小学校の頃に所属していた地域の子供会では、毎年5月5日に「川祭り」というちょっとした行事を公民館で行っていた。まず、みんなで短冊にお願いごとを書く。それを笹の葉にくくりつける。そして男の子がそれを公民館から1km程先にある川に流しに行き、女の子はそんな男の子たちのために美味しい料理を作って待つ。女の子たちが一生懸命に作った料理を、外から帰ってきた男の子がパクパク食べる。食べ終わったら女の子はお皿洗いなどの片付けをして、その間男の子は自由に遊ぶ。男は外で働き、女は家で家事をする、そういう昔ながらの伝統を大事にするためのお祭りです、と地域で一番偉いおじさんが言っていたのを覚えている。こういう行事を、六年間やった。
中学生になったばかり頃、クラスから5人の応援団員を選出しなければならないことになった。その時に先生は、応援団員になれるのは男子のみです、と言った。なんで女の子は応援団員になれないんだろう、と私は思ったが、誰もそれを質問せず、特に先生も女子が応援団員になれない理由も説明せず、そのまま男子が応援団員となった。
学校行事の度に応援団員は学ランを着て熱い応援をしていた。彼らが一番輝くのは体育祭で、伝統ある演舞を披露する彼らは応援する側でありながら体育祭の主役みたいなものだった。
また、生徒会長も暗黙の了解で代々男子生徒が任命されていた。
高校に入ったら、生徒会長は女性だった。その次の年の生徒会長も女性だった。すると高校2年生の時、私の副担任の先生が、最近は女子ばっかり前に出て良くない、やはり学校は男子が引っ張っていかなければ、というような話をした。その先生は私が体調が悪い時になぜ体調が悪いのか親身になって聞いてくださり、月経痛が原因だと告げたら、そうか、とひとこと言って突然職員室に戻って行った、寡黙で優しい方だった。
小中高、特に何も疑問を持たずに生きてきた私は、女子大に入って驚くことが多かった。初めてフェミニズムというものに触れて、私は心から悲しくなった。自分が今まで女性であるというだけで制限されてきたことがたくさんあったのだと知って、絶望した。今まで自分が自分の意思を尊重して選んできたと思われる道は、実は社会の無言の圧力によって選択させられていた道だと知った。知らない方が幸せだったと思った。知ってしまった以上、女性という性に向き合うしかなかった。
自分が決められた制服のスカートをはいて、何事も男子より後に行動していた時、同じ女子大の友達は、スラックスをはいていたり、好きな服で登校していたり、好きなことを性別によって制限されずに行えていたと知り、湧き上がってきたのは強烈な羨望と嫉妬だった。住んでいる地域が違うというだけで、ジェンダーに縛られて生きてきた過去の自分を可哀想に思った。
中学校の頃の同級生に、久しぶりにメッセージを送った。彼女の弟はまだ私の母校の中学校に通っているようだったから、今でも応援団は男子しかなれないの?と質問してみた。
いや、去年から女子もなれるようになったよ、と返信が来た。母校も変わったな、と思っていたらすぐに彼女は弟とのやりとりを送ってきた。弟くんはこんなことを言っていた。
「やっぱり応援団は男子だけの方が良かった…みたいな空気はあった。演舞のキレも男子の方があったし。」
私の地元の、純粋な少年の言葉だった。
やっぱり応援団は男子だけが良かったよね、という空気を母校初の女性応援団員はどう感じとっただろうか。その後詳しく話を聞くと、その女の子は先生の配慮で応援団員を解任され、ブロック長になったらしい。
今までの話は、ひどい、ものなのか。
私にとっては、ふつう、であった。
私はまだ葛藤している。フェミニズムに傾倒すればするほど、ジェンダー論を突き詰めれば突き詰めるほど、私は自分が社会的に弱い立場である女性という性を持って生まれたことを自覚させられる。屈辱。今まで知らず知らずのうちに女性であるせいで出来なかったことがあったことを思い知らされる。事実を知ることは、幸福か。私は何のために、学んでいる。
ジェンダー学の先生に、思いをぶつけてみると、こんな返信が来た。
フェミズムを知らない方が,このような社会では「楽に生きられた」かもしれませんが、フェミニズムを深く知ることで「良く生きられる」ようになると私は確信しています。
良く生きる。
私は、良く生きるために、学び続ける。
自分が良く生きられる世の中は、誰かも良く生きられる世の中であるだろうか。
元始、女性は太陽であった。いや元始、誰もが太陽であった。女性は女性でなく、男性も男性でなく、人間はただ人間であった。そこに太陽と月の関係も、光と影もなかった。
私の大事な友人たちが、これ以上性別を理由に自分のやりたいことを制限されないように。
社会に惑わされた人々が、これ以上性別を理由に誰かの行動を制限することがないように。
誰もがよく生きられる世の中を作るために、私は、学び続ける。