ごきげんよう、もこです。
日本文学科に来た理由を思い返してみました。
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自分が文学の道に進むとはまるっきり思っていなかった。昔から、読書という言葉が苦手だった。大人たちがあんまりにも「本は読んだほうがいい」と口を揃えて言うので、大人に反抗したかった私は本を読んだら負けだと思っていた。実際、現在も読書は趣味ではないし、好きかと聞かれるとそうでもないと答えている。
私がそこまで本に執着しなかったのには一つ大きな理由がある。それは姉の存在だ。姉はとてつもない読書家だった。学校図書館の年間貸し出し数ランキングなどではいつも姉がぶっちぎり1位だったようだ。6歳離れているので詳しくないが、姉の同級生に、姉より読書する人間は一人もいなかったと思う。
そんな姉と比べると、私は全く本を読まない人間だった。あまんきみこ作品にハマったり、はやみねかおる作品を全て読破したり、ハリーポッターシリーズの分厚い本を全巻熱心に読んだり、今思えば人並みかそれ以上には本を読んでいたが、偉大な姉と比べて、私は本嫌いな子供として扱われていた。(中高生になってから、自分よりはるかに読書経験の少ない人間が世の中にたくさんいると知って驚いたものだった。)
私は文学に興味がなかった。むしろ政治や経済にものすごく関心があった。中学生の頃から、早く選挙権が欲しいと言っていた。内閣閣僚の名前をみな覚えていた。将来は大学で政治や経済を学ぼうと思っていた。文学部に行くなんて思ってもいなかった。
私が中学に入ると同時に姉は大学の経済学部に入った。姉が文学部に行かなかったのにはどんな理由があったか忘れた。ただ姉が文学の道に進まなかったことで、自分の文学に対する枷がひとつ外れたのは確かだ。もし姉が文学部に行っていたら、私はいま文学部に来ていなかったと思う。なんとなく私は姉と別の道を進まないといけないのだと昔から思っていたからだ。
姉が経済を学び、経済に挫折していた頃、私は高校生になっていた。私にとって高校の授業はどれもつまらなくて、授業中はとにかく眠かった。あんまり眠ると怒られるので、私は眠気覚ましに電子辞書をいじった。そこで私は辞書に青空文庫が入っているのを見つけた。これはいいと思った。授業中に小説を読んでいても、先生からは電子辞書で調べ物をしているようにしか見えないし、友達も特に注意しない。その日から私は気に入った本を授業中に少しずつ読み進めるようになった。近代文学との出会いである。
近代文学に触れるうちに、私は文学より文豪に興味を持ち始めた。近代の文豪同士の関係性に惹かれ、彼らのことをよく知るために彼らの小説を読む、という感じになった。国語の資料集を読み込んだ。新潮日本文学アルバムには大変お世話になった。高3の夏までには坪内逍遥〜戦後第三の新人あたりまでの近代文学史がきっちり頭に入っていた。
読書量は姉の足元にも及ばなかったが、文学知識は姉を超え始めた。いつからか私は志望学部の欄に文学とばかり書いていた。志望大学の欄には、東京の、文京区付近の大学の名前ばかり書いた。どんどん文学に引き込まれていき、抜け出せなくなっていた。
思えば高校で初めて近代文学に出会ったわけではなくて、中学校の頃に習ったレモン哀歌や一握の砂、もっと遡ればNHK「にほんこであそぼ」で扱われた名文なんかは、昔から私を刺激していた気がする。少しずつ蓄積されていった文学への興味が、高校で一気に開花しただけなのかもしれない。
そんなこんなで完全に文学に進路を狂わされた私は、現在日本文学科で逞しく勉強している。ちなみに日本文学科では一年生の頃に古文を扱う授業が多くあるが、私は古文が得意なタイプの近代文学オタクだったので苦ではなかった。一応高校生の頃に与謝野晶子訳の源氏物語を読んだり、百人一首を全首覚えたり、とりかへばや物語巻一を全部読んだりしていた。こんな私ですから、日本文学科での勉強が、楽しくないはずがない。大学ではずっと趣味を極めている感じ。
本学に来て良かったと思うのは、ここまで近代にハマっている私でも他の時代の文学を研究してみたいと思うくらい面白い講義を、先生方がしてくれることだ。最推しは近代だが、他の時代も別腹で面白い。そもそも授業の進め方が楽しい。高校までのように、本文を読んで漢字の読みを確認して品詞分解をして、なんてことはしない。作者はなぜこの表現を使ったのか、この言葉が暗に意味するものは何か、伝本で表記が変わったのは単なる書き間違いか否か、今までやってきたことのもっと裏側を追求する。これこれ!これをやるためにここに来たんだよ!という感じがしている。
ただ、私は考えるより行動するが得意なので、文学者にはならない。文学が好きな人より、研究が好きな人の方が、向いていると思う。
最近は文学散歩をしている。たくさんの近代文学が生まれた文京区にある大学に行くのが夢だった。夢叶えり。文学をやりたくて東京にまで出てくるのはすごい行動力だと思う。おかげであらゆる文豪に会えた。お墓の前に行くと、今までは遠い存在だった文豪たちが、実際に生きていたことが実感できる。作られた資料館や記念館とは違う、生の彼らを感じられる。その度に、よかったね、と私は過去の自分に言ってあげる。よかったね、苦労して東京に来てよかったね、過去のあなたが必死にもがいたおかげで、未来の私はあなたが大好きな文学に埋もれて過ごしています。
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