御機嫌如何ですか
私は あいかわらずです
御機嫌如何ですか
私を 覚えていますか
氷の女発の 手紙をしたためます
涙で濡らした切手を最後に貼ります
中島みゆき「御機嫌如何」(作詞・作曲 中島みゆき)より
時間は不可逆的なものです。否定したい、記憶から消し去りたい自分がいても。
私がその場で立ち尽くしている間に、時の風に乗って軽やかに進む人々。
私が私と戦っている間に、自分の居場所を見つけて行く人々。
一歩遅れた先に見える、「不確か」なのにどこか「普通」じみた未来。
私は、このまま何も成さずに「日常」に追われて、いつか時間は取り戻せないものだとはっと気が付くのだろうか。
取り返しのつかない悲しみがあったのなら、せめてもささやかな幸せを超えて、自分が固有の存在として生きているという証をください。
この時間が無駄にならないと、自分の言葉で表現できる日はそう遠くないと信じて。
今日、私はとても疲れています。というのも、明け方まで書道の課題をやっていたためです。
徐々に空が瑠璃色に変わってゆく様子を見て、寝なくてはいけないという焦りと美しいものを見たという恍惚な思いが入り交りながら、音楽を聞いて眠りにつきました。
眠る数分前に聞く音楽って特別です。何者にも邪魔されない自分だけの世界に浸れる時間。
今日の明け方は、なぜだかみゆきさんの「御機嫌如何」が聞きたくなり、シングル版、アルバム「中島みゆき」版、2007年のコンサートツアー「歌旅」版とそれぞれ聞き比べました。シングルとアルバムは、ミックスが違うだけなのですが、それでも少し印象が違って。椎名和夫さんの編曲は、シンプルというより(素人目でも)かなり豪華だと思うのですが、「御機嫌如何」の、涙ながらに前を向こうとする女性の複雑な心情と上手く重なっているように感じて、それも好きなのです。この後、音楽プロデューサーの瀬尾一三さんと出会ってからのみゆきさんも好きなのですが、この1980年代の刹那的な良さもすごくすごく好きで。この時代の彼女の歌に、私は助けられています。
みゆきさんの描く女性はいつも、苦しみや悲しみと向き合いながら強く生きようとしています。着飾ったものではなく、「心が裸」みたいな状況なのですが、簡単に自分という虚像を作れる時代において、そのまっすぐさというものに、私は強く惹かれるのです。
今、SNSで発信している人は、芸能人にとどまらず数多くいます。その方々のSNSを覗くと、私たちとあまり変わらない生活であるにも関わらず、私たちにはない洗練されたおしゃれな生き方があって、洋服やコスメ、休日の過ごし方などが紹介されています。私もそれを見て、こんな余裕のある暮らしは私には到底無理だと思いつつ、素敵だなぁと思います。そして、いつもヘトヘトになりながら、毎日をギリギリで生きている自分…これで良いのだろうか、と感じてしまうのです。
私は自分の世界に浸りがちではあるのですが、時に不安になります。SNSだけではなくて、既に多分野で活躍している幼馴染や自分のライフプランをしっかり見据えている友人を見ていると、猛烈な不安が襲ってくるのです。
私、こんな生き方じゃ実はダメなんじゃないか。そして、このまま時の流れに身を任せて、なんとなく時が過ぎてゆくのではないかって。
でも、そんなことはないよ、と教えてくれるのが、みゆきさんの曲なのです。
みゆきさんは、私が私として生きる、存在証明の一部のような存在です。彼女の曲があるから、私は、今までの自分と、これからの自分の両方を肯定できるのだと思います。
そして最近、改めて、本をよく読むようになりました。小説だけではなく、世界の美しい景色と合わせて見ることのできるデザイン集だったり、美容雑誌だったり、手に取る範囲は多岐にわたるのですが、やはり紙に文字や情報が載っているという重みがあるのです。インターネットの良さもありますが、本は、すぐに発信できない世界だからこそ、読んだ私にとっても確かな自分の一ピースになるのだと思っています。
不安を抱えつつも、最近は色々な重荷から解き放たれてとても幸せな毎日です。
同じ曲を聞いていても、時によって感じ方が変わることを、最近強く実感するようになりました。前はいまいちしっくりこなかった歌詞が、今になって納得できるということが多くあります。
時間は不可逆的なもの。
けれども、時が癒してくれることの大きさに感動することがあるのです。みゆきさんの歌を通して、私はいつも自分を見つめています。
これからも、彼女の歌とともに生きていく。そう感じた新年度です。


