年比思ひつること、果し侍りぬ!

「仁和寺にある法師、年寄るまで、石清水を拝ざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり…。」とは、中高の国語の授業や、本学日本文学科では1年生の必修『日本文学の基礎1』で取り扱う、『徒然草』第52段の冒頭。『徒然草』の中でも1,2を競う有名な段(エピソード)であると思いますが、実際法師はどれくらい頑張って歩いたと思いますか?

日本文学科の生徒さんはみなさんご存知のはずですが、Googleさんで調べると最速で4時間7分という数字が出てきます。この数字を見て皆さまどう思いましたでしょうか?私は想像していたより短いなと思いつつ、しかし実際に歩いてみないと法師の苦労はわからないなと思いました。

ならば実際に歩いてみよう、ということで

仁和寺

仁和寺に参りました。法師とフェアにするためにも、自らの脚のためにも、そこまではバスを使って行きます。バスの車窓から外を見ると虹が出ていまして、ちょっとした旅にはぴったりの気候です。

少し色づいた朝の仁和寺を楽しんでから、8:00に金堂前を、8:05に門を出発しました。

ここから先のルートは、Googleに従うのも良かったのですが、せっかくならばということで、仁和寺から下って下立売通まで、そこから朱雀門跡のところまで進んで、千本通(途中京都駅に阻まれるため御前通を経由)で羅城門を抜け、その後は鳥羽街道をずっと歩いて石清水まで、というものにしました。

門を出て、御室駅を左に曲がり、小学校のところで右に曲がってしばらく進むと、このようなものが見えてまいります。

兼好法師旧跡

ここは『徒然草』の作者、兼好法師が住み、『徒然草』を執筆したと言われる場所です。

妙心寺道に入って、下立売通をずっとまっすぐ進みます。

対岸ですが、これが朱雀門跡。

朱雀門跡

ここからずっと七条まで千本通を進んでいきます。京都駅がありますので、梅ケ原のところで遠回りをしつつ、西寺跡公園を突っ切って、羅城門跡公園へ向かいます。

羅城門遺址

古こそ、ここは狐狸が棲み盗人が棲み引き取り手のない死体を放置された上に老婆がその死体の髪を蔓にしようとする羅城門ですが、今は閑静な住宅街です。羅城門跡公園の隣には矢取地蔵がいらっしゃいます。矢取地蔵、とは守敏僧都が空海に向かって放った矢を、空海を庇って受けて右肩には矢を受けた跡がある…というお地蔵様です。

矢取地蔵の前にある九条旧千本の横断歩道を渡れば、あとは簡単。千本通をずっと真っ直ぐに行けば良い話です。この羅城門より淀城までは竹内康之氏の『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』にある鳥羽街道の地図に従って歩きます。

千本通をずうっと歩いていますと、白檀の上品で美しい香りがしてきます。ここは恋塚浄禅寺。看板を見ると、「平安末期の北面の武士・遠藤盛遠は、渡辺左衛門尉渡の妻・袈裟御前に恋し、渡と縁を切ることを迫ったとおころ、袈裟御前は夫を殺してくれと盛遠にもちかけ、操を守るため自分が夫の身代わりとなって盛遠に殺されてしまうという悲恋の物語が伝わる。自分の罪を恥じた盛遠は出家して文覚上人となり、袈裟御前の菩提を弔うために当寺を建立したとされている。」とあります。お香の香りがするのは、朝の法要が終わってすぐだったのでしょうか。

恋塚浄禅寺

鴨川橋の下を歩き、小枝橋を渡ります。途中城南宮の鳥居や鳥羽離宮公園を左に見ながら、そのまま進んで行きます。増田徳兵衛商店さんのところでまがり、しばらく歩きますと、鴨川と桂川の合流する場所が見えます。そしてまた歩き進めますと、途中、なんだか賑わいがあって、何かと見れば、『横大路小学校創立150周年記念フェスティバル』。この小学校の名前にもあります、横大路とはかつて草津湊と呼ばれた場所で、江戸時代に魚市場があったそうで、ここから洛に鱧などが運ばれたとのことです。フェスティバルは誰でも入れそうだったので入れていただいて、鱧こそチケットがないと食べれないようだったのと、持ち帰るにも難があったので、美味しいきな粉餅をお1ついただきました。しかし150周年とはすごいことです。

その先もずっとずっと真っ直ぐ歩いていきます。納所交差点で反対側へ渡り、少し歩いたところに見えたのがこちら。

淀城址

淀城址を出た後は府道13号をまっすぐ歩きます。途中本当に歩いて良い場所なのかビクビクしながら、それでも道なりに進みますと、御幸橋という橋が目の前に、宇治川が下に現れます。「梶まくら伏見の夢か見し月の跡なくくもる」という歌があるとおり、昔、それこそ法師の時代は船で八幡の方へ向かっていたのでしょうけれども、今は渡し舟文化は無い上、渡し舟を用意するほどの地位も権力もないので、御幸橋を渡ります。

橋を渡り終えますと、『茶文化薫る はちまんさんの門前町 八幡市へようこそ』という大きな看板と永代常夜燈がお出迎えしてくださいました。階段を降り、線路を渡り、まっすぐ歩くと見えてきました、石清水八幡宮の一の鳥居です。ただ今のお時間、12:44。金堂を出発したのが8時ぴったり、寄り道の時間を除くとおおよそ4時間といったあたりでしょうか。いよいよ、この一の鳥居をくぐってすぐにあるものこそが、極楽寺跡と高良神社です。

極楽寺は石清水八幡宮の初代別当である安宗が建てたもので、鳥羽伏見の戦いにて焼失したそうです。そのため仁和寺の法師が見た絢爛豪華な極楽寺を私どもは見ることが叶いませんが、その敷地の大きさから、法師が勘違いするほど立派な建物であったことが伺えます。

極楽寺跡

極楽寺跡を出てすぐ右手にあるのが高良神社です。今でこそひっそりとしたお社ですが、説明書き曰く、昔は「頓宮・極楽寺と共に荘厳を極めていた」そうです。ただ、戊辰戦争の折にそれは焼失してしまったようです。

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それではここからは私の旅。

一の鳥居を出てすぐに、『走井餅老舗』というお店があります。ここで名物の『走井餅』と温かいお茶をいただきます。

走井餅

甘いお餅と温かいお茶で気持ちを入れ替え、再び一の鳥居をくぐります。

極楽寺跡や高良神社の前を通りながら、参道を登っていきます。「今こそあれわれも昔は男山さかゆく時もありこしものを」の男山ですが、きちんと整備されているので全くキツくありません。犬も楽々登っています。

道中には多くの看板が見えます。孝明天皇が攘夷祈願を行った豊蔵坊跡、八角堂跡など、昔はあった建物のことが事細かに書かれており、ほとんど何も残っていませんが、勉強になります。

長い階段を登りきると、子どもたちのかわいらしい声が聞こえてきました。今は絶賛七五三シーズン。この日は日曜日ということもあって、非常に多くの綺麗なお着物を着たお子さんがいました。いやしかし、天上の世界かと見間違えるほど立派な御社殿。

御社殿は織田信長が修復し、豊臣秀吉が廻廊を再現し、秀頼が再建し、徳川家光が造営したとのこと。御社殿右を廻ると、小賀玉木が植えてあります。これは1円玉の表に描かれた木。招霊の木として古より多くの神社に植えられており、石清水八幡宮もそれらの一つです。逆に、御社殿を左に廻ると、楠木正成が戦勝を願って植えたといわれる橘が見えます。

石清水八幡宮

裏参道から下りて、せっかくなので八幡市を散歩して帰ります。男山を下りてすぐに、荒廃した神社が見えます。こちらは相槌神社。一時期ネットファンディングで話題になった神社さんです。ちょうど今月の11日から、北野天満宮と大徳寺で『KYOTO NIPPON FESTIVAL』がやっているようですが、それのメイン?である髭切・膝丸の誕生の地だそうです。建物は物ですから、人の手をその時その時に入れないといけません。ただ、最近はそれが追いつかない場所というものがたくさん出てきています。それらの存在を私どもは決して忘れてはならず、また見逃してはいけないと、そう思います。

相槌神社

本妙寺、馬場市民運動場のある通りを進み、運動場を過ぎた場所にあるのが善法律寺。このお寺のご本尊、八幡大菩薩像こそ、先程の極楽寺にあったとされる仏像です。このお寺さんは紅葉が非常に美しいとのことで、今月18,19日はその紅葉のライトアップに加えて八幡大菩薩像を含めた本堂の公開をするそうです。

善法律寺

八幡に来たなればここに行かなくては気がすみません。善法律寺を出てさらにさらに石清水と反対側へ進んだ場所に、松栄堂庭園が見えます。美術館と庭園の共通券を買い、中へ入ります。松花堂庭園はいつもは外園のみの公開だそうですが、この日は松花堂弁当でお馴染み松花堂昭乗の草庵『松花堂』も公開されておりました。旅のご褒美でしょうか。松花堂庭園は今は何も咲いてませんが、椿が綺麗そうで、冬にまた行きたいものです。美術館では『八幡は、どうする?』という展覧会が行われていました。江戸時代初期の豊国神社などを描いた『東山遊楽図屏風』や、八幡名物の『一休色紙』を見ることができました。

松花堂庭園

バスにのり、樟葉駅まで行きます。さすがに疲れましたので、さっさと帰ろうと思いきや、私の目の前に現れたのは『くずはモール』。吸い込まれるように入り、服屋を物色し、冬用の靴下を何本かと、お肉とお酒とセールになっていたお花を買って京急の急行に乗って帰りました。日はすでに落ちて、月は一切の隈なく東の空に上っておりました。賀茂大橋から川べりを見やれば、この時間でも人影が何人もあり、飛び石を渡る青年の声も聞こえました。しかし今は秋の日の夜、上着がなくては寒いものです。急いで部屋へと向かい、早速花を前日アンティークフェアでお迎えした有田焼の花瓶に生け、それを愛でながら、買ったお肉と買ってあった野菜を入れて作った豚汁と、白米とお漬物を食べ、お酒を開けます。外を歩くのも良いですが、私はこんな時間も大好きです。

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法師のルートを辿るのに参考にした文献

・竹内康之 『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』 淡交社 2018年

・久保田淳 『物語の舞台を歩く 徒然草』山川出版社 2009年

おやすみなさい

こんにちは、ゆきほです🍵

後期に入ってから使い始めたリュックに水筒を入れられる場所がなくて不便だなと思っていましたが、中をよく見てみたら実は水筒コーナーがあったということに気がつきました。
約2ヶ月間「このリュックかわいいんだけど水筒の居場所がないんだよね」とか言っててごめんね。君は悪くなかったです。

私の水筒の中身はいつも絶対にお茶で、母が職場に持っていく水筒のお茶を入れるついでに、私も日替わりでいろいろなフレーバーのお茶を入れてもらっています(ありがとう)

そのお茶を飲むのが高校生のころからの楽しみで、「あっ今日いちごの味する!」とか「これ何の味だろ…?」とか思いながら毎日水筒を開けているので、私がたくさん水筒開けているなっていう日は大体お茶がおいしくて嬉しかった日です。帰りまで何の味なのかよく分からなくて、帰ってから「今日のお茶何味?」って聞くことも時々あります。最近は涼しいのであったかいお茶になりました。
何味か楽しみにするところからが楽しみなので、母には「私には何のお茶か見えないようにしといて!」と面倒なお願いをしています。

夏に飲む冷たいお茶も好きだけど、やっぱり寒い冬に飲むあったかいお茶はおいしいから早くもっと寒くならないかな。でもやっぱり寒さは苦手だから、ほどほどに寒くなってほしいです。

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最近いろいろとやらなきゃいけないことがあって、授業は2限からなのに1限の時間から登校することが多いです。

授業後とか空きコマとかにやればいいんじゃない?と自分でも思ってはいますが、やっぱり授業終わったらおうちに帰りたくなっちゃうじゃないですか。帰ったら帰ったで誘惑だらけでダラダラしちゃうし、空きコマは友達とおやつ食べて喋りたいし。
いろいろなことを天秤にかけた結果、朝来て頑張るのが1番いいなと気づいた次第です。

微早起き生活をしていて気づいたのは、私って夜更かしはできないけど早起きなら何とかできるんだ!ということで。

私、昔から夜更かしが本当にできないんです。
日付変わるくらいには眠くなっちゃうし、眠くなったら寝たくなっちゃうし、1度寝たら寒かろうと暑かろうと朝まで起きなくて。
自室が机のほぼ真後ろにベッドがあるという、睡魔と戦う意思ほぼ無し!!みたいな部屋なので、下手すると22時にベッドに入ってダラダラして、そのまま23時には寝てしまいます。そりゃこれだと進むものも進みませんよね。

でも朝はそうならないんです。
目覚ましが鳴って起きて、洗面所行って朝ごはん食べて着替えたら、さすがの私でももう学校行くしかないなという気持ちになって家を出られます。ちなみに私は目覚まし1つでは絶対に起きられないので、枕元に1つ(音を聞く用)と机の上に1つ(ベッドから出て止めに行く用)の2つ使っていて、それでも無意識のうちにベッドから出て止めて二度寝しています(ダメやん)

まあできれば早寝遅起きをしたいとは思っているので、朝日の気持ちよさを感じられる境地にはまだ達していませんが、外に出たら真っ暗で「あっもう1日終わっちゃった……」と思うよりは前向きに過ごすことができているんじゃないかな?と思っています。

あと朝の嫌なところはやっぱり満員電車ですね。
同じ路線を使っているうちの父は「満員電車は魂と魂のぶつかり合いを感じられるから好きだ」みたいなことを言っていましたが、これも全く理解できない境地です。

2限から行く時はわざわざ各駅で1.5倍の時間をかけてまで”空いた電車”にこだわって登校していますが、朝は何に乗ろうと問答無用で混んでいます。もうそんなに暑くもないからマシと言えばマシですが、決して積極的に乗りたいわけではありません。でも人に揉まれているとさすがに目は覚めます。

そうそう、人に揉まれているともうひとつ重要な問題が発生するんです。
空腹ですよ、空腹。

先ほどちょっとだけ「朝ご飯」というワードが出ましたが、私は朝起きてすぐご飯を食べられないので、いつも「朝ご飯食べました!」と言えるギリギリのライン(具体的には食パン半分)をとりあえず食べてから家を出て電車に乗っています。
……まあ乗るところまではそれでいいんですけど、乗り換えの駅の時点でもうおなか空いてるんですよね。覚醒してくるとおなか空くんです。ここ数日はハロウィンでもらった”トリート”に救われていましたが、これからどうしようかな?と考えています。何かしら食べ物を持ち歩こうと思います。

こんな感じで、今回は夜活にも朝活にも不向きな私が朝と格闘している様子をお話ししましたが、時刻がそろそろ23時になろうとしています。3連休だけど今朝はバイトで6時に起きていて、電車でも何だかんだ寝られなかったので正直もう瞼がくっつきかけています。1限から行くときも6時に起きてはいますが、”平日の早起き”と”休日の早起き”って気持ち的に話が違ってきますよね。小学生のときの毎朝あんなに早く起きて家を出ていて、土日もそこそこ早く起きていた私はどこへ行ったんだろう。明日も用事はあるけど、できれば9時くらいまでねt

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遅刻

(聞こえますか、わたくしは、あなたの心に直接語り掛けているあやめです。あなたの優しい心にダイレクトでお届けしております。ご機嫌いかがでしょうか。本日のわたくしは非常に気落ちしております。なぜならば、はじめてブログの更新に遅れてしまったからでございます。この場を借りてお詫びいたします。ごめんなさい。あらためて、わたくしは、あなたの、こころに、直接、はなしかけております。遅れたこと、とくに何か理由があるわけではございません。今週は金曜日がお休みでありますから、むしろ普段よりウキウキでございます。課題に追われているとか、忙しくしていたわけでもございません。にも関わらず遅刻いたしました。聞こえますでしょうか。)

(トランシーバーが起動する音)オウトウセヨ。こちらはあなたの脳みそに直接語り掛けているあやめです。マイクチェックワンツー、ちょっと違う?今回の私の魂胆は、遅刻したという事実だけで一本書き上げようというものであります。あなたにはこの私の魂胆に付き合っていただく必要があります。オウトウセヨ。世間はハロウィンから一転、クリスマスへと様相を変える中、私は何一つ変わらぬ信念をもってここに一人立っていたらかっこいいな!あなたの脳みそに直接語り掛けているわけだから、あなたもなにか返事をなさい。オウトウセヨ。

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こんにちは、遅刻した張本人のあやめです。なお、上記二名のあやめとは別人なので悪しからず。

今回は、時間がたっぷりあるのにシフトを忘れてしまい申し訳ありません。何も考えずに生活してしまいました。昨日の23:55に、「そういえば、11月上旬のシフトって結局いつだっけなァ~♪」と歯を磨きながら確認したところ、その11月1日(きょう)でありました。大変重く受け止め、再発防止に努めております。ごめんなさい。(ずるいことに、投稿した日付をいじれるので、「機械上」11月1日に投稿したあやめ、ということにしてあります。ず、ずるい…!)

と、遅刻一回に対してくどいほど悔いたので、少し話をかえます。

授業で中国古典文学について学んでいます。特に詩について学びました。そろそろ思想についてのパートに入るところなので、知識としては詩しかありません。中国の歴史については、文化史に限らず全く何もないので(三国志すらわかりません。弟は強いのですが、私にはどうも(頭を掻く)。高校の時も日本史をとっていました、世界史はからっきしです)、発見が多くて面白いのですが、そのなかでお気に入りの作者ができました。陶淵明(トウエンメイ)といいます。その人のことは、まあ面白い人なのでぜひ紹介したいところですが、私の説明がへたっぴなのでやめます。すっごく興味をお持ちの方は、こっそり耳打ちしてください。ちょっとだけお話しします。

その、陶淵明が書いた「形影神」という作品が特に好きです。有名なのであなたもご存じかもしれません。自分を形(身体)と影と精神の三つにわけて、全員で会話する、というものです。今回はそれを大いに参考にして書きました。

今日はこのあたりでおわります。

蛇足。いつも締めの言葉がわからず、恰好がつかず、どうしようか迷って、なあなあにしめています。お慈悲を。

それぞれのハロウィン

ハッピーハロウィン!

……原型がお盆であることを思うとなんだか奇妙な気がします。そうは言ったものよ私周辺では、10月31日は実質お菓子の日。「トリックオアトリート」の「トリック」はさておいて、「トリート〜♪」と言いながらお菓子を渡し合う新たなイベントが誕生しました。「トリート調達しないと!」「一方通行トリートだけどごめんね」という言葉が、まるで何年も使い馴染まれた言葉のように飛び交うのが、我々の日常であります。

まいです、ごきげんよう❀皆さんはハロウィンと聞いて何を思い出すでしょうか。

小学生の私は、「子ども会」という地域の会が開くハロウィンイベントを毎年楽しみにしていました。百均で買ったマントとハットで魔女になった次の年、手作りのカチューシャと矢印型のしっぽで小悪魔になり、小学5年生になると、いよいよ器用な母親を召喚し赤ずきんの衣装を作らせ、次の年はアリスを作っていただきました…笑 途中からおとぎ話になっていることの指摘はよしてください。ビジュアルを大事に思うお年頃だったのでしょう。(写真に残っている私は、“パン食い競走”のように吊るされたお菓子に、信じられないほど全力で食らいつくという、ありえないアリスの姿で写っています。友だちはちゃっかり隣で控えめのピースをしているというのに…。)

ちなみに二十歳を過ぎた今年は、相方とカボチャのお菓子でも作ろうとしていたのですが、11月に延期になるという始末…。

ここ10数年間の私のハロウィンで一貫していることといえば、「もはや10月31日にこだわっていないこと」と「お菓子イベントだと思い込んでいること」の2点だと思います。 

そういえば今年は例のメープルクッキーを食べてないなあ。カナダとKALDIに売っているので、どちらか近い方で買ってこようと思います。

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さて、今年の10月31日は火曜日でしたね!

私は三限までの授業を終えた後、六本木ヒルズの「ブラック・ジャック展」を訪れました。贅沢なほど数々の漫画の原稿、手塚治虫の医学生時代のノートなど、見応えのあるものばかりでした。森ビルの52階で開催されていて、ご存知の方はおわかりになると思いますが、あそこはあまり広くないんです。ですがその中にしきつめられた沢山の資料を見ているとみっちり二時間は、経過してしまいます。

手塚治虫ならではの、愛らしいイラストと、医師免許を持った彼だからこそ描ける専門的なストーリー、命に対する問や葛藤はいつの時代の人の心にも刺さる重たくそして鋭いものがあります。

どうしてもハロウィンと結びつけると、ブラック・ジャックはちょっと仮装みたいです。

今年のハロウィン(当日)はいつもとは一味違うものになりました。

言ってしまえば、今日だって明日だって自分しだいで記念日になる。

オリジナルイベントいっぱいの幸せな大学生活を送りたいです。

TIME

ご無沙汰しております、みちるです。

 

街の中央通りに人々が集まる様子を見るとき、人の消えた周縁を想像する。
人の流れと状態とを視覚的に感じながら、在東京少女であることを悔しく思う。

じきに我々は、死者の日を迎えることでしょう。
生とは光を感じることであって、決して見ることではない。私は人を感じることで、死者の日に舞い戻る予定のジョーイ・ラモーンに成り替わることを計画する。

「そこ、ほくろの位置をまちがえないように」

その通り。たったひとつ、唯一あなたにだけは看破されてしまうような身体的特徴に細心の注意を払わなければいけない。
しかし、局部のほくろを自分で見るのはあまりに勿体ないと思いませんか。

 

(間奏)

 

年末を意識するのにも早すぎないような時期だ。

私は年内にリリースされるという『クロックタワー』の復刻版をずっと待ち続けているのだが、夏以来めっきり続報が絶えている。
数年前に友人宅でPS3版をプレイし、想像を絶するほどの長い時間をかけてようやく真っ当なエンディングに到達した。「真っ当な」という表現をとるのは、本作では序盤に用意された複数の死亡ルートもエンディングの一つとして数えられるためだ。マップやアイテム、トラップが初期化ごとに変化する『クロックタワー』の絶望を味わいながら、辛くもジェニファーの生還を見届けたとき、私は(もう続編をプレイできないかもしれない)と思うほどに一つの完結した物語を愛していた。
結局、正式な続編ではないながらエッセンスを継承した『DEMENTO』も友人のプレイで確認したが、やはり『クロックタワー』ほどの満足感は得られなかった(のちに私が極端な犬派へと転向したことで犬ゲーの側面を併せ持つ『DEMENTO』の評価は一変する)。

『クロックタワー』は、出産の悲劇を描き出した作品として読むことができる。この点については『DEMENTO』も共通しているのだが、後者はより観念的に産むことについての問題を含むうえ、操作キャラクター・フィオナにはある程度敵を退けるすべが用意されている。
『クロックタワー』において操作キャラクター・ジェニファーはひたすら逃げ回り、アイテムを回収し、イベントをこなす。ジェニファーは基本的に逃走しながらマップを開拓していくことになるので、通常アクションに「攻撃」の選択肢はない(非常時のパニック対応を別として)。
10代の孤児であり少女であるジェニファーらがなす術のない脅威に相対してエンディングにかけて意図せず成長してしまうさまは、怪母メアリーが孤独と共に膨張させてきた問題と、あるいは問題の発端となった出産という出来事と重ねられる。

後作でのネタバラシというか伏線回収で怪児の生まれる理由や怪児出産そのものについて言及があるようだが、無印単体を考える場合はあまり気にしないほうが得策ではないかと思われる。
例えば小説版では、シザーマンとなる怪児は或る一族の女性の腹に出現する次元の扉を通して生まれるとされており、つまりメアリーと初期シザーマンおよび地下洞窟の嬰児との間に血縁関係はないことになる。私はこの設定について膣を経由した巨大嬰児の出産の不可能性に鑑みて追加されたものではないかと考えているが、実際のところ小説版における出産についての詳細な設定は不明であるから、予想の範囲を出ない。ただ個人的には、少なくともメアリーは血縁関係を当然のものとして把握していてほしいという希望があるので、小説版はあくまで別作として確認している。

即ち少女の成長、女の出産、喪の作業、という三種類の問題が(前者二つについては「女性の」)肉体の不随意性というひとつの軸をもって展開されるのが『クロックタワー』であった。多少古い作品なだけあって人物の造形があまりはっきりしなかったので、そういった面でも復刻版には期待しているのだが、果たして年内に発売されるのだろうか。生前のウォルター・シンプソンの形影は登場するのだろうか。望むらくは、私の愛する『クロックタワー』が卒論完遂ののちすぐに新たなパッケージを我々の前に披露してくれるように。道端のカラスに祈るばかりだ。

 

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

健康第一

 この間、久しぶりに発熱しました!といってももう元気なんですが、風邪ひいて3日間ぐらい微熱が続いた感じです。全然体温的には高熱な訳じゃなく37.0前後だったのですがこれがなかなかしんどくて!節々が痛いし頭もガンガンして目眩もするしでなんかだいぶダメダメでした。子どもの時って別に37.0くらいだったら全然平気だったのにね、歳をとっちまったんだなぁって……。
 私自分のことあまり熱とか出さない方だと思ってたんですが最近意外とそうでもないなと思って。年末年始にコロナになった時にも久しぶりに熱出したな〜とか思いましたがなんだかんだ風邪ひいて微熱出すのは1年に1回くらいやってる気がします。でも骨折とかしたことないし大病もないし手術とかもないのでまあ体は丈夫な方でしょうよ。
 熱出したのが10月半ばとかだったと思うんですがそこから鼻水が止まらなくて!喉もガラガラしていて!どうもこれは花粉症っぽいんですが、もう!しんどくて!部活とかバイトしながら自分の鼻水で溺れそうでした。めっちゃ鼻かむからズタズタだし!なんなんですか!花粉で苦しむのは春だけで良くないですか!私、秋花粉はないと思ってたんですがいつから秋もダメになったんですか???2、3年前からだと思われます。花粉、マジでやめてほしい。年々酷くなってる気がします。でもアレルギーって検査したことないけど恐らく花粉ぐらいで基本的に何でも美味しく食べられるのでまあ私は健康体と言えるでしょうよ。
 そんなこんなで私が如何に健康な人間かを語って参りました。が、私は関節が弱い。関節が私のパーフェクト健康ボディへの道を阻んできます。まだ21なのに。嫌すぎる。いつでも元気に生きたいです。では。

Special day

皆さん、こんにちは!

先日、無事にまた、1つ年を重ねることができました、ももこです。

家族からは誕生日になってすぐおめでとうラインが…。友人たちからはお祝いの言葉と共にプレゼントまで頂き…。本当にありがたい限りです。

ある友人に「名前からてっきり春生まれだと思ってたよ~」と言われました。…た、確かに!恥ずかしながら、20年近く生きてきて、自分の名前を季節から連想したことがなかったんです。というのも、ずっと前に母から、私の名前は中国の「桃」に託された意味に由来すると聞かされていまして…。中国では「桃」は不老や長寿のシンボルとされる縁起物なのだそうです。今年履修している中国文学の授業でも、「桃は古代から今日に至るまで縁起物として人々に親しまれているんですよ」と紹介されまして、聞いた瞬間は恥ずかしかったりもしたけど、何だか誇らしかったりして…。この文章を書いている今も、「何か名前負けしてるよなぁ~」なんて思いつつ、誰かが自分のために一生懸命考えてくれた名前って、それだけで価値のあるものなんだって感じています。

私はしばしば、自分が生まれた日がどんな日なのか、同じ日に生まれた人にどんな人物がいるのか、無性に調べたくなってしまう時があります。

(ちなみに…、私と同じ誕生日の有名人・偉人には、初代内閣総理大臣である伊藤博文、『ドリアン・グレイの肖像』で知られるイギリスの作家オスカー・ワイルドなどがいます!あと、これは最近知ったのですが、藤原道長がかの有名な歌「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」を読んだ日が、私が生まれた日と同じだったんです!ここに並んだ名前を見ると、何だか恐れ多くなっちゃいます…)

こういう行動をしてしまうのは、自分が生まれた日に何らかの意味を持たせたい…という生への執着だと思うんです。不安になった時、自信が無くなってしまった時、あんなことやそんなことを成し遂げた偉人や有名人が自分と同じ日に生まれ、歴史上の分岐点となることや重要なことが自分の誕生日に起こっていたとしたら…、少しだけ前を向ける気がするんですよね。自分がこれまで生きてきた人生とは関係ないところで、私は生まれた時から特別な存在なんだって認識したいんだと思います。

でも、自分がそうやって執着する誕生日は、意外にも普段の日常と変わらず、ゆっくりと穏やかに過ぎていくんです。一人暮らしをしていて改めて思うのですが、家族といた頃はそれこそパーティーなんかをしてもらうわけですけど、一人でいると、これがまあ、本当に普通の日と何も変わらない時間を過ごします。

総理大臣になる人物が生まれた日だって、数々の名作を遺す文豪が産声を上げた日だって、きっと穏やかな日であったに違いありません。誕生日には、ただ、あなたが生まれた日を祝い、その存在を特別に思う人たちが何人かいて、あなた自身もその喜びを噛みしめて感謝する…。それだけで十分なんじゃないかなと思います。

思えば、私にとって何気ない今日が、誰かにとっては特別な日かもしれない。そう考えると、世界は穏やかに見えて、毎日が特別な日なんですよね…。

人間は生まれた瞬間に、いつかはこの世界に別れを告げることが決定されます。だからこそ、生に執着して、それが一番簡単に感じられる誕生日にすがるんだと思います。でも、特別なのは生まれた日じゃない。特別なのは今日を一生懸命生きるあなたであって、私たちは過去に生きているわけではありません。

誕生日とは、「本当に特別なものは何か?」ということを私たちに考えさせてくれる点において、特別な日なんだと思います…。

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

色づく

 最近は朝晩冷え込みますね。自律神経が狂いやすくなっていると思うので、しっかりご飯食べてしっかり寝ましょう。

 日本文学科に入って以降、見え方が大きく変わったなと感じることが一つあります。それは、美術館や博物館に飾ってある巻物や絵の文字が言語情報として認識できるようになったことです。

 日本文学科では1年次に必修で「崩し字」を学びます。みみずがのたくったように見える、古文書とかにありそうなアレですね。そうです。本当に読めるようになるの!?と思うかもしれませんが、大丈夫です。絶対に読めるようになります。絶対にスキルが身につくようにカリキュラムが組まれています。

 崩し字が読めるようになった結果、美術館に飾ってある巻物や和本の「よくわからない書物の文字らしいもの」が一気に「言語情報」とか「物語」として読めるようになりました。もちろん崩し字だけではなく、文学に関する知識があって理解できることだとは思います。それでも崩し字について学ぶ前後では見えてくる世界が全く違いますし、はじめて博物館で崩し字を読んだ時のときめきは忘れられません。何がかいてあるのかわかる、わかるぞと。ムスカの気持ちもわかります。博物館の解説文も丁寧にわかりやすく解説してくれると思いますが、文字が読めるだけでなく、知識の有無でその面白さは100倍、いや1000倍ぐらいには変わるんじゃないかと思います。世界がパッと色づいたようなこの面白さ、是非みなさんにも感じてほしい。つまり日本文学科はいいぞ、という布教です。

これは文字に限った話なので他にもたくさんあるのですが、それはまた次回にするとして。

 ここのところ、室内に暖房がかかるようになったからなのか、すごく肌が乾燥しませんか?特に手が。甲なんかがっさがさでひび割れてしまってつらいです。そこでおすすめのハンドクリームですが、ユースキンは高保湿でべたつかず、香りもうっすらつく程度なので激推しです。体調が悪くて強い香りがダメな時でも使えるのがありがたい。私は去年出た限定パッケージのものを使っています。あと、お家用ならアトリックスのハンドクリームも使いやすいです。手タレの方がお使いと聞いて買ったのですが、ピーチティーのいい香りがしてリラックスできるので寝る前に塗っています。(決してメーカーの回し者ではありません)

まだまだ日中の紫外線が降り注いでいるので、日焼け止め塗って日傘さしてしっかり保湿していきましょうね。では、また。

 

Je t’aime

皆さん、こんにちは。

秋も深まり、朝晩の寒暖差に服装を悩ませる季節ですね。

後期の授業も3分の1ほど終了し、2023年は残り2ヶ月ほどで時間の流れが早く感じます。

世間はもうすぐハロウィンですね。日本では仮装という名のコスプレをして街中を、風を切って歩ける日になっていますが(偏見)、もともとハロウィンは死者を思い、あの世からくる死者をもてなし供養する日として大切にされていたそうです。供養を怠ると魔女や悪魔が来て災いをもたらすので、身を守るために仲間の振りで仮装が始まったという説があり、今の日本の娯楽イベントとは離れている印象を受けます。クリスマスもバレンタインデーも日本では娯楽イベントに発展を遂げるので、そこは日本人の寛容さというか、ミーハー気質を感じます。

ハロウィンをテーマに書こうとPCに向かったものの、話題にできることがありすぎてまとまらず、小一時間ほど悩んでいました。長考の結果、やはり最推し様の誕生日を祝おうかと思います。最推し様というのはアイドルゲーム「あんさんぶるスターズ」に登場するValkyrieの斎宮宗(以下、宗様)のことです。宗様は来る10月30日お誕生日を迎えます。「ハロウィンじゃないのか」と思われた方もいるかもしれませんが、宗様の誕生日が10月30日、つまりハロウィンの前日であることを語らせてください。

宗様は、生粋の芸術家で舞台芸術とも呼ぶべきアイドルの舞台を自身のユニットValkyrieにて制作しています。今でこそ芸術を愛する情熱的なアイドルですが、登場時はかなり変わり者で気難しい人物という印象が強かったのです。その背景として、所謂天才に分類される宗様は、学園の治安を正すための生贄にされ、創作活動を行えなくなっていたということがあります。同じく生贄になった「五奇人」が一人ずつ討伐され、メインストーリーに繋がるのですが、「五奇人」の他に「三奇人」というワードも存在します。「五奇人」のなかの「三奇人」という括りで、この言葉を作った人物が生贄を選ぶ際、「三奇人」では強すぎるため、綻びを生むために2人追加して「五奇人」にした経緯があります。穿った考え方をすれば、数合わせ。「三奇人」になれない、(誉め言葉として使いますが、)バケモノになれない宗様。宗様がハロウィンの前日に誕生なさるのは、そんな背景が透けて見えるようで、私の情緒は非常に狂わされています。

未だ過去に囚われている悲しきヲタクなので、悲観的な考察をしてしまいがちですが、今の宗様が芸術を創造してくださるという事実があればそれだけでもいいと思っています。むしろ10月30日であることが、人間を愛する宗様を人間にしている所以だとも言えますね。

何より、宗様がこの日に沢山の人にお祝いされているのを見るのが、私の幸せなのです。

誕生日の日付だけで、話がここまで進められるのはヲタクの性だと感心します。正直まだ足りない。宗様の年齢を越えようと敬愛するこの気持ちは変わらないので、敬称をつけて呼ばせていただきます。余談ですが、斎宮宗は創り出す舞台の芸術性から、ファンの間で大いに信仰されており、「斎宮宗教」という言葉があったり、ファンが信者を自称したりと重めに愛されています。

宗様誕生祭まであと数日。そろそろ美味しいケーキとクロワッサンを探す旅に出かけます。

今回もお付き合いいただきありがとうございました。

思い出振り返り日記。~京都・下鴨神社編~

皆さん、こんばんは!ずきです。

10月25日は「リクエストの日」なのだそうです。1936年の10月25日に、ベルリンのドイツ放送局で世界初のラジオのリクエスト番組が始まったことにちなんで制定されたとのこと。ラジオでの「リクエスト」というと今では当たり前のように感じますが、どのようなことにも「始まり」があるのだと再認識させられました。

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さて、前回のブログでもお伝えしましたが、10月21日~23日にかけて、一人京都旅行に出掛けておりました。帰ってきたばかりのずきさん、何を語るのか。皆さんどうぞお楽しみに。
それでは、このコーナーに参りましょう!(?)

『思い出振り返り日記~!』

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さぁ、始まりました。『思い出振り返り日記。』のコーナー。私、ずきの旅行の様子についてお話していくコーナーです。慣れたような雰囲気で紹介していますが…何を隠そう、今回が初回です。慣れない形でのお届けで緊張していますが…良かったら最後までお付き合いくださいねっ!今回は「京都・下鴨神社編」と題してお送りしていきますよ~。今回の旅の最大の目的は、世界遺産・賀茂御祖神社(以降:下鴨神社)で開催の朗読劇『鴨の音(かものね)』の観劇です。それでは行ってみましょう~。

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まずは1日目。
朝9時半、東京駅発の新幹線に乗り、約2時間半で京都駅に到着した私。予約していた駅近くのホテルには15時チェックインでしたが、荷物を預かってもらうために早めに行ったところ、そのままチェックイン出来ました。
部屋は修学旅行で泊まる部屋のような、昭和な雰囲気漂う和室の部屋。5人ほどの大人数が泊まれそうな部屋に1人!でんぐり返しだって、ダンスだって堂々と出来てしまう広さです。部屋の鍵は最近ガチャガチャでも見かける、四角いアクリルキーホルダー付きっていう…あの長方形のキーホルダー、伝わります…かね…?

まあ、そんなわけで荷物を置いて、とても身軽になりました。ただ、1日目の朗読劇開演は19時。現在13時。まだ時間があります。『せっかく京都に来たから、観光したい!』となり、三十三間堂(蓮華王院)とその向かいにある京都国立博物館に行ってきました。
三十三間堂は、自分が行っていなかった10年の間で発掘や敷地内の整備が進んでいたり、京都国立博物館では特別展のために名品ギャラリー(平常展示)が休止していたりと、予想外の出来事に驚くこともありつつ、楽しんで来ました。

さて、そこからバスで移動し、会場である下鴨神社に到着です。会場物販で個人的にお目当てだった、公演台本と琥珀糖を購入!両方とも、観劇後のお楽しみですね。

現地での購入品(台本と琥珀糖)、鳥居の前にて

最近は日が暮れるのも早くなってまいりましたが、この日もあっという間に辺りが暗くなり、冷え込みが厳しくなりました。
よく考えてみたら、神社は普段17時ごろには閉場してしまうので、19時に神社に居られるなんて、なかなか無い経験ですよね。では、ここで(ラジオコーナーという設定は無視して)会場の雰囲気を写真でたっぷりお伝えします。

楼門の提灯ライトアップ

ご出演の声優の皆さんや関係者の方々、協賛の団体名が書かれた提灯の並びは圧巻です。昨年も訪れましたが、昨年よりも明らかに提灯の数が増えていました。写真には映っていませんが篝火も焚かれていて、温かさと幻想的な雰囲気が心地よかったです。
楼門をくぐってすぐ、正面にある「舞殿(ぶでん)」で朗読劇が繰り広げられます。

舞殿・1日目開演前に座席付近から

朗読劇の今年のサブタイトルは「恋詠歌林(れんえいかりん)」。毎年、下鴨神社に伝わる話や境内にある神社に絡めて話が展開しているのですが、今年は「恋の和歌」がテーマ。下鴨神社に関わりがあった式子内親王や藤原定家が物語に登場していました。

話の展開や人物の関係性は知識がないと少々難解な部分があったので、日本文学科で知識を身につけられて良かったと思いました。(ただ、忘れていることもあったので、ホテルで台本を読んで復習しておきました。)

物語は、時空を越えて紡がれる、心温まる恋のお話。
天気予報になかった小雨が降り、さっと上がったと思ったらどこからともなく風が吹く、という自然の演出もあって、声優さんの演技と神社の力を心ゆくまで楽しむことが出来ました。
心温まるお話の余韻に浸ろうと思いましたが、やはり屋外!小雨も降ったことで、とんでもなく寒い…!カイロ以外の防寒具をホテルに置いてきてしまったことを後悔しながら、その日は足早に会場を後にしました。

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2日目。
朗読劇の余韻に浸って起床。大変良い目覚めでございますが…。
起床時間、10時。
えっ。
10時ですよ、10時。いくら何でも遅すぎますね、反省。でも、ぐっすり寝ることが出来たので結果オーライ。
この日の予定は下鴨神社の散策だけ、何せ今回は1人旅!のんびり気ままに行動です。

楼門と秋空

そんなこんなで、正午頃に神社に到着。お昼の景色は、夜とはまた違った雰囲気ですよね。秋晴れの空に、楼門や鳥居の朱が映えていました。

昨年は月曜1限の授業があったために長く居られなかったので、今回は思う存分満喫してきましたよ。その様子をお伝えしましょう。

みずみくじ、結果は…

まずは、境内の御手洗池(みたらしいけ)で引いた「みずみくじ」。結果は…大吉!!!内容は上々でしたが、「願い事、油断すれば叶わず」とのことなので気をつけたいと思います。

参拝記念パネルと媛守(ひめまもり)

そして、こちら。参拝記念の顔出しパネル。声優ファンにとっては聖地のようなパネル。というのも、これまでの出演者の皆さん(全員ではありません)が、このパネルに顔出しで写真に映ってくださっているんです。昨年は見つけられなかったので、念願のご対面!記念に授かった「媛守」と共に記念撮影。

この神社のお守りとして有名なのが、この「媛守」と「彦守」、それから「鴨の音守」。是非参拝される際はお手に取ってみてください。お守りとの素敵な出会いがありますように…。

ここで1つ、後悔したこと。「みたらし団子」を食べ忘れたこと!「みたらし団子発祥の地」と言われている場所のみたらし団子…。散策の計画に入れることを失念しており、戻ってきてから思い出すという失態。来年の公演に行けそうだったら、リベンジします。

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さあ!公演2日目です。やはり演技は”生もの”でして、1日目と2日目で声優さんが演技を変えている箇所は勿論、今年は1日目と2日目で演出が変更になっていると感じた場面が幾つかありました。(台詞の抑揚の入れ方や台本にないアドリブ、台詞を読む役者さんの変更など)その違いを世界遺産の神社で楽しむことが出来たのも、贅沢な話です。

舞殿・2日目終演後に座席付近から

終演後の挨拶の際、声優の皆さんが楼門の上の方を指さして和やかに談笑されていたのですが、この日は1日目よりも綺麗に月が出ていました。ちなみに1日目は開演19時で、2日目は開演17時。2時間も違えば、月の位置も違いますよね。月の輝きと幻想的な会場の雰囲気、忘れられないものになりました。

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さて、ここで1曲。お届けしますのは……。あ!ラジオコーナーという(設定である)こと、「忘れてた」なんて言わないでくださいね……!

「朗読劇『鴨の音』第四夜~恋詠歌林~」のエンディングテーマ。藤井フミヤさんで「君に会えてよかった (2012 Album Mix)」です、どうぞ。
(藤井さん公式YouTubeチャンネルからのお届けですが、こちらはYouTube Music Premiumのメンバーの方のみ視聴可能とのことです。ご了承ください!)

お届けいたしましたのは、藤井フミヤさんで「君に会えてよかった (2012 Album Mix)」でした。

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あっという間に、最終日の3日目です。行きと同じく、帰りも朝9時半の新幹線で帰りました。なぜなら、東京に戻ってきたら自宅に荷物を下ろしてそのまま大学に行くつもりだったから!12時頃に東京駅に着いて、家に帰って月曜4限(15時10分から)なら間に合うと思って予定を組んでいたんです。
しか~し!ここでまさかのアクシデント!新幹線の運転見合わせ……。ちょうどこの日、沿線で火災が発生し、一時運転見合わせになってしまったんです。幸い、1時間程度の遅れで済み、さらに大学の授業も先生の体調不良で対面からオンデマンド型に変更。計画よりものんびりした旅になりましたが、ある意味運が良かったのかもしれませんね。
そんなわけで、私の一人京都旅行は無事に終了したのでした――。

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…ということで、お送りしてきました『思い出振り返り日記。』
いかがだったでしょうか。そろそろ、お別れのお時間です。

藤井フミヤさんの「未完成タワー」をお聞きいただきながらのエンディングとなります。

実はこの朗読劇『鴨の音』、ラジオ版も放送されています。毎週日曜日に声優の中井和哉さんと下野紘さんがパーソナリティーをされている番組です。

https://www.joqr.co.jp/qr/program/kamonone/

このブログは、『鴨の音』というコンテンツへのリスペクトを込めて書かせていただきました。気になる方は是非、チェックしてみてくださいね!前回も紹介しましたが、改めてリンクを貼っておきます。

https://www.kamonone.com/

今回はかなり長めに(おそらく過去最長で)お送りしましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
『思い出振り返り日記』。ここまでのお相手は、ずきでした。
それでは、また。