8月9日という日

長崎の親戚はみな早死にしている。
死なんて様々だから原因など分からない。
しかし、原爆と無関係ではないと、私は思っている。

長崎の親戚のほとんどは諫早と雲仙の中間あたりに住んでいる。
爆心地からは20〜30km離れている。
15km離れたところでも、窓が吹き飛ぶと言われている原爆だから、30km離れていたからと言って、何も影響がないなんてことはないだろう。

私の祖母は8月9日、長崎の家にいた。
畳の上で正座していたらしい。
11時2分、祖母は爆音と振動を感じた。
あっ、という間に天井まで飛び上がり、そのまま床に叩きつけられた。

何が起こったのかは分からなかったらしい。

その後の話は何も知らないし、兄弟がどうだったのか、他の親戚はどうだったのか、聞いたこともない。
そもそも、祖母は私が3歳の時には癌で亡くなっていたから、これも母に聞いた話だ。

皆、話したがらないのだ。

小学生の頃、祖父と出かけている最中に、戦争について訊ねたことがある。当時まだ幼かった祖父は、真っ先に防空壕に押し込められたから、よく覚えていない、と言われた。祖父の兄たちは戦死したと聞いている。

聞いてはいけない話のような気がした。いつも明るい祖父の周りの空気が、戦争の話をした瞬間真っ暗になった気がして、それ以来私は話を持ち出すことはなかった。

父方の祖母は大連で生まれ、父方の祖父は台湾で生まれ、たまたま船がたどり着いた福岡で2人は出会った。戦争がなかったら出会っていない。戦争がなかったら私は生まれていない?
自分が消えたとしても、戦争はない方がいい。

原爆は広島と長崎に落ちた。どちらも西の方だから、原爆体験をありありと語れる親戚を持つ人を、関東ではなかなか見ない。
同じことで、引き揚げ船も殆どが西の港に着いたから、親戚が昔満州にいて、なんて人も少ない。

8月6日も9日も、誰にとっても取るに足らない何でもない日であるんなら、それは平和でいいと思う。

日本人だから知っておくべきとか、学ぶ必要があるとか、そんなものはないと思う。

ただ、私は忘れないと思う。

8月9日が来るたびに、祖母が正座のまま天井まで飛んだ話を思い出すだろう。
60代で癌で死んだ祖母のことを思い出すだろう。

私にとっては、そういう日であるから。

想像におまかせします

お久しぶりです、あやめです。

7月の後半はお休みをいただいたので、一か月ぶりの更新になっております。お元気でしたか?7月の後半はレポートにつぶされていました。強敵。最近のあやめはというと、タッチタイピングの練習をしております。パソコンは大学に入ってから触るようになったので、タッチタイピングなんて一生できないと思っていたんですが、結構できるようになるもんですね。大学では板書をパソコンでとっている人を見かけてすごいなーと思っていましたが、意外と、できる、みたい。

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宇宙人についての手記

裏山で遊んでいたら、古くて汚い日記を見つけた。竹林の近くに埋まっていた。こんなことある?自分でも嘘くさく思うが実話だからしょうがない。小さくて、土で汚れてよく見えないところもあったけど、読んでみる。よくわからなかったところは●にした。「なにか知ってる?」と友達とかお母さんとかいとこの小学生連中とか町内会のおじいさんとか散歩中のおばあさんにも聞いたけど、みんななにも知らなかったし、お母さんには「そんなことよりがみがみ」と𠮟られたし、散歩のおばあさんには「童話を書くのがうまいのね」なんて言われた。実話だけど誰も信じてくれない。今度大学に持っていこうと思う。受理してもらえるかな。

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(最後から15ページ目)

●●歴●●曜日

今日は調査の内容について、地球人を代表して後世に残さねばならないと思い、どうせこんな日記は誰にも見つからないと思いつつ記す。

地球の実態を探るべくはるばる派遣された一宇宙人が居た。彼の任務はズバリ、地球の実態を(地球人にそうと悟られないようコッソリ)調査する、というものであった。そのために、「地球人として生まれ変わってその人生を全うする」という形で調査を行うこととなった。彼は「日本」支部に送還されることが決まった。

これは大変名誉なことである。地球的に言えば宇宙飛行士である。戦場カメラマンである。よくわからない場所に行く怖い任務に耐える強靭な逸材である(あるいは実験用のマウスである、彼は幸せ者だったためこれを知らない)。名誉である!すごく賢くないとなれない職、全世界に名前と顔と意気込みがテレビで放送されるすごい職である。総理大臣みたいな偉い人に賞状とバッチを貰って、意気揚々、一歩を踏み出すのである。いってらっしゃい!頑張ってね!すごいね!この星の未来のためによろしくね!わー!!わー、ゎーーーー……

残念ながらこの宇宙人、地球的に申し上げれば〈ポンコツ〉であった(もちろん想定通り。真の目的は「宇宙人」が地球でどのような振る舞いをするかを観察することにあるためである。「地球」が我々に住みよい星かどうかを見ているだけだ)。20年経っても地球の実態を解明できず、地球人に擬態することすらままならずにいた。なんというか、〈ポンコツ〉なのだ。彼は自分の能力の無さとその生活に絶望していた。

「水の惑星」とかいう地球という星はその実、とにかく気圧がかかる、ヤな星であった。綺麗な、この星の象徴である「水」は、この宇宙人の体には全然合わなかった。滅茶苦茶な頻度で高熱を出し、身体が大きくなっても全然体力がつかなかった。

ここで注釈を加えると、地球に送還された宇宙人は、なにも「彼」一人ではない。そして「彼」の本国以外からも送還されている。地球人から見たらみんな等しく「宇宙人」かもしれないが、宇宙人同士で意思疎通が図れることは少ない(それに%&$#@星の*?#$と○@&”*星の*&$を一緒にされたくない、というのが筆者の率直な意見である。※ここで用いた記号群は、残念ながらこの星に[我々]の言語に似た概念の言葉がなかったため、仕方なく代替として用いたものである。おそらくこの星の生命体の持つ発声組織ではこの語を再現することは不可能だと考えられる)。しかしながらその方々は、どこの出身だろうが全員、さりげなく地球人になりすまして生きている。勉強でも運動でも容姿でも言動でも才能でも、平均をとって普通に過ごしている。彼らは本当はもっと、人間……地球人が想像できるより遥かになんだってできる能力をもっている(何故なら宇宙には地球よりもよっぽど文明が進歩した、賢い星がゴロゴロあるからである。地球という、宇宙の秩序をこれ以上なく荒らしている「野蛮な」星の研究が、彼らの任務の一つである)が、それがバレると地球の蛮行を加速させてしまうために、これらの能力は厳重に秘されているのである(地球人が唯一彼らに勝てるのはその豊かな想像力である。すでに様々な分野で「宇宙人」の存在が「まことしやかに」([我々]からしたら滑稽な表現だがあえてこう表記させていただく。まことしやかどころかまことである)語られているというのに、こんなことがばれたら地球人は大喜びで宇宙に飛び出してくるに違いない)。マア時々ぽろっと「神秘的な」力を発揮してしまうのだが、それはおよそ条件が揃った、ラッキーが引き起こした「神秘的な力」で済まされる範囲のことである。(宇宙人とは地球(その中でも特に「日本」)では「神のお使い」とか呼ばれるああいう人のことを指すのだ……昔は宇宙人の能力がバレても「神」になれたので、わざわざ地球に行って「宗教」を創るのが流行ったなあ……懐かしいですね、みなさまはその時おいくつでした?4300ペントくらいでしたらわたくしと同年代ですよ。あら、生まれてない?随分お若いですね!)いずれにせよ、ともかく彼らは完璧に任務を遂行している。

さて、しかし〈彼〉は全然アベレージがとれない。勉強もめっちゃできちゃった(「宇宙人」的に言えば平々凡々かそれ以下の能力に過ぎない)。言動も突飛(宇宙では常識)。謎の宗教の教祖として崇められ(これは流行からは大分遅すぎる)、地元ではめちゃくちゃ悪目立ちした。中学の時は、同級生のお母さん方に心配された挙句、「かわいそうにあの子、勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃったのよ」と言われた。もうもはや「自分は宇宙人です」と自称しているようなモンだ。全然任務遂行できていない。彼にとってたった20年で地球を解剖するのは至極難題であった。彼は自分の限界に絶望した。

とうとう彼は全くの地球人になることを決意した。平凡万歳!#$○☆星なんてもううんざりだ!これからは水の惑星で短くて濃い「人生」を生きるんだ!

彼はどうなったか。私はあくまで観察することしかできず、彼に必要以上に接触できないためなんとこれ以上の情報はない。あとは地球人独特の想像力で補完するしかない。

私から言えることは、頭がいい人、あるいは「ぶっ飛んでいる」人に対する形容に「宇宙人」は向かないということだ。あと、本物の宇宙人は「ワレワレハウチュウジンダ」とは言わず、「●●●は●●●●●●だ」と言う。これを聞いても返事をしてはいけない。

これを読んでいる、私にとって幸運なあなたへ。私はもちろん地球人ですヨ。

(最初の方のページは墨?のようなもので塗りつぶされているし、これ以降のページは白紙になっているか、破れているか、あまりに難しい表記で書かれているので読めない。それから、この日記は、さっきはたまたま見つけたと思っていたど、よく思い出したらそうじゃなかったんだった。この日記の途中、渦巻き3つと鳥??みたいなものが下の方に書かれたページに、この日記の見つけ方が載っていて、(僕/私 ←どちらかに〇をつけてください)もそれを見ながら見つけたんだった。)

◆◆◆

(あれ?この日記をこの日記にかいてある方法でみつけるって??)

発光体

ご無沙汰しております、みちるです。

 

音楽を聴く。人から勧められたアルバムをサブスク上で探すとき、決して胸が高鳴るわけではないというほどの期待を込める。

文章を書く。ブログ部の更新も滞りがちだし、某誌に掲載されるものの第二稿を戻さねばならない、それに卒業研究と夏期課題も、それぞれ着々と推進させなければ。

映画を観る。長編アニメを一気に見るより体力を使う映画などそうそうありはしないものだが、劇場へ足を運ぶという工程が、一人の自分を疲れさせる。

 

摂取して全身から吐き出す、摂取して全身から吐き出す、この繰り返し。長期休みは人を機械にするのかと思われるが、しかし私にはやるべきことをこなす時間が必要だ。

 

(間奏)

 

二週間ほど前、SNSで見知らぬアカウントからのフォロー通知がきた。ハンドルネームとID、そして一人の共通のフォロワーを見て、はてさてこれは一体どこの誰なんだとしばらく考える。全く知らない他人が私に興味を持ってやってきた可能性は普段であればそれなりにあるのだが、そのアカウントと私との共通のフォロワーは私が昨年から現実で付き合いを持っている顔の広い友人であったので、彼の知人の誰かであることは間違いないだろう。
――こう考える間にも、私の中に一つの答えが出ていた。上の条件に当てはまる友人で、確かにIDも彼のあだ名をもじったようなものに見える。そしてアイコンや発信の内容・温度、自己紹介のbio、様々な事項に照らせば、やはり彼ではないかと思われた。

私が彼を「見つける」のは二度目だった。一度目は鴨川の騒ぎの中で、そして今再び。
IDに組み込まれていたあだ名は私たちが呼んでいたものだったが、他の誰かだって同じように呼んだかもしれなかった。私だけが何をわかっただろう。前も、今も、彼の思いが少しでもわかっただろうか。
彼はただひたすらに見つめるだけの「大きな眼」になりたいと、そう書いたことがあった。こっそり一人で喧噪の場を離れ、静かに眺める者でありたいのかもしれない。ただ私に言わせればその傾きの向かう先はおそらく見ることからも離れた「眼」であり、その像は彼の目論見とはまた異なるものなのではないだろうか。
このように詮索した後で何かしら疑問が晴れるようなことはない。私と彼はそういう間柄で、つまり親友でもなければ日常的に連絡を取るでもない、日ごろは殆どまったくの他人、しかしそれでも私にとっては貴重な相手だ。だから私は知りたかった、神出鬼没の彼と謎のアカウントが果たして結びつくかと。

意を決し連絡を取ってみると、そのアカウントはあっけなく彼本人であるとわかった。
不思議なものであれだけの要素が揃っていながら当人に聞くまでは「本当に彼だろうか」と疑っていたのに、「そうです」と返されてすぐに「やっぱりそうか」と得意げに思う。
彼は大学を出て、現在は東海の大学院へ通っているはずだった。

「今どこにいるの」

学校の話でも聞くつもりでそう送ると、

「利尻」

と返してきたから大笑いしてしまった。じっとしていられないのかと思う反面、やはり私は彼のそういうところを尊敬して羨んでいた。
人は誰しも、どうしようもなく遠くへ行きたいと願うことがある。自分を知る者が誰もいないところへ行って、解放されたい。それだけではないはずだ、しかしそれだけだと思ってしまう。彼はただ遠くへ行くというそれ自体を目的とした営為によって、際限なく見える若いエネルギーと故郷を持たない者の精神を表現してみせる、そんなわざとらしい意識もないままにやってみせる。昔から私も似たようなことを試みて、周りの人間よりは幾分か遠くに行ったものだが、思えばそれでも東京、関東、そこいらに鎖で繋がれているようなものであった。私はどこへだって行けるはずで、それでもどこへも行けるようにという可能を求めては動かなかった。だから彼の身軽さを羨ましく思うし、そのまなざしが非常に情けない。

私はTHE YELLOW MONKEYの「楽園」を思いだす。利尻島から道央へと向かってくる彼の旅を忘れて、今度は自分の旅を始めたい。私の煙草はメンソールじゃないし連れていく猫もいないが、それは私の行くことが出来る範囲とは関係がない。

どこかへいってしまいたい、という投げやりな仕方ではなく、どこかへ行くのだ。勝手に。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

お待ちしております!

皆さん、こんにちは!

連日の暑さで、今にもぐでんぐでんに溶けてしまいそうなももこです。

私の最近の楽しみと言えば、アイスです!お店の売り場にはクリーミーなバニラアイス、濃厚な抹茶アイスなど、様々な種類のアイスがありますが、今私が1番ハマっているのは、シャーベット系のアイスです。特に、つぶの荒いシャーベットにハマっております。あのツルツルの表面を、スプーンでシャリッ、シャリッと削っていくのが、至福のひとときなのです!あぁ、今ここでアイスについて書いていたら、喉が鳴ってきました…。このブログを書き終えたら、昨日買った梨のシャーベットを食べちゃお!(笑)

さて、本日は我らが日本女子大学のオープンキャンパスがありました。猛暑の中にも関わらず、多くの方々に来ていただきまして、本当に嬉しい限りです!8月のオープンキャンパスは夏休み期間中の開催だったこともあり、多くの方々に足を運んでいただけたのではないでしょうか。

実は私は、学科のオープンキャンパス委員として、参加させていただいておりました。大学生という立場になってから、オープンキャンパスというイベントに携わらせていただくと、高校生の時には感じ得なかった様々な思いがこみ上げ、駆け巡っていきました。

私は高校2年生の時、2つの大学のオープンキャンパスに参加したことがあるのですが、ただただ都会の空気と大学の規模の大きさに圧倒されてしまって、「早く家に帰りたい…」と思うばかりでした。(田舎者なので…笑)もちろん、大学の様子や雰囲気を知ることができましたが、「自分はここでやっていけるだろうか…」「大学での勉強についていけるだろうか…」という不安な気持ちも芽生えたことを今でも覚えています。

今回、オープンキャンパスのお手伝いをさせていただいた時も、たくさんの高校生の方々が大学での学びに対する不安な気持ちを打ち明けてくださいました。

「日本文学科の勉強につていけるでしょうか」

「日本文学科の雰囲気はどうですか」

「特定の研究したい分野や興味のある作品は決まっていないのですが大丈夫ですか」

そんな質問に対して、私が一貫して伝えられることは、同じ不安を抱えていた私が今は本学科に所属し、右も左も分からないながらも、様々な方の助けを借りて、勉強に没頭していること、学ぶことが楽しいと思えていること、また本学の日本文学科がそれを可能にしてくれる場だということです。私自身、入学した時点では、「これを研究したい!」という明確な意志はなく、流されるまま授業を取る形でしたが、多種多様な分野での学習を通して、自分の興味が定まるようになります。また、日本文学科でできた友人の存在は大きいです。日本文学科の学生はある種オタク気質なところがあるので(笑)、日本文学や日本語学に関することだけには限りませんが、そういった熱に圧倒されて、「自分もこうしてみたい!」「あれをやってみたい!」と思えるのです。

拙い私の経験ですが、日本文学科への受験を考えている方、また興味を抱いている方の参考に少しでもなれば、幸いです!

そして、本学科のオープンキャンパスは様々な企画が目白押し!学科ブースの展示はもちろんのことですが、模擬講義やガイダンスは必聴です!というのも、実は、私は昨年、お友達の高校生の付き添いとして、本学科のオープンキャンパスに参加していたんです。その時に、何食わぬ顔で模擬講義やガイダンスを受けたのですが(笑)、大学生の私が聞いてもためになる情報ばかり!思わず聞き入ってしまいました。高校生の方々ならなおのこと、普段は得られない新鮮な情報を聞くことができるのではないでしょうか。

今年のオープンキャンパスは、残すところあと1回となりました。開催日は、9月3日です。百聞は一見に如かず。日本文学科に少しでも興味をお持ちの方、在学生や先生方に聞いてみたいことがある方、ぜひ本学のオープンキャンパスまでお越しください。ご来場くださる方のお役に少しでも立てるように、万全の準備を期して、お待ちしております!

最後に、個人的な話になってしましますが、今日のオープンキャンパスで嬉しいことがあったので、書かせてください。というのも、前回のオープンキャンパス(6月25日)にいらして、私が対応させていただいた方々が、本日のオープンキャンパスにも来てくださり、私のことを覚えていて、また声をかけてくださったんです!自分が来場者の方のお役に少しでも立てたという、達成感とともにこの仕事に対するやりがいを実感することができました。そんな嬉しい気持ちを噛み締めつつ、今日のブログの幕を下ろしたいと思います…。

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

十人十色

 好きな色って何色?って聞かれたらなんて答えますか。私は昔から青とか水色が好きです。でも山吹色みたいなちょっとあたたかめの黄系の色も好きだしワインレッドみたいな深い赤色も好きだし、色が重要っていうよりはその時の気分とかその色がどんなものに使われているかとか、条件の方が重要なのかもしれません。

 昨今よく言われるブルベ、イエベってあるじゃないですか。似合う服の色とか似合うメイクとかが全然違ったり、同じチークを肌に乗せても発色が違って見えたりするとかいうやつ。結構それを気にして服を買ってる方とかもいますし、私もそこまで気にしていないにしても事実似合う色は人によって違うなとは思います。皆さん自分がどっちかって分かりますか。中にはパーソナルカラー診断受けたことある方もいらっしゃるでしょう。私はずーーーーっと自分のことイエベだと思ってたんですね。こう、ブルベのイメージが透き通るような白さで、対して私は地の肌の色はあんまり白っぽくはないと自負していたので。あと高校生の時は今より貧血気味で顔色が悪く青系の色があまり似合わなかったのでイエベ春みたいな柔らかくて明るい色を着た方がいいのかなとも思っていました。同じ理由で大学に入ってからもしばらくオレンジメイクをしてたし。で、まあこの書き方的にお分かりいただけると思うのですが結果から言うと今の私は恐らくブルべなんですよ。個人的にはブルべ夏かなと思っています。なぜ気が付いたかってところが本編です。
 私には2歳下の妹がいまして。彼女が今年の春大学生になるんで一緒にコスメを買いに行ったんですよ。買いに行く前に失敗したくないよね~って話の流れでお互いにセルフ診断をしてみました。そこで発覚したわけですよ、私のブルべが。私がオレンジ系のリップと青みがかったピンクのリップをもっていたので比較しやすいかも~と思って妹と二人で唇に両方塗ってみたらあら不思議。同じ色乗せているのにお互い全然発色が違うんですよ。私はオレンジを吸収して塗ってるように見えない、なんなら若干淀むし青みピンクはきれいな赤っぽく発色する。妹はオレンジは健康的でフレッシュに見えて青みピンクはどす黒く見える。彼女が本物のイエベだったんですね~。特に青みピンクが衝撃でした。私はそのリップを「液だけ見た時と塗った時とで色が変わるリップなんだな~」と思ってたんですが妹の唇の上では液だけ見た時の色と塗った時の色が限りなく近くて。その時初めて「パーソナルカラーってこんなに影響あるんだ……!」と実感しました。

 まあじゃあパーソナルカラーが分かったからって何かしたかって言われたらアイシャドウパレットを買い替えたくらいで、結局好きな色を着てるのですが、知っとくとなんとなく服選びに迷った時に役に立っていいかな~と思いました。アイシャドウはオレンジ系のメイクだとすっごいくすんで見えるよって妹に指摘されたので買い換えました。実際今のブルべ特攻みたいなパレットの色の方が透明感が出てると思います。恐らく。でも!今回の結論は!好きな色を着ていい!です。体感的にメイクは地肌に直接乗せるのでパーソナルカラーが影響しやすいですが服は、特にボトムスなんかは割となんでもいいのでは~?と思っちゃいます。似合う色を着るもよし!好きな色を着るもよし!楽しくお洒落しようぜ~!って言うお話でした!では。

MOMO

こんにちは!やなです🧊
毎日変な天気で嫌になりますね。
先日も就活の面接が終わって建物の外に出たらポツポツと雨が降り始め、あっという間に土砂降りに。
スーツがびっしょびしょになりました。
突然の雨にはご注意を。みなさんは傘を持ち歩きましょう。

***

ついにスターバックスのフラペチーノデビューしました〜!

実はコーヒーが飲めず、スタバにはほとんど縁のない人生を送ってきました。
しかしどうやら、コーヒー以外の飲み物も販売しているらしいと知り、友達に連れられてスタバに初めて入ったのが高校生のときでした。
それほど生クリームも好きではないので、そのときは美味しそうに生クリームが乗ったドリンクを楽しむ友達を横目に、適当に飲み物を注文して終わりました。美味しかったです。

しかし、そんな私の生活を揺るがすものが登場しました。そう、桃です。

実は私は果物の中だと桃が1番好きで、スーパーやお菓子屋さんで桃のデザートを見かけるとついつい購入してしまうほどなのですが、スタバも例外ではありません。

就活中、ぼんやりと面接先の企業に向かって歩いているとき、ふと顔を上げた先にスターバックスの大きな看板が目に入り。巨大な桃のイラストに釘付けになりました。直後の面接は桃に気を取られて何を話したのか覚えていません。

それからずっと行きたいな〜とは思っていたのですが、なかなか時間を作れず。しかし、あと数日で桃のフラペチーノが終わってしまうらしい!と知り、思い切って行ってみることに。

さあさあ、お味はいかに。

……思ったよりも甘くない!
生クリームがたくさん乗っているところを見たときはどうなることかと思ったのですが、下の飲み物の部分と混ぜることでいい感じに中和されて、とっても飲みやすかったです!
桃の果肉もゴロゴロ入っていて、桃好きにはたまらない一品ですね。
ひんやりしたフラペチーノ、暑い夏にぴったりです。

スタバのフラペチーノ、気に入りました。
次はスイカも挑戦します🍉

***
8/8までの販売のようです。よろしければぜひ。

スターバックス ピーチフラペチーノ
https://www.starbucks.co.jp/cafe/gaburi-peach/

それでは今日はこの辺で!やなでした🍨

夢うつつ

こんばんは、眠るの大好きののです。

明晰夢というものがありますね。睡眠中の夢の中で「あ、夢だこれ」ってなるやつですよね。私は明晰夢の体験がないのでよく分かりませんけれども、おもしろそうだなと思います。

夢だという自覚はありませんが、私は夢の中で考え事をしているときが度々あります。二次元のキャラクターと同じ世界で過ごしていたり、自分の目の前で爆弾が爆発したはずなのに無傷だったりと、目が覚めれば鼻で笑ってしまうような世界ばかりですけれども、私の意識は懸命に筋を通そうとがんばるっているのです。この間は知らない男の人に向かって「それは絶対違う!」とか考えていたような気がします。笑。

でもたまに夢での出来事に驚くことがあります。

あれは中学生の頃。私は吹奏楽部に所属していたのですが、先生から紹介されたある曲の名前がなかなか覚えられない。「ア%#&$*」みたいな感じ。頭文字がアなのと、全部で5文字くらい、ということしか覚えられなかったんですね。楽譜は後日配布するとのことだったので、調べる術もなし。おとなしく寝ました。しかしその日の夜、夢の中で私はいともたやすくその曲名を口にしていたんです。「アルセナール」と。後日確認すると、確かに先生が紹介した曲は「アルセナール」という名前でした。

つい最近も驚いた出来事がありました。友人が「ゲトウさんが云々」と度々言っていて、私は「ゲトウ」という音は覚えられたのですが、どういった漢字をあてるのか全く想像がつかなかったのです。その頃、その友人とは別のところで、インターネット上で「夏油さん」という名前を度々見かけることがありました。ん?なんて読むんだろう、と気にはなりましたが、その時はスルーしました。そんなことがあってから数日後、夢の中で私はふと考え始めました。もちろん、周りには知らない人と知らない場所、あと二次元キャラクターがわんさかいる世界でです。そんな中で突然ひらめいたんです。「ゲトウ、ん?もしかしてあの夏に油って書いた名前はゲトウと読むのではないか??」後日友人に確認したところゲトウさん=夏油さんで合っていることが分かりました。それにしても難しくてかっこいい読み方だなぁ。

脳は日中得た情報を寝ている間に整理する。脳ってすごいなあ、と感じた出来事でした。

世の中は

 世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ(『古今和歌集』雑歌下、詠み人知らず)

これは私の好きな『古今和歌集』の詠み人知らずの歌です。

江戸川乱歩も「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」と残したそうですね。

最近専門家が大衆向けの質問に答えている動画を見るのにハマっているのですが、それが結構面白いんですよ。睡眠学者とか、脳科学者とか。生物学者や元FBI捜査官の話も面白かったです。

 話が逸れました。そろそろ夏休みに入った方も多いと思いますが、みなさん、何時間寝てます?

 私はここ数日気がつくと1日15〜16時間ほど眠っていることもあって、起きると自分でびっくりしてしまいます。普段そんなに長く眠る事はないんですけど、疲れてるんですかねぇ。

起きるとようやく意識が戻ってくるわけですが、当然ながらほぼ寝ている間にほぼ1日が終わるんですよ。

勝手に時間が進んで、勝手に夜になって1日が終わります。そして時間を無駄にしてしまったという後悔に駆られます。笑

 人間ってなぜ眠るんでしょうか?ホモ・サピエンスがこれだけ長く地球に存在して進化してきたのに、どうして睡眠は淘汰されなかったんでしょうか?現代人はかたいものを食べる事が減ってきて顎が小さくなっていると言いますし、眠らない人間が現れたっておかしくないはずです。

 睡眠学者の先生曰く、人類の進化の中でも睡眠が淘汰されず生き残っている理由はまだはっきりと分かっていないそうです。

 文化人類学の授業で、「人間は自然を分割し、再構成して理解している」ことを学んだことがあります。時間という概念を作ったのも人間で、1日という区切りも、24時間、朝昼晩という概念を作ったのも人間です。

 結局のところ、人間が作り上げた世界も常識も、「人間の中の」概念であって、自然はあるがままにそこにあるんですよね。ただ「今」がそこにあるだけ。

 夢と現実という区切りも人間が決めただけで、実は存在していないのかもしれません。

「夢ともしらず、ありてなければ」と歌った詠み手は、あるようでなく、存外ぼんやりとしたこの世のあり方に気付いたのかもしれませんね。

平安時代と現代の認識が全く異なるのはもちろん理解していますが、人生の本質を突いたような和歌に出会うと時々どきりとしてしまいます。この世は移り変わっていくものですが、1000年経っても人間の核にある本質は変わらないものなのかも、と思うと、まっさらな気持ちで文学を読んで受けとめたいという気持ちになります。

では、また。

夏、スタート

みなさま、こんにちは。今日からいよいよ8月!テスト期間もおそらく終わりを迎え、世の中の大学生が待ちに待った夏休みが本格的にスタートする、そんな始まりの日ですね。酷暑の中、お出かけするのはおすすめできませんが、最近は浴衣姿の人を見かける機会も増え、新型コロナウイルス流行以前の夏の風物詩が復活してきたなぁとしみじみ感じます。

私はというと、そんな風物詩を視界にいれつつ、やれバイトだ、やれサークルだと電車に揺られる日々を過ごしております。「折角の大学生の夏休みなのに可哀そう…」と思ったそこのあなた!安心してください。サークルとバイト(たまに教習所)に時間を奪われている私ですが、なんと夏休みの終わりが見えてくる9月に小学校からの友人たちと沖縄旅行を計画しています!気の置けない友人と行く旅行ほど気楽で楽しいものはありません。

唯一の懸念点といえば、気の置けない存在過ぎてお互い全然連絡が取れず、沖縄で何をするのかという肝心な部分が何も決まっていない点です。約1ヶ月後私はどんな思い出ブログを書くことになるのやら…

 

 それはさておき、前回の更新では私がハマったアメリカのアニメ、「ハズビン・ホテル」をご紹介しました!更新後、この場所で好きなアニメについてあまり語っていないのでは?ということに気づきました。以前「文豪ストレイドッグス」は話題に出させていただきましたが、それくらい。ヲタク名乗っているのにあるまじき事態!

ということで、今回は「個人的!夏休みにみたいアニメ」をご紹介いたします。長い夏の暇つぶしにでもなさってください。

ご紹介するのは「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」。

 アニメ好きの方であればほとんどの方がご存じではないでしょうか。「あの花」の愛称で親しまれる、少し不思議で心温まる友情を描いた名作アニメです。

 引きこもり高校生の宿海仁太(じんたん)には小学校時代、お互いをあだ名で呼びあうほど仲良しな5人の友人たちがいました。男女6人のグループでしたが、そのうちの1人の少女が亡くなる事態をきっかけに、遺された5人はそれぞれ別々の道を歩み疎遠になっていました。そんな中、ある日じんたんの前に亡くなった少女、本間芽衣子(めんま)が彼にだけ見えるようになります。当時の姿となんら変わらないめんまはじんたんに「願い事を叶えてほしい」と頼みますが、肝心の願い事が分かりません。めんまの願いを叶えるために動くじんたんの周りには、次第に昔の友人たちが集まってきて……

 めんまの願い事とは何なのか、彼らが疎遠になってしまった理由とは…。物語が進むにつれて少しずつ不思議が解明されていきます。時間の流れに逆らっためんまとの再会は成長した彼らの心を再び結び付け、涙なしには観られません。過去の6人の最後の思い出が”夏“であったことから、夏のすっきりとした気分になりたい日にぴったりなアニメです。

このアニメ、作品自体も感動でとても面白いのですが、主題歌も素敵なんです!SILENT SIRENというアーティストが歌う「secret base~君がくれたもの~」という楽曲になります。恐らく皆さん、1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。楽曲も併せて、夏振り返りたくなる、そんなアニメ作品です。

「個人的!夏休みにみたいアニメ」、紹介してみましたがいかがだったでしょうか。沢山時間が取れるからこそ、新規開拓するもよし、お気に入りのアニメを観返すもよしですね。

暇を感じていた方に、少しでも刺されば幸いです。

素敵な夏休みをお過ごしください。それでは、また!

ファイナル…。

皆さん、こんにちは。ずきです!

7月もあっという間に終わりですね…!
私は、本日までに提出する課題を仕上げたので、これにて前期授業が無事に終了しました。
7月31日は、「パラグライダー記念日」。1988年7月31日に、福岡県北九州市で「第1回パラグライダー選手権」が開かれたことを記念して制定されたのだとか。パラグライダー体験、実は憧れています…!「個人的!人生が終わるまでにやりたいことベスト30」の23位くらいにランクインしています。(笑)

・・・

突然ですが、ここでお知らせです!8月6日は、今年度第2回目のオープンキャンパス開催日!
今回は夏休みの開催ということで、遠方からお越しの方も多いかと思います。是非、日本女子大学の雰囲気を肌で感じてください!日本文学科では、入学検討中の皆さんに興味を持っていただけるような企画を用意しております!ぜひ、日本文学科ブースにもお立ち寄りください!

お申し込みは、こちらから!→ https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/20230806.html

・・・

7月の最終日。
早くも「セミ・ファイナル」があった。準決勝ではなく、「セミ爆弾」の方だ。セミがひっくり返って歩道の真ん中に落ちていたのである。彼らは息絶えていると見せかけて、最後の抵抗を見せることがある。これに怯えた人類から「爆弾」なんて名称で呼ばれてしまう訳だ。

道に落ちていたセミに一つ、物申したいことがある。
君、まだ夏はこれからだ…。まだ7月だ。あまりにも早い、早すぎる。君がそういった状況になるのは、勝手ながら8月中旬・下旬のイメージだった。私が見かけた個体は「セミ・ファイナル」ではなく、既に「セミ・ジ・エンド」となっていた。うだるような暑さのせいか…と考えたとき、なんだか切ない気持ちになったが、儚い命の散り際だ。また道端で見かけることがあった際には、精一杯生きたセミに心の中で拍手を送りたいと思う。ただ、積極的に見かけたくないのが本音ではある。

・・・

大学4年の夏は、ゆっくり過ごせるだろうなんて思っていたが、実際過ごしてみて感じる。忙しい、とにかく忙しい。正直、甘く見ていた。1~3年までの忙しさとは、また違う感覚である。8月初めは、地元の博物館で5日間実習があるし、8月中旬は就職のための研修に行かなければならない。来年以降の自分のために必要な準備であるが、ここまで忙しいとは思わなかった。
卒論も本格的に調査を進めなければならないのに、進捗は今ひとつである。このままだと非常にまずいので、自戒を込めて「卒論の進捗状況は今ひとつである」ことを、ここに残しておこう。
『とにかく、早くやるんだ。』

・・・

「終わり」があれば、「始まり」がある。
私の大学生活は8ヶ月ほどで終わる(予定である)が、社会人としての新しい生活が始まる(予定である)。
大学生活が「終わる(卒業する)」人がいれば、大学生活が始まる「(入学する)」人もいる。

「終わり」と「始まり」は常に隣り合わせだと、私は思う。

大学生活最後の夏は、もう既に始まっている。大学生活に、悔いが残らないように過ごしていきたい。今は、”飛び立つ”ための準備期間。決意を込めて。2023年、夏。

ずき