現実逃避できない

皆さんこんにちは!ポケモン剣盾発売されてハッピー!なのですが卒論修羅場と被ってあんまり遊べなくてブルーです(泣)いやもっと余裕もってやれよ!って話なのはわかっているのですが、今になって読み返してみてなんだか気に入らなくて頭を抱えています・・・。覚悟を決めて出すしかないのですが・・・。
 
さて今回は卒論の愚痴を言っても仕方ないのでポケモンシールドのお話でもしようかと思います。とはいえまだ全然序盤までしかやれてないのでレビューらしいレビューはできないんですがね!Twitter見てると皆殿堂入りしてて歯痒いです・・・私も早く図鑑埋めたい!厳選したい!!ミミッキュとキャンプしたい!!!
とりあえず前回の記事で言ってた通り金髪主人公ちゃんで名前はイギリスっぽく、アリスにしました!今作は引越し系主人公ではないみたいなので違和感なくて良かったです。さらに感動したのですがお母さんの外見も主人公の見た目(髪色と肌の色)と同じになってるんですよね!前作のサンムーンだと金髪碧眼主人公にしたらお母さんが黒髪褐色肌で全然似てない!ってことになってしまったので(笑)あと相変わらずお父さんは行方不明みたいです。主人公のお父さんがちゃんといるのってルビサファのセンリさんだけな気が・・・?
そして迷っていた御三家はメッソンにしました!主人公ちゃんとすごく似合ってるのでこのシーンだけで選んで良かった!って思いました。それにしてもほんと映像が綺麗でスクショが捗ります・・・殿堂入りする頃には何枚になっているんでしょう・・・いや卒論完全に終わるまではポケモンマスター目指せないんですが・・・。
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というわけで今回はこの辺で!早くポケモンマスター目指す旅に専念したいゆいがお送りしました!卒論の人は一緒に頑張りましよう!卒論まだの人、卒論もう終わった人はぜひポケモン買ってね!

クラゲと筆

みなさまこんにちは、てるです。
このところ、めちゃんこ寒くなったり、ぽかぽかしたり、気温差が激しいですね。服装を考えるのが難しい。顔が凍てつく寒さのときにマフラーをぐるぐる巻いて、目だけを出すのが好きなので、堂々とマフラーをつけられる気温になってほしい!!寒いのは嫌だけど!!(矛盾)
最近引きこもり状態になっており、たいていの時間を憂うつに過ごしています。楽しいことを探そうとしても、何も手に着かず虚ろになってしまう…。
本や漫画を引っ張り出して読もうとするけれど、全く持続しない。眠ろうとしても、嫌なことがひとつでもあると、いつの間にかそのまま朝になっている。
久々にお絵かきアプリをインストールしたら、少しだけ創作意欲が湧いてきました。前回のブログにて、美術館に行った内容を記したのですが、自分は『絵』に力をもらうことが多いなと改めて感じました。
私は中学生のとき美術部に所属しており、放課後は絵を描いたり、粘土でアニメを作ったり、デッサンしたりしていました。ひとつ上の学年がいなかったため、1年生のときはほぼずっと美術室にひとりでした。
先生も近くで自分の制作をし、時々私の絵を見に来て指導してくださいました。
部活の制作で、クラゲの絵を描いたことがあったのですが、これがめちゃんこ時間がかかりまして。全体に色をのせるのはすぐだったのですが、自分が表したいのはこんな感じなのか?と行き詰まってしまったのです。なんでこのモチーフにしてしまったのか、早く終わらせたい、と授業中にも部活のことを考えていました。
作品によっては、途中で投げ出したくなるときがあって、学校内を散歩したり、外を眺めたり…。
「これで終わり」と見切ることは難しいんだなと、今では思います。何かを作るとき、研究するとき、何を持ってして『完成』とするのかって難しいんだなって。
めんどくさいからこの絵は終わりにしよう、ってできるけれど、思い切れないのは、自分の中に躊躇があるからで、(ひとによってだと思いますが)それがダイレクトに自分の弱さと結びついていってしまい、いつの間にか自分が絵に支配されている状態に。
思い返すと、嫌でも自分の悪い部分が見えてきて、絵を描くのは楽しいことでもあると同時に苦しいことだったなあと。
めちゃんこえらそうですが、絵を見ると、このひとはどんな過程でこれを描いていったんだろう、どうやって向き合ったんだろうって疑問に思います。自分もあのクラゲの絵で相当試行錯誤したなと、あほみたいにああじゃないこうじゃないって色を重ねていたなと、しんどかったーーと感じると同時に、力をもらいます。なんやかんや乗り越えたんだなあと。
オラァアって書いたので、今日のブログはつたない文章かつ、感情的になっているかと思います…。申し訳ないです。
美術に関連して、『ブルーピリオド』という漫画があるのですが、めちゃんこおすすめです。お時間がありましたらぜひ。
今日はこのへんで失礼いたします。
それでは、また。

ハピネス……

こんにちは、むーです。
最近、友達が増えました。
ゼミや学園祭の企画のおかげです。日文の友達が増えて、学業の面は勿論、日常生活でもすごく刺激を受けています。めちゃくちゃに感謝しかない。
結果いま、「友達と会えるのめちゃめちゃ楽しい~!」期に入っています。
すごく楽しみな予定が沢山あって本当に嬉しいのですが、就活の直前期なのに、と焦る思いもあり、難しい気持ちになっています。
まずお泊り会。からの宮沢賢治の展示を見に茨城へプチ旅行。ハピネス。
次に水族館。めちゃ水族館好きの子にエスコートしてもらえることになりました。一押しに連れていってもらえるとのことで、おそらく県外に行くことになります。ハピネス……
さらには高校時代の友人とも遊びます。初めてみんなでお酒を飲みにいくぞ。どえらいハピネスでは??
「息抜きになるから~!」と言ってお互いに了承し合った予定がほとんどなのですが、結果息抜きしすぎて、やらなきゃいけないことがおろそかになる気しかせん。息抜きが許されるくらい頑張らないといけんですね、本当に。
12月も間近に迫った今、これから頑張るためにちゃんと準備して、予定をご褒美に邁進せねば。それでは今日はこのへんで。お相手はむーでした!

秋の京都 徒然なるままに 前編

こんばんは!
昨日今日、突然に雨が続いていますね…。ちなみに今日私は、祖父と曾祖母の法事があり雨の中お寺に行きました。二人ともに私が生まれる前に亡くなっているのですが、いつもおじいちゃんやひいおばあちゃんが見守ってくれているのかなぁと思って、背筋が伸びる思いでした。
さて私は先週、友人と京都に国内留学している友人の所へ遊びに行ってきました!
前にもブログに書いた気もしますが、私の京都への気持ちは並々ならぬもの(?)で、小学校6年生の時に修学旅行で行って以来、京都は多分8、9回目だと思います。そして京都検定3級もとってしまい(実は2週間後2級の試験なのです!)、無駄に京都に詳しいのです。
私は金曜日5限まで講義があり、友人も部活があったりで、土曜日の朝新幹線に乗って行き、日曜日の夜帰るという超タイトなスケジュールでしたが、紅葉も綺麗で朝から夜までぜーんぶ京都を楽しみ尽くして、今もはぁ京都に帰りたい…ってなっています。
というわけで、楽しすぎて幸せ過ぎてどこから書けばいいのか分からないので、とりあえず時系列に従って2回くらいに分けてブログに書こうと思います。
ながーーーくなりそうですがしばらくお付き合い下さい!笑
 
1日目
京都についてまず、私たちは腹ごしらえをしました。というのも午後はまず、京都国立博物館の特別手展「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」を見に行ったので、ちゃんとご飯食べなければ…と考えたからです。
さてお昼ご飯、京都駅にある「中村藤吉」という茶寮でいただきました。京都駅にはたくさんのお店がそろっているのですが、やっぱり京都に来たからには京都らしいお店に行きたい!となって、このお店を選びました。中村藤吉は宇治本店のお店で、前にそちらの方には行ったことがあったのですが、京都駅の方は初めてでした。
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お店に入ってまず感動したのは、中村藤吉のお茶が飲み放題だということです。私の家は朝必ず煎茶を飲むので、私自身お茶が大好きになり、おいしいお茶を飲むと心が落ち着き、幸せな気持ちになります。
中村藤吉の茶葉は前に一度買ったことがあったのですが、やはり変わらないおいしさで、香ばしくて優しいお味でした。
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続いていただいたのは、抹茶そばとほうじ茶パフェです。京都は、東京よりかなり寒かったので、暖かいそばが身に染みるようでした。パフェは今回はほうじ茶にしました。というのも、私はほうじ茶も大好きで(結局お茶全般好きです)、巷に出るほうじ茶スイーツはつい手に取ってしまうくらいの通だからです(ちなみに、時々限定で発売されるハーゲンダッツのほうじ茶ラテは本当においしいです!)。
このパフェは上に家紋?の形をしたほうじ茶パウダーがかかっていて、その下に生クリーム、ほうじ茶アイス、ほうじ茶ゼリイ、わらび餅ととにかくほうじ茶づくしでした。ほうじ茶好きな人にとっては最高の一品です。私は特に、ほうじ茶アイスが程よく苦みもあって一番おいしく感じました。わらび餅はふわふわで、底の方にあってお腹いっぱいなはずなのに、ぺろりと食べられてしまいます。
京都についてすぐ、京都らしいおいしいお茶、そば、スイーツがいただけるのでお勧めのお店です!お店には行けない方は、抹茶、ほうじ茶ゼリイはお持ち帰りでお土産もあるので、こちらは帰りの新幹線で食べるにもベストです!(私はあまりのおいしさに毎回買ってしまいます)
さて、腹ごしらえを済ませた私たちは、京都国立博物館へバスへ向かいました。目的はもちろん特別展「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」を見に行くためです。特別展の告知を見てからずっと見に行きたい!と思っていた上に、先生方が講義でも何度か取り上げていらして、ああ今まで複製や本の中だけの作品たちをこの目で見られるのかと思って、本当に本当に本当に楽しみでした。
京都駅から10分ほどバスに揺られ、京博についた私たちは早速チケットを買い…まずは記念撮影です!笑
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三十六歌仙というのは、藤原公任が撰んだ優れた和歌の詠み人(柿本人麻呂や小野小町など)三十六人のことで、佐竹本三十六歌仙絵というのは、この三十六歌仙を題材に描かれた絵巻のことを指します。佐竹本は、鎌倉時代に書かれその名の通り秋田の佐竹家に伝わりました。しかし大正時代になり、所有者がこの絵巻を売りだそうとすると、あまりにも価値が高く誰も買うことができなかったそうです。そのため当時財界人、茶人の益田鈍翁を中心に作品を分断し購入することになり、結果として佐竹本は分断され流転したのです。そして今年はその分断の年からちょうど100年目にあたります。今まで二、三枚は一緒に出たことがあったらしいのですが、一度の特別展で三十人以上出たことはいまだかつてないことなのだそうです。それだけ前例のなく、特別なことなのです。
私はその経緯を講義や特別展の特集記事やテレビで見ていたので、大きなパネルにあった「もう、会えないと思っていた」という言葉を見ただけで、思わず泣きそうになってしまいました。
今ではありえない絵巻分断、もちろんそこには日本の文化財を海外に流出することを防ぐ意味もあったそうなので、一概に良い悪いとは言えないのですが、本来一つであったものが分かれてしまったというのは悲しいことだと思います。
更にこの特別展は、佐竹本以外にも素晴らしい作品が多く出品されています。寸松庵色紙や古筆手鏡、石山切など、貴重なものばかりです。それだけ、私は本当にこの日を楽しみにしていました。
さて京博に入ると、いつも行っている東博とは違って、広い土地に建物が点在?していて空が広く感じられ、空気がおいしいなぁと思いました。上野の、あの文化がひしめき合う狭々とした雰囲気も好きなのですが、やっぱりこう京都の少しゆったりとした空気は大好きです。
目当ての特別展は、入って真っすぐ進んだ平成知新館にて行われていました。吹き抜けで明るい雰囲気がなんとも素敵な建物です。
早速私たちは荷物を預け、展示会場へと向かいました。
一週間後の今考えても素敵な展示だったなぁと思っているのですが、今回は特に感動した第一章の「国宝《三十六人家集》と平安の名筆」と第三章の「‶大歌仙〟佐竹本三十六歌仙絵」を中心にお話ししたいと思います。
まず第一章ですが、こちらには先ほども挙げたように、貴重な古筆切が多く展示されています。その中でも気になった作品をいくつか挙げたいと思います。
1、手鏡「藻塩草」
手鏡とは、折本(屛風状に折られている本)に、古筆の一部(断簡)を貼って鑑賞するためのものです。一つ一つの古筆切に解説がなかったので作品名が分からないものも多かったのですが、『万葉集』らしき古筆切を2回ほど見かけ!その形態と付訓状態から、天治本と紀州本の断簡ではないか?と勝手に想像していました。で、後に調べてみたらどうも一枚は天治本断簡の仁和寺切だということが分かりました。もう一枚は予想を外れて多分金沢文庫本でした。残念。というかそもそも紀州本は二十巻そろいの本だから、断簡なんて存在しないのですよね…とんだ痛恨のミス。けれども一つ当てられたことが自信につながりました。
まさかここで『万葉集』が見られるとは思わずで、どんな古筆切よりも輝いて見えました。天治本は初めて見たので、目に焼き付けようと思ってじーっと見てきました。
2、高野切(第三種)「貞観御時に」
前のブログでも紹介した高野切です。高野切はまず仮名の手本、その中でも基本中の基本の作品ですが、ここまで大きな(量の多い、という意味です)断簡は私は初めて見ました。高野切第三種は、高校三年生の時に初めて臨書した(そのまま写した)古筆で、私にとっては思い出深いものです。これが生で見られるというのは、まさに眼福の一言に尽きます。筆の動きがなめらかで癖のなく、力強さもある素晴らしい古筆切…これも目に焼き付けようと必死に目を開いていました。
3、三十六人家集 躬恒集・素性集・重之集・興風集 京都 本願寺
本願寺とは西本願寺のことで、これは三十六歌仙の家集です。なによりもこの本の魅力は、筆の美しさもさることながら、一番は紙の美しさです。紙を何枚か継いで、まるで芸術作品のように山の模様を作ったり、雲母(きら)がすいてあるなど、なんといっても紙がきれいなのです。そして通常銀は時間の経過とともに酸化して黒くなってしまうのですが、こちらの紙は、外気に触れる機会が少なかったのか金銀ともに美しくすいてあるのが見えるのです。そして本の装訂(紙のつなぎ方)は粘葉装で、糊付けをして紙を繋げる、現在とは異なる本の作りになっていることも魅力の一つです。私はこれを見た瞬間、あまりの美しさに感動で思わず涙が出ました。それくらい、時を超えて引き継がれる大切な作品なのです。
 
ああ!続いていよいよ佐竹本三十六歌仙絵に行きたい所ですが、ここでタイムアップ!
半月後のブログで、この旅行の続きをお伝えしようと思います。
ブログを書いていて、自分で楽しくなりつい説明じみてしまう…お見苦しい点が多く申し訳ないです、、、次のブログ、楽しみにしていてくださいね。
それでは、おやすみなさい!

曲がりくねった坂道を行く

皆さん今晩は。家では何故か頑なに長袖を避け、半袖を着て寒い寒いと連呼しているえぬです。毎日本当に寒いので、室内外の寒暖差で風邪をひいたりしないよう気を付けてくださいね。
さて話は変わりまして…。現在使っている手帳が来月で終わるので、就活用も兼ねて新しい手帳を買いました。しかし使っていてどうも変な気がするなあと思っていたら、間違えて付け替え用の手帳の中身だけを買っていた事が判明し、絶望的な気持ちになりました。書き込みをしてしまったので返品交換も出来ず、おまけにちゃんとした文具店で購入したチョットいい手帳だっただけに、死ぬほど悔しかったです…。
しかしその事実が判明した数日後に、バイト先の先輩と同期と一緒に手帳を買いに行き、今までで一番気に入る手帳を新たにゲットする事が出来ました。損をしたのか得をしたのか微妙な気持ちですが、また一年大切に使っていこうと思います。皆さんも安物買いの銭失いだけじゃなくて、購入する際にはちゃんと確認するよう気を付けてください…これから年末セールも始まる事ですし、この経験を生かして強く生きたいと思います。
 
そして最近気づいた自分自身の趣味についてなのですが、住宅街散歩の特に坂道を散歩するのが好きだと気付きました。東京は坂道と自然と高級住宅街の宝庫なので、散歩していてとっても楽しいです。あと運動にもなるのでとってもおススメです。この時期は空気が澄んでいて景色が綺麗に見えるので、坂の上から見る夕焼け空が最高だったりします。あと意外と富士山って東京からも肉眼で見ることが出来るんですよ!!先日坂道を登り切った後に振り返ると、遠くに富士山のシルエットが見えて感動しました。知らない道を歩いていくと、隠れ家のような可愛らしいカフェがあったり、ひっそり営んでいるアンティークショップやアトリエがあったりと、新しい発見が沢山あるのでとっても楽しいです。
悩み事だとかでうだうだしているのがどうでもよくなるくらい、スッキリとした気分になれます。方向音痴のくせに地図も見ず果敢に先に進んでいるので、毎回無事に帰ってこれるか帰る時になってヒヤヒヤしているのですが、こんな私でも何とかなっているので大丈夫です!!皆さんも是非、むしゃくしゃしたりもやもやした気分の時は散歩をしてみては如何でしょうか~。
下は先日散歩した時に撮った景色たちです。
お店◀坂道の真下にあった可愛いお店。何のお店かは良くわからなかった…
matinami◀この溢れるジブリ感!!!眺めが最高でした。
夕日◀〆はこの綺麗な河川敷からの夕焼け。
スピッツの『夕焼け』という曲があるのですが、その曲の「遠くから近づいてる季節の影を 忘れさせてくれる悲しい程にキレイな夕焼け」という歌詞を思わず歌いだしたくなる程に綺麗な夕焼けの中、散歩をしました。大学のそばにもいい坂道があったので、今度ぶらりとしてみようと思います。それでは今回はこの辺で。えぬでした~~!

落語『らくだ』

こんにちは。はるなです。
気がつけば12月もあと1週間と少しにまで迫ってきましたね。いったいいつ本格的なコートを出すべきなのか。悩んでいます。ダウンはまだ早いし、かと言って薄いのではもう寒くてたまらない!!あー、新しい服が欲しーなー!!
 
さて、12月の第一週にゼミで卒論のテーマについての発表があるもので、最近の私の頭の中は落語一色です。
今回はそのなかでも『らくだ』という演目について!!この演目の特徴は、メインの人物が既に死んでしまっているということ。
 
名前を「馬」、「らくだ」とあだ名されている乱暴者の死をきっかけに物語は進みます。このらくだ、家賃は払わないし、屑屋には金にならないガラクタばかり売りつける等、相当なクズ男だったため、死んでも悲しまれずにむしろ喜ばれる。しかも、彼の為に葬式を開こうとした兄弟分は屑屋を脅して酒や食べ物、棺桶の代わりの樽を用意させるが、屑屋は酒乱。酒を飲んだ後は逆に脅しはじめ、強引に死体を樽に押し込み(ここは噺家によってはけっこう凄惨な場面になっています)、運び出す。がしかし、酔っ払っているため樽の底が抜け死体を落としたことに気が付かず火葬場近くまで行ってしまう。そして兄弟分と屑屋は、そこらへんで寝ていた酔っ払いの坊主を、樽から落ちた死体だと思い火に放り込む。
いくら酔っぱらいでも火が点けば「あちち!ここは何処だ」、「ヒヤ(火屋)だ」。「ヒヤ(冷や)でもイイから、もう一杯」。
 
あまりにも強引なやり取り(兄弟分は金がないため人を脅して葬式の準備をさせる)、しかし酒が入ったらあっという間に立場は逆転。そして、酒で酔った二人が酔っ払いを殺しかけ、焼けかけた坊主も呑気に「ヒヤ(冷や)でもイイから、もう一杯」。どんだけ酒好きなのよ!!三者ともお酒飲みすぎ!酒に飲まれちゃってる!!
以上の点から見ますと、『らくだ』は庶民が主役となり、俗な文学が好まれた、江戸時代の風俗がよく現れている演目だと言えるのではないでしょうか。
それにしてもこの演目に限らず落語は文字化すると面白さが半減しちゃいますね……。
うーん残念。
 
因みに、『守貞漫稿』によると「文政五年西域より雌雄の駱駄を貢し三都にて観物にす」とあり、近世期にらくだが渡来していたことが分かります。
さらに『日本国語大辞典』によると「見世物とされた駱駝の状態が図体が大きくのんびりしているようなので、ただ食べているだけの無用の人間を「楽だ」とかけてひやかすことがあり、(4)の意味で使われるようにもなった。」((4)の意:江戸時代、形ばかり大きくて品質の劣るもの。)とのこと。やはり時代背景、言葉の意味を理解してから聞くとより面白さは増しますね。
 
そもそも、江戸時代にらくだが見世物として連れてこられた、という事実に驚きです。背中に乗ったことあるから分かるのですが、見た目の迫力以上に背が高いし大きい。マジ、乗ったときはびびってました。海を超えて運んでくるなんて、とんでもない労力だったでしょうに、よくやりましたよね。
 
今回はここまで~。はるなでした!

君に会いたい…

読み途中のまま鞄の中に入れたはずの小説が見つかりません。さやかです。
果たしてどこに行ってしまったのか。実は無くしたのは以前読んだことがあるものでした。お気に入りで、もう数え切れないくらい読んでいます。私は比較的本を読む方ではありますが、たくさんの本を読むよりも気に入った本を何回も何十回も読むのが好きなのです。最近寒くなってきたので、冬のお話が読みたいと本棚から選んだ、あの本。どこに行ってしまったのか。
鞄の中にあったはずなのです。いや、あるはずなのです。なぜ無いのか。大学に忘れたか、電車に忘れたか。はたまた私の勘違いで実は部屋にあるのか。
しかし、部屋を探そうにも一つ問題が。机の上が大混乱状態なのです。
私は片付けが苦手です。机の上は大抵プリントと本で埋まっています。片付けたくても、時間が無くて片付けられません。そりゃ、本もなくすわって話なんですが、お気に入りの本を無くしたショックが響いています。明日同じ本を買いに行こうかな。
しかし、なぜこんなにも机の上が散らかっているのか。そう、プリントと本が多すぎるのです。ほとんどの授業でプリントが配布するから管理しなきゃいけないし、教科書も使うし、趣味の本もあるし、本棚は既に埋まってるし。物が多すぎるのです。片付ける前にまずは物を捨てることから始めなくてはいけません。でも、プリントは捨てられないし、お気に入りの本も捨てられません。どうしたものかと悩んで、早一ヶ月。とうとう本を無くしました。
今回のことでさすがに反省したので、部屋を片付けようと思います。おそらく半日はかかるだろうと思います。しかし、果たして多忙な私が半日なんていう時間が確保できるのか。前途多難です。
今回の一件がショックすぎて、他に書くことが思いつかないので、今日はこの辺で。今週末京都に行くので、次の投稿ではその話が出来たらなと思います。
それでは、また!

声が出ない

こんにちは!ももです
最近インフルが流行り始めてるとか、花粉症になる人増えてるとか聞きますが皆さん大丈夫でしょうか?寒暖差で死にそうになりますが強く生きましょう。
本日の演題でございますが、私今本当に声が出なくなっております。正確にはカッスカスの声しか出ません。何なら先週の金曜から改善されておりません。
咳は出るけど喉痛くない、熱もない、食欲問題ない、体は特にだるくない…とさして風邪らしい症状がないのに声が酷いことになってる。耳鼻咽喉科に行ったら、鼻からカメラを突っ込まれ、声帯が腫れてると言われました。
声帯は左右八の字になったひだ状の器官で、通常は2本とも真っ直ぐなんですが、カメラで見てみると両方とも少し腫れていました。んで腫れた声帯の間に少し痰が溜まってるという。人生初めてのことだったのでポカーンとなりました。さっき言った通りさして風邪らしい症状がないので、お医者さんもちょっと頭捻ってました…。
風邪といえる風邪なのかすらよく分からないんですが、本当に声が出ないって不便の極みでしかない。咄嗟に声が出ないんですよ。無理に出そうとすると変な音出るし。言いたいことあるのにこんなガラガラのカッスカス声なので喋るのも何だか億劫になる。今週バイト入れなくてよかった…と思いつつ、いつになったら治るんだと不安が加速する日々。さすがに今年が終わるまでには治ってくれよ頼むから。こんな酷い声晒したくないからホンマに頼む…。
皆さん本当に体調に気をつけてくださいね。喉は大切に…。Have a nice day!

久しぶりに開いたページ

こんばんは。しおりです。
11月も半ばとなり、気が付けばもうすぐ12月。1年ってあっという間に過ぎていってしまうものですね。
久しぶりに中学時代に読んだ本を開きました。
有島武郎『小さき者へ』
中国文学演習で魯迅を扱っているのですが、その関連で出てきたものです。中学時代、この作品を一読してなぜだかとても感動したのを覚えています。勇み励ますような文体、溢れ出る両親の愛情。肺結核で母親が亡くなるという悲しさが根底に存在する作品であるはずなのに、当時の私は温かい愛情の物語としてのみ受け取っていました。だからこそ、作中の「私」、本作においてはこれが有島本人と思われるのですが、彼が何度も「不幸なものたちよ」と呼びかけるのがどうしても納得いかなかったのです。なぜこんなにも愛に溢れた作品であるのに子供たちを「不幸なものたち」と決めつけるのだろう。子供たちが不幸であるのかどうかは子供たち自身が決めることであって、初めからそんなレッテルを貼る必要はないではないか。そのようなことを漠然と考えていたことを思い出します。しかし、今になって読み返してみると「不幸なものたちよ」という呼びかけにこそに、父親の愛情が感じられるように思われてなりません。母親のいない子供にしてしまったこと、それはもちろん「私」のせいではないのですが、どうやって欠けてしまった母親の愛情を補っていけるのか、その責任が父親である「私」には強くのしかかっていたのではないかと感じます。不幸ではあるけれど、そこから這い上がるだけの人間であってほしい。そして、そうした人間に子供たちが成長できるだけの愛情を母親は注いで死んでいった。この解釈が(解釈とも言えません、単なる感想ですが…)正しいかどうか(そもそも解釈に正しさもないかもしれませんが、今日はなんだか頭が働いてなくて、かっこばかり使ってしまいます…)はわからないですが、読後感が中学時代と大きく違っていることに我ながら驚きを覚えました。
中学の国語の授業で出会った作品は、今も大切に本棚に並べてあります。文庫本一冊を使っての授業でしたので、本にそのまま書き込むのですが、今となってはそれが癖になってしまって、どうにも図書館の本では読んだ気がしないのです。ペンとマーカーで思いのままに書き込みながら読んで、初めて本当に読んだ気がする。中学時代の教育って読書スタイルまで確立させてしまうものなのですね。
そして、扱われた作品の難解であることときたら、大学生になった今でも、これを中学生が解釈するのかと疑ってしまうほど。『小さき者へ』も一言で言えば、妻を失い3人の子を残された父親の物語ではないですか。父親の気持ちになって考えるなど、到底できるものではないのです。それに、難解だったものと言えば、やはり『智恵子抄』の存在を挙げずにはいられません。
あれが阿多々羅山、あの光るのが阿武隈川
妻を失った夫の気持ち、中学生なりに想像に想像を重ねて考えたのを思い出します。「ツマノシノカナシミヲゲイジュツニショウカシヨウトシテイタ」なんて、最もらしいことをさもわかったかのように述べながら、どうにか考えをまとめていました。阿武隈川一帯というと先の台風で大きな被害のあったところで、ニュースでは連日この名前を耳にしましたよね。聞いた瞬間、『智恵子抄』の土地だと思った方も多いのではないでしょうか。最近は被害状況をあまり耳にしないけれど、きっとまだまだ深刻な状況にあるのではないかと思います。1日も早い復旧を願うばかりです。
行き詰まってばかりだったけれど、結局最後まで全く理解はできなかったかもしれないけれど、記憶に残されている作品の数々。うんと背伸びして、なんだかちょっと大人になったような気がして、自由にノートに記していた数年前。根拠もなく感想と考察が入り乱れたものを書いて、それでも自分なりにどうにか作品を吸収しようとした時間は、今の私を形作るとても大切な時間だったのだと感じます。その時間があったからこそ、根拠をもとに作品を論じていける今がとても楽しく思われるのです。
明日は中国文学演習の発表です。何度やっても発表は緊張するもの。だけれども、自分の考えを述べられる時間を大切にしていきたいと思います。
今日はこの辺で失礼します。それではまた。

行かないで縋る君との決別を

寒い。本当に寒い。いきなりすぎません?もう少し秋は長引いてくれても良いのではないでしょうか。寒さは生きるエネルギーを奪っていくように感じます。「さびしい」と「さむい」と「ひもじい」は良くないっていつだって言いますよね、どうも、はるかです。
前回の番組差し替えはなんだったかって?いろいろあったんですよ。それはもう、いろいろ。
最近は演習が続き参っています。11月後半になぜか集中しまして。うーん、なんともつらいもの。さらに冷え込むでしょう?つらいな。布団から出られないな。あの魔力はなんでしょう。あの暖かみはなんでしょう。わたしを捕らえて離さない、天国が羽根の下にあるのです。毎朝、毎朝夢を魅せる天使に別れを告げ這い出ているのでています。暖かくて優しくて、けれど離してくれないその様はまるで束縛メンへラ彼女。まあそっけなくされても困るから良いんですけど。存分にもたれかかってくれハニー。
なんか今日は文章のキレが悪いなあ。最近小説を読んでいないからか?それは良くないね。一刻も早く読まなければ。このブログのためだからね、仕方が無いね、気になっていたあの本も、お勧めされたこの本も、本棚で読まれることを待っている本達も全部読んであげないとね、全く仕方無いよね。どの本から読もうかな。
あっ、演習の準備……
そういえば、図書館の前のかまぼこで創作自主ゼミの作品の展示が行われています。良ければお寄りください。わたしも書いてまーす!