フィードバックをもらえることの嬉しさ

皆さんこんにちは。みちこです。

いつ何時も気の赴くままに、ということでこの記事を書いているのがなんと更新日当日の22時です。

一気に書き上げてしまうのが私の書き方なので、途中まで書いてる記事とかあっても結構普通に消しちゃって新しいのを書き直すなんてざらです(笑)

逆に言うとそれだけ綴りたいトピックがあるとも言えますが、それは一旦置いといて。

本日のトピックは、「フィードバックの大切さ」ですね。

年を重ねて、自分が「大人扱い」をされるようになってくるほど、「フィードバック」の大切さを身に染みる機会が増えたな、と感じました。

それを感じているのが主にアルバイトでの出来事です。

私が現在やっているのが飲食店でのアルバイトで、今年の三月から始めたので、今月で約四か月いることになりますかね。

一応その前(つまり一年次)にもアルバイトはやっておりまして、そっちは採点業務を主にしておりました。

どちらの業務でもとても大事な経験をさせて頂いたのですが、この二つに共通して言えることが、今回のテーマ「フィードバック」とつながってきます。

それは、「失敗はしてもいい。ただし、何度も同じミスをしてはいけない」ということ。

そして、「失敗を繰り返さないためにどうすればいいか」ということ。

この二つです。

アルバイトって、ただお金を稼ぐための手段の一端だけじゃないと私は思っていまして、その最たる理由がこの二つのことを学んだからですね。

これはかなり貴重な体験をさせて頂きましたね。自分の今まで持っていた価値観を180度ひっくり返されたようなものですから。

これまでの私は、「失敗はしてはいけないもの」という意識が強く、最初から失敗をしないようにあらゆるリスクを回避して生きてきました。

だから高校以前までの私は、自分が出来る範囲までのことしかしてこなかった。それ以上先に進まないのは、失敗したらどうしようという怖さがあったからです。

でもそんな怖さすら乗り越えたいほどやりたいことを全部やって卒業しようと思った大学入学前。

大学入学後、想定よりも早い時期から採点業務のアルバイトを始めました。

当たり前といえばそうですが、最初は慣れないことばかりで失敗ばかり。

注意はさんざん受けて、バイト先からの帰り道では常に自分反省会を繰り広げていました。

このバイトを始めたのは選択ミスだったか、とか、なんでこんなこともできないのか、と自分を責める行為ばかりしていました。

今なら分かりますが、これは何も「反省」ではないですね。

「反省」って、自分を責める行為とは全くの別物です。だって、そこには何も生まれないですから。

負の感情だけが蓄積していき、前に向けていない。

このブログで前に書いたことがあるような気がしますが、私が普通の人より割と前向きでいられる理由は、母に言われた言葉がきっかけです。

模試か何かで自分なりに対策をしたのにあまり良い点数がとれなくて泣いていたんだったかな…?そんな気がしますが、その時に母に言われた「泣いていても何も変わるわけじゃない。次どうするかを考えないと、成績は伸びていかないよ。」という言葉があります。

この言葉だけを悲しみのうちに聞いていた私は、私の気持ちなんぞ何も分からずに!と突っぱねてしまいましたが、改めて考えてみると本当にその通りだと思います。

この話をもっとさらにさかのぼると、中学受験で塾の先生に言われたこともあります。

過去問を解いてノートに直しをして、それを提出するという宿題があったのですが、そこに必ず「なぜ間違えたのか」と「対策(具体的な方法)」を書かせる先生がいまして。

最初のうちこそ全くかけず、先生に「これは具体的な対策じゃないから。次はきちんと考えて書いてきてね」と何度もダメだしをくらっていましたが、返されていくうちになんとか方法が分かってきた、という経験があります。

それらの項目を中学に進学してからも定期テストの直しノートに書いていたら、いつだったか良いノートの例として紹介されたことがあったような気が…したような?しなかったような?

このような経験があるため、私は人一倍「自責」が無意味であり、「対策を考える」ことの方がよっぽど大事であることを知っていたはずなのですが…。

どうもそれを「机に向かってする勉強」のみに通用することで、「自身が経験して得る学び」には活かされないことだと思っていたようです。

なので始めた当初はバイト先に向かうのが億劫で仕方なかったです。

その後バイトを始めて数か月、大体3~4か月経った頃くらいに、私はバイト先の先輩からあることを教えてもらいました。

一般的に仕事にも慣れ、ある程度業務がこなせるようになって来ないとおかしい時期に、私が中々そうなっていなかったということもあるのでしょうか。

会話の経緯はよく覚えていないのですが、その先輩さんは私に「間違えたところはメモしておいて、移動中とかに見るといいよ」と教えてくれました。

それを聞いた時に、私は「あ、これ…今まで私が勉強でやってきたことじゃん…。」と思いました。

そこでようやく私は「自責」をやめ、本来の「反省・対策」へと思考の路線変更をしていくこととなります。

なので、職を変えた今のバイト先でも私はそれを意識するようにしています。

間違えたところはすぐにメモして、分からないところは人に聞いて。

そしてこれがかなり変わったところなのですが、「何もない時にも思いだす」ということを始めるようになりました。

前のバイト先で働いていた時まではあまりできていなかったのですが、一夜漬けのテストのように、その場しのぎで直前とかにミスを反芻していました。

しかし今のバイト先に変えてからは、意識的になんでもない時でもメニューの作り方や業務方法などを思い出していくようになりました。

思い出す能力ってかなり大事で。それをしないと身に染みていかないんですよね。

自分が忙しい関係で中々シフトに入れていないという引け目がおそらくそうさせたのでしょうが、「シフトに入れない分せめて裏できちんと努力して、一度教えてもらったことは必ずできるようにしておくくらいでいないと。」と思うようになりました。

長々と綴りましたが、これらの経験をしたからこそ、私は「ミスをしても二度と同じことをしないように対策することの方が大事」というかなり大切なことを学びました。

さて、今回のテーマ「フィードバックの大切さ」は実はここからが本題です。

え。これ本題じゃないの?と思われたでしょう。すみません。ここからが本題です。

実は私の勤務先の店長が異動するとのことで、「今までありがとうございました。」という旨の連絡を入れたんですよ。

本当は対面で伝えたかったところなのですが、シフトの都合上それが叶わないので連絡を入れまして。そしたらこれを書き始めたくらいの頃(つまり本日22時頃)に返事が来まして。

そこには、私がこの4か月で頼もしくなってきたことと(おそらくお世辞でしょうが)最後のアドバイスと称して私が接客の時にやってしまっているクセのようなものが綴られていました。

そのクセは、自分では全く気付いていなかったことなので、他人からみるとこう見えているんだと思いました。

こういうことを教えてもらえることって、本当にありがたいことですよね。

おそらく、これから年を重ねるほどそんなことはなくなってくるのでしょう。

年を重ねれば重ねるほど、年齢や立場の壁など様々な要素がジャマをして、このようなアドバイスはもらえなくなってくるのかな、と思うと少し悲しくなってしまいました。

でもだからこそ、今のような経験や人脈を大切にして、吸収できることはすべて吸収しておこうとも思います。

だから大人は言うんですね、「若いうちに失敗をしておけ」と。

前述の通り、私は失敗が未だに怖いと思っている節がまだあるので、失敗をしない(あるいは失敗を経験でカバーできる)年を重ねた大人が羨ましいと感じています。

なので、若いことがいいことだと思わなかったんですよ。昔から、早く大人になりたい、とそればかりを願っている不思議な子どもでした。

ですが、今このような経験をして、若いことがいいこと、というのは「教え導いてくれる『先輩』がいるからいい」のだと思えるようになりました。

さて。今回もだいぶ長いこと自身の体験を綴ってしまいましたね。

自分が知らない人の経験談を聞かされる身にもなれ、と自分への戒めを綴ったところでお開きとさせて頂きます。

次回は特に何書くか決めてませんが、まあどうせこんなことを書くんでしょう。

ここまで自分の考えを自身の経験と結びつけて書いてネタがつきない人も珍しいかもしれませんね。

それでは、失礼します。

忙しい方がQOLは上がるのか…?

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、今の生活を続けてこれまでの自分と今の自分がどのように変わったのかを確認?していく趣旨の記事となります。

まずは比較として、一年次の私と二年次の私(現在)がやっている活動について記そうと思います。

一年次(2023年度)

学業・サークル(バンド)・バイト(週一回→始めて一か月後に週二回)

二年次(2024年度)

学業・サークル(放送)・バイト(週二回。尚、職種を変更。)・ブログ部(この活動)・オープンキャンパス委員・ボランティア(月一回)・自主ゼミ(中古)

ご覧いただけば分かると思いますが、四つも増えましたね。

なぜこんなに増やしてしまったのだろうと、自分でも驚いております。

今までは、余裕のある生活をしたくて、忙しくなるようなことや、興味のあることに挑戦するといった機会は設けてきませんでした。

そんな私が、急にこんなやりたい気持ちだけでやっている活動がすべてそれなりに回っているのは本当になんでなのでしょう。

今回は、そんな私の疑問に、自分で答えを見つけていく記事となっております。

私の書く記事、ほぼ自分語りしかしていないので、そろそろ何か別のものを紹介する記事でも書きます。てか書かないと、多分私のイメージが、とんでもなく自己主張の強い人間になってしまう(笑)

では、始めていきます。

結論から言うと、自分のキャパシティーが自分が思った以上にあるのだ、ということに尽きるでしょう。

自分で自分のことを理解するのは難しい、とよく言いますが、私はこれだけは自分で理解しています。

「同時並行で物事を処理することがすこぶる苦手な人間なのだ」ということ。

そう思っていたので、無意識に自分で限界の壁を作ってしまっていたんです。

しかし、そんな壁は私の興味の前、そして大学と言う自由な環境の下には通用しませんでした。

大学の空気に感化され、見事に心の赴くままに色々なことに手を出し始めます。

でも当然、最初から勢いよく色んなことが出来たわけではありません。

一年次の前期あたりまでは、学業の様子も分からなかったので、様子見をしつつ(しかしその中でもバイトやサークルは始めていった)、大学の空気にも慣れてきた後期から様々なことを始めていきました。

そこで徐々に肩慣らしをしていってからの二年次前期(現在)という形ですね。

一年次で徐々にキャパシティーを増やしていくという行動をとっていなかったら、今の私はどこかでパンクしてしまっていたかもしれません。

そこである程度の成功体験をしていたからこそ、二年次ももっと幅を広げて挑戦してみようと思えたのかもしれません。

あとはまあ、身も蓋もないことを言いますが、これらの始めたことを続けられているのは私の性格が起因していると思います。

ここで関係する私の性格とは、「一度始めたことは最後までやり遂げる精神(根性)」と「計画性がある」ことの二点です。

ホント、ここまで続けられているのは正直なところ、根性によるものが大きいです。

自分で蒔いた種なのだから、自分でしっかり回収する、そんな自分に対する責任感のようなものもあるからかもしれません。

計画性は…なんか中途半端にあります(笑)

少し話がそれますが、皆さんは夏休みの宿題をいつ終わらせるタイプでしたか?

早めに終わらせるタイプ、最後に焦ってやるタイプ、計画的にコツコツやるタイプ…

ここら辺まではカテゴライズ化されると思います。

しかし、私は正直言って、このカテゴリーのどこにも当てはまりません。

答えは、「夏休みの中ごろ」です。

ーーーなんだこれ、ってなりますよね。

私の夏休みの宿題を終わらせるスケジュールはおおむね、「計画を立てる→一週間くらいは計画通りに進む→途中からずれてくる→再度計画を立て直し、この日までには終わらせると決めて取り返しにいく→ずるずる中だるみしながらおおむね計画通りこなしていき、夏休みの中盤に宿題を終える」という、なんともめんどくさい図式になっております。

中途半端ではありますが、ある程度の計画性は持っているため、様々な予定ややるべきタスクを把握し、逆算して遂行し、軌道修正しつつ、余裕をもって終わらせるという形をとっています。

 成功体験と、私の性格。この二点が、私がここまで倒れずにやってこれた理由かと思います。

で。話はここからなんです。これまでの話は、いわば前説。前座。本当に伝えたい話はここからです。

二年次になってここまで忙しくなった私ですが、そんな私は、今まで苦手だったあることを徐々に克服しつつあるのかも知れない、という話です。

その「苦手なこと」とは、「メリハリをつける」ことです。

今まではなんとなくだらだら頑張り続けることをしていたのですが、今は割と明確に「頑張る時と休憩する時」のメリハリをつけられるようになった気がします。

何故って、やらなければならないことが多すぎるから。だから頑張ってその目標を達成させたときに、頑張れた~!と思えるようになっていったんです。

そして、そんな自分に「ご褒美の時間」と題して、その時間は目いっぱい好きなことをして楽しむ時間を設けるようになりました。

なので最近、課題を家に持ち込まず、どんなに疲れていても極力大学で終わらせるようにしています。

しかしそのお供には、毎回お菓子か飲み物を買っています。

一限から四限まで授業がある日は、四限終了時にまず大学の購買にお菓子や飲み物の調達に行きます。

そのあと、それらとイヤホンでの音楽を楽しみながら課題をするのが二年次から私が編み出したルーティーンです。

これが本当に心の健康には良くて。頑張った~という感覚と、まだ課題あるけど頑張ろう!という二つに気持ちを思い起こさせてくれるので、本当にこのルーティーンは気に入っています。

もし私が忙しくなかったら、こんなルーティーンは編み出せず、この感覚も味わっていなかったのかと思うと、恐ろしくてなりません。

人はある程度は忙しくしておいた方が、自分への学びにつながりますね。

さて。締めの代わりにこの記事のタイトル「忙しくてもQOLは上がるのか…?」について答えましょう。

結論から言うと、上がりました。

忙しいからこそできる経験や感情、充足感は、今後の私の人生にきっと役立ってくれることでしょう。

といったところで、今回は締めたいと思います。

次は少し趣向を変えようかな…?

日文の何かについて紹介しようかしら…。

まだ未定ですが、ここまで私の自分語りに付き合って下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。毎度のことながら、ここまで自分のことを語る人も珍しいのではないかと思っております。はい。

最後までお読みいただいて本当にありがとうございます。

それでは、失礼いたします。

日文とは…?-オープンキャンパスに先立って-

皆さんこんにちは。みちこです。

本日は、来る6月16日に本学目白キャンパスで開催されるオープンキャンパスについてのお話をしようと思います。

本当は他にトピックを用意していたのですが、学科の一大イベントである、ということではたと思いつき、こちらの記事を執筆している次第でございます。

今回は、日本文学科に在籍し、(大変光栄なことに)こうしてブログ部員として活動している私が思う、「日本文学科(通称日文:にちぶん)とは」という内容でお話をしていきます。

この記事が、現在進路に迷う高校生の皆さんの一助になれたら幸いです。

 

 まず、私が本学に入学することになった経緯からお伝えしますね。

何回かこちらのブログでも申し上げているのですが、私は中学生くらいから、アニメ・そして声優さん(こっちが本命です)が好きでして。

で、この声優さんと言う存在が後に私の進路にも大きな影響を与えることとなります。

そして中学二年生の頃に、あるお方の存在を発掘することとなります。

それが声優の神谷浩史さんです。

このブログでは地味に初出し情報です(笑)

彼の仕事に対する姿勢、演技、お人柄…。何をとっても素晴らしい方で、今でも尊敬しています。

私はそこから本格的に、声優さんにハマっていきました。

同時に昔から朗読が得意だということもあり、次第に私の夢は声優になることへと変わっていきました。

ですがまあ、声優さんは芸能活動者であって。夢を叶えられる人など、ほんの一握りしかいない。

両親や先生に言っても反対されましたね、案の定。

その迷いのせいで勉強にも身が入らず、結局父に怒られて悪循環に陥ることになります。

そこで私が見出したのが、「日本語を学ぶ」という選択肢でした。

「声優さんは、日本語を伝えるスペシャリストなんだ!だから日本語への理解を深めたら良いのでは!?」

と、発想の転換をしました。

今でもはっきり覚えてます。父に、将来のことをきちんと考えろ、と言われた夜に、そうしようと決意しました。

そこから私は、「日本」に関するあらゆることに興味を持ち始めました。

そして、それを学ぶことができる「文学部」を目指し始めました。

  

 ところで皆さん、本学に、f-campusと呼ばれる制度があるのはご存知でしょうか。

いわゆる大学提携のことで、本学以外に4つの大学と(※記事執筆時の2024年時点)提携が組まれており、希望すれば他大学の授業も取ることが出来るという制度になります!

私はこの制度に興味を持ち、結果的にここで提携を組まれている大学のほぼすべてを志望大学とし、受験しました。

その結果、有名大学さんには残念ながらご縁がなく、ご縁があった本学に入学することとなりました。

 次に、本学に入ってから思った、本学科の特色についてお話したいと思います。

それは「とにかく面倒見がいいこと」ですね。

面倒見がいい、という点に関しては、本学全体の特色と言えるかも知れません。

学業についてはもちろんのこと、キャリアや就職についての講座なども低学年のうちから参加できるものがたくさんあります。

あと、結構書きます。自分の考えを書く機会がかなり用意されているのが本学科の特徴であると私は感じています。

書く機会が多いのは課題が多いということ、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、そんなことはありません。

むしろ、論理的に文章を組み立てていくという過程はトライ&エラー(つまり何度も書いて提出してフィードバックを受けるという過程を繰り返すこと)をして初めて身に付くものであると感じました。

本学科は卒業論文の提出が学科卒業の必須条件になってきますので、この「文章をまとめる」能力は4年次までにしっかり身に付けていくことになると思います。

一年の頃なんてそれはもう大変でした。まずどこに注目して、何を書けばいいのか、またどのように論を展開すればいいのか、など分からないことだらけでした。

パソコンの前で何度も書いては消し、書いては消し、構成をルーズリーフに書くことをまとめたはいいものの、これで本当に論が通っているのかをもう一度見直したり、友達に見てもらって筋が通っているか確認したり、一日寝かせて次の日に読み直してみたり…常に試行錯誤しながらなんとかレポートを提出してました。

ーーーまあ今もなんですが(笑)

このように、「書く」作業を通して自分の思考のクセを見つけることが出来る、という点は、本学の「書く」機会が多いという特色と直結してくると思います。

高校以前までとは違う、「学ぶ事」を文学を通して学ぶことが出来る場所、それが日本文学科という場所であると私は考えています。

 また、このブログを読んでいる皆さんの中には、女子大ってどうなの…?と思われている方もいらっしゃるかも知れません。

その点についてもお答えしますと、女子大ははっきり言って「めちゃくちゃ居心地がいい」です。

私が中高大と女子のみの環境にいることもあり、だいぶ偏りがある意見かも知れませんが、本当に、めちゃくちゃ居心地がいいんです。

男子の存在を気にしないでキャンパスライフを送るって、想像できないとか、考えられない、と思う人もいると思うのですが、少なくとも異性として意識する存在がいないということは、その人自身をフラットに見ることができることと同義である、と私は常々考えています。

それは、友人同士でも言えますし、自分自身に当てはめることもできると思います。

なので私の周りの人達には、自分と言うしっかりとした軸を持っていて、目標に向かって行動している人が多いです。この資格を取りたいから頑張ってる、とか、自分はこういうタイプだから将来はこれになるんだ、とか。色んな子がいますが、私の所見ではほとんどの子が自分自身のことについてきちんと考えられている子が多い印象です。

これは、今まで私が女子校生活を経験してきた中で言えることです。

 あと、ひとつ添えておきますと、日文、オタクの子が割と多めです(笑)

K-POP好き、ドラマ好き、映画好き、コスメ好き、舞台好きなど。

アニメオタクもジャニオタも当然います。

もうなんでもござれ状態です(笑)

なので、その点はどうぞご安心を(笑)

こういうところは、結構学科の性格が出るところかな、と思っております。

 さて。ここまで色々と言ってきましたが、いかがでしたでしょうか。

改めて申し上げておきますが、これはあくまで私の意見であることを念頭に置いていただけたらと思います。

あ、こういう意見の人もいるんだな、程度に留めておいてくれたら幸いです。

 最後に、学科のオープンキャンパスで何をやるかを簡単にご説明して、今回のブログを締めたいと思います。

来たる6月16日のオープンキャンパスでは、主に5つのことを行います。

①学科説明ガイダンス

②模擬授業

③教員・学生との懇談

④日文貴重書ギャラリートーク

⑤展示

①では、本学に所属する先生方が本学科について解説してくださいます。私の稚拙なこのブログを読むよりも有意義なお話が聴けるでしょう!

②では、本学で日本語を専門に研究していらっしゃる先生が「源氏物語執筆時の発音」というテーマで授業をして下さいます!日本語を学ぼうと思っている高校生の皆さんは必見です!(もちろん、そうじゃない方でも大歓迎です!)

③では、ブース内にいる日本文学科の教員・学生のお話を実際に聞くことが出来ます!

日本文学科に関する質問や、その他の質問でも大歓迎なので、ぜひ色んなことを聞きに来てくださいね!(ちなみに当日私もいます…。スタッフの一人としているので、ぜひ声をかけてくれたら嬉しいです!)

④では、日文専用の図書館を実際に見学することが出来ます!

実は、綺麗で大きなあの図書館の他にも、日文専用の図書室がありまして…。ご興味がある方がいらしたら、ぜひともお誘いあわせの上お越しくださいませ!

⑤の展示では、授業に関する展示や学生の実際の時間割など、様々な内容に関する展示を行っております!この展示は③の場所と同じところでやっていますのでぜひお越しくださいませ!

時間が限定されている企画もございますので、詳細はこちらのHPからご確認くださいませ…

https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/2024_0616.html

(各企画につきましては、こちらのURLから「当日パンフレット」というPDFをご確認ください…!)

 

 あ、あと忘れてはいけない「にちぶんちょう」についてもご紹介しますね。

この日文には「にちぶんちょう」というそれはそれはかわいい子たちがいます。

本学科で学べる9つの分野ごとにそれぞれ個性豊かな「にちぶんちょう」がおりまして…

こちらの子たちです…!↓

画像の引用元は下のリンクから!↓

https://x.com/jwu_nichibun/status/1542460789873057792

こちら学科内外から大変ご好評いただいておりまして…めちゃくちゃかわいいですよね…!

しかもちゃんと各分野ごとの特徴も出ているという何ともお得なセットでございます…!

オープンキャンパス当日にブースに来ると、至る所でにちぶんちょうが見られるかも知れませんよ…!

 それではこの辺で、締めたいと思います!

最後まで読んで頂きありがとうございました…!

皆さまのご来場を心よりお待ち申し上げております!!

ソロ活日記

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、この話をしたくて書きました。

タイトルにもあるように、今回は「ソロ活」というテーマでお話をさせて頂きます。

大学生って、思った以上に「ソロ活」がしやすいんですよね。

なぜって、みんなスケジュールがバラバラなので。各々が、それぞれの軸で生活できることが、大学生の良さでもあると思います。

ただ、逆にやりたいことがなくて悩んでしまっている人には、この環境を居心地が悪いと感じてしまうかもしれませんね。

私は、やりたいことがたくさんあった人なので、この環境に変わってもそんなに迷うことはありませんでした。

むしろ、それをどのタイミングで始めるかの方がすごく迷いましたね…。

この「ソロ活」。本当に気ままにできてしまうので、ストレス発散にもなりますし、自分についてよく考えることもできるといういいことづくめな活動でございます。

というわけで、これ以後は、私が授業後に気ままにすごした何日かを日記のような形式で紹介します。

 最初にやりたかったのが、「ひとりカラオケ」です。

友達とカラオケに行くことはあっても、一人でカラオケに行くことは一度もなかったので、これを機にやってみようと思い、大学で授業を受けた帰りに、一人でカラオケに行ってきました。

歌うことでストレスを発散したかった、ということと、ちょうど新しいコンテンツにハマり始めた時期だったので、その曲も歌いたくなっていた、という理由もあります。

結論から言うと、一人で行ったカラオケは、「めちゃくちゃ楽しかった」です。

その一言に尽きます。

何が良かったかって、自分のペースで歌えるし、歌いたい曲も、歌う途中に何を叫ぶかも、自分次第。

(ちなみに私は独り言が多い&デカいタイプです。PCの大画面で推しの曲聴きながら一人で語ってます。30分はしゃべれます。傍から見たらとんでもない人です(笑))

こんなヤバいやつがいても、カラオケルームには一人ですから。何を言われることもありません。

いつもなら、自分の行動を客観視する「もう一人のわたし」のような存在もいたりする(イマジナリーフレンド的なものではなく、あくまで概念のお話です!自分で自分を変な人かのように表現しているような気がしますが…)のですが、そんな存在も、その時だけはなりをひそめてくれました!

つまり、私は本当に自由に、解放された空間と精神状態の中、約2時間のひとりカラオケを楽しみました。

 次にやったことは、「書店に入って好きなだけ気になる本を漁る」というものでした。

皆さんは書店に足を運ぶことは好きでしょうか?

特に、大きな書店に入るときのあのワクワク感!

今日はどんな本に出会えるのか、と毎回ワクワクしながら入っていきます。

今回私が行ったのは、目白キャンパスからもほど近い、池袋のジュンク堂書店さんです!

行ったことのある方なら分かると思うのですが、あそこは本当に大きい書店の一つで、都内でも最大級の規模を誇るといっても過言ではないような大きさの書店です。

地上9階、地下1階という階数もさることながら、ビル一棟分が書店なのですから、その大きさがよくわかっていただけるのではないかと思います。

さて、そちらにお邪魔した私が向かった場所は、角川ソフィア文庫が並ぶコーナーです。確か3階のフロアであったと記憶しています。

この「角川ソフィア文庫」。いわば文学研究の入門書で、文庫版であることから手軽に読むことが出来、「ビギナーズクラシックス」のシリーズが有名な文庫です。

「ビギナーズクラシックス」は、高校の図書館に置いてあることも多いので、古文に興味を持っているよ!という高校生の方は、ぜひ図書館で探してみてください!(ちなみに私の高校にはありました。

なので、高校時代に、ビギナーズクラシックス版の『和泉式部日記』、『紫式部日記』、『源氏物語』を読んだ記憶があります!)

現在放送中の大河ドラマ「光る君へ」の影響を受け、元々あった平安文学に対する興味が最近さらに強くなったため、関連の書籍を買って読み漁ってみようという魂胆の元、足を踏み入れました。

本棚の中は、時代別に整頓された文学史上有名な作品たちでいっぱいでした。

その中から、私はかねてより興味があった日記文学に関する本を1冊、手に取り、購入しました。

授業の課題や諸々の準備があって忙しく、まだ全部は読めていないのですが、いずれ読破したいなと思っています。

最近は大学の図書館でも、私は本を読むことが増えました。

自分の興味が湧いた本を片っ端から手に取り、その場で立ち読みし、気に入ったら借りて読む、という手法で本を読んでいます。

去年はあまり本を読めていなかったという反省から、今年は定期的にこういう機会を設けてもよいのではないかと思い、行動に移している次第です。

 何故だか最近は、小説よりも論文のような筋の通った文章を読むのが好きになってきました。

昔はあんなにファンタジー小説が好きな子だったのに、どこからこうなっていったんでしょうかね…

それはまたいつかまとめてみることにして、ソロ活に話を戻します。

 最後に語るは、「カフェに行ったこと」です。今回は池袋駅の東武方面にある星野珈琲店に行ってきました。

池袋行きすぎですね(笑) ちなみに冒頭のカラオケも池袋にいきました。

実はずっとカフェ巡りを趣味にしたいと思っており、また二か月くらい前から近所のカフェでバイトし始めたので、それも相まってここからカフェ巡りという趣味を始めてみよう!と思い立ち、足を運んでみました。

店内は暗めで、壁や調度品なども基本的にシックなものばかりでした。

ちゃんとしたレストランに来た時のような感じで、少し背筋が伸びました。

店員さんの接客も、自分が行っているそれとは明らかに違い、戸惑う様子もなくスラスラと丁寧な言葉が出てきていて、すごいな、と尊敬しました。

頼んだものが、2段のパンケーキ(にはちみつをかけたもの)とホットの豆乳ハニーラテ?みたいなものと、追加でアイスカフェオレを頼みました。

追加で頼んだアイスカフェオレの写真は撮るのを忘れたのでありませんが、それ以外のメニューはこんな感じのものです。

右後ろにあるソース(?)がはちみつで、これをお好みでかけて食べる、というスタイルでした。

めちゃくちゃ美味しかったです。

カフェでは何をするでもなく、せいぜいスマホで推しの動画を見ていたくらいなのですが、すごくいい気分転換になりました。

ちなみにこちらのパンケーキ、私が少食ということもあるかも知れませんが、意外とお腹いっぱいになります。(確かこの日の夕ご飯は、量を少なくして食べたかな、と記憶してます…)

今回は、ソロ活について、主にひとりカラオケ、書店巡り、カフェ巡りをしましたよ~という三本立てでお送りしました。

ソロ活をしてみて思ったことは、気の向くままにどこかに行って何かをすることは楽しい!ということでした。

人と一緒にどこかに行って何かをすることが楽しい時ももちろんありますが、ソロ活もソロ活で楽しいところがあったんだな、と改めて感じました。

やはり高校までの、友人と一緒にいることが当たり前!といった雰囲気から、大学に入ってそのような風潮がなくなったことによる影響が大きいのかな、と思いながら今回のブログを締めたいと思います。

まあまあ長くなってしまったかな?どうでしょう。意外と他の部員さんが沢山書くということが判明したので、もうあまり気にしなくなってしまいましたね…。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

私の発想の源

皆さんこんにちは。みちこです。

ブログ部で記事を書き始めて以来、初めてお休みをいただきました。

GWとブログ部、2種類の意味での休み明け文章でございます。はい。

逆にここまで書かない期間が長くなると、何を書いていいのやら悩む、というのが今回の初休みに関する感想です。

ここまで来るのに何度書いては消し、書いては消し、を繰り返したことでしょう。今回はさすがの私でもお手上げです。基本こういうことで悩むのあまりないんですけどね…。

今まで内容的にはじっくり腰を据えて書くような内容の文章が多い上に、私もこれら自体に対して発信することがあまり苦ではないと思っていたのですが…もう出尽くしてしまったのか…?

いや、そんなことはありませんね。

現に、「自分を認めてあげる方法について」とか、「自分の変わった思考の話」とか、話しきれていないことはたくさんあるはずなんですが…。

おそらく、文章を書くのにある程度の時間を要するからであると思いますね。

この記事を書いていること自体に、私は「思考の整理」という意味を見出しているため、自分が納得できる文章でないと、皆さんにお披露目したくない、という思いがあってのことなのかもしれません。

なんだか、締め切り前の作家さんの心情を体験しているかのようです(笑)

というわけで、ブログを書き始めて以来初めての難産文章になることをご理解いただいた上で、次から始まる文章をお読みください。

今回のテーマは、さんざん悩みましたが、「発想の源」というテーマにすることとします。

先にも述べた通り、私は意外とアイディアがポンポン出てくるタイプの人間です。

特に、こと創作物という点においては、ふとした時に頭の中に浮かんできます。

道歩いてる時とか、とにかく一人で何かを考えてる時ですね。

その中で思考を重ねていくうちに、芋づる式に、あれよあれよと様々なアイディアができていき、結果数は多くなっている、という形になります。(アイディアの質はどうあれ、です…。)

そこで今回は、私の頭の中の整理も兼ねて、「私の発想は一体どこから来ているのか」ということについて、お話していきます。

結論から言ってしまえば、私の発想の源は、「音楽」から来ていると思います。

基本的に私は、何をするにつけても必ず何かしらの「音楽」を聴いています。

BGM系もそうですし、歌詞のある曲も当然聴きます。

課題をやる時もそうですし、創作物を作る時はもちろん、実はこのブログを書いている時も、私はずっとBGMを聴きながら書いてきました。

なんだろう…。個人の感覚なんですけど、何かしら音がないと、耳が寂しいんですよね。

その感覚があるので、作業をするたびに必ず音楽を聞いていたら、いつの間にか音楽から感じることを言葉に綴れるようになり、それを創作物の糧にしていったり、気分を整えたり、みたいな使い方をしていました。

なので、元気になりたい時は、はねるような曲調のものを聴くし、感傷的な、少し物悲しい気分になりたい時はそういう系統のBGMをわざわざ選択しています。

気持ちのチューニング、みたいなものかもしれません。

日常知らぬ間に感じているであろうストレスを、イヤホンをつけ、そこから自分のなりたい気分にあわえたBGMを聴くことで、自分の感情を無意識にコントロールしているのかもしれません。

イヤホンから流れる音楽って、閉鎖的な空間だけど、それが私にとって最も落ち着くからかも知れないですね。私は圧倒的イヤホン派で、正直ステレオ派の気持ちが理解できません。音が広がって全体を包み込むようなあの感覚は、何かに抱かれているかのようではありますが、あまりにも空間が広すぎやしませんかね…?と私は思っています。

また、私は一人の時間が絶対に必要なタイプの人間なので、ずっと人と一緒にいると疲れるタイプの人です。

なので、イヤホンから流すことで音を閉じ込めて、自分だけがいる空間を作り出します。そうすることで、音楽の世界にどっぷりつかれる上に、気持ちの整理をしたり、その過程でアイディアまで得られたり。こういった感じで、一石三鳥くらいのフェーズに入ります。

で、曲からインスピレーションを得た私は、さらに自分の中で発想を広げていきます。

ここから先の思考回路に関しては本当にもうよくわからないので説明できないのですが、唯一言えることは、「関連性のあるモノをどんどんつなげて考えていく」ということです。

芋づる式の思考回路、と先ほども言ったように、本当に私の思考回路は「連想ゲームの連続」です。

「脳内マジカルバナナ」を永久に繰り広げていっております。

そうして出たアイディアを、思いついたままにしゃべっていく、というのが一連の流れかな、と思っています。

これに関しては、理解できない人の方が多いと思います。現に私も自分自身が理解できていません。

なので、こと自分の思考回路、ということにおいて言葉で説明するというのは至極難しい、という結論を提示し、この文章を終わりたいと思います。

次はソロ活についてでも書こうかな~。あれは案外楽しいものですよ~。

またテーマは変わるかもしれませんが、そこは悪しからず。

それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

失礼いたします。

私の「推し方」

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、私の「推し」についてお話していこうかと思います。

とはいえ今回の記事は、いわゆる「推し語り」を展開することに焦点を置いてはいません。

どちらかというと、私にとってその「推し」がどういう存在なのか、どうやって「推して」いるのか、といった形での進行となります。

いわゆる、「私なりのHow toや、ルール」と言った方が近いかも知れません。

そのようなことを、今回は綴っていきたいと思います。

では、始めます!

まず最初に、私の中での「推し」の定義についてお話します。

私の中で、「推し」とは、「自分の人生に影響を与えた人・自分の価値観を180度変えられた」人のことです。

皆さんがいう「推し」にも色々な定義があると思いますが、私の中では、世間一般でいう「推し」の定義は「自分の生活を豊かにしてくれるもの(主に精神的な面で)」という意味かな、と考えています。

その意味では確かに私も「推し」を定めてからというもの、「自分の生活が豊かになったな」と実感しています。

しかし、世間一般の「推し」の定義とはちがう、「自分だけの推しの定義」があるのではないか、と最近思うようになりました。

というのも、複数のオタク友達とお話していて、私の「推し方」は普通の推し方ではないんだな、と感じることが多かったからです。

その多くは、イベントに行ったり、グッズを買うことを「推し活」と呼んでいるのに対し、私の「推し活」はもっと「内向的」です。

オタクとして「推し活」をしたことのある人なら分かる感覚かと思いますが、いわゆる「推しにお金は貢ぐもの!」というあの感覚が、どうにも私の「推し活」には当てはまらなくて。

前者を「外交的」なオタ活と定義するのなら、私はその逆で。「自分に負荷をあまりかけずに推す」タイプの「内向的オタ活」を好む人です。

ではその「内向的オタ活者」である私はどんな推し方をしているのかというと、まず、「負荷をかけるべきものは最低限にとどめ」、「その中から得た着想や学びを創作活動や今後の自分の人生の指標にしていく」という推し方をしています。

文章で表現すると、めちゃくちゃ難しいことのように聞こえますね(笑)

例を挙げて説明していきましょう。

まず、私がどんなものにお金をかけるのか。

ここでは私の推しがどういう存在なのかを説明してからでないと分かりにくいので、先に説明します。

私の推しは、「声優さん」です。基本的に声で演技をする「役者さん」で、「裏方」のお仕事をしている方です。

なので本当は、「裏方」にスポットライトがあたることはないはずなんですが…。どういうわけか昨今の声優さんブームがすごくて、そんな「裏方」の方も「表舞台に出て」きているので、様々なメディアで色んなお話を聞くことが出来ます。

私の「推し方」は、まず、その「お話」を聞くところから始まります。

具体的に言うと、雑誌のインタビューとか、ラジオ番組でのお話とか。そのようなことが挙げられます。たいていはこの二つの方法で情報を得ております。

あとは、CDですね。これは私の中で優先度が一番高いです。私の推しは、本業である声優以外にアーティスト活動(音楽活動のこと)も行っているので、新曲がリリースされると絶対に買います。これだけは何があっても譲れないです(笑)

このCDに関しては、私が単に、大好きな推しの声を聞ける、という意味でももちろんそうですが、後述する「創作活動」の糧にもなってくれています。なのでこのCDは、ほぼ必須の買い物になっています。

そして次に、これらのコンテンツを「消化」していきます。こちらの「消化作業」、まあ感情がジェットコースター状態ですね。いい意味で浮き沈みが激しいです(笑) なお、その感情の変化を感じ取っている時が一番楽しいです。そしてその中で、何か私の心に引っかかるものがあれば、それをすくいあげていきます。

あいにくと、このようにブログを書かせて頂いているということもあり、昔から形のない思いを言語化する能力が多少なりともあったので、それらをまとめていったり、美術部に入っていて絵が描けることもあったので、イラストにまとめてみたり、と自分で感じたままにその思いを「昇華」していきました。

ここで、私の「昇華」方法は2つに分かれます。1つは、推しの言動から私が感じたことを日々の生活で取りいれていったり、意識してみたりといったいわば「理想像に近づくための材料集め」をすること。2つ目は、先ほど少し触れた「創作活動」です。

私の現在の推し(二人おり、一人は中学生から、もう一人は高校生から推し始めました)には、お二人とも本当に色々な影響を受けました。

中学生から推した方の推しには、「何事にも真摯に取り組む姿勢」と、「人を・コネクションを大事にすること」の二つを。高校生から推した方には、「違った価値観を認めること」そして、「視野を広く持つこと」の二つを主に学んだような気がします。

今思えば、どちらも、今の私を作り上げる上で必要不可欠なことでした。推す時期が違っても、例えば逆だったとしても、今の私は作り上げられなかったと思います。

そして、創作活動もまた、私の「推し活」の中では非常に重要な一端を担ってくれています。

今思い返してみて一番すごかった創作活動だと思うのは、「一曲ずつ、その曲をモチーフとしたテーマ小説を書き、さらにそれを連作にして、すべての小説に時系列的・世界観的な繋がりを持たせた」ことですね。

そのアルバムは、推し(高校生から推した方の推しです。ちなみに私の推しは二人とも声優兼アーティスト活動もしてる声優さんです)がアーティストデビューします!というタイミングで作られた「デビューミニアルバム」だったがゆえに、私もリリースされるまで様々な予想をしました。曲名のみが発表されたときには、その曲名からどのような感じの曲かを想像して一人で楽しんでました(笑)

そしていざリリースされたときには喜び勇んでその答え合わせをしましたが…。

まあ、簡単に当たるようなもんじゃあ、ないですね(笑)

でもこれだけ楽しませてくれたこのアルバムに何か恩返ししよう!と軽い気持ちで、アルバムのある一曲をテーマに小説を書きました。

そしたら聞いていくうちに、次から次へと好きな曲が現れていくので、「もうこれは連作小説を作ればよいのでは!?」と思い、小説を書きあげていきました。こうして書き上げた小説たちはきちんと世界観と時間軸が結びついているものになりました。

あの時の時間は本当に楽しかったです。

以上が私の「推しの定義」であり、「推し活」です。

少し分かりにくい文章や構成になってしまっていたかと思いますが、いかがでしたでしょうか。

私にとって「推し」とは、「人生の指標」であり、「私の理想像」であり、「癒しを提供してくれる存在」でもあれば、「新たなアイディアをくれる存在」でもある…。

そんなことだけ分かって頂ければ、この文章の大半の意味は理解して頂けています。大丈夫です。

さて。次のブログは、「私の変化」をもう少し掘り下げる記事にしようかな、と考えています。具体的にどんなことについて話すかはまだ未定ですが、とりあえずそんな大まかなテーマで何かしら執筆しようかと考えています。

長々と失礼しました。おそらく、私史上一番長い記事のような気がします。

お付き合いくださった読者の皆さま、本当にお疲れ様でした。ありがとうございます。

それでは、失礼いたします。

My Hobbies ーギター編ー

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は、前回の続きで、私の新たな趣味であるギターについてお話しようと思います。

続きとはいえ、物語のように連続性のあるものではありませんが、読んで頂くと、趣味に対して私がどのように考えているかが分かりやすいと思われますので、一応紹介しておきます。

前回の記事は、以下のリンクから読むことが出来ます。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/namekata/

お手数ですが、こちらから「My Hobbies ーイラスト編ー」というタイトルのブログ記事をご覧下さい!

それでは、ギター編、始めていきます。

私がギターを始めようと思ったのは、至って短絡的なものです。それは、

「小説を書くことも絵を描くことも趣味の私が、音楽も趣味になって作曲が出来るようになったら、マルチクリエイターになれるのでは!?」

という、ただそれだけのものでした。どれも、ただ自分の頭の中に浮かんだ言葉やイラスト、旋律を表現したいというだけのものではありますが(笑)

本格的にプロになって、みたいなことは考えていませんでした。これに関しては、今も考えは変わりません。

とはいえ、理由はそれだけではなく。

私の仲が良い友人たちがこぞって楽器を始めたからです。

中学3年生の頃、私は当時仲の良かった4人と、バンド組めたらいいね~なんて本気なのか冗談なのか分からない夢を語っていました。というのも、私たちは当時共通のコンテンツにハマっており、それが「女子高生たちがバンドをする」ことが主軸となっているスマホゲームだったからです。

(ちなみにそのタイトルは「バンドリ ガールズバンドパーティー」というものです。よければ検索してみてください。最近バンドの数が増えてさらに大きくなってきたコンテンツなので…!)

そのコンテンツの影響を受けてなのか、夢を実現させたかったからなのかは分かりませんが、私の周りの友人たちは一斉に楽器を始めました。

これが私がギターを始めるきっかけとなった直接的なエピソードです。

ではなぜその波に乗らず、大学生から始めることとなったのか。

それは、私が楽器未経験者であったということと、高校生になり大学受験を控える身でそのようなことをしても良いのか悩んでいたこと、そして何より、楽器を買うのが高かったというのが主です。

中学時代に楽器を始めていた友達は軒並みピアノをやっていたり、何かしらの楽器経験があったので、未経験の私が飛び込めるものではないと判断してしまいまして。

それにまあ、学生のうちって意外と忙しいものですからね。中々新しいことに手を出している余裕はなかったです。

そんなこんなで、せめて色んな意味で自由になる大学生になってから楽器は始めようと思いました。

そしてその決断を、大学生になった昨年の春に、実際に行動に移した、という次第です。

次に、私がこの趣味を一年続けてきてよかったと思うことを書きたいと思います。

前回の記事にも書いたことではありますが、それは、「世界の見え方が変わる」ということです。

例えば何気なく曲を聴いている時。ギターを弾いていなかった頃には意識していなかった、ベースの音やドラムのリズムの一節が際立って聞こえたり。私が好きな奏法がアルペジオという奏法だということも。

ゲームで何気なく流れているBGMにも、好きな旋律があったり、それを具体的に説明できるようになったりすることは、間違いなく私がこの一年間、ギターと少しでも向き合ってきた結果だと思います。

とはいえ、聞き分けることはできても、実際に弾けるか否かは別のお話であるということも、この一年で痛感しました。

初心者向け!簡単!と動画などで紹介されている曲でも、実際に弾いてみると楽器未経験者の身にはめちゃくちゃ難しいことが分かりました。

未だに完璧に弾けるようになった曲は一曲もありませんから(笑)

じゃあ一年間私は一体何をしてきたんだ、って話になりますが。

確かに、ギター奏者としての私はほとんど成長をしていないことになります。

しかし、「音楽を聞く」ことにおいて、気付きが増えたというだけでもギターをやって良かった、と思っています。

以上、二回にわたって、私が趣味に対してどのような考えを持っているのか、お話をしてきました。

私にとって趣味とは、「自分の世界を広げてくれた・自分の世界を豊かにしてくれた」ものです。

イラスト然り、ギター然り。小説然り。

でも私は単に、「知的好奇心」が旺盛なだけかも知れないです。

このブログ記事を書いていて、そう気づきました。

趣味を通して何かを知っていくことで、それに関連するものや日常生活が少し変わったものに見えてくる。

全く関係なさそうなのに、実は関連性があって、それに気づけたときのあの達成感。

「あっ、これってそういうことなんだ!」

ーーーこんな体験、皆さんもどこかでしたことがあると思います。

特に、自分が小さくて、何も知らなかった頃のことを思い返してみて下さい。そんな体験が、きっとどこかにあったはずです。

私はそれを味わいたくて、これらの趣味を楽しんでいるのかも知れないな、と今回新たに気付きを得ました。

趣味って、単にその人の心を救うだけじゃない。

何か学びを得て、気づき、その欲求を満たしたいからこそ、私は趣味を楽しんでいる。

おそらく、趣味についてこんなに深く考えている人は少数派でしょう。

ですが、こんな考えを持つ人もいるんだな、と心に留めてくださるだけでもうれしいです。

次回は…そうだな…私の「推し」について話そうかな、と思います。

単に「推し語り」や「布教」をするわけではなく、「私にとって推しはどのような存在なのか」。

そんなことを綴っていこうかと思います。

長くなってしまい、大変失礼いたしました。

それではこの辺で、失礼します。

My Hobbies ーイラスト編ー

皆さんこんにちは。みちこです。

早くも二回目の更新となりました。

今回は、学校生活のこととは少し離れたことを話そうと思います。

ずばり、「趣味」についてです。

私の趣味はそれなりにたくさんありますが、その趣味を総合すると、「創作活動」が最も適した言葉になるかと思います。

例えば趣味の一つに、「アニメ鑑賞」がありますが、そこで何かしらの感情を掻き立てられ、「創作意欲」が湧いた際には、「小説を書い」たり、「イラストを描い」たりします。

このように、多くある私の趣味を総括していくと、「創作活動」という括りに集約されるのではないかと思っています。

今回は、そんな数ある自分の趣味の中でも、「絵を描く」ということについて、私の思いを綴っていこうと思います。

絵描きの趣味は、私が中学生の頃、「絵が描けたらいいな」という思いで入部した美術部の時代から今に至る6年間、ずっと続けてきたことです。

そして、人生の中でそれなりに長い時間、私がイラストを描く中で私が感じたことはただ一つ。

「モノの見方を通して、世界の見方が変わった」

ということです。

 何を大げさな言っているんだろうと思われたかも知れませんが、言葉通りの意味です。

 

 絵を描いていく中で私自身が気づいたことですし、実際に美術部の顧問にも言われたことですが、絵を描くということは皆さんが思っている以上に「対象物を見る」ことが重要です。

皆さんの中には、「絵心がない」と悩む方もいるかも知れません。

しかし、それは「描く力がない」のではなく、実際には「見る」力がないだけなのです。

もちろん、「描く」ためのテクニックも大事ではありますが、それ以上にこの「見る」力というものは絵の出来に関して、影響力が大きいものです。

ここで、少し実験してみましょう。

まず、コップを用意します。グラスであろうとマグカップであろうと、紙コップであろうと、なんでも構いません。

次に、そのコップをじっくりと観察してみてください。時間制限は特に設けません。好きなだけ、自分が満足するだけ見てください。

その次に、紙と鉛筆・消しゴムを用意します。そして、今自分が目で見たコップを「見ないで」紙に描いてみてください。(つまり、写生や模写ではなく、出来るだけ頭の中でそのものの姿かたちをイメージしながら紙に書いてみる、ということです。)

最後に、自分が紙に描いたコップと、実物のコップとをよく見比べてみてください。

どうでしょうか。どれだけ目の前のコップを、紙に表すことが出来ましたか?上手くなくて構いませんし、立体感を出すためには~など、テクニカルなことを考えなくても全く問題ありません。

強いて言うなら、この実験、紙に描く必要すらないかも知れません。

大事なのは、「どれだけ目の前のコップの特徴を把握できたか」ということです。

小さな傷があったり、コップに手がついていたり、絵柄はどうかなどといったことです。

例えばネズミの絵柄が入っていたとしたら、表情はあったか?耳は?しっぽの長さは?しっぽには線が何本入ってた?目の形は?など、掘り下げていけばどこまででも掘り下げることが出来ます。

おまけとして、そのコップを実際に「見ながら」描いてみると、また違った結果が出てきて面白いかも知れません。

この実験は、「絵を描く」ことが、実際には「見る」ことにかなり関係している、ということを少しでも知ってもらいたかったために、私が考えたものです。

実際に体験して頂けば分かって頂けるかと思いますが、「モノを見る」って、思ったより難しいんですよ。

6年間絵を趣味程度に描き続けてきた私でさえ、未だにそれを完璧にできた!と言えるほどの出来ではありません。

でも、「見る」ことが大事であると気づいた時から、モノをよく見るようになりました。

「モノをよく見て描く練習を続けることで、絵は上手くなる。」

美術部の顧問こと私の恩師は、そう教えてくれました。

それを教えてくれた当初は、まだ絵描きを始めて間もない頃でしたから、この言葉の意味が分かりませんでした。

しかし、高校生になる頃には、明らかに前の自分より成長している!という実感を持つことが出来ていたので、その言葉の意味をきちんと理解することが出来ました。本当にその通りだと思います。

(余談ですが、私は中高一貫校の出で、中1から高2までの5年間美術部に在籍し、高2では部長を務めていました。)

「モノをよく見る」ことが大事だと気づき、「見る」ようになってから、世界の見え方が変わった瞬間。それについて、今でもはっきりと覚えていることがあります。

中学二年生のある夏の日。その日はよく晴れた日でした。

学校に行く途中の電車の車内で、ふと見た景色。

河川敷の景色でした。

入道雲がもくもくと立っていながらも、吹き抜けるように真っ青な空。

サンサンと輝く太陽に照らされ流れる川の水。水面はとてもキラキラとしていました。

そして、風に揺れている綺麗な緑色の草。

この景色を見た瞬間、私は、「夏って、こんなに素敵な季節だったっけ…」と思いました。

というのも、私は大の暑がり。おまけに毎年暑さにやられ、夏バテで体調を崩しがちなので、本当に夏が嫌いだったんです。

そんな私が、夏を素敵だ、と思えただけでも、かなり大きなことでした。

今まで嫌いだったものすら、見方によっては好きになれるのか、と気づいた瞬間でした。

それ以来、この感覚を味わいたくて、絵を描くという趣味にのめり込んでいきました。

その結果、今まで注目していなかったところにまで注意を向けるようになり、私の見る世界は、絵を描くことをしなかった当初よりかなり変わった、と感じるようになりました。

長くなってしまうのでこの辺でやめておきますが、私にとって絵を描くという行為は、「趣味」としてただ楽しむだけの行為ではありません。

正直こんなに長くなると思っていなかったくらい、「私の世界の見方を変える」ものでした。

最後に、こんな素敵な、趣味に出会わせ、それを私の中の「一生モノの趣味」にまで昇格させてくれた母校の恩師に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

本当にお世話になりました。ありがとうございました。

次回は、私の、「趣味が自分の見方を変えた」シリーズの第二弾として、楽器(ギター)を弾くことについて語ろうかな、と思っています。

始めた時期が大学生になってからなので、この投稿のような長さにはならないと思われますが、楽しみにしていただけたらと思います。

長いっ…!!本当に長い!!

それではこの辺で失礼いたします。

お付き合いいただき(本当に本当に)ありがとうございました!!

大学生になって変わったこと

皆さん、はじめまして。みちこと申します。

この度より、ブログ部の一員として活動することになりました。

私の書くブログでは、主に「私が大学生活を通じて感じたことや考えたこと」をテーマに執筆をする予定です。

大学内での活動はもちろんのこと、大学外で個人的にやっている活動(主にオタク活動)に関する記事なども書こうかと思っております。

拙い文章かとは思いますが、今後ともお付き合いしていただければ嬉しいです。

 今回は、「大学生になって変わったこと」というテーマでお話しようと思います。

この時期になると、新しい環境へ身を投じることが決まった、という人が多くなる頃かと思います。

私自身もこの一年、本学の学生として過ごしてきて以前とはかなり生活が変わったな、と思いました。

そこで今回は、高校生から大学生になって、変わったな、と思う点をご紹介したいと思います。

そこからの掘り下げが少し長くなりますが、何卒お付き合いくださいませ…。

 大学生になって以前と変わったこと。それは、とにかく自由度が高い!ということです。

授業の履修も、必修科目を取ればあとは何をどのような組み合わせでとっても構わないし、授業以外の空いた時間をどう過ごすも自由、と。

どのサークルに入っても構わないし、どんなバイトを始めたっていいし、大学外で何か新しいことに挑戦するでもいい。

挙げたらきりがありませんが、とにかく大学という場所は、それまでの学生生活とは一変して、かなり自由な場所です。

しかし、こうも言います。「自由には責任が伴う」とも。

その言葉通り、大学生とは行動の自由度が一気に高まる反面、その責任も必ず自分自身で背負わなければならないな、と強く感じました。

そして、責任をとる、とはどういうことなのか、少しだけその言葉の意味を理解できるようにもなりました。

当たり前ですが、責任とは自分の何らかの行動がなければ成立し得ないものです。

高校生までの私は、責任をとる、という言葉の意味をいまいち理解できていませんでした。

それもそのはず。なぜなら、責任が生じる以前に必要になる「自分の行動」というものをしていなかったからです。

自分で何かを決め、それに沿って行動する。

そのような経験を私はこれまでの人生であまりしてきませんでした。

何かを始めたい!と思っても、時間がない、とか今やるべきこととの両立ができるか、とか様々なことを考えてしまい、結局新しいことに挑戦することをしてきませんでした。

ずっと何かしらのことを諦めて生きてきたな、という自負があったのです。

なので、高校卒業時に、そんな自分とはお別れしたい、大学に入ってからはある程度は自由になるのだから、自分のやりたいことをすべてやってみたい、という決意をしました。もう、何かをやらずに後悔する、という経験を増やしたくなかったからです。

そして、その決意通りに行動することもまた、自分に約束しました。

そして、本学の学生となった今、私はその言葉通り色んなことに挑戦しました。

サークルに入って新しいことを始めてみたり、バイトに応募してみたり、(バイトに応募した時は本当に緊張しました…。今思い出すだけでも緊張します…。)ボランティアをしてみたり、と、今思うと本当にはじけたな、と思います。極度の慎重派で、どんな些細なことでも必ず情報収集をし、メリット・デメリットなどを考えすぎてしまうという自覚がある私に、こんなに色んなことを始める力があったのだな、と驚いています。

この一年を振り返ると、「初めてのこと」をたくさん経験してきたな、と思います。

これだけ色んなことを始めてみて思ったことは、「やってみなければ分からないこともある」という、当たり前ですがとても大事なことでした。

「始める」というハードルを越えた先に待っているのは、「続けるかどうか」という選択だと思います。

「自身の目指す先」も踏まえて、「今やっていることは本当に自分にとって続ける価値があるのか否か」を見極めること。

それが私が次にやるべきことなのかな、と今は考えています。

初回から長々と失礼しました。私の投稿は毎回このような感じでいこうかな、と思っております。

それではこの辺で失礼いたします。

他の皆さまの投稿も、ぜひ楽しんで下さい!