こんばんは、えりこです
中古文学演習という授業を履修しているのですが、その発表が来週に控えております。発表怖いそして怖いです。レジュメ作りのために図書館にお籠りして調べ物をするのは好きなのですが、人前で発表するのがどうも苦手でいけません。
発表のときはいつも足をガタガタさせながら喋ってます。チキンです。一年の基礎演習のときは「すごく落ち着いてた!」と友人に言われましたが、実際はめちゃくちゃテンパっているので無闇に質問しないでくださいお願いします( ;∀;)←
演習範囲は『源氏物語』第九帖、葵巻でございます。基礎演習の桐壺巻に引き続き、今年も『源氏』です。わーい^^
葵巻と言えば葵の上と六条御息所の「車争い」が有名ですが、私の担当箇所はそこではなくて、翌日に光源氏が若紫を連れて賀茂祭の見物に行く場面です。あまり大きな動きはありませんが、和歌が三首詠まれているので資料作りにはなかなか手こずりました。ちなみに日本古典文学全集の注釈の中に「源氏が二条院(源氏個人のお屋敷)の西の対に女性を据えていることは世間周知のことだが」と書かれていて、あ、世間は源氏が人さらいしたの知ってるんだ、と遠くを見つめたのはいうまでもありません。
個人的な光源氏に対する見解は、「マザコンをこじらせてロリコンに走ったアカン奴」(←)なのですが、たぶん光源氏くらいの美貌の貴公子(しかも父親は桐壺院)だったら、何をしてもよほどのことでない限り許されたんだろうなと思います。まさに※ただしイケメンに限るですよね。
とはいえ絵巻等に描かれる源氏は「これ……本当にかっこいいの……?」と言いたくなるようなかんばせですが(無論当時と現在のイケメンの基準が違うというのももちろんですが)、そんな時は大和和紀先生の『あさきゆめみし』をご覧あれ。今回資料として使用するため、ペアを組んでいる子がコピーしてきてくれたのですが、まぁそのお姿のお美しいことお美しいこと。これはどんな女も惚れるね。倒れちゃうね。何度「あー光源氏かっこいい」と言ったことか。(ちなみに『あさきゆめみし』をお読みになる際は、お手頃な単行本や文庫版ではなくて、大判サイズのものがおすすめです。お値段は張りますが、大和先生渾身の超絶美麗なカラーイラストが見られます)
さてさて、あんまりぐだぐだと語っていると収拾がつかなくなってしまいますので、そろそろお開きとさせていただきます。……発表がんばろ。
えりこでした
浅瀬の水草、金魚ちょうちん と スーパー能
こんばんは。みずの です。
まだ風が涼しいのが救いですが、連日湿度が高く、夜は寝苦しい日が続きますね。
押し入れから籐枕っぽいものを発掘し、早速使ってみたのですが、枕の高さが高過ぎて起きたら首が痛かったです…。
この間は、新入生のお着物を選びに浅草に行ってきました!
講義が終わってから向かったので、着いたのは既に夕方。ほんのり暗くなっていました。
着物を選び終わり外に出ると、向かいのお店に金魚ちょうちん…。
なかなか幻想的です。
着物屋さんの近くには芋きんつば屋さんがあって、そこの芋きんつばはとても美味しいです。浅草に行くといつも買ってしまいます。
今回は閉店間際にも関わらずお土産に芋きんつば10個注文するという暴挙をして帰りました。
芋きんつば屋さん、本当にすみませんでした…。
浅草と言えば…
浅草寺。今回はお参りできなかったのですが、最近図書室でこんな作品を目にしました。←課題やりなさい。
『丑御前の御本地』
(成立は元禄~正徳頃か)
あらすじもどき↓(間違ってたらすみません…)
源満仲の子に角が生え、鬼のような顔をした子が産まれた。その子は丑御前と名付けられた。その容姿に満仲はその子を疎んで、
侍女(乳母?)に殺害を命じる。しかし、あわれに思った侍女(乳母)は丑御前を逃がして育てる。
丑御前の生存を知った満仲は同じく我が子である源頼光に丑御前を殺すことを命じるが、丑御前は反撃、頼光の軍は逃げ帰る…。
その時の私「おおう…。頼光軍が打ち負かされているだとう…。しかも兄弟(妹?)じゃないか…。継子譚と言うわけではないかもしれないけど、どこか似通っていて、頼光の討伐話の面も持つけど、頼光軍打ち負かされてる…。
出てくる「あさくさ川」ってあの浅草かな…。
…。
ほかに丑御前の何か資料ないかな。」←課題やりなさい。(2回目)
そして『吾妻鏡』(私がみたのは『全釋 吾妻鏡 第五巻』です。)に牛の怪物が登場しています。その場所が武蔵国浅草寺であるというのです。(ここまで長かったですね!←)
「三月大
六日 丙寅 武藏国淺草寺に牛のごときの者忽然として出現し、寺に奔走す。時に寺僧五十口ばかり、食堂の間に集會するなり。
件の怪異を見て、廿四人立所に病痾を受け、起居進退成らず。居風と云々。七人即座に死すと云々。」
…障気のみで被害甚大(焦)
浅草寺にこんなお話があったとは…。
浅草寺とその辺りで、牛に纏わる何かがあるのですかね。牛を奉っている神社があったような…。
ところで蛇や龍以外の牛という動物に川、淵など水との関わりがみられますね。小さいころ、日本昔話でみた「牛ヶ淵」?か何かの話を思い出しました。なかなか怖かった記憶が…(トラウマ)
そちらは牛鬼という妖怪(?)だったのですが、水辺と牛でイメージが被りますね。…何故、水辺と牛なのでしょう。
水田と耕作のための牛?
牛が川を渡った?
…図書館に籠りたいなぁ!←課題を
ちなみに今回、現実逃避の如く目白の百年館8階の日本文学科図書室で資料を調べている時に移動書架(ハンドルで動かすタイプ)の間に挟まれそうになって、本を上の本を抱えながらリアルインディージョーンズごっこに洒落こんだのは、わたくしです。←
ハンドルを回した方、驚かせてすみませんでした。
皆さんは私の様に書架にロックをかけるのを忘れることの無いようお気をつけください。ちなみにロックはハンドルの上の部分にあります。
そうそう、話は変わりますが、土曜日にテレビで放送された「スーパー能650年目の革新」を観ました。
創作能や西洋楽器と合わせたものなど、
多くの取り組みがある中で、梅原猛氏の取り組みは現代語での能でした。
練習風景の感想は、ともかく謡いも動きも大変そうでした…!今までの形式とは大分異なっていたので、大変な取り組みだということがよくわかりました。
梅若玄祥さんの劇→能にする過程が興味深かったです。現代語にした時、果たしてどうしたら能になるのか…!
少し、普通の演劇と能の比較ができたように思いました。
それから特に印象だったのは、梅若玄祥さんのサスペンダーでした。←
もはや釘付け。ピアノの鍵盤柄は、私のような若輩者が言うのもあれですが、大変…可愛らしかったです…。
古典で語られていたものを現代語で現代人にも親しみやすく。入り込みやすく。確かにあるべきで、今までの数百年間にそんな取り組みはなかったのでしょうか。
革新への取り組みは、能が安定期に入った証なのかもしれません。
また、家ごとに役が決まっている能の世界で、それぞれから意見が飛び交い形作られていくというのは、それまでの能のイメージとは異なりました。
私は現代語の能もあるべきものと思います。スーパー歌舞伎同様、これからスーパー能という新しいジャンルが色々な人の手によって生み出されることは、もっと面白いと思います!
ただ、スーパー能を一部鑑賞していて、ほんの少し、心残りに思っていることは、(映像が部分的だったのでどこかで使われてるのかもしれませんが)
古典で語られていた時には存在していた鼻濁音や開音の響きが、鼓膜を揺るがさなかったことでしょうか…。鼻に抜けるあの音が、私は好きです。
本日もお疲れ様でした!
これにて失礼させていただきます。
では。
《参考文献》
・『古浄瑠璃正本集 第十』1982年 横山重 室木弥太郎 坂口弘之 (角川書店)
・『全釋 吾妻鏡 第五巻』1977年 貴志正造 (新人物往来社)
みずの
何のために勉強するの?
こんばんは ちえか ですヽ(。・`ω´・)ノ・*:..
大学生になって、塾講師を始める人も多いので、今日は塾講師のアルバイトの話をしたいと思います[:にこっ:]
塾講師といえば……授業の予習が大変!というイメージがあると思います。
……その通りです[:汗:]
途中で辞めてしまう方も多かったです(もちろん、アルバイトなのだから、途中で辞めるのも当たり前の気がしますが……)
塾と言っても、募集している講師のスタイルは様々であり、
私は、一回の授業で、2~3人の生徒を受け持つので、(ほぼ個人授業に近い)
集団授業に比べて準備が楽だし責任もありませんが、
変則的に様々な質問が飛んでくるので、
応えられない質問の時は自分の勉強不足を自覚させられ、
辛い時もありました[:ダッシュ:]
とはいえ!
子供たちは可愛いし、
時給は良いので
かなりアルバイトの中では割がよくて、
また教育関係なので、
関わる人たちは優しいし、
私なんかを使ってもらえて
ほんとーに
ありがたいと思っています。
しかも、
勉強する過程で、
自分の成長が実感できるので、(子供たちの疑問を解消できた時は嬉しい)
私は教員免許をとっておらず、
教えるノウハウが分からなかったのですが、
挑戦して良かったと思います!
(まだまだ勉強することの方が多いですが……)
子供たちからの質問は様々ですが、
(意外と勉強している子の方が調べると分かることを、小さい子の方が普通応えられないことを聞いてきてくれるので面白いです)
いつも困るのが
「こんなの普段の生活で使わないじゃん! 何のために勉強するの?」
という質問です。
これは、小学生でも中学生でも、かなりの確率で言われてしまいます!
私は「できなくても困らないけど、自分の可能性を広げるためには、知っておくと得程度での知識ではあるよ」
と言ってます。
とはいえ、分数の足し算とか教えている時は、全然納得してもらえません(笑)
理系の先生がその質問を受けている時、
「数学は楽をするための学問だよ。例えば、人数を数える時、一人一人数えるのは大変だけど、面積で勉強したことを利用すれば、縦の人数と横の人数を数えるだけで済むでしょ」
と答えるのを聞いて、
「なんてすばらしい答えなんだ!」
と感心していたら、子どもが、
「その楽する労力より、勉強する労力のが上回るわ~」
的なことを言ってて笑ってしまいましたw
勉強なんて、自分が好きだからする程度で良いと思うのですが(私なんて、運動ができないから、勉強頑張ろう!的な人間で、全然説得力がないのですが)
今大学で勉強している学問をどうして選んだのか?と言われれば、
そんなの、本読むのが好きだったからだよ!
というだけで、実生活で役立てようなんて微塵も思っていないし。
でも、いくら本が好きでも、勉強ができなければ大学に入れず教育を受けられない訳だし、
どんな学問でもある程度の知識は必要で(もちろん、日文に分数の足し算が必要だとも思えないけれど)
やはり、納得はしてはもらえないけれど、勉強は好きなことをするためには必要です。
それを、子供たちに伝えられたら良いのだけれど、どうやら日文なのに表現力不足のようで、
やはりいつまでも勉強が足りませんと反省する日々です!
たかがテニス、されどテニス。
♪俺たちはまーだちっぽーけで 手のひらの中には
この手のひらの中には 何もないけどー
雨に打たれ 風に吹かれ でもあきらめないから
でもあきらめたくないから
きっといつか何かをつかむんだーー
ひさしぶりの歌詞コーナーでございます。
FUNKY MONKEY BABYSの「ちっぽけな勇気」です。
ファンモン解散してしまいましたね~
私はわりと昔の曲が好きなので
「ファンモンなんて全部同じ曲に聴こえる(憤怒」と思っていましたが
いざ聞いてみると思わずリピートしたくなる曲もあり、聞かず嫌いはよろしくないなあと思いました。
さて、なぜこの曲を選んだかというと
大事な試合の前にこの曲を聴いていたからなんですね。
何度か書いてますが、この私、
完全なるテニス中毒でありまして、
シューカツだろうがなんだろうが常にテニスとの両立を心掛けてうちこんできたんですね。
その集大成の一つである先日の試合で負けてしまいました。
そんな想いをつらつらと今日は書いていきたいと思います。
要するに
「負けた。悔しい」
そんなおはなしです。まる。

続きを読む