ストック魔、現る。

4月初登場🌸ゆうなです〜!

なんだかお久しぶりな気がいたします!

いきなり恒例化しかけている(?)気候についてのお話をしていきますが(笑)、最近また寒くなってきましたね!!春の上着だと、夜は凍えるくらいに寒い🥶

私の家族は、母が究極の暑がり、そして、父と私が正反対の究極の寒がりなので、今リビングには扇風機とヒーターが絶賛共存中でございます😅一見異様な光景ですが、この光景も私の家だと毎年恒例なのです。

さて、春休みも残り少なくなってきていた3月下旬から今日まで、私がどのように過ごしてきたか!と言いますと…。

とっても忙しく各所を駆けずり回っておりました💨

緊急事態宣言が解除され、サークル活動が再開。私はとある大学オケに所属しているのですが、そちらの本番(←現在は中止が決定してしまいました…泣)が近づいているため、普段の週3の活動+αでの活動が3月下旬からスタート。

さらに、過去の私は「春休み働き納めだ!!」と、3月にバイトのシフトをこりゃまたたくさん入れておりました。こちら、週3ほど。

あとは、新学期も始まることだし、そろそろパソコンと睨めっこ+お勉強をする勘を取り戻しておきたい…!と思い、時間を作ってみたり。

………。

薄々気付いてはいましたが、やることが多すぎた!!!もう認めちゃいます、キャパオーバーです!!!

それでも、どれも休みたくない😤

とりあえず、無我夢中でやってやる!!

と、迫り来る予定をなんとかこなす日々。この生活が続いてショートスリーパー化している私なのですが、本当は寝るの大好き、お布団が恋人状態の人間なので、もういっそのこと授業が始まって通常営業の毎日に戻ってほしい!と思っております…(笑)休み渇望…!!安定した生活リズムよ、帰ってこーーい!!

そんな中で、私には「プチ楽しみ」が♪

それは、綾鷹の抹茶ラテを家の冷蔵庫に蓄えること🍵こちら、巷では最近話題の商品らしく、スーパーやコンビニに行ってもあまりお見かけしないor売り切れている…。

では、どこにあるのか。

最後に頼みの綱となるのは、そう、「自動販売機」です😳

自動販売機のものも売り切れていることは多いのですが、ちょっと田舎の自動販売機、もしくは都心も大都心となれば、まだ売れ残っていることがある!!!

私の最寄駅にも1箇所にだけこの抹茶ラテが設置されているのですが、3日に1回ほど、売られているところを目撃します🤩あとは、バイト→サークルという怒涛のコースの経由地点にも…ある❗️

なので、この子を買うことが、今の私のささやかな楽しみなのであります!!(毎日150円ずつ、お金が飛んで行っていることには、どうか誰も触れないで…💸)

今では、冷蔵庫の中に3本ストックがあるので、これでしばらく安心です✌️

それでも、毎日買うのが本物のストック魔。

今日も、綾鷹の抹茶ラテを手に入れる旅に出かけたいと思います♡(←出かける趣旨が、「抹茶ラテget>予定」になっているぞ、私。)

それでは!!

たかが飲み水、されど飲み水。

皆さん、こんにちは!ずきです。

新年度が始まって今日で9日目!皆様、いかがお過ごしでしょうか?私自身は、引っ越しが完了してから2週間以上経ちました。

今日は4月9日。1890年の今日、琵琶湖の湖水を京都市に流すための水路である「琵琶湖疏水」が完成、その竣工式を執り行った日なのだとか。今回は、私達が生きていくためには無くてはならない存在、「水」にまつわるお話を。

先日上京を果たした私ですが、引っ越してきて感じたこと。それは、故郷の水が、どれだけ体に馴染んでいたかということです。

「東京に引っ越しするなら、飲み水には特に気を付けた方が良い。」

これは引っ越し経験のある高校時代の先輩から、上京前に言われたひとこと。引っ越す前は正直、そこまで重要な問題だとは考えていませんでした。しかし、いざ住み始めてみると、これがかなり重要な問題であることに気が付きます!!!

――引っ越しを終え、部屋の整理がひと段落した私は、「お茶を飲んで休むか…。」と思い立つ。実家で暮らしていた時のように、水道をひねって水を出し、電気ケトルに入れて湯を沸かし、いつものお茶を飲んでゆっくり…………

したかったんです。「……………………?あれ、このお茶、こんな味だったかな…?何だか、今まで飲んでいたお茶の味と少し違う。淹れ方、お茶の種類はいつもと全く同じだったはずなのに。何が違うんだ?これは…まさか……………………!このタイミングで、あの先輩の言葉を思い出します。『飲み水には特に気を付けた方が良い。』

確認のため、水道水だけを飲んでみました。

『?!……うわっ!味が違う!!!』

驚くことに、今まで飲んでいた故郷の水と東京の水は…味が違いました………。水素と酸素が結合してできた、同じ物質であるはずなのに…。そんなわけで、地方からの上京をお考えの皆さん、飲み水問題にはくれぐれもお気を付け下さい!慣れるまで、時間がかかる…かもしれません…!

そんな事があり、故郷の水が恋しくなった私がやってきたのは、新しい住まいから歩いてすぐの場所にある、コンビニ。コンビニで手に入るのかって?そう!これは地元自慢なのですが、私の出身県は「ミネラルウォーター」の一大産地!ミネラルウォーターをお買い求めの際は、採水地に注目してみてくださいね!

・・・・・

新しい土地の水が自分の体に馴染むようになること、そこから転じて、「その環境に慣れること」を表す、『水に慣れる』ということわざがあります。まだ水の味に若干の違和感を感じる今日この頃。私が東京の「水に慣れる」のはもう少し先になりそうです…。

【おまけの話】4月に入り、新しいことに挑戦してみたかったので、今回のブログは自作のイラストを交えてお届けしました。いかがだったでしょうか?これから毎回……とまでは行かない気がしますが、こうしてイラストも使いながらお話するのもアリかも…!と感じている次第です。またイラストを載せることがありましたら、文章とともに楽しんでいただければ幸いです!

それでは、また!

しゅうのかつ

みなさん、こんにちは。ここです。
早いもので、学生生活最後の一年が始まってしまいました。

最近はひたすら就職活動に心を蝕まれながら生きています。

その就職活動で気が付いたことなんですが、就職活動というのは、自分を選んでもらう行為と認識しながら臨むと非常につらいものです。私も最初はそう思って取り組んでいたました。
しかし、最近は就活というのは、選んでもらう行為ではなく、こちらが選ぶ行為だと思うようになりました。どちらかというと。

もちろん、入りたい会社の面接では自分が良く見えるようにします。選び採ってほしいから。そして、それと同時に、この会社でいいかなと見定めます。説明会ですごく良いな~と思った会社でも、いざ面接にすすんでみると、「なんでこんなに態度が悪いの?」という人が面接官だったりするのです。
全く話を聞いていなかったり、話し始めからあくびをしてたり、こちらが笑いかけても無視だったり…企業側もわざとやっていたり、試練として課しているのかな~など色々考えたのですが、いやいや、普通にコミュニケーションエラーでしかないだろ!という結論に至りました。

試練を課したいなら、力量をはかりたいなら、質問ですれば良いことだと私は思います。質問以外で圧をかけたり、相手に失礼な態度をとるのは、ただの「失礼」でしかありません。
そんな人間が「人事」として面接に出てくる会社、めちゃくちゃ嫌だなあと思うので、どんなに入りたい会社でもそういう面接官に出会うと「入る前に知れて良かった~」と思うようになりました。

「面接ではコミュニケーション能力をみられている!」とどこかのおえらい人が言っていたのを聞いたんですが、コミュニケーション能力を見ることができるのはこちらも同じ。まともなコミュニケーションのとれる社員がいるのか見る場として考えるべきなのかな、と最近は思います。

年下だろうが、選考を受けている学生だろうが、同じ人間である以上、最低限のマナーと礼儀はわきまえてお話してほしいです。これは愚痴。就活中にこんなの書いていいのかなあ、まあいっか。

先日ひさびさにキャンパスで友人と会えたので、今はだいぶこころ穏やかです。少しでもいいから、元通りの学生生活を送れたらいいなあ。最後の一年頑張ります。

それでは。

合唱(女優タイム)

こんばんは。れいかです。

昨日、今日とサークルのオリエンテーションで大学に行ってきました!!
参加した新入生や上級生はお疲れ様でした。
来てくださった方、ありがとうございます!

久しぶりのキャンパスは違う大学みたいでした。
百二十年館。
SNSで写真は見ていましたが、実際に見るとやっぱり違いました。
吹き抜けが素敵で、地下の椅子が太陽に照らされている様子はまるでショッピングモールのような空間!
まだ建物の中は入っていないので、早く見てみたいです。

本題に行きます。2日間のオリエンテーション。
全然人が来なかったらどうしよう…と心配もありましたが、皆で工夫して協力した甲斐があり、多くの1,2年生に演奏を聴いて頂き、説明会に足を運んでもらうことができました!

コルメロは香雪館の入り口の教室だったので、百年館~香雪館までの通路で呼び込みをしつつ、教室では履修相談やサークル説明。
1日2回、15分ほどのミニコンサートをしました。
呼び込みの間に高校の時の後輩や友人、学科の同級生に会えたのがとても嬉しかったです!
1年ぶりに会う人もたくさんいて、いろんな感動の再会を果たしました(笑)

2019年4月6日、1年生の時に一緒に目白キャンパスの新歓を回ってくれた子がいて、彼女は西生田キャンパスかつ別のサークルだったため会えず仕舞いだったのですが、2年越しに会うことができて感慨深かったです。
そして、同じ場所でお互いそれぞれのサークルの宣伝をしているのがいいな~と思いました。


オリエンのメインはミニコンサート。
純粋に楽しかったです。
前回のブログでは対面合唱が楽しい!と書きました。
今回はお客さんの前で歌えて、この空間が最高に好きだなと思いました。
そして懐かしい感覚でもありました。

お客さんの前で演奏する。
今まで当たり前のようにしてきたことが叶わない一年間を過ごしたからこそ、肉声で一緒に歌える喜び、そして歌を届けたい存在が目の前にいてくれることの嬉しさがより大きくなりました。
アドレナリンマックスで、マスクをしていても伝わる笑顔で歌えたんじゃないかなと思います。

私は中学のミュージカルクラブで、お客さんの前でパフォーマンスする楽しさを全身で感じてから、舞台での発表が好きになりました。
それ以前は小学4年生までピアノを習っていて、ホールで弾く機会はありましたが、お辞儀をする時しかお客さんが視界に入らないので、正直そこまで興奮はしなくて…。

ミュージカルや合唱を通して表現することに対して貪欲になった気がします。
特に高校の合唱は全国大会を目指してコンクールに向けた練習をする日々。
先生にはテクニックも教えて頂きましたが、それ以上に何を伝えたいのか、言葉を語ることの重要性を諭されました。
大会シーズンは月に1~2回大きなホールで演奏する機会があり、校内の大ホール練習もあったので、小さな場所で留まらない音楽を作ろうと必死でした。


今日のオリエンテーションは香雪館の教室で、他団体と教室を半分にして使いました。
決して広くはない空間。
ソプラノ5人、アルト5人。お客さんは多い時で25名ほど。
それでも、音楽に対する気持ちはあの時と変わらず強くありました。
人数が少なくても、アカペラでも、お客さんがいる時にしか生まれない特別な空気感が何にも代えがたいなと思います。
目を見るだけで心から聴いてくれているのが伝わって、手拍子をしてくれるのも本当に嬉しくて…。


余計なことを考えずにのびのびと歌うことができて、きっと「歌うモードの自分」になっているのだなと感じました。
普段日常生活を送っている「れいか」とは少し違う、歌っている時限定の自分。
私は久しぶりにその自分を感じて、懐かしい気持ちになったのだと思います。


歌に限らず、きっといろんな自分がいますよね。
バイトとか人前で話すときとか。
最近は些細なことで落ち込むことが多かったのですが(新学期あるある)、もしかしたらあらゆることに対して素で臨んでいたからかも(?)と少し思いました。
楽しく歌っている時のようにモードを意識して、ここぞという場面は女優になった気分で行動したいと思います!

3年生最初のブログ、不思議な誓いで終わってしまって心配です…。
たくさん歩いた2日間だったので、しっかり寝たいと思います。
それでは、また。

記憶色

こんにちは、もこです。

故郷を離れました。

東京には空がないという高村智恵子の言葉が、私にはよく分かります。ビルや木々の隙間から見る空は、空ではありません。上を見上げずとも、私を囲むように広がっているこの青こそが、空なのです。
故郷の空は、いつも低いところにありました。

雑司ヶ谷墓地へ行きました。
文豪たちのお墓を探してうろうろしていると、よかったら案内しましょうか、と好好爺に声をかけてもらった。最近は若い女性がいらっしゃることが多いので、よく案内するんですよ、と言う老人の言葉に、訛りは一切ない。
私の年齢も大学も住まいも何も聞かず、淡々と案内だけをする男性の姿に、私は江戸らしさを感じました。

東京には灰色のイメージがありますか?
東京はカラフルでとても素敵です。

1週間のうち、対面授業はたった100分。残り1200分ほどのオンライン授業を受けるには、下宿先という環境は適していません。
ネット環境はいいとは言えず、友人との通話では何度もかけ直す必要があります。壁は厚くないので大声で話すわけにもいかず、双方向の演習授業は不安だらけです。
東京に来てよかったとは、あまり思えないのが現状です。

それでも、東京でしかできない経験をする度に、少しずつ気持ちが変わっていくものなのでしょう。
上野公園の桜を見た時、永井荷風のお墓の前に立った時、高層マンションから漏れる無数の光を見た時。心が跳ねる瞬間はまだ、思いつく限り3つしかありませんが、これが4つ5つ、10、20…数えきれないくらいに増えた時、私は東京に来てよかったと思えているかもしれません。その時、私はどんな私になっているのでしょう。

もうちょっと、東京で頑張ってみようと思います。

きおく-しょく【記憶色】
多くの人が、ある対象の色の印象として記憶している色。

実際の色とは異なる場合がある。

(デジタル大辞泉)

仮説を立てる話

こんにちは、まなです。
新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。今までの環境からガラリと変わり、不安に思うことも多くあるでしょう。そんな時は、恥ずかしがらず、真っ先に周りの人に聞いてみることをおすすめします。頭の中で考え続けるよりも、口に出すと問題点を整理できるようになる、かもしれません。「すぐに聞ける人がいない!」という方は、ぜひブログ部Twitter(@jwu_jp_blog)からマシュマロで質問してみてはいかがでしょうか。

さて、近頃咲いた桜も盛りを少し過ぎてしまいましたが、先日、近所の桜も満開になり、時折自分と同じように、思わず立ち止まって桜を眺める人もいました。ただ、その桜は寺院墓地の中央に鎮座しているため、綺麗なのに何だか薄気味悪さも感じてしまいます。梶井基次郎の『桜の樹の下には』の冒頭文、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」というフレーズは有名ですね。「美しいものには何か裏がある」という考え方は自分の中でしっくりきます。

ある女性歌手の歌を友人と聴いた際、私はあまりの歌声の美しさに感動し、「この歌手はまるで命を削っているように歌うよね」と友人に伝えました。しかし、友人は「いやいや、この歌手神様に愛されまくってるし、何なら実は1000年くらい生きてるでしょ」と真逆の感想を持ったようで、その時、人の才能に対してそれが、「何らかの〈代償〉を払って得たもの」か、または「(恩寵や長寿などの)理を超越した末に得たもの」かの2種類に分かれるのではないか、という持論にたどり着きました。みなさんはどうでしょう。この2つとは別の感想を持つ方もいるでしょう。ただ、この考え方の違いはとても不思議で面白いと感じたのです。私は、「何かを得るためなら、それと同等の何かを犠牲にしないといけない」とどこかで考えているようで、友人は「同じ人間とは思えない才能を持っているならば、きっとその人はやはり人間ではない何かなのだろう」と考える、という傾向があるようです。この現象は、恐らく自己形成の時期に触れた小説や映画などの作品が影響しているのではないかなと推測しています。現に私は「犠牲」が出る多数の作品に触れてきたものでして…。

以上、私の仮説を立ててみましたが…根拠も何もないのでどこか指摘されたら多分ガラガラに崩れ落ちます。こういう議論って他にもあるのでしょうか。書いていたら気になってきたので探してみます!

それではこの辺で。花粉症が一刻も早く治りますように。

はじまりのお話。

こんばんは。みずほです。
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
これから始まる大学生活にどきどきわくわくしていらっしゃることでしょう。

昨日は新入生オリエンテーションでしたね。薄々お気づきの方もいるかもしいれません。
そうです。私が昨日しゃべってた中の人です。

実を言うと昨日のオリエンテーション結構不安でした。
いつも3日間で行っている内容を3時間に収めなければならず、PowerPointも駆使し、ヒィヒィ言いながら準備していたからです。時間通りに進行できるかが一番の悩みでしたが私の心配も杞憂に終わりましたね。
なんと驚きの1時間巻き。すべて新入生の皆さんのおかげです。
休憩時間の終わりには、こちらが声をかけずとも皆さんおしゃべりを止め、席について準備してくださいました。そのお姿を見て「今年の一年生はなんて素敵な人たちなの……」と感動してしまったくらいです。

5日から始まる履修登録に向けて、これから皆さんそれぞれが履修を組んでいくことになると思います。
とは言え、説明を聞いただけではわからないことがほとんどですよね。(私も一年次はさっぱりでした。)実際に時間割を組んでみて不安なことがあれば、5日の履修相談もぜひご活用ください。みずほ(外の人)も出動しています。

思えば一年次はとにかく必修の課題とバトるのに必死だったなという印象です。
バイトも習い事も国文学会委員も教職もオタ活も全部頑張っていて、今の私からすると「どこにそんな体力あったん?」という感じ。たまに課題に病んでダウンしたこともあったけど、二年の時に比べればかなり優等生でした。

二年はね、始めの頃はよかったんです。6月あたりから雲行きが怪しくなり、夏休みから本格的に廃人になっていました。それを表に出すわけにもいかないからいつも通りに過ごしていて。でも心許した友人たちには甘えまくって、いろんな意味で助けてもらっていました。多分病院行くべきだったんだろうな…と今は反省しています。

三年次。。。あったっけ???うん。なかった。国文学会に身を捧げた1年でしたね。おかげでタイピングが少し早くなりました。あとは、もっといっぱい友達と遊びたかったな、、、推しのライブにも行きたかった(泣)

四年次の記憶はどんな色に染まるでしょうか。楽しい思い出にあふれる日々を期待していますが、既にグレーで始まっているので何とも言えません。卒業の時、胸を張って「いい4年間だった」と言える記憶を残していきたいです。

ブログ部員としても最後の一年。自分なりに考えた結果、一年を通して何か残したいと思い立ち創作に挑戦してみることにしました。私はもともと何かを続けることが苦手です。義務感がとても嫌いで。(ドラマとか基本見れないタイプ)でもまあ、継続は力なり。まずはやってみることにします。続かなければその時はその時。フェードアウトしても「あ、続かなかったんだな」くらいに思ってもらえれば。プロットも何も考えてない見切り発車。卒業までに終わるかも微妙。しかしそれもまた一興。どんなお話が出来上がるのか、私自身も読者として楽しもうと思います。

それでは、また次のブログでお会いしましょう。
おやすみなさい。良い夢を。

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息を吸い込んで、春の匂いを身体いっぱいに広げる。
あと何度、この味を知ることができるだろう。
あと何度、この味を思い出すことができるだろう。
私はいまから、ここを離れる者だ。

振り返れば短かったような長かったような、それでもやっぱり短かった。4年という月日が何を残したのか、まだはっきりとはわからないけれど、いまの私にとっては不確定な未来を思うより、重ねてきた人生を見つめることに意味がある。
これは私という人間にとって最後の一年の記録。

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「学校ってこんなに遠かったっけ」

電車に詰め込まれただけで疲弊してしまったことに、体力の衰えを感じた。
あることに慣れたころには新しい何かがやってくる。それが生活の当たり前でその繰り返しの中に生きてきたはずなのに。私は慣れることに慣れていないから。自分でも知らない間に享受してしまうから。

そういえば、いつもあの席にいたおじさんがいない。角に立っていた高校生も、端に座っていたママさんも、みんなみんないなくなってしまった。
ーーーやっぱり慣れない。時間がみんなを連れて行ってしまったんだ。

それに気づいた瞬間、世界から切り離されて私はひとりになっていた。

時間って残酷。待って、と思っても止まってくれない。
足踏みの間にも過ぎ去って、いつの間にか走らされてる。
時間はみんなを走らせてどこに向かうのかな。走った先のゴールってどこにあるんだろう。
せめてゴールくらいは自分で決められるように。
時間の意志より先にゴールにたどり着けるように。

だから明日はいつもより早い電車に乗るんだ。

ある街の、風の響きと香りと


山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く 三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる
小さなアワも恋のように消えていった

松任谷由実「海を見ていた午後」(作詞・作曲 荒井由実)より

みなさんは、好きな街はありますか?
私は、ずっと住んでいるこの街が一番ですが、今まで訪れた中で気に入った街がいくつもありました。
その一つが、横浜です。
「異国情緒」と言ってしまえばそれまでだけど、爽やかな風と海の香り、舶来品を模して作られたお土産、美味しい中華。都会的なのに、どこかあたたかさがある街。
「山手のドルフィン」は、横浜に実在するお店なんですって。
斜めに入る日の光に照らされる、ソーダ水の儚い泡。
あまりにもキラキラした景色に余計に悲しくなってしまって…。


夜、赤レンガ倉庫にあるお店で飲んだシャンパン。窓から見える客船のぼうっとした光。
12月、クリスマスマーケットに並ぶかわいいオーナメント。
ビルや遊園地の光の隣に広がる、海の神秘的な暗さ。
幸せを味わうには美しすぎて、切ない街。


先日、予定があり六本木に行きました。ずっと東京に住んでいる私ですが、今まであまり六本木という街にご縁がなく、ほとんど行ったことがありませんでした。
帰り、少し時間があったので、東京ミッドタウンに寄ってお買い物をして、ささやかながら友人の誕生日プレゼントを購入。久しぶりに知らない街に行き、同じお店でもいつもともは少し違って特別に見えました。
ミッドタウンには1階から3階まで、吹き抜けになっていて大きな窓があるんです。解放感があって、時間がゆっくりと流れる気がしました。
東京には、同じ「都会」と呼ばれる街が多くありますが、その街ごとに吹く風の響きと香りが少しずつ違っていて、いろいろな街に行く度、とても感動してしまうことがあるんです。去年、家の机の前に座り続けていた時、ふと外に出たら、こんなにも人々は動いて、社会はこうして回っているんだ、と切ない気持ちになった時があって。
自粛している時、家が全ての世界になりかけていた私にとって、新鮮に映った景色でした。

いよいよ4年生。今までの3年間、思えば全力投球の学生生活を送ってきたと思います。
先日のブログで、「私は自己肯定に片足突っ込んでいる」みたいな表現をしたのですが、良い意味で自己肯定感とか、自分に対しての満足感が高まって、安定してきたのは最近のことです。私は、小さいころから強迫観念が強かったので、「こうしなければならない」となってしまうことが多く、だからこそ出来たこともたくさんあったのですが、いつも自分が苦しくなってしまっていました。
大学生になり、今までよりずっと自由になり、自分の取りたい授業を取り、一人でいられる時間が増えて、
バイトもして、自分の好きなものにお金と時間をさけるようになって、
本当に自分のことを自然に認められて、自分を誇りに思える時が増えました。そして、自分を表現することがとても好きになりました。今でも、なんで私はこうなんだろう…と考えてしまう時も多いし、コロナウイルスが流行した去年1年間はいろんな意味で大変でしたが、大学生になって本当に生きやすくなりました。
大学に入学した皆さんにも、色々な不安があると思います。その中には、自分一人で抱えているものもあるはずです。けれども、大学は思っている以上に自由な場所です。ですから、あまり人と比べすぎることなく、やりたいことや興味のあることにチャレンジできると思います。

素敵な4年間にしてくださいね!

私も今年は忙しい一年になりそうですが、まずは心の安定を大切に、頑張ろうと思います。

せやからエイプリルフール終わっとるんよ

「なあ、聞いた? 明日世界終わるんやって」

「ほ〜ん、そら大変やな」

「……よう焦らんな。脱出用のロケットでも隠し持っとるん?」

「世界終わる言うてんのに、宇宙行ってどないすんねん。そんでもうエイプリルフール終わっとるで」

「バレたか」

「バレたか、やないねん。バレるに決まっとるやろ。嘘つくならもっと上手につかな」

「厳しいなあ。たとえばどんな?」

「そやね、エイプリルフールって四月馬鹿言うやろ?」

「おん」

「あれな、ほんまはちゃうねん。四月阿呆やったんけどな、東京の人がアホはいかんって馬鹿にしたんや」

「ほんま? これやから東京はイヤやわ〜」

「うそ」

「うそかいな」

「これが嘘のつき方や。ぎりぎりまで信じさせるのがコツやねん。せやけど、やりすぎはあかん。可哀想なウソもあかんからな」

「へぇ、うそのプロやな」

「それ褒め言葉やないからな」

「ほんなら、アレか。オレほんまは宇宙人やねん、みたいな」

「え、マジで? 知らんかったわ〜、そうか〜宇宙人やったのか……どうりで会話通じひんなあ思てって、話聞かれへんの? さっきの説明でなんでそのクオリティになってまうん? うそつくの下手すぎやろ」

「え〜、ちゃうんか。なんやむずいなぁ」

「おまえがめっちゃ下手なだけや」

「じゃあ、オレほんまは幽霊やねん、みたいな」

「やめろや」

「なんで」

「それはあかんやろ。あかんって。悲しいウソはつかんほうがええ言うたやろ。俺まだ気にしとるし」

「何が」

「おまえが急に俺の前からいなくなってしもたん、俺まだ信じられんくて。よりにもよって4月1日やなくてええやろ。そんなやから俺まだ……」

「卯月……」

「ウソって言ってくれてもええのに、な」

「いや、勝手に殺すなや!」

「なんでオレ死んだみたいな言い方したん? めちゃめちゃ生きとるし。そんでいなくなったいうても就職して東京行くだけやん。そらそうよ、そら4月1日や、新入社員やもん」

「元気でおってな」

「おう、身体には気をつけるわ。家にもお金入れたるから……って、お前はオカンかい!」

「やって、お前東京行くのイヤや言うとったやん! 俺と一緒に粉もん屋で天下取ろう言うとったやん!」

「や、何ソレ。初耳や。知らん知らん聞いとらん」

「なんでや! 夕暮れの校舎裏で泥だらけの学ラン抱えて共に語りあったやろ」

「オレらの学校、ブレザーやん。あ、寂しいんか? オレが東京行くの寂しいんか?ほんなら初めっからそう言やええのに。え〜、卯月ちゃんかわええとこあるやん」

「東京行くよな裏切り者は生かしておけんし」

「東京に親でも殺されたん?」

「おうおう、一族郎党殺されたで。親戚のジジイなんかスカイツリーに刺されとったし」

「何したらスカイツリーに串刺しにされんねん。ま、寂しがらんでええよ。もう世界終わってまうし」

「その話まだ続いとったん?」

「おんおん、心配せんくてええよ。痛みはないらしいで」

「は? 何?」

「ま、オレは最後におまえと話せてよかったわ。電話って素晴らしいな。来世も持ってこ」

「なに言うとるん」

「名前だけでも覚えとってね〜」

「なに漫才してんねん。つうか、もう23時59ふ、明日っておまえ」

「一生のお願いやから、もうええわって言って」

「一生のお願いそれでええんか?」

「もう終わるしな」

「……もうええわ」

「ほな、ありがとうございました〜」

「終わんなや

新たな…

みなさん、こんばんは。4月1日、いろんな人がいろんな始まりを迎えた日だと思います。調子に乗って大嘘をかましたいのですが、面白くて丁度いい嘘が思いつかないぞ…そんなこんなで、発想力貧困のあやが担当いたします😊

さて、私はいよいよ3年生というわけで、卒論なり就活なり考えなくてはならないことが増えていきました。今まで割と呑気に生きてきたのですが、そろそろ自分を見つめ直さなくてはと焦りを感じています。というのも、つい先日、Zoomで自己紹介をする機会が何度もあったのですが、自分の長所や特技など自分をアピールするポイントがまったく考えられなかったからです。これはまずい。ここで過去を何となく振り返ってみました。

小・中学生までは学級委員を務め、クラスや学年代表で積極的に活動していたこと。高校生では、何事も満足のいく形で成し遂げられなかったこと。私が通っていた高校はいい意味でも悪い意味でも自分を確実に持っている学生が多く、何となく中途半端に生きていた私は周りのみんなに圧倒されるだけで自分に自信を持つことができませんでした。その自信の欠如は今もずるずると引きずっているような気がします。

ですが、最近ぼんやりと感じていることが。この前、私の在籍している日本文学科に興味を抱いてくださっている高校生の前でお話しする機会をいただきました。何らかの代表としてお話しするのは中学生ぶりで、「私でいいの?」と終始心配になりましたが、入念に準備をし、当日を迎えました。私の話が誰かの胸に響くはず、なんてそんな図々しいことは考えもしませんが、中学生のときの私も今の私も誰かの中でほんの少しでもきっかけを作ることができたらこの上ない幸せであるなあと頭の片隅に思い浮かべているのは変わっていないことに気づきました。

「とんかつに添えられたキャベツになりたい。」

私が中学時代にお世話になった先輩が、生徒会立候補選挙の際におっしゃっていた言葉です。決して目立った活躍は残せないかもしれないけど、影で何かを支えることができれば、自分も捨てたもんじゃない。

嫌いだった野菜のかき揚げがいつの間にか好きになっていたこと。もう少し素直だったはずなのに、へそ曲がりになっていたこと。好きなものも考え方も昔と変わってしまったけれど、それでももう少し自分を前向きに捉えてもいいのかもしれない。

あっ、でも課題はいっぱいありますよ(笑)

注文していたタブレットのペンが届いたので興奮して、家族と絵しりとりしたんです。画力がどん底落ちこぼれレベルの私は、自分が描くことのできるか否かばかりを気にして「た」のターンでまさかの「たくあん」を描きました🖍 注意力散漫すぎる!!!! てか、なんで「たくあん」にしたんだよ。

まだまだ改善すべき点しかなくて、自分の良い所が探せていませんが、まずは少しでも自信を持って大学3年生を過ごしたいなと思います。

そういえば、今日新しいアルバイト先の初出勤だったのですが、心温かい人ばかりで涙が出そうです。初日から可愛いあだ名をいただきました♡ 新年度、良いスタート切れたはずっ!

新しいスタートを切ったみなさん! 一緒にがんばりましょう💪🏻

そして、新入生のみなさん! ご入学おめでとうございます🌸 同じキャンパスでともに成長できることを嬉しく思います。

それでは、またお会いしましょう☺️(錦糸公園で見た桜を添えて…)