こんばんは!
もう過ぎてしまいましたが、7月7日は七夕でしたね☆!
しかし東京の空は生憎の曇り空…梅雨が明けきらないとどうしても毎年、星を見ることができない気がします。
旧暦の七夕の日は満天の星空を望みたいですね!!
さて、七夕と言えば、短冊!お願いごとですね!
「言霊」という言葉を日本文学科に入ってから、よく色々な授業で耳にするようになりましたが、短冊にお願いごとを文字として書くと叶う、というのも「言霊」の考え方の一つなのではないかと思います。
昨年に続き、目白通り沿いのお店の前に笹が飾られていたのを見た方もいたのではないでしょうか。歩きながら見ているだけでも、色とりどりの短冊に幼い子の字やご達筆な字でお願い事が書かれているのが見えて、やはり七夕は大人になっても何かを願いたくなるものなのだなぁと感じました。
そして、私もそのうちの一人。先週ころから笹を見かけるようになり、「今年は何をお願いしようかな…」と考えていました。同時に、数か月前に母から渡された「ある物」を思い出しました。それは・・・

私が5歳の時に書いた短冊を母が取っておいてくれていたのです。恐らく、描かれている絵は両親と私の絵だと思います(どれが誰かは分かりませんが)。 お気付きの方もいるかもしれませんが、この短冊、1枚ではないのです。同じ年に数枚のお願い事を書き、それがホッチキスで止められています。 その内の一枚がこちらです!

あえて、世代を感じるものを選んでみました(笑) 私が幼稚園に通っていた頃、日曜日の朝、少し早起きをしてみていた「おジャ魔女どれみ」。95年生まれの方には共感していただけるかと思います。我ながら、何か職業や実在するものではなく「どれみちゃん」というテレビの中の憧れの人になりたい、というのが可愛いなあと思ってしまいました。5歳の私は、きっとどれみちゃんになれる!と思っていたのでしょう。
そんな私も19歳になりました。今年、私が短冊に書いたのは………
実は、お願いしたいことがいくつかあって、どれにしようかと悩んでいる内に七夕が終わってしまいました・・・
「1枚しか書いてはいけないから」と変に大人ぶったのが失敗の元だと思われます。とても残念です。
今となってはお願いしたいこともしっかり1つにまとめられました(2つのお願い事を合体して1つにする、という作戦を使ってしまいました)。 旧暦の七夕の日に星空を見上げながらお願いしたら、間に合うでしょうか…。「言霊」の力を信じて、一生懸命にお願いしてみたいと思っています。
皆さんのお願い事も叶いますように!ほっしーでした☆
ゆめかうつつか
先日、「蛇口から大量の髪の毛が出てくる」という大変な悪夢を見ました!
いやー、恐ろしかった…今、思い出すだけでも鳥肌が立ちます。スープを作ろうとして蛇口をひねったんですけどね…。そしたら、ズルルン!ってね…。ゾーッ。
本当に、一体どんな記憶がいたずらしてこんな夢を見させたのか?つくづく夢って不思議な現象だと思います。
今まで見た夢の中で、1番印象に残っているのは、「死ぬ夢」です。他でもない自分が、です…!この夢だけは、随分鮮明に覚えています。
死因は、交通事故でした。山道の急カーブを曲がりきれずに、船越さんもびっくりの絶壁を、真っ逆さま!シチュエーションは恐ろしいものですが、スローモーションで落下していく私の心は、驚くほど冷静で、とても穏やかでした。きっと落ちればもうそれで最後だろうから、せめてそれまでの間、目と耳を塞いで、恐ろしさを忘れていよう。そうしていれば、次に目を開けたときにはきっと天国だろう…とまぁそんな気持ちで、目を覚ましました。
なんとも不思議な、でもどこか清々しいような夢でした。
ただ、「死ぬ」ってのはちょっと心配だなぁ、と気になって調べてみたら、自分が死ぬ夢というのはいわゆる「吉夢」だそうで、新しい世界へ踏み込む予兆をしめしているらしいのです。
これが奇妙な清々しさの理由だったのかもしれません。
今でもほぼ毎日夢を見ますが、夢の中にだけ存在するおきまりの場所があったり、前回の続きだったり、逆に全く同じ内容だったり、人間の脳みそ(?)の神秘を感じますね。
更に最近は精度があがり、なんと「味」まで分かるようになりました!どうにかダイエットに活かせないものか…。
ミミズを読む
こんばんは。かつーんです。
本日我が家に伝西行筆の『一条摂政集』の複製が届きました。
『一条摂政集』もとい『一条摂政御集』は、私が卒論にて扱っている私家集です。
三蹟の一人である藤原行成の祖父・藤原伊尹(諡は謙徳公)の私家集とされ、写本は益田家旧蔵本のみが残っています。つまり孤本ということです。
校訂を含め、翻刻から始めて歌を見なければならないと考えて影印本を探していましたが、閲覧可能な図書館や博物館が限られ、なかなか見られそうにありませんでした。
先日、知り合いの方に名古筆の本にてフルカラーで載っていることを教えて頂き、まずはそれで確認しようと取り寄せた次第です。
早速目を通してみましたが、写真の綺麗さに驚き、そのお蔭でとても見やすいことに感激しました。
欲を言えば思いの外写真が小さかったので、もう少し大きければ尚良かったです。
とは言え、元は枡形の小本ですから、致し方ないようにも思われます。
バリバリ翻刻していきたいところですが、演習授業の準備もしなければならないので、並行して少しずつ見ていこうと思います。
さて、今回は写本や翻刻について少し取り上げたいと思います。
日本文学科の学生は、1年生の時に変体仮名について学び、翻刻をします。
故に1年生の時は滑らかに読めたのが、2~4年生になると変体仮名に触れる機会が減って「1年生の時の方が読めた」となる方が結構いらっしゃるように見受けられます。
ただ、先生によっては演習授業で作品を翻刻から始めて本文校訂をし、語釈や考察をするので、長く付き合う方もいらっしゃるでしょう。
私は翻刻をする授業をとっているので、他の人よりは少し長く付き合っている方なのではないかと思います。
変体仮名と翻刻について基礎を学んだのは1年生の時ですが、その意義を理解し始めたのは2年生になってからでした。
それまではただ平仮名に起こすだけの作業にすぎず、言語遊戯に近いものと見ていたように思います。
しかし演習授業を通して、ただ平仮名に起こすにしても最初に行った翻刻を信じて良いのか、癖が強すぎて読み間違えていないのか、また実は写した人が間違えたり書き換えたりしていたのではないのかなど、考えたり想定したりしなければならないことが多くあることを知りました。
3年生でとった演習授業では、それに加えて様々な系統の写本と比較する必要があることを痛感しました。
翻刻についてまだまだ知ることや勉強することが沢山ありますが、最近は写本の表記は全く信用してはならないと思うことが多いです。
4年生になって院の授業に何回か参加したのですが、そこで詞書すら胡散臭いことをひどく感じ、「信じられるものが何もない」と言い切りたくなる境地に達した為です。
皆様も少し覗いてみて、「定家筆というのは嘘っぱち」だとか「何某筆はあてにならない云々」などと話を聞けば、同じ境地に至ってくれるのではないかと思います。
とは言え、諸注釈書の校訂本文から作品を見るのではなく、翻刻から作品を見ることは大変ではあるものの必要かつ重要なことだと思います。
校訂された時点で、翻刻した人の解釈が入ってしまうからです。
諸注釈書を比較していた際、校訂本文が違う為に解釈が大きく異なっていたことが何度かありました。
作品をまとめ上げた作り手の意図になるべく沿って読もうとすると、翻刻から始めることが一番だと考えます。
ただ、こういったことを理解して貰えるのは、同じ日文生のような勉強をした人ぐらいしかいないように思われます。
例えば、灰原薬氏の『応天の門』にて、菅原道真が貴重な巻物の原本を閲覧出来る機会に恵まれて興奮するシーンがあります。
その価値を理解していない女房に、道真が「写本と違っているかもしれないでしょう(意訳)」と言うのですが、先日えりこさんと一緒に見て「それな」と納得しました。
しかし写本や翻刻について詳しくない人が見れば、「そんなもんか?」と理解し難く思うかもしれません。
今まで書き連ねたことと少しずれた例ですが、要は「何でも原典に当たるべきではないか」と言いたかっただけです。
作業も考えることも増えるので大変ですが、作品の元になるべく近い形で向き合おうとする姿勢を大事にし続けたいと思います。
この前久々に睡眠時間4時間しか取らなかったらもう眠いのなんのって、床がふわふわして世界がぐるぐるして、もう地球が自転する音まで聞こえたんですよ、というのはさすがに冗談ですが、高校時代はこの生活が当たり前だったので今思うと若さってなんて恐ろしいんだろうとひとりしみじみ
見てみて!
なんとーワンちゃんのおめめ(とおはな)に星形のアイキャッチが入っているんですー!

なにこのキラキラ感(笑)
この子は私の相棒ルイーズ(ウォークマン)の保護をしてくれている小物ケースのワンちゃんです♪

吾輩は犬(たしかフレンチブル)である。名前はまだない▼
おっと、あまりのキュートショットが撮れたことに感動して、挨拶を忘れるところでした。
どうも、ヘアピンカーブさとよです。
今日も今日とて梅雨空が広まりまして…って、まあこんな話はそこそこにして!
ではではなんでこんなキュートなアイキャッチを入れることができたんでしょうか?
ちなみに今回の写真は私の詐欺な加工による幻想ではありませんよ?←
もちろんきれいに見えるように詐欺工夫は施しましたが、最低限に留めています。
ではではではネタバレです(笑)!
うちの大学の八十年館という建物にはですね851教室という映画館並みの施設がある広ーい教室があるんですね。
そこの天井の蛍光灯の並び方が、教室中央から放射状に配置されているんです。
そのため今回のようにぬいぐるみの瞳や凸型のキーホルダーなどをその蛍光灯の下にいい感じに置くと、まるでスタンプ加工をしたような星形の光の映り込む写真が撮れちゃうんですなー。
851教室に行く機会がある方はぜひ一度天井を見上げてみてはいかがでしょう?
表現の仕方や撮り方を工夫すれば、もっといろんな素敵ショットがゲットできるかもですよー。
偶然に発見してテンションアゲアゲだったのですが、学内ではもうとっくに知られたキュートスナップスポットだったりするのかしら(苦笑)
(´・ω・`)若干の乗り遅れた感…?
…さて、気を取り直して、私が次にご紹介したいのが先ほどの写真のモデルをしてくれた小物ケースワンちゃん。名前はまだない。(くどい)
邪なる魂を信じていた純粋な(?)中学生の頃に家庭科かなんか(あやふや←)で作った子で、歴代の相棒たちのSP(カバンの中の諸々の衝撃から保護するという重要な任務)を請け負ってくれています。なかなか重宝してくれる縁の下の力持ち。
初代相棒ウォークマンの次朗(一線は退いた今でも活躍してくれる心強い子)は、ルイーズのように画面の保護シールやシリコンのお洋服(ケース)を導入しなかったため、とりわけ傷がつきやすかったんですが、この子のおかげで現役時代に大きな被害を受けることはありませんでした。
もっとも私がここから次朗を召喚する際に落っことしてついた傷ならいくつかありますが←
ところが今私が使っているカバンには便利なポケットがあるということと、サブバックを利用するようになったことで、この子の出動頻度も激減。
それでも机の引出で静かに待機し続けるこの子と、引出しを開けるたびに目が合って良心の呵責に苛まれる私。
…負けたよ、わかったよ、居場所作るよ、任せろよ←
と、いうわけで、今使っているメインのカバンにルイーズ(ウォークマン)を入れるときにはこの子に出動してもらうことにしました。
カバンの中で行方不明にならず、コードの断線やら絡まりの心配が軽減!
おかげで私のストレスも軽減笑
ありがとう!小物ケースワンコ!
今回は我ながら珍しく女子力を発揮した記事だったぜぐへへと自負しつつ…え?いつもと変わらず暴走してた?
まあ、いいさ、…墓穴を掘らないうちにここでお開きにするから…←
担当はヘアゴムさとよでしたー☆
能をまいました
能楽研究会の発表会がありました。
その名も「五交会」。
五つの学校の愛好の士があつまって、それぞれの持ちネタを発表するという、部長いわく「気楽な会」。
各学校の新入生のお披露目会でもあったようです。
中途入部だったので、わたしは2年生ながら、初の能舞台をふんだわけです。
しかし。
学年ごとに固まるように番組が組まれてしまったものですから、わたしの順番はなんと2年勢のど真ん中。
一学年ちがうだけで、能の腕前ってほんとに上がるのですよ。
「パンサーの群れにいきなり放り込まれた小鹿の気持ちを30字以内で述べよ」といいますか、そんな感じでした。
やった演目は「熊野」。
初心者向けの曲なので、今回プログラムの「熊野」率、アンコール曲を除けば、なんと約6割強(!)。
大盤振舞いです。
前後に修羅物のかっこいい演目がつづくなか、ぽーんと放り込まれた「熊野」…。
いや、曲はいいのです。「熊野」はとてもきれいな曲です。
「熊野」にはなんの咎もないのです。
問題は演者の腕だったのですから(泣)
しかしながら、総檜造りの能舞台、最高に気持ちよかったです。
足袋の滑りがいい。木の吸いつくような歩き心地もたまらない。
また機会があったら、ああいう舞台で舞ってみたいものです。
余談。
修羅物の謡って、つくづく調子が良くてかっこいいと実感しました。
ところどころ詞が韻をふんでいるのですよ。ラッパーのように。
観客が手拍子とか合いの手なんかを入れられたら、ちょっと楽しいんじゃないかと思いました。
「たずねても(パパン)たずねても(パパン)」
「とどろく雷撃(セイ!)、せまりくる斬撃(セイ!)」、(うろおぼえ)のような感じで。
……確実にぶっとばされますなァ。
白黒の世界へ
どーも、さえこです!ぜひとも聞いていただきたい!水墨画で龍の絵を描いたのですが、なんと日美展に入選することができました!ヤッタアアアアアアアアッ!!しかも秀作賞をいただきまして…感無量でございます(´;ω;`)
公募の展覧会に出品したのは初めてのことです。もうね、就活か、大学院に進学か、教員採用試験か、なんて散々迷っていた春休み。現実逃避の気持ちから、墨絵をいそいそ描いておりました。好きなもので身を立てられたらなーと、夢みて公募展に出品。落ちたらキッパリサッパリ、絵の道を諦めようと思っていたのに。入っちまいましたよ…。幸か不幸か、未だに分かっておりません。どうやら書道を学ぶ中で、息抜きに龍の絵を描いていたのが上手くいったようですね(笑)まさに、行動あるのみです。
無論、上には上がいらっしゃいます。プロは、いつもレベルの高いものを提供できるから、プロなんだ。って誰かが言ってた気がします。その通りですねえ。調子に乗るなと、自分に言い聞かせたいと思います(笑)
日美展は8月6日から8月15日まで、国立新美術館にて開催されます。シンプルでありながら、奥が深い。そんな水墨画の世界に、足を運んでみてはいかがでしょうか?私の絵も探してみてください(笑)今後とも継続して水墨画を描いていきたいと思います!さえこでした!
あなや!
『うた恋い。』第5巻が発売されるそうです。内容はまだちょっと分からないんですが、1巻が有名どころ、2巻が六歌仙、3巻が『枕草子』、4巻が滅び行く氏族ときたら、もうそろそろ女流歌人スペシャルが来てもいいのでは……!?と期待が高まる今日このごろ。
諸事情で発売が延期になってしまったそうなので、改めて発売日を楽しみに待ちたいと思います。
被服学科に西洋服飾文化史という授業があります。文字通り西洋服飾の歴史について学ぶ授業で、ヨーロッパの服装が好きな人にとっては胸熱どころでは収まらない授業です。私も4月ごろに一度聴講に行ったことがありまして、古代ギリシャの服飾について心躍らせてきました。
で。何故日文のブログで突然被服の授業の話を始めるのかと言いますと、昨日の昼休みに、かつーん、あゆみちゃん、日文の友人と一緒にお昼を食べていたときに、あゆみちゃんに「西洋服飾文化史にいた?」と聞かれたんですね。私が聴講に行った回にちょうど彼女もいたそうで、「たりーちゃんの幻を見たかと思った」と言われました。本人だよ!(笑)
今はちょうどシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』、つまり16世紀ごろのヨーロッパの服飾についてやっているそうです。資料で映画も見たらしいんですが、あゆみちゃん曰く「ロミオの台詞がクサすぎてそれどころじゃなかった」んだとか。
ところが、この話を静かに聞いていた友人が「台詞を古文にしたら面白いんじゃない?」と言いだしてからが大変でした。
「台詞を古文にしたら面白いんじゃない?」
「例えば?」
「おおロミオやロミオや、そなたは何故ロミオなのじゃ」
こんな爆弾発言がほかにあろうか!!(笑)
予想の斜め上を行く発想に私たちが笑い転げていると、彼女は同じ台詞を、今度は歌舞伎風で言い直し、しかもそれが絶妙に上手いせいで余計に笑いが止まりませんでした。
おまけに
「ジュリエットがロミオが死んでるの見つけたときの第一声はあなやな」
と追い打ちをかけられ、3人ともお箸を放棄して大笑いするはめに。
しかも何が面白いって、彼女がそういうことを表情一つ変えずに言うことですよ(笑) あー面白かった。
ちなみにこの友人は、このあと卒業袴の展示会で私とあゆみちゃんに盛大に遊ばれたのでした。
えりこでした!
話し言葉のルーツ
こんにちは。あやです。
この前、中学以来の付き合いの友人に「あやさんって話すときに色んな方言が混ざるよね」と言われました。そのときは「確かに!」と答えたのですが、それ以来、自分の言葉のルーツがどこにあるのかが気になり、暫く考えていました。
そして気付いたのが、私をとりまく環境にあった共通語以外の五つの方言の要素。
まず一つ目。祖母の方言。
私の祖母は山形の置賜地方の生まれで、成人してから上京しました。
上京した後は「NHKで共通語を覚えた」そうで、一緒に暮らす今も殆どが共通語です。
ただ、親戚(オール山形)と電話する際は山形弁話者であるのはもちろんのこと、日常でもたまに山形の方言が出てきます。
(例)「食べなさい」→「食えェ」、「~しない」→「~しねェ」、「~しなさい」→「~しろ」
生まれてこの方ずっとこのような言葉を聞いて育ったため、おそらくはまず山形弁(一部)を吸収。
二つ目。居住地の方言。
私が生まれ育ったのは東京の郊外(多摩地域の内のひとつ)で、畑や田んぼ、川などが多い地域です。つまり、所謂<トーキョー>ではなく、田舎の第二東京。もちろん地域性や話し言葉も都会とは少し異なります。
まず地域性。この地で45年生まれ育った母曰く、「せっかちで乱暴、でも大らか」なのがこの地の特徴。山と都会の中間に位置する私の故郷は、祭りとギャンブル、そして選挙の開票速度に力を入れているような場所です(この喩えは我ながら結構言い得て妙な気がする)。
この性質のおかげで言葉も「せっかちで乱暴、でも大らか」な雰囲気の共通語。フランクに言えば、少しだけ口が悪い共通語(笑)。
私自身もこの地で育っているため、きっとこの言葉も吸収しているはず。
三つ目。学校の方言。
小学校まで地域の学校に通っていた私は、中学校からこの大学の附属校にお世話になることに。もちろん、ここでも世界と言葉が違います。中学一年生の私にとっては、これがまさにカルチャーショック。
周りは見渡す限り「お嬢さま」、先輩のことは「上級生のお姉さま方」と呼び、「私」の読み方は「わたくし」で統一。衝撃でした(今振り返ってみれば本当にマンガのようなお嬢さまキャラなんて人はいなかった)。
もう本女生活も9年目ですが、中学に入学して以来、書き言葉や公の場での話し言葉はかなり本女風になっている気がします。
四つ目。テレビの方言。
今、テレビを点けてみるとかなりの確率で関西弁が聞こえてきます。そしておそらくはその殆どが大阪の方言と言っても過言ではありません。そういえば、一昔前(もしかすると今も?)はエセ関西弁が使われている様子も結構見受けられました。
(例)「これめっちゃ美味しいや~ん♡」とスイーツ()の写真をTwitterにアップロード
「ちょっと待ってアナタ東京生まれでしょ…」とツッコミを入れたくなりつつも、私も人のことは言えませんので…。おそらく、テレビの方言も吸収済み。
そして最後、五つ目。周りの人々の方言。
一つ目に私の祖母の山形弁を例に挙げましたが、最近は家庭以外の場所で会う人々の方言にもかなり影響を受けているな、と思うことが多くなりました。
例えば大学。こちらは公の場面。日本文学科には福田先生という関西弁を貫く先生がいらっしゃるので、先生のご出身(大阪の河内地方)の言葉を耳にすることが多く、かなり発音が引き摺られます(河内に親戚がいる友人曰く、「聞いていると安心する大阪弁」なのだとか)。
そして私的な場面では、彼。こちらは福岡、博多育ち。話し言葉は(おそらく)博多弁。ただ色々な地方出身の人々と関わり、また様々な地方を飛びまわる人なので、もはやどこの言葉を話しているのかはよく分かりません。話し言葉が通じないこともしばしばあります。この前は「梅雨」のイントネーションの違いから意思の疎通ができませんでした(東京の「梅雨」は「つ↓ゆ↑」福岡は「つ↑ゆ↓」)。
そういえば、もうどこでも耳にしますが、「~じゃん」という言い方も方言ですね。こちらは確か神奈川発。
このように、様々な方言の影響を受けた私の(プライベートな)話し言葉は、謂わば「方言のるつぼ」と化しています。しかもそれらの要素が全てあやふやに入ってきているため明確な線引きがなく、どこ発の言葉か分からないという状況です。
ただ、公の場で話す際はほぼ100%共通語。これは学校教育の賜物かもしれません。
普段話している言葉、耳にする言葉に注目するとかなり面白いことが見えてくることがあります。
皆さんも機会があれば、ぜひ試してみてください。
山派ですか海派ですか
どうも!こんにちはえりです!
この前の日曜日、中高時代の部活の後輩を誘い、高尾山にいってきました。三日前まで雨の予報が出ていたので、もしかしたら行けないかもしれないなぁ、と不安だったのですが、当日は快晴!私の日頃の行いがいいおかげですね!なんて。
さてさて、皆さんは山派でしょうか?海派でしょうか?私は断然山派です!緑が優しい!空気がおいしい!鳥のさえずりがかわいい!今回この登山企画を立てたのも、しばらく会っていない後輩に会いたかったのが半分、山に飢えていたのが半分でした。
中高で私は生物部に所属しておりまして、みんな念入りに周りの植物を見て回るため、地図にある登山コースの所要時間の目安を大幅に超過しての山頂到着となりました。途中、植物園と猿山に立ち寄ったのですが、猿山にて蘇るいつぞやの合宿の記憶・・・猿山を遠くから眺めるのではなく、猿山の中に入っていくスタイルの場所で、我ら生物部員は袋に入った芋などのえさをあげようとしたのです。しかし猿は強欲でした。やつらが狙うのは差し出される芋ではなく、えさがたくさん入った袋の方なのです。油断をすると餌やりタイムを満喫する間もなく、一瞬で全部持っていかれます。今回のメンバーにもそれが忘れられない思い出になっていた人がおり、猿山に向かいながら「イモ・・・」と何度もつぶやいていました。しかし高尾山の猿山は、動物園のように遠くから猿を眺めるものです。平和な餌やりを楽しむことができました。
「この葉っぱかわいい!」「輪生より対生のほうがかわいいと思う(葉のつき方の話)」「苔かわいい!」「トカゲだ!かわいい!!」「ヘビだーーーー!!かわいい!めっちゃかわいい!!」「あの倒れてる木かわいい」「キノコ!!!キノコだ!!!!!」とかわいいのゲシュタルト崩壊を起こしながら進んでいたら、すこし開けた、いくつかベンチが並んでいる場所に出ました。休憩しつつ、時計と手持ちの地図を確認し、そろそろ山頂ではないか、お昼だ!お昼だ!!とハイテンションで再出発しました。ところが、休憩所の少し先にあった地図が描かれた掲示板に表示されている現在地をみると、まだコースの半分だったことが判明しました。そろそろ山頂とはなんだったのか。
久々に会うメンバーでしたが、いざ登り始めるとまた生物部の合宿に来たかのような気持ちになりました。生き物や自然が好きな人たちと行くと、同じテンションで盛り上がれるので楽しいですね!山派の方、新宿から一時間で行ける高尾山、良いですよ。
教育実習のまとめ
どーも!さえこです!福島から東京へ帰って参りました!!・・・え?どこに行ってたって?そりゃあ、教育実習に決まってるじゃない(6/15ブログ参照)。中学校での三週間、あっという間に終わっちゃいました。以下、週ごとのまとめです。
一週目。同じ実習生の仲間たち三名(四年女子が二人、三年男子が一人)、指導教諭の先生方と顔合わせ。みんな優しく尊敬できる方々ばかりで、一先ず安心する。校長先生のダンディな声と佇まいに胸が躍る。
超元気な一年生のクラスに配属される。割と壁を作ってくる生徒に戸惑う。生徒とは対照的に、担任の先生は物静かな御方。部活動の大会といった行事があり、基本的にこの週は、先生方から様々な講義を受けるゆっくりとした時間となった。
二週目。本格的に授業をするようになる。国語では、鎌田實「雪とパイナップル」を教材とし、生徒が読書の楽しさを学ぶことができる内容を考えた。始めに、本の内容理解を進めるため、辞書を活用して分からない単語を調べる作業を行った。次に、印象に残った一文を引用したり、本のキャッチコピーを作ったりすることで、自分の思いを伝える力を身につける学習を。最終的に、それらをもとにしたブックカバーを作り上げ、みんなで紹介する時間を設けた。
ここで、器械が苦手であるのにも関わらず、プロジェクターや書画カメラを扱うことになる(泣)中学生のレベルが分からず、授業内容を難しくしてしまう(泣)黒板の字は、相変わらず大きくなる傾向にある(泣)などなど、様々な失敗を通して、少しは成長したのではないかと我ながら思う。少なくとも、準備の大切さを学んだ。指導教諭は実習生にダメ出しをすることなく、「やってみなさい」と温かく指導してくださり、大変感銘を受けた。
三週目。学年レクリエーションにて、対抗リレーが行われる。雨が降る中、一生懸命走る生徒の姿に感動。さらに、先生方も生徒と一緒になって、熱く応援している姿に感動。これぞ、学校の醍醐味であると感じた。クラスの生徒との距離も縮まった。
そうして、「これからかな」と思った時には「さよなら」でした。最後には色紙をいただきまして、よい思い出になりました。総じて、先生という仕事の大変さと、その面白さを実感した教育実習でした。支えてくれた方々に感謝の気持ちを忘れずに、今後も立派な先生になるため、学習に力を入れていきたいと思います!さえこでした!