送り火

 内地はつまらないところだ。神戸の街を歩きながら、貞子はそう思った。街は煤け、人々はボロ切れのような着物を着ている。これから何を信じて生きていけばいいのか分からないのだろう、意味もなく勉強させられている時のように、目の奥になんの光もないような人たちがノロノロと歩いていた。夕焼けに街は真っ赤に燃えていたが、人々の心には情熱ひとつ感じられなかった。

 貞子が神戸に来たのは、つい数日前のことだった。思えばここ数日は、一年がいっぺんに過ぎ去ったような、そんな日々だった。貞子は大連に生まれ、大連で育った。なに不自由のない暮らしを送っていた。だが日本が戦争に負けたことを知らせるラジオを聞いた日から、大連での生活はすっかり変わってしまった。いつかここを離れなければならない。だが、それがいつになるのかは分からない。宙ぶらりんな生活がしばらく続いた。そして終戦から一年ほどたった頃、引き揚げ船が来るという噂が流れた。ああ、ついにここを離れる日が来たのだと思った。内地は女学校時代の故郷訪問で一回行ったっきりだったから、今どんな状況なのかよく分からない。よく分からない「故郷」に行くくらいなら、ずっと大連にいたいと思った。だがそんなことを言っていても仕方がない。戦争が終わってから、外では中国人が暴動を起こしているし、ソ連兵は家に侵入して金目のものを持っていく。内地に帰るしか選択肢はなかった。
 内地に帰ってきて、大陸は恵まれていたのだと感じた。もう、大連は日本のものではない。日本のものではないからといって、私の生まれた場所でなくなるわけではない。けれど、帰る場所ではなくなってしまった。大連に残してきた父と母のお墓にも、いつお参りに行けるか分からない。気づけば私も内地の人と同じように、希望も何もない顔をして歩いていた。だめだ、だめだ。私は大連生まれなのだ。東京よりも華やかな街で育ったのた。女学校にも通っていたのだ。放課後は友達とタクシーに乗って喫茶店に毎日のように通っていたのだ。家に帰れば、纏足の使用人が「お嬢様」と迎えてくれていたのだ。こんな私が、煤けた街で、土気色の顔をしていてはいけない。

 貞子が家へ戻ると、ちょうどお姉さんが庭に出ていた。
「あら、貞ちゃん帰ってきたの」
「うん、ただいま」
「神戸の街はどう?大連に比べたら田舎だけれど、ここもなかなか悪くないでしょう。まだまだ慣れないこともあると思うけれど、ゆっくりして行って頂戴ね」
お姉さんはテキパキと喋って、家の中へ消えていった。貞子はなんとなく家の中に入る気になれず、土間に座った。ゆっくりと沈んでいく太陽を見ながら、ぼんやりと引き揚げの時のことを思い出していた。
 引き揚げ船に乗る前に、ソ連兵の検閲があるらしいと聞いた。金目のものを持っていることが分かったら、その場で殺されるかもしれない。女だと分かれば、どこかに連れて行かれるかも分からない。貞子は長く伸ばした髪を坊主にし、今までに大連で撮った写真だけを腰に巻いて、引き揚げ船に乗り込んだ。引き揚げ船の中は暗く、暗く、これからどこへ連れて行かれるかも分からない、本当に日本へ帰れるのかも分からない、不安な空間だった。時折船が大きく揺れるたびに、貞子の気持ちも大きく揺れた。この船が日本のどこについても、今までの生活は帰ってこない。きっと今まで経験したことがないような苦労が待っている。それでも、帰るしかない。腰に巻いた写真をぎゅっと抱きしめ、船が到着するのを待った。
 船は博多に着いた。博多は引き揚げ者たちで溢れかえっていた。内地に親族がいる人たちは列車にパンパンに詰められて、それぞれの地方へ向かった。貞子は神戸で暮らすたった一人の姉を頼り、神戸に向かった。
 神戸に着くと、姉は貞子をとても歓迎してくれた。無事でよかった、無事でよかったと、涙を流しながら貞子の坊主頭を撫でた。そして、ここでは自由にしていいからね、と部屋の一室を貸してくれ、貞子の神戸暮らしが始まったのであった。
 初めは物珍しく楽しかった神戸での生活も、次第に居心地の悪いものとなった。街も人も灰色で、活気も何もない。大連で聞いていた内地の様子とはひどく違っていた。姉は貞子に優しく接してくれており、神戸の家での生活に不満はなかった。だが姉も終戦後、生活を切り詰めて暮らしていた。貞子が来たことで、姉一家の生活を圧迫していることは明らかだった。

「あら、貞ちゃん、こんなところに座って何をしているの」
土間に来ていた姉に声をかけられ、貞子は顔をあげた。日は今したがた落ちたようで、あたりは段々と暗くなっていた。
「お姉ちゃん、戦争は、終わったんかねえ」
貞子は呟くように言った。
「そうねえ、暮らしは全然楽にならないし、まだ終わってないみたいよねえ」
「戦争が終わることは、あるんかねえ」
「貞ちゃんが、戦争は終わったと、思った時が、終わった時なんじゃないかしら」
「そういうもんかしら」
「そういうものよ」
姉はもう用はないと思ったのか、暗くなる前に入りなさい、と伝え家の中へ消えていった。
 貞子はしばらく考えていた。戦争は終わったと思った時が、戦争が終わる時。この街に居続け、姉の家に世話になり続けて、果たして戦争が終わったと感じる日は来るのだろうか。自分一人で新しい土地へ行き、仕事を見つけ、生活をしていった方が、もっと面白いのではないだろうか。もちろん大変な苦労が待っているだろうけれど、それでもその苦労の中に、何か見つけられるのではないか。つまらない顔をして、つまらない街で生きていくより、よっぽどいいのではないか。貞子は街を一刻も早く出たくなった。どこへ行っても、内地は内地だから、変わり映えしないかもしれない。けれど、どこかへ行けば、何か変わる気がする。貞子は衝動を抑えきれなくなった。急いで家の中へ入り、荷物をまとめた。大連から大事に持ってきた写真を抱え、今までお世話になりました、と手紙を残し、貞子は家を飛び出した。どこかに着いて身を落ちつけてから、お姉さんにはゆっくり手紙を出そう。私がいるせいで生活は苦しくなっているのだから、無理に止めることはしないだろう。それよりも、今、行動したいのだ。
 戦争を終わらせる。激しい思いを抱いて、貞子は神戸の街を去った。日はすっかり落ち、深い闇が貞子を包んでいた。

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あとがき

 福岡生まれ、福岡育ちのもこです。私が福岡で生まれ育った理由は、引き揚げ船が博多港に着いたから、それだけです。本籍地があるとか、代々福岡に住んでいるとか、そういうことではありません。
 貞子とは、私の父方の祖母の名前です。祖母は私が生まれた時には亡くなっており、私の父も高齢になり記憶があやふやなことから、今回書いた文章にはフィクション性が強い部分も多々あるかもしれません。しかし、虚構を恐れ、何も書かなければ、誰に伝えることもできないと、私は思いました。
 私は自分自身について考える時、自分の背後には必ず戦争というものがぴったり引っ付いているのだと感じます。父方の祖母は大連生まれ、祖父は台湾生まれ、どちらも引き揚げ者です。そして母方の祖母は長崎生まれ、原爆の影響なのか、長崎の親戚はどうも短命です。
 あの時、懸命に生きた人たちのおかげで、私たちは今ここにいます。8月15日は、戦争が終わった日であると同時に、戦争についてじっくり考える日です。私たちの世代にとって、戦争はもう、馴染みのないものかもしれません。しかし、いま私たちが生きていること、このことに思いを巡らせる時、やはり戦争について考える必要があるのではないかと、私は思っています。
 2022年8月15日 もこ

積読

こんにちは、みどです!

凄まじく忙しかった期末テスト・レポート課題をやっつけて、夏休みに突入した方も多いのではないでしょうか?皆さんはこの夏、どんな風に過ごしますか?私は変わらずインドア派ですので、お家の中でクーラーをつけてゆっくり過ごします…。
そんな出不精の私が外出した際に思わず立ち寄ってしまう場所があります。そう、本屋さんです。
本屋さんに行くと心が落ち着くんですよね。休まる場所というか、一息つける場所というか。本に囲まれて、静かで、自分の世界に没頭できる場所、それが本屋だと個人的に思ってます。
先日、本屋に訪れた際に「文庫フェア2022」という文字が目に入りました。もうそんな時期か~!と思い、文庫フェアにて陳列されている本たちを見ると興味がひかれるものばかり…!新潮文庫のフェアでは購入するとステンドグラス風しおりが先着でもらえるため、新潮文庫の本を購入しました。吉本ばななの『キッチン』、夏目漱石の『こころ』、星新一の『妖精配給会社』の3冊を購入しました。ウキウキで、本を片手に家に帰りました…。
それから二週間後、この3冊、まだ手を付けてません。1ページも読んでません。そうです、私は積読大好き芸人です。買った時は「読むの楽しみだなー!!!」ってワクワクするのに、家についた途端、読む気力がなくなってしまうという。あれですよね、服屋さんでめちゃくちゃかわいいと思った服を買って家に持って帰ったらそこまで可愛いと思わなくなる現象と似てますよね!!?そうですか、私だけですか。この3冊の他にも、積読認定されている本たちが山ほど…。こういう癖って治した方がいいんでしょうけど、本屋行くとそんな考えもどこかに飛んで行ってしまいます。
ということで、今年の夏は読書の夏にして、積読放置されている本たちと向き合うことにします。自分だけのプチ読書感想文なんかも書こうかな~、そうしたら楽しいかな~なんて考えながら、今日も本屋に足を運んでいます。
皆さんも、暑さに気を付けて楽しい夏をお過ごしください!

以上、みどでした!

晴れごい

ぶらんぶらん ナスがゆれる
ごろんごろん ジャガイモとれる

あらまあ立派なズッキーニ!
ちがうよ これはキュウリだよ

あらまあキアゲハ幼虫だ
おかげでパセリは裸んぼ

にょきっにょきっ ミョウガがはえる
ずしっずしっ カボチャがそだつ

おひさまサンサン日差しをあびて
みんな大きく大きくなあれ


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だいふくです。
みなさんお元気ですか?
コロナが大流行していますね。

わたしは抗原検査を受け、陰性を確認して、田舎のおばあちゃんちに来ています。
実に3年ぶりです。
小さいころから長期休みになると毎回来ていたのに、3年もあいてしまったとは驚きです。
おばあちゃんちでは、畑でいろんな野菜を育てていて、田んぼもあります。
料理で使う野菜は畑でとれるものばかりで、ぱんぱんに大きくなった野菜を見つけては収穫するのが毎日楽しみです。

わたしは東京生まれ東京育ちですが、今、おばあちゃんちの近くにある自動車教習所に通っています。17日で免許をとるスピードプランです!
2週間とちょっとで免許がとれてしまうなんて、、、
明日はついに卒業検定です!!
ここまで順調に晴れが続き、検定前日の今日だけ雨が降りました。ワイパーを使う機会ができてよかったです。

わたしは(自称)晴れ女なので、このまま晴れでおわると思いきや…‼︎
予報によると、検定の時間帯は台風直撃!
かんべんしてくれ〜!!!!!

ということで、、、
「晴れごい」をしました。

手順はこうです。
まず、東の空に向かって正座し、呪文を唱えます。
「晴れの神様ー、明日9時から12時ー、晴らせたまえー、晴れろー晴れろー」

次に、今日は満月ということで、雲に隠れている次が出てくるまで、晴れごいダンスを踊ります。雲を払いのけるように、両手をふってステップをふみます。このとき、口では「晴れ晴れ晴れ晴れ」と繰り返し口ずさみ、全方位を向きながら踊ります。

最後に、月が出てきたら最後の一周をさらに力強く踊り、東の空の月に向かってお辞儀をしておしまいです。

なぜこんな幼稚なことをしているのかって??
本当にそうですよね。
女子大生がいい歳して晴れごいのダンスを踊るだなんて。
ですが、この晴れごい、実績があるんです…‼︎

高校生のころ、部活の遠征で他県に行くことがありました。外で演奏する部活だったので、雨が降ると困るんです。ですが、あいにく天気予報は雷月の雨。おふざけでも何でもいいから晴れてほしいと思い、友達と2人で部活の昼休み中に晴れごいをしたんです。そしたら、晴れごいの効果あってか、前日まで雷つきの雨だったのに、当日は陽が差し込む曇り晴れ。野外での演奏を終え、東京に戻るバスに乗ったころには雨が降ってきました。
明日も、晴れるまではいかなくとも、曇りになるといいなと思っています(笑)

降っても晴れても、卒業検定ではやれることをやるまでですが。
それでも晴れを祈ってねむります。
明日もいい天気になりますように。
それではみなさん、おやすみなさい。

愛を込めて。

こんにちは、あこです。

先日、家族旅行に行ってきました。

避暑地として有名な軽井沢を訪れたのですが、やはりそれなりに暑かったです。

ですが久しぶりに緑に囲まれて、ゆっくり過ごすことができました!

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思い返せば、家族で軽井沢を訪れるのは3回目。(学校行事を含めると5回目)

旧軽井沢銀座通りはもちろん、旧三笠ホテルや万平ホテル、軽井沢高原教会、軽井沢タリアセン、軽井沢絵本の森美術館、室生犀星記念館、ハルニレテラス、ミカド珈琲、軽井沢アイスパーク、白糸の滝、雲場池……

観光スポットは今までにかなり巡ったので、今回は軽井沢を拠点として少し遠出(?)しました。

印象的だったのは、信州上田の”稲倉の棚田”です。天候にも恵まれ、稲の深い緑と真っ青な空のコントラストは感動的な美しさでした。それに、空き缶で作った提灯や、前日のお祭りで使用したという松明、手書きのオーナー表(?)などが置かれていて、人の温もりや優しさを感じることもできました。

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そもそも棚田とは、山の斜面や谷間などの傾斜地に階段状に作られている水田を指し、日本にある約250万haの水田のうち、約22万ha(=約8%)が棚田だといわれています。

しかし、棚田は一枚一枚の面積が小さく、傾斜地で労力がかかるため、中山間地域の過疎・高齢化にともなって1970年代頃から減反政策の対象として耕作放棄され始め、今では40%以上の棚田が消えています。

そんな中、1995年には中山間地域の喫緊の課題解決(担い手不足や耕作放棄等)を目的として「第1回全国棚田(千枚田)サミット」が開催され、1999年には、棚田の保全や、保全のための整備活動を推進し、農業農村に対する理解を深めることを目的とした「日本の棚田百選」が農林水産省によって選定されました。

これらを契機として、「日本のピラミッド」や「農民労働の記念碑」ともいわれる棚田の”歴史的文化遺産”としての評価が高まり、日本の原風景として、全国的な保全活動が行われるようになりました。(※参考:特定非営利活動法人 棚田ネットワークHP https://tanada.or.jp/tanadadate/whatstanada/

そしてそれは稲倉の棚田も例外ではなく、年会費の支払いによって棚田での農業体験・収穫した棚田米の受け取りが可能な”棚田米オーナー制度”や体験学習の受け入れに加え、農閑期の田んぼでテントを張り、満天の星の下でキャンプをする”棚田CAMP”や、水を張った田んぼの中でのかけっこやロープ相撲、つまり「どろんこ遊び」で代掻きをする”泥んこASOBI “、五穀豊穣と獣害低減を願うお祭りである”ししおどし”、オープン軽トラやドローンを利用した”棚田ガイド”など、他にない観光アクティビティが展開されています。

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実際に棚田を見たり、稲倉の棚田の取り組みを調べたりして感じたのは、”後世につなぐ”ことの大切さと難しさです。

例えば、今回訪れた”稲倉の棚田”の起源は6世紀から7世紀頃ではないかと言われており、1500年という長い間、人々に受け継がれてきた場所でした。

そして棚田に限らず、昔(といってもだいぶ時代の幅はありますが。)から今に至るまで、誰かから誰かへ、誰かの手によって守られながら継承されてきたものは世界中に溢れています。もちろん、文学作品も然り。

これらは「伝統」とも表され、守るべき・継承すべきものとして捉えられがちですが、実際にその「伝統」を目にすると、「伝統」という言葉や「〜べき」という言葉には違和感を覚えます。そして、当事者と第三者の意識の違いを突きつけられ、自身がその「伝統」に対して、”第三者”として接していることに気づかされます。

“当事者”は、”当事者”意識を持って「伝統」と向き合っている人々は、それらを「守りたい」と思っています。誰かに「伝えたい」、後世に「つなぎたい」と。そしてその根底には、その「伝統」に対する”愛”があり、だからこそ「後世へつなぐんだ」という”使命感”を持っているのだと、思います。

しかし、”当事者”でない人は、”第三者”としてその「伝統」に接している人は、何よりも先に「伝統だから後世につなぐべきなんだ」と考えます。「つなぐべきだ」という”義務感”を抱きながら、「伝統」と向き合っているのです。

もちろん、私たちの周囲にはたくさんの”つながれてきたもの”があって、全てのものに対して”第三者”として接している訳ではないでしょう。

だけれど、たくさんの「伝統」の中で、私が、私たちが、”当事者”として向き合っているものは、どれくらいあるのでしょうか。

「伝統=継承すべきもの」

この公式の頭には、ほとんどの場合、「誰かが」がつくでしょう。

伝統=「誰かが」、継承すべきもの。

「継承したい」と思う”当事者”と、「継承すべき」と考える”第三者”の間には、大きな隔たりがあるのです。

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昔から伝えられてきたものには、たくさんの人の”愛”が込められています。「伝えたい」「つなぎたい」という想いを発信する側と、享受する側と、二つの”愛”が重なり続けて、現在に至るまでつながれてきました。

問題なのは、考えるべきことは、「いかにつなぐべきか」ではなく、「伝えたい」「つなぎたい」と思っている人と、「教わりたい」「自分がバトンを受け取りたい」と思っている人がいるのに、何らかの理由(代表的なものは経済的な事由)によって「つなげない」という状況にあるもの・人がいるということ。

今回の旅行を通じて、”つなげる”ことや”継承する”ことについて、考え直すことができました。

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何もかもを、そのままに後世へつなげるということには、何の意味もありません。今の段階で、私たちの世代で変えるべきこともたくさんあります。変えていくことも、変えないことも、どちらも同じくらい大事なことです。(それに、”つながれてきた”ものだって、不変ではありません。大事なこと・核は変えずに、しかし外側はしなやかに、柔軟に変えながら”つながれてきた”ものがほとんどなのです。)

“変えるべきもの”と”変えざるべきもの”は、本当は少ししかないのかもしれません。「〜べき」と思うのはきっと思い込みで、「〜たい」と思うのが、良い選択なのではないでしょうか。

「〜たい」の想いのもと、本当に「〜たい」のは何かを見極め、その周りをほんの少しだけ変えてあげれば、生きやすくなるのだと思います。

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「昔の方が良かった」なんて言葉があるけれど、私はそんなことは言いたくない。

自分が歳を重ねた時、「こんなに社会は・時代は良くなったんだよ」と小さい子たちに言いたい。

だけれど、その一方で、社会・時代・環境の「良くない部分」に”気がつける”自分でいたいとも思う。

「良くない部分」によって苦しんでいる・悲しんでいる存在に気が付き、「良くない部分」を変えられる自分でいたいと思う。

“つなぐ”ことは、優しくて、暖かくて、難しい。

それでは、また。

3時のおやつは🥞

こんばんは、めいです。

先日Twitterで、家で作るパンケーキが豆腐を加えるだけで「夢のようなふかふかパンケーキ」になる、というツイートを見かけました。
「夢のような」「ふかふか」の文言に、思わず、タイムラインをぼんやりスクロールしていた手が止まりました。
レシピは以下の通り。

①袋に絹豆腐100gを入れ揉む。滑らかになったら、卵1個を加え更に揉む。

②ボウルに出し牛乳30ccを混ぜる。ホットケーキミックス150gを加え、大きく10〜20回混ぜる。

③油をひいていないフライパンに生地を乗せ、蓋をし弱火で1分半〜2分→裏返して蓋をし1分半〜2分焼く。
(引用元ツイート)

ツイートを見て、簡単だし今度やってみようと思った翌日、何も言っていないのに母が豆腐とホットケーキミックスを買って来ました。
「豆腐を入れると美味しいんだって!」と。いや同じの見たんかい。そしてやりたくなっちゃったんかい。

ということで、早速作ってみました。感想は、ふかふか!!ふわふわ!!すごい!!です。
焼く前から生地がもったりしていて(フライパンに乗せても横に広がらない)、お店のような厚みのあるパンケーキが出来ました。⚠生地は焼くとかなり膨らみます。食べたい大きさよりひと回り小さく乗せないとジャンボホットケーキが爆誕するので、注意です。
豆腐を一丁入れていますが豆腐の味は全くせず、あの懐かしの味、安心の美味しさです。

今まで家で作るパンケーキが食べたくなることってそんなになかったのですが、今後は頻度が上がりそう。
みなさんもぜひ試してみてください!

21歳、料理の夏

こんにちは!やなです。
推しドルグループの東京ドーム公演が決まりました〜〜〜!!!!👏👏👏
最推しの念願だったので叶ってとっても嬉しいです!いつもご縁がなかったり、予定が合わなかったりしてライブに1回も行ったことがないのですが、今回こそは行こうと思います!女の子アイドルのライブに参戦するのは始めてで(しかもたぶん1人で)、勝手がわからず今から緊張しています。コール、大丈夫かなあ………
チケット、当たるといいなあ。まずはチケットの申し込みを忘れないようにしないと。話はそれからだね。

***

夏休みですね。みなさんはどうお過ごしでしょうか。
私は21歳にしてようやく料理を覚えています。
母が職場で右手を負傷し、人差し指と中指を固定されて包帯でぐるぐる巻きに。なんと全治4週間らしい。その間の料理を頼むと言われたものの、私は全く料理ができないタイプの女子大生。あらまあ、どうしようかしら。
今まで全て母に任せてきたツケがここに来て出ました。
急遽、母を先生として料理教室を開催することに。先生、今日は何を作るんですか?今日はね、棒棒鶏と海老とズッキーニの炒め物を作ります。先生、棒棒鶏とは……?
初日はなんとかご飯を炊き、四苦八苦しながらキュウリやらトマトやらを切り、海老を炒め、母をいらいらさせること1時間。この料理、本当は20分あれば全部完成するんだよ、と先生。超初心者なんだから多めに見てください。
母の右手が治る頃には私の料理の腕も少しは上達しているかしら。夏休み明けが楽しみですね。

***
推しドルの最新曲です。よろしければどうぞ。
櫻坂46『摩擦係数』 https://youtu.be/D8piCp9XMKA

本日はこの辺で。やなでした!

現代日本の太宰はイケメン化する。異世界転生もする。

こんばんは、まなです。今日は世界猫の日らしいですね。SNSで可愛いネコちゃんの画像動画を拝めて幸せな日でした。ですが、今回はネコではなく太宰の話をします。

先日、近現代文学担当の山口俊雄先生が開催された「転生する太宰治、アダプトされる太宰治」なるワークショップに参加してきました。太宰治がマンガやゲームでキャラクター化してやたらイケボになっていたり、異世界転生して勇者になったり。その様相はもはや混沌と化している現代。そこで、当ワークショップは学生同士であらゆるコンテンツの方面から太宰治の面白さについてざっくばらんに語り合おう!という企画。「太宰治を学べる大学を探していたら日本女子大に辿り着いた」太宰治ガチ勢から、「太宰のことはあまり詳しくないが文スト文アルのことなら任せておけ」といったスタンスの方まで、様々な学生が集まってとにかく語りまくりました。語りすぎて3時間を超えていました。休憩なしで!!普段の授業時間の1コマはゆうに超えてますよ。ある意味クレイジーな回でしたね。めちゃくちゃ楽しかったです!!
↓のように、自分が太宰とどう向き合ってきたかというアイディアマップをさらけ出したりもしました。
https://twitter.com/jwu_nichibun/status/1555433193696030721?s=20&t=WZXfAaNA0JZAa9zG-YbENQ

実はこのワークショップが開催された経緯といたしましては、私の布教活動が一端にあるらしいです。あるマンガアプリで太宰治が現代日本に転生するマンガを見つけ、「これは是非とも山口先生にお教えしなければ」と講義後スマホ片手に先生の元へ向かい、その後メールにてやり取りをアレコレ重ねた末、いつの間にかワークショップの企画が立ち上がってました。

日本文学科生、山口先生の授業を受講された学生の皆さんは身に覚えがあると思うのですが、全員1年から『晩年』を通じて太宰治の作品に触れる機会があるんですよね。太宰初見の学生たちには〈太宰治=山口先生〉という構図が刻み込まれ、ここで太宰にハマるか否かが一つの分岐点だと思っているのですが……どうなんでしょう。私はここで太宰にハマったクチで、その後自然と演習科目でも山口先生の授業を希望に出しました。私が受講した近代文学演習では『太宰治をおもしろく読む方法』という本を使いながら進行していくのですが、この本の中で作品考察を超えて、太宰治という〈作家イメージ〉について語っている章があるんです。個人的にこのテーマにすごく興味を持ちまして。ですが、初版が2006年ということもあり、この章でなされている議論から現在の太宰を取り巻く状況・世間は当時と比べて当然ながら変化しています。ここから「現代の太宰ってもっと凄いことになってるよな」と思い始めた後、自分で色々調べ始めて先述の話に戻る訳です。

私は大学から太宰沼に片足を突っ込みつつ、昔ながらのオタクでもあるという何とも中途半端な身でワークショップに参加しました。先ほども申し上げた通り、太宰ガチ勢からマンガアニメを嗜む方など色んな参加者の方がいらっしゃったので、一つのテーマで様々な意見が出るわ出るわで「すげーや」と感心しまくりでした。詳しいやり取りは先生が文字起こしなされるらしいので、あまりネタバレとかしない方がいいんでしょうか……。今回は「すごく楽しかった~」といった報告に留めまして、また機会があればもう少し突っ込んだ話をしようと思います。

それでは、また。

GIFT🎁

こんばんは!
リビングのエアコンがとうとう寿命を迎えたあやがお送りします😓
少し効きが悪いように感じていたので、今年の夏まで何とか頑張ってくれたらと思っていたのですが、時折水が垂れてくるという事態にはさすがに耐え切れません😭急いで母親が家電量販店へ!タイミングが良かったのか、翌日に設置可能とのことで、家族全員干からびることなく済んだのは幸いです。また、テレビ台に脚立を乗せ、さらに背伸びでパーツをごちゃごちゃ取り外すという危険と隣り合わせなエアコン掃除を毎年行っていた私ですが、以前と比べ物にならないぐらい掃除が簡単になったのはありがたい限り。ひとまず安全に夏を過ごせそうです♪

さて、8月・9月は周りが誕生日ラッシュ!冬生まれの私にとっては、8月・9月の夏生まれの方々がうらやましくもあるのですが、暑すぎるし、何より夏休みだからみんなに忘れられるというご意見も聞いて、それもそうかと…一長一短ですね。特に仲良くしている友人数人と母親には毎年プレゼントを渡しているので、ただいま何にしようか考え中。プレゼントを何にするか悩む時間、私は結構好きです。相手が使っている様子を思い浮かべながら選んで…というのは、当然なことですが、なかなか難しい。ただ、最近では相手の好みや欲しそうなものがわかってきたりするようになり、それほど長く付き合ってきたんだなあと思うことがしばしばあって、私は渡す側、相手を喜ばせる側なのに、勝手に嬉しさを感じてしまいます。日頃の感謝や気持ちが伝わるように、じっくり考えて素敵なものを贈りたいですし、相手のことを一番考えているときだからこそ、プレゼント選びの時間は決して大変なだけではないです。反対に、いただくプレゼントも私の好みよく分かっているなあと毎年毎年感じさせられる品々ばかり。妥協は許されませんね🔥 以前は、誕生日の直前にいくつかの店舗を見て決めていたことが多かったのですが、今はそんなことも少なく。例えば、ふらっと買い物に訪れたお店で見つけて、まだ先だけど今度のプレゼントに良いかもと候補に入れたり、別件でネットサーフィンしていたときに発見し、今度実物見て考えようとしたり、なんだかんだ誕生日のもっと前から候補リストが出来上がっているような気がします。自分がいろいろ吟味して買い物するのが好きだからかもしれませんが(^◇^;)  今年も喜んでいただけますように💭!
ちなみにですが、お互いプレゼントに力をかけていても、バースデーカードはひどいものです。あえてネタ要素満載のカードを選んだり、幼少期にお世話になった懐かしのキャラクターを意味もなく描いたり。あまり人には言えない話題や思い出、なぜここで書く?ということを基本的に書き連ねている気が… 今年の私の誕生日で友人は、可愛い犬のシールを選んでくれたのにも関わらず、細かい絵や吹き出しを足して、犬同士が激しく喧嘩しているところをカードに繰り広げてくれました(^^)/~~~ 一体なぜ???いつからかカードでいかに笑わせることができるか試されているみたいなので、この勝負負けるわけには💪🏻

またお会いしましょう!!

たったひとかきで…

ご無沙汰しております、みちるです。

夏休みに入ってから何をする気もおきないんです。

「それは夏休み前から同じでは?」

全然違います!
夏休み前のみちるは活力にあふれ、やる気十分、野心もみなぎり、飛ぶ鳥を落とす勢いで、新進気鋭の……
とにかく夏が悪いんだもんね。ここ数日何にもしてないけど私悪くないし。

こういうメンタリティに一瞬辿り着いても、すぐに「まあ、全部冗談ですけどね…実際みちるが全部悪いので…」になってしまう。助けてください。

そろそろ本格的に書き物へ取り掛からなければいけない時期なのだから、取り掛からなければいけないのだ。最近よく思う、何かをするときにはその行為の原因を出来るだけ遡らないようにする方が集中できる。行為の直近の原因についてはとうに知っていることが殆どだし、わざわざそれらを遡って義務感(笑)や必要以上の重圧(笑)に駆られるくらいなら、初めからそういったことは意識の外へ追い出してやる、ないし隅に置いておいてやるのが自分にとって賢いやり方なのでは?と思うようになった。
それに、書くことの原因について言うのであればそれは「書く身体」というあり方であり、そこから向うへは遡及できないことを私は知っている。
そろそろ集中しよう。

 

(間奏)

 

学部二年の後期から、成績が振るわなくなった。
原因は簡単、授業に出ていないから。
履修しますよと手続きした以上、授業へ出ないのは失礼なのではないかと思うが、そう思うがゆえに、第一回目の講義を休んでしまうとそれ以降はもう出られなくなる。なんか私の知らない間にペアワークとかしてるし、知らない資料が沢山配られているし、なんとなく講義室内で学生の座る座席が決まっていたりする。
高、中、小学生、いつの時期もそうだった。私の欠席日を狙い撃ちするように、その日に授業のグループが出来ていたり、演劇会の役割分担がされていたり、委員がきまっていたりする。そして後になって

「あなたはどのグループに入る?」
「あなたはあなたは誰と組む?」
「どの役をやる?」
「どれに投票する?」

選ぶよう促される。いくつもの眼がこちらを見ている。

「もう皆二人組になっているから、あなたは〇〇グループに入れてもらいなさい」
「なら、この役だけは3人でやってもらいましょう」

今だけだ。今だけ耐えれば、皆忘れていく。そう言い聞かせても無理なものは無理なので、教室の扉の前に数秒立ちはだかったのち、諦める。
小、中学のときには「義務教育の”義務”にはこういう苦しみも含まれているんだ…」と思いながら諦めることを諦めたり、そもそも今ほどそういったことを気にしていなかった気がする。高校に入ると上のような事態が起きたときには保健室へ行くと決めていたし、今は喫茶店や本屋やたばこ屋へ逃げ込んでいる。

教職課程の授業を受ける際、自分のような生徒を目にしたら私はどうするだろうと考える。
私がとろうとしているのは保健室の先生の資格ではなく、国語教員の資格なのだ。文学に、誰かを救う仕事が可能になるのはどんな時だろう。人を騙したり、屈辱的な扱いを受けたり施したりすることは避けたいと思うけれど、果たしてどうなのだろう。
コミュニケーション、と一口にいってもそれらはおぞましいほどの拡がりをもっていて、似たような経験を誰もがしているかと思えばそうでもなかったりする。

逃げる方法を考える前に、困る事態に陥らないための策を講じる方が賢いはずだけど、今から怠惰を治療するのにどれほどの何を賭ければよいのだろうか。私がこの黒く大きな怠惰の飼い主であるかぎり、仮に教員の資格を手にしたとして、それは何の役にも立たなくなるのではないか。

「生きるのに意味なんてないんですから、やりやすいようにやればよいし、そのための足場を常に用意するのがスマートですよ」

頭の中で師はこう言う。実際こう言われたこともあるかも知れなかった。

私が教員を志したのは師のような人間になりたかったからだけれど、誰かのようになるとか何かになるとか、そういった文句がいかに陳腐で不可能で、何の値打ちもなければ素敵な香りも発していないことは私もわかっているのです。勿論、そうした無意味さを認識する必要がない人々は沢山いて、そういう皆さんの夢を笑ったり貶したりするわけではないけれど。しかしもう、”なる”を信じることに自分は真剣にならないだろうとわかった。

今は、勉強がしたいかもしれないから、そのために素敵な成績が必要。
勉強が好きかと言われれば、好きとは断言できないかも知れない。しかし勉強以外の何を自分は好きなのだろうと考えたとき、生きることやそれを助けることはあまり好きでないといえる。しかし勉強も自分にとって相対的に好きであると断じられれば、それだけで私の実存の可能性を増大させ得るものとなってしまう――そのような矛盾を解消したいと思うほど、この問題に熱心じゃないから、この先はありません。
とにかく勉強するためには、授業に出て勉強する必要がある。そもそもこの仕組みが面白すぎるのですが、今期・来期が勝負だと思うと緊張しますね。
こうしていると、「やらなければならないこと」を忘れそうになってしまう。そちらの方も、休暇中に仕上げることにする。

私自身が良くないものなので、内省的になってしまうのは勿論よくない。
人との関わりが希薄な分、こちら側にまなざしを向けてしまう。そう思って接客の必要なアルバイトをしているけれど、今度は関わりの出来た人間に嫌われてしまったかも知れない、いいや絶対に嫌われているという確信に苛まれ、天井から虫が降ってくる虚妄に駆られるので眠れなくなった。翌日の活動に響くので睡眠導入剤を飲むこともできない。私大の実家暮らしでただでさえ負担をかけているというのに、病院へ通う申し出もできない。「みんな多かれ少なかれ、苦しいと思って生きているんだから」と言われてから、両親には笑顔で人生の楽しさをアピールしている。遅刻は出来ないのに、定刻に何かを始めることはもっとできない。人を頼ることを覚えられない、頼ったことでできた恩を返すのは面倒だから。
あとは書くことだけだ。たったひと書きすること、これも出来なくなったら、どこか崇高さを感得できる場所へ行こうと思います。

あなたは知らなかったかもしれませんが、私にとって夏休みはこういう事柄がずっと続く期間なのです。自分の絵を描く合間合間に生活をするのです。
その絵が小説になったり、正三角形になったり、立体的な山々となって次の嵐を用意したりするのです。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

読書の夏

夏ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

最後のレポートを提出してから早3日、レポートや諸々のプレッシャーから解放されたせいか夜、何かに追われるような夢を見ることがなくなりました。鏡を見ても顔の血色が良くて最高です。ビバ、夏休みです。

今年から徐々に夏祭りが開催されるようになりましたね。私はまだお祭りに参加していないのですが、先日テレビでYouTubeをつけたら丁度長岡花火の配信が始まったところだったので筋トレしながら一人で見ていました。

花火ってどうしてあんなに綺麗なんでしょうね。余韻を残して消えていくのも美しいです。

そういえば花火の記述がある文学は読んだ事がないなぁなんて思い出したので、夏休み中には前期で読めなかった時代の本を読みたいと思います。それからやっぱり気になるのは中国文学ですね!お伽噺と現実の中間のような掴みどころがないふわふわっとしたお話が大好きなので、授業で読んだ剪灯新話などは特にドストライクでした。怪異小説といっても私はホラーが苦手なのでギリギリのラインではあるのですが、剪灯新話は奥に優しさが見えるので怖いとは感じません。

剪灯新話が刺さるタイプの方なら浅田次郎さんの『神坐す山の物語』も好きだと思うのでここでおすすめしておきます。浅田次郎さんがご経験された実話にフィクションを加えたものだそうで、何度も何度も読んでいるお気に入りの本なんです。写真や絵は一枚もないのに、不思議と御岳山の澄んだ空気を感じられるようで、読み終わった後少しひんやりしますので夏にぴったりかと。通販でも購入できるので、気になった方は是非。

折角の夏休みですし、私も素敵なお話に沢山出会えたらいいなと思います。

では、また。