あひる

こんにちは。

今日はあひるの話をしようと思います。

3月の上旬に中世自主ゼミのメンバーで京都旅行に行ってまいりました。ここではあまり書いて来なかったかと思いますが、私も中世自主ゼミに所属しております。あかりさんが衝撃を受けた寝そべりこけしも一緒に目撃してきました。

その自主ゼミ旅行では、2泊3日あちらこちらの寺院や神社に参ったのですが、私がその中で印象に残ったものの1つが、あひるさんです。

二条城の近くに神泉苑という場所があります。かつては禁苑だったそうですが、今は善女龍王をお祭りする建物がお池に囲まれるようにして建っており、その建物に向かって赤い柵がかわいらしい橋が架かっています。橋の上からは池の中で泳ぐ鯉さんを眺めることができます。ちなみに橋の隣には鯉さん専用の餌も置いてありますので、ちちんぷいぷいと唱えながら餌をまけば、誰でも大量の鯉さんを呼び寄せる魔法が使えます。食べ物を求めてビチビチと集まってくる鯉さんに驚いてそそくさとその場を離れるのはカモさんご夫婦、橋の上から冷ややか且つ無表情で見下ろすのはハトさんです。ハトさんは鯉さんには冷ややかですが、ほら、人間の私にはファンサービスもしてくれましたよ。

橋を渡ってお守り売り場の前に行くと、あらあら、我が家の近くの河川ではお目にかかれないあひるさんがいらっしゃるではありませんか。ハトさんにファンサービスをしてもらってかなり高くなっていた私のテンションがその3倍ほどに跳ね上がりました。「あひる!あひるさんがいる!!かわいい~」といった言葉を繰り返し言う私は、さぞ周囲を共感と困惑の渦に引き込んだことでしょう。でも本当にそのあひるさんが実にかわいいのですよ。2羽いらしたのですが、どちらも白くて丸っこくて。しばらくよちよち歩いていたと思ったらちょこんと座って、そのうちに眠ってしまったのです。首がだんだんと下がっていく様子からは、相当深い眠りにたどり着けたようであることが分かります。写真を見返しただけでも口角が上がります。鳥さんは本当にかわいい生き物です。

見ての通り、私はそこそこ激し目の鳥さん愛好家ですが、先日知り合いから良いゲームを教えていただきました。その名も「Clusterduck」、日本語版だと「アヒルの不思議な世界」。アヒルさんを卵から孵して、成鳥はアヒルの神に捧げて、生まれた卵があればまた孵して、というのを繰り返すことで奇抜な格好のアヒルさんを増やしていくゲームです。そのアヒルさんがまたかわいいのなんの。奇抜な格好のレアアヒルさんもかわいいのですが、典型的な形のノーマルアヒルさんもまたかわいいのです。私はもこもこしたからだの個体がお気に入りです。鳥さん好きの方、スマートフォンのストレージに余裕のある方は、ぜひ一度お試しくださいまし。操作方法は卵をタップするだけととても簡単です。

あひるの話をしたことで、我が家のクリスマスツリーの頂点に鎮座していたあひるちゃんを思い出しました。さすがにクリスマスツリーは昨年のうちに片付けたのですが、はて、あのドヤ顔あひるちゃんは今どこで何をしているのでしょうか。家の者に訪ねたところ、どうやらとある御仁のお部屋に棲み処を移したのだそうです。近いうちに訪ねてみることにしましょう。

焼き菓子の記録

〈注意〉このブログに登場するクッキーの材料およびレシピは、私の主観的な記憶を基に記載されたものであり、まったくもって信用するに値しない情報であることをご承知おきください。

2010年5月

日曜日。お菓子作りはほとんどしない母が珍しくクッキーを作ると言い出した。いや、正確には何も言わずに作り出して、完成したのがたまたまクッキーだったのかもしれない。おもむろに白い粉を出してきた母の様子を横から眺めていた年少の私には、何を作ろうとしているのかも材料に何を使っているのかも予想がつかなかった。ただ、白い粉にいくつかの材料を加えたら生地が黄色くひとまとまりになって、手につかないくらいになったことと、生地にホワイトチョコレートとブルーベリージャムが混ざっていたことは覚えている。細かい過程はともかく、私は型抜きだけお手伝いしたのだった。ハート、星、お花、くまさん、クリスマスツリー。いろいろな形の型があった。私は妹と一緒にそこにあるほとんど全ての型を使って、あらゆる形のクッキー生地を用意した。型を抜いた生地はオーブントースターに入れて焼いた。パンを焼くのと同じくらいの時間だっただろうか、熱を加えた後の生地は程よく膨らんで白く、ところどころにきつね色の焼き目がついていた。焼きたてのクッキーを口に入れると、すさまじい熱さに襲われ涙目になりつつも、生地とホワイトチョコレートの優しい甘さが口の中に広がった。とてもおいしかった。

2015年3月

休日で特にすることもなかったので、クッキーを作ることにした。レシピは確か、家にあるお菓子のレシピ本に出ていたはず。おや、粉も砂糖も卵も牛乳もあるけれど、チョコレートがない。仕方がないからチョコレートクッキーではなく、抹茶クッキーに変更だ。抹茶ミルクのもとに少量の水を加えてどろどろの状態にすればほら、チョコレートのようじゃないか。このレシピでは、生地が液体に近い状態になり、型抜きはできないようだ。クッキーにもいろいろな作り方があるのだな。諸々を混ぜた生地をクッキングシートに薄く丸く伸ばして、オーブントースターで焼く。うきうきわくわくしながらトースターの蓋を開けると、そこにはペタッとした何かがあった。思いのほか生地が膨らまなかったようだが、一応中まで熱は通っているようだ。とりあえず冷まそう。余熱が取れた頃に味見をしてみると、存外にサクサクでおいしいかった。母の評価もなかなかよかった。普段はそこまで興味を示さない妹ですらバクバクと食べた。私は思わぬ成功に少しにやにやしてしまった。

2019年12月

私は高校生になった。課題も予習もたまっていく一方であるのにもかかわらず、久しぶりにクッキーを作ろうと思った。ネットで調べたレシピに従って、冷蔵庫の中にある材料をかき集めた。開封済みのバターの箱が少し軽い気がするが、クッキーを作るには問題なさそうだ。バター、薄力粉、牛乳、卵、砂糖を混ぜて生地を作る。型を使うのは面倒だったので手で丸く成形することにした。オーブントースターに入れて焼く。焼いている間に次の回の生地をクッキングシートの上に用意する。焼けたクッキーをトースターから取り出し皿に移して冷ます。用意しておいた生地をトースターに入れて焼く。取り出す。焼く。取り出す。今回は上手くいったか、どうだろう。味見として1つ口に入れたところ、サクサクせず、少し硬くてボソボソとしていた。生地を作る工程を振り返ってみて、バターの分量を誤ったことに気が付いた。

2024年2月

何となく作りたくなったからクッキーを作ろうと思った。ネットで簡単に作れるレシピを探しておいたが、材料が足りなかったので近所のスーパーで買い出しに行くところから始めた。薄力粉、卵、無塩バター、それから小さいころに作ったクッキーに入っていたホワイトチョコレートを2枚ほど買った。家に帰ると早速作り始めた。まずは材料の計量から。バターは包み紙に書いてあるメモリを参考にすれば大体の量が分かる。薄力粉は計量カップ1杯で大体110グラムであるらしい。砂糖は仕方がないから大さじ小さじを使った。お気づきの方もいるかもしれないが、我が家には計量用の秤がない。そのため、計量カップやらさじやらメモリやらを駆使して計量するしかないのである。計量した材料を混ぜると、若干粉っぽい硬めの生地が出来上がった。冷蔵庫で1時間ほど寝かせてからオーブントースターで焼く。今回は型抜きもできそうな硬さであったが、使用後に型を洗う手間を省くため手で成形した。ちなみに我が家にはオーブンもない。完成したクッキーは、しっかり甘くて味は良いが少しポソポソとしたものになった。少し粉が多かったのかと反省した。後日、この話を知り合いにしたら少しひかえめに笑われた。

2024年4月

この間作ったクッキーがいまひとつだったので、リベンジしようと思った。材料もホワイトチョコレートを除けば先日のものが残っている。レシピは、大体覚えている、はず。ちゃんと確認すればよいものを、私は謎の自信から先日の記憶をたどって作った。分量も何も測らず、混ぜる順序も気にせず、行き当たりばったりにやった。案の定前回よりも残念な食感、甘さの薄いクッキーモドキが完成した。幼いころに食べたあの頬の落ちるようにおいしいクッキーは、いつになったら再現できるのだろうか。

時を経て

先日、かつての同級生と飲みに行った。

彼女とは先月の二十歳式で再会し、その後の同窓会にも参加した。彼女と私では出身小学校が別だが、中学の2年と3年で同じクラスになり親しくなった。彼女はクラス委員を務めるなど存在感のある人だが、どこか飄々としていてちょっと変わった人という印象だった。時々真面目な顔で大して面白くもない駄洒落でその場にいた全員の顔を歪めさせたり、静かに考え事をしていると思いきや前の席の人の寝癖を眺めているだけであったり、どこか他の人とは違う空気を持っていた。ちなみに私は、彼女のその不可解な行動を目前にして不覚にも公衆の面前で大笑いしてしまい、それを機に私と彼女はしばしば話をするようになった。

 中学を卒業した後はお互い別の高校・大学に進学していたため、彼女と会うのは約5年ぶりだった。久々に会っても相変わらず、にこにこ楽し気に話しながら突然とんちんかんなことを言うものだから、私も思わずクスクスとしてしまった。やはり彼女はおもしろい人だ。同窓会の2時間などあっという間に過ぎ去ってしまい、全く話し足りなかった。聞いたところ、彼女も私と同じ実家暮らしの大学であるということだったので、後日再び会う約束をしてその日は帰路についた。

 地元にあるお手頃価格で有名なチェーンの居酒屋。そこそこ広いお店であったが、テーブルはほとんど埋まっておらず、私たちは一番奥のテーブル席に案内された。

 酒があまり得意ではなく、自家製コーヒーミルクをすする私を横目に、彼女は初手からビッグサイズのハイボールを注文し、その後もレモンサワー、ハイボール、日本酒と続いた。樊噲にも引けをとらぬ彼女の飲みっぷりに、私は目玉が飛び出んばかりであった。噂に聞く酒豪とは彼女の事であったか。コーヒーミルクを飲みほした私はイチゴミルクのジョッキに持ち替えて一人感心していた。

大学の話、アルバイトの話、進路の話、最近見たアニメの話。思いつく限りのことを話した。アルコールが入っても彼女の話し方はあまり変わらない。いや、彼女の場合、普段から酒に酔ったような話し方だと形容するのが正しかったのかもしれない。話の内容もしっかりしているので問題はない。

腹も膨れてきた頃、彼女がぽつりとつぶやいた。

「まさかあなたとこうやって面と向かって飲む日が来るとは、想像もしていなかったな。連絡先も知らなかったし、中学卒業したらもう会わないと思っていた。」

「私もそう思っていたかも。」

 中学卒業後に彼女と会いたくなかった訳ではない。ただ、当時の私は、同じ中学に通うという共通点が無くなった時点で生活のリズムも変わるだろうと思っていたし、お互い新しい友人もできるだろうし、新天地での生活をそれぞれ楽しめばいいのだと思っていた。

「でも、大人になってから懐かしい顔に会うのも中々おもしろいものだね。ほら、同窓会で三坂さんが金髪になってたでしょう?すごく似合っていたけど、ちょっと意外だったな。」

「確かに。私も髪染めてみようかなあ。」

「緑とか似合いそう。」

「さすがに髪を緑にする度胸はないよ。」

「あなたの黒髪ストレートは昔と同じだ。雰囲気も全然変わらないね。」

外見は変わっていないかもしれないが、自分の中では変わっているものもあるのだ。例えば、今はそんなこと思わないけれども、中学生の私は規則を無条件に守らなければならないと躍起になっていたし、自分の思ったことははっきり言うくせに自分が他人からどう見られているのかばかり気にして猫背気味に歩く。話したことのない人にはグループ活動とかきっかけがないと話しかけない、というのは今も同じか。普通か。

 「同窓会ねえ。私も色んな人と話したなあ。仲のよかった人とか席が近かった人とかがほとんどだけど、中には中学時代に一言も話したことがない人もいた。それまで話したことがなかったのに、どうして今になって自然に会話が弾んだのか、自分でもちょっと不思議だったんだよね。多分、高校とか大学とかあるいは会社とか、中学なんかよりもずっと広くて知らない人ばかりの世界に入ってしまうと、中学時代に顔を見たことがあるというだけで何だか知っている人のような気がするんだろうなあと思う。同じ地元、同じ中学校という共通点もあるし。」

「あの頃は、中学校が世界の全てだと思っていたからね。あれだけ狭い空間の中に、仲のいい子も悪い子も、よく話す子も話さない子もいてさ。修学旅行のグループ分けとか大変だったな。」

「確かにね。当時はかなりの重要事項だったからね。誰と一緒だったか、今はほとんど覚えてないなあ。」

私の中学時代の記憶の中で、よい思い出はそれほど多く残っていない。人から「こんなことあったよね」と言われれば思い出せることも少なくないが、自分から思い出すのは苦い記憶、頭を掻きむしりたくなるほど恥ずかしい失敗の記憶ばかりだ。特に、彼女の名前「片山樹理奈〈かたやま・じゅりな〉」を初めて見たとき「〈かたやまき・りな〉」と勘違いして、心の中で「りなちゃん」と呼んでいたとは、口が裂けても言えない。

腕だけ

こんにちは、ののです。

とうとうこの季節がやってきました。2か月に及ぶ大学生の時期にだけ現れる特殊期間、そう、春休みです。1月の第3週くらいに授業が終わってから、テストやらレポートやらに追われてあっという間に1月も終わり。レポート提出の締め切り時刻を過ぎればそのままぬるっと春休みに突入です。

春休みは宿題もなく、自由な時間が大量に確保できます。そんな特質を利用して活発化するのが、部活です。私が我慢しきれずうっかり話してしまうあの部活です。

事の発端は昨年9月から10月にかけて行われたリーグ戦なるものです。本学の弓道部はそのリーグ戦なるもので見事リーグ優勝を果たし、Ⅲ部リーグというワンランク上のリーグにレベルアップしたのですが、それを受けて新主将(私の同期)は張り切りモード。春休みの練習量を例年の1.5倍くらいに増やして、かわいい女子大生をムキムキ筋肉の塊にしようと企んでいるのです。そうとは知らない(?)かわいい女子大生たちは、気の向くまま思いのまま弓を引きすさび、みるみるうちに屈強な上腕三頭筋を手に入れていくのです。二の腕の装備だけを整えたところで防御も攻撃も体力回復もできないのですが、立派な上腕三頭筋は弓を引く勇者の証です。

弓道は足を肩幅より若干広めに開いて直立した状態での動作が基本です。走ったり跳んだり回ったりしません。最も動かない運動部だと思います。ただし、筋肉はものすごく使います。腕や背中の筋肉、それから踏ん張るための足の筋肉、体幹。これらの筋肉を涼しい顔で使いこなす必要があります。体力のある御人は涼しい顔で1日に100本以上引いています。部員の平均が1日に大体50本前後なので、単純に倍です。それで的中率も高いので、本当にすごいです。さらに、体力に加えて集中力も蓄えておく必要があるでしょう。体力と集中力、いずれか片方でも欠けると疲労感が2.5倍ほど増加します。部活の後半には私の同期がマラソン完走後の選手のように息切れする現象が起こりますが、まさにそれです。みなさん、睡眠と食事はしっかりとりましょう。

最後に道具について。基本的に弓道で使用する道具は個人個人の体格・骨格に合ったものを用意します。特に矢はそれぞれの腕の長さに合ったものを使います。私の矢の長さは90cm。部内で一二を争う短さです。一方、弓は標準的な大きさのものでも2mを超えます。電車の天井に届くほど長いです。競技中は弓に弦をつけるため三日月形になりますが、弓を持ち運ぶ際には弦を外して布製の袋に入れるため、傍から見ればただの長い棒です。電車の乗降口で長い棒と苦戦している人がいたら、十中八九、弓引きです。

2m超えの長い棒を持って街中を闊歩し、屈強な上腕三頭筋を手に入れる。これが私の春休みです。今日もお付き合いいただきありがとうございました。

鍵は本にあり

1月17日(水)PM.2:34

みなさんこんにちは。私は今、日本女子大学の目白図書館B1Fにいます。お察しの方もいるかもしれませんが、期末のレポート課題に取り組んでいます。期限はなんと明日まで!笑っている場合じゃありませんね(笑)。このブログを書いたらちゃんと課題に取り組みます。

それにしても、この図書館はとても大きい。B1Fから4Fまで5フロアもあります。私のお気に入りはB1Fです。日文科目の課題をやるときは大抵このフロアに籠城しています。地下だから自然光は少ないのですが、とにかく本が多い。たくさんあります。「集密書架」っていう可動式の本棚がぎっちり並んでいて、注釈書であったり全集であったり、洋書やら雑誌やらとにかくありとあらゆる本がみっちり詰まっています。工藤新一君のお父さんの書斎とか、ベルが野獣からプレゼントしてもらった図書室とか、もはやファンタジーの世界のようです。

しかしこれだけ大量の本と本棚があると、特定の本を見つけるのに一苦労します。図書館のHPにOPACっていう便利なシステムがあるのですが、それを駆使してもやっぱり時間がかかっていしまいます・・・。まあ、私は半分宝探しのような、脱出ゲームで鍵を探すような気分で楽しんでいますが、冷静に本を探すのに費やした時間のことを考えると少々恐ろしい。この話はこのくらいにしておきましょう。

前々から私は本やとか図書館とか大量の本に囲まれる空間が結構好きでーー本を手に取ることもなく歩き回るだけで満足することも多いのですがーー大学に入る際にも「大きな図書館がある」というのは魅力的なポイントだと思い、ちょっと楽しみにしていました。しかし実際に利用してみると、扱っている本の種類が小・中・高の図書室や地域の図書館、駅ビルの中の本屋さんとは少し違う。何やら分厚い本、重そうな本、難しそうな本ばかりで、最初は少し拍子抜けしてしまいました。当時の感想を率直に書くと「あまりおもしろくなさそうな本ばかり」です。

専門的な内容の本は、その分野(の特定の作品・人)に興味があったり、多少の知識を持ち合わせていないと、(いや、たとえ興味も知識も持っていたとしても)なかなか手に取ろうとは思いません。少なくとも私は注釈書を電車の中で読みたいとは思わないです・・・。しかし、授業の課題であったり演習発表の資料作成であったりといった場面では、読むーーというよりは調べるに近いかなーーのも少しおもしろく感じることも多いです。レポートを作成し終えたときに、テーマにした事柄についての知識が少し増えている感覚はなかなか気持ちがいいです。

おっと、もうこんな時間か。それでは、私はレポートを書いてきます。

反芻

こんにちは。

今日は12月22日。カレンダーを見たら冬至と書いてありました。そうか、だからネットニュースにもかぼちゃの記事が出ていたのか。そういえば先日行った動物園のカピバラさんもゆず湯に入っていましたっけね。

私にとっては今日が2023年最後の授業日。そして最後のブログ更新日か・・・。前々回くらいに早く来い来い冬休み~という内容のブログを書きましたけれども、いざ冬休みとなるとあまり実感がわかないものですね。とりあえず今日は会ったお友達皆に「メリークリスマスよいお年を」と言いました。

思い返せば昨年のこれくらいの時期(正確には11月末)にブログ部へのお誘いを受けたのでした。もうすぐ入部から1年が経つんだ・・・。大学に入ってからいろんなことがあったな。1年生の頃の自分を反芻。そういえば、上手く答えられなかった質問が1つありました。

「大学に入って何か驚いたことはありますか?」

入学したて、いや、入学してから半年くらいは経っていたかな。とにかく昨年のまだ日の長い季節に先生や先輩から聞かれたことです。当時の私は結局何も思いつかず、答えられないままになっていたと思います。最近になってやっとその答えがいくつか見つかりました。今私の中で思い浮かぶのは次の2つです。

〇高校までと比べて、とても現実的。視点が変わる。

大学に入ってから高校までを振り返ると、高校までは何となく理想とか、分かりやすいものを学習していたような気がします。国語の授業で恋愛小説をほとんど扱わないとか、研究者によって解釈が割れている歴史の中の出来事も、教科書には1つの説しか出てこないとか。東洋史(史学科)の授業を受けてみたら、教科書本文にはその出版社の歴史的事象の捉え方が出るということで、教科書にそんな見方があったのか、と少々衝撃を受けたものです。(日本文学科は自由選択科目が比較的多く、他学科の授業も取ることができます。なかなか貴重な体験でした。)

学校の先生の見方も変わりました。これまでは生徒目線で先生という存在を認識していましたが、大学に入ってからは先生側の視点から学校の先生について学びます。学校の先生って知識も豊富で、すらすら堂々と授業をして、高校までの私は先生=特殊能力者なんだと思っていたのですが、大学に入って教職課程の授業を履修していく中で、学校の先生が生徒のために生徒からは見えないところで日々膨大な時間をかけて準備をしているということが分かりました。

もちろん日本文学科の授業でも高校までとは一味違う新しい学びがたくさんあります。あまりお話しすると専門的になってしまうので、大学の講義でぜひ実感してください。

〇時間帯に関わらず、カフェテリアはいつもカップラーメンの匂いがする。

大学生ってほら、きらきらしているイメージじゃないですか(きらきらとは・・・?あまり深く聞かないでください)だからお昼も何か、こう、ナイフとフォークで食べるものしか食べないのかと思っていたので(偏見)、カフェテリアに入った時のあの親しみのある匂いをかいだ時は少し驚きつつ、少し安心しました。女子大生もカップラーメンを食べます。これが現実です。だっておいしいんだもん。

ちなみにこの「カフェテリア」という呼称、ここではイメージしやすいので使いましたが、正確にはなんて呼べばいいのか分かりません。七十年館入ってすぐのフロアです。

そういえば本学の建物は、入り口のある階が1Fだったり2FだったりB1Fだったりと様々で、友人との会話の中では食い違ってしまうことも度々あります。ちなみに先程の七十年館入ってすぐのフロアは2Fです。

4月から大学生になる方、いえ、大学生に限ったことではありませんね、新しい環境に身を置く方、もしかしたらこんな質問をされる時が来るかもしれませんね。「ここに来て、何か驚いたことはありますか?」と。

P.S.

そうだ、すっかり言い忘れるところでした。

メリークリスマスよいお年を。

何気ない日々こそ素敵

こんにちは。

毎度のことながら、話のネタに困っているののでございます。定期的にブログを書くってなかなか大変なものなのですね。定期的におもしろい小説を書く小説家の方の脳内を覗いてみたい。どこからどうやってアイディアを出すのでしょうか。文章に限らず物語制作、芸術、音楽、デザイン設計なんかもどんどん新しいものが登場して、創造主ってすごいな。と思うばかりです。

私に関してはもう、たった十数回ブログを書いただけで息が上がっています。前回のあひるちゃんの話のような、こう、筋があって誰に話しても差支えのない話ってなかなか見つけるのは難しいですね。正直あのあひるちゃんを超える話はしばらく見つかりそうもありません。

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目白図書館の入り口のところに、桜の木が立っている。桜といってもただの桜ではない。名前を「十月桜」という。いつ咲き始めたのか、はたまたいつ散るのか、詳しい時期は知らないが、十二月の半ばを迎える今もいくらか花をつけている。「十月桜」だから十月に咲くのだろうかと安易に考えていたが、人間がつけた名前に木自身がきっちり従うはずもない。気温が下がり、葉は落ち、ほとんどの花は散るこの季節に、ひっそりと、しかし堂々と十月桜は咲いているのである。

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みなさんトントゥさんをご存じ?フィンランドの妖精さんよ。三角の帽子をかぶって、真っ白な髭を生やしているの。見た目はちょっとサンタクロースみたいなのだけど、体が小さくて、小人さんみたいなの。北欧では国によって呼び方がちょっとちがうみたいなのだけど、三角帽子の妖精さんはよく知られているみたいなの。お家を守ってくださるそうですのよ。だからトントゥさんにいたずらをしてはだめよ。もしもトントゥさんにいたずらをしたら、お返しにいたずらをくださるんですって。

最近ね、わたしのお家にもトントゥさんがいらしたのよ。それも4人!長い足がとってもかわいいの。それに、かわいい色の帽子をかぶって、真っ白なおひげをたくわえて、口数は少ないけれども、ちょこんと本棚の上の方に座って、私たちのことを見守ってくれているのよ。

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昨日12月10日は、我が家の引っ越し記念日。小学2年生の時に引っ越してきてから丸12年が経ったそうです。日当たりがよくて、周りは都会でもなく田舎でもない、まあ、ただの住宅街で、近くには公園もいくつかあって、なんとなくのんびり時が流れているような街。人生の半分以上をこの家で過ごしたのですね。居心地のよい我が家があることを当たり前のように思ってここまで生きて来たけど、それが当たり前ではないってことに気付くのは、あと何年後のことでしょうか。我が家を離れたときに私は気付くのでしょうか。

我が家のクリスマス

こんにちは。

ハロウィンが終わったとたんに街中がクリスマスカラーに染まっていますね。私はこの冬という季節が案外好きで、特にクリスマスなんていう日常なのに非日常な記念日が結構好きで、最近少しばかりうきうきしています。「今年は雪降るかなあ?ホワイトクリスマスになったりしないかなあ?」なんて考えながら、毎朝るんるんでカーテンを開ける毎日です。まあ、雪が降るにはまだ少し早いですね。

通学に電車を使うようになってからは、雪も降りすぎると遅延や運休につながるから、降りすぎるのも困るんだよなあ、そうかといって全く降らないのも寂しいよなあ。という思考を行ったり来たりしています。

小学生の頃は同級生たちと遊ぶ時間がなくなるから、秋冬の日の短さをよく恨んだものですが、今好きな季節を聞かれたら冬と答えます。当時の自分が聞いたら驚くかもしれませんね。

冬場の夜ってロマンティックですよね、なぜかと聞かれるとよく分かりませんが。私的には冷たい空気と星がいい感じです。澄んだ夜空を見上げてはうっとりとし、ため息が出るばかりです。帰り道にどこかのお家がイルミネーションで木を飾っていたりするのを見つけたときは、ラッキーと思います。イルミネーションを見ると冬を感じるのは少し不思議だなあと思いますけど。しかしとてもきれいです。

また、冬場の服装が結構好きで、もこもこした毛糸の帽子とか、手袋とか、あったかそうなコートとか、そういったものはすごくかわいらしいので大好きです。

ところで皆さん、クリスマスツリーはお家で出しますか?私は幼少の頃から毎年飾っていました。毎年1人1つずつ新しい飾りを買ってもらって、ツリーに飾り付けて壁際に置くのが恒例行事でした。昨年は気を抜いていたら12月末になっていて出さなかったのですが、今年は課題に追われてパソコンに向かっている私を横目に家族が出していました。古くなった飾りや子どもっぽいものは心機一転さよならしたようです。ツリーが完成した後に声をかけてくれたので、どれどれと見に行きました。以前は飾りが多くてごちゃごちゃしていたツリーでしたが、飾りの選別をしたおかげですっきりときれいに、バランスよく飾りがついていました。うん、久々のツリーもいいね。

ツリーの下の方からうっとりじっくり眺めていき上の方に目をやると、面白いものが目に入りました。なんと、一般的には大きなお星さまがあるべき場所にあひるちゃんがいたんです。お風呂場によくいるあのあひるちゃんです。しかもプロペラ付きのヘルメットをかぶって、ドヤ顔でツリーの頂点に鎮座しています。思わず吹き出しました。誰が思いついたのでしょう、センスが良すぎます(笑)。

例年通りなら、我が家では今年もクリスマスには地元のケーキ屋さんでケーキを調達し、近くのコンビニでチキンでも買って食べるのでしょう。クリスマスの後は一気に年末ムードになって、自分の部屋の掃除片付けをして、家でまったり年越しでもするのでしょう。

はあ、今からもう冬休みが楽しみです。

足の多い生活

こんにちは。

先日、といっても少し前、構内某所の段差のある所で転んでしまいました。その際に少し足を捻ってしまったようで、医療機関を受診したところ、安静にするほか治療法はないとのことでした。足の指先からふくらはぎまである固定具を装着することになり、歩きにくいからと松葉杖を借りることになりました。それから1週間ほどは3本足あるいは4本足での生活となりました。ちなみに今はもう二足歩行ですのでご安心ください。

小学生とか中学生とかの幼い頃は、クラスの誰かが松葉杖をついていたら、普段はお目にかかれない珍しい物に興味津々で、一度突いてみたい、なんて多くの人が思ったのではないでしょうか。私もその一人です。二足歩行するよりもラクに進めるんじゃないか、そんなことを考えていました。

ところが、松葉杖を突くのはなんと大変なことか。けがをしたほうの足と杖を同時に出して足にかかる体重を分散させるように使えば、歩幅が通常の2分の1になって歩くのに時間がかかる。けがした足を浮かせて跳ぶように使えば、早く進める代わりに手・腕の負担が大きい。家から駅、駅から学校の道のりは1人で松葉杖競歩大会をしているかのよう。せっかく涼しくなってきたのに、汗びっしょりです。幅の狭い歩道では杖の先が他の人に当たらないか、歩く速度が後ろの人の迷惑になっていないか心配でした。足元の地面の様子と進行方向の安全確認、杖を突く位置、角度。注意しなければならないことが多く、集中力が欠かせません。疲れて速度を落とす時も周りの様子をうかがいます。そうして地面ばかり見ていると、普段何気なく歩いている道にも凸凹がたくさんあることに気が付きます。

松葉杖で歩くのは大変。でもそれ以上に階段、特に下りが大変です。駅のエレベーターにはこんなお願いが書いてありますーー高齢の方、体の不自由な方、ベビーカーの方を優先してご利用くださいーー。大抵ここにはピクトグラムも添えてあって、「体の不自由な方」を表すピクトグラムは松葉杖を持った人物であることが多いです。そうなると、松葉杖を使う私は「体の不自由な人」になる訳か。しかし、少しけがをしただけで「体の不自由な人」となるのはどこか申し訳ないような気がします。私が勝手に転んで、勝手に松葉杖を突いているだけなのに。それでもこの時だけはちょっとばかりエレベーターに甘えることにしました。

電車の中では、右に左に前に後ろに動く車体に揺られないように耐えなければなりません。直立の姿勢も案外バランスが難しいです。電車には優先席というものがありますね。優先席のところにも、松葉杖を持った「体の不自由な人」が優先の対象となることが記載されています。自分は松葉杖を使わなきゃいけない状況だから優先席に座っても大丈夫、と思う反面、やはり自分の都合で松葉杖を突いている私が席に座るのはおこがましいのではないか、とモヤモヤしてしいました。そんな私の胸中とは裏腹に、電車の中では非常に多くの方がすっと席を譲ってくださりました。電車に乗るたびほとんど毎回のようにどなたかが席を立って「どうぞ」と言ってくださるんです。席が空いてなくても壁際の場所を空けてくださる方や、吊り革につかまって立っていて近くの席が空いても座らずに空けておいてくださる方もいました。そのような周りの方のちょっとした気遣いに私はとても心救われました。今も感謝の気持ちでいっぱいです。

けがをした人の中には私のように申し訳なさを感じながら生活している人もいるのかもしれない。全ての人がそうである訳ではないだろうけど、申し訳なさを感じたときに、周囲の人のちょっとした言葉はとても救いになり、安心させてくれるということを今回の出来事で知ることができました。それなので、今度電車の中で席を必要としている人を見かけたら、今度は私が席を譲ろう、場所を空けてあげよう、そう思います。

今回、たくさんの方にご心配をおかけしました。

もうけがだけはしたくありません。今後はより一層足元に気を付けます。

荷物投げ合ひ

泣いている自分が嫌い。多分、我を忘れて同級生とケンカばかりしていた小学生の自分を思い出すから。そのおかげで涙なしでは見られないヒューマンストーリーを回避する癖がついてしまった。癖だから、直そうとすれば直るのかもしれない。でも今はやっぱりミステリーが好き。

アニメとマンガの時代だなと思う。絵がきれい。声もきれい。話の展開がいい。登場人物の性格がいい。どんどん人気作品が登場して、人気作品が完結して、また新たな人気作品が登場する。読んでみたいもの、平安の姫君なら「ゆかし」とでもいうのだろうか、そんな作品はたくさんある。でもどれから手を出そうか。

そうして本屋を出るころに手にしているのは決まって1冊の小説。最近やっと気が付いた。本屋に立ち寄ったとき、私は小説コーナーで立ち止まっている時間が一番長い。マンガは誰かに読み聞かせてもらおう。

現実的すぎるのはいや。そうかといって現実離れしすぎるのもいや。私はやはりわがままだ。

一人部屋の中でぼんやり過ごすのが好き。休日の過ごし方で一番好きなのは一人ベッドの上でぼんやりすること。「ベッドの上で」という表現は嘘じゃない。高校までは畳の上に布団を敷いて寝ていたが、大学に入ったちょうどそのタイミングで我が家にベッドなるものが輸入されたのだ。だからラクだとか分かりやすいからだとかそういった理由で「ベッドの上で」なる表現を使っているわけではない。ーーベッドが我が家に輸入されてから早くも1年以上が経過した。それでも私の中で「ベッドの上で」寝ることにはまだ少し違和感がある。

目標は口に出すべきか否か。計画は紙に書くべきか否か。口に出した目標は達成できない。紙に書いた計画の通りに自分は行動できない。否。口に出した途端に目標を達成した気分でいる自分がいる。紙に書いた計画を実行する意志が弱い、あるいは計画が書かれた紙を無くしたか。

日記がある。毎日は書いていない。一週間に数回の時もあれば、数週間に1回の時もある。要するに気まぐれなのだ。気の向いた時に当たり障りないことを書くだけ。もしかしたらこれは日記ではないのかもしれない。日記でないとしたら何だろう。落書き?

先日気まぐれに自分の書いた落書きを見返してみた。曰く、

10月5日(木)

 早く寝よ。

あまりおもしろくなかった。

強い人間になりたい。非常事態でも冷静かつ正確に対処し、人を思いやり、自分の調子も崩さない。正しさと優しさと強さを持った人間になりたい。