文明とたわむる

 五月病になりました! こういうときは何をやろうといっさいうまく行きません! 仮にうまく行かせ得るとしてもその自覚・実感ともにいっさい持てません! よって寝るに限ります! しかし湿気がひどくて眠れない……というか寝る気さえ起きない
 続きでゲームの話! おたくっぽいです
 あまり数をこなしているわけではないので知ったかぶりにならざるを得ず恐縮です。話半分にお願いします。
 
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私をしょっぴいてください

 本棚の中身を出すのが恥ずかしいという旨の話を以前したのですが、それなら恥ずかしくないような本棚を作ればいいわけです。
 そして恥ずかしくないような本棚とは何か? というと、それはただ世界名作全集が並んでいるだけの棚ではなく、その人物を見てその本棚を見てまたその人物を見てホホウと息などついてから「この本をしてこの人は形作られるのか」と得心の行くような棚でしょう。そして名作を並べれば並べるほどそういう棚を作るのは難しくなっていくのだ。水は低きに流れるからだ。人は易きに流れるからだ。
 たとえば『ファウスト』を読むことから形作られるべき人物の姿といったら、もちろん生半可に成し遂げうるようなものではないでしょう。私はほんとうに『ファウスト』に見合う人物になれている、と誰がどうして断言できよう。大のファウスト狂として恐らく日本一有名なのは手塚治虫ですが、漫画というひとつの文明を作り上げ、神と呼ばれし彼ですら、そうまで大それた発言をできはすまいと思われます。
 ましてや私のような凡愚が、どうして『ファウスト』を崇拝しているなどと言えるだろうか。それは海の上を渡るように雲の合間を往くように進んでいく大ファウストの、風にはためきなびく裳裾を汚すような発言です。容易に許されることではありません。私が今それを進んでかまそうとするのは恐れを知りながらも認識せぬアホだからにほかなりません。その心理についても折り畳みで説明したつもりでおります が できてるかなあ…… なんか今回あんまり日文の学生っぽくない記事になっちった……
 ※本記事で連発する『ファウスト』はゲーテの著作も含みますがそればかりを指すものではなく、ドイツの民俗伝承に基づいて作られた作品群の総称です。
 
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鰐が梨を食う

 恥ずかしくてとてもとても本屋で買えない本というのはあります。たとえば11日に先生の御宅で拝見した大学図鑑などはまさしくその部類です。
 という流れでお茶会の話をしようかと思ったんだけどそれは他の人にお願いします。
 場所が本屋でなくとも、単に邂逅しただけで顔を覆うような本というのもあります。先日自室から買ったおぼえもない『愛され脚になる○○』やら『○日で美女になる法』やら出てきて、しかも親に部屋掃除されたあとの本棚にきちんと陳列された姿で出てきて、いっそ腹でも切ったろかと思ったものです。なんでこれがここにあるんだよ。介錯人を雇うのすら恥ずかしいことだよ。そもそも親に自室を掃除させている事実がまずもってここに書くのを躊躇われるほどに恥ずかしいものかもしれない。
 ともかく自分の部屋から出てきたものですから何かの御縁があるのだろうし愛され脚になりたくないこともないしせっかく恥もかいたことなのでこのうえ損してなるものかと一応読んではみました。参考になりました。
 似たような恥ずかしさを伴う題名の本に、森理世や知花くららの食事管理をしていたというエリカ・アンギャルにより著された『世界一の美女になるダイエット』がありますがこれはけっこう面白かったです、主に書き手のテンションが。「アイスクリームは老化を進めるかわいい悪魔」とか。まことにたまらん。そんなアンギャルがおかわいらしい。しかし「お風呂上がりのアイスは今すぐやめて」などと書いてありますけど、そもそもこんなコッ恥ずかしいタイトルの本を買ってまでして世界一の美女になりたい/世界一の美女になるようなダイエットをしたいと思える女が、風呂上がりにアイスなんて食べるものかね。
 折り畳み:読んだこともない村上春樹について。
 あと変態について。かつて既に書いたことをまたやっている恐れもある
 
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とてつもなく日本

 近ごろではもはや取るに足りんと思われているのか、速報でも震度3未満を報道しなくなりましたが、震度1であろうと2であろうと恐いものは恐いので、避難を要さない程度の地震の場合はロックンフラワーのごとく身体や頭を揺らすことで何とかごまかしています。これが冗談ではなく真面目なことなのがどうにも辛いところです。
 地震酔いには目を閉じて深呼吸だよ
 
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緑色をした可愛いやつを

 今日は短めにさせていただくつもりどすえ
 友と連れ立って久々に生田へ行ってまいりました。
 とはいえ目的地は大学キャンパスではなく、附属中・高の図書室です。お世話になった先生が退職なされるということでしたので、少々顔を見せてきた次第です。駅名で言うと生田ではなくその隣の読売ランド前なんですが、学生歌の歌詞にもあることですし、ここは生田で統一させていただきます。生田の自然の話をしてます。みみずとかヒルとか。
 みみずとかヒルとか。
 みみずとかヒルとか。

 
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一夜一夜に

 すさまじい男性を目の当たりにしました。
 自分の理想が生きて独立した姿で歩いているかのようでした。ええ~もう そら~もう すっっごかったぜあの衝撃は 打ってもいないヒロポンの禁断症状を心配した つまり幻覚でも見たかと思った 相手が佐々木倫子の絵で自分は漫☆画太郎の絵になったかと思った あれこそは塩見の藤木であり三島の近江であった……
 私の脳中の外には実現されまいと思っていた姿であった それであるだけに、ていうか脳中でも薄ぼんやりとした概念以上の美ではなかっただけに、いざ目の前に出されてみると驚愕と同時にすさまじい喜びでした。あまりにもすごかったのでただ視界に入れるだけでさえ照れるわ恥じるわ恐れるわ、一夜を経た今となってはそのお顔なんてまったくといっていいほど覚えていませんが、ともかくそうした印象を強く受けたという記憶が非常に鮮やかです。名も知らぬ彼の母上と日付も知らぬ彼の誕生日に感謝したいと思います。
 しかもものすごいことには、その美貌が勤めている中華料理屋が、まさに私が姉と伴って訪れた昨日を最後に閉店するということです。一期一会にもほどがあろうよ。廃れゆく店舗が見せた一夜の幻だったのではないかとさえ思います。
 長いんで折り畳む
 
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美濃牛

 こんにちはこんばんは、今日は『美濃牛』(殊能将之)の感想を書かせていただきたいと思います。
 私これ食堂で読み終わったんですが、さても学校の施設というのはやはり勉学するために作られただけあって落ち着くものですね(´∀`*)
 用も授業もないのに学校まで来て本を読むとか、その行為の非生産的な雰囲気がかなり素敵なんじゃないですか。自宅で何気なく開くだけだとやはり同じくらいの何気なさで閉じてしまえるのですが、読書の状況作りにわずかでも手間をかけると「こりゃ噛み締めないと損だわ」という気分になってバリバリ読み込めるような錯覚があります。しかし、だからといっていたずらに手間をかければ良いというものではなく、たとえばここでうっかり神保町の喫茶店とかにしけこみますと「喫茶店で本を読むわたくし」という像に陶酔するあまり本がどうでもよくなる、もしくは「ガロ(『学生街の喫茶店』)でも気取ってんのかよおめでてえな」という自虐的な気恥ずかしさが芽生えるんで、個人的には学校の食堂程度の外出がちょうどいい感じでした。
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図書館の愉しみ方

 あけましておめでとうございます[:晴れのち曇り:]
 と言うのもこれが今年は最後ですね。三が日の五倍過ぎたし。
 きょう大学図書館にいったらしょうこちゃんと会いました。しょうこちゃんいいよー、しょうこちゃんおすすめよー。
 それにしても大学図書館の蔵書は区民図書館ましてや移動図書館なんぞとはまるで比べ物にならんレベル、ほんとうに圧倒されますね。願わくはもっとこう、一階と二階が吹き抜けになっていたり、適当にヴォルテールとかの生原稿が展示してあったり、床が足音の立たない絨毯だったり、高い本棚にレール移動式の梯子がついていたりしていてほしいんですが、まあそこまでの贅沢は申しませんよ。
 もうひとつ不満を言うとすればこの時期は寒風に吹かれた窓が延々と鳴っていてかまびすしいことこの上ないのですが、そのくらいは窓に面してない学習席を選べばいいわけですから、やはり公式に訴えをするには値しませんよ。それどころか、そうと分かりながら私は図書館に来るたび窓のそばに腰を据えています。なぜかといえばそれは単純にマゾ精神のよらしむるところです。同じアホならきっとお分かりでしょう、
 自分に責任のないうるささにイライラしながら勉強をするこのロマン。
 「ちょっと! 今わたし勉強してるの!」と自分以外の相手に怒れるこの快感。
 正当性を着た怒りを、あえてこらえて噛み締める、この意味不明な恍惚。
 つまり普段めったに勉強しないので、そんなささやかなところにも新鮮な感動と喜びと愉悦をおぼえているというわけです。ていうかそもそもわたしはこれに飽きたくないがばかりに日頃あまり勉強しないようにしているんです。勉強isレジャー、そんな冗談のようなウソの話です。ウソの話です。ウソもはなはだしい。図書館で窓際に座ってんのはほんとうだしマゾッホ精神もウソじゃないけど、そんな変態性は「おやこの状況はもしかして」という程度の跡付けの愉悦であり、窓際に座るのは外が『冬の散歩道』(サイモンとガーファンクル)のような雰囲気できれいだからであり、日頃の不勉強については単にしたくないから以上の理由はないんだよ~ いつかこの怠惰を後悔する日がくることは分かってるけどそれでもしたくないっていうこの強い気持ちがゆえにこそ怠惰はキリシタンの七つの罪に数えられるようになっているのでしょうね。
 ちなみに国語便覧に載ってるたぐいの小説・論評もろもろを読むことは勉強に数えません趣味だから。我ながら賢そうな趣味ですが、それらの趣味は成績の直接的な数値向上に繋がっていないから勉強に数えられないとも思っています。まあ正直なところを言えば「むしろこっち(読書)のほうが有意義じゃね?」と思ってはいるんですけど、それで不合格や留年になってしまっていたら元も子もありません。己の学歴はともかくとしても親のお財布に傷をつけるのは実に心苦しいことです。
 という意識を常に持つことは、合格や進級よりもきっと大事なことなのでしょうね。
 明後日また書くので今日は短め。『美濃牛』(殊能将之)の感想を書く予定。

宇宙に勘当されたわ

 思い出話のひとつもさせてくださいよ。
 長いんで畳みますけど。
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 良い年越しをお迎えください![:晴れのち曇り:]
 わたしは皇居に行く予定です。楽しみ。
 新年といえば初日の出の輝きも素晴らしいですが、それが顔を出すまでの待機時間もまた捨てがたい。たまらなく好きです。あの肌寒く静謐としながらもうずうずと待ち遠しく、仄暗くありつつも仄明るく、空を見れば群青色でありつつも鴇色で、昨日でありつつも今日で、昨年でありつつも新年で、そのように色々なものの境界が曖昧になっている感じが良いですね。といっても日の出前というのは多分四時~六時くらいですから、日付の上で言えば既に翌年なんだけど、まあそんなのは時計という文化がなけりゃ分からんことですから、やはりそこは陽が出る・出ないのラインを心情的な日付の基準としたいものだ。
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はじめまして!

 初めてブログを書かせていただきます。
 一年坊主の若輩者でございます。
 これを閲覧していらっしゃる外部や内部の方々や右や左のだんなさまがこちらの内情をどこまでご存知なのかは分かりませんが、この『新・当世女子大生気質』というブログは、大学の先生がたによる検閲を通さないことが売りのひとつであるようです。制約というにもためらわれるほどささやかな決まりはありますが、それも「宗教・政治・野球」という三大トラブルメイキング話題ぐらいなものでして、それ以外はまったくの自由ということになっています。そんな寛容さもまたこの日本女子大文学部日本文学科が持っている懐の広さを現していると言えるんでしょうねたぶん。
 しかし、その三ヶ条は手を出す勇気がないので放置するにしても、そこで言及されていない第四の存在すなわち「下ネタ」については、どこまで許容が為されるか……というのが目下の興味の行きどころです。
 
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