受験お疲れさまでした!まずはゆっくり休んでくださいね。それから次のことを考えましょう。菌と花粉は気づけばあなたの体内に。
迫りくる口述試験はいったん無視して、再来月には私も社会人かとか考えていると、春が去り、また次の春が来るのはあっという間だなと思います。なんだかずっと花粉の薬を飲んでいる気がするし、なんだかずっと花粉による肌荒れで皮膚科に行っているような気がしますが、あっという間に一年が経っただけで、そんなことはないようですね。
春といいますと、本ブログ部に新しい風が吹くまで、あと2日!私はまだお2人しか会ったことがありませんが、きっと皆さん面白くてためになるブログを展開してくれるはず!お楽しみに~。私もお楽しみ。
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先月の15日から17日にかけて、京都留学の布教みたいなことをまいますさんと、素晴らしい今年度の交換学生によるご協力の元、配信いたしました。読んでいない人は是非読んでください。
ののさんに日程を調整していただいたり、みちこさんにXで写真付きで配信していただいたり、ちょっとnoteを頑張ってみたりして、ブログだけどなかなか良い資料でしょ?これでしばらく交換学生がいない年が続いても、第2の私は現れないかなと思っています。再来年はこれらを読んで1人ぐらいいてほしいのですけどね!
協力してくださったまいますさん、交換学生の方、ののさん、みちこさん、そして相談にのってくださったブログ部担当の先生。本当にありがとうございました!
前回のブログ(いいねをください)↓
そうだ、京都行こう。/2023年、2024年、2025年度交換学生|日本女子大学 文学部日本文学科 公式note「新・当世女子大生気質」
ということで、ブログ部にスカウトされた最大の理由である「京都留学のリポート」が前回の特集により完全に終了してしまい、結論として私がブログで伝えなくてはならないことは9割方終わりました。私にしては珍しく余裕をもって終わったなという印象です。
なので今回は、4年間のブログの振り返りと、ここでは書かなかったプラスアルファの活動について書いていきたいなと思います。ちゃっかり最近更新したもののURLもあるので、是非リンク先に移動していただけたら嬉しいです!
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1年生まで
内部進学の、常におもしろい事をやってみたいのだということだけを考えてきたバカ。
日本文学科は内部生が少ないですが、学内を見渡せばそこらじゅうに友人や知り合いがいるので、入学式も「西生田だとピザの配達員が来るのが難しかったけれども、バスターミナルがある大学ならきっと来れるし、なんならたこ焼きを作っても素麺を流しても許されそうだ!」という、おそらく唯一無二のワクワク感を抱いていました。ちなみに、未だ実行できていません。
高校時代までの悪だくみについて↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/03/03/
1年生のころは国語国文学会に所属し、研究ノートを編集する係に就いていました。当時の学会といいますと、学会長があこさん、研究ノート係がずきさん、ゆきほさんといらっしゃいました。
基本的に会うのは週に一度でしたが、定例会が終わった後に残って、困っていることを理解するまで教えてくださったり、LINE等で相談にのってくださったりと、色々お世話になりました。
メールの書き方、校正の仕方、学外の相手がいる際の振舞い方等々、本当に色々なことを教えてもらいましたので、尊敬の対象となるのは必然でした。ブログ部の件を引き受けたのも「あの優しくて憧れの先輩方がいらっしゃるなら」というのが理由です。
初回のブログは歴代のブログの平均的文字数をみた上で、1500字ぐらいで、あこさんみたいに分割すれば読みやすいだろうと、私にしては計算的でした。
ただ内容があまり思いつきませんでした。理由は京都に行ってから、「実は京都にいまーす」と言いたかったです。
「それだけなら学業のことを書けばいいじゃん」ということなのですが、当時の私はやる気があって、「読める限りの日本文学を読んでから京都に行って、京都でなにがあってもどこに行ってもパッとゆかりの文学が出てくるようにしないと!」と張り切り、図書館で古事記から読んでいました。ようは、何に触れても京都にタッチしそうで、怖かった。馬鹿でしょ、もう。
どうしようどうしようと迷っていたら、花粉が来やがって。日本橋の室町のカフェで、本当にスギを撲滅したいという気持ちだけで一気に書きあげました。
はじめての反スギ花粉主義ブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/02/19/
あとは、京都に行く前に、肩慣らしで文学的なことを書いて置こうと思って鎌倉文学館主催の文学散歩に参加した話を書きました。久しぶりに読んで、「そういえばいつ再開するの?」と調べたら令和11年だそうです。遠いなあ。
春寒の昼間、爺さん婆さんに囲まれて、海棠が咲いているのをでかめの声で共有し合ったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/03/16/
2年生の時
京都での生活。本当に色々なことを体験させていただきました。
総まとめは最近書いたこちらです。↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/01/15/
行く前に考えていたたくらみを実行したのがこのブログ。もうちょっと面白く言えなかったものかねとは思いつつ、内容として書いた、平等院の藤の花と白峯神宮の蹴鞠は本当に念願だったのでこれをしっかり書きたくてしょうがなかったのでしょうね。写真であげた藤の花、今見ても綺麗だな。iPhoneXRで撮った私、天才じゃね?あと図書館で読んだ古典の中で一番面白かった『枕草子』推しがうざくてたまりません。
春爛漫京都うきうきブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/04/17/
あとは、同志社で香道に関するワークショップに参加させてもらって、「京都らしい学びだ!」とワクワクしていました。こういうのがやりたかったんですよね。あの節は掲載許可していただきありがとうございました。
練香を作ったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/05/13/
あとやりたかったことと言えば、私賀茂祭(葵祭)で使う「葵鬘」を作るワークショップに参加しました。知らない人たちとワイワイ作って楽しかったし、葵の株と焼き餅もらえたし、何よりも自分が作ったものを神主さんや行列の人達が使っていて、非常にハッピーでした。
隣にいた知らない地元のおじさんおばさんと盛り上がりながら葵鬘と行列を観たブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/05/28/
しかし実はこの時の私、初めての独り暮らしに絶賛ホームシック中。学校や日中歩き回っているうちはいいのですが、夕方に帰ってくると電波は通じないし、上の住民はタップダンスしているし、気晴らしにテレビをつけても天気予報は犬じゃなくてえりだったりと、少し辛かったです。
そんなホームシックが改善したきっかけというのが天橋立から無事帰れたこと。天橋立近辺って現金必須よ。やっぱり思いつきは駄目ね。
以降はマジで快適に過ごせましたし、えりが大好きで、えりを見ることで京都への思いを落ち着かせています。えり、列島ニュースに来てくれてありがとう!ずっと大阪放送局から全国の天気を届けてくれ!
天橋立からギリギリで帰ってきたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/06/10/
えり(坂下恵理さん)がいる列島ニュース↓
列島ニュース | NHK
お祭り系は本当によく行きましたね。総まとめにも書きましたが、人にきいたり、手帳やサイトやSNSで逐一調べて、全部行く勢いで行きました。平日とかにもふらっと行けたり、偶然出会ったりしたのは本当に嬉しかったし、次できるのは退職後かな、それとも一生できないのかな。そんな感じになるのですが、当分は満足といえるぐらい満喫しました。
授業後ダッシュで夏越の大祓に行ったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/06/30/
はもすきがすきなブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/07/11/
早朝山登りからの消し炭拾いをしたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/08/18/
名月を池に映したかったけどまだ不敬認定だったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/10/16/
念願の知恩院秋のライトアップでブチ上がりブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/11/23/
清少納言と同じ初午参りをやってみたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/02/15/
滋賀や奈良、兵庫、大坂など近隣の県にもよく行きました。わりとすぐ行けてしまうので、楽しかったですね。奈良とか、授業の前とか授業の後とかにそのまま地下鉄に乗ってよく行っていました。最近見つけたのは、北千住駅のホームが近鉄奈良駅と雰囲気が似ていて、かなりノスタルジーでした。
大阪や兵庫は目的地も好きでしたが、なによりも阪急電鉄が好きすぎて。今でも譲渡してくれないかなと思っています。素人目にみてもあんな良い電車、ないよ。
SNSで一目惚れした仏像が実は何度も見たことがあったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/09/26/
紅葉といえばガチで空いてる竜田川っしょ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/12/28/
文学系でいうと、文学散歩にもよく行きました。その中でも一番やれてよかったのは、やっぱり仁和寺の法師ごっこですね。まじでやりたかったので、念願かなってよかったという感じです。学科公式Xに取り上げられたのは予想外でしたが。
仁和寺の法師ごっこ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/11/04/
『光る君へ』の放送に興奮していたら苦手な食材を攻略していたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/01/12/
あんまり東京の方に帰りませんでしたので、日本女子大学で何したとかはオープンキャンパスで報告書のパネルを置いていただいたぐらいです。学生証はあったので、帰って来ている間は図書館に行ったり、トイレだとか休憩所だとかトイレだとか自習室だとかトイレだとかの用途で利用していました。学費は払っているからね!
正直に言うと、この時期はブログを書くよりも日々の生活が楽しくて忙しくて、後回しにして4年になってから更新した回もあります。どの回か見分けたい暇な方は、文学系の内容が明らかに薄いやつです。先述した通り、私は行く前にしっかりと便覧に載っているような古典文学は一通り読んで、そして帰ってきたら9割忘れました。興味が別の対象に移ったから、もうそこまでの熱の取返しはつきません。
後輩ブロガーに忠告するとするなら、このように「その時代」というものが、誰しもあると思うので、貯めて後で書くとなると本当に面倒です。
3年生の時
京都から帰って来て、「友だちとすぐ会えるぜやったー!」という勢いで、遊びまくっていました。また、京都から帰って来て、「もっと地元関東のことを知らなくてはならない」と決心したため、色々なお祭りとかにも足を運んでいました。おめんかぶりは1年生のときに伎楽を学んだ頃から気になっていたので、本当に行けて良かったなと思います。
新年度の抱負みたいなブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/04/05/
毎日のように友達と遊んでいるブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/06/12/
友だちに猫カフェに連れ出してもらったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/11/15/
上記の友達と出会った附属校についてのブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/09/14/
おめんかぶりに行って貧血になったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/05/08/
大学での主な活動は、国文学会、オープンキャンパス委員、大学内でのアルバイト。
国文学会は企画係をやりました。理由は友人が学会長になったのと、京都で色々な学生企画に参加してきて、自分たちもそれ以上のことをやるべきだ!と思ったから。でも、正直実力不足だったな。後輩ごめんね。ついてきてくれて、ありがとうございました。
企画の後、独り飲みに行ったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/07/14/
オープンキャンパスは大方、京都での国内交換留学について話してくれ!ということで選んでいただけたのでしょうが…。そんなものの前に受験について教えてくれ!という話ですよね。
対して自分への需要を感じませんでした。ただただ授業内容の説明だったり、百人一首かるたの時代鑑定法を話していたり、文人画を描くスペースにいたりするだけで、他の委員さんみたいに活躍できなかったという悔しい思いと、「そりゃ当たり前だよね!」という思いがいまだ混在し、多少苦い思い出です。
内部生向けのも呼んでいただいたけれども、人数が相変わらず少なくて悲しかったなという思い出です。内部進学生の割合の低さに関してはなんとなく理由がわかるので、状況がひっくり返ったりするまで仕方ないのかなとは思いますが。
悔しくておバカなりに入学前にしといたほうがいいことをまとめたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/08/05/
またその年も内部生が少なそうだなと予感して、日本文学科の暮らしについて書いたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/13/
卒論については、この年の内には決め切れられませんでした。今思うと、これも楽しかったかもしれないですが、本当に難しかっただろうし、だいたい寒月に会えなかっただろうから、ありとあらゆる強い言葉で止めてくれた祖父母には心から感謝しています。
一応、辞めようと踏み切る前に聖地巡礼してきているんですが、実は現段階でこれが私が書いたブログの中でnoteのいいね数トップなんですって。皆さん小学生レベルの下ネタ好きねー。なんか悔しいから冒頭の対談ブログにいいねして伸ばしてください。
辞めた卒論の聖地巡礼ブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/12/14/
↓↓♡を押してほしいです!↓↓
そうだ、京都行こう。/2023年、2024年、2025年度交換学生|日本女子大学 文学部日本文学科 公式note「新・当世女子大生気質」
大学内でのアルバイトというのは、桜楓会購買部でのアルバイトのことです。人も優しいし、だいたい私が成瀬先生と学校法人日本女子大学ラブなので楽しい職場でした。昨年の卒業式の日はクマとカステラを売りさばきました。
式の数日前に、当時のブログ部3,4年でご飯を食べに行った際、「居ますんで来てください!」と言ったら、ゆきほさんやまいさん、ひとこさんと来てくださって滅茶苦茶楽しかったですね。埋もれるぐらい仕入れた入学式卒業式限定のカステラもよく売れて…。今年もやりたいぐらいです。
私の先輩っていいひとだらけなんだよってブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/03/23/
バイト代を使って行った展覧会のブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/01/30/
バイト代を使って行ったライブのブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/11/28/
初めて自分のお金(バイト代)を払ったカフェのブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/09/26/
バイト代を使って飲んだビール↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/08/22/
この年のブログは、さゆりさんのメイクコラムに憧れて、毎回本棚にあった本の紹介を入れていました。一応内容に沿うように選んではいたっぽいです。ただ、ご覧いただければわかるように現時点(2026年2月6日)ではまだそのコラム(笑)を書いていないものがふたつあります。ただただ当時の私が面倒くさがっただけなので、3月までには出揃うはずです。
年末に体力が尽きながら書いたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/12/29/
恒例のスギ撲滅運動ブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/28/
あと書いてないこととすれば、中世自主ゼミにお邪魔して、一緒に宇治拾違を読ませていただいたり、ゼミでは台湾に行ったり、学内で飲み会をして騒いだりしていました。
またその台湾旅行の件で内部進学の面接を担当いただいた先生と再会して、以降色々海外や日本語のことを教えてもらったり、本を借りたり貰ったりしていました。その先生と仲が良かった他学科の先生とも自由民権資料館に一緒に行って、夜に人生で初めていただいた馬肉は大好物になりました。
4年生の時
就職が中心になってしまって、大学自体にはあまり居なかった1年となりました。それでも単位を取るために通ったほうなのかもしれません。
他大にもよく行きました。今年度は3校でしたね。大学を飛び出て、違う大学の人と話したり勉強したり遊んだりしたのはとても良い思い出です。
その中の1校についてのブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/15/
就職に関しては、3年の冬から4年の春にかけてどうしようもならない予想外のことが起きたのもあり、長引きました。
ただ、その分可能性しかなかった。夏に通った大好きな編集室のインターンシップを筆頭に、色々な企業をみて、卒業論文など他のことをしながら、一体自分はどんな人や物と関わるのが楽しいのか、何を重視しているのかをじっくり考えることができました。
もちろん、焦りはしましたし、早期化に怒ったりやらなければならないことが多かったりしてイライラしましたが、結論が良いのでこれも運命だったのだろうと思います。
インターンで思い直したブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/08/10/
早期化にめちゃくちゃ文句言っているブログ(3年時に書いたもの)↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/10/30/
卒論に関しては、以下の通りです。正直に言うと、書いているうちに論文の書き方がよくわからなくなりまして。本当に納得はしていない出来なので、口述が非常に怖いです。
卒論の対象を見つけたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/06/
インフルエンザ中に卒論の予後を思い落ち込むブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/10/10/
卒論をいったん忘れてクリスマスの魔法をかけているブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/06/
卒論の内容に関するブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/15/
卒論が一応終わって、趣味としての読書が再開した話↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/29/
こんな感じで、就職と卒論と、今は運転免許とか卒業旅行とかに追われていまして、「日常のこと書くのがむずかしいよ!」という時もあり、その時は過去の思い出に逃げました。あからさま。幕府を六本木通いにさせたり、口の両端を持って文庫というのが好きな人は、このブログというか、このブログで取り上げたエッセーを是非読んでください。
朝井リョウと群ようこが好きだというブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/27/
大学生最後ということもあって、増して人と会いたいと思うようになりました。最近も毎日のように友人だったり中高や京都の先生だったりと会い、話し、食い、遊び、歩き、飲んでいます。本当にお金が足りないです!
というのはさておき、ブログ部の皆さんとも折角のご縁なので会いたいなあ、話したいなあと思いまして、図々しく色々な会に参加していました。あやめちゃんには特にかまってもらっていて、一緒にお能に行ったり、神保町に行ったりしてありがたい存在です。
ブログ部の皆さんに本棚の本を聞いたブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/09/28/
ブログ部のティーパーティーに参加したブログ(一番下までスクロールしてね)↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/29/
あやめちゃんと元学会長の友人と立教大学のカレーを食べたブログ(冒頭だけ)↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/26/
京都に久しぶりに行って先生とかと会ったブログ↓
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/08/31/
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先日、大学生活最後の期末レポートを書いている時、久々にとあるノートを取り出しました。
そのノートとは、私が中学生の時に毎週のように通っていた文学館や博物館の展示に関するメモ帳でして、あの時の私が「これは忘れてはいけない!」「面白い!」と思ったことを必死で書いた形跡があります。真面目というかオタクだね。
まあ、大抵忘れているんですよ。でもそのためのメモだし、開いた時だって「確か太宰について書いてある気がするよな~」と思って開いたわけです。
しかしそれでもですね、物事には必ず例外というものがあります。こうして開かなくても覚えている、心に響きすぎて脳に刻み込まれたものがいくつかありまして、今日はそのうちのひとつを取り上げて、それを〆としたいと思います。ちなみに、求めていた太宰に関するメモはありませんでした。
9年前の鎌倉文学館の展示にあった、尾崎喜八による詩の一節です。
流転の世界
必滅の人生に
成敗はともあれ
人が傾けて
悔いることなき
その純粋な
愛と意欲の美しさ
この時の私はまだ『二百十日』にはまりたてで、日本文学なんて全然知りませんでした。この文章も出典が控えていないし、この文章を書き殴ってある下には、逍遥の『小説神髄』についてメモがしてあるので、本当に何も知らなかったし、今も正直よくわかってはいません。
他と比べて、中途半端に手を付けすぎたなとか、理解が遅いなとか、覚えたりメモしたものも大抵すぐ忘れるなとか、やっぱり自分はばかだと毎日毎秒思うわけです。それでも毎回この文章を思い出して、非人道的なことはしていないのだし、その時誰よりも好きで実直だったらそれでいいかなと考えなおしていました。
そしてこれがいつの間にか信念となり、好きで興味があった日本文学科に進み、好きで興味があった京都に行き、好きで興味があった淡島寒月の本を読み、好きで興味のあった業界に進み、好きで興味のあって、必滅とはいえ末永く続いてほしい人達や物々、思想を支えることになりました。
正直、他人から名誉だとかそういった評価は貰えないことが多いです。同じ分野で専攻している人がいるとして、その人よりも私が優秀と言われることはない。むしろドのつく劣等生。しかし、それでも自分なりにしっかりと対象に向き合ったのだという自信だけはありますし、それが何よりもの誇りで、間違いなくこれから先、生きていく上での糧です。(こんな自分勝手な学生をも抱えられる体力があるのが本学、そして本学科の魅力でもあります。)
誰の目も気にせず、色々なことを好奇心のまま実行していく人間になるよう育ててくれて、そして好奇心のまま様々なことに挑戦させてくださった家族、附属学校や大学の先生方、友人たちには何べん頭を下げればいいのでしょう。そして、この学校法人を創ってきてくださった歴代数多の皆様。特に成瀬先生、マジラブ、一生愛して尊敬している。女子大学という場所を創ってくれてありがとう。
本当に楽しい10年間でした。まだ早いですけど、口述試験で殺される前に、まずは俗っぽく言っておいて、卒業が決まったらきちんとした文面で書きます。先生、こんなやつ、さっさと追い出すべきよ!
かなり恥ずかしくなってきたところで、退散します!また下旬!