きっと大丈夫!

皆さま、こんにちは!こゆき✨です
レベル200のテトリス並みに速く2月がやってきました。受験生の方々は最後の追い込みで気合を入れて頑張っているかと思います。そこで今回は、試験当日に持っていくと良いものをご紹介いたします!

1,鉛筆
シャーペンだけだと頼りないので、しっかり削った鉛筆を1~2本持っていくと安心です。

2,お菓子
頭を使うと糖分が欲しくなるので、チョコレートやグミなどを持っていくと良いと思います。ちなみに私は、家族が袋にメッセージを書いてくれたキットカットを持っていきました~

3,腕時計
多くの方が持参すると思われますが念のため。座る位置によっては教室の時計が見えにくい場合もあるので腕時計を持っていきましょう。

4,水筒
日本女子大学には各館に、無料の給水所があります!水筒の中(ペットボトル不可)に水を入れられるので持っていくと良いと思います。冬も水分補給は大切だよ~!

合格祈願🙏💯

言葉は刃

口は災いの元とはよく言ったものですが、ふとした時に思わぬ勢いで相手を切り裂いてしまう。そんな恐ろしい凶器を誰もが持っていて、誰もがそれを使わねば生きていけない毎日です。

現に私も画面の前の貴方様にその切先を向け続けているのですから。
しかも、簡単に想いを呟いて書き込むことのできるSNSなんてとても便利なものがあるから、何か少しでも問題のある言葉を放ったらすぐに標本のように言葉が展翅されて、そう、火炙り。
だけれども、私のようなお馬鹿さんは……やはり刃物は使いようだと思うようで。



ところで、そう、画面の前の貴方様。貴方様はどんな素敵な刃物をお持ち?



○*○*○*○



本日のお相手は相も変わらず近代文学に入れ込んでいるまどか🐧です。

さてさて、言葉という刃物の持つ力。
こんなことを考えるキッカケになったのは私が大好きな毎度お馴染みの【近代文学講義】という授業。2024年度と2025年度限定で安藤宏先生がご担当くださっていたコチラの授業で……人文学を学ぶ意義についてだったかしら。それとも唯名論と唯物論だったかしら。ともかくも言葉と文化の結びつきの強さを考える機会があったのです。
その時、先生は「例えばイヌイットの人々は【白色】という概念に対して、私たちよりも遥かに多くの言葉を持っている」という話をご紹介くださったことを今でもよく覚えています。一面の銀世界で生活する彼らには【白色】といってもその中に微妙な差異が沢山あり、それぞれに言葉を、名前を付けているのでしょう。
そんなお話を聞きながら私は自分自身の感性について何だかストンと腑に落ちたような気がしたのです。


ところで皆様、カラス🐦‍⬛って何色をしていると思いますか?
おや、ちょうどよく絵文字も出てきてくれました。それなら、この絵文字のカラスは何色に描かれているのでしょう。
例えば…ここにカラスの塗り絵があって12色色鉛筆を渡されたとします。そこから一本だけを選んで色を塗るように言われた時、貴方様なら何色の色鉛筆を手に取るのでしょうか。私はきっと[くろ]と呼ばれる一本を選びます。
でも、もし「一本だけ」という指定がなかったとしたら?



私は迷わず全色を使います。



日本には「烏の濡れ羽色」なんてとっても素敵な表現がありますよね。私はこれが大好き。
烏の濡れ羽色、それはきっと光の当たり方一つで赤色にも緑色にも青色にも見える。てらてらと真っ暗なのに眩しいのです。
小学生の図工の時間、絵の具は3色以上混ぜちゃダメなんて言われたけれど。だとしたら烏はきっと大富豪。ありとあらゆる色ぜんぶを吞み込んでぐるりと混ぜた。全ての色を持った[くろ]に違いない。


つまり、私にとって【くろ】という色は単に色鉛筆一本で収まるものではありません。
烏の濡れ羽色・檳榔子黒・イカ墨パスタの色・車のタイヤの色・夢の国でスマホの充電が切れた時の画面色……前半2つは日本ならではの固有色、そして後半3つはまぁ随分と勝手な色選びですが、そんな個々人の経験の言語化に基づく固有色もあるにはあるでしょう。
肝心なのは単に【くろ】と言われた時よりも「烏の濡れ羽色」と言われた時の方が豊富なイメージを持って認識できるということ。表現を多く知っていればいるほど、細やかに知覚し、記憶し、共有できるワケです。


例えば人生で初めて「雪」を見た時、突如として空から零れ落ちる白色の何か、もしかしたら空から雲が剥がれ落ちてしまったのかもしれないなんて思ったけれど……。それが「雪」だと教えてもらった日から、私の中でその「冷たくて白いひらひら」は「雪」になった。そして、冬になると必ずと言っていいほど耳にするあの曲のサビのおかげでサラサラとした「雪」を「粉雪」と呼ぶようになった。
こんな風に「言葉」を一つ知る度、私の世界はちょっと賑やかになる。


○*○*○*○




安藤先生はこれを「言葉は世界を切り分けていくナイフなんだ」と仰っていました。
360度ぐるりと私達を囲む「世界」を生きていく中で「言葉」はその無数の事象を切り出していくことができる。だからこそ、言語や文化、歴史……そういった【人文学】を学び「言葉」というナイフを増やすことが世界を広げることに繋がるのでしょう。

おばかさんとハサミは使いよう、なんて言いますが。正しく「言葉」とはそんなもの。「言葉」という刃物は武器にも凶器にも成り得ます。


そんな狂おしくも愛おしい「言葉」。
私はそんな「言葉」を相棒として、この目まぐるしく移り変わるトンデモない「世界」を切り拓いていきたいから、人文学の道に足を踏み入れました。





ねぇ、画面の前の貴方様!
そう、貴方様です。貴方様はいったいどんなステキな言の刃物をお持ち?






行ってこい、きっとなんでもできる

皆さんこんにちは。みちこです。

相も変わらず期末レポートに追われている私ですが、レポートを書いていたってこういう自分の考えを発信する場は欲しいと思ってしまいます。

このブログ部という活動があって、私自身本当に救われていることが多いです。

 

さて、今回は一般試験の前日が更新日ということもありますので、受験生の方向けの記事を書こうと思いまして。少し受験生時代の私のことを書いてみようかな、と思います。

長くなりますが、まあ…気長に、気楽に見ていってくださいな。

(もしかしたらどっかの記事に過去の私が書いてる話かも知れないんですが…内容被ってたらご容赦ください…)

 

結論から先に言いますと、私はものすごく怠惰な受験生でした。

というのも、当時の私には大学に行くことにあまり意味を見出せなかったんです。

理由は、その頃大好きだった声優さん、そして自分の特技が朗読であることに起因しています。

簡単に言うと、ずっと昔から自分が得意なことで、周りにもある程度能力を認められていたのが朗読だったのです。

私は幼少期から物語を声に出して読むことが大好きでした。小学校で周りの子たちと気が合わずに友人がほぼ出来なかった時も、中学受験の勉強(特に算数)の点数が取れなくて散々父親に怒鳴られた日々の中でも、それだけが唯一の私の生きがいとなっていました。

中学生になってとある声優さんに出会った後から、徐々に私は声優になりたいと思い始めました。

しかし親に高いお金出してもらってまで通っている中高一貫校、さらに、いわゆる進学校と言われる、それなりに偏差値の高い部類の学校に進学していた私は、この夢は絶対に親には認めてもらえないだろうと思っていました。

案の定、大学受験を意識し始めた高校1年生の頃、ちゃらんぽらんな態度の私は父にこっぴどく叱られました。その夜泣き果てた先に私が考えたことは「声優さんは普段日本語を使って脚本を理解しているし、演技をしている。その日本語について知ることができれば、将来的に声優になる先駆けにはなるのではないか」ということでした。

そこで私は日本文化や日本語について学べる大学を探していき、大学受験勉強へ突入していくこととなります。

 

しかし、そう簡単に人が変わるはずもありません。

ーーー本当に勉強に身が入らなかったんです。

一度そう決意したはいいものの、結局は推しのコンテンツを観すぎてしまったり、推しが出ているゲームにハマって相当やりこんでしまったり…

結局その夢を諦めることは当時の私には難しく、ずっと心の片隅に置いて蓋をしたまま受験勉強をし続けていたのです。

要は、ずっと自分に嘘をつき続けながら受験勉強をしていたのです。

競争心や世間体のために、といった何か別の要因があれば違ったのかも知れません。

しかし、そんな心情は生まれて此の方持ち合わせてきませんでしたから、結局ほぼ身が入りませんでしたね。

 

というわけで、「傍から見れば」結果は惨敗。

となりましたが、別に私はこれで惨敗したとは微塵も思っていませんでした。

強いて言うなら、何かに一生懸命に打ち込んだ経験をしなかったが故に虚無感を覚えたことくらいでしょうか。基本私は人生に後悔することはないんですが、これだけは唯一人生で後悔している事かもしれません。

でも別に、これで終わりじゃありません。

現に、私の人生はまだ続いています。虚無感を覚えたあの時の経験が糧になったのかは分かりませんが、大学生の今の方が明らかに頑張っています。

母にも、「その気力を受験で発揮してくれれば…いっつも3年遅いよねあなたは…」と残念がられたくらいですから、後悔もしてみるものです。

 

まあ、ここまで長々と綴ってきましたが、この経験から一番言いたいことは「人生どうにでもなるのだから、一瞬一瞬になんでもいいから理屈をつけて全力出してみてね」ということです。

この、「なんでもいいから理屈をつけて」というところがミソで、動機は不純でまったく構わないのですが、そこでむちゃくちゃにでも全力疾走した経験は、絶対に後の人生で皆さんの糧になってくれるでしょう、ということです。

 

反面教師的に私の経験を消化してくださってまったく構いませんし、面白がってくれてもかまいません。むしろ過去の私を、「何やっとんじゃバカ!」とはっ倒してやってください(笑)

多くの皆さんは絶対に過去の私のように怠惰、なんてことないでしょうから。

ぜひ、自分が頑張ってきたことを信じて、貫いてくださいな。

 

たとえどんな道だとしても、皆さんが歩む道を心から応援しています。

 

といったところで今回はここまでとしたいと思います。

相変わらず長くてすみませんが、次回は…時期もよさげなので卒論ゼミ発表会について記そうかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます!

行ってこい、きっとなんでもできる

皆さんこんにちは。みちこです。

相も変わらず期末レポートに追われている私ですが、レポートを書いていたってこういう自分の考えを発信する場は欲しいと思ってしまいます。

このブログ部という活動があって、私自身本当に救われていることが多いです。

 

さて、今回は一般試験の前日が更新日ということもありますので、受験生の方向けの記事を書こうと思いまして。少し受験生時代の私のことを書いてみようかな、と思います。

長くなりますが、まあ…気長に、気楽に見ていってくださいな。

(もしかしたらどっかの記事に過去の私が書いてる話かも知れないんですが…内容被ってたらご容赦ください…)

 

結論から先に言いますと、私はものすごく怠惰な受験生でした。

というのも、当時の私には大学に行くことにあまり意味を見出せなかったんです。

理由は、その頃大好きだった声優さん、そして自分の特技が朗読であることに起因しています。

簡単に言うと、ずっと昔から自分が得意なことで、周りにもある程度能力を認められていたのが朗読だったのです。

私は幼少期から物語を声に出して読むことが大好きでした。小学校で周りの子たちと気が合わずに友人がほぼ出来なかった時も、中学受験の勉強(特に算数)の点数が取れなくて散々父親に怒鳴られた日々の中でも、それだけが唯一の私の生きがいとなっていました。

中学生になってとある声優さんに出会った後から、徐々に私は声優になりたいと思い始めました。

しかし親に高いお金出してもらってまで通っている中高一貫校、さらに、いわゆる進学校と言われる、それなりに偏差値の高い部類の学校に進学していた私は、この夢は絶対に親には認めてもらえないだろうと思っていました。

案の定、大学受験を意識し始めた高校1年生の頃、ちゃらんぽらんな態度の私は父にこっぴどく叱られました。その夜泣き果てた先に私が考えたことは「声優さんは普段日本語を使って脚本を理解しているし、演技をしている。その日本語について知ることができれば、将来的に声優になる先駆けにはなるのではないか」ということでした。

そこで私は日本文化や日本語について学べる大学を探していき、大学受験勉強へ突入していくこととなります。

 

しかし、そう簡単に人が変わるはずもありません。

ーーー本当に勉強に身が入らなかったんです。

一度そう決意したはいいものの、結局は推しのコンテンツを観すぎてしまったり、推しが出ているゲームにハマって相当やりこんでしまったり…

結局その夢を諦めることは当時の私には難しく、ずっと心の片隅に置いて蓋をしたまま受験勉強をし続けていたのです。

要は、ずっと自分に嘘をつき続けながら受験勉強をしていたのです。

競争心や世間体のために、といった何か別の要因があれば違ったのかも知れません。

しかし、そんな心情は生まれて此の方持ち合わせてきませんでしたから、結局ほぼ身が入りませんでしたね。

 

というわけで、「傍から見れば」結果は惨敗。

となりましたが、別に私はこれで惨敗したとは微塵も思っていませんでした。

強いて言うなら、何かに一生懸命に打ち込んだ経験をしなかったが故に虚無感を覚えたことくらいでしょうか。基本私は人生に後悔することはないんですが、これだけは唯一人生で後悔している事かもしれません。

でも別に、これで終わりじゃありません。

現に、私の人生はまだ続いています。虚無感を覚えたあの時の経験が糧になったのかは分かりませんが、大学生の今の方が明らかに頑張っています。

母にも、「その気力を受験で発揮してくれれば…いっつも3年遅いよねあなたは…」と残念がられたくらいですから、後悔もしてみるものです。

 

まあ、ここまで長々と綴ってきましたが、この経験から一番言いたいことは「人生どうにでもなるのだから、一瞬一瞬になんでもいいから理屈をつけて全力出してみてね」ということです。

この、「なんでもいいから理屈をつけて」というところがミソで、動機は不純でまったく構わないのですが、そこでむちゃくちゃにでも全力疾走した経験は、絶対に後の人生で皆さんの糧になってくれるでしょう、ということです。

 

反面教師的に私の経験を消化してくださってまったく構いませんし、面白がってくれてもかまいません。むしろ過去の私を、「何やっとんじゃバカ!」とはっ倒してやってください(笑)

多くの皆さんは絶対に過去の私のように怠惰、なんてことないでしょうから。

ぜひ、自分が頑張ってきたことを信じて、貫いてくださいな。

 

たとえどんな道だとしても、皆さんが歩む道を心から応援しています。

 

といったところで今回はここまでとしたいと思います。

相変わらず長くてすみませんが、次回は…時期もよさげなので卒論ゼミ発表会について記そうかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます!

今日も今日とて図書館へ

お久しぶりです!ゆずなです🪼

明後日から一般入試が始まりますね。日本文学科を受験される方も、もちろん、されない方も一生徒として応援しております。本番まで体調を崩さないようにしてくださいね。頑張れ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

🪼 今回は、期末を通しての経験
について綴りたいと思います。

本日までの課題を提出し、無事後期の期末試験、レポートが終わりほっとしております😌

前期はゼミ決めのことを考えて履修登録をしつつ、基本的には気になる内容の授業を履修しました。その結果、期末テストが2つ、期末レポートが10本というとんでもないことに……。
そんな前期の反省を活かし、後期は期末テストを4つ、期末レポートを7本になるよう調整しました。

期末レポートを書く上で行う、先行論文を読んだり、どんな構成にするか考える作業も文字を打つことも好きだったため苦ではありませんでしたが、いかんせん量が多いとその分大変になりますよね。完全に未来の自分に託した結果です。
自分のキャパは、実際にやってみないと分からないことでしたので、いい経験でもありました。みなさんもご自身がどれくらいのレポート数なら書けるのか、把握して履修登録に臨んでくださいね。

そんなこんなで、前期は期末レポートを書き上げるために国立国会図書館に通っていた記憶しかありません。大学の図書館よりも家から近く、何よりも、国立国会図書館のみが所蔵している論文もあるため、足が向きがちです。

図書館関連の話題で、本日もまた大学の図書館へと赴き、作業をしていました。
なんといっても、日本女子大学の図書館は蔵書量が多いため、本好きにとっては本に囲まれるだけでも最高な環境でございます。それに加えて、綺麗な施設、周囲には同じく作業している人がいるとくれば、集中できること間違いなしです👓

その際に自分で資料を探していたのですが、この探す一手間も好きだなあということをふと思いました。急いでいる際には時間ロスと感じてしまいがちな作業ですが、たくさん並ぶ本の中から自分の読みたい本を探し当てたときの達成感といったら!論文を読むことがますます楽しみになります。

目白駅までの道のりは寒さにやられてしまうので苦手です🧣
ただ、最近は健康志向なため、徒歩!徒歩!と思いながら歩いております。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

本日も私のブログを最後までお読みいただき、ありがとうございました。



今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡

雨垂れ石をも穿つ!

みなさん、こんにちは!

最近、中学生のときに好きだったアニメ「薄桜鬼」を久しぶりに見返して、新撰組への愛が再燃しつつあるももこです(ちなみに推しは土方さん!)。

季節外れの寒波が列島を襲っていますが、いかがお過ごしですか?私は家の中でもネックウォーマーを着て防寒対策をしてます(笑)。今朝のニュースを見て知ったのですが、花粉もすでに飛び始めているとか…。花粉症の方にとってはつらい季節が始まりますね。かくゆう私も(花粉症ではありませんが)アレルギー性鼻炎なので、年がら年中鼻のつまりと戦っております。

当たり障りのない話題から始めてしまいましたが、この時期になると、否が応でも体調管理を意識してしまうのは私だけでしょうか…。2月に大学受験を経験した身にとっては、「受験生のみなさんが体調を崩しませんように!」と毎日の天気予報をまじまじと見てしまうのです。自分が受験するわけではないのですが、親心というものですかね…(笑)。

***

さて、我らが日本女子大学の一般入試も近づいてまいりました。試験は、2月1日(日)~2月3日(火)に行われます。

すでにご覧になっている方も多いと思いますが、本学から出された試験当日の注意事項を添付いたします。前日までに、今一度ご確認ください。

https://www.jwu.ac.jp/unv/news/2025/20260123_01.html

また、日本女子大学公式インスタグラムの方に、JWU PRアンバサダー(本学の魅力や特徴を発信する学生組織)の方々がまとめてくださった一般選抜サポートガイドもございましたので、ぜひ参考にしてください。

Instagram

***

受験生とそのご家族のみなさんは入試の準備のために忙しい日々を過ごされていることと思います。私自身、受験生のこの時期は、試験に向けた勉強に加えて、出願や前泊の支度などの様々な準備が重なり、心身ともに疲弊していました。試験の直前まで自分を追い込むことも重要ですが、適度にリフレッシュする(散歩する、音楽を聴く、甘いものを食べる…)ことも大切です。

ここからは私の受験時の経験談になってしまいますが、お話させてください。前泊するホテルに午前中に着いた私は、そこから部屋に籠って試験への最後の追い込みをかけました。その後、夕食を取ってお風呂にも入り、次の日の試験の準備もバッチリの状態でベッドに入ったのですが、なかなか眠れなかったんです(泣)!眠れないとだんだん焦ってきて負のループに陥ります…。こうなってしまった原因の1つとしては、1日中ホテルの部屋に籠って、一切身体を動かしていなかったことが挙げられます。「頭を使って脳を疲れさせるだけでなく、無理にでも散歩に出掛けて身体も疲れさせておけば良かった!私の睡眠時間がぁぁぁ!」と後悔したものです。私と同じ失敗をおかさないように、ぜひ脳と身体、どちらもバランス良く疲れさせることを意識してみてください。みなさんが、試験前日に良質な睡眠をとれますように…!

日本女子大学の入試日程は他の大学より比較的早い方ですので、本学の試験が志望する大学の入試日程全体の最初という方も多いと思います。きっと不安や緊張で胸がいっぱいでしょう…。しかし、不安や緊張があるのは当たり前。これまで積み重ねてきた努力を発揮するための隠し味です。小さな雨の雫が石を穿つように、解けない問題があっても、調子が出なくても、最後まで諦めず戦い抜いてください!

受験生のみなさんが試験で力を存分に発揮できるように応援しております!さくら咲け!

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

日本文学科の学び

ごきげんよう、あやめでございます。

更新が遅くなり、大変申し訳ありません。

今回は、近況とか、日本文学科で学んだことを振り返ることとかをしようと画策しています。

卒論も提出し、今度は卒論発表会が近づいてきております。3年生のみなさんはもとより、他の学年の皆さんも、卒業論文のイメージやゼミのイメージをつかむためにも参加なされると良いと思います。我々4年生としてはこれまでの学びを振り返るような時期になっていますね。私は卒論発表会でスピーカーになることになりました。もう緊張しております。去年先輩たちが発表していたあの物凄くかっこいい発表はできそうもありませんが、とにかく練習しているところです。

それから、本学の受験日程が目前になっております。受験生のみなさんは(もう耳にたこができるほど聞いているかもしれないけれど)体調に気を付けて、それぞれのペースで頑張ってください。かくいう私も受験を前にギックリ腰になったり風邪をひいたりするタイプでありました。今現在もちょっと体調が微妙なところがあります。お互い無理のない範囲で、ですね。

◆◆◆

4年間日本語や日本文学を学んで、わかった、というより「感じた」ことがある。文学にせよ取扱説明書にせよ論文にせよ、「ことばを用いて相手に自分の思いやら持論やらを理解させること」である行為である、と考える。しかし、「自分のなかに浮かんだ気持ちを相手に伝える手段」である言葉が、言葉通りに伝わることは難しい。相手に自分の気持ちを伝えるには、それしかないのに、にもかかわらずである。自分なりにその言葉の用法や意味を、数多く存在する用例から抜き出して、だいたいこんな意味かなあと思って、使ってみて、あれなんだか通じたぞ、じゃあこんな意味・ニュアンスで合っているんだナ、というプロセスを経て言葉を自分のものにしていく。そしてある単語について一度理解できれば、その用法を疑わずに使い続ける。そして各々でこの言葉はこんな感じの使われ方がされているんだ、という経験則が積み上がっていく。各々に。だから「ことば」ほど不明確なことはないのかもしれない。

私は日本語(厳密に言えば「ことば」そのもの)こそが、この世のすべてを定義するツールだと思っていたので、このツールそのものの理解が深まれば、世の中に対する解像度もあがるんじゃないか?と思って、日本語(ことば)を勉強するために日本文学科に進学することにした。その結果、この世のすべてを定義するツールは、厳密に定義できない、ということを自分なりに学び取った。それなら、「定義」とはどういう意味合い??「定義」の定義って何だっけ?という形で堂々巡りになってしまう。

軽やかな足取りで、ごきげんに、確固たる意志と、でもツンと押されたらべちゃ、と転んでしまいそうなもろさを持った人間になりたいけれど、「軽やか」な「足取り」で、「ごきげん」に、のことばすべての定義が不明なら、どこにどう向かえばよろしいのか。そしてふと、おや、こんなことを考える私はまるで軽やかではない、と「感じる」私がいる。

すなわち、はらぺこだと怒りっぽくなる、机の角に足をぶつけたはずみで腕をぶつける、鼻炎の、巻き爪な、釣り目の私が私であって、まずはじめにはらぺこをなおさないといけない。水道から一滴滴る音。エアコンが暖かな呼気を吐きだす音。

◆◆◆

日本文学科での学びは自分の考えを言葉にする力を育ててくれたのだと思っています。さらには、考えることそのものの土台を整えてくれたのだとも、考えることに必要なパーツを入手することもできたのではないかな、とも思います。言葉の辿り方を知った4年間でした。

脳みそで話してみる、そんな日

こんにちは、こんばんは。
例に漏れずレポートの締め切りに追われているりさ🎧です。


 みなさんいかがお過ごしでしょうか。大学生は絶賛テスト&レポート提出期間でございます。
そんな日にアルバイトを入れている私は大学からしたら不良学生ですが、勤務先では両立できているすごい子のように映っているかと思います。読者の皆さんにはどのように私が映っているのでしょうか。いい加減、課題が出たときに「こんなにも期限があるから未来の私がなんとかしてくれる」という他力本願(自力本願…?)をやめたいものです。なぜなら未来の私がこんなにも苦しんでいるのだから。せめてレポートのテーマとか構成ぐらいは考えてくれると助かるのだけれど。毎回苦しむのにそれを避けようとしない理由はいったいどこにあるのでしょうか…時間がある時に内なる自分とお話してみたいものです。

 さて、みなさんは勉強中に必ず用意するものはありますか?

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/27/

このブログでも書いているのですが、私はアポロの大袋に必ず手を伸ばせば届く位置にスタンバイしてもらっています。時々アルフォートになったり、ハッピーターンだったりマカダミアナッツだったり姿かたちが変わります。
そういえば、最近といっても少し前にX(旧Twitter)で話題になったたけのこの里の大袋、皆さんは手に取られましたか?私はたけのこの里もきのこの山も好きなので当然手に取ったのですが、やっぱり大袋の威力は半端ないです。どれだけ食べても減らない!すごい!…なんて感動しているうちに底つくんですけどね。絶大な人気を誇るたけのこの里大袋、地元のスーパーで入荷してもすぐに売り切れてしまうほどの競争率の高さ。我が家では見つけ次第買うようにお触れが出てるとか出ていないだとか…
お菓子以外で言えば最近は顔が丸くなったような気がして、フレーバーティーにも挑戦しています。お菓子に限らず甘いものを摂取しておけばそこにカロリーがなくても体をだませるのではないかと思いつきまして。お気に入りはルピシアの「白桃烏龍 極品」です。私は桃にとにかく目がなくて、桃がつくものには片っ端から手を伸ばすぐらいには桃が大好きなのですが、これは香りが桃で味は緑茶に近いような気がします!ただ、私は自他ともに認める味音痴なのでお茶に精通している方からしたらもしかしたらちゃんと烏龍なのかもしれません。
味音痴といえば、大学がある日の昼食は母におにぎりかサンドイッチを作ってもらうんです。特にサンドイッチでは私が飽きないように味付けを変えてくれていたりするみたいで、帰宅してから「今日のお昼どうだった?」って聞いてくるのだけれど、味音痴だから全く分からなくて。「おいしかったよ」と答えた後に母と答え合わせをするのですがいい加減気づきたいものです。作り甲斐のない娘でごめんねお母さん…

 本日はレポートに追われているのもあり、私の脳みそが考えることを放棄した回になっております。働かない頭でもなんとか読める文にしたはず…!
たまにはこんな回があってもいいよね、ということで、またお会いしましょうー!!

ご飯会記録

みなさま、こんにちは!
1月も後半に入り、なんだか少しずつ春休みの気配を感じてきましたね。いかがお過ごしでしょうか。


さて、今回はご飯会のお話を2つほど!


まずはブログ部の4年生でのご飯会に行ってきました。
実はあまり集まりに参加できていなかったのですが、みんな本当に優しくて…温かい空気の中で楽しくおしゃべりしてきました。お互いの卒論の話をしたり、4月からの進路の話をしたり、同じ学年ならではの話題が多くて、改めていい時間だったなあと感じています。


そしてもうひとつは、ゼミのご飯会!
中国文学ゼミということで、吉田先生おすすめの中華料理をいただいてきました。実はゼミでしっかり話すのは今回がほぼ初めてくらいで、最初は少しドキドキしていたのですが、いざ話してみるとみんなそれぞれ面白くて。大学生活の話や卒業旅行の話など、今まで知らなかった一面もたくさん知れて、とても楽しかったです。
サークル中心の生活だったので、学科でのつながりはあまり多くない方なのですが、こうして関われる人がいるのは嬉しいなあとしみじみ感じます。ありがたや!

なんだかほっこりした気持ちになった1月でした。良き出会い大切にしていきます!今回もお読みいただきありがとうございました!それでは!!

オオマイブック

こんにちは。

私の本棚にはどんな本が並んでいるのでしょう。と言いつつ、私は小さなころから本を読むのはまあまあ好きでしたけれども、自分の本というのは持たず、読んだ本のほとんどは学校の図書館で借りてきたものばかり。お祖父さんの影響で散歩がてら図書館を訪れることもありましたけれども、それだって借り物にすぎません。お小遣いだってお年玉だってそこそこの額を貯めていましたけれども、それを本に使おうとは考えませんでした。いや、というより、私は数多ある本の中から自分のお金を使って買うべき1冊を見つけられなかったのです。買った本がおもしろいかは分からない、そのうえ読みたい本はたくさんある。それならば、図書館で借りてきた方が経済的です。ためらいもなく色々な本を読めます。飽きたら途中でやめても損はありません。その代わり、たとえ自分の価値観に決定的な影響を与えるようなおもしろい本に出合えたとしても、自分の本棚に並べることはできないということです。まあ、よっぽど気に入ったのなら買えばいいのですが。

大学に入ってからは、図書館というと「調べ物をする場所」という認識が強くなってきました。日本文学科の学生ですからね、当たり前といえば当たり前です。それでも課題の合間にふいっと目に入った本――『痴人の愛』とか『孤独なバッタが群れるとき』とか――を借りてきて、帰りの電車で勢いに任せて読む、なんてこともしました。そのくらいの気軽さがよいのです。

先日もふらっと地元の図書館に行って、だからといってお目当ての本などありませんでしたから背表紙だけ見てふいっと目に入った本――愛川晶さんの『モウ半分、クダサイ』というのですが――を手に取って、無心でつらつらと読んでみました。地獄の底から手が伸びてきそうなタイトルですが、お化けも鬼も妖怪も出てきません。落語の怪談噺を題材にした人間たちのお話です。ただし出てくる人間はちいと怖いことをします。人間はたった一つの些細な出来事だけで豹変しますし、たった一つの些細な出来事であっても、あなどっていれば気づかぬうちに一大事になっているものです。「自分は大丈夫、大丈夫。」その慢心が平穏な日常をむしばんでいく、そのゾクゾクっとするような怖さがたまらない作品でした。

ちなみに私は、この世で一番怖いのは人間の心だと感じさせるような心理的なホラーが大の好物ですので、今回の選択は大当たりです。

そんなこんななので、私の本棚にはそんなにたくさんの本はありません。いつぞやに紹介した森見登美彦さんの本は1冊も持っていないのですよ。僅かにあるのは、本屋でピピッと来たミステリーとかホラーテイストのミステリーとか。あとは図書館の貸出期間2週間を意識しないでゆったり読みたい明治大正昭和あたりの名作、海外の名作とかが数冊ずつ。小学校時代に曾祖父さんにおねだりした「ハリー・ポッター」シリーズ、高校時代課題のために買ってもらった新書というのもあります。その他は小説ではなく漫画、教科書、ノート類。

ああ、なんだか寂しくなってきました。もう少し自分の本、ほしいなあ。