服飾の秋

皆さん、こんにちは。

急に気温が下がり、寒い日が続いています。先週は気候の変化と乾燥にやられてしまい、喉の痛みと戦う一週間でした。いまだ完治とはいきませんが、だいぶ過ごしやすくなりました。体調を崩すと気分も落ち込んでしまいます…。皆さんも体調にはお気を付けください。

前回の更新では、最推しである斎宮宗様のお誕生日ということで、盛大にヲタク語りをさせていただきました。無事に当日を迎え、貯め込んできたゲーム内通貨を溶かして誕生日限定ピックアップガチャを引くもお目当てのカードは手に入らず、半泣きになりながらお誕生日ボイスとストーリーを楽しんでいました。

「斎宮宗」が存在する世界線に特大感謝ですね!!

ところで、皆さんは普段着ている服が何からできているか知っていますか?そう、布です。

当たり前だよと思いますよね。すみません。では、「これ衣装だよ!」といって布を渡された経験はありますか?私はあります。

今年も衣装制作の時期がやってまいりました。私の所属しているダンスサークルでは、12月にあるちょっとした大会のために一から衣装を作るのです。しかし、これが想像の100倍大変な作業で…。まず、型紙をつくり、布を裁断して、縫い合わせてと言葉でいうのは簡単なのですが、やはり素人なのでこの手順に信じられないほど時間がかかります。思わず、「服って布からできてるんだなぁ」などと分かり切った現実逃避をしたくなるくらいには、です。

2年目になりますが、この時期の衣装制作はとってもガチで、まだ本格的に始まっていませんが戦々恐々です。

そんな衣装制作を大の苦手としている私ですが、モチベーションは何かと問われれば、推しと即答できます。今回も話題に挙げた宗様、芸術全般に秀でているのですが真骨頂は「衣装」にあるのです!宗様は幼いころから手芸を嗜んでいて、自身のライブで着る衣装のほとんどが自主制作の作品です。私が衣装を作るなんて考えたことのなかった高校時代は、(宗様は凄いなぁ)くらいの気持ちだったのですが、今なら大きな声で言えます。『宗様は天才です!!!』

サークルに入って、改めて推しの尊さを感じることになるとは思いませんでしたが、今回の衣装制作も宗様を見習って、良いもの作れるように頑張りたいと思います。

減らせブタクサ、増えろ本。

唐突な寒さに体調を崩す人が増えていますね。こんにちは、さゆりです。

こんなに寒いと朝布団から出たくなくなりますよね。私は起床してすぐ暖房をつけるとすっと起きやすいので、起きた直後になるべく暖房をいれるようにしています。

そして花粉の本格シーズンも到来しましたね。杉もブタクサもイネ科の植物も恨めしい。

 ここ数か月ほど日中の朝から夕方までのどうにもならない眠気が悩みだったのですが、先日花粉症用の薬をやめたらなんとびっくり、ぱたっと解決しました。病院で夜寝る前に飲むようにと指示された薬が眠気が出やすいものだったらしく、そのために夜のみの服用なのに私の体では日中も眠気が出るように作用してしまったということなんですかね。(私は医師ではないのでわかりませんがおそらく体に合わなかったのでしょう)朝晩に出現する鼻づまりは悪化して苦しい反面、眠気がなく集中できるのは本当にありがたいです。さすがにこのままではつらいので近々別のお薬チャレンジに挑む予定です。

 さて、今回は日本文学科のここが楽しかった(楽しいよ)エピソードだとか、日本文学って古典文法が苦手でも大丈夫なの?というあたりについてお話ししようと思ったのですが、ごめんなさい、鼻が詰まりすぎて口呼吸になっており全く集中できないので次回にさせてください。もういっそのことエラ呼吸したい。

そういえば、結構前に読書の再ブームがやってきました、というお話をしたかと思います。ブーム、まだ続いてます。というより習慣化したというべきでしょうか。

立ち寄った本屋さんで気になる本をレジまでもっていく瞬間や、新しい本の1頁目をめくる瞬間というのは、何物にも代えがたい喜びやときめきがあると思いませんか?

 やっぱり紙の本って浪漫が詰まってますよね。重かったら重いだけ気合を感じますし、軽ければ気軽に読めてお出かけの相棒にしやすいですし、京極夏彦先生の辞書みたいな厚さの本も見ていてワクワクします。ぺらっとした文庫本は小さなカバンにいれて持ち歩けるので大好きですが、数時間足らずで読み切ってしまってさみしいので、サイコロみたいな本があると「まだこれだけ厚みがある!」と嬉しくなります。持ち歩けないですけどね。だからこそ家でゆっくり読めるという贅沢もあるわけで、それも好きです。

 ところで、私の部屋には天井まで届く大きな本棚と、三段くらいの中くらいの本棚が合わせて二つあります。大きいのは家族共用、中サイズのは私の本棚でして、廊下にもまた大きめの本棚があるのですが、最近本が増えすぎて本棚に収まりきらなくなってきてしまいました。仕方なく平積みしていますが、やっぱり本は背面が見えてこそですし、ちょっと乱雑にあつかっているようであまりすっきりせず。かといって今ある本も処分したくないのでどうしようか悩むところですね。ちなみにこれ以上本を増やさないという選択肢はまず存在しません。多分一生増え続けることでしょう。

いい収納方法が見つかることを祈りつつ、今日はここで締めたいと思います。では、また。

Welcome home.

皆さん、こんにちは!

1週間ほど前の3連休に時が戻らないものかと、本気で考えているももこです。

皆さんは3連休いかがお過ごしでしたか?季節外れの暑さではありましたが、天候にも恵まれ、どこかへお出かけしたり、おうちでゆっくりしたりと、楽しい時間を過ごした方が多かったのではないでしょうか…。

かくゆう私もそのひとり。後期が始まった頃から、この3連休を心待ちにしていました。というのも、久しぶりに母が東京に遊びに来てくれることになっていたんです!連休の1ヶ月ほど前から、母との会話は「11月の3連休はどこに行く?」ばかり…(笑)。相談に相談を重ね、今回は舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を観に行くことになりました。

本日は、そんな連休の思い出をお話したいと思います!

さて、このブログでもたびたび触れてきましたが、私、ファンタジー映画が大好きなんです…。ですから、「ハリー・ポッター」シリーズは言うまでもなく、大、大、大、大、大好きな作品です(笑)!

思えば、物心ついた時には、実家には「ハリー・ポッター」のDVDがありました。毎夜何番を見るか姉と相談して、母に「明日も学校があるんだから、早く寝なさい」と言われるまで、それはもう、姉とふたりテレビにかじりついていたことを今でも覚えています。また、大学の受験期には、寝る時にBGMとして「ハリー・ポッター」の映画を流すことで、1日中勉強して疲れ切った心を癒すということまでしていました。そのかいあってか、「ハリー・ポッター」の知識は人一倍…、「ひとりハリー・ポッター」(ひとりでハリー・ポッターの1シーンを演じることをこう呼んでいます)だってできちゃいます(笑)!

つまり…、「ハリー・ポッター」は私の人生になくてはならないもの、生活の一部なんです!

今でもよく、1作品目から順にエンドレスで流します。大学生になってからは忙しくて、はじめから最後までテレビにはりついて見続けることは難しくなりましたが、ふとした瞬間に目に入ってきたシーンが、不安な気持ちやつらい心を癒してくれたり、勇気を与えてくれたりするんです。この作品は、ある種の癒し効果、セラピー効果があるような気がしています。

(なぜ、私が一人暮らしの家でも「ハリー・ポッター」を見られるかと言いますと、昨年の誕生日に、母が1作品目から8作品目まで全てが入ったDVDセットを、プレゼントしてくれたからなんです。今年は「ファンタスティック・ビースト」のシリーズ3作をプレゼントしてくれました。本当にありがとう!)

ここまで、私の熱い「ハリー・ポッター愛」について語ってきましたが(笑)、そろそろ本題に入らなくては…。

舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、ずっと観てみたいと思っていた舞台の1つでした。もともと「ハリー・ポッター」が大好きだったこと、また、自分自身がまだ知らない「ハリーポッター」のストーリーを知れることに合わせて、今回は母と一緒に観ることができるということもあり、私のドキドキワクワクする気持ちは観劇日に近づくにつれ、大きくなっていきました。

前日入りした母と、夜遅くまで「ハリー・ポッター」のDVDを見たので、予習はばっちり(笑)!登場するキャラクターが分からないなんてことがないように、公式ホームページも確認して当日に臨みました。

会場は「TBS赤坂ACTシアター」。最寄りの赤坂駅で下車すると、どこからか聞いたことのあるメロディーが流れてきました。映画「ハリー・ポッター」のテーマ曲です!「駅の中からハリー・ポッター一色だね~」なんて言いながら、母と一緒に感動していると、これまた身に覚えのある影が…。

ん?んん?こ、これは…ドビー?母と一緒に二度見してしましました(笑)。そう!この影は、屋敷しもべ妖精のドビーです。おっちょこちょいだけど、いつもハリーを助けてくれる、心優しい愛すべきキャラクターですよね。ちゃっかり母とふたり記念撮影をして、歩みを進めると、今回の舞台の重要なキーとなる「タイムターナー(逆転時計)」の大きなモニュメントが登場…。だんだんと、魔法の世界に入っていくような感覚を覚えます。会場に入る前から、観客の心を惹きつける工夫が細部まで施されているなぁと感心してしまいました。

さて、ここからは舞台の感想を、3つに分けてお話ししたいと思います。

まず1つ目。この舞台は、「ハリー・ポッター」の本編から19年後の物語で、ハリーとその息子アルバスセブルスのつながりに主軸を置いて展開されていきました。魔法界を救った英雄ハリー・ポッターの息子としてのプレッシャーに、つぶされそうになるアルバス。幼いころに両親を亡くしたため、親としてどうやって息子に関わればいいか分からないハリー。ふたりの苦悩や葛藤は、これまでの本編では描かれてこなかった親と子の関係から生み出されるものであり、ハリーとともに年を経た物語全体の成熟性を感じました。

思えば、このお話には様々な親子が登場します。ハリーとアルバス。ドラコと息子スコーピウス。ロンとハーマイオニー、そしてふたりの娘のローズ。亡きセドリックとその父エイモス・ディゴリー。あと、ここではあえて申しませんが重要な親子がもう1組出てきます。どの親子だって、愛し合っているはずなのに、いびつな関係性になってしまうこともある…。そういった関係に注目しながら観てみるのも、とても興味深いことだと思います。

次に2つ目。ストーリー全体に張り巡らされた伏線が、観客の納得する形で解きほぐされていくのが本当に面白かったです。この舞台に限らず、近年公開されている映画「ファンタスティック・ビースト」のシリーズも含めて、それぞれのお話を断絶させることなくつながりを持たせ、かつ私たちがあっと驚くような伏線を仕掛ける、原作者J.K.ローリングには感服せざるを得ないように感じました。

そして3つ目。最新の技術を駆使した「魔法」の表現が本当に素晴らしかったです。今回の舞台で私が楽しみにしていたことの1つは、皆さんもよく耳にするであろう魔法がどのように表現されるのかということです。しかし、実際に観劇している最中に、そんなことを考える余裕はありませんでした(笑)。というのも、どの魔法の表現も、嘘ではなく、リアルなものとして受け取ってしまうほど、精巧に作られていたからです。むしろ、リアルさがあって魔法の表現に何の疑問も持ち得なかったからこそ、物語に没頭することができたように思います。まさしく、この舞台では「魔法がいま、現実になる」のだと感じました。

できるだけ、ネタバレを避けたので、とても抽象的な感想になってしましましたが、心の底から言えるのは、本当に素晴らしい舞台だったということです。また、観劇し終わった後、自分の心に少なからず変化が起こったような気がしました。

先ほども書きましたが、この舞台のキーとなるのは「タイムターナー(逆転時計)」です。文字から見てお分かりになると思いますが、時間を逆転させる、つまり過去に戻すことができるアイテムなのです。(物語では、このアイテムをアルバスとスコーピウスが手に入れたことによって事件が巻き起こっていくわけですが、)私はこのアイテムから、時間を戻して、過去に何かしらの手を加えれば、確実に今の現実は変わってしまうということを学びました。至って当たり前のことを言っているように思われるかもしれませんが、私たちは時間を巻き戻すことなどできないと知っているから、そう思うんだと思います。しかし、この舞台を見ると見方が変わります。現実味を帯びて、自分に問いかけてくるんです。「ああすれば良かった」「こうしてほしかった」という後悔や執着を過去に戻って解消すれば、幸せになれるのかと…。「因果応報」とはまさしくこのことで、新しく過去に手を加えれば、それに伴う未来は必ず変化するんです。でも、私たちは時間が巻き戻ることはないと知っているから、その意味について本当に理解しようとは思わないのです。

ですから、この舞台を観て、私たちが日ごろ抱えている後悔は、必ずしも悪いものではないのかもしれないと感じました。慰めなどという簡単な言葉では表せないのですが、自分の中で、ずっとくすぶっている思い、過去に対する後悔や執着を、少しだけでも肯定的に包み込んであげられたらいいなと思えるようになりました…。

舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、興奮と感動がぎゅっと詰まった物語ですので、ぜひご覧になってください!(私はもう一度観に行こうと、母と相談中です(笑))

本日も長々とお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

地名と物語

まいです、ごきげんよう❀

こちらのブログの中で「私の父は“満員電車は魂のぶつかり合いだ”と言っている」という記事を見かけました。すごい。

私はその「魂のぶつかり合い」にあっさり負けるタイプなので、満員電車は耐えられません。満員電車で酸欠になり人生で初めて走馬灯を見た日から、電車は座っていないと不安になるようになりました。そのため今は、一限のある日のみ定期券外ですが空いている路線で行っています。そういえば先程ちらっと出た走馬灯の話ですが、それは、これまでの経験の中から生き残る術を探す本能なのだと何処かで聞いたことがありますが、これはどうやら本当です。私が電車で気絶しかけたときも、(小学校のマラソンの後に倒れた時はどうやって死なずに済んだんだっけ…)というようにこれまでの「具合悪くなったけど生き残った経験」が次々と脳裏に浮かびました。

みなさんも降りれない電車内で具合が悪くなった時は、勇気をだして言ってみましょう、「誰か席を変わってください」と。先日はそれでなんとか乗り切れました。絶対変わってくれる人がいます。

*****

前述の通り、いつもと違う電車に乗ると聞き馴染みのない駅名が耳に残ります。なんでこういう名前になったんだろう。どういう意味だろう。駅名、地名、その何気ない疑問から物語を立ち上げてみるとおもしろいものです。

ということで、どうぞ、「水射る青年」。

 左腕を地面と平行になるように真っ直ぐと持ち上げ、肩甲骨の高さが一直線になるように反対の腕も持ち上げる。首を伸ばし胸を開くように力一杯腕を引くと反発しようとする力がギリギリと二の腕の筋に響いてく。その力が限界まできた瞬間手を開く。ヒュッと鋭い音を立てた矢が冷えた空気を切り裂くように飛んでいく。

 走る男の足の裏から土煙が立っては風に散らされていく。かき分けたススキの中に黄金がかった緑色の物体が艶としている。
よし、と口内でつぶやく。矢を引き抜くと、男は雉の脚をちょうど爪同士が当たるようにして握り持ち上げた。そのまま歩こうとすると皮の伸びきった首がぶらぶらと揺れ嘴がふくらはぎを薄く引っ掻くので、やはり両手で抱えることにする。でかい男の汗ばんだ胸に首をもたげてる雉のそれは、まるで人間の赤子のようだった。
帰路の途中、男は妙なものを見た。土手に誰かがしゃがんでいる。その誰かは足元にあった弓を手にするとすくと立ち上がり、突然水面に向かって矢を放った。魚を捕る仕草ではない。奇妙なやつだと思いながら男はその場を後にした。

 家に戻ると、男は思わずため息をついた。乾いた泥がこびりついた床、根がちぎれて無惨に転がる植物の遺体。ちょうど一ヶ月ほど前にこの村を襲った暴風雨による被害跡である。この村には年に一度か二度、暴風雨が訪れる。そして必ず近くの川が氾濫し村人の生活は泥まみれになる。土地を離れさえすればいいと去っていく者もいるが、生まれ故郷を捨てるということは、この家を離れるということは、実際は簡単なことではない。
 本来ならあるはずの戸は下の方が腐って外れたため、この家は吹き抜け状態である。捕ってきた雉をどさっと前へ投げ置くと、男はしばらく眠りについた。

 何日かすぎて、男はまた狩りに出かけた。ここ最近にしては暖かいからか、人通りが比較的多い。すると見知らぬ子どもが3人、おじさーん!と黄色い声で叫びながら男のもとへかけてきた。
「おじさん弓もってる。もしかしてあのオトコのこと知ってる?」
「あの男って誰だ」
「ほら!あのひとだよ!」
子どもが一斉に指さした先はいつもの土手だった。よく見るとそこに一人の青年がいる。先日の雉狩りの帰りに、男が見かけた「誰か」であった。
「知らないなあ。でもどうしてそんなことを聞くんだい」
「だってあいつヘンなんだよー」
「いつも水に映る自分に向かって矢を放つんだっ」
「自分のことをテキだと思ってるんだよねきっと!」
子どもたちは自分たちの言ったことになぜか大笑いをしながら、じゃあねーと走って行った。男はその青年が水に向かって弓を引く真剣な眼差しを見た。あの目を知っている。あれは狩人の目だ。あいつはふざけたやつなんかじゃない。

 それから男は毎日あの土手を見に行った。見に行けば必ずあの青年がいる。そしていつも、真剣な目で水面を睨んでいる。
そうして一年近く経ったある日、その青年は突然姿をあらわさなくなった。朝見ても夜見てもその姿はどこにもない。それが数日続けば男もすっかりその青年のことなど忘れてしまった。それより、間近にせまるあの暴風雨の到来に怯えていた。
 だがどうだろう。今年の暴風雨はいたって軽く、川の氾濫はおろか、少しの濁りさえなかった。次の年も、その次の年も、あの恐怖は訪れない。村は少しづつ、発展していった。

 村が以前より大きくなりにぎやかになると、村に新たに名前をつけようということになった。話し合いの場に男は弓を片手に立ち寄った。いくつもの声がいくつもの案を投げる。その時、ある老人のつぶやきが男の眼を覚まさせた。
「この村がこのように発展したのは、繰り返されていた災害がなくなったからだ。あの川にいた疫病神を、誰かが射抜いたのだろうねえ。」
男の脳裏にあの青年の横顔が浮かぶ。

——よって、この村の名はいみず、射るに水と書いて射水とする。


富山県射水市

すごい速さ

ご無沙汰しております、みちるです。

 

生きるのがとても速い私の歌は、信じられないほど短い。

「きっと世界の終わりもこんな風に味気ない感じなんだろうな」

いや、世界が終わる日にはきっと私たちのぎらぎらとした記憶があらゆる地平を、海を、風の一つ一つを駆け巡って輝くはずだ。
そうじゃないなら、もしそうじゃないとしたら。きっと私もあなたも、本当に生きていなかったんだ。

「あのバンドの新譜と牛乳を買いに部屋をでたけれど」

そう、GLIM SPANKYの新譜が出たとのことである。
私の愛する長髪のベース弾きが二曲参加している。彼はかの有島武郎の曾孫で、しかしもうそういう売り方はしていません。
彼も、最愛のロックスターも、バンドメンバーをとっかえひっかえの尻軽男である始末。高速移動する指先で安寧の地を蹴とばし、破壊!破壊!破壊徹底!!!

「大切なものも、無くしちゃいけないものも、全部なげうって蹴散らして生きてきました。」

そう語る私服のロックスターのしゃがれた声を聞いて、聞いて、教えて、話して、黙って、ダンスを踊る。

「5分前に出会ったふたりも今じゃベッドでささやきあって」

将来の夢は大好きな人とキスをすること――妄想疾患のお姫様がダンスを踊っている。
私はコーラスをやりながら、生まれる前に誰かと交わした約束を思い出す。瞼の上の真っ赤なアイシャドウ、真っ黒な神学徒の服、長髪。猫のような、といって誉め言葉になるか知らない。

なんて狭い箱の中で飛び回るのだろう、今夜は必ずあなたが世界一美しいのに。そう思うけど、何処へも行かないでほしいとも願っている。

「くだらないTV消してはじまりのおわりのはじまりのおわりの話をする」

解釈を変更できないから部分にフォーカスすることなく、やがて豆粒のように極小の標的を睨みつけることになる。誰に言っているのかもはやはっきりしないのは、私の前にそうした”患者”があまりに多く現れては消えてゆくためだ。

「すごい速さで夏は過ぎたが」

「ラララララララ」

「熱が胸に騒ぐ」

 

(間奏)

 

この後は、私の話ではない。
上のことだって別に私の話ではなかったが、そういう問題でもないか。

私は私の感傷を許していないし、今だっていつでも誰も彼も突然置き去りにしてどこかへ行ってやる、という一見センチメンタルで実は攻撃的な意志に肉体を突き動かされている。
andymori「すごい速さ」は、行き場のないエネルギーを費やしながら走る先が映画館だったから私と共鳴した。私は「何かやれそうな気がする」し、何か言えそうな気がする。ずっと惜しいところをさわさわうろうろしているのではないかと思われる。ああ、そこじゃなくてさ、もっと上、もっと奥の方に……自分の肉体じゃないのにわかるわけないじゃない、自分の肉体だってよくわからないのに。どうして指先が動くのか、どうして脳が痺れるのか、どうして心臓が拍動するのか、どうやって、いつ、何のためにか。

欠伸が出た。

破壊も逸脱も自傷他傷も、欠伸くらい呑気な出で立ちであったら気を揉まずに済むのに。

 

加速の果てに或るものは何なのか、誰も分からないのではないか。
領土化と脱領土化、これを人が話すたび、自分が異邦の民となってインドへの道を直接経験するかのような気分になる。

すごい速さで生きる私の怒りは深く、そして短い。なぜならこの怒りは、私の生と同じ長さしか持たないためである。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

対戦相手募集中

こんにちは、さくらです。

突然ですが最近将棋を打ち始めました。きっかけは有吉の壁という番組で空気階段が披露していたネタ。

生まれてこの方将棋に触れたことは無かったのですが、このネタを見た時にルールが知りたい!と急に将棋への興味が急上昇しました。録画で見ていたので、もぐらさんが一手打つ事に停止して一緒に見ていた母に「これはどうしてこうなるの!?」と食い気味に聞いていました。最初のうちは母も付き合って解説してくれていたのですが、私があまりにもルールを知らなすぎたのか呆れて「ネットで調べた方がいいよ」と言われる始末。鉄は熱いうちに打て、と言いますようにスマホに将棋アプリを入れてコンピュータとの対局を始めました。

将棋への知識は駒それぞれで動ける範囲が違う、ということと、王を取られたら負けるというくらいです。まずは実践!と思いほぼゼロ知識で打ち始めたのですが、なかなか負けはしないけれど勝てる道筋もない……。という感じ。王を取られてはいけないと分かってるから逃げることは出来るのですが、駒を有効に使うことも出来ていないのでずっと劣勢です。

このままでは一生勝てない!そう思い、アプリに用意されていた初心者向け講座を見てみる事にしてみました。どうやら一手目は角の斜め前にある歩を前に出すといいらしい。角は斜め方向ならどこまでも進める駒です。試しに言われた通りにやって見ると、相手の角の駒が私の角を奪っていきました。

話が違うじゃないか!!

将棋の駒はほかの駒を飛び越えては進めないので私が歩を前に出したことにより私の角の通る道をあけると同時に相手の角の道をあけることにも繋がるんです。しかし相手の角は敵に囲まれている中に突っ込んできたのでほかの駒に襲われ、私の角となります。

もう難しくないですか?私はこの角の交換になんの意味があるのか未だに分かりません。どの駒がどんな動きをするかやっと分かってくるようになり、アプリの中でいちばん弱いコンピュータには勝てるようになってきましたが正直、角と飛車が最強だと思っています。始める前は王や金が強いと思っていましたが王や金は動けても所詮1マス。それに対して角は斜めにどこまでも、飛車は縦横にどこまでも進めます。キングダムで言う飛信隊のよう。そんな思いでリビングで将棋を打ちながら「角と飛車があったら勝てるくない?」と母に自信ありげに言うと「まだまだだね」と言われてしまいました。確かに角と飛車は自由に動けるけれどそれだけでは勝てない。そもそもそれを操る軍師が賢くないと……。そう言いながらうちの祖先(らしい)である山本勘助のエピソードを話し始めました。

ゲームの感覚で楽しんでいた将棋でしたが、自分が軍師の役だと言われるとキングダム好きとしてはワクワクします。李牧や昌平君のようで勝手に賢くなった気分。まだまだコンピュータに5回に2回勝てるくらいの実力なのですがもっと何手先も読んで戦術的な将棋を出来るようになりたいです。

あとまだコンピュータとしか対戦相手したことが無いので上手い人に教わりながら打ってみたいです。

ここまで書いて思ったのですが、私のブログは最近○○を始めました系が多いかもしれません。

統計を取ったわけではないですが、わりとミーハーな人間だという自負があるので広く浅くで過ごしているなと思います。実は将棋と同時進行で刺繍も始めた今日この頃。これは推しのぬいぐるみを作りたいなと思って始めたことです。もっと上達したらいつか刺繍のお話もしたいですね。

次のブログの予告をしますと、明日からは秋田旅行なので今度は秋田のお話です。熊がたくさん出ているらしいのでまずは生きて帰ってくることを目標とします!次のブログが無事更新されるよう皆さんも祈っておいてください。

超シスコン

 どうやら姉に彼氏ができたようで、私は太陽が西から登ってきたかのような気持ちになった。いつかこんな日が来るだろうと、小学生くらいの頃から考えていたが、中学生になっても、高校生になっても訪れなかったので、じゃあ一生訪れないのかと思って、そんなことも考えなくなっていた日に、いきなり訪れた。
 相手は普通の人だった。趣味の話で盛り上がって、付き合うことになったらしい。姉と同い年で、29歳で、定職に就いておらず、バイトマンらしいが、そういうのは抜きにして、普通の人だった。
 実家に帰った時に、姉に服を借りようと思って部屋に侵入した時、ちょうど姉は彼氏と話している最中だった。彼氏のことは気にせずに私は姉と会話していたけど、そのまま彼氏とも会話することになって、大学生になって初めて、「姉の彼氏と会話する」というイベントが発生した。
 優しい声をした男性だった。声優志望らしい。姉を愛している感じがした。姉の妹だから、私にも親しい気持ちを抱いてくれているようだった。
 結局服は借りずに部屋を出て、姉は引き続き彼氏と話していた。
 なんだかモヤーっとした気持ちになった。姉に彼氏、姉に彼氏、姉に彼氏……?
 姉が世界で一番愛しているのは私だと思っていたが、違ったのか。いや、違うことは無いと思うけど、私と同時に、彼氏のことも愛しているのか。それなら、男性じゃなくて、いいじゃないか。てっきり姉は彼氏じゃなくて彼女を作ると思っていた。その方が、私も安心だったのに、どうして、男の人なのか。女の人に姉を取られるより、男の人に姉を取られる方が嫌だ。
 姉は、彼氏のためにクリスマスプレゼントを手作りしたそうで、嬉しそうに見せてくれた。何を手作りしていたかは言いたくないので言わないが、正直、ダサかった。手作りするより、オシャレなブランドで買った方が、よっぽどいいと思った。手作りの何かなんて、かなり上手く作らない限り、シロウト感が溢れ出て、芋臭い。そんなものを彼氏に使わせるなんて、どうかと思った。でもきっと、あの彼氏なら、めちゃくちゃ喜んでくれるんだろうなと思った。姉が手作りしたプレゼントを、大事に使うんだろうなと思った。余計に悲しかった。私は、姉から貰った羊毛フェルトのぬいぐるみを、飾らずに無造作に袋に入れて段ボールにしまってある。きっと姉の彼氏は、飾っている。姉も、彼氏からもらったらしい絵を、飾っている。ピンク色の髪の毛をしたキャラクターが微笑んでいる。アラサーなのに、中学生みたいな恋愛をしている姉と、姉の彼氏が、たまらなく憎くて、羨ましい。
 姉の彼氏は東京に住んでいるから、最近、姉は彼氏に会いに東京まで来た。東京なんて、私に会いにくる以外の目的で来たことないのに。東京に来て、私に会わずに帰って行った。母親から、ニコニコで帰宅した姉の写真が送られてきた。サンシャイン水族館で買ったらしい、コツメカワウソのぬいぐるみを抱いていた。買ってもらったんだなあと思った。姉はいつも私のお姉ちゃんで、なんでも私に買ってくれていたから、姉にも何かを買ってくれる人ができて、よかったなあと思った。涙が出た。姉には頼れる人がいただろうか。いつもみんなのお姉ちゃんで、妹の面倒を見て、親からも頼られて、姉が甘えられる人は、人生で何人いただろうか。
 姉は、最近の私のことを心配していた。私は私生活がゴタついていたので、しばらく実家に帰ったり、友達の家を転々としたりしていた。ようやく落ち着いたけれど、なんだか精神が不安定で、幻聴を聞いた。姉によく似た声が、意地悪そうに私を呼ぶのだ。やめろ、と私は言った。なんで?とその声はより近く私に問いかけた。うるさい、と言うと、奇妙な音が耳で鳴った。聞こうと思えば言葉に聞こえるような不気味な音だった。聞こえない、聞こえないと私は言って、顔をブンブン横に振った。声は聞こえなくなった。全身が痺れていた。すぐに姉に電話すると、私の話に呆れていた。なんだか安心した。怖い夢を見ると、決まって私は姉の部屋に行って、一緒に寝ていた。
 姉に彼氏ができたからと、変に構えたのは自分だった。姉はいつでも姉で、大好きなお姉ちゃんで、ずっと変わらない。

鹿・山・食べ物

だいふくです。
 週末は11月とは思えないほど暖かかったですね…!!(全国的に25度くらいいっていましたから、暑いというべきかもしれません。地球温暖化心配)
「文化の日」前後の連休で、わたしは家族と奈良・京都・滋賀をまわってきました!去年は「寒いね」と凍えていたはずですが、今年は暑くて驚いています。

 初日は奈良で興福寺、東大寺、春日大社を見てまわりました。奈良に来たのは中学の修学旅行ぶりです!!いつも京都にばかり行っていたので、京都の仏像や鹿、鹿、鹿…もいいなと思った1日でした(笑) 鹿多すぎます(笑)
ですが、やっぱり興福寺宝物館の阿修羅像が忘れられません…!!あのなんとも言えない表情から目が離せませんでした。千手観音像のダイナミックさに圧倒されながらも、やっぱり阿修羅像が見たくなって、また千手観音像に目をやっての繰り返しでした。きっとこれから先もわたしはこの仏像たちを見にきてしまうのだろうなと。時代を感じる仏像ですが、今も昔も、そしてこれからも、人々の心を惹きつけてやまないことに感動してしまいます。これを世に生みだした人に、そして今ここに残っていることに感謝したいです。
 奈良で1日を終えると思いきや、ずいぶん朝早くに奈良に着いたもので、まだまだ1日は続きます。カフェで一息ついたあと、抹茶の粉がむせるほどふってある抹茶のソフトクリームがあると聞き、京都の宇治へ移動しました!!実際にはむせるほどではありませんでしたが、抹茶好きの私にはたまらないおいしさでした…!!きてよかった…!!というか、この平等院表参道、和菓子、抹茶、、、食べ物好きで古風な通りが好きなわたしからしたら、もう最高で最高で…(泣)
抹茶餃子に抹茶ラーメン…どんな味がするのかとても気になりましたが、その日の夜ご飯は決まっていたので、またいつか、絶対に食べに行くと決めました。
 平等院表参道でウキウキしていましたが、もちろん平等院にも行きましたよ!!10円玉にも描かれているくらい有名なのに、一度も来たことがありませんでした… きてみてびっくり、本当にきれいなところですね…!!


2日目は比叡山で山登り
趣のある石段を 一段一段上ってゆくと
色づきはじめたトンネルが 長く長く続いてる
ぽかぽかあったか太陽と さわさわ爽やかそよ風が
わたしの気持ちを高揚させる
平日だからか景色のためか 他に人は誰もいない
川の流れに風のざわめき 鳥の鳴く声枝を踏む音
響くのは私たちの声と昨日見つけた軽やかな鈴の音だけ
こんなに心地よい山登りは久しぶり

さくさくたんたん登っていくと
延暦寺が見えてきた
世界文化遺産にも認定されている日本仏教の母山
多くの名僧を育てた歴史あるこの場所に
いい天気で いい気持ちで 来られてよかった

せっかくだから頂上までいってみようか
人数も少なくなる中 上へ上へ
頂上はどこだ!?
あやうく京都へ行ってしまうとこだった
さてさて戻って一休み
お団子でも食べようか
もうひとくだりでお家へ帰ろう


3日目、最終日は妹の大学の学園祭に行きました!
地元の皆さんもやってきて大盛り上がり!
唐揚げ、焼きそば、ワッフルに、肉まん、ジャガバタ、豚汁と、もうおいしい物を山盛り食べちゃいました!幸せですね😁
こうして楽しい3日間がおわりました。お土産にカールを買っていかないとね!!

足の多い生活

こんにちは。

先日、といっても少し前、構内某所の段差のある所で転んでしまいました。その際に少し足を捻ってしまったようで、医療機関を受診したところ、安静にするほか治療法はないとのことでした。足の指先からふくらはぎまである固定具を装着することになり、歩きにくいからと松葉杖を借りることになりました。それから1週間ほどは3本足あるいは4本足での生活となりました。ちなみに今はもう二足歩行ですのでご安心ください。

小学生とか中学生とかの幼い頃は、クラスの誰かが松葉杖をついていたら、普段はお目にかかれない珍しい物に興味津々で、一度突いてみたい、なんて多くの人が思ったのではないでしょうか。私もその一人です。二足歩行するよりもラクに進めるんじゃないか、そんなことを考えていました。

ところが、松葉杖を突くのはなんと大変なことか。けがをしたほうの足と杖を同時に出して足にかかる体重を分散させるように使えば、歩幅が通常の2分の1になって歩くのに時間がかかる。けがした足を浮かせて跳ぶように使えば、早く進める代わりに手・腕の負担が大きい。家から駅、駅から学校の道のりは1人で松葉杖競歩大会をしているかのよう。せっかく涼しくなってきたのに、汗びっしょりです。幅の狭い歩道では杖の先が他の人に当たらないか、歩く速度が後ろの人の迷惑になっていないか心配でした。足元の地面の様子と進行方向の安全確認、杖を突く位置、角度。注意しなければならないことが多く、集中力が欠かせません。疲れて速度を落とす時も周りの様子をうかがいます。そうして地面ばかり見ていると、普段何気なく歩いている道にも凸凹がたくさんあることに気が付きます。

松葉杖で歩くのは大変。でもそれ以上に階段、特に下りが大変です。駅のエレベーターにはこんなお願いが書いてありますーー高齢の方、体の不自由な方、ベビーカーの方を優先してご利用くださいーー。大抵ここにはピクトグラムも添えてあって、「体の不自由な方」を表すピクトグラムは松葉杖を持った人物であることが多いです。そうなると、松葉杖を使う私は「体の不自由な人」になる訳か。しかし、少しけがをしただけで「体の不自由な人」となるのはどこか申し訳ないような気がします。私が勝手に転んで、勝手に松葉杖を突いているだけなのに。それでもこの時だけはちょっとばかりエレベーターに甘えることにしました。

電車の中では、右に左に前に後ろに動く車体に揺られないように耐えなければなりません。直立の姿勢も案外バランスが難しいです。電車には優先席というものがありますね。優先席のところにも、松葉杖を持った「体の不自由な人」が優先の対象となることが記載されています。自分は松葉杖を使わなきゃいけない状況だから優先席に座っても大丈夫、と思う反面、やはり自分の都合で松葉杖を突いている私が席に座るのはおこがましいのではないか、とモヤモヤしてしいました。そんな私の胸中とは裏腹に、電車の中では非常に多くの方がすっと席を譲ってくださりました。電車に乗るたびほとんど毎回のようにどなたかが席を立って「どうぞ」と言ってくださるんです。席が空いてなくても壁際の場所を空けてくださる方や、吊り革につかまって立っていて近くの席が空いても座らずに空けておいてくださる方もいました。そのような周りの方のちょっとした気遣いに私はとても心救われました。今も感謝の気持ちでいっぱいです。

けがをした人の中には私のように申し訳なさを感じながら生活している人もいるのかもしれない。全ての人がそうである訳ではないだろうけど、申し訳なさを感じたときに、周囲の人のちょっとした言葉はとても救いになり、安心させてくれるということを今回の出来事で知ることができました。それなので、今度電車の中で席を必要としている人を見かけたら、今度は私が席を譲ろう、場所を空けてあげよう、そう思います。

今回、たくさんの方にご心配をおかけしました。

もうけがだけはしたくありません。今後はより一層足元に気を付けます。

なんてことない日々。

皆さん、こんにちは。ずきです。

11月5日は「津波防災の日」「世界津波の日」なのだそうです。嘉永7年(安政元年)の11月5日(新暦:1854年12月24日)に発生した「安政南海地震」において、和歌山県で実際にあった出来事であり、小泉八雲が『稲むらの火』として物語化、のちに小学校の国語の教科書にも載った濱口梧陵という人物の逸話にちなんで制定されたのだとか。

海なし県出身の私ですが、親族が多く住んでいることもあり、和歌山県にもゆかりがあるということで、この記念日を紹介いたしました。

さて、常日頃から防災意識は持つべきものですが、やはり「なんてことない日」、平穏な日々が望ましいと思う今日この頃です。

「なんてことない日々」への願いを込めて、今回は、前回のブログ更新日前後から本日(と翌日)までの私の短い日記を集めましたので、お時間ありましたら最後までご覧ください。

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友人がプレゼントしてくれたイヤリングを片方失くした。大切に使っていた、可愛らしいイヤリングだった。本当に悲しい。久しぶりに落ち込んでいる。

…10/20(金)

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友人からいただいたハンカチを何処かで落としてしまった。10/20のイヤリングをくれた友人とは別の友人がくれたものであるが、これまた大事に使っていたのでショックである。

こんなに続けて落とし物をするのも珍しい。いつも、探せばカバンやポケットから出てくるものだが、今回は何処を探しても見つからなかった。
なぜだろう、何か良からぬことの暗示なのだろうか。

…10/23(月)

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バイトを始めた。学食のレジ打ちバイトである。
学内であるから、他のバイトに比べたら安全だと思った。他の学生がやっている「大学生らしいこと」をやってみたいという好奇心がここにきて抑えられなかった。
実際働いてみて、楽しい仕事だと思った。ただ、メニューを把握する「記憶力」が求められる作業であることも同時に痛感した。記憶力は、良くも悪くもない。頑張らねば…と思っている。

…10/27(金)

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住んでいる場所の近くに、高校がある。
大学からの帰り道、すれ違う高校生たちの様子に違和感を抱く。明らかにいつもと様子が違う。
なぜ高校生たちがあんなに笑顔なんだ…?そしてなぜ、あのような恰好を…。
と思ったところで気がついた。今日はハロウィンだ。

私は、コンビニの対象ハロウィンスイーツ2品に「30円引き」というシールの“仮装”を施しておいた。要するに「2品買うと30円引きキャンペーン」というコンビニからの誘いに乗っかっただけである。少しお得に楽しんだから、良しとしよう。

スイーツは旨かったが、私の言葉選びが上手くなかった。

…10/31(火)

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「人は顔を見れば分かる」という言葉を何処かで聞いたが、それは本当のことだと思う。表情の微妙な変化、目の輝き具合、PCやスマホ画面で見た顔からは伝わらない”何か”が必ずある。

顔を見て、少しの変化にも気がつける人間、何かしらに配慮出来る人間でありたいと思った。
これは憶測に過ぎないが、やはり先日の出来事は何かの暗示だったのかもしれない。

…11/02(木)

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自販機から出てきたお釣り、10円不足している。しかし、どうすることも出来ない、どうすれば良いか分からない。
『自販機、その10円…いつか返してくれ…約束だ。』と、一度その場を後にする。

お金(特に小銭)に対して、何かしら不思議な体験をすることが多い。先月あたりに起こった「5円事件」がその最たる例(10月3日更新分・note版:10月7日分)である。なぜ”そのタイミング”で私なのであろうか。私でなければならない理由でもあるのだろうか…。

『なぜだ、自販機。さっきの10円、今すぐに返せ。』そんな思いが、突然わいてきた。
ヤツに”盗まれた”10円を取り返すため、ヤツと対峙する。色々と文句を並べてみるも、ヤツは無言を貫く。結局、10円を返してくれることはなかった。ずき、無念の敗北。

…11/03(金)

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昨日今日と調子が悪い。1ヶ月に1回の”天敵”のせいである。もうっ!サイテー!!!
しかも、今回の症状はなかなかに重い。私としては珍しく、貧血による強い目眩と微熱まで出してしまった。(もはやこれまで…と覚悟したものの、念のため検査したコロナもインフルも陰性で一安心。)
ここまで症状が酷いと間違いなく病院行きだが、先月の私を思い出してほしい。京都旅行に行ってしまったのである。何を隠そう、貯金がない。

親からの経済的支援があるとはいえ、一人暮らしはお金がかかる。お金がかかることを自覚出来るようになってしまう。おっかねぇ話だ。(………これが言いたかっただけである。サイテー!!!)

というわけで病院は来月以降に見送ることにした。幸い、痛み止めを飲んだら何とかなったが、いよいよ薬も効かなくなりそうだ。何となくだが、そんな気がする。
本日分担当でありながら、更新をせずに眠りにつくことにした。

…11/05(日)

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ブログ更新が1日遅れる。
己の体調管理不足、諸々溜め込んでしまったために体に限界がきてしまったようだ。バイトも入れていたが、まだ本調子ではなく、大事を取って休んだ。ただ、今日は4限の授業があり、行きたいという思いがあった。どうにかそれまでには体調を戻した。授業にも参加した。
追い込み癖のある私、とりあえず大学に行ったことだけでも自分を褒めたいと思う。

…11/06(月)

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ということで、遅刻更新です。大変失礼いたしました。いよいよ冬到来の兆し…と思いきや、昼間は夏日と全く気候が読めないこの時期。
読者の皆様、くれぐれも体調には気をつけてお過ごしください。

それでは、また。