その金色に魅せられて

ススキがきれいだなぁ
そう思うようになったのはつい最近のことで


秋になって河口湖に行った
わたしも運転免許を持ってるけど
友達が車をころがしてくれた
堂々とかまえる富士山
見渡すかぎりにひろがる湖
そして
そこに色をそえるススキ
あのときはまだ白かったかな
それでもその輝きに
わたしは初めてススキがきれいだと思った


秋がひろがって長野に行った
親戚の結婚式で
うきうきだった
一生懸命練習したかざり帯で
あなたの式に花をそえられますように
はしゃぎすぎたね
すてきな式をありがとう
時間がながれ
うとうとしてた帰り道
窓からのぞいたススキ
夕陽に照らされ
黄色がかったその輝きで
わたしの目は覚めてしまった


秋がふかまり京都へ行った
京都といえば
紅葉だけど
トロッコに乗っているときも
川下りをしているときも
わたしは
金色の輝きに夢中だった
もちろん紅葉も見たよ
目に映る紅は
きれいだったけど
月に照らされて輝くススキには
きっとかなわないな
すくなくとも
今はそう思う

こんな短期間でわたしをとりこにするなんて
なかなかやるじゃん
ススキ
きれいだなぁ
ススキ
来年は
君をみながらお団子でも食べるよ
満月とうさぎもよぼうかな
それじゃあよろしく

あの頃の、あの曲

こんにちは、みどです!
最近、1980年代・1990年代の曲を聴くことがマイブームで、色んな曲を聴いています。
小さい時に母親の車の中で聴いていた邦楽を思い出して、自分の耳の記憶を頼りに、探したりなんかしています。
以前から昔の曲を聴くのは好きで、特に尾崎豊やドリカム、松田聖子などはお気に入りの曲があるくらい好きです。尾崎は今生きていたらどんな曲を生み出していたんだろうと、曲を聴くたびに思います。
尾崎豊だと、『oh my little girl』 ドリカムでは『LOVE LOVE LOVE』 松田聖子だと『赤いスイートピー』『SWEET MEMORIES』がお気に入りの曲です。
ただ、母の車の中で流れていた曲は、松任谷由実の曲だったりサザンオールスターズやchara、福山雅治でした。もちろん、ドリカムも流れていたみたいです。
懐かしくなって、母が車の中で流していた好きな曲を聴いてみたのですが、どれも私の好きな感じの曲!初めて聴くような曲なのに、ずっと前から知っていたような感覚になりました。有名な曲だから、きっとどこかで耳にしたんだろうな…と思いましたが、もしかしたら親子で曲の好みとか似るのかな?もしくは、母のお腹の中にいる時に母と一緒に聴いていたのかな…。
私は今年で22歳を迎えました。私が産まれるよりも10年も20年も前に生まれた曲。それが、色々な世代の人達に愛され続けていることは凄いことだなぁとしみじみ思いました。
個人的には、現代のようなボカロのような激しい曲よりも、90年代や80年代のレトロ感?溢れる曲の方が好きだなぁと感じます。
余談ですが、自分のお葬式にはcharaさんの『やさしい気持ち』を流してほしいと強く思います。テレビ番組で、あのちゃんが話していて首が取れるんじゃないかってくらいうなずいて共感しました。
ちなみに、父の車の中で流れていた曲で唯一覚えているのが、小田和正の『言葉にできない』と稲垣潤一の『クリスマスキャロルの頃には』です。ラーラーラー、ララーラー、言葉にできなーい~♪

皆さんのオススメの90年代、80年代の曲を私にも教えてください!
以上、みどでした♪

はんなり京都旅

こんばんは、めいです。

京都に!行ってきました!
経緯は何度かブログに書いたのですが、三度目の正直で無事敢行することができました。良かった……そして楽しかった……
ということで、今回の旅行で個人的に特に気に入った場所&お店を勝手に紹介します。

◯渡月橋(嵐山)

川の水が流れる音、山の緑と空の青と、全てが綺麗で、大自然を全方位から感じます。京都駅に到着してからまずここに向かったのですが、ここの景色を見て一気に「京都キタ!!」と思いました(アホっぽい)。

◯竹林の小径(嵐山)

他にもそれなりに人がいましたが、車通りが無いからかどこかひっそりとした静けさがあり、竹のサワサワとした音が聞こえて心地良かったです。人力車に乗って行くと人のいない専用ルートを通ることができるので、景色を独り占めしたい人は人力車がおすすめ。

◯パンとエスプレッソと嵐山庭園(嵐山)

お目当ては京都限定の抹茶フレンチトースト(写真撮り忘れた)。既に抹茶が染み込んで真緑なのに別添えの抹茶ソースを掛けて食べるんだから美味しいに決まってる。そして写真は豚バラコンフィときんぴらごほうのフォカッチャ、当然のように美味しかったです。2席だけ縁側の座敷席があるのですが、運良くそこに案内してもらいました。京都感マシマシで良かったです。

◯巽橋(祇園)

ザ・京都!な雰囲気。巽橋と言いつつ写真はそこから続く名前も無い道です。枝垂れ柳が風情の6割を担ってる気がする。午前の早い時間だったからか他に人がおらず、ゆったりとした時間が過ごせました。ここに限らず京都は景観の良いところが多く、散策するだけでとっても癒されました…

◯京都祇園茶寮(祇園)

1日20食限定の京抹茶&プレーンの蔵出し食パン。焼き立てのパンがふわっふわのもっちもちで幸せでしかない。京抹茶食パンはちぎると抹茶の香りがして、味もしっかり抹茶を感じます。ペーストは左からバター、たまごサラダ、桜餡。たまごサラダには柴漬け、桜餡には柚子が入っていて、これがめちゃくちゃ美味しかったです。次に京都に行く時は絶対にまた行きたい。

以上、京都旅行のおすすめスポット5選でした。
実はブログに写真を載せるのはここにきて初めてでしたが、後にも先にも今回だけになる気がしています。

京都旅行の予定がある方、いつか行こうと思っている方、どちらでもない方も(?)、少しでも参考になったら嬉しいです。どれも本当におすすめなので、京都旅行の際はぜひぜひ行ってみてください!

長生き📚

こんにちは!ましろです。
今日は暑かったですね。もう11月になってしまってビックリしています。

2日前は、ハロウィンでしたね。
日本女子大学では焼き立てパンが大人気です。28日、31日限定のパンが2つあってゲットするのに苦労しました。チョコタルトは、チョコ味のタルト生地の中にとろけるチョコレートが入っていて、上に蜘蛛の巣や骸骨の絵が書かれています。ミイラパイは、ザクザクのチョコパイの中にチョコがはいっていて、ザラメが上にびっしりかかっています。パイの隙間にチョコで目がついていて、グルグル巻きにされたミイラのようです。とってもおいしかったので来年もゲットしたいです。



今日は授業で江戸時代の古本の修復作業をしました。紙を綴じている糸をかけ直す作業です。手順は、①本をクリップで挟む ②錐、もしくは専用の器械で3〜4mmほどの穴を4箇所空ける ③糸を針に通して穴に通していく ④最後に片結びをして糸を切り、穴に結び目を押し込む 以上で完成です。穴や糸は年月が経つとどんどん小さくなっていくそうで、100年保つそうです。そして、また100年後には新しい糸で綴じます。本は長生きですね。昔の資料に触れ、それを次の世代に繋げていくと思うとワクワクしませんか。

本の歴史を感じた後、資料が保存されている場所、国立国会図書館に行きました。今は平日は予約なしで入館することができます。初めての利用だったので、まずは利用者登録をし、その後ロッカーに荷物を預けました。持ち込む物に制限があったり、本が並んでいなかったり、貸出が禁止だったりと普段使っている図書館とは全く違って面白かったです。本を読みたいときにはパソコンから探して申し込みをします。30分程度かかるとあったのですが、空いていたのか5分ちょっとで到着しました。ちなみに到着しているかはパソコンの画面から確認できます。
一気には申し込まなかったのですが、カウンターに受け取りに行くと、人ごとに管理されていました。図書館員の方が本を持ってきたり、仕分けをしたり、受取の対応をしたりと常に動いてテキパキと作業されていました。

本を持ち帰ることはできませんが、コピーをして内容を持ち帰ることはできます。
コピーをするには複写申し込みをして、コピーしてもらうページ数を書き、栞を挟みます。複写申し込みの時間が18時までと短いので間に合うか心配でしたが、無事、目的のページを印刷してもらうことができました。

日本女子大学からは、護国寺駅から永田町の5駅電車、徒歩5分で着きます。資料が豊富で、インターネットから閲覧できるものもあります。とっても便利なので、ぜひ早めに利用者登録をすることをおすすめします。

以上ましろでした。

突然の別れでも

その日は休日ということもあり、お店は賑わいを見せていました。
売り場には、数日前に入荷したクリスマスグッズ。すっからかんになった棚に商品を補充したり、在庫を確認してお客様にお伝えしたり。ありがたいことに、レジ前ではお客様の流れがほとんど途絶えませんでした。そのうえ、商品を紹介するブログの作成、新商品の検品と陳列まで任されていたので、ゆっくり水分補給する暇もありません。
忙しない日は、恐ろしいぐらい時間が過ぎるのがあっという間でして。気づけば、お店の閉店時間に退勤時間。いつもなら疲れきってさっさと帰路につくのですが、そういうわけにはいきません。
私が初出勤の日からお世話になったスタッフのおねえさんとシフトが被るのが最後の日だったから。それなのに、仕事の引き継ぎの話しかできなかったから。
締め作業のために私よりも30分長く残るおねえさんに、「実は今日で一緒に働けるのが最後だったんです。」と。おねえさんも忙しさのあまり、すっかり忘れていたよう。その日ほとんど話せなかったことがお互い心残りだったので、おねえさんの退勤時間まで待ちました。退勤後は、JKの放課後か!って言うぐらい、盛れるカメラアプリを駆使して何枚も写真を撮ったことも最高の思い出。しっかり感謝の言葉を伝えることができました。
今年度、私が働く店舗ではイレギュラーで異動が発令されることが多々あり、2週間後に別店舗での勤務を命じられた方もいらっしゃいました。おねえさんもその1人です。以前もアルバイト先での別れをこのブログに綴りましたが、それ以降も臨時で何度か。別店舗の開店や閉店に伴い、人員調整が行われているようです。珍しいことではないかもしれませんが… ただ、あまりにも入れ替わり立ち替わりが激しいため、気づけば店舗の在籍日数が2番目に長い人間になっていました。
アルバイトの身である私は、ただ感謝とお別れを告げるだけ。(かくいう私も、勤務は残り4ヶ月。)
仕事上の付き合いとはいえ、たくさん可愛がっていただいたので、突然の別れはなかなか受け入れ難いのです。また、年齢が少し離れた方とお仕事する経験が少なかった私は、当初びくびくしていたのですが、温かく受け入れてくださることが何よりも支えでした。
建物を出て、おねえさんは「ちょっとだけ時間ない?スタバ行こうよー!」と言いました。完全JKコースですよね。ひょこひょこついていき、メニューを見ていると、はいと袋を2つ渡されました。いやいや、私がギフトもらうのはおかしいだろ!? 「私が渡さなくてはならないのに、それは…」と躊躇していると、「明日の大阪で使って!!」と。翌日大阪でLIVEがあることを前に伝えていたのですが、新幹線で飲み食いできるようにスターバックスカードとフード2つも用意してくださったのです。最後の最後に優しすぎる気遣いが心に染みました。その後も駅の改札付近で語り合っていたのですが、バイバイがなかなかできない!!最後は私が友人にも内緒にしていたある秘密を暴露して、解散となりました。
帰り道、おねえさんとのこれまでの出来事やさっきまでの会話を思い出しました。素敵な方に恵まれたことを改めて感じるばかり。ぜひみなさんも出会いを大切に。
一緒に働くことは難しいかもしれませんが、落ち着いたらまた必ず会いたいなと思っています。大阪で血眼になって探したプレゼント、おねえさんのロッカーにこっそり入れました。喜んでくれるといいな✨

人類なんて関係ない、のか

ご無沙汰しております、みちるです。

時計の針に追われているんです。

「いびつなイメージの話をしているのかい」

いびつではありませんよ、きわめてよく調整された掛け時計のイメージ。そうでなければ何だと言うの。
刻一刻、という言葉を発明したひとはすごい。それを受け取る各人の時間感覚や意識する時間のスケールによってまったく異なる「刻」が現在の地点から最低でも二度、等間隔に訪れる。基本的に「刻一刻」を見つめる必要性のもとにある人間は切迫した状況に立たされていることが多いが――そんなことはどうだってよいのです。今申し上げたいのは、私の目の前に「刻」は秒針のふらふらとした弱なる動きとして出現しているということ。小さな規模の時間を意識するのにはだいぶ神経をつかうというか、死のマラソン(とは、何ですか)を走らされている感じがあっていやだ。
いやだ、とか言っていられるほど、余裕の生活をしていないのですが。

 

(間奏)

 

言葉で、我々の領域で闘う機会がある。それも目の前に。

口喧嘩?そんなレベルではございませんこと。
もっと薄明の原野に拡がる闘争の領域における精神活動、ないし文学営為それ自体に向き合う場ですわ。

私は、自分の或る作品が哀しいものだということを、そのように受容されることを初めて知った。今更ながら文章作法の徹底に悩まされ、多様なメディアでの表現にそれぞれコミットする胆力が肝要であることを思い知った。自分もこういうものが書きたいと思う大変ろくでもない文章に出会い、これを物真似しているようではどうしようもないといってがっくりと肩を落とした。今回の、まだ準備運動の段階にある闘いにおいて、学問と祭りの間の子ように”文章”自体を扱うことを知った。勿論、神輿のない祭りである。

 

何かを書くために、いいや違う。する、動く、生きて身体を働かせるには、異なる地平へ出ていかなければならないことがある。何もない、誰もいないところへ。そしてそこから戻ってくるのに必要なのは他でもない自分の努力であって、誰かに託すような仕事ではないのです。

「砂」

布は波を打ち破り、寄せては返し、返しては寄せる。一定のリズムを作り出せばきっとまだ出来ることがある。
友人から見ると私はもう今にも力尽きて消えてしまいそうに見えるらしいけれど、私は生きます。申し訳ないけれど、やっぱり書くことにします。これが現代の「村の家」になるかもしれない。

ふとしたとき、一人で家にいるのに女の叫び声が聞こえることがあります。どうやら耳鳴りの一つとあって、もうそろそろ大変。困ってないから許されているだけだって、まさか思っていいはずはないのですが。
ひとまずあと二回授業の発表をこなし、先に述べた闘争の中に身を投じていきます。それによって人類がどんなに楽しくなってしまうかなんて、私には関係のないことですが。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

自律神経を笑うものは自律神経に泣く

こんばんは、さゆりです。

自律神経が乱れている気がする。

最近というよりいつもなのですが、ここ数週間は取り分け自律神経が荒ぶっているのです。

季節の変わり目はよく、「自律神経が……」とか言われているのを聞きますよね。

たかが自律神経、されど自律神経。

疎かにしているといつのまにか調子が悪くなってしまいます。

これをすれば劇的に変わる!という魔法みたいなものではなくて、小さな積み重ねがいつの間にか「あれ?心身の調子が良い!」という驚きに変わっているものなので、地味でありながらも結構大事なんだなぁとしみじみと感じます。

というのも、お恥ずかしい事に私が不健康極まりない生活を続けているからなのですが……

だって課題が終わらないんだもの!という言い訳はさておき、自律神経というのは軽く崩した程度なら立ち直りは早く、相当乱れていると戻すのも大変なのだということをここ数日で学びました。

脳ってマルチタスクが続くと疲れて思考が整理できなくなるらしいですね。体の疲労が取れても脳疲労が取れないと疲れが取れないんだとか。

以前瞑想とストレッチ云々……というお話をしたかと思うのですが、最近は〆切に追われて寝る前の1時間を取ってあげるのすら難易度が高く……江戸時代の作家が締め切りに追われている話は聞いた事がないのですが、近代だったらよくありますよね。文豪達の自律神経もさぞ荒ぶっていたのでは……?と思ってしまいました。

先日ふっと文豪も温泉を楽しんだこともあったのではと思ってネットサーフィンしてみたところ、芥川の『温泉だより』という作品を知りました。青空文庫でも読めますし、Kindleでも読む事ができます。

個人的には縦読み形式の方が慣れているので現在進行形でKindleで読んでいるところです。

想像通りやはり少し難解というか、正直なところ、これは面白い!と言う事は出来ません。(面白いと思うものでもないかもしれませんが)ですが、温泉という身近なものがテーマに設定されているといくらか読みやすく、頭に入りやすい気がしました。ちなみにほっこりするような話ではないです。

普段平安か江戸の文学ばかり読んでいるせいか、近代ものを読むとギャップがすごくてびっくりしてしまいます。とりあえず目の前の課題が終わったら、中世の文学も読みたい!久しぶりに現代ものも読みたい。なかなか結果が出ないと焦ったり落ち込んでしまうこともありますが、根気強く頑張ろうと思います。

寒暖差がなかなかに辛い季節なので、みなさんも自律神経を整えていきましょうね。

今回はできなかったので、次は部活についてのお話を。ではまた!

切迫のパラレル・アンサンブル。

皆さん、こんにちは。ずきです。

10月29日の今日は、「ドリアの日」だそうです。ホテルニューグランドで初めて提供されたのが始まりだったとか。https://www.hotel-newgrand.co.jp/doria1029/
いよいよ冬が近づいてきましたね…。温かい料理が恋しい季節です。

私は今日、近くのコンビニで買ったドリアを昼ご飯に食べました。これは「ドリアの日」だと知る前だったので、本当に偶然。

……いや?もしかすると、これは偶然と見せかけた”必然”だったのかもしれません――。
人生というのは、幾つもの”偶然”が重なり合って成り立っている…。そう思うと、不思議なものだと感じます。例え、それがとてつもなくどうでも良いような選択であったとしても……。

・・・

1.「今日の昼は、ドリアで決定。間違いない。」
2.「いいや、ここは控えめに肉まん1つだ。夜ご飯に響いてしまう。」
3.「夜ご飯のことなんて気にする必要はない。豪快にラーメンでも食べれば良いじゃないか。」
私『どうしよう……………』
1.「ちょっと待った。入店から既に15分も経っているのに、買い物かごに商品が何も入ってないとはどういうことか…!?早く決めるんだ!!!」
2.「何だって…!ならば、もう肉まん一択だ!会計が早く済む!」
3.「肉まんだけじゃあ、空腹は満たされない!とにかく、がっつり食べられるラーメンを選ぶんだ!」
私『う~~~ん……』
1.「ドリアだ。」
2.「肉まんだ。」
3.「ラーメンだ。」
私『ええ~~~~~~……………』
1.「ドリアだ!」
2.「肉まんだ!」
3.「ラーメンだ!」
私『…よし、決めた。』『温め、お願いします。』
店員さん「は~い、ドリアですね~。お会計320円で~す。……お支払いはバーコード決済で、こちらレシートですね~。ありがとうございました~。」

・・・

1.「ほら、言った通りだ。しかも今日は「ドリアの日」だってよ。食べない理由がないでしょうよぉ。」
2.「最後までレジ先に置いてある肉まんの誘惑に負けそうになっていたからな。じゃあ、次は肉まんで、よろしく~。」
3.「今回だけは「ドリアの日」に免じて許す…。ただ、今回だけだから!次こそラーメン選ばせるからぁぁぁ!」

・・・

最近よく、この3人が言い合いをしているんです。ただでさえ優柔不断である私が、さらに優柔不断になるだけなのに……。
今回は、ただ昼ご飯を選ぶだけの阿呆らしい人達にしか見えない会話でしたが、普段は良いアドバイスをくれる、とても頼もしい存在なんです。私にとって欠かせない3人。今後も何かを決める際には、必ずこの”3人”に頼ることになることでしょう。だからどうか…お手柔らかにお願いしますよ、お三方……?

・・・

ドリアを選んだからなのかは良く分かりませんが、この日は特にコレといった出来事はなく、平凡で平和な1日を過ごしました。
では、この時の選択が肉まんだったら?はたまた、ラーメンだったら?それとも、今回の選択肢にはなかった、おでんだったら…?
少し違った未来があったのかも…なんて考えてみると、少し面白いような気がします。そういえば、さっきの”3人”は誰だったのかって?どうやら、別世界で逞しく生きている3人の「私」のようなのですが………果たして、どうなんでしょう?(笑)

・・・

10月29日土曜日の昼食に、私はドリアを選びました。「ドリアを選んで食べる」という世界線で生きることを決めた、ということです。そしてこの後、私は夜ご飯に何を食べるのか、翌日は何時に起きるのか、買い物に出かけるか否か……。「ずき」という人間は様々な選択をしながら、着実に未来へと進んでいくのです。それは、私だけでなく、この地球上にいる誰でも同じことが言えるわけなのですが………。

……嗚呼、なんだか変に難しい話になってきてしまいましたね。
まあ、こういった「何気ない日常」を大切にしながら生きていきたいという思いから生まれた、へんてこりんな話だと思ってくだされば幸いです。

大学3年生。大学生活も残り約1年5か月になりました……。

・・・

皆さん、どうかお体にお気を付けてお過ごしください。
それでは、また。

履修

 最近、目覚まし時計に尽く敗北しています。いや、逆に目覚まし時計が私の目を覚ませていない、つまり職を果たせていないという点においては私の方が勝っているのかもしれません。皆さんは朝、強いですか?私はすごく弱いです。寒くなったからなのか、ここ2週間くらい寝坊し続けています。朝シャッキリ起きられる人ってどうなってるんだろう?仕組みが違うとしか思えない。

 オタクの界隈で何か作品を享受することを履修と言うことがあります。色んなジャンルのオタクたちから勧められてそのうち履修したいなと思ってる小説やら漫画やらアニメやらソシャゲやらが何年も前からとんでもなく溜まっていて、本当に追いきれなくなっています。履修したい気持ちはとってもあるんですが、なんにしても時間が無い。自ジャンルだって相当厳選してるのに追いきれてない。
 こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれませんが、大学の教授が講義する時って私たちで言うところの推しジャンルを布教してる時みたいな感覚なのかなとか思います。オタクは「お願い履修してくれ」って思いながら布教してると思うのですが、講義なら絶対に履修してくれるの(そりゃ履修登録してるんだから当たり前に”履修”する訳ですけれども)良くないですか?なんなら浅くとかじゃなくてガッツリ履修して内容理解して、それぞれ自分とは全く違う視点から解釈したレポートとか出てくるの、布教してる側からしたら超楽しそう。
実際はそんな簡単な話じゃないかもしれませんが、でも思い返してみると高校までの先生もおそらく研究してたであろう専門の内容の時とか好きなんだろうなっていう内容の時の授業は楽しそうでした。大学なら、推しジャンルに興味がある人が履修しにくるって考えたら私なら嬉しくなってはりきっちゃうかも。

    なんだかんだ、私はどんなジャンルでも知らないを知るのがすごく楽しいので色んなものを履修して色んな知識を得たいなと思ってます。この秋を履修の秋にしたい……!頑張ります。では。

八十八鍵に広がる

こんにちは、とみーです。最近、日が沈むのが早くなってきましたね。
私は郊外住みで自転車のヘビーユーザーなのですが、少し前まで夕日を眺めながら漕いでいた時間がすっかり星空観賞の時間になりました。車も通らない真っ直ぐ伸びた畑道・田んぼ道で空を見上げて漕ぐのが、高校時代からのお気に入りです(危ないので軽率に真似はしないでくださいね)。
星座に詳しいわけではないですが、秋冬はとっても分かりやすくオリオン座が輝くのでついつい探してしまいます。


さて。皆さんは何か続けている趣味などはありますか? 
私はピアノを二十年近く続けています。特に大会も発表会もない穏やかなレッスン教室で、弾きたいなあと思ったクラシック曲を持ち込んで指導していただいています。
現在は「クララ・シューマン」という女性が作曲した曲に興味があって、弾いているところです。繊細で丁寧な曲調が多く、弾き方も解釈によって変わってくるので大変面白いものです。

シューマンというと「ロベルト・シューマン」という有名な男性の作曲家が思い浮かぶ人が多いかと思います。クララは彼の妻で、彼女自身とても才能のあるピアニスト・作曲家でした。19世紀のドイツで天才少女と言われ、公演も多く行うなど表に立って活動する才能あふれる女性だったのです。

クララはロベルトと愛ある結婚をして8人の子をもうけますが、夫が本当に精神的に繊細すぎたために、クララが妊娠中も演奏会を開き、家庭も家計も担っていました。それでも夫は病むし自殺未遂もする。

ロベルトにはブラームス(※ハンガリー舞曲第五番などは耳にしたことがあると思います)という優秀な弟子がいて、クララも仲良くしていました。ブラームスは苦労の絶えないクララを支えていた事実があるため、恋人説などもあります。
私のピアノの先生はクララの作った曲を見て、「この辺はブラームスの作曲方法と似た手法が入っていて、さりげないアピールみたいになっていて面白いのよ。忍ばせたくなるのが女心ね」など言っていました(笑)

クララとブラームスの恋人説が本当かは分かりませんが、それでも彼女は夫や家族に対して献身的で、愛と才能を存分に発揮した女性でした。ロベルトは病んで結局若くして亡くなりますが、夫の名誉のために、クララは亡くなった後も彼の作曲した曲を演奏して回るなどして、子育てしながら曲を広めていました。並みの苦労ではなかったでしょう。
私の先生はクララがお気に入りだったみたいで、ふと「クララやりたい」と言ったら大喜び。彼女の人生について色々教えてくださいました。
(彼女の人生が気になった人はぜひ調べてみてください! 女性の芸術家関連だと私はクララ、画家のアルテミジアの話が好きです)

こういった作曲家の人生と曲が生まれた年代を比べ、どんな思いを抱えて作った曲なのか想像しながら弾くと、曲の中にある苦悩や喜びの調べがより深く理解できるのではないかなと思います。
こういうふうに地道に人生と作品を辿るのは、文学とも似ていますね。


ピアノは弾く前にチューニングもなく、調律してあれば八十八鍵の多彩な音を誰でも不自由なく出すことができます。ピアノを楽器の王様にしたのはこの性質だと私は思っています。「音を出す」という段階から苦労する楽器は多いですし、たたけば定まった音が必ず出るって実は結構特殊なんですよね。

誰でも同じ音が出せて、それでも弾く人・弾き方によって違う音色が出てくる。初心者も玄人も音楽を奏でられる。それぞれの楽器に奥深さがありますが、最もポピュラーな楽器といえるピアノから得られるこの面白さが私はとても好きです。
昔弾いた曲でも作曲家について知り、自分自身も人生と経験を積み重ねてから弾くと全然違う音色が出てきます。そんな発見をするたびに、ピアノは私の一生ものの趣味なのだと思います。

ピアノに限らずですが、何か継続しているものを大切にするとそれだけで価値のあるものになると思います。皆さんもなにかそういうものがあれば、ぜひ大切にしてくださいね。

それでは、また。