ソロ活

こんにちは、さくらです!
関東ではついに梅雨明け宣言が出されてこれから更に暑くなっていきそうですが皆さんいかがお過ごしですか。今日は原点(?)に立ち返って日本文学科生の学校のある1日をご紹介したいと思います!


ある1日。
本日の授業は2限のみですが、とある「目標」を持っていつもより30分以上早い電車に乗ってみました。いつも同じ時間に電車に乗るメンバーとは顔ぶれの違う車内に特に何の感情も抱かず、どの席が空くかをハンターのように狙いながら電車に揺られます。


am.09:50
大学の最寄り駅である護国寺駅に到着しました。授業は10:50からなので1時間以上の余裕があります。いつもは改札を出て左に曲がり大学へと向かうのですが、本実は右に曲がってみます。ちなみに右には講談社さんがあり、護国寺駅には講談社さんでの連載漫画や小説のポスターが掲示されています。定期的に変わるこのポスターをみるのが大学に来る楽しみノひとつでもありますね。
私は書店員なのでこうやって新刊の告知をしてくれたり、アニメ化作品を教えて下さると「あ、これ今日売れそうだな〜」とか「アニメ化なら棚の配置変わるから確認しとかなきゃ」などバイトに生かせることがあるので助かっています。
ありがとう、講談社さん。


まぁ本日の目的は講談社さんではなく、向かいにある和菓子屋「群林堂」です!
豆大福が有名なお店らしくあたらしく始めたバイトの方でバイト仲間の方に教えて頂きました。もう2年以上大学に通っているのに初めて聞いたし初めて来ました。
クチコミで調査すると大人気店で、午前中には売り切れるらしい。開店前は列も出来る、との事でしたので時間にゆとりを持ってきたのですが、行ってみると難なく入れました!みたらし団子も気になったのですが、ここは有名な豆大福と豆餅を購入。


予想以上に時間が余りましたが、とりあえず2限を目指して大学に向かいます。


am.10:15
香雪館4階の教室に到着しました。
まだ誰も来ていないだろうと思っていましたが、以外にも先客が。授業開始までの時間は課題作成に勤しみます……。
朝ごはんを食べていなかったので、買ったばかりの豆餅にチャレンジしてみます。和菓子屋さんなので甘いお餅を想像していたのですが、まさかのしょっぱい!でも豆がゴロゴロ入っていて、求肥?餅?は柔らかくて食べごたえがあります。このしょっぱい皮で餡を包んだ豆大福はめちゃくちゃ美味しいだろうなぁ〜と思いつつ、母へのお土産として取っておきます。


am.10:50
ポチポチとスマホで課題をやっているとあっという間に2限開始時刻です。教授が出席兼課題の回収をして授業終了。
友達と大学にバイバイして颯爽と帰宅です。
大学生の1日を紹介すると言ったはずなのに、全く授業の無い日を紹介するという大嘘つきです。今の時期は前期終盤で最終授業日はテストだったり、課題提出だったりと時間が短くなることが多いですね。
西野カナの「GO FOR IT!」を聞きながらてってけ護国寺駅に向かいます。
もう帰宅だけだろ、コイツ。とは思っては行けません。今日は2限が秒速で終わることは知っていたのでせっかくなら神保町でソロ活をしたい!そのために電車で神保町に向かいます。
本当は神保町まで歩いたら1時間弱なのでのんびり徒歩で行こうと思っていたのですが、午後から天気が悪くなるらしいので早めにことを済ますため電車で向かいます。


am.11:40
神保町に着きました!
まずはお昼ご飯としてラーメン「平太周」へ。
1年生の頃に背脂ちゃっちゃラーメンと二郎系ラーメンにハマり、週3の頻度でたくさんのお店を回ってました。二郎も好きなんですが、やっぱり背脂ちゃっちゃの方が食べてる!って感じがするんですよ。数々のラーメン店がひしめく神保町でもとりわけ気に入ったのがこのラーメン「平太周」です。
こういうラーメン屋さんは食券制なので意外と緊張せずに入れます。入口でお店定番のこってりラーメンの食券を購入。カウンターで店員さんに渡します。この時に【油、味の濃さ、ニンニクの量】を聞かれます。だいたい「お好みの味はありますか?」と聞かれますね。
久しぶりだったので今回は全部普通の量で注文しました。あとは席に座って待つのみ。
ちなみにこういうラーメン屋さんは男女比9:1です。女性が自分しかいない、ということがほとんどですが、臆せず入って堂々と注文するのがラーメンを楽しむ極意です。


5分ほどしてラーメンが到着。
ここのラーメンはスープが美味しいんです。
スープを飲んでるけれど美味い油を食べている感覚になれるんです。平太周は割とチェーン店でもあるので皆さんお近くにお店があったらぜひ行ってみてください!


am.12:00
カウンターラーメン店では効率重視です。
食べ終わったらお礼を言い、さっさと店を出ます。朝をそれほどしっかり食べていないのでまだお腹には余裕があります。ここで休憩に喫茶店へ向かいます。


ここは喫茶「さぼうる」。
喫茶「さぼうる」は1と2が並んで立っています。2ではしっかりしたご飯を食べることができ、1では基本ドリンクのみとなっています。(軽食はありますが)
ご飯はガッツリ食べてきたので、私は1へ。2はお昼時だったこともあり、多少列が出来ていましたが、帰る時には無くなってましたのでご飯もドリンクも楽しみたい!という方は2がオススメです。
このお店は神保町に行くと話した時に友達にも姉にもオススメされたのでかなり有名なんだと思います。
薄暗い店内に通され、席に案内されます。注文は既に決まっていたので、そのまま店員さんにクリームソーダを注文。カラフルなクリームソーダはこの喫茶店の名物らしいです。


クリームソーダと一緒にピーナッツが届きました。コメダ珈琲みたいですね。インスタと記録用に数枚写真を撮り、いざ実食。
アイスクリームが今まで食べたクリームソーダの中でも群を抜いて美味しかったです!スプーンで掬いやすい程度に溶けたアイスとソーダを交互に楽しむのがクリームソーダの醍醐味ですよね。いくつになってもクリームソーダは大好きです。
食べ終わった頃にちょうど団体さんがいらっしゃったのでさっさと立ち去ります。ソロ活の良さは自分の感覚でテキパキ行動できるところですよね。


am.12:30
私のソロ活はまだまだ終わりません。
水道橋近くまで移動し、続いてはかき氷屋さんを訪れました。
夏といえばかき氷!まだかき氷解禁をしてなかったのでこの機会に1人で解禁して来ました。
桃とマスカルポーネのかき氷を目当てに来ましたがどうやら午前中で終わってしまったみたい……。まぁ定番から始める夏も悪くないといちごとヨーグルトのかき氷を注文しました。


真っ赤なかき氷が美味しそう!
てっぺんと中にはさくらんぼがゴロゴロ入っていて、上部に乗ったヨーグルトもいいアクセントになります。氷自体もヨーグルトといちごを混ぜたもののようでどこを食べても味にバリエーションがあり、とっても美味しかったです!


am.12:50
さーて次はパンケーキを食べに行って紅茶専門店でミルクティーをテイクアウトして帰ろう!と思っていたのですが、ここで急な雨☔️
傘は持っていましたが、晴れの時よりかは歩くのも億劫になるし、まぁ十分に満足したしとここで帰宅。
神保町ソロ活は終了です。
家に帰って15:00からの会社説明会を受け本日のタスクは終了です。

私事なのですが最近vlogを見るのにハマっていまして。

自分でも作ってみたところ、思ったよりも友人に好評だったのでこの一日をvlogとしてまとめてみました。途中から思い付いたことなのであまりにも素材が少なすぎる動画ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです!

(注意:音が出ます!! 音無しでも問題ありません!)


さて、いかがでしたでしょうか。

毎日こんな日を送っている訳では無いのであくまでも一例なのですが、大学生になると自分1人で行動する身軽さがより深く分かるようになりました。定期もあって行動範囲も広がるので、大学が早く終わった日は皆さんぜひソロ活を楽しんでみてください!
では本日もお付き合い頂きありがとうございます!

夏休みの予定

 皆さんこんにちは、あかりです。今年の夏休み、皆さんは何をして過ごされますか?せっかくの長期休暇ですから、どこか旅行などに行かれる方も多いのではないでしょうか。

かくいう私も、9月の上旬にサークルの合宿で秩父へ行く予定です。合宿って中々ハードだけど、友達とお泊りするのは楽しみだな~、なんて思いながらスケジュール帳を開くとある日の予定が目に飛び込んできました。

 ああ、フリーズってこういうことを言うのか。美少女でも戦士でもありませんが思考回路はショート寸前。運命は時として残酷。そんな言葉がしっくりくるような衝撃でした。

 合宿の翌週の土曜日。そこには「振袖前撮り」の文字がありました。終わった。

 説明しよう!なぜあかりがこんなにもショックを受けているのかというと、「サークルの合宿=ぷよぷよ街道まっしぐら」だからであーる!あかりが所属しているサークルは茶道部。2泊3日宿に缶詰め状態で行われる合宿はひたすらお稽古に励む超ハード合宿なのだが、いかんせん茶道部なせいでその実ただの食っちゃ寝なのであーる!ちなみにほぼずっと正座なので運動もない。

 はい終わった。誰も悪くないけどめっちゃショック~。つらたん。いくら着物が体型隠せるといっても限度はあるんですよ。着物屋さんは「当日タオル持ってきてね」って言ってたけどタオル不要になるかもしれない。やった~!荷物減るぞ、ラッキー!

 というわけで、せめてもの抵抗で現在食べる量を抑えるべく奮闘中です。普段全然やらないけれど、運動も毎日コツコツできたらいいなと思ってます。だけどこういうときに限って冷凍庫のチョコモナカジャンボが誘惑してくる…。やめてチョコモナカジャンボ、そんな美味しそうなパッケージを見せつけないで!食べたくなっちゃうじゃない!(必死に抗っていますが、これ書いた翌日は多分食べてます。煩悩って怖いですね!)甘味との戦いは続くよどこまでも。

さて、だいぶふざけた&短めなブログになりましたが、今回はこの辺で終わりたいと思います。多分次回はもう少しちゃんとしたの書くと思います。多分。

それでは、また。皆さんの夏休みが素敵な休暇になりますように。

すくすく成長中

こんにちは、ゆきほです🍵

先日誕生日を迎えて22歳になりました。

今年の誕生日は当日にケーキを食べ家族に祝ってもらい、誕生日の週の日曜日には高校の友人たちと会ってプレゼントをいただいてきました。それがこちら。

COACHの紙袋とかポケモンセンターの袋とかに擬態して渡されましたが、中身を見たら全てアンパンマンでした。アンパンマンぽいけど違うやつが1つだけあるので、探してみてください。私もしかして2歳児とかだと思われているんでしょうか。

「親にびっくりされちゃうって……」とツッコミつつ、「いやでも、これはめちゃくちゃ夢がある!!」と大喜びして始まった22歳。今年も元気に頑張ります!

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私は去年、友人から指摘されて「自分が方向音痴だ」という衝撃の事実を知りました。

あのときの衝撃については、去年の8月に更新した記事に書いてあるので、本日分の記事と併せてご覧ください。

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2023/08/25/

未だにちょっと信じられていない部分もありますが、一応方向音痴を自覚したことで、「現地集合」はできるだけ避けよう(十中八九迷うため、待ち合わせるなら駅とか分かりやすいところで)とか、「徒歩5分」は信じずに30分くらい余裕を持たせよう(余裕を持たせたのに遠回りに遠回りを重ねたっぽくて、指定された時間の5分前に到着するというヒヤヒヤ事件もよくあります)とか、対策を取ることができるようになりました。

今まで初めての土地に行くときは、一旦適当な建物を目的地と仮定して行ってみるという攻略法を取っていましたが(それで正解を引き当てたことはないのに、なぜかちゃんと目的地には着くんです)、最近はちゃんとGoogleマップを見ます。スマホくるくる回してどっちに進めばいいのかな~と考えています。

こんな感じで自身の方向音痴と向き合い始めた最中、友人からの指摘でまた衝撃的な事実に気づいてしまいました。

「ゆきほちゃんって思ってること全部顔に出るよね」

***

え!?!?そんなことないんだけど!?!?
……なんてことは、思っていてももう言えません。今回も方向音痴発覚のときと同様、母に確認を取り、その通りだという旨の返答が来ました。

まあ、これに関しても思い当たる節はあるっちゃあります。

それこそ小中学生の時母と出かけたときは、そんな態度を取っているつもりはなかったのに「疲れたという態度を取るな」と毎回のように怒られていたし、高校の修学旅行では、着物を着てかわいくて美味しいパフェを食べているにも関わらず、疲れ果てて絶望した顔でスプーンを持った姿を撮られてしまいました。同じく絶望顔をした友人が写っているためさすがにここに載せるわけにはいきませんが、この写真は今もことある度に散々掘り返されているし、かく言う私もネタとして使っているのでいつでもお見せできます。

でもここ数年は、そういう「顔に出ている」系の指摘を受けることって全然なかったんですよ。まあ私もだいぶ大人になったし、ポーカーフェイスになったのかな?と思っていたのに。今になって急にそんなこと言われるからびっくりしちゃって。

あっ、そういえば大学に入学してから私けっこうずっとマスクつけてましたよね。去年の夏以降とかに外すようになってから大学の友人に指摘されるようになったと……あれ?これってここ数年はマスクで隠れていただけで、べつに成長したわけじゃないんじゃない?いや、そんなはずは………

***

この前電車に乗っていたとき、何とは言いませんがちょっと不快になるような状況に出くわしました。

うわ~~~と頭の中で思いながらその方向をガン見していたときに、ふと自分の眉間にしわが寄って目が細くなって、口が「うわ~~~」という形をしていることに気づいて。あっ、これが「顔に全部出てる」ってこと……?今苦虫を噛みつぶしたような顔してんな?私、と考えていました。

「私は自分がポーカーフェイスだと思っていた」と話したときに、目の前で「自分のことを方向感覚がよくてポーカーフェイスだと思ってたの!?!?」と笑い崩れた友人達の姿を、私はきっと忘れません。

ではまた。

逸らさない夏

薄暗い室内に突如オレンジ色の光線が点滅する。人型のシルエットにも光が当たり、拍手。友人の顔が、笑った顔がそこにある。

人生の大半、歌とともに歩んでいる私の周りにはもちろん、その道を選び極めている人たちがいる。しかしその友人は違った。

音楽は好きだろうけど、高校時代「同業者」ではなかった。大学も音楽系にいったわけではない。なのに、今彼女は、肩から下げたギターに手を添えマイクの前で歌っている。口ずさんでいる。彼女の気持ちや人生や魂を込めている。

弾き語りというジャンルでゆくゆくは名を馳せたいと、小さなライブ会場でファンを確かなものにしていく彼女は美しかった。

運動神経がよく活発で、でも実は感傷的で人情深い彼女のことだから、「表現」の世界へ行ったのは何も意外なことではなかった。

しかしなんだろう、とても嬉しい、すごいよ、と拍手を送った分だけ私は悲しくなった。

すごいねと言った分だけ、拍手をした分だけ、私の「観客」としての輪郭が明確になっていく。私は観客Aとして自立していく。もはや「同業者」などと言えない。

私は本当は何がしたいのか。

私は何か大事なものを見て見ぬふりをしていた気がする。

声楽家の姉を持つ我が家で「歌」と言ったら姉だった。なんとなく「キャラ被り」はなしだった。小学校や中学校の音楽の先生に声楽の道を勧められ、将来そちらの道に行きたくなった時のためにピアノを習ってみるのはどうかと母が提案してくれ、私はどう思っていたのか、今はもう思い出せない。ただ「音楽は趣味だから学ぶことはない」と言っていた。それが正解のような気もした。

絵画も好きだった。イラストは描いても絵の具を使う人は我が家にいなかった。「まいちゃんは絵」だった。どちらかと言えば絵を学ぶ可能性はあると思った。でも高校は人文学に進んだ。

高校には美術系の学生もいて、「絵を学んでいる」人たちはやっぱり美味かった。油絵の具で汚れたジャージを着て、行事の前日には黒板アートを描いていた。中学校までは自分が担っていた「絵を描く役割」は必要なくなった。上手い人たちはいくらでもいた。

同時に私は安心した。自分が人文系であることに安堵した。

「人文系なのに絵を描ける」というレッテルにすがった。今だってそうだ。歌の世界に本当に飛び込めば私は特別ではないのだろう。「歌手じゃないのに上手い」という評価は歌手じゃないからもらえるものだ。

でも、それでいいのだろうか。

私はたまらなくずるい気がする。

いつも自分が優位に立てるフィールドを選びそこに居座っているだけ。ここを一歩飛び出せば大海原、面舵いっぱい切れる自信など無く、出航しない船に乗り潮騒に耳をすませている。向こうの景色は私には関係のないことにする。

*****

まいです、ごきげんよう❀

薄々感じていながらもなんとなく目を逸らしてきたことって誰しもあると思います。

私はまさにそうで。何をやっても基本的に楽しめるのが私の長所ではあるのですが、楽しさや充実感でごまかして本当にやりたいことを後回しにしてきた気がします。

弾き語りでライブなどに出はじめた友人は、私の書く詩で歌を書きたいと言ってくれました。

そのとき私は想像しました。

その子に詩をあげればその子はきっと賞賛してくれる。でもその喜びはどのくらい私を満たすかな。

私の作品を他人にあげてしまって、そのとき私はどう感じるのかな。

想像すると、いや、私も歌う身だし音楽をつけるなら自分がいいなと思いました。

早速自分の詩に曲を付けていきました。正確には詩ではなく「歌詞」を作るところから。

これを歌ってミュージックビデオを撮って、世に出してみようかな。楽しそうだな。いや、バックミュージックつけられないな。私、楽器演奏できないんだった…

最近では楽器がなくても曲を作れるアプリなどがあるのでまずは自力で試してみようかなと思います。なんでも1人でやっているとどんどん排他的になってしまうから、大丈夫かしらと懸念はありつつですが。

*****

この夏は、自分の好きなことに正直に向き合い時間を使おうと思います。もちろん就職活動も必要ですが、自分の好きなことや本当にやりたいことを考えることは少なくとも私の人生においてとてつもなく重要な気がしていて。自然と就職活動にもプラスの影響があるとさえ思っています。

いつからか、諦めるくせがついていました。コロナからかな?それとも、元から?適度に脱力しているのが格好良い気がしてしまうのは遅れてきた思春期でしょうか。そういえばなんで思春期って春を思うと書くのだろう。綺麗な意味だといいけれど、どうかな。私は常に流動的であるはずの人の感情を「過程時期」で区切ることが好きではありません。「思春期だからこういうのは嫌がる」「反抗期だから生意気」……って、順序が逆じゃないですか?そもそも「○○期」という言葉は日常で用いるものなのかなと疑問に思います。

話が逸れました。

この夏は自分のやりたいことに向き合うことが目標!

「やりたいこと」でありながら、いざそれをやるというのは、私にとってはかなり難しいことな気がします……が、ぜひここにおいては話を逸らさず、生きてみようと思います。

東京ぐだぐだ歩き

6月半ばにじっくり味わわされていた風邪生活が功を奏して、体力もとい筋肉量が減りました。前までは1日5万歩歩いても翌日4万歩ける人だったのが、学校の行き帰りでぜーぜー言ってます。よかったな風邪菌。最悪だよ。

ついこの間も、飯と酒が美味かったのとテストが終わったのと何よりも再会の興奮で、「月島から渋谷まで歩こうぜ!」といいだした素面友人どもに、歌詞しりとりなどを楽しみながら着いていって3万歩。翌々日まで腰がバッキバキ。脚もふらふら。これはまずい弱ったなと思いました。歩いている途中からそれらの症状は来ていて、友人どもが居なければ間違いなく暴言を吐きながら歩いていたと思います。しかし、それは行こうぜと言った友人どもも同じで、隅田川を渡って銀座、東京、永田町、赤坂、表参道と首都東京の代表例ばかり歩いてきたのですが、渋谷の109を見た時の私たちの気持ちといたしましては、長年砂漠を歩いてきたら目の前にロサンゼルスがあったかのようでした。夜0時近くにして酷く暑かったので、周りの人達と違ってもはや風呂掃除に失敗した人達のような出で立ちをしていました。電車の冷房が気持ち良い。表参道を前に、この調子で明大前まで行こうぜと、友人どものうちの1人が言い出した時には本当に肝が冷えましたし、残り全員で止められて本当に良かったと安心しております。(涼しくなったらやろうね)

***

東京を歩いたことといえば、主催が何も書かないのもおかしいなと思い直したので、ちょっとだけ文学散歩〜浅草編〜の番外編をお送りいたします。(メインは来年度配布予定の研究ノートに担当の方が書いてくださるので)

日本文学科にございます、国語国文学会主催で先日、浅草駅周辺の文学の舞台(浅草寺・浅草神社など)を観てまわりました。ぐだぐだな説明で大変申し訳ございませんでしたが、浅草神社ではお祭りがちょうどやっていて謎の芸能を観たりと、とても楽しいひと時を過ごすことができました。

皆さまと別れたあと一人神谷バーに走り込み、デンキブランとハチブドーパンチとカマンベール揚げを楽しみました!ずっと呑んでみたかったデンキブラン。40度の電氣ブランはちょっと怖くて手が出せませんでしたが、30度のをロックで行くのは初めてです。

チケットを買って、席について、しばらく待っていると一番最初に来たのが、早速のデンキブラン!ええ、早速ですか、とあたりを見回すと、カウンターに目が行きます。皆さんお頼みになるので、カウンターにはデンキブランがずらりと待機待ち。そりゃ早く来るわなと納得し、いざ、ぐっといくと、まろやか!しかしすぐ後に来る舌のピリピリ感よ!美味しい!楽しい!美味しい!

水をぐいっと飲むと、こめかみあたりを掴まれるような感覚、次にフワフワと。お前の脳はここにあるぞと自覚させられます。顔が火照るのを自覚し、まずいかしらと思っていると、「お待たせ致しました」とカマンベール揚げとハチブドーパンチが来ました。酒の次に酒はまずいかしらと、カマンベール揚げを箸で挟みます。アツアツでサクッとした揚げたての衣の中から、もっと熱いカマンベールが溶け出します。うーーんこれもすごく美味い!!すでに満足ではありますが、次はそれが酒であることも半ば忘れつつ、ハチブドーパンチに手を伸ばします。

なんだこれは!

非常に甘い。とにかく甘い。デンキブランの後だと尚更、これは本当に入っているのだろうかと思うアルコール量(3%)。ぐいぐい呑んでしまいます。美味しい。疲れていたからってのもあるけれど、デンキブランより美味しいように思えました。

神谷バーはその外見から暗くて大人っぽいバーなのかなと思っておりましたが、全然そんなことなく、明るくて食堂みたいで安心して楽しめました!浅草は学校からだとアクセスが悪いですが、また上野の方に行く用事があったら、ついでに行っても良いなと思っております。

学会企画はこれからも開催予定で、近日実施のものはすでに会員の方々へアナウンス済みです。お時間ありましたら是非ご参加ください。(これほどまで学生主体イベントを学科の名の下でやっているところは無いので、今後生きていく上での話のネタに十分なりえると思います)

***

このように、大学が東京にあるので、特に午前中に授業が終わる時などは、ちょっと遊びに行こうかな飲みに行こうかな本読みに行こうかなと思って行ったり行かなかったりするわけですが、正直色々遠いです。歩きだと。浅草も月島もそこまでは迷いもせず電車で行きました。

ここは池袋や早稲田には近いっちゃ近いですが、それらもふらっと歩いて行って学校に帰るのはちょっと難しいかなといった感じです。早稲田は特に幼稚園裏の坂が辛め。「もう絶対に目的地の最寄りから定期券外だろうと家へ帰るぞ」という根気がないと行けません。東京にあるので贅沢な悩みだとは思いますが、歩きだと面倒です。それを検証するため実際通って1年半、これまでまあまあよく歩いて、飯田橋まで行ったり赤坂の方まで行ってみたりしましたが、

上野まで歩いた時ほど後悔したことはありません。

時は2022年4月―

学校で行われたサークルの新入生勧誘会に話を聞きに行った帰り、私はふと、文京区立森鴎外記念館に行きたくなりました。そして、時間もあるし同じ文京区内なら歩けるだろうと田舎者丸出しの考えで、護国寺門を出て、不忍通りを北へと進みました。

様子がおかしいと感じ始めたのは東洋文庫ミュージアムのところ。なかなか着かないのです。東洋文庫の前に着くのも、もうすこし早いだろうという読みでした。いつまでもいつまでも同じような風景を見ているような気がして、迷ったのではないかと自分が怪しくなりましたが、道は間違えていなかったようです。ただただ、まだ遠いだけでした。

ミュージアムに入って、せっかくだから展示を見て、ペットボトルを一気に飲んで、ここまで来たのだからと再び不忍通りを北上しました。

閉館30分前、ようやく辿り着けた私は春の麗らかな気候の下で真夏の海の家にいるオッさんに勝るぐらいの汗をかいていました。あそこに着くまでも、坂。坂がキツいんです。あの頃はまだ歩き慣れてなかったから、脚はガクガク、メークも落ちて、酷い有様で鴎外の遺書を読みデスマスクを見て、森鴎外研究のこれから、みたいなビデオを閉館まで見ていました。

そしてつまみ出され、谷中をスーっと行って霊園の近くで手を合わせて上野の公園に向かいました。

あれ以来2度と護国寺から北へ歩いていません。東京は横浜の比じゃないですが、舐めてかかると坂で腰膝体力がやられます。横浜の比じゃないですが。ただ、横浜の、登る前からこりゃ壁じゃねえかという坂とは違って、歩いていたらいつの間にか坂で、徐々に苦しめられているイメージがあります。歩くなら、やっぱり海というか、埋め立て地というか。スタート地点より標高が低い場所へ向かうことが、楽かつ楽しいです。こんどは四谷より南下してみようと思いますが、梅雨があけていないのにこんなにも暑いこのごろですと、いつ頃実行できるかわかりません。日本はこの数年でいつのまに東南アジアよろしくの気候になったのでしょうか。そして以前の日本の夏はどこへ行ったのでしょう。ロシア?北極?

***

非常に暑いですけどこのように歩きたいよという元気な人のために、アドヴァイスを最後に記して今回は終わりにいたします。

日焼け止めスプレーを髪にもまんべんなくかけてください!

特に成人式や卒業式など髪を可愛くする予定がある人は、日傘をしてようと帽子を被っていようと、たくさんかけてください。じゃないと髪が本当の意味で焼け死にます。必要経費です。美容師さんや親だけでなく、着付けの方、友達、祖父母、親戚、近所、先生、和小物屋さん、いたるところで、なんでこんなになったの、どうしてケアしないの、と責められる日々が続くだけでなく、毎日髪の毛に櫛を通せない度、泣きたくなります。どうか頭皮を日差しから守る髪を存分に労わってあげてください。私の屍を超えて行け。

今年の夏も異質ですから、これにプラス水分補給にも気を付けて、皆さまお互い無事に生き抜きましょう。

20歳と母とわたし

どうやら、生まれてから20年が経ったらしい。
私はなにか成長したのだろうか?

図体ばかりでかくなって、精神は依然として赤子のままだ。今日もぬいぐるみを抱いて眠る。

20年、色々なことがあった。
嫌なことも、悲しいことも、辛いことも、
楽しいことも、幸せなことも、嬉しいことも。
たくさん、本当に色々なことがあった。
人生のサビはもうそろそろ終わる。そんな気がする。
エピローグがはじまって、第二章がはじまるのだろう。第二章の主人公はおそらく私では無いはずだ。おそらく、きっと、上手くいけば。

誕生日、母にプレゼントを貰った。
ノートに私の幼少期の写真がたくさん貼られたアルバムだった。
母と共にわらう幼き日の私がそこにいた。
愛されていた記憶。愛されている自覚。
もう子供には戻れないことを実感するとともに、私はこれからも一生このひとの子供なのだと思った。幸せだった。今も、幸せ。
私の名前の候補に、「奏」というのがあったそうだ。由来はスキマスイッチの奏。
その話を聞いてから、奏を聞くと母に重ねるようになった。
そのアルバムにも、奏の歌詞が書いてあった。書いてあったというか、貼られていた。コピーで。ちょっと笑った。

けど、その歌詞があまりにも重く、深く、刺さってきたものだから親の前でしゃくり上げて泣いてしまった。私は子供の頃から泣き方が変わらないらしい。とても泣き虫なのに、泣くのが下手なのだ。
ページをめくる。少しずつ私が大きくなっていく。小学生の私は、今よりずいぶん幼いはずなのにとても大きく見えた。母からのメッセージにも、たくさん泣いた。
次のページも、ママからのメッセージです。
と書いてあったので、ああ、私はきっと、絶対に泣いてしまう。そう思いながらページをめくった。

SnowManの曲の歌詞が、貼ってあった。

崩れ落ちて笑った。
おい、母よ。嘘だろ?
今の母娘の共通の趣味は、SnowManである。
それも母のハマりっぷりがもうとんでもなく、元々感性が若い母だが、その中でもきっと今が一番とびきり若い。もう、それはそれは、とんでもなくハマっているのだ。
いやいやいや、それにしてもだろう、母さんや。
娘の、20歳の、誕生日の、アルバムの!最後のページである!!
SnowManて!!!しかもラブソングて……。
いい曲でしょう?と言われた。いやいい曲だけれども。しかも、特に伝えたいところだったらしいところには赤いマーカーが引いてあった。あっ、ここが伝えたかったんだ……と思い、じわじわ来てしまう。

その曲はオレンジKISSという曲で、そして私の推しのイメージカラーはオレンジである。
「ほら、康二くん(私の推し)カラーだから、オレンジKISS!♡」と母。
本当にかわいい母である。

そういえば、中学受験の時に合格はちまきに寄せ書きを書いてほしいと母に頼んだことがあった。
その時母がハマっていたハイキュー!の名言を書かれた。
確かあの時は「ママの言葉で書いて!」と怒った気がする。
私も20年変わっていないが、母もおそらく20年変わっていない。ずっとずっと、とても可愛らしくて、面白くて、天然で、そして私をなにより愛してくれている母である。

道一つ

文学ってお好きですか?




そのきっかけって何ですか?


***


随分とご無沙汰していやがると思ったら、いきなりズケズケと不躾なインタビュー。大変失礼いたしました、此奴はそんなヤツでございます。
どうもお久しぶりです、近代文学とペンギンに一生全力片想いのまどか🐧です。


さてはて、文学。藪から棒をズゴォォォォォォンッッと出しているような具合で相すみません。
私、実はこんなんでも文学部に所属しておりまして。いやまァ、「これは文学部日本文学科のブログなんだからそりゃそうだろ」と言われてしまえばそれまでですが。
今までのブログを見ても、既にしたためている数行を見ても・・・全く適当ばかり言い放つお騒がせなヤツであることはまず間違いない。そんなんだから、もう。
こんな適当そうなのが、文学をこよなく愛しております!!と宣言したところで、寧ろ文学に失礼なのではないかと全く身の縮こまる思いでございますが。



文学、愛してます!!!!!!大好きです!!!!!!!!!!!!



何でしょう。身が縮こまったくらいで私が静かになるだなんてお思いですか。残念ながら私、口から生まれた口太郎。口は禍の元なれば、私こそが禍。一生黙りません。黙れません。
好きなものを好きと言えない苦痛は知らない訳じゃァない。だが、好きなものを好きと言えず、二度と口にできなくなったことがある。その、気化する手前で一生涯ぐつぐつと煮え続ける後悔を、自身の選択への憎悪と不信頼を、抱えて歩む苦痛の方が痛い。私には痛い。
それ故に、私は口に出すことを選択する。口からも身からも出た錆を私は飴玉として舐める。



つまり?

「誰かの地雷は誰かの主食。誰の地雷にも配慮しません!ほんとすみません!」
ということです。
もちろん、公的な範囲で公開しているものですから、気を付けたくは思っております。マイナスな発言など以ての外と承知しており、実際する気も毛頭ございません。
しかしながら、今までのブログでくどくどお伝えしてきている通り、好きなものに対して愛を叫ぶ質でございます。振り返ってみなければわかりませんが、おそらく毎回何かしらに「好き!」と騒いでいるのではないでしょうか。そしてそこで非常に気がかりなのが、私の「好き」が何方かを不快にさせていないか、不用意に傷つけてはいまいかということなのです。
先程マイナスな発言は止している、と申し上げましたがそもそもマイナスな発言って何なのでしょうね。わかりやすく多くの人を不快にさせてしまう言葉というのはあれど、それらに限らず私がプラスな発言だと思っていることも何方かにとってはマイナスなものやもしれません。ではその逆もまた然り?それなら裏の裏は表?いやそもそも裏と表の違いはあるの?何が隔てているの?例外は無いの?どこに正解があるの?……あぁ終わりが、ない。

残念ながら、現時点では皆目見当もつかず、誰の地雷にも配慮できそうにないのです。そもそもそれが成せる方がいらっしゃるのかも存じ上げませんが。
だからといって「できない」ことに居直ることも、そんな、肝の据わったこと、とてもとても。ですから、私はこれからも「好き」という凶器を気を付けて気を付けて……ブン回させていただく所存です。

ここまで申し上げた上で、先に謝らせていただきます。本日は「文学」に対する私の偏った「愛」が書かれるせいで、文学がお好きな方にもそうでない方にも、お心にそぐわない部分がありそうです。ご気分を害されましたら申し訳ございません。謝罪ついでに弁明も加えておくと、単に素敵な企画展を紹介したいだけなのですが、どうしてもテーマが「文学」ですから、えぇ。


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はい、長い。本題に入るまでが長すぎる。もうほんと、成人も見えて良い歳なのだからいい加減にその臆病な向こう見ずを辞めなさい。なかなかどうして上手くゆかない。


と、こんな調子ではブログまで梅雨入りしてしまう。暦に置いて行かれる前に手早く本題に移りましょう。
さて本日行って参りましたのは「早稲田大学演劇博物館」。
通称「エンパク」と呼ばれておりますこの博物館は、本学からも頑張れば歩いていける距離にございます。電車で向かわれる場合も、荒川線の早稲田駅や東西線の早稲田駅などからアクセス可能となっております。もしくは高田馬場駅からバスを利用することもできるようで、それぞれの方に合ったアクセスができそうです。
早稲田大学の敷地内に位置しておりますので早稲田大学に向かうイメージで向かわれるとおそらく辿り着けます。そのような博物館となっておりまして、その設立者はなんと坪内逍遙!近代文学の道を切り開いたことで知られる彼は、演劇にも造詣が深く多大なる功績を残されました。そんな彼が設立したエンパクにはその名の通り、演劇に関わる様々な資料が幅広く展示されています。逍遙が70歳(古稀)の時に作られたこの博物館は今や創立96年を迎え、現在は新宿区有形文化財に指定されているようです。


そして今年の6月7日から8月4日まで特別展「文豪×演劇ーエンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界」が開催されています。中でも本日7月12日は「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」という特別イベントが開催されておりました!(「遙」の字はゲームの表記とエンパクの表記それぞれに倣った上での使い分けなんだとか)

今回私はこの特別展とトークイベントに近現代自主ゼミの友人たちと参加させていただきました。

場所は先程も申し上げましたように早稲田大学のキャンパス内に位置しており、校内案内図などを頼りに進むとアンティークな香り漂うお洒落な建物が見えてまいります。こちらはロンドンの「フォーチュン座」という劇場を模して作られたのそうで、建物内も非常に味わい深い造りになっています。


この日は生憎のお天気のために傘を持ちながらの必死の撮影でごさいまして、この素敵な雰囲気をお伝えできている自信が無いのですが…晴れている日に訪れますときっとさらに絵画のような一枚になるのではないでしょうか。

こちらの建物は3階建てで、能楽や文楽といった日本の伝統的な演劇から海外の演劇、それから現代の様々な演劇まで幅広いテーマの展示室があります。実際に舞台に用いられる道具の展示はもちろん、今回は特別展エリアにて「演劇に関わる書簡」や「書き入れのある脚本」、「舞台装置のイメージ図」などなど〈文学〉×〈演劇〉というテーマに沿った多種多様な資料を見ることができました!

特に今回はゼミの友人たちと回っていたため幾人もの作家の字を拝見しつつ、この作家の字が好きだ!とか読むのが難しい!だとか好き好きな感想を抱いておりました。ちなみに友人は森鷗外の字がお好きなようです。私は今回の展示の中では谷崎潤一郎の字が好みでしたが、それはそれとして正宗白鳥のいつ見ても特徴的な字に実家のような安心感を覚えつつ次の展示室に足を向けました。このあたりは完全に個人の好みですし、また失礼な話でもあるのですが…このような気楽な話ができるのも友人と行くことの魅力の1つなのではないでしょうか。
また、こちらの特別展には先程ご紹介した作家だけでなく多くの文豪の展示がございます。中でも私は三島由紀夫の書き入れが見られる「トスカ」というオペラの脚本や、役者さんへ渡した自筆の名刺に心を掻き乱されまくり、限界化をキメて参りました。食い入るように見つめるなんて言葉があるとすれば、もはや私のは嚥下した後です。ムシャァ……(新手の怪異)



…あ、そうそう、今回の特別展のスペシャルポイントはそれだけではないんです。
なんと人気ゲーム「文豪とアルケミスト」(通称:文アル)とのタイアップ開催なのです!
皆様は「文アル」、ご存知でしょうか。近現代自主ゼミには「文アル」がお好きな方が何人かいらっしゃいまして、展示室に飾られていたコラボ特大パネルを前に悶絶した後動けなくなっていました。私は少し前に始めたばかりなのであまり詳しくはないのですが、、草野心平がお持ちの「ぎゃわず」という蛙のパペットが可愛すぎていつも助手をお願いしています。たまに尾崎放哉にもお願いしていますね。

さて今回はエンパクとのコラボということで坪内逍遙がピックアップされ、文アルの坪内逍遥と彼に関係の深い二葉亭四迷・森鷗外の等身大パネルもございました。
お写真は逍遥先生のご尊顔フルパワーの寄りショットとなっておりますが、全体像も迫力があって素晴らしいのでぜひ皆様自身の目でご確認いただければと存じます。二葉亭四迷と森鷗外も傍にいますので要チェックです。






さらに、来場者の方は逍遥先生とのコラボしおりもゲットできちゃいます!これがもう本当に可愛い。お写真では片面しか映っていませんが、もう一面には実際の坪内逍遙バージョンのしおりが入っており、2枚セットです。なんと豪華!!
こちらのしおりは入ってすぐのミュージアムショップのようなところで配布してくださっています。そこではコラボクリアファイルなども販売されていますが、どれも数量には限りがありますのでご興味のある方はお気を付けくださいませ。


「早稲田大学演劇博物館」公式HP
enpaku 早稲田大学演劇博物館 (waseda.jp)


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加えてその他にも展示品は多岐に渡っており、もっとゆっくり拝見したかったのですが、、、その日はゼミ員皆4限の後に向かっておりましたため見るには時間が全く足りず心残りしかありません。早くもリトライの決意を固めております。

何故こんなにも急いでいたのかと申しますと、先述の通りこの日はトークイベントの開始時刻が迫っていたのです。先にもチラリとご紹介しましたが「坪内逍遥×坪内逍遙ー『文豪とアルケミスト』から辿る文豪たちの世界」と題して行われた、「文アル」のプロデューサーである谷口晃平氏をお招きしてのトークイベントを拝聴すべく先を急いでいました。


会場となったのは大隈記念講堂小講堂で、落ち着いた色合いの素敵な舞台には坪内逍遙と逍遥先生の等身大パネルが隣り合って立っていました。エンパクの方にどうして逍遙先生の等身大パネルが無いのかと思っていたら、こちらにいらっしゃったワケです。
そして、トークイベントではプロデューサーの谷口晃平氏とエンパク館長で早稲田大学の教授でもいらっしゃる児玉竜一先生、そして東北大学で教鞭を執られている赤井紀美先生のお三方によって、〈文学〉と〈演劇〉の関連性やゲーム開発のお話が色々な角度から語られました。
何となく「文学」と「演劇」と聞くと、脚本を始めとするストーリー展開的な要素に接点を求めるのかとばかり思っていたのですが、トークイベントを通して硯友社・文藝春秋などなどが稀に行っていた「文士劇」や作家たちが役者へ送ったファンレターのお話といった色々な角度から接点を知ることができました!
今回このような貴重な機会をくださった近現代自主ゼミの先生とトークイベントの先生方には本当に感謝しかございません…!



また、谷口氏からは「文アル」において原作(ゲーム)と舞台・アニメそれぞれで異なったストーリーラインを取っていることについて、そのお考えを伺うことができました。個人的にはそれらのお話を伺ったことで「文アル」という1つのゲームを通して、その枠に留まることのない様々なメディアに対するより発展的な展望を垣間見ることができたように思います。

そして何よりも、谷口氏のお話で印象的だったのが「文アル」を作ったきっかけについてです。
皆様もご存じの通り、近年は文学や出版が斜陽産業などと囁かれるようにそれらに親しむ人の数は確実に少なくなっています。そのような中で、純文学がお好きであった谷口氏の「もっと多くの人に文学への関心を持ってほしい」という願いの元に「文アル」が生まれたのだそうです。
細かい表現は正確ではないかもしれませんが、少なくともこのような想いが今や人気ジャンルとなっているものの根源にあったとはいえるはずです。


そして実際に、その願いの通りそれらをきっかけとして文学の道に足を踏み入れた方が沢山います。
今、文学部に所属している中で私の友人にも件の「文アル」や、その他の様々なアニメや漫画がきっかけで文学部を選んだ人がいます。
文学部に進む進まないに限らず、それらのメディアを通して作家や作品を知ったという方はもっと多くいるはずです。例えば太宰治の「人間失格」や室生犀星の「あにいもうと」など単に文学史で出会うという以上に、度重なる映画化などメディアを通して名前をご存じの方がいらっしゃることでしょう。
このような受容の仕方について、原作の本も読んだことがないのに全く軽々しい!とお思いになる方もいるかもしれません。ですが、まずは名前を知り興味を持つことでそこから原作を手に取ってみるだとか、作家に関心を持つだとかきっとそういう入り口もあるのです。
友人が「本が本当に好き!っていう子を見てると、アニメがきっかけで文学部来ましたとか言えない」と呟いていたことがあるのですが、とんでもない。威風堂々胸を張って言ったっていいじゃありませんか。どんなきっかけだろうと、そこに魅力を感じて熱意を持って道を選んだのならそこに軽重の差などありましょうか。
どんな入り口から入ったっていいんです。歩く人が減ってしまえば、そこに道が無くなってしまいます。


沢山の入り口から沢山の人が歩く。そうすることでしか道は維持できません。



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そこで貴方様にお伺いしているのです。




文学はお好きですか?



貴方様にとっての入り口はどこでしたか?




もしまだ入り口が見つからないのでしたら、これから一緒に探してみませんか。

小さい宇宙と大きい宇宙のはなし

みなさん、こんばんは。しおん🦜です。

今回はフラクタルについてのお話をしたいと思います。

私は史学科との共通授業である文化人類学の方法という授業を履修しているのですが、その中で岡倉天心、ヴィヴェーカーナンダ、ガンディーが影響を受けた思想としてアドヴァイタ、つまり不二一元論を学びました。不二一元論とは、先生のスライドをそのまま引用させていただきますと、「一」のもの(こと)のなかに「多」なるものを見、「多」なるもの(こと)を「一」なるものと見る。こと。また、二つかそれ以上の異なって見えるもの(こと、存在)が実は一つである(「不・二」=「一」)と見るというものです。

例をざっくり言ってしまえば、ガンディーは「禁欲に成功したから独立運動が成功し、禁欲に失敗したから独立運動が失敗した」と自身の禁欲という「一」のなかに独立運動という「多」を見て、実際に実践に移していたという訳です。

ここで皆さんここまでフラクタルという言葉が出てきていないとお思いでしょう。フラクタルとは、簡単に言ってしまえば、「一部分を取り出しても全体と似た形になる」というフランスの数学者が導入した幾何学の概念のことです。

例えて言えば、リアス式海岸は遠くから見るととてもギザギザとしていて入り組んだ形をしていますよね。しかしそのリアス式海岸をアップにしていって一部分を見た時も全体のリアス式海岸にとても良く似た形をしているというものです。

もっと簡単に言えば、一つのブロッコリーを分解していくとまた小ブロッコリーができ、また、それを分解しても小ブロッコリーの小ブロッコリーができるというものです。

このことについて学んだ私は以前から考えていたことに「フラクタル」という言葉がぴったりであることに思い至りました。

このことを思いついた経緯はこんなものでした。

ある日の朝、目が覚めた時にカーテンはぴったりと閉まっていて、部屋の中は真っ暗でした。ですが、外からは車の走る音が聞こえてきます。その時私は、外はきっと明るいのだなと思いながらその音をじっと聞いていました。そのうちに車の音の先に街路樹の葉っぱのこすれる音がしてきました。その音は聞きながらその葉っぱの音を出している風が吹く音が聞こえました。その風はどこから吹いてくるのか考えると、それはきっと空の上から吹いているのだろうと思いました。空の先には何があるのか考えるときっと星があって、その星もきっと小さな音を出しているのだろうと思いました。その星の先に何があるのか考えた時、その先は真っ暗でした。考えているうちに閉じていた目をあけると、やはり部屋の中は真っ暗でした。

そうしたときに思ったのです。自身と宇宙はぐるぐると回っていて、層状になっていると。私の部屋は一層目であり、六層目であり、十一層目であり、十六層目であると。

ですが、これに明確な名前があるとは思ってもみませんでした。

先生からフラクタルについてお聞きしたとき、まさしくこれだと大興奮しました。

そして、層状の一層、六層という考えを持っていたのですが、フラクタルのどこを切ってもそのようになるというということを聞いて、私が布団の中で考えていたことよりもっと、もっと、ずっと、多く世界は細分化でき、また、もっと、もっと、ずっと、大きくとらえることもできるのだと考えなおしました。

私の部屋は、一層目であり、二層目であり、三層目であり、永遠に数えることができます。

そして、これに当てはまるのはなにも私の部屋ではなく、すべてのものに言えることで、皆さんが両手を合わせた、その隙間にも小さな小さな宇宙はあるのだと私は思います。

どうですか、一度手のひらの中に小さな宇宙を作ってみては。意外と面白いものですよ。

お付き合いいただきありがとうございました。

それでは、また。

しおん🦜

こんばんは。

森見登美彦という方をご存じですか。小説家です。『夜は短し歩けよ乙女』などで有名な方です。いくつかの作品はアニメ化もしていますね。私が今絶賛どハマりしている作家さんです。

きっかけは読書家の母。「森見さんの本って読んだことある?」という一言に始まり、私は「中学の頃に一度だけ」と答えました。母曰はく、「『夜は短し歩けよ乙女』、面白かったよ」とのこと。そんなことを言われてしまうと、決まって天邪鬼になって「いつか読む」という曖昧な返答を送りがちな私ですが、今回は珍しく、それだけの理由で読まないという選択肢を取るのも何となくもったいないような気がしたので、とりあえず『走れメロス』から読んでみることにしました。太宰治のものではありません。森見さんが大宰さんの「メロス」を基にして作った、いわゆるパロディです。

ここに登場する大学生たちが驚くほど阿呆なのです。とにかく阿呆なのです。文体は一見、真面目で難しそうな、博識でちょっと古めかしいようなそんな様子なのに、中身を吟味してみれば「なにをやっとるんだ(笑)」と、家族のいるリビングであろうと満員電車のサラリーマンの前であろうと、思わず口元が緩んでしまうことせんかたなし。これを手始めとして『夜は短し歩けよ乙女』他多数の作品を読んでは時間と場所を問わず一人ニヤニヤしている私がいます。ああ、この大学生たちは何と阿呆でかわいらしい生き物なのでしょうか。

ただ一つ気になることがあります。冒頭で述べた「中学の頃に一度だけ」読んだあの本――『夜行』というのですがーーあれはこんなに愛すべき阿呆たちのお話ではなかった気がするのです。記憶にあるのは銅版画と夜景のような美しい雰囲気。はてさて私の記憶違いでしょうか。

兎にも角にも気になって気になって、大学の図書館に足を運べば『夜行』なる本が折よく目につきましたので、紺色のその本を手に取っていま一度読み返すことにしました。ちなみに、年に百冊超えの本を読み倒す学年一の読書家、の足元にも及ばないどこにでもいそうな気まぐれ中学生の私が手に取った時には、表紙に茶色がかったセミロングヘアで白いワンピースを着ているかわいらしい女の人のイラストが描いてあったような気がします。もちろん、うろ覚えです。気まぐれ中学生の私は、この神秘的な乙女に惹かれてこの本を手に取ったのではなかったでしょうか。もちろん、うろ覚えです。大学の図書館ではカバーを剥がしてしまっているのでしょう。闇夜に浮かぶ車窓のような四角が描かれた表紙です。

改めて読んでみると『夜行』は記憶の通り、ふっと消えてしまいそうな、夜景のような儚くも美しい空気をまとったお話でした。読んでいけばいくほど何となく、悲しいような、懐かしいような気分になります。電車の中で口角が上がるのを必死で抑えるどころか、涙を抑える必要がありそうです。

最近になって、美しい音楽(私にとっての美しい音楽はディズニーアニメのBGMなのですが)を聴くと涙が出そうになるようになってしまいましたが、なんだかそれに似ています。

私はきっと、生涯闇夜に浮かぶ車窓を眺めてはこのもの悲しさを思い出すのでしょう。

誇りとヒールは高く

書かなければいけない時ほど、出てこないのはどうしてなのでしょう。ジャンルは問わずクリエイターあるあるですが、どうしても生みの苦しみってありますよね。どうでもいい時に、特に深夜にはざくざく書けるくせに書こうと思うとページが真っ白に染まるのってなんなんですか。まったくもう。

生活の中で「あ、これネタになりそう」と思うものはメモしているものの、どうにも出てこなくなってしまったのでおそらく久々に推し語りでもしようと思います。

私は推しの好みが大変わかりやすいタイプでして、そのうち一つが「美に関心がありストイックな美人」なんです。彼もコスメやファッションが好きな人で、その人を表す言葉の一つに「誇りとヒールは高く」というキーワードがあるのですが、背筋をしゃんと伸ばしてくれるような素敵な言葉だなと思います。暑くなってきてから専らTシャツに厚底のサンダルばかり合わせる手抜きスタイルなので、久々に7センチヒールで街を闊歩したいところです。ヒールが高いとどうしても姿勢が乱れて膝が伸び切らず腰に負担がかかるので筋トレ必須ですが。

推しは、メイクの美しさはもちろんのこと、ネイルもキラキラで可愛くて、全身南国の鳥みたいなカラーリングに一つ一つが主役級のアクセを重ね付けしても全く負けない華やかさのある人です。おまけにパワータイプなので、あ、やっぱり筋トレするかぁ、という気持ちになります。ちなみに同じコンテンツに文武両道型の筋肉ゴリゴリな推しもいまして、彼も一緒にランニング行くか、と運動を促してくれます。運動するモチベーションを上げてくれる推しって最高ですね。

さて、今回は少し短いので、最近よく使っているお気に入りのコスメを一つご紹介します。WHOMEEの単色アイシャドウのシャルルコーラルです。ぱっと見艶のあるかわいいコーラルですが、肌の上にのせるとあらびっくり、ゴールドのラメが強めに輝く偏光ラメに変身します。店舗でも売っているので是非一度現物を肌にのせてみてください。めちゃくちゃ可愛いので。珍しい色ではありますが、シアーで上品な発色なので使いやすいですよ。では、また。