仏像と誕生日

こんにちは、さくらです。

すっかり気温も上がってきて夏めいてきましたね!と言いたいところなんですが、このブログを書いている今日23日はものすごく寒くてびっくりしました。前日の夜中から雨がずっと降っていて明日は寒くなるね、なんて話を家族としていたのですが思っていたよりもずっと寒くて、おまけに雨も降っていたので朝からテンションを一気に下げられてしまいました。今日は冬に着るような長袖のオフショルに春物の上着を着ていたのですが、もう一つ分厚い上着選べばよかったなと後悔しながら学校に向かっていました。

先日神奈川県立歴史博物館に行ってきました。視覚芸術という授業で仏像を見るために行ってきたのですがとても貴重な体験が出来ました。この授業を取ったきっかけは受験期に不動明王にドはまりしていた時期があり仏像を学ぶ授業なら不動明王についても学べるかもしれないというオタク心があったからです。不動明王を好きになったのも予備校の日本史の先生が自分を律してくれるよーとオススメしていたのを聞いてスマホのロック画面にしていたからなのですが、煩悩を断ち切り仏の道へと人々を導いてくれる仏様であるということを知れば知るほど顔まで可愛く見えてきて沼でした。

その日の授業自体は釈迦如来像の仏像についての講義で一体の仏像を二時間ほど説明を聞きつつ眺めるというものでした。一体の仏像をこんなに長時間見ることはもう二度とないだろうと思います。この一体についてそんなに話すことがある教授は良い意味で狂ってると思いました。一番印象的だったのは、寄木造りで中が空洞になっているタイプの仏像の中を見れたことです。皆さん木で出来ている仏像と言われても見た目は金箔を貼ってあって、たとえそれが剥がれていても漆を何度も塗られたことによって黒くなっている物を思い浮かべるのが普通だと思います。しかし中をファイバースコープで見てみると中はもちろん何も塗られてはいないので、ザ・木造という感じになっていました。木の繊維や繋ぎ目も見えましたし、こんなに仏像が木造であると感じることは中々無いので面白かったです。

あと少し昨日、22日の話もさせて頂きます。

毎回ブログでスラムダンクの話をしていてこいつスラムダンクの話しかしないなとそろそろ思われてそうなのですが、昨日が私の推しである三井寿の誕生日だったので少しだけそのお話をさせてください!

昨日は三井寿の誕生日ということもあり応援上映があったのですが、いつも一緒に行っている友達に加えて高校の頃の友達と一緒に三人で行きました。その子とは高校を卒業してから一回会ったきりで一年ほど顔を合わせていなかったのですが、スラムダンクにお互いハマっているということで久しぶりに連絡が来て会うことになりました。こういうところでも昔の友人と繋ぎ合わせてくれたこの作品に感謝です。

誕生日だから何かサプライズとかあるかなぁとルンルンしていたいたのですが、映画が始まる前なんと三井寿役の声優さんである笠間淳さんのビデオメッセージが流されたんです!笠間さんの地声がすでに三井寿の声なので普通に喋っているだけで三井寿を感じるので、本当に感極まって初めから泣いてました。それによってせっかく見ているのに記憶があやふやな状態という非常に勿体ないことをしてしまったのですが、あの場で三井寿の誕生日をみんなでお祝いできたのはとても貴重な経験でした。

一緒に行った友達からも良かったね!と言われてずっと嬉しくて泣いていました。スラムダンクにハマってからずっと涙腺が弱いです。

これからまた梅雨に入ってじめじめとした日が続きそうですが、皆さん好きなものを楽しんで元気にいきましょう!

期待しないで待っててね

こんにちは、ゆきほです🍵

ゴールデンウィークも終わってしまい、次の祝日は7月の海の日だそうです。

……えっ?次の祝日、7月?……いやでも私はまだ6月に祝日がないなんて信じてませんから。信じていればきっと祝日もくるはず。

しかし、ついこの間はじまったような気がする大相撲の本場所も後半に入り(今場所めちゃくちゃおもしろいです)、リュックの中にはいつの間にか日傘が鎮座していて(普通に自分で入れました)、私が受け止められていない間に着々と時は過ぎています。もうそろそろ現実を受け止めておきたいところですよね。

とりあえず今週中に衣替えでも執り行おうかなと思っています。(思っているだけです)

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先日、小学生のときに大好きだった小説『黒魔女さんが通る!!』シリーズが完結するという衝撃の情報が飛び込んできました。

これを読んでくださっている方の中にも、『黒魔女さんが通る!!』が自分にとっての青春だという方がきっとたくさんいらっしゃるかと思います。

私自身も青い鳥文庫のファンクラブに入って、最新刊が出る日には本屋さんの開店待ちをして、魔法を口ずさんでいるような小学生でしたが、中学生になって学校の図書室に『黒魔女さんが通る!!』がなかったことで最新刊をだんだんと追わなくなってしまいました。

それでも今の私に至るまでの過程で、青い鳥文庫のお世話になっていた小学生時代はやはりかなり大きくて。小学生のときの友達の顔、何をして遊んでいたか、どんな話をしていたかはすっかり忘れてしまいましたが、あのときどんな本が好きだったかなら今でもはっきり覚えています。何といっても大学入学後に護国寺駅が講談社の最寄り駅だということを知って大喜びしましたから。

今も覚えている魔法は「ルキウゲ・ルキウゲ・ロフォカーレ」とか「サタンよ、ベルゼブルよ……」くらいのものですが、現在私の中では長年息を潜めていた王立魔女学校の魂が再び燃え上がっています。

完結が発表された日の帰りの電車の中で、地元図書館にある『黒魔女さんが通る!!』シリーズで私が読んでいないところから予約し、現役小学生のみんなや私のような大人のみなさんにもスムーズに行き渡るよう大急ぎで読み進めています。早く続きが読みたいのに貸し出し中で読めないよ……!という気持ちは痛いほどよく分かりますからね。

一昨日予約分が揃って、今日の行きの電車から猛スピードで読んでいるのですが、もう楽しくて楽しくて。

「あっ!!ムオベーレ!!瞬間移動!!」と知っている魔法が出てきては喜んだり、「釜飯の器」「魔界グッズ」「サバト」など懐かしい響きを見てはまた喜んだり、もちろんチョコちゃんやギュービッドさまをはじめとした見慣れた顔との再会にも喜んで。

というわけで、卒業アルバムに「大人になって忙しくなったら本を読んでいる時間がなくなってしまうかもしれない」「これから大人になってもずっと本を大好きでいてください」と書いた中学生の私へ。

あなたも書きながら薄々察していたかもしれませんが、私今のあなたと大して変わってませんよ。

ではまた!

世界が広がる体験。

皆さん、こんにちは!ずきです!

5月21日は「対話と発展のための世界文化多様性デー」。異なる文化を理解し合うことを目的として制定された国際記念日なのだそうです。映画や本、音楽、美術などを通じて異なる文化に触れること・知ることが推奨されているんですって!
現在、こうして日本文学科に所属しているので、日本文学や日本文化に触れる機会が多い訳ですが、実は私…高校までは、古文や現代文よりも英語や世界史の勉強に力を入れていました……!!!流れとしては、世界の文化→日本の文化を学んでいるという形になりますね。世界の文化や歴史を学ぶ中で、「じゃあ、日本文化の魅力って何だろう?」という思いがあり、色々な経験を経て今に至ります。人生いろいろです。この話は……したことが無かったかもしれませんね。近々、もう少し詳しくお話出来ればと思います。

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さて、前置きが長くなりましたが、そんな記念日にちなんで、異なる文化に触れた体験についてお話します!(前回更新のブログにて予告していた話題に繋がります。)

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『ドリアン・グレイの肖像(原題:The Picture of Dorian Gray)』という作品、皆さんご存じでしょうか?アイルランド出身の作家、オスカー・ワイルド(1854~1900)が1890年に発表した唯一の長編小説です。
この作品を基にした朗読劇(私は5/7(日)の昼公演回)を観劇してきました!
https://dorian-gray.rodokugeki.jp/
物語の舞台は19世紀末のロンドンということで、衣装や舞台装置も洋風、開演前にはクラシック音楽が流れるという演出も!実際に海外にいるような、不思議な気分になりました…!
声優さんの演技にも圧倒されました。演じる方がそのキャラクターをどのように解釈しているのかを考えながら、声優さんの声や表情、身体の表現を堪能することが出来ました。本当に楽しかったです!
私の好きな声優さんの1人がこの回にご出演されていたのですが、お芝居を楽しんでいる姿が改めて素敵だな、と感じました。この方のお芝居を昨年から何度も観ているのですが、観れば観るほど好きになっていきます…。きっと、これが最近よく耳にする「沼」というものなのでしょう……。
以前から、朗読劇への想いを熱く語っていらっしゃる方なので、今回もお芝居をされている姿を観ることが出来て幸せでした!

まだまだ色々と語りたい魅力は多いですが、間違いなく長くなってしまうので、この辺りにしておきます。

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以前から朗読劇の観劇体験をブログに綴ってきた私ですが、「朗読劇」という演劇形態が大好きな理由は、「声優さんの演技を”生”で聴ける」から。アニメや吹替映画などでも、声優さんの演技を聴くことはできますが、そういった作品では感じられないものがあるんですよね…!「生の演技」、最高ですね!この感動を上手く言語化できないのがもどかしい…。
それに『活字以上、映像作品未満』の情報から、物語の情景や登場人物について想像できることも魅力だと、今回の観劇体験を通して感じました。何となくですが、「観客に想像の余地を与える」「舞台演出を最小限にする」という点では、能に似ている部分があるかもしれません。興味深いです!

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この観劇をきっかけに、『ドリアン・グレイの肖像』の原作本(訳本)を図書館で借りました!(本を普段あまり読まない私が…!(笑))
朗読劇中の描かれ方と原作での描かれ方の比較や声優さんの演技を思い出しながら読み進めていく作業は、本当に楽しいです。これは翻訳者の表現の違いも味わってみたいところ。大学図書館で借りられる分は、全て読んでみたいと思います!

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自分の世界が広がる体験、これからも楽しんでいきたいです!
それでは、また。


推し活記録②

 みなさん、こんにちは。夏日が続くかと思いきや急に雨が降る不安定な今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。気まぐれな天気に振り回され、体調不良を起こしやすくなる時期ですので、十分な休息をとり、のんびりまったり自分のペースで無理せず頑張りましょう。

 休息に必要なものは何か。美味しい食事、質の良い睡眠、そして何より心の栄養、「推し」!

ということで、「4月の推し活ライブレポ第2弾」です。気づいたら5月も半ばになり、1か月前の話になってしまいましたが、良い景色、良い思い出は褪せることはありません。しっかりと語っていきます!

 4月2回目となるライブは、4月29日、両国国技館で行われた「Irregular Dice」称して「いれいす」のワンマンライブ「The Glory of Dice」です!

 「いれいす」は2020年から活動を始めた6人組の「新世代歌い手グループ」です。「歌い手」は所謂ボカロ曲を中心に歌をカバーしてYouTubeなどの動画投稿サイトに投稿する人たちのことを指します。「歌ってみた」の投稿以外にも日常動画の投稿や配信、企業とのタイアップ、そしてライブ活動など活動内容はかなり幅広くなっています。

 「いれいす」を知ったのは高校3年生の冬頃。小学生だった妹におススメされたことがきっかけです。妹の付き添いでライブに行き、華麗に妹よりも「いれいす」にハマりました。因みに当時の私は「歌い手…?言葉は分かる。何者かは知らない。」というほどでした。ハマった本人もびっくりです。

 「いれいす」ライブの魅力は基本顔出しNGで活動しているメンバーと直接あえること!生歌が聞けること!などなど。しかし、今回の特別はやはり「声出しライブ」という点。2020年、新型コロナウイルスの流行の中で活動を開始した彼ら、そしてファンにとって初めての経験に胸がドキドキしっぱなしでした。

 座席は二階席、ステージの真横でメンバーの顔が肉眼で見える良席でした。6色のペンライトがキラキラ輝き、初めて呼べる推しの名前やずっとやりたかったコール&レスポンスにテンションが上がり、最初から最後まで幸せいっぱいでした。

 特に「いれいす」は自分たちの活動を真剣に精一杯に楽しんでいて、そんな彼らに元気をもらっているので、「ありがとう」と「大好き」を伝えられたことが嬉しかったです。

 ここで、「いれいす」のファンの方との交流エピソードを1つ。会場に入場した後、席に移動する前に端っこでランダムに配られる入場特典の確認をしていると、女の子に話しかけられました。話を聞くと「1人で来たが座席への行き方が分からない」とのこと。その子は中学1年生で初めてライブに、しかも1人で来たのだそうです。「いれいす」のファンは年齢層が低く、中学生や小学生の方も見かけることが多いですが、大体はお友達か親御さんといらしていて、1人でいる子は珍しいです。初めての環境で知らない人に声をかけるのはとても勇気がいることだったと思います。その子の席も2回席だったため、少しお喋りをしながら、席に送り届けました。短い間でしたが、年下のファンの方と交流して、「いれいす」の影響力の大きさを感じ、素敵な交流ができたことがライブに+した思い出になりました。

2回にわたり、私の自己満足のために4月に行ったライブのレポ(という名の推し紹介)をしてきました。楽しかったことについて書くのはとても楽しいです。折角なので、「いれいす」の自己紹介ソング最新ver.を紹介して、終わりにしようと思います。お暇なときに聞いてみて、ぜひ「推し」を見つけてくださいね。

それでは、また。

【オリジナル曲】推しが見つかる3分ちょい! 2022 ver. / いれいす【歌い手グループ】 – YouTube

人の慈愛に触れる事

人のの善意に遭遇すると、心が清らかな水で洗われるような感覚を覚えます。

満員電車で誰も降りる人がいない駅でも、きちんと電車から降りる扉付近の乗客。

混んでいる電車で妊婦さんを見つけるとすぐに席を譲る人。

乗り遅れてしまってもう出発したのに、「大丈夫ですか」と声をかけて待っていてくれるバスの運転手さん。

早朝から元気に「おはようございます!」と挨拶して接客してくれるコンビニのお兄さん。

一番最後のお兄さんに関しては善意というか快活さにほっこりしたという話なのですが、ささやかな善意に遭遇すると「ニンゲン……スキ……!」と現世に出てきたばかりの妖怪の如く毎回感動してしまいます。

特に困っている時に手を差し伸べてもらえると、相手が女神のように思えてきませんか?

私は以前、本当に困っていた時に助けてもらって心から感激した出来事が一度だけありました。

2年ぐらい前でしょうか、普段はないのですが、バスの中で脳貧血を起こしてフラフラになりながら降車した事がありました。

私は脳貧血を起こしやすい体質らしく、体調不良時に電車内で長く立っていたりするとちょっとふらっとする事があるんです。吐き気と共に目の前がフラッシュしかけたらすぐしゃがむか電車を降りるようにしているので幸い電車で倒れたことはないのですが、一回大事な場面で失神してやらかした事があるので以降は対策をするようにしています。

見るからに体調が悪そうな他人に話しかけるのって結構ハードルが高い事だからでしょうか、駅でゼェハァしながらしゃがみこんでいても困惑したような目を向けられるだけで声をかけてくれる人って滅多にいないんですよね。

立っていると失神して危ないのでその日も道端でうずくまっていたのですが、なんと、「大丈夫ですか?立ちくらみですか?」とお兄さんが声をかけてくれたんです。しかも「これ、よかったら飲んでください」といって近くの自販機でお水まで買って置いて颯爽と去って行きました。

視界がフラッシュしていたので途切れ途切れにだいじょうぶです、といった記憶はあるのですが、過剰に干渉することもなくサッと気遣ってくれたお兄さんの優しさたるや。

きちんとお礼を言える元気がなかったのを悔やむばかりです。

もちろん日々周りの人の優しさに救われながら生きていますが、赤の他人にこうして手を差し伸べる事ができる優しさってなかなかないものですよね。私も困っている人がいたら声をかけられる大人でありたいと思います。

ところで私はブログ部の1読者でもあるので定期的にみなさんのブログを拝見しているのですが、前回の自分のブログを読んでいたらみなさんの二倍ぐらいの文字数があって自分で引きました。文字数食ってすみませんでした。今回もそこそこ長くなってしまいました。そこはまぁ、ご愛嬌で。では、また。

天地無用

皆さんこんにちは、ののです。

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僕は襲ってきた眠気を払うように読んでいた本から目を離し、顔を上げた。目の前には1人の女性が立っていた。大学生だろうか。茶色みを帯びたその髪の毛は耳たぶが出る程の長さに切られている。身長は高くない、むしろ低いほうだ。左手で吊り革を握り、右手にはスマートフォンが収まっている。

そこで僕はある違和感を覚えた。目の前の女性はスマートフォンの上下を逆転させて持っているのである。なんで逆さま?一体どんな操作をしているのか。まさか、スマートフォンを見ているふりをしているだけで、実際は画面など眼中にないのではないか?怪しい。この女、一体何を考えている。

すると、その女性はスマートフォンから目を離し、ふっと顔を上げた。女性と一瞬目が合ってしまう。気まずさと焦りからすぐに目線を手元の本に落とした。

その女性は次の停車駅で降りて行った。怪しい動きも、特になかった。

ミステリーの読み過ぎだな。こんなラッシュの電車内で事件なんて御免だね。我ながら何を考えていたのだろう。

僕は心の中で自嘲すると、手元の文庫本『オリエント急行の殺人』に意識を戻した。

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電車に乗り込み吊り革のある位置まで行くと、私はカバンからスマートフォンを取り出した。来週までに読まなければならない資料があるのだ。友人から送られてきたその資料は、大学の授業で扱う作品の1つである。本のページをスキャンしたものらしい。先日あらかじめスマートフォンでダウンロードしておいたため、データ量を気にせずに読める。私はフォルダを開き、スマートフォンを逆さまに持ち直した。

なぜ逆さまにするかって?それは、スキャンされたページの全てが逆さまの状態でデータ化されているからである。何かを企んでいるとか、そういうことではもちろんない。

画面を見続けて疲れた目を休めるため、少し顔を上げた。すると、前の席に座っている男の人が怪訝な面持ちでこちらを見ていた。目が合った瞬間に手元の文庫本に目を戻してしまったが、まさか、私のスマートフォンが逆さまであることに気付いてしまったのだろうか。

私は内心焦りながら、表情を動かすことなく逆さまのスマートフォンに目を戻す。

おっといけない、気付けばもう到着だ。ドア付近の人を上手くよけながら、私は電車を降りた。

後日、パソコンでフォルダを開けば資料を回転できることに気が付いた。

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なんだかおなかがすいてしまいました。今日の夕飯は油揚げのお味噌汁にしよう。

それではまたお会いしましょう。

第二次革靴ショック(2023.5~)

こんにちは!やなです🍨
暑いですね。本当に5月でしょうか?
乗り換えの駅でちょっと走っただけで暑さで軽く体調が悪くなりました。夏を前にしてすでにバテそうです。はたして私は今年の夏を無事に乗り切れるのでしょうか?

花粉症の症状はようやく落ち着きました。

***

先日なんと数年ぶり(!)にパンプスを履きました。

大学の入学式のために購入したはいいものの、結局某感染症のせいで入学式は消滅。それから数年間熟成させておいたパンプスを靴箱から引っ張りだし、あれまあ革靴ってこんな感じだったっけな、と思いながら履いて家を出ること数時間。
足全体に痛みを感じてはいたものの、なんとかその日は気合いで乗り切れました。

しかし革靴はそう簡単には行かず。靴を脱いだら当然のようにかかとが靴擦れを起こしていました……。
そういえば高校に入学するときに、はじめてローファーを履いたときも、しばらく靴擦れが酷かったっけな。高校を卒業してから革靴は一切履いてこず、柔らかいスニーカーに慣れた足はすっかり革靴の感覚を忘れていました。なんてこった。

革靴、1日ならいいんです。気合いで乗り切れるので。
しかしそうは行かないのが就活。もちろん次の日も企業の面接です。

次の日の朝、靴擦れの存在をすっかり忘れてパンプスを履いた私を激痛が襲いました。そう、靴擦れは一日では治らないのです。
慌てて絆創膏を貼り、少しましになった痛みをなんとか誤魔化し、面接を終えて帰宅。靴を脱いだ私の目に衝撃のものが飛び込んできました。

なんと両足の小指の爪が血で染まっていたんです。

かかとを庇うあまりにつま先に余計な負担がかかり、今度は指まで負傷してしまいました。一瞬爪が剥がれたかと思いました。
小指の爪が薬指に刺さり、穴が開いて出血していました。高校生のころはさすがにここまで酷くはなかったので、衝撃です。パンプスを履くのって大変ですね……

社会人になったら毎日パンプスを履いて出社しなければならないと思うと今から憂鬱です。世の中の社会人ってすごいですね……!

靴を買ってしばらく年数が経っていたことが原因だと思います。買いに行けるタイミングがないので就活はこれで乗り切ろうと思います……!がんばります。

靴擦れが治るのは、いつになることやら。

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今年から新しく大学に来たキッチンカーのお店に行きました!キッシュ、さくさくで美味しかったです!
キッチンカーはまた機会があれば紹介します〜!!

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それでは今日はこの辺で!やなでした!

井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る

皆さん、こんにちは!

ちょっと久しぶりの投稿。少し緊張気味ですが、鼻息荒くパソコンの画面に向かっていますので、どうぞ最後までお付き合いください。

最近の私はと言いますと、ゴールデンウイークが終わった頃に訪れるという、5月病にかかる暇もなく、忙しい日々を送っています。というのも、書道の昇段試験の締め切りが間近に迫っているんです!締め切りまであと1週間弱。朝から晩まで時間があれば書道に向き合うここ最近。2年生になって初めての山場かもしれません。自分自身を鼓舞して、大学の課題をこなしつつ、書道に励む日々。この場でも言わせてください!「頑張れ!乗り越えろ!私!」

そんなこんなで、本日は、部屋に墨の香りが染みつき、水道のタイルは黒ずんでいる、という現状から目を背けつつも、「試験が終わったらしっかりきれいにしなければ…」と自分に言い聞かせている、ももこがお送りいたします。

さて、皆さんはゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?私は実家に帰って、家族と映画を観に行ったり、祖母の家にお泊りに行ったり、とても充実した連休を過ごすことができました。中でも特に楽しかったのは、小学校の同窓会。何年も会っていなかった旧友との再会は、自分が思っていた以上に嬉しく、また、たくさんの刺激を頂ける機会でもありました。

同窓会の当日、私は夕方まで大学の授業がありました。ですから、前日までに新幹線のチケットを入手し、大学~家~東京駅まで、どのルートが1番スムーズに移動できるか、研究に研究を重ね、緻密な計画を練っていました。そのかいあってか、当日は、長い信号に止まることも、トラブルもなく、順調に東京駅まで行けましたが、駅構内はゴールデンウィークの影響で激混み!もはや戦場です!私は大きなスーツケースをコロコロしながら、1人で競歩。何とか、予定の新幹線に乗ることができました。一安心です。

しかし、新幹線が発車すると、だんだんと緊張感が高まってきました。もう逃げ場がない感じと言えばいいのでしょうか。途中で降りることはできないし、地元まで一直線。ソワソワして、何度もリップや前髪を直したり、普段はつけないような、お高めでおしゃれなマスクに変えたり…。

というのも、正直に言えば、同窓会にあまり乗り気ではなかったんです。というよりも、尻込みしていたと言う方が正しいかもしれません。私の地元は田舎なので、子どもの数は少なく、小学校は全学年単学級。だからこそ、とても仲が良く、学校に行くのが毎日楽しみだったことを、今でも覚えています。しかし、中学校に入学するのと同時に、みんなクラスはバラバラに…。会話することもなく、3年間が終わった人もいます。また、思春期特有の不良化と言えばいいのでしょうか、つんつんしていて、存在がこわいなと思ってしまうほど、変わってしまった人もいました。私はなぜか、それが無性に寂しかったんです。昨日まで自分の隣で一緒に歩いていた人が、どこか遠くへ行ってしまった感じ。今思えば、私は知らないうちに、小学校~中学校の同級生を避けていたんだと思います。

同窓会の会場に着いた時は、もう心臓の鼓動が自分でも聞こえるくらいドキドキ。しかし、会場に入れば同級生の温かく、優しいまなざしに迎えられ、「あれ、こんな感じだったっけ?」と、正直びっくりした自分がいました。はじめはとても緊張していましたが、思い出話に花が咲くと、だんだんと緊張は解け、昔に戻ったような気がしました。案外、こんなものなのかもしれませんね。その後は、流れのまま、たくさんの旧友と久しぶりの挨拶を交わし、懐かしい思い出に会話が弾みました。きっと、私が思っている以上に、みんな大人になった…。そういうことだと思います。

先ほども書きましたが、私の地元は田舎です。だからか、大学に進学する人は少なく、高校卒業後就職する人の方が多いです。同窓会で会った旧友の中には、消防士になっている人がいました。市民の命を守る責任ある仕事です。日々の訓練も相当厳しいとか…。また、会社の事務をして、あまり多くないお給料から、毎月実家にお金を入れているという人もいました。本当に尊敬します。たくさんの同級生のお話を聞いた時、今自分がいる環境がどれだけ恵まれているかを痛感したのと同時に、自分はまさに「井の中の蛙大海を知らず」だと思い知ったんです。確かに、私は東京の大学に通って、東京で生活しています。小学校の同級生は、私を羨ましがってくれました。しかし、私なんかより、彼らの方がよっぽど社会の厳しさを知り、一生懸命生きているように感じます。私が持っているのは、せまい見識とせまい世界なのかもしれません。

しかし、「井の中の蛙」の全てが全て悪いとは思いません。同窓会での出来事は契機、私にとっての気づきです。「井の中の蛙大海を知らず」には、言葉が続く場合があります。「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」です。せまい世界に閉じこもっては、見識も狭まりますが、そこから見えてくるものもあると思うんです。私は私なりに広い世界を目指す。でも、今いる場所も見つめていたい。

「井の中の蛙」上等。ただ、空の青さを知る蛙でありたい。そう強く思ったゴールデンウィークでした。

本日も長々とお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

マリリン・モンロー・ノー・リターン

ご無沙汰しております、みちるです。

この世はもうじきお終いなんです。

「この世が?君が、ではなくて」

何もかも誤りだ……。

「それは誤りである」と言われるとき、私は大いに失望する。他でもない自分自身に失望する。整合性の取れた解釈や憶測を生むために充分な程度の説明を与えてこない世界のほうへ責苦を浴びせたくなるところだが、世界あるいは任意の個人などがつねに開放的でありそれ自体が露出したマニュアルであるケースのほうが稀であろうから、私は黙る。

あなたが誤るとき。素知らぬ顔をして私は見ていた。誤りだと判断して、後はそのまま。哀愁も寂寥も本質的ではなく、ただ脱ぎっぱなしにして裏返った靴下のように。あるいは――

――あるいは、二度と戻らないマリリン・モンローのように。

 

(間奏)

 

肘から手首にかけての部分を何と呼ぶべきなのか。一瞬の躊躇いがあって、「前腕」と口を吐いて出る。この話は全く本質的じゃない。
つまり私が伝えたいのはその前腕ふたつを風に晒しながら外へ出られるような季節になってきましたねということなのだが、しかし今以上のじりじりと焼かれるような暑さが襲ってきたとしても全てを吸い込んでしまう黒の上着に汗を吸わせてしかめっ面で歩くことがあり得ることを書き洩らしてはならないとも思う。

 

孤島の夜の明るさは容易に表象可能であるのに対して、都市の煌々とした街灯の表象は余りに散漫で確からしさに欠ける。
自分が知らない風土が肌に馴染んでくると、知らない視界が開けてくる気さえするのだ。氷の上に佇んで一人で白夜を生き、砂漠の荒野で月を見ながら便りの途絶えた友人と歌を詠み、人喰い部族の供儀に立ち会う中で、”これ”は非人称の視野となる。
ほら、これで表象を検証できる。検証は、一定程度固定される表象の蓋然性に寄与するのではない。肌に触れ、脳に触れ、口から侵入しては消化管に触れる、風土そのものの体感こそが検証であり、そこで表象は既存の表象に上書きされる形で形成されるかに思われて、実のところまったく新規に、その後の表象の土台としての役割を果たし得る形で成立するのである。

これが私の言いたいこと。これだけではないのは当然としても、ひとつ。
そう、ひとつ、誰も聞こうとしなかったことだ。どれだけ他者を恣に選別したとしても、最終局では誰も聞かなかった!
私の恣意性、否、選別には結局、意味がなかったし、実際には選別ということを徹底してやってはこなかったのだろうと思われるから科学実験としてはナンセンスだ。無論、そのことに後悔はない。しかし寂寞たる無人の夜に迎えられて果たして私は――いまやそうした”いつもの”領野に留まり得ない存在となってしまった私は――。あらゆる風土を訪問し往来する者として生きるほかない多動の私の語りを一体誰に打ち明ければ良いのだろう。

アルバイト先でやましい出来事の生じるたびに「私のこと嫌いになった……?」と上目遣いで伺ってくる女性がいる。私は「出来る」ことにも「出来ない」ことにも、他者について好き嫌いを判断する場面では等しく意味がないと思うし、元々彼女は私の意識の舞台にせり上がってくることも殆どなかった、即ち彼女が備品を破壊しようが誰と恋をしようが嫌いになるも好きになるもない。ということを考えるときにだけ、私は彼女の姿を想像するのだ。こうした経験を重ねるたび、反対に、私が強く惹かれる他者とは、とても尋常ではない彼等は一体何なのだろうかと考える。私が同僚の彼女に語らず、ひどく認識を働かされる彼等には語るのはなぜか。

簡単なことだ、私は期待しているのだ。

期待の矛先は、私の意識の敏感な部分ではなく、私の身体が選別している。そして身体は期待が打ち砕かれた場合に帰るべき夜の荒野の座標も、きちんとわかっている。

都市の街灯は、100円のミカンジュースの表象を伴って、あるいは強風にも耐えるターボライターの表象と癒着してあらわれる。日常で”その”ジュースや”その”ライターを手に取れば、街灯に照らされ、照らされず、照らされる自分のアニメーションが見えてくる。そこから、30分あったら何が出来るかとか、そろそろ煙草の銘柄を変えてみたいとか、自分もルーブルへ行きたいとか、2014年のアニメのこととか、自分が語ろうとしない相手の抽象的な姿とか、友人がグループラインに送り付けてくる野坂昭如の物真似ボイスメッセージの稀代のくだらなさとか、「夜半の寝覚」の結末とか――そう、結末は私だけが知っているから――、歩いている自分の色々の思考が再生される。そのたびに街灯の表象は様々に上書きされていく。

私の前腕もまた、物凄いスピードで上書きされて今やタブラ・ラーサといった具合。ここにきて初めて「前腕」は本質的になる。なった。全くおかしなことだと思わないか。しかしこのおかしさゆえに、やっぱり誰かには語ろうと思い直すのだ。
全体主義者御用達のドリンク(!)を片手に、夏未満。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

GW

だいふくです。
もう一週間も前におわってしまいましたが、ゴールデンウィークを振り返りたいと思います!!
いつもはがっつり遊ぶかバイト三昧かの二択ですが、今年は少しゆったりした連休になりました。

連休1日目は大学の大好きな友達のお家にいきました。
うれしいことに、ご家族みなさんおそろいで、あたたかく出迎えてくれました。お庭でお昼ご飯を食べて、ゆっくり話しました。友達のお母さんがつくってくれたご飯がもうおいしくっておいしくって…!!あったかいんだか暑いんだかわからないですが、よく晴れて、みんなで楽しくお話しできたのが本当にうれしかったです。お昼のあとは、お庭でシャボン玉をふくらませて、ゲームをして、お茶をして…幸せすぎる…!!大好きな友達はこの環境で育ったんだな、このあたたかい場所に連れてきてもらえたんだなと思うと、うれしくてたまりませんでした。素敵な時間をありがとう。

そして2日目…わたしは課題に追われていました…
演習授業の発表がゴールデンウィーク後にひかえていて、グループワークだったので、話合いをしなければならなかったんです。それまでに意見をまとめておかなければ…‼ と思っているうちに熱が出ました。新学期の疲れが出たのでしょうか。熱を出したのはコロナのワクチンを打ったぶりです。一晩で元気になったのでよかったです。

3日目4日目は課題をやりながらゆったり過ごして、5日目、友達の誕生日会がありました。
ゴールデンウィーク最終日に、こうしてみんなで集まってお祝いできるというのはとてもうれしいことです。料理好きの子の手料理を食べて、ケーキの食べ比べをして、みんなからのおめでとう動画を見て、なんか楽しかったです。

幸せな気持ちでゴールデンウィークがおわって月曜日…
ああ、休みがおわってしまった!!演習の発表まで時間がない!!話合いzoom…
いや、楽しいな‼ 一つの作品に対して4時間くらい夜中に話し合って、勉強するのって、人と考えを話し合うのってこんなに楽しいんだ!と本気で思った1日でした。
先日無事に発表がおわりまして、それに対する意見をまたまとめているところです。解放されるのにもう少し時間がかかりますが、楽しく授業で学んでいます。

3年生になって、なぜか今までで一番いそがしく、かなり疲れていますが、なんとか楽しくやっていきたいです。がんばろっと。