう。どっちでも良い。どっちだっていいから、彼女の運命になりたかった。
 私は仕方がなく「あの子の夢が叶いますように」と書いた。だけど、だけどもカササギになれない。本当は。
 七夕はよく雨が降る。もしかしたらカササギは渡したくないのかもしれない。カササギの大事な人を。
 

浴槽人魚

 風呂に人魚がいる。私が足を伸ばし切るのもちょっと窮屈な狭い浴槽に、人魚が住んでいる。
「ここでいいの?」
 と私が聞くと
「ここでいい」
 と言うから、良いらしい。
 人魚はウェーブのかかった金髪を手で漉いて、私を見ている。青の瞳でじっと見られると気恥ずかしい。
「何?」
「いや、別に」
 なんともない、と桜色の鱗を煌めかせて、尾で水面を打った。私はなんだよ、と思いながら浴室のドアを閉めた。

 人魚は夜の浜辺にいた。月のない夜だった。私が裸足で砂浜を歩いていると、きらきらしたものが目に入って、ガラスか何かと思って近づいたら人魚だった。人魚は空を眺めていた。星の瞬きを一心に見ていて、私はその姿に見惚れていた。ふと、彼女はこちらに気づくと、にかりと笑った。尖った歯が見えた。
「どうした」
 人魚は手を伸ばす。水掻きの付いた湿った手が、私の頬に触れる。
「ああ、これじゃあよく見えない。お前の家に連れてっておくれよ」
 私は初めて人魚を見たことと、その人魚が家に連れてけと言ったこととで、たいへん混乱した。しかし気がつけば、人魚を両の手で抱えて寂しい一軒家の浴槽に浸けていた。

 人魚は私の家の浴槽に住み着いた。なんでと聞いたら、なんとなくと答える。私は一人暮らしだったし、シャワーしか使わなかったので、そのままにしておいた。人魚は何も食べない。どういう仕組みかは分からないが、腹は減らないらしい。一日中、浴槽の縁に腕を組んでによによとしている。私が絵を描いている間もずっと。

「お前も不思議だったろう。私が人の浴槽で暮らせるのは。お前と言葉を話すのは」
「まあ」
 ある日、人魚は突然話しだした。人魚が長く喋るのは稀だ。
「満潮の日にな、岩の上で寝こけてたら、気づいたら新月の干潮でな。帰れなくなったなぁと思いながら空を見てたら、人が通りかかったもので。どうするものかと悩んでたら、それがなぁ、海辺まで歩いて海の水をかけよったのさ。あはは、人魚は乾いたら死ぬと思っていたらしい。そんなに弱くないのにな。けれども試しに弱って見せたら、次の日もその次の日も会いに来た。そいつはなぁ、人の友が少なかったんだ」
 人魚はまた、あははと笑った。初めて見た表情だった。

「お前はなんでこんな家に一人で絵ばかり描きよるの」
 人魚が尾鰭をひらひらとしながら、問いかけてきた。
「人が苦手なんだよ。少し。だから一人で絵を描いてる。これでも展覧会に出したら賞を貰えるし、ちょっとは売れるんだ。でもそれ以外いらないから、ここに住んでるの」
 私がそう返すと、人魚はヘンと笑った。
「じゃあ、私を描いてくれよ。そして完成したら見せてくれ」
「いいよ」
 人魚が絵を見せてくれ、と言ったのは初めてだった。

 数日後に絵は完成した。さすが人魚、描きがいがある。私の今までの絵の中でもよく描けた方だ。
「ほら」
 浴室のドアを開けて、人魚に見せてやる。すると人魚はガラス玉のような眼を丸くした。
「冬治の絵と似てる」
「冬治おじさんを知ってるの?」
 冬治さんは私の叔父だ。人が苦手な私のために、海辺の一軒家を紹介してくれた。
「おじ? ああ、お前、冬治の姪かぁ。通りで冬治に似てると思った。なんだ、お前は冬治のねぇ」
 人魚は口元を綻ばせた。
「冬治は? 今どうしてる」
 私は喉を詰まらせた。
「おじさんは、一昨年亡くなったよ」

「そうか」
 人魚はそう言うと、それきり黙ってしまった。そして、死んだのだなぁと呟いた。
「冬治はな、お前に似てあんまり愛想が無くて、笑わなくてね、とにかく面白みのない男だったよ」
 人魚がとつとつと語り出した。
「でもなぁ、眼が優しかった。優しい奴なんだ。あいつはな。だから、好きだった。本当はこの身を食わしてでも不死にしたかった。でも優しいから、優しいから、きっと、そんなことしても困るって言わないから。だから駄目だと思った。だから次の満月で、次の満月で海に帰るんだと思ってたのに、いつの間にかあいつの方から来なくなったから」
 人魚は泣いていた。

 次の満月の日、浴槽に人魚はいなかった。私は浜へ出て、人魚と冬治さんの二人が描かれた絵をイーゼルで立て掛けておいた。翌朝にはキャンバスは持ち去られていて、イーゼルには綺麗な貝殻が二、三個置いてあった。

Show me magic on a rainy day.

「ぼくは魔法使いだからね」
 廃ビルの中で出会ったお姉さんは確かにそう言っていた。

 詳しくは覚えてないんだけど、僕が中学生の頃だから10年くらい前かな、その日は重く灰色の雲が空を覆っていていつ振り出してもおかしくない天気だった。僕は何があったか忘れてしまったんだけど、とにかく家に帰りたくなくていつもの帰り道を一人行ったり来たりしていた。その頃、人と話すのが得意じゃなくてさ、友達はそんなに多くなくて。一人で帰る方が多かったんだ。まあとりあえず、そうしてるうちにスンと独特なアンニュイな匂いが鼻を通って、ああ、降り出すなと思ったら案の定。ぼたぼたと頭を濡らす雨から一時だけでも逃れたくて、建設予定地の看板がいつまで経っても撤去されない廃ビルの軒先に走った。ここは肝試しに使うには新しく、かと言ってここ何年も取り壊しが行われない廃ビルだ。「いわくつき」ではなく土地の権利関係で揉めているらしいとのことを、近所の噂話で聞いたことがある。5階建てのビルというよりはアパートの造りに近いその建物は人が住まなくなった年月に呼応するように、壁紙を剥がし蔦を生やし自然に帰ろうとしているようだった。僕はタイル貼りのロビーの階段に腰かけ、上がる目処の立たない夕立をぼんやりと眺めていた。
「まったく飽きもせずよく降るものだ。そのうち全部沈んでしまうよ」
 すっと通る声が頭上から落ちてきた。さっきまで人はいなかったはずなのに! 反射的に声の方に振り向く。最初に見えたのは長い金色の髪。そして黒いワンピースだった。
「こんにちは、少年。きみも雨宿りか。そうか。止むかも分からないけれどね」
「ええ、こんにちは」
「まあそうだな、仮に止むとして共に待つのも良いだろう。けれどもただ待つのは興がない。どれ、魔法を見せてやろう」
 狼狽する僕を置いてその人は一人でぺらぺらと喋った。立ち上がっても僕の頭上より遥かに高い背丈は男の人を思わせたが、声は女の人のような少し高くてキンと張る声だった。顔は帽子をかぶっていてよく見えなかったが、耳にはキラキラと光るアクセサリーが付いてるのが見えた。
「それ」
 長い髪とその声から仮にお姉さんと呼ぶが、お姉さんは手を振ると、赤いナイロンの花を取り出した。
「これねェ、きみにあげようか。うん、ポケットにももう一輪入れておいたよ」
 お姉さんがそう言うので慌てて制服のポケットを見ると、本物のバラが挿さっていた。
「あげるよ、あげる。まだあるよ」
 お姉さんがハンカチを振る。するとブレスレットくらいの大きさの金色の輪が三つ現れる。それぞれは独立してたが、お姉さんが手首につけてから外すと、繋がっていた。
「ここ持って」
 動転しながらも言われるがままに金色の輪の端を持つ。お姉さんも端を持つ。すると真ん中の輪が炎をあげて消えた。
「まだ」
 お姉さんは輪を回収すると、今度はコインを出した。銀色のコインは全部で5枚。お姉さんが一枚ずつ宙に放る。するとばらばら落ちてきたコインは10枚。
「えっ」
「いい驚き具合だ。こうでなくては」
 お姉さんがコインを拾ってスカーフに入れると、コインは消えてなくなった。
 それから全部は覚えてないけど、確かトランプが飛び交って、ステッキやリングが出たり消えたり増えたり減ったりした。パチパチと光る棒や銀色のナイフがその人の腕の中ではおもちゃのように踊った。僕はその度に拍手をして段々夢中になっていくと同時に、一つの噂話を思い出した。最近、身長が高くて長い金髪の人が近くを彷徨いているらしい。不気味だから近づいてはいけないよ。強くて怖い人だそうだからね。そしたら怖くなってしまって、この魔法がいつ終わるのか気になって、居ても立っても居られなくなってきた。
「どうした? 少年。なんだか元気が無くなってきたね。折角魔法を披露しているのに」
 お姉さんがヘソを曲げたように言う。途端にお姉さんの機嫌を損ねたら何か大変なことが起こるような気もしてきた。
「ああ、そうか。そろそろ雨が上がるんだね。そうだね、きみは雨が上がれば帰るから、仕方ないね」
 お姉さんは汚れたガラスから空を見やった。僕はほっとして胸を撫で下ろした。
「じゃあ、最後に一つ魔法を教えてあげよう。きっとすぐに困ったことが起こってしまうだろう。怖くてどうしようもなく困ったときに唱えてくれ。大きな声で。きっと大丈夫。大丈夫だからね」
 お姉さんは僕の手をとり、ゆっくり文字を書きながら僕に囁きかけた。ハートのマークが着いたお姉さんの細い指がするすると動く。それは異国の言葉のようで、僕は一回では覚えられなくて、もう一度と顔を上げたらお姉さんは消えていた。
 今考えるとお姉さんは魔法使いではなくてマジシャンだと分かる。けれど最後、僕の前からまるで最初から無かったかのように消えたのだけは、本当に魔法のようで信じられなかった。
 呆然としながら廃ビルを出ると、雨に濡れたアスファルトからは独特の匂いが立ち上り、空は雲の切れ間に青が見えるようになっていた。鮮やかな魔法が行われたステージは一切の煌びやかさを捨て、ただの廃ビルとしてそこに立っていた。

 その後、本当に一回だけどうしようもなく困ったときがあって、その魔法を口に出した。それはお姉さんと会ってから1ヶ月後くらいのことで、その日も学校の帰り道だった。いきなり知らない人に腕を掴まれて車に乗せられそうになったのだ。サングラスをかけた怖いおじさんに強い力で掴まれ、周りに誰もおらず僕はどうすることもできずに慌てて唱えた。
「あいの ゆあくらむ ゆうりめんば み とぅ まじしゃんうぃる ぱにしゅゆ」
 そうしたらおじさんたちは当然腕を離した。僕は反動で転けてしまったが、おじさんは僕に構うことなく逃げて行った。どのような魔法が起こったのか僕には分からなかったが、とりあえず助かったのだ。

 どうしてこんなことを話し始めたかというと、思い出したからだ。梅雨に入ってそろそろ夏に向けて衣替えしないと、部屋の掃除もしようかと思いながら駅から歩いているときに雨が降ってきた。そういえば天気予報で雨が降ると知っていたような気もしたが、折り畳み傘を持ってくるのを忘れていた。ぽつぽつと落ちてきたしずくは夏先の雨特有の質量と速度であっという間にざあざあと強い刺激に変わった。参ったなと思い鞄を頭の上に乗せて走りながら、どこか適当な建物の軒先で待とうと考えた。それで寄ったビルの軒先で思い出した。生憎そこはあの廃ビルではなかったが、突然の夕立とアスファルトの香りはあの日を想起させ、そしてふと、魔法を思い出したのだ。
「あいの ゆあくらむ ゆうりめんば……」
 口に出してみて、気づく。これは魔法の言葉では無い。知っている言葉だ。
「I know your crimes. You remember me too. Magician will punish you.」
 私はお前の犯罪を知っている。お前が私を覚えているのと同じように。マジシャンはお前を罰するだろう。
 もしこの魔法が英語であったとしたら、このような意味ではないか。英語を聞きれてない中学生なら、魔法の呪文に聞こえるかもしれない。しかし英語であったとしたら、英語を知っている人にはそのように聞こえたのではないか。
 これは後で調べて知ったことだが、僕の住んでいた地域は相応に治安が悪かったらしい。戸籍も国籍も正体も定かでない人々が多く住み、廃ビルが放置されていようものならすぐに不良の溜まり場か、不良より怖い人達の拠点になっていたぐらいには。それがなぜ、あの廃ビルには手をつけられてなかったのか。なぜそれだけの地域にいて僕は治安が悪いとも知らず、怖い事件に触れたのも一度だけだったのか。
 身長が高いのに気配を悟らせずに後ろに立てる人。消えたと思わせるくらいに素早く動ける人。パチパチと光るスタンガン。銀色のナイフ。耳のピアス。手の甲のハートの刺青。魔法使いと名乗ったお姉さんは、魔法使いではなくて、廃ビルを占拠しようとする怖いおじさん達にも負けない人。そしてそのような怖いおじさんが近所にいることを知っていて、子どもに声をかけてあの魔法を……。
 そこまで考えてふと頭を上げると雨はすっかり上がっていた。今のうちに帰ってしまおう、と足を踏み出す。考え事は深く追求するのをやめた。あの人は魔法使いと言ったから、お姉さんは魔法使いなのだ。

 これは余談だが、家の玄関に飾ってあるバラが一年中ずっと綺麗に咲いていることについて、造花だと思った僕はさして気にしていなかった。しかし部屋の掃除をする際に、そのバラは生花であったことに気づいた。家族に聞いても「あんたがもらってきた造花でしょ」としか答えてくれず、他に覚えはないと言う。僕が覚えている限り、バラをもらった経験は魔法使いからもらったあの日一度きりだ。

雨の日にコーヒーブレイクを

 ぽつぽつと雨粒が降り注ぎ、しとしとと足元が濡れる日に、私は上手に水溜りを躱して戸を叩く。

「マスター」

「いらっしゃい」

  ちりんと軽いベルの音と共に開いたドアの奥から溢れでたのは、洒落たジャズの調べと鼻をくすぐる良い匂い。木目調の店内はオレンジ色のランプにあたたかく照らされている。私が外との温度差にふるると震えると、マスターはそっとタオルを差し出してくれる。

「マスター、いつもので」

「ええ。寒かったでしょう、あたたまりください」

 それからマスターがカウンターの棚に向き合っているうちに、ちらほらとお客さんがベルを鳴らして入る。みんな雨に降られてしまったようで一様に肩を濡らしていた。お客は「いつもので」とまた同じセリフでカウンターに座ると、ぽつりぽつりと言葉を連ねる。マスターはコーヒー豆をころころと挽きながら、こくりこくりとうなづく。私は定位置に移動し、窓の外を眺める。さあさあと窓を叩く雨の音、ぽんぽんと響くコントラバスの弦の音、ころころと芳醇な香りを漂わせる豆を挽く音。あまりに心地が良くてつい、うとうとと船を漕ぎ出してしまう。どこまで行こうかしら。

「お待たせしました」

 とぽとぽと温かい蒸気が立ち上る頃には、私のオーダーは完了していた。私の横に、ティーカップの中の琥珀。私の舌にに合うように、少しぬるめ。私はそれをちろちろと舐める。周りの人間は珈琲を楽しんでいる。あの深く蠱惑的な飲み物を時に羨ましくなるものの、私は代わりになかなか人間が頼まない特別な「いつもの」をいただけるので良いのだ。

「ありがとう、マスター。また来るよ」

 最後にニャ、と口を開けると、マスターはカップを拭きながらにこりと微笑んだ。

 

私と私で私が私

「はぁ」
「あら、暗い顔ね。何かお困り?」 
「内定が無いって……いや、笑い事ではないんだけどね」
「笑いごとではないわね。どうしてかしら?」
「どうしてもなにも……私は内定欲しいと思って真剣にやってるんですけどね」
「本当?」
「そりゃあまあ」
「エントリーシートが通らないからって最近提出を忘れることがあるって聞いたけど」
「うぐ」
「チャンスは増やすべきじゃないの?」
「正論は痛いなぁ。けれどこちらにも言い分があって、だってやってもやっても成果が出ないってまあまあ辛いんですよ。落ちた分ポイントが貯まって使えれば良いんですけど、本当に何にもならないんですよ。御社のシュレッダーの餌になってるだけで。なんかそう思うと……疲れてきちゃって、これでも結構参ってるんですよ」
「あら、可哀想」
「でしょ〜! はは、そんなこと言ってられないんですけど」
「へぇ、そこまだして内定が欲しいのね。どうして?」
「え、どうして? えっと、労働の義務ってものがあってですね。他には貨幣経済なので稼がないと生きていけないんで」
「あとは働いてない自分が世間からどう見られるか、とか親に怒られたくない、とか?」
「……よくご存知で」
「素直なところはかわいいわね。でもそんなのじゃ就職できないわよ」
「そりゃあね! 私もやりたいことの一つや二つ、やってみたい仕事の一つや二つ考えましたよ! けれどもね、やっぱり魅力的に見える仕事って人気なんです。そりゃそうよ、実際に働いてないのに憧れるのはそれだけ知名度があるからって話で……」
「それで、人気が高くて倍率が高い企業に挑戦し続けるのが辛くて、自棄になっている、と」
「あんまり言わないでください」
「ふふふ」
「それでまあ、今はとにかく内定が無いといけないという焦りで、業界なんてどこでも良くなって、そこまでブラックじゃなくて作業が楽しければなんでも……みたいな。なるべく東京が良いな、くらいに」
「ずいぶん低姿勢ね?」
「だってもう疲れた。よく言うけどね、その企業に受からなかったとしても、その企業と合わなかっただけって。そんなの分かってる。分かってるんですけど、何回も何回も自らの身を削って削ってどうにか価値を見つけ出して、私の人生を御社の”ため”に捧げて、それでもいらないって言われたら、私の価値って何になるんですかって。それでもいらない私にまだ価値残ってるんですかって。ほら、泣きそう」
「ずいぶん参ってるのね」
「実際ね。なんかもう根拠無く過信してた自分の可能性とか、自分だけが特別であるだとか、そこら辺のものが全部全部恐ろしい勢いで死んでいく音が聞こえて」
「ただの事実ではなくて?」
「あ、そんなストレートに言わないで。まだ可能性捨てきれてなくって。いずれビックになるから」
「……それでもまだ過信している傲慢さ、私は好きよ」
「ありがとうございます」
「それならいっそ、昔から描いていた夢に挑戦してみればよろしいのに。小説家になりたがってなかった?」
「それに挑戦する度胸と覚悟が無いの知ってるくせに」
「ごめんなさいね。いつも言い訳と我儘だけが立派だものね」
「失礼な。いや、事実ではあるけれど。ところで今更なんだけど、あなたは誰でしたっけ。本当によく私のことをご存知というか、もはや代弁者のあなたは」
「あら、忘れたの? 悲しい。私は私じゃない。私と一緒、同じ私」
「哲学?」
「私ったら、とぼけちゃって。私よ」
「オレオレ詐欺みたいになってきたな」
「やぁ、私よ。こんな意地悪な私に構ってないで、私と抜け出さないか。就職活動なんて本当は嫌なんだろう。大人になるのはもう少し先で良いさ。私の手を取ってくれ。星の海を渡ろう。月まで連れて行こう。そして歌を歌うんだ。素敵だろう」
「なかなか魅力的な提案だけど、いや誰」
「言ったじゃないか、私だよ。私はそんなことも忘れたのかい?」
「あら、私と台詞かぶってましてよ。やめてちょうだい? 私のくせに」
「私はまた意地悪してるのかい? 私が可哀想だろう」
「一人称と二人称と三人称はちゃんと分けてください……」
「高等遊民とかさ、吟遊詩人になりたいよね、本当は。不労所得で暮らしたい〜なんて」
「増えた! 誰?」
「内定取れる見込みもないのに、なにをのんびりしてるの? 余裕で良いね。もっとたくさんの企業を見てエントリーした方が良いんじゃない? 内定が無くて後から泣くのは私よ」
「一番厳しい! 誰?」
「さっきから誰誰うるせぇな。全部私だって言ってんだろ」
「なんか口調荒い人もいる」
「だから私だって」
「何〜!? 」
「あのね、こうなったのも私が自己分析なんてするからなの。だいたい心がどこにあるのかも分からないのに、分析って何事? 分かった気になってるその顔が一番嫌い。私のことを定めようとするから、こんな私もこんな私もって、いっぱい私が増えてきちゃったじゃない」
「そんなこと言われても就活のためには自己分析が必要で」
「そもそも私は私をオリジナルと思ってるけど、私も私をオリジナルだと思ってるよ。どの口で発言してるわけ?」
「は? 私がオリジナルだが」
「私だよ。何を言っているんだい?」
「待ってよ、待って。分からないよ。私は私で、私の中のこれだけいっぱいの私を知らないよ。誰?」
「私はね、私が自己分析を進めてくたびに、選考が通らないたびに死んでく私だよ」
「つまり?」

「「「「「つまり、私の可能性」」」」」」

「私が一つに定まるわけないじゃない」
「私を見失うなんて心外だよ」
「私は20何年も生きてきたのに定義できてしまうほど薄っぺらいの?」
「私のくせに私を捨てようだなんてひどいじゃないか」
「こんなに創作で色んな人を色んな文章で書くくせに、自分は一つだと思っていたのか?」
「私をもっと信じれば良いのに」
「大丈夫だよ。私は私の味方だから。誰がなんと言おうと、私が私のこと素敵だよって肯定してあげる」
「私……」

「私って思っていた以上に自己肯定が上手だな」
「「「「「それはそう思う」」」」」

仕事紹介してください。言われたことがきちんとできる良い子です。自分が楽しいと思えればなんでもやります。都内だと嬉しいです。もはや多少のブラックも良いです。内定が無くて社会人になれずレールから外れるのが怖くて仕方ないしょうもない人間ですが、言われたことをやれる能力はあります。本当は働くことが嫌で社会の歯車の一つに紛れて自分固有の価値がマジョリティと混ざって溶けていくのも嫌なのに、さりとて挑戦することもできなくて、安定した職を願ってどうにか世間体を「正しい社会人」に保ちたくなってしまうつまらない人間ですが、仕事はやります。お願いします。なんとか。仕事紹介してください。限界なんです。頼むよ。

せやからエイプリルフール終わっとるんよ

「なあ、聞いた? 明日世界終わるんやって」

「ほ〜ん、そら大変やな」

「……よう焦らんな。脱出用のロケットでも隠し持っとるん?」

「世界終わる言うてんのに、宇宙行ってどないすんねん。そんでもうエイプリルフール終わっとるで」

「バレたか」

「バレたか、やないねん。バレるに決まっとるやろ。嘘つくならもっと上手につかな」

「厳しいなあ。たとえばどんな?」

「そやね、エイプリルフールって四月馬鹿言うやろ?」

「おん」

「あれな、ほんまはちゃうねん。四月阿呆やったんけどな、東京の人がアホはいかんって馬鹿にしたんや」

「ほんま? これやから東京はイヤやわ〜」

「うそ」

「うそかいな」

「これが嘘のつき方や。ぎりぎりまで信じさせるのがコツやねん。せやけど、やりすぎはあかん。可哀想なウソもあかんからな」

「へぇ、うそのプロやな」

「それ褒め言葉やないからな」

「ほんなら、アレか。オレほんまは宇宙人やねん、みたいな」

「え、マジで? 知らんかったわ〜、そうか〜宇宙人やったのか……どうりで会話通じひんなあ思てって、話聞かれへんの? さっきの説明でなんでそのクオリティになってまうん? うそつくの下手すぎやろ」

「え〜、ちゃうんか。なんやむずいなぁ」

「おまえがめっちゃ下手なだけや」

「じゃあ、オレほんまは幽霊やねん、みたいな」

「やめろや」

「なんで」

「それはあかんやろ。あかんって。悲しいウソはつかんほうがええ言うたやろ。俺まだ気にしとるし」

「何が」

「おまえが急に俺の前からいなくなってしもたん、俺まだ信じられんくて。よりにもよって4月1日やなくてええやろ。そんなやから俺まだ……」

「卯月……」

「ウソって言ってくれてもええのに、な」

「いや、勝手に殺すなや!」

「なんでオレ死んだみたいな言い方したん? めちゃめちゃ生きとるし。そんでいなくなったいうても就職して東京行くだけやん。そらそうよ、そら4月1日や、新入社員やもん」

「元気でおってな」

「おう、身体には気をつけるわ。家にもお金入れたるから……って、お前はオカンかい!」

「やって、お前東京行くのイヤや言うとったやん! 俺と一緒に粉もん屋で天下取ろう言うとったやん!」

「や、何ソレ。初耳や。知らん知らん聞いとらん」

「なんでや! 夕暮れの校舎裏で泥だらけの学ラン抱えて共に語りあったやろ」

「オレらの学校、ブレザーやん。あ、寂しいんか? オレが東京行くの寂しいんか?ほんなら初めっからそう言やええのに。え〜、卯月ちゃんかわええとこあるやん」

「東京行くよな裏切り者は生かしておけんし」

「東京に親でも殺されたん?」

「おうおう、一族郎党殺されたで。親戚のジジイなんかスカイツリーに刺されとったし」

「何したらスカイツリーに串刺しにされんねん。ま、寂しがらんでええよ。もう世界終わってまうし」

「その話まだ続いとったん?」

「おんおん、心配せんくてええよ。痛みはないらしいで」

「は? 何?」

「ま、オレは最後におまえと話せてよかったわ。電話って素晴らしいな。来世も持ってこ」

「なに言うとるん」

「名前だけでも覚えとってね〜」

「なに漫才してんねん。つうか、もう23時59ふ、明日っておまえ」

「一生のお願いやから、もうええわって言って」

「一生のお願いそれでええんか?」

「もう終わるしな」

「……もうええわ」

「ほな、ありがとうございました〜」

「終わんなや