空きコマのすゝめ

空きコマ。授業と授業の間に生まれる、どうしようもなく暇な時間。
履修登録の際に一度空きコマを作ってしまえば、向こう数ヶ月はその暇に悩まされることになる。

友達と過ごすもよし、課題を進めるもよし。
しかし問題は特に課題もなく、空きコマが被る友人もいないときである。

せっかく新入生も入学した今の時期に、1人の空きコマでどのようなことをしていたのか、振り返っていきたい。
先に断っておくと、そこそこ怠惰な学生による時間潰し術である。
いわゆる意識高い系の時間の使い方はしていないので、そこのところだけお願いしますね

①課題
結局のところ一番の有効活用は課題に時間を割くことだ。
1コマくらいの空き時間なら一週間分の課題やオンデマンド授業など容易にこなすことができる。
大学内でおすすめの場所をこっそり教えるとするなら、図書館だろうか。
静かな場所で集中できるタイプならここがおすすめだ。
日本女子大学の図書館は本当にきれいで、本当に静かだ。
私は静かな場所が苦手なので、イヤホンで音楽やラジオを流しながらこもったりしている。
あと、1人の人が多い!これはありがたい。孤独が目立たない。
どこで1人だったとしても、誰も自分に注目しないことなんてわかっているがどうにも人の目を気にしてしまう。
その点、図書館では1人でいてもなんとなく許される空気があるのだ。
あとパソコン室もおすすめだ。あそこも静かで心地よい。
だが、そのコマの後に授業が入っていたりすると気付かずに自習しながら授業時間に突入してしまい、私のように恥をかくことになるので複数コマ空きコマがある際にはおすすめできない。
私はその経験がトラウマでそれ以降パソコン室に足を運べていない。
逆に、騒がしいところや人がいるところが落ち着くなら生協売店横とランチェの席がおすすめだ。
ただ、冬は寒い。あと食欲に負けてすぐに売店で何か買ってしまう。気をつけて欲しい。
しかし、今回のテーマは友達もいなければ課題も終わらせたシチュエーションを想定して書いているので、そろそろ次の暇つぶし術を紹介したい。

②何か書いてみる
浅い!浅い提案だ!でも何かを書いていると暇もつぶせて気も紛れる。
作品でも、それこそブログでも。時間が潰せるのでおすすめだ。
あと履修の手引きをぼんやり眺めながら取得単位の整理をするのも意外と楽しい。
以上。

③散歩
正直今回一番書きたかったものがこれだ。
在学生はご存知の通り、我々の学校の近くは何もない。
学生街なんて全くなく、穏やかな一本道があるだけである。
しかし、歩いてみるとこれまた面白い。
何もないと思っていたが、意外と色々あるものである。
私はこの1年間で、いい感じのまつ毛パーマサロンと美味しいおにぎりやさんと、、と色々なところに足を運んだ。
一番印象に残っているのは雑司ヶ谷霊園だ。著名人の墓をのんびり巡った。
その時のことは当時ひっそり書いていたnoteの記事に日記として残している。
いつかここでも当時を振り返りながらその時の散歩について書きたい。
大層な目的なんてなくても良いのだ。どうせ、空きコマの暇つぶしなんだから。
なんなら目白駅のスタバを目指して歩くのだって立派な散歩だ。
時間が許すなら池袋まで足を伸ばして遊ぶのだって良い。
だいぶリフレッシュできるし、大学に篭りきりでいるよりは刺激になる。
あと本女からは早稲田も近いので、早稲田の学生街の恩恵に預かるのも楽しい。
安くて美味しいご飯やさん(早稲飯というらしい)がたくさんある。
外の空気を吸って、たまにはイヤホンを外して、スマホのマップも見ずに適当に歩くのがいい。
分かれ道にきたら棒を倒してみて、倒れた方向に進むのもいいと思う。
駅と大学の往復を繰り返していると、文京区には目白駅と日本女子大学しかないような錯覚に陥る。
そして友達と愚痴り合うのだ。「本女の近くって何もないよねえ」と。
確かに、わかりやすい遊び場はあまりない。
しかし、1人でのんびり散歩するのにこれ以上にもってこいな場所はあまりない。
「本女の近くって何もないよねえ」と言われた時に、「近くに美味しいおにぎりやさんあるからさ、一緒に行こうよ」と返せるようになるだけできっとこの4年間は変わるだろう。
この4年間での生活範囲がグッと広がるだろう。
あと忘れていたが、本女の近くには永青文庫という美術館がある。
ここも雰囲気のいい公園の中にある上に、展示の内容も面白いのでぜひ足を運んでみてほしい。

空きコマは、学生に与えられた何に使っても良い自由時間だ。
寝るもよし、YouTubeを見るもよし。家が近いなら帰ったっていい。
ただ、ひたすらに持て余す。空きコマを共に過ごす友達がいないなら尚更だ。
そのような時間に陥った時にはぜひ、このブログを参考にしてみてほしい。
ちなみに私は、今年の時間割で空きコマを作りたくなくて授業が詰めつめである。

逃げ足

先輩たちは、ずっと舞台の上の人達だった。

私は他大学のお笑いサークルに所属していて、学生芸人の端くれとして細々と活動をしている。
そして、先週いっぱいをもって、サークルの4年生たちが卒業した。一年間大学お笑い界隈を牽引してきた先輩たちだ。
本当にかっこいい先輩たちだった。
今回は、そんな先輩たちのことについて書かせて欲しい。

学生にも関わらずプロの舞台でも活躍していて、関西の大会で決勝に進んだ先輩のことは同期みんなで集まって食い入るようにテレビを見た。
力いっぱい手を伸ばしても、かすりもしないような位置に先輩達はいた。
先輩たちは、舞台の上でいっとう輝く人たちだった。

私が初めて大学お笑いの世界に触れたのは2021年のアメトーークだった。
学生芸人出身の芸人が大学お笑いについて話す企画で、初めて「大学お笑いサークル」の世界に触れた。
去年M-1で優勝した令和ロマンや真空ジェシカ、ラランドなども学生お笑いの出身だ。
そこから大学に進学したらお笑いサークルに入ってみたいなぁ、と漠然と考えていた。私が今入っているサークルに初めてコンタクトをとったのも、ちょうど去年の今頃だったと思う。
初めて見に行った大学お笑いのライブは、4月の新歓ライブだった。
そこで見た先輩たちのネタは本当に衝撃だった。
正直「大学生のネタか、どんなもんなんだろう」という感じで見に行った。言葉を選ばずに言うとクソ生意気な1年生である。
結果、めちゃくちゃ笑った。本当に笑った。
こんな最高のライブを無料で見ていいのか?
私はこの人たちの後輩になれるのか?
心が踊った。ちなみに、その時に私が一目惚れしたコンビが今回の卒業生たちである。
雷にうたれたような衝撃を受けるほど面白かったのに、そのコンビは本コンビではなくサブコンビだったらしい。
プロと違って、たくさんのユニットを掛け持ちできるのも大学お笑いの楽しいところ。

サークルにはスタッフとして入会したが、一ヶ月経ったときに演者(芸人側)に転向した。
舞台の光が眩しくて、どうにも憧れてしまったのだ。
オードリー若林のエッセイで、こんなエピソードがある。
芸人を辞めて、社会人になったとしてもまたお笑い芸人に戻ってくる人がいるらしい。
その理由は、笑いを一身に浴びる感覚が忘れられないから。
その感覚を私も味わってみたいと、そう思ってしまったのだ。

スタッフとして入会したので組んでくれるような相方も見つからず、しばらくはピンでやっていた。
初めて立つ舞台。小さな劇場。
自分の書いたネタがウケる喜び、快感、手の震え。
大学お笑いの世界に入らなければ、実感できなかったものだ。
私はプロになりたい訳では無い。
プロと同じ舞台で戦う先輩は、憧れでしかない。
だからこそ、とにかく背中を追いかけ続けた。同期がどれだけ面白いネタを出しても、先輩たちには勝てなかった。
大きな背中を、走り、追いかけ続ける。
なのに先輩はどんどん先に行ってしまう。
ただでさえ面白いのに、もっともっと面白くなり続けていく。

今月、大学お笑いの大会があった。小さなライブはあれど、大学お笑いの大会としては先輩たちはそこで引退だ。
漫才、ピン、コントでチームを組み、戦う団体戦。
決勝戦は6組が優勝を争う。
私のサークルからは3組が決勝に駒を進めた。
全組面白かった。面白すぎた。圧倒された。
ただひたすらに面白くて、殴りつけてくるような笑いの波に溺れそうだった。
最後、大トリ。6組目は4年の先輩たち。
漫才、ピン、コント。三角形が完璧だった。
会場の誰もが、先輩たちの優勝を確信していたのではないかとさえ思う。
笑いながら、少しだけ涙が出た。
大きな会場で拍手笑いをかっさらう先輩たちがかっこよかった。
優勝の瞬間は思わず体が震えた。
先輩たちの4年間が報われた、そのうちの3年間は知らないし、この1年間もそばで観てきた訳では無い。
だが、この1年間、ずっと憧れていた。
ずっと背中を見てきたのだ。
ずっと舞台上で輝く先輩たちを見てきたのだ。

プロに行く先輩もいる。
社会人になる先輩もいる。

でも、皆一様にこのサークルから去ってしまう。
本当に逃げ足が早い先輩たちでした。

あとひと月もすれば、私にも後輩ができる。
後輩にも、でかい背中を見せてやりたい。

閃光

私の通っていた高校は卒業式が他よりも遅かった。
毎日、去年の今頃と同じようにXのタイムラインを無心で遡る。

「◯◯高校を卒業しました!」
「◯◯高校が僕を排出しました(笑)」

みたいな感じで、卒業式の看板の隣で誇らしげに笑い、写真を撮る高校生の写真たちが流れていく。
そんなに色々ネットに出しちゃって大丈夫なのかしら、とぼんやり思いながら去年の今頃に思いを馳せる。

春は出会いの別れと季節、らしい。
でもその別れを象徴するイベントがあるのは三月の頭。
春と呼ぶにはあまりにも寒すぎる時期だ。
卒業式と桜はなかなかセットにならないらしい。


去年の今頃、卒業ディズニーを謳歌していた。
もう着る機会もないから、と制服のスカートを三回折ってみた。
いつも膝にかかるくらいの長さのスカート丈がうんと短くなって、
短い、寒い、恥ずかしい!とひゃあひゃあはしゃいだのを覚えている。

校則が厳しくて、いつもこっそり一回だけ折っていたスカート。
それならあまりばれないし、見た目もちゃんと真面目に見える。
クラスの派手な子達はいつも二回、三回と折っていた。
先生に毎回注意されても、いつも強気に笑っていた彼女ら。
JKって最強なんだなァと、彼女たちを見ながら実感していた、そんなJK時代だった。

1回折るだけなら本当に普通だったのだ。
膝にかかるくらいの長さが、かかるかかからないか位の長さになる程度。
でもさらに一回、もう一回、と折るだけで見た目はがらりと変わる。
羨ましいと思ったことはない。
先生に注意されたくはなかったし、短いと下着が見えないかヒヤヒヤしてしまうし。
でも、ディズニーって夢の国だから。最後だから、写真に可愛く写りたいから。ね、と示し合わせた。

学校でない場所で着る制服がこんなにもカワイイなんて!

私の高校の制服はかわいい。
正直、本当に、どこにも負けないくらいに。
誇らしかった。高校生であることが。最強のJKであることが。

つい最近、卒業ディズニーに行った友達とディズニーに行った。
制服ディズニー、またしちゃう?(笑)みたいな話になって、することになった。
女子大生コスプレ制服ディズニー。とんだ笑い話だ。
制服のブレザーを探していたら、母に見つかってしまった。
制服ディズニーをするんだ、と母に言ったら「いつまで縋りついてんの」と返された。
鋭すぎる。いくらなんでも。正論である。
縋りつき大学生ギリギリ合法コスプレ制服ディズニー、は楽しかった。
確かに楽しかった。
だが高校時代の無敵感ときらめきは感じられない。
でも、制服のかわいさと、三折りスカートの短さだけは去年から変わっていなかった。

今回一緒にディズニーに行った友達以外にも、中高を共にした友人たちとは継続的に会って遊んでいる。
中高一貫の女子校だったので、ちょっとやそっとの環境の変化じゃ変わらない関係性があるのだ。
会えない友人でもインスタの投稿はお互いに見ていいねを押し合っているし、たまにDMのやり取りだってする。
でも、たまに思い出す。
受験期ぎりぎりになっても騒がしかった十分休憩の喧騒を。
わざわざ隣のクラスまで足を運んで話をしに行って、
意味もなく一緒にトイレに行って、
大きな鏡の前で意味もなく前髪を直して。
ハンカチを持っていなくて「女子力無さすぎ」なんて自虐を飛ばしたりなんてしていた。
今考えると青春、なんていうのはイベントや大会や部活なんかじゃなくて、そういう日常の一端なのかもしれない。
顔を合わせて話さなくたって、必ず毎日同級生が同じ空間にいた。
当たり前に毎日会っていたのを思い出すと、どうしたって寂しくなる。
決して過去に囚われているわけではないけれど、囚われたくなるくらいに楽しい六年間だった。
嫌なこともあったし、学校に行きたくなくて泣いた日もあった。
けど、終わってから振り返るとそれらですら懐かしく、愛おしく思う。

卒業式の日、担任は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
本当に、笑っちゃうくらいにグッシャグシャにして泣いていて。
退場する時、もう少しで泣きそうなところだったのに先生の顔を見て吹き出してしまった。
帰り道、母親に「大学では教員免許を取りたい」と話した。きっかけはその先生の泣き顔だった。
先生の泣き顔を見て、なんだか、先生っていいなあと思ってしまったのだ。
家に着いた後は、今度は私が泣いた。顔をぐしゃぐしゃにして。

後期の成績を見て、教員免許を取るのに必要な単位をまた数え直す。
うん、順調。

教師になりたいのかと聞かれると答えに困る。
中高生の人生の一部に携わって、人生を左右さえしてしまう職業は生半可な覚悟でなれるものではないし、
生半可な覚悟でなってはいけないと思う。
それでも私が教員免許を取ろうとしているのは、未来の私が後悔しないように、
教師になりたいと思った時に後悔しないように、である。

たまに、高校時代の先生と話す機会がある。
六年間、思春期にずっと面倒を見てくれた先生たち。私の話を、優しく聞いてくれた。
いろいろ話を聞いてくれた中で、強く印象に残っている話がある。
「先生になれば、ずーっとこの高校生を見ていられるのよ」
その話をしたのは職員室の近く。ちょうど合唱祭の時期だった。
私の一番好きな行事。昔歌った曲を、顔も知らない後輩たちが歌っている。
六年間しか許されない、閃光のような時間。
ずっと近くで見ているには、眩しすぎるような気すらする。

単位を数えて、来年とる単位を確認して、なんとなくSNSを開く。
卒業したばかりの高校生たちの写真。
あまりに眩しくて、羨ましい。


日本文学科という所

はじめまして!

今年度からブログ部で活動させていただく、一年のしらと申します🪶
最初のブログでは何を書こうかと頭を悩ませていた毎日でしたが、
せっかく学期末という時期なので、この日本文学科で過ごしてきた一年間について話させていただきたいと思います。
大きく出てしまいましたが、どうかお付き合いくださいませ。

この一年間、何度も聞かれた質問があります。
「日本文学科って、何するの?」
それに対して、私は一年間このように返してきました。
「日本の文学について勉強するんだよ」
中国文学を扱ったりすることもあるそうですが、やはりこの答え方が一番簡潔でわかりやすいでしょう。
大体、この答え方をすると驚かれます。「ええ、大学でも国語を勉強するの」と。
その通り、大学でも国語を勉強する毎日です。
「大変だね」大変です。
「嫌にならないの?」嫌になります。
でも、私は大学に入ってから「国語」そして「日本文学」がさらに好きになりました。

私は、小さな頃から本が大好きな子供でした。
絵柄だけの子供向け絵本には興味を示さず、物語がしっかりあるような絵本が大好きだったそうです。
小学生の頃には「文芸クラブ」に入り、クラスでも「文芸係」を立ち上げて小説を書いていたような子供でした。
当時から尊敬していたはやみねかおる先生にだいぶ影響を受けた、というか、そっくりな作風の小説を書いていました。
母に内緒でインターネットの小説サイトに恋愛小説を投稿したり。(その後バレて怒られました。)
もちろん当時の夢は小説家。授業で書いたエッセイを先生に褒められたこともありました。

中学のころには少し本から離れましたが国語の時間が本当に大好きでした。
このブログを読んでいるようなみなさんには共感できるでしょうが、
現代文の教科書は隅々まで読み込みました。取り扱わない文章まで。こっそり、授業中に。
高校にあがり、コロナが流行する中で文芸部に入部したりもしました。
しかし、この頃には「国語の勉強」はすっかり嫌になっていました。
なまじ読解力があるばかりに(!)中学の古典は文法を覚えずとも感覚で読み解けていたのです。
もちろん高校古典で挫折することになります。現代文は得意だっただけにギャップに苦しみました。
そして、「自分は国語が得意だ」という変なプライドもへし折られました。

この大学で過ごした一年間について話すと言いながら、ついつい昔話が長引いてしまいましたね。
ここからが大学での話です。私はこの大学に入って本当の国語の楽しさに気付きました。
気づいたというより、思い出したという方が近いかもしれません。
国語が楽しくて楽しくて仕方ないのです。先生の講義が面白くて面白くて、レポートを書く手が止まらない。
日本文学科は「国語」を勉強する所ではありません。「日本文学」を研究するところなのです。多分。
私は1年しかこの学科にいないのでわかりきったことは言えませんが、
この1年日本文学科で勉強してきて私はそのように感じました。

友達とひいひい言いながらテクストを読み込み、考察する。
答えはないけれど、その中で自分なりの答えを導き出す学問がこの分野なのだと思います。
辞書より分厚い、ボロボロの文献を何冊も図書館の机に並べ、何時間も向き合います。

たった17文字の一句と。

この作者は何を思ってこの句を読んだのか?その句を読んだ学者たちはどうしてこんな解釈をしたのか?
ひたすらに考え、向き合い、レポートを書き上げます。とても苦しく、楽しい学問です。
日本文学は、日本語を扱える人にしか研究できない学問であると同時に、
日本語を扱える人でないと楽しめない芸術だと思います。

この一年間で絵巻にハマり、色々な展覧会に足を運んだりしました。
歌舞伎に興味を持ち、母と共に観にいってみたりもしました。
最近はあんなに苦手だった「国語」の教員を志してみようかとも、考えてみる毎日です。

このブログを読んでいる人の中に受験生はどのくらいいるのでしょうか。
私も、受験生時代からこの当世女子大生気質を毎日読んでいたので、
書く側となると少し気合いが入ってしまいました。
日本文学科の楽しさ・魅力が伝わっているならそれ以上に嬉しいことはありません。
日本文学科、いい所ですよ。少なくとも、国語好きにとっては天国です。(地獄でもあるかもしれませんが)

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次からはもっと肩の力を抜いて、趣味の話やら諸々話していきたいな〜と緩く考えています。
その時はまた、お付き合いくださいね。

以上、本日のお相手はしらでした🪶

皆様、良き春休みを〜👋🏻