推し活記録①

 みなさん、こんにちは。連休初日、いかがお過ごしでしょうか。

 私はというとサークル、バイト、遊びの予定が一切ない久しぶりの休日になりました。ずっと目を背けていた、物が散乱した部屋の掃除をしたり、暇潰しにTシャツリメイクをしてみたり、読みためていたゲームのストーリーを読んだりとそれなりに充実した1日を過ごしていました。新生活にちょっとだけ疲れてきた時期に身体を休ませる時間が取れたのは個人的に良かったなぁと思います。

 さて、マスクの着用が個人の判断になってから約1か月半。構内でもマスクをしていない人を見かけるようになってきました。私もここ数週間はマスクをしないで生活しています。もともとコロナ流行前からあまりマスクが好きではなかったので、嬉しい変化です。まだアルバイト先や特定の場所ではマスク着用が義務付けられているので、完全な日常とは言えませんが、少しずつ以前の生活が戻ることを願っています。

 そんな私は4月中旬以降のどの痛みに悩まされていました。

「いくらマスクなしOKといってもまずかったかな」「熱でもでたらどうしよう」

などと不安が胸をよぎりました。しかし、とある仮説を思いついたのです!

「え?これライブのせいじゃないか?声出し解禁で騒ぎすぎたからなのでは…?」

そうなのです。

コロナが流行してから初めて「声出しあり」のライブに参加してきました!

しかも界隈の違うライブ2回も!

声出しの際はマスク着用だったのですが、それでも声を出して応援できてとても楽しい!

これがライブだと改めて思いました。今日はそんなライブ三昧だった4月後半のライブレポ回です。(因みにのどの痛みはのど飴をなめて安静にしていたら治りました)

 1回目は4月16日に有明アリーナで行われた「ヒプノシスマイク9thライブ ZERO OUT」。音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」というコンテンツの声優さんの歌唱イベントです。「ヒプノシスマイク」は言葉が武力よりも力を持つ世界で、3人1組のチームを組み、ディビジョンを代表したテリトリー争いを精神に干渉する特殊な武器“ヒプノシスマイク”を使用したラップバトルで行うという設定+ストーリーで成り立っています。かなり大まかな説明にはなりますが、気になった方は検索してみてください。主要キャラクターは男性で、⒙人。チームにすると6チームです。

“音楽原作”なので楽曲は素晴らしい作品ばかり。もとはラップ文化に疎かった私ですが、テンポ感のよい音楽に気持ちよくハマる言葉の重なりに、気づくと口ずさめるほどになっていました。日本語の美しさにも気づける良い文化ですね。

特に今回のライブは18人のキャストさんが全員揃うということで、私のテンションも数日前からあがりまくりでした。前日はサークルの新歓ライブがあったのにも関わらず、朝早起きして物販(会場でのグッズ販売)に行く盛り上がりっぷりです。会場につくとオタクが沢山です。「ヒプノシスマイク」のオタクは推しを応援する気持ちが格段に強いのか、各チームやキャラクターの特徴に合った参戦服をバチバチに決めてくるので、物販待機中も飽きることはありませんでした。お洒落で愛が詰まった服装は見ているだけで楽しかったです。

グッズも無事ゲットして開演まで時間があったので、お昼は近くのショッピングセンターでパスタを食べました。桜エビのオイルソースパスタを食べつつ、オタク観察をしてのんびりと。時間になり、会場に入ると音楽が流れ、オタクが放つライトの光が目に入り、「これぞライブ!!」と感激しました。何かしらのライブ参加した経験のある方は分かっていただけるかと思いますが、入った瞬間の音の反響やスチームの感じ、人々の高揚感は何物にも代えがたいのです…!

そんなこんなでライブが始まり、そのあとのことはもうよく覚えていません。ひたすらに推しの名前を叫び、コールをし、愛と感謝を伝えました。キャストの方が本当に嬉しそうに、楽しそうにラップをしている姿をみて、ライブにきて正解だったと心の底から思いました。

 幸せいっぱいの時間を思い出して書いていると止まらなくなってしまいますね。

今回は恒例?名言紹介はお休みで「ヒプノシスマイク」のキャラクターの名前当てクイズをしようと思います。

Q1 “飴村乱数”(6文字)

Q2 “有栖川帝統”(8文字)

 飴村乱数くんは私の最推しです。凝った名前のキャラクターが多い「ヒプノシスマイク」ですが、上記2人は「個人的教養があっても読めないランキング」トップです。初見で読めた方はおめでとうございました。読めない方は是非ご自身で調べて、曲を聞き、ボイスドラマを聞き、アプリゲームをインストールし、漫画を買い、アニメを観て、ライブに行ってみてくださいね。

 次回は4月2回目のライブのお話をしようと思います。

お付き合いいただきありがとうございました。それでは、また。

これぞ和洋折衷

こんにちは!やなです。
だいぶ暖かくなってきましたね。夏が近づいているのを感じます。
今になって花粉症が酷くなってきました。もしかして私はスギ花粉症じゃないのか?就活が終わったら検査をしようと思います。
今朝、起きたら太ももをダニに刺されていました。痒くて最悪です。花粉症の症状が出ている原因はもしかしてダニアレルギーかもしれません。

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ちょっと早いですが母の日のプレゼントを購入しました!✨️pastelの胡麻プリン&抹茶プリンです!

私と父は胡麻味、抹茶が好きな母は抹茶味を選択。

今までpastelのなめらかプリンはプレーン味しか食べたことがなかったのですが、和風のプリンが気になったので買ってみました!

最初食べたときはそこまで胡麻の味がせず、あれ?と思ったのですが、食べ進めると下の方から濃厚な胡麻クリームが登場。底は完全に胡麻でした。最高です。
母の抹茶も1口もらったのですが、かなり抹茶の味が強かったです!抹茶好きにはたまらないですね。

どちらもとても濃厚で美味しかったです!母も喜んでくれたし、思い切って買ってみてよかったです。

あれ?やなさん、母の日を言い訳にして、実は自分が食べたかっただけなのでは?……何も言わないでおきます。

pastelといえばなめらかプリン。やはりとても美味しいですよね。また買います。

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とても美味しかったです。おすすめです。

なめらかプリンのパステル Pastel 公式サイト
https://pastel-pudding.com/menu

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推しバンドが新曲を出しました〜!!!!!!
Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」Official Music Video
https://youtu.be/Jy-QS27q7lA
Mrs. GREEN APPLEは、昔からずっと変わらず彼ららしい曲を作り続けてくれます。
そしてなんといってもVo.大森さんの歌が上手い……!
前からものすごく上手かったのですが、最近上手さに磨きがかかっている気がします。すごいですね。
これからも活躍が楽しみです。またライブも行きたいな。

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今回はこの辺で!それでは!

眼鏡時々コンタクト

皆さんこんにちは、ののです。

5月です!5月1日です!実は私先月の1日も担当だったようで、せっかく4月1日が担当だったなら嘘の1つくらいついておけばよかったと今更ながら悔しい気分です(笑)。いや別にいいんです、すぐ顔に出ちゃうから。

私は普段は眼鏡をかけています。中学三年の時に眼鏡デビューを果たし、最初は授業の板書の時くらいしかかけていなかったのに、最近は基本かけっぱなしです。今使っている眼鏡はフレームが茶色くて丸っこい形をしていて、若干大きいためか時折手やら荷物やらをぶつけてしまいます。そして眼鏡がずれます。そんなときには、またつまらないことをしてしまったと思うばかりです。

家族は私以外裸眼で生活できるだけの良い視力を持っています。羨ましい限りです。私の周囲で裸眼を貫いて生活できる方に時々聞かれるのが、「目が悪いってどんな感じなの?」ということです。この質問に対して、私はこう答えることにしています。「前から歩いてくる人の顔にモザイクがかかった感じ。」前から人が歩いてくるのは分かります。その人がどんな格好をしているかも大体分かります。ただ、表情だけがよく見えないのです。おかげで歩き方と体格で人を見分ける能力が人より5mm程度発達していると思います。そこはちょっとした自慢です。

視力の低下で板書の次に支障が出てしまったのが弓道です。眼鏡で弓を引く人もいるのですが、私はどうも顔周りに何かあるのが気になってしまうので、この時だけは眼鏡を外してぼやぼやの視界で頑張っていました。しかし、とうとう矢がどこに飛んで行ったのかさえも見えなくなってしまいました。さすがにこれはまずい、ということでコンタクトレンズの使用に踏み切りました。今年の初めのことです。

コンタクトレンズって素晴らしいですよね!眼科の先生曰く「異物」だそうですが、あんなにちっちゃいぷよぷよぺらぺらの物を装着したとたん視界ががらりと変わってしまうのですから!最初は少々違和感がありましたが、慣れてしまえば裸眼の時と大差ない。時々コンタクトを入れているということを忘れてしまうほどです。

とは言いつつも、授業の日は着脱の手軽さから眼鏡で過ごしています。眼鏡もコンタクトも私の視界をクリアにしてくれる、妖精さんのようなものです。これからもお世話になります。

それではまたお会いしましょう。

掛け替えのなさとスペアと。

こんにちは、あこです。

今日は4月の30日。明日から5月ですね。

前回のブログでは「元気がない」と言っていたあこですが、3日前ほど前に復活しました…!!!

委員として参加した新入生オリエンテーション終了後のあこは

①とにかく体がだるくて、何もやる気になれない

②強烈な眠気(「ほげ〜」「ほのぼの〜」みたいなふんわりした感じではなくて、「机に向かって本を読んでいたのに、起きたら2~3時間経ってて、しかも寝てるのは床の上」みたいな、”気絶”に近い眠り。)

③ずーっと地味に頭が痛い

という三重苦で、正直心身のバランスが上手く整っていませんでした。

「やる気を出さないと。」「頑張らないと。」「切り替えないと。」

と思って、簿記のテキストを買ったり自動車免許取得のための教習所に入校したり、色々やってみましたがあまり効果はなく。

「今は頑張らなくていいや」と自分を甘やかして、ちょっとずつ部屋を片付けたり、卒論で扱う『源氏物語』を少しずつ読み進めたり、ゆっくり過ごしていました。

そして、「久々に靴を磨こう」と思って、いつも履いている白のレザースニーカーのお手入れをしていたら、なんとなく気分が晴れてきました。(それが3日前)

半年前も書いたような気がしますが、「ひょんなこと」に助けられることって、結構あるような気がします。

些細な出来事や些細な言葉に傷つくこともあるけれど、それよりももっと、助けられることの方が多い。

「ひょんなこと」って、すごい。

(因みに、お手入れをしていたら、ソール部分がパックリ割れていることに気づきました。先日、中国庭園の石階段から2,3段落ちた時に、やらかしてしまったんだと思います。(尚、足は無事です)表面のレザーが擦れたことには気付いていましたが、ソール部分は見ていませんでした。修理には2ヶ月程かかるということで、夏休みにお願いしようと思っています。皆さんも石階段にはご注意ください!笑)

*****

というわけで、今回は最近の楽しかったお話をしようと思います。

2日前、母と一緒に舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を観てきました!

もう、ほんっとに最高でした。

想像を超える”魔法”とストーリーに、終始驚き、時に笑い、時に涙し、最高の3時間40分でした。

終演後も興奮が全く冷めず、公演プログラムと、公演ロゴTシャツと、公演ロゴトートの3点を購入。(尚、財源は母上)

久しぶりに「感!動!」&「興!奮!」を味わい、ほんとに最高でした。(n回目)

みなさまもぜひ、足をお運びください。(もう観劇済みの方も多いかもしれないですね汗)

私はもう1度、観に行きたいです!

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『ハリー・ポッターと呪いの子』のキーワードの一つに、「スペア」があります。

ネタバレになりそうなので詳しくは言えませんが、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』でセドリックが殺された際にヴォルデモートが手下に命じた、”Kill the spare”というセリフから来ています。

「スペアを殺せ」

つまり、セドリックはハリーの「スペア」として殺されたということです。

何を言ってもネタバレになりそうなので舞台の内容にはこれ以上触れませんが、「スペア」という言葉を聞いてから、この単語がずーっと頭の中に残っていました。

決して、セドリックはハリーの「スペア」ではないし、私たちは1人として誰かの「スペア」であるはずがありません。

「掛け替えのない」という言葉の通り、人、そしてその人の人生には「替え」がないのです。

ですが、その一方で、「替え」の連鎖を繋いでいくこともまた、大切なことであるようにも思うのです。

例えば、「委員長」や「代表」などの役職、「母」や「父」などの役割など。(←父母については、どれが「父」の役割でどれが「母」の役割なのか、そもそも両者に役割の違いはあるのか、など、色々思うところはありますが、今回は触れません。どうかご容赦ください。)

もちろん、「私は先輩のスペアだ」とか、「後輩は私の”替え”だ」とかは微塵も思っていないし、「誰が父でも、誰が母でも変わらない/構わない」とも、全く思っていません。

でも、「”この人”が抜けたら潰れる団体」は「良い」ようには思えないし、「”この人”しかできない」役職、「”この人”しか分からない」ことばかりで成り立つ集団もまた、長くは続かないでしょう。

「良い組織・良いグループ」であるためには、「”この人”以外の人が、いつでも”替われる”」状況を作る必要があるのではないか。つまり、「スペア」の連鎖を繋げていくことが大切ではないかと、思うのです。

それに、「私は誰かのスペアだし、誰かは私のスペアだ」と思うことで、ちょっとだけ心が軽くなる、ということもあると思います。

私たちが思う以上に「替えのない」ものは、少なくて、私たちが思う以上に「替えのない」ものは大切で、私たちが思う以上に「替え」があることは幸せです。

「替え」があるからこそ、「替えのない」ものを大切にすることができ、「替え」がある・いることは、私たちが周囲の人に愛され、信頼し合える「良い」関係を築けている証であるとも言えるでしょう。互いにスペアになることは、「支え合う」とも言い換えられるかもしれません。

*****

繰り返しになりますが、私は”誰か”という「人」自体に、スペアがいるとは思っていません。

私たち一人一人が掛け替えのない存在であるという考えも、変わりません。

ただ、私たちは生きていく中で、勝手に「替え」のあるものを「替えのない」ものだと思い、本当に「替えのない」ものを見失い、本当は「替え」のあるものに、「かけがえのない」意味を見出そうとしているのではないか。そう思う瞬間が、時々ある、というだけの話です。

「替え」を作れ、というわけでも、「替え」のあるものは価値のないものだ、と言いたいわけでもありません。価値の有無に、「替え」の有無は無関係でしょう。

確かなことは、

私は私であり、あなたはあなたであるということ。

すべての人が「掛け替えのない」存在であるということ。

そして何より、私たちの人生には「替え」がないということ。

新学期が始まり、色々不安に思うこともあると思います。

私自身、4年になった今でも心配なことばかりです。(特に卒論)

それでも、1日1日は「かけがえのない」時間だから。

無理せず、気負わず、自分らしく、過ごしていきましょう。

それでは、また。

春のおたよりを差し上げようと思います。

…といっても、もうそろそろ「春」というには暑い日もありますね。…まだ4月なので許してください……

気を取り直して。

私が住んでいる地域のことは、すでに何度かお話しさせていただいているので、もう、「とりあえず、山なのね」ということはお分かりだろうと思います。

いままでは、わりと「山」の嫌なところ…愚痴のようなものを書いていたので、今回は山のいいところを書こうと思っています。

春はいい季節です。目に優しい季節です。厳しい寒さ(関東にしては本当に厳しいんです。マイナス10度の世界です……え、そうでもない?)を乗り越えて、はだかだった茶色の木々は葉を徐々に膨らませ、野には色とりどりの花が咲きます。私が住んでいる地域の山は杉の山ですから、目に入る色は一年中濃い緑…海松藍色(みるあいいろ)くらいの深い緑色ですが、この時期に限っては萌える若葉の緑…萌黄色というには黄色が強すぎます…浅緑、若緑のような色のほうがしっくりきます…が目、いっぱいに映し出されます。どんなに暗い気持ちも吹き飛ぶような、生き生きとした、緑です。この季節になると、ああ、この山奥に住んでいてよかったな、案外いいところだな、なんて気軽に思えます。

春の魅力はやはり色彩の豊かさ…なんだな、と思います。冬の殺風景…というか、寒々とした風景を見た後であれば一層そう感じます。冬はなんにも残らないので、野も山も木もすべて茶色いんです。枯れている、茶色。杉の木は常緑樹なので緑色は残るのですが、―これはそこに住む人しかわからないでしょうがーこころもち、茶色っぽい色に変化するため、これも「茶色」。それが一気にすべて色づくので、圧倒されるのです。藤の花なんかは、お庭に植わっている、人口の支柱に垂れ下がる淑やかな紫から(これは山じゃなくても見ますでしょう、藤棚です)、別の木を支柱として(天然の支柱、と呼ぶことにします)その新緑に絡み合ってさながらアートの紫もあります(紫と新緑って合うんですね…)。おいでになるなら、やっぱりこの季節が良いでしょうー最も、私が言うまでもなく、私の家の近所の川は、例年ゴールデンウイークになるとバーベキューをしに来る観光客で賑わっています。きっとその方々は新緑…よりお食事をお楽しみでしょう…中学生時分の私は、ゴールデンウイークの部活帰りにそのいい匂いを「嗅がされて」、腹の虫を鳴らしたものです…いい思い出…伝わるかなあ…―

さて、この時期になると、生き物も活発に、嬉しそうに生活を始めます。鳥、虫、獣…この間はいやに痩せたキツネをみました。その後子供のキツネもみましたから、痩せていたのは母キツネなのかもしれません。鳥も、つばめ、うぐいす、やまばと、トラツグミ、ひばり、めじろ…私はあまり鳥に詳しくないため、これ以上は知らないのです…もっといろいろいるはずなのに…が一斉に羽ばたきます。鳴き声が多様に聞こえて来て、しかもつばめとなると家の電線にとまって鳴くものですから、朝は鳥のけたたましい鳴き声で起きたりします…羨ましいですか?けっこううるさいんですよ?ひなが餌をねだる鳴き声は…命がけなので仕方ないのですけど…それはもううるさいんです。ギャー‼と鳴きます。まあ、このように、耳にも彩りが感じられます。

文字だけでどれだけ伝わったかわかりません。私の拙い文章ですから、もしかしたら上手くお伝え出来なかったかも。とにかく、春は「生命の息吹」どころでは済まないくらい、爆発的に色が増える季節なんです。それだけ。

写真を付けたかったのですが、日ごとに色が変わるもので、どこを切り取ろうか迷っているうちに季節が過ぎようとしています。どこを切り取っても最高なんですよ。

東京の学校にはあんまり花が咲いていなかった(私個人の感想です)ので、春のおすそ分け…になったかな。

春でした。

Think of me.

皆さん、こんにちは!ずきです。

このブログ更新の前日に、卒業論文の進捗発表がありました。個人的には、春休みに殆ど卒論に触れていなかったので、内容が薄い発表になってしまったと反省しました。同じ卒論ゼミを取っている友人は、「そんなことなかったよ…!?」と言ってくれましたが、作業量が膨大になる研究なので、現時点で既に不安です。提出期限の12月に間に合うように、今から計画的に取り組んでいきたいです。

・・・

4月28日は、その語呂合わせから、日本記念日協会が「四つ葉の日」と認定しているのだとか。
また、よつ葉乳業株式会社が「会社で販売する商品の美味しさをアピールしながら、消費者に感謝する日」として、「北海道よつ葉記念日」を制定している日なのだそうです。

・・・

四つ葉は「幸せの象徴」の一つ。
突然ですが、皆さんが考える「幸せ」って何でしょうか?

人によって価値観が違うものですし、言語化するのが難しいテーマですが、私は「生きていること」自体が幸せなことだと考えるようになりました。
私は生まれてから「数年間生きていられるかどうか分からない」と言われていた身でした。そんな人間が20年以上も生きていて、「当たり前のこと」が当たり前に出来て、こうして読者の皆さんにブログを読んでいただけている。幸せ以外の何物でもありません。

その大前提の「幸せ」を意識できているからこそ、自分が置かれている状況に感謝することが出来たり、ちょっとしたことにも喜びを感じられたりするのではないかと思います。落ち込むことがあっても割と早く切り替えられるのも、この考えがあるからのような気がします。(ただ、落ち込むことがあった直後は人一倍落ち込みますが…!)

昔から、何かと頭の中で分析する癖があるように思うのですが、ここ数カ月の就職活動で自分自身や世の中の物事について考えることが多くなった結果、分析癖がさらに強まって(悪化して?)しまいました。この分析能力を、卒業論文に生かしていきたいです…!(笑)

・・・

朝、1限の講義が行われる教室に向かっていたときのこと。ふと窓から見える景色に目を向けたところ、なんと!富士山が見えるではありませんか……!
地元では毎日のように見えていた山。東京では、天気の良い冬の日に、東京スカイツリーや東京タワーのような相当高いところに行かないと見えないと思っていました。まさか、自分にとって身近な場所である日本女子大学の構内で、しかも4月に見えるとは思いませんでした。
ちょっとした発見があった喜びも、私にとっては幸せなことの一つです。そんな「幸せ」を皆さんにお裾分けです。

それでは、また。

風の通り道

種が芽吹き 双葉が生え 苗になる
色とりどりの物語の葉が生い茂り 一本の大きな木になる
木々があつまり林となり 心をざわつかせる森となる

葉がゆれる
木々がゆれて波となる
風の通り道をとおったら
その風にのってみたら
どんな景色が待っているのだろう

ざわめく緑に予感がする
なにかおこりそうな
これまでに出会ったことのないものに出会えるような
そんな予感



********



だいふくです。
鮮やかな緑がひろがり、生命力あふれる季節です。
私が好きな夏がくる予兆みたいなもので、この風にのってどこまでもいってみたいな、と風がふくたび思っています。

1月からサックスを習っているのですが、いま練習しているのが、スタジオジブリ「となりのトトロ」の挿入歌「風の通り道」なんです。まさに4月から5月のこの時期にぴったりです。

ゴールデンウィークのこの時期のこの季節感が、わたしは1年の中で一番好きです。
「好きな季節は?」と聞かれたら、「夏」と答えますが、「12ヶ月で一番好きな月は?」と聞かれたら、絶対に「5月!!」と答えます。
大好きな夏がはじまる前のこの感じ、「これからはっちゃける時期がはじまるよ!」とでも言わんばかりのこの緑が伸びる感じ、風が勢いを増す感じが好きなんです。気温もちょうどよくて過ごしやすいですし!

この大好きな季節を思い浮かべながら、サックスレッスンでは毎回楽しく練習しています。気持ちをのせて表現できる手段があるというのはとてもうれしいです。3月に一度お教室のライブがあり、秋口にまた行う予定なので、それに向けて楽しみながら練習していきたいです。

虚構、もしくは春

2022/4/23(土)

どうやら自分が思っているより自分と言う存在は正しいものではないらしい。自分が正しいとばかり思って今まで生きてきたが、そうでもないらしい。周りはいつだって自分より緻密に作業ができないし、自分の方が何でもできる。

2022/05/03(火)

「いいひと」戦略読書カード
・言っていることが少し古い。お金は欲しいよみんな

2022/05/12(木)

いじめた方は覚えてないけれど、いじめられた方はいつまで経っても覚えている。よく聞く言葉である。
私たちはこれを、いじめられた側の視点としてよく語る。いじめた側からこの発言を聞くことはない。だって、覚えてないから。

私たちには、知らない間にいじめた側に回っているという意識はあるだろうか。
それは個人、社会、ひいては国家、様々な面で、「覚えてない」では済まされないことをしているのではないだろうか。

1人のいじめっ子と、1人のいじめられっ子がいたとしよう。いや、これもちょっと良くない例えである。これはいじめが終わった段階で、その場を把握した第三者によって位置付けられた関係であって、当事者にいじめた方、いじめられた方の自覚はない場合が多いからだ。2人とも普通に生活を送っている時に、ひょんなボタンのかけ違いから、対立関係になったに過ぎない。

2022/05/13(金)

小粋

2022/07/01(金)

自分に自信がない理由を探る

2022/08/08(月)

うっかり、パパには娘がたくさんいるからね、と口にしてしまった。私の母親は父親の再婚相手で、父親には最初に結婚していた女性がいて、その人との間には娘もいる、そういうことを、知らないフリをして生きていたのに、つい、出る時がある。いや、つい出たわけではない。パパには娘がたくさんいるからね、とは、私と姉、2人のことを指して言ったつもりなのだ。私は何気なく、本当に何気なく、言ったつもりなのだ。実際、今までは、娘がたくさんいる、なんて言葉、私と姉を指す言葉でしかなかったのだ。だが私が、私と姉以外に、父親にはもう1人娘がいることを知っていて、親も私がその事実を知っていることを知っている場合、この言葉は、複雑な意味を持ってくる。

2022/08/12(金)

某企業のインターンに参加した。つまらなかった。

2022/08/26(金)

またフリフリの洋服を買ってしまった。

2022/09/28(水)

書きたい小説

女の体から「何か」が生まれる話

登場人物

女、天狗

もしかしたら婆さん

視点

一人称、女の視点

場所

九酔渓(大分県西部)

時間

現代

2022/10/06(木)

ロングブーツを試着
マジェのミニ丈セットアップ着たい
安くなってる可愛いトップスを入手

2022/10/17(月)

嫌いな言葉、親ガチャ。
なんでも親のせいにしている人は、自分で何かを変えようという気持ちがない人。
東京に来て、なるほどこれが格差社会か、と思うことは確かに増えた。最近夜の豊洲を散歩した時、現時点でのお小遣いが私の月々のバイト代を超えてそうな子供をたくさん見た。その子たちが東大に入ったら、いいね、親が裕福な人は、なんて言われるのだろうか。親どうこうではなく、本人の努力だと思 

2023/01/19(木)

半年も前に君がオススメしていたパン屋に行くくらいには

2023/03/09(木)

結局何も分からないままここまで来てしまった

まだ時間はあるから、働くということについてしっかり考えようと、1年前のこの時期に言われ、1年たった。分からないままである。

嘘やん、と言われそうである。
この1年何もしてないの?

比較的、何もしていない。

働くということに全く興味が持てない。

2023/04/09(日)

こんにちは。大学四年生になりました。

ネモフィラはファンシー

ネモフィラは青い。小さい姿に大空をたくわえて、めいっぱいの青さで生きている。

どこからか、どこまでも続く青い地を見ていると、自分の心の中も洗われていく。

ネモフィラの花ことばの一つに「あなたを許す」というのがある。花言葉はもちろん、人間があとからつけたものである。それならばその人はきっと、思ったのだろう。この一面の青を目の前に

「わたしは許されたのだ」と。

*****

まいです、ごきげんよう❀

先日、埼玉県にある国営武蔵森林公園でネモフィラの花畑を見にいきました。その日までの自分のわくわく具合でようやく、私はショッピングよりお花畑が好きなんだと自覚しました。ネモフィラのほかにもチューリップ、バラ、藤、コスモス…とそういえばけっこう好んで行っている。これからはお花畑好きとして意識的にいろんな場所に赴こうと思います。

さて、人生初のネモフィラ、ずっと行きたかったネモフィラに私の気合は黙っておらず、前日に真っ白のワンピースと髪飾りと耳飾りを買いそろえ、新品の白いハイヒールを当日の朝におろすほどでした。いざ着てみると、いかにも「お出かけ用」の装いをした自分に鼻歌。洋服って体と同時に心にまとうものなんですね、素敵。

武蔵森林公園は私の想像する「公園」とは規模が段違いに大きく、どちらかというと「森林」でした。公園内の縦がキロ単位で長く、まさかの公園に着いてからネモフィラにたどり着くまで30分ほど歩いた気がします。あと出口までも。ですが、公園の中はどこも空気が澄んでいて緑と木陰いっぱい。森林浴やお散歩、サイクリングにもぴったりな空間でした。

そして「本日の主役」であったネモフィラ。遠くからでもあそこだ、とわかるほど水色が広がっていました。相方と写真をたくさん撮りながら一緒の時を過ごせていることの幸せを噛みしめしたりして……つまりネモフィラのファンシーな見た目が私の心の中にキラキラフィルターをかけたようです。うすあおってあまり自然界で多い色ではない気がして、だからそれで惹かれたのかも。……なににだ?

とにもかくにも、念願のネモフィラのお花畑を体感できてとても良い一日になりました。

朱に交われば赤くなる、じゃないけど、あそこにずぅっといれば、私もうすあおになって風にそよいだりできるのかななんて思ってみたり。そうしたらそのまま青空になって大きな青空になって私、どんな気持ちを味わえるのかしら。

うすあおは やっぱり私をファンシーな気分にさせるのでした。

書は一幅の絵画

皆さん、こんにちは!

大学の授業が本格的に始まって、はや2週間。皆さんはもう新生活に慣れたでしょうか?残念ながら、私はまだ慣れたとは言えません…。新しい時間割をしっかり確認しないと、授業を間違えそうだし、昨年は難なく受けていた100分授業が長く感じますし、挙げていけばきりがないのですが、「感覚ってなかなか戻らないものだなあ」と感じる今日この頃です。

そんな時に思い出すのは、去年、姉からもらったアドバイス。課題やオンデマンド授業に対して神経質になっていた私に、「もっと肩の力を抜きなよ、バランスよくね」と言ってくれました。今でも大学生活に切羽詰まってくると、この言葉を思い出します。大学生の本分は勉学ですが、たまの休息や遊びも大切です。この2週間、精一杯頑張った方は、ぜひ休息をとってあげてくださいね。

そんなこんなで、本日は、とある授業で変体仮名演習の予習をこつこつとやっている1年生を見て、懐かしさとともに、その初々しい姿からパワーを頂いたももこがお送りします。

初めてのブログ投稿の際に、趣味は書道としましたが、書道は私の数少ない特技でもあります。幼稚園の頃から始め、現在も通信という形で続けています。(最近は作品を提出できないことも多く、申し訳ない気持ちでいっぱい…)書道は、私のこれまでの人生を形作る上で、重要な1つの要素を担っています。

姉が書塾に通い始めたことがきっかけで、見よう見まねで始めた書道。思い出深いのは、小学校1年生の時から誘っていただいた夏の練成会。コンクールに向けて、条幅に大きな筆で書きます。周りの子たちと比較したり、母に叱られたりと、涙を流したことは数知れず。小学生の頃は、夏が来るのが本当に恐怖だったのを、今でも覚えています。(しかし、この夏がなければ今の私はいません!)

高校では書道部に在籍。初めての古典の臨書は、体に電流が走ったような、鮮烈な体験でした。古典の臨書を通して、自身の線が強くなったことを実感していますし、何より先人の書を書くのは誇り高いことです。高校2年生の時には、二八と呼ばれる2尺×8尺の作品に挑戦。今その作品を見返すと、何だか恥ずかしい気持ちになりますが、がむしゃらに書きまくっていた当時の記憶は、何物にも代えがたい良い思い出です。また、書道パフォーマンスも行っていました。パフォーマンスを披露する催し(成人式や文化祭など)に合わせてテーマを考え、部員が力を合わせて1つの作品を書き上げます。本番が近くなると、どうしても帰りが遅くなってしまうことが多かったのですが、仲間と励まし合って乗り越えていました。私の学年は部員数が比較的多かったのですが、とっても仲が良く、全員で京都旅行をしたのもいい思い出です!

部活動で素晴らしい書道の経験をしましたが、引退後は受験のために、書道をお休みさせていただくことになりました。それゆえに、今の私には約2年間のブランクがあることになります。大学生になって書道を再開した時、なかなか今までの感覚が戻ってこず、特に半切に行書を書く際は、文字と文字のつながりを意識できず、形ばかりにとらわれ、単調な作品になってしまうことが多かったんです。そんな時、私の師匠である先生が、「書は一幅の絵画」という言葉をくださいました。先生曰く、書は1つの絵と同じで、山があり、その間を流れる川があり、その流れの周りには木々が生えていると。そう考えると自身の中で、作品に対する1つの流れができて、文字のつながりから墨の強弱まで、全体を俯瞰して見ることができる気がします。「書は一幅の絵画」という言葉は、私にとって大切なものとなりました。

また、先生は作品を制作する際、最初はお手本に対してそれと同様に書くのではなく、大きさも、太さも、形も、お手本からはみ出すように書くそうです。そこから、だんだんと整えていくとか…。この話を伺った時、まさしく「破壊と創造」ではないかと感じたんです。1度はその作品の概念を破壊することで、新しい作品の創造が始まる。やはり「プロはすごいなぁ」と感じるとともに、素晴らしい師匠に出会えたことを幸運に思いました。

本日の投稿、とても長くなってしまいました!すみません!書道を語り出すと止まらなくなってしまうので、今酸欠状態です。(笑)大学の勉強にも励みつつ、書道も自分のペースで精一杯頑張っていきたいと思います。

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!