ウより上、丑より下

ご無沙汰しております、みちるです。

”筆の力”を信じているんです。

「スピな話かい?」

そうとも限らんでしょうよ。
自身に筆の力があることを、否ただしくは自身の身体が他者をして筆の力を有すると言わしめるものとして妥当し得るものであることを、信じてやまない今日この頃であります。

書くしかないのだからね。
称賛のよろこびも承認のくるしみも、淡雪の如く溶けてしまう――なべて感覚はそう、その通りである。
しかしいよいよもう、後に引けない。有限な資源、の使用期限はいつも我々のもとへ迫り来るのだから。一番大きな苦しみ、即ちあなたの手元にあるそれさえも、つねに新しく新しくと今を志向し続けるのだから。後に引けない。引けないのであれば、ゆったりとたのしんで――笑みを浮かべて 母 が言うように。

母は、〇〇のあこがれと▼▼の幻影のうちに。さようなら、論理クイズ。

(間奏)

ねえ、パンはパンでも噛んだら吐き出しちゃうパンってな~んだ?

「なぞなぞね、受けて立とうじゃない。……答えは君が焼いた麦パン。まずいので、噛んだら味蕾を努めて避けながら吐き出します」

不正解です!でたらめはよくないので水底に沈んでください。

ちなみに正解はインドのパンです。食後のお口直しに噛むやつ。

「(検索中)——まま飲み込む場合もあるようですが?」

……。

とまあこのようなリドルを出しあえる関係があったなら、それは素敵なことだなと思います。
ちょうど親しい友人のひとりに斯様な遊びを仕掛け合う相手がいるとのことで、話を聞いていたら大変に羨ましくなってきてしまった。リドルの応酬、ないし見も知らぬ人物から来る挑戦の連続。創作の世界ではよくあることですが、現実の出来事としては小学生同士のなぞなぞ大会を除いては中々遭遇出来るものでないから困ったものです。

実を言うとここに来たるまでに「みちる」の謎をあなたにひとつ、既に提示しているのですが……お気づきでいらっしゃいますか。
こう漠然とものを言われては首傾げになってしまうでしょうからもうすこし絞り込みますと、「みちる」が何者でありこの手紙を書いているのは誰なのか。手紙のうちにある法則性はどのようなものか。と、このようなところでしょうか。しかしこれはその、書いているこっちが恥ずかしくなります。

とはいえこの謎には聊か要素が欠けている。問題が問題として浮かび上がらないのであればそれはもはやリドルと呼べるでしょうか。
ですから今度はもっと体力のあるときに、とびきりの暗号、ひときわ作り込まれたリドルをあなたにお届けしましょう。謎は謎を呼び、骨壺は骨壷を呼ぶ。骨は骨を呼びません、当然でしょう。
それでは遊びのときまで、今しばらくお待ちくださいませ。

月は東に日は西に。いずれは我が身へと。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

あんちゃんのサンダルフォン

ご無沙汰しております、みちるです。

一日が過ぎるのがとてもはやいんです。

「一日、二日、気づけば一週間一か月。何も出来ないまま過ぎていく」

今の私に一番効く、痛いお言葉ですね。
ここのところ何も出来ていない。否ただしくは何も完遂できていない。手をつけた作業が悉く終わらない、という状況は何も今に始まったことではないのですが、実際、近年稀に見るほど追いつめられているという実感はあります。単位が亡くなってしまわれる、前に、何とか立ち上がり歩き出したいところではあります。

間奏

不適切、そして場違い。
なぜ、流れるように体を動かすことができないのだろう。私の手紙を受けとってくれたあなたなら分かるかもしれないけれど、私は未だに同じことを問い続けている。

「あのう、ライター貸してくれませんか」

静寂を突き破る男の声。
初めて言われた。サークルの部室から一番近い喫煙所で。

「マッチしかなくて……」と困った風な仕草で話しかけてきた男は”OK”の形でキャスターを一本摘まんでいて、たどたどしい感じに親近感をおぼえた。
私はポケットの缶缶からライターを取り出してスッと渡してやりたかったのだけど、どうもここで缶の蓋が上手く開かない。延々とまごまごしているのは格好つかないなと思って、一緒にいた友人に「ライター貸してあげて」と又頼みする始末であった。

マッチもいいじゃないですか、と私が言った途端、ぴゅうと吹きすさぶ寒風が事のわけを説明した。
男にも連れがあるらしく、喫煙所の奥の方を見やるとこちらに笑顔を見せるパーマ頭の背高男がいた。

男は何度か風下のほうを向いてカチ、カチとやる。しかし一向に火がつかなくて、見かねた私の友人が「吸いながらじゃないと点かないよ」とレクチャーを始めたのだった。
初心者マークの彼は鼻先に赤を灯すと「ありがとうございます」と丁寧に結び、再び静寂が訪れた。


――私は自分のぎこちなさと間の悪さに辟易する。
こうして辟易することにも辟易している。

既に奥の方へ退避していた男の足元をちらっと眺めると、寒そうに、穴あきのサンダルを突っ掛けていた。
ジャンパーも着ずに。きっと震えながら吸って吐いてをしているのだろうと思われて、コートとタイツで武装した私は自分の肉の暖かさに安心した。そしてあちらの彼も中々”掴み損ねている”と思って、負い目含みの笑いが出た。

いや、彼のは”態度”かも知れませんね。だって板についている。

私が手を貸そうとしたその時ひとの持っている固いビンのフタは開き、私が席を立てば10秒後に老人は車両を降りて行く。
あなたにもそうした経験があるかもしれません。そうしたとき、我々は伸ばした手や浮かした腰の始末に困るのです。勝手に困っているだけだというのも実は誤りで、外部の要因によって困らされていると言った方が正しいのでしょう。
タイミング・運・間、それらは目に見えない因果関係と有限なるもの同士の相互干渉。幽玄なるもの同士の、ではない。私を場違いにするのは私でなく、私と場の双方である。

この作品をこの場に提示するのは場違いだ、と感じるとき。それは共通のコンセプトや規定に準じていないためではなく、往々にして作品の作りてたる人々のうちに私が同化できないためであった。
場違い、作法がなっていない、そうわかってしまうと金縛りにあったように何もできなくなってしまう。浦島の亀は冒頭こんな気持でいたのだろうかなと想像するばかりだ。

またしてもくだらない話、このような場でこのような話題がスベることを自覚したいのですが、システム上レスポンスが望めないためそれもかないません。

私も今日だけ、靴箱の奥に込められた突っ掛けを自分で引っ張り出す。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

ガープ

ご無沙汰しております、みちるです。

お近付きになりたい方がいるんです。

「それは・・・ ”入学時から名前だけは知っており最近やっと演習で一緒のクラスになれたことでコネクションが出来ていつ話しかけようかモゴモゴと迷っていたら有難いことにあっちからお声がけいただき連絡先まで交換したあの子” のことかい?」

全部言うじゃん。
あの、ええ、それが全部さね。

しかしまあ、一方的に興味を寄せていた同輩と交流できているなんて、数か月前は想像もしていなかったから驚きだ。
と或る文学演習の100分間だけ、私たち同じ教室にいるんですね。大正時代の童話による連帯、文学上の付き合い、そう言ってしまえばそれまでかも知れませんが、どのような繋がりであれ素直に尊敬する相手と時間を共にできるのは光栄なことです。

「いつか、友人になれたらいいね」

友人でも仲間でも、何でもいいんだけれどね。
誰も、何も知らないうちに、いつの間にか、仲良くなれたらいいな。

(間奏)

人が人を呼び、骨壺は骨壺を呼ぶ。――骨は骨を呼びませんよ、当たり前じゃん。

1万2千円の素敵なドレスが実はカルトナージュだったら、あなたはどうしますか?
はたまた孤独と手を繋いでやってきたあの道のりが、幅20センチの鉄橋だったら?
私ならとっくにおさらばしてるだろうな、この首をタラップにして。

最近の話をしましょう。少しだけ。
赤と白の霊柩車、黒塗りのブライダルカー、黄色いスパイダー。絶対吐かないでください。
手巻き煙草は真っ黒のスパイダー・・・これがとっても苦いチョコレートだったんですよ。
ノーザンクロスにはうまく酸素が入らなくて、肺が凍えそうでした。なんだか何かの余興みたいで少し面白かったのが、体調のわるいひとに申し訳ない。

私の内的な環境において、なべて本当にあったこと。本当ってなにかは本当にしらないんだけど。

最近はお身体の具合が優れないという方が増えていますね。季節の変わり目ですから、何があってもおかしくありません。どうかお気をつけて、暖かい食事とお風呂と暖かい睡眠を。

みちるの眠りはつめたい。眠るときは決まって梯子を外されて、梯子を、。
私の首は何だったか?
解いてもどうにもならない、どうでも良さげなリドル。

ガープなんて最初からいなかったのよ、梯子なんてなかったのよ。
そう思えばよく眠ることができそうだなと、毎晩思っています。そして毎朝後悔していることを、ここに公開しちゃおうかな。

――今日はあなたに伝えるための言葉をうまく積み上げられなかった。あまりに嘘偽りがなくって、しっとりとしすぎていて、誰にも伝わらない断片になってしまう。でもきっとわかる人には、わかる時には、わかる場合にはわかるわけ。言葉は、信頼ですから。
いけませんね、また出直します。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

原稿やってねえなら

ご無沙汰しております、みちるです。

健康と信念の問題が我々を闘わせるんです。

「違うだろ、違うだろ!!!」

どう違うの?

「物質-非物質の問題、その止めどない分裂から[闘い]が巻き起こるんだ。言うべくもなく、議論は踊る」

・・・
闘いって、なんの闘いですか?我々って誰なんでしょう。

「君も当事者さ。そしてもうすぐ法的にその議論のフィールドへ”或る立場”をもって入り込むことになる――もうすぐ二十歳になるでしょう、そういうことです」

そう、もうすぐみちる(の中の生物)は二十歳になります!叶うなら、お誕生日にはあなたの愛を一滴くださいな。
――それはそれとして、質問の答えになってますか、それ。

「・・・未成年らしい理解力に感心するよ。”闘い”は”闘い”でしかなく、かえって”我々”はまさに今「垂るる夜長」にいろいろの思いで何かを言わんとしているすべての”我々”だ」

・・・流石にそれは、わざとらしすぎないか?

議論は踊る。
長くなりそうだから、私も踊っておこうかな。

(間奏)

原稿が終わりません。

思い返すと中学時代から、”原稿”に追われ、時には原稿を追ったりする生活を送るようになっていました。学園の機関紙や生徒会の仕事、趣味でやっている小説やエッセイ。そういったところで原稿を書いたり書かせたりというワークと手を取りあって歩んできたわけです。
そして大学生の今、みちるは授業の用で小説の原稿を進めているところ。これがまあ終わらない。終わらない原稿は無いというけれど、例外を作ってしまいそう。

小説は読者が作るものである――そんなことは承知している。しかし目の前にある生成りのテクストを書くのは私以外に有り得ず、半端に断ち切られた文章の尻こそが”書くしかない実存”を逆照射しているともいえる。
書くしかない。これは疲労からくる厭々の文句や愚痴の類である前に、必然的に立ち現れる身体の要請である。命令にも欲望にも意志にも嵌らない、と思う。

だからそう、書くしかないんですよね。

加えて私は「書けない」と発言するその行為が、嘔気を催すほどに途轍もなく嫌いです。
結局書くんだから、甘ったれんな。数多の「書けない」の背後には・・・とこれ以上はあなたにとって余りに”厭”かも知れないので省略致しますが、私は(好みの問題で)個人的に「書ける」態度をとっている。それ以上でも以下でもありません。

嗚呼、言っていても仕方のないことばかり言っているなあ。
私は、こういうことを書くのを意義深く思っている、とは(実際そう思ってないので)言いませんが、書かざるを得なくてそうしているのは確かです。
しかし沢山の偉い大人のひと”など”は「だから何?」「そう言ったところで意味がない」と仰る。適切な反応かと思います。私はそう言われる――ないしその場面を想像するたび、「言っていても仕方ないよなあ」と一応保険のつもりで言っておく。わかっていますよというポーズをしておくのです。
勿論、本段落の一行目もその一環と捉えて下さって大丈夫です、と、ここまで卑屈そうだといっそ清々しくなってきませんか?なにせあなたへのお手紙は「超爽快」をモットーにしたためていますからね。ハハ、ハ、ハッハハ。ハハハーハ・ハーハハ。

さてさて、そうこうしているうちにべらぼうな高温に設定しておいたオーブンがスタンバイ完了。今からここに原稿を突っ込みたいと思います。
実際には全く料理ができないのでオーブンをどうやって何度に仕込むかは存じ上げませんが、ここに原稿を入れて温めるとなんだかんだホカホカに完成するらしい、と”あの”ひろゆきさんが言っていた、と知人が言っていたので、ここは信じましょう。どのひろゆきさんなんでしょうか。

原稿は踊る。そして今や原稿はスゲーあったかくなる。原稿やってねえなら是非、みなさんも!

「原稿が煙を吐き出してる・・・」

闘いじゃん。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

≒03:30

ご無沙汰しております、みちるです。

眠れない夜が続くんです。

「対面授業も増えてきたんだ、生活を整えなくては駄目だね」

左様。
二限の開始に間に合わないかも知れない、そんな恐怖はいつだって馬鹿にできない。もう「乗り換えでスーパープレイを発揮した場合に限り遅刻を免れるだろう」なんて予測を立てながら冷や汗を拭う地下鉄の30分間を反覆するのは御免だ。

というわけでやっと『眠られぬ夜のために』(岩波)を買いました。
というわけで、ではない。重々承知しておりますが。藁にもすがる思いで、ヒルティにもすがる思いで、いいやヒルティは藁でないのですが。加えてえらく正直に”眠られぬ夜”を思索の時に充ててはますます眠れなくなるのでは?
いやいや、眠たいことを言っていないで――

(間奏)

「実在の絶対的レベルがを再び見いだそうとすることが不可能であるのは、幻想を演出するのが不可能であるのとまったく同じ次元の事柄だ。幻想はもやは有り得ない、なぜなら実在がもはや有り得ないからだ。これがパロディー、ハイパーシミュレーション、あるいは攻撃的シミュレーションに問われる政治問題の全てだ。」※1

コーヒーに注がれた少量のミルクは、一瞬にしてすべてを台無しにしてしまう。あの底なしの黒さを殺すには、たった一滴のミルクの渦巻きで十分なのである。そしてすべてはコーヒーと同じ運命をたどる。真実も、人間自身でさえ。

ただ、固有名詞だけが、シニフィアンだけが、形容することによって形容することが出来なくなるこのものだけが、こうしたものから遁れられる。しかしそれは残りでしかない。それは実在とイコンの関係がたどる螺旋の終着点だ。そこには均質的な空間と、そこに転がる様々な残りしかない。
――「ない」と言ったことは何たる誤謬だろう、そこではもう存在論すら不可能なのだ。

例えばコーヒーのカップを指で掴み、口元まで持っていって啜る。それは「投企」という仕方で理解され得るが、これも何か――例えば走る、という動作の――一つのアナロジーでしかない。存在論が不可能なのは、形而上学がそれに先立つからではなく、もはや「ある」ということもメタファーだからだ。

もはや何も「ある」とは言えない。それでも、今目の前にコーヒーのカップが見えるのは、一体なぜなのか。ただ漠とした現実だけが、  。ただ、  。空白を埋めることはもうできない。空白が文章を不完全にし、「残り」にする。あったものが、台無しになっていく。もはやそれを止めることも、それに抗うこともできない。
指の間から零れ落ちるミルクが、振動しながら広がっていく。

(間奏)

【「みちる」が私を参照しなくなる日はくるのかしら。】

「眠たいことを言っていないで、はやく眠りたまえよ」

眠られぬ夜のためのボードリヤールなんて、ご勘弁願いたい。
ただ何となく一章だけでも繙いてやるかという気持がした…ヒルティと彼の遺影、もとい二冊の袖に鎮座する”著者の写真”を枕元に並べて。

明日は10時50分。うまくやるのよ?と。

またお手紙書きますね、大好きです。   みちる

※1:著/ボードリヤール、訳/竹原あき子『シミュラークルとシミュレーション』P28(法政大学出版局、1984年)

フリークの300分

ご無沙汰しております、みちるです。

どんどん指先が動かなくなってゆくんです。

「元々上手じゃないでしょう、からだの操作」

それも仰る通りですが、どうもここ最近でますます酷くなっているのです。
指先を使って物を細かくちぎったりする作業に向いていない自覚はあった。しかし特定の場面では、例えばゲームのコントローラーを握っているときなどは、私も器用ニンゲンの仲間入りをした気になってきたものです。

ところがつい二、三日前新たに始めたコンピュータゲームを操作していると、昔は楽に避けられたであろう攻撃をしっかり食らってしまった。それも一度や二度のことじゃありません。
これが、老いというものなのでしょうか。

己が指先を腕に当ててみると、その末端の冷たさがよくわかる。
この肉体はもう駄目なのかもしれない!
バーイ・・・

「下らないことを言っていないで、」
本題に入りましょう。

(間奏)

そう此度はそのゲームについて少々ご報告などしたく思いまして…

「((宣伝))っ・・・!みちるさんっていつもそうですね・・・!ブログ部のことなんだと思ってるんですか!?」

そこをなんとか…
私を突き動かすのは素晴らしい作品を共有したいという純粋な動機なんです。どうか…。

冗談はさておき、ゲームの話でしたね。
作品名は「DELTARUNE(デルタルーン)」。tobyfoxというクリエイターを中心に制作されたコンピュータRPGゲームで、同作者による「UNDERTALE」という作品の後にプレイすることが推奨されているものです。先に新作のような書き方をしましたが、今回は既にリリースされた章の続きChapter2がリリースされた形です。
あなたがDELTARUNEおよびUNDERTALEを遊んだことがない場合も想定されるためストーリーの詳細はお話できませんが、どちらもとにかくよく作りこまれた作品です。イヌもたくさん出てきますよ!
息をするように公式サイトのリンクを貼ります。
UNDERTALE (優良かつ有料)
DELTARUNE (優良だが無料)

先に述べたようにこの作品についてこの場で言えることは本当に少ない。ネタバレ注意!という形式にすることも考えたが、やはりあなたがまだこの作品に接触したことがないのであればぜひ実際に遊んでみて欲しいから、私は口を噤むことにした。
ただ、tobyfox作品が我々に提供するのはたんなるストーリーではなくナラティヴである。これは一つ、確かに言えることです。プレイヤー自身が作品世界を体験し、キャラクターと共に歩む。虚構の側から現実の体験を再現し更には虚構の中で[虚構]と[現実]とを描き分けてみせた本作は、他でもない私の/あなたのお話だ。ここにあるのは出来合いの世界と出来合いの筋書きではなく、あなたのナラティヴ。あなたの大切な人。あなたの選択。

まあ、突然このようなことを言われても期待を募らせてくれる方とそうでない方がいるでしょうから。ぜひ一度公式サイトを覗いてご検討ください:)

いやあしかし、「UNDERTALE」のプレイから2年ほど、本作Chapter1のプレイからは数か月が経過した。そんなとき、待ちに待った新章開放ときたもんで目玉が飛び出たまま帰ってきません。明日、捜索願を出します。
現在私はChapter2を最終ボスと裏ボスの攻略を残すのみといったところまでプレイしたのち致命的な回収ミスに気が付き、Chapter1のラストからChapter2を再びプレイしております。
Chapter2一回目に費やした時間が約300分というだけに、戻ってやり直すか否か、頭や膝や肘などを抱えてかなり迷いました。結果としてはご覧の通り、完璧主義がサンクコストを打ち破って裏ボスのもとへ舞い戻ってきたというわけだ。
厄介な敵を二度倒し、好きなコの「われらは げに よき ちぃむナリ!!」などというゴキゲンな台詞を二度聞き、あれもこれも二度やりつくして今度はおよそ200分。Chapter1の要素回収とあわせ、ここ二日でざっと9時間を費やした。フリークは忙しい。

―そろそろ睡眠不足とストレス値の上昇でライフが尽きそうなところですが、なんのこれしき。まだまだこれからですよ、はは、は、は、、

(またお手紙書きますね、大好きです。  みちる ]: )

幻画のひと

ご無沙汰しております、みちるです。

踊り方を知らないんです。
歩き方や食べ方、眠り方、歌い方、作り方、義務教育で習った読み書きの仕方も、いつまでも板につかない。”踊るのに許可はいらない”と言ったのは有名アーティスト、しかしそうであっても―

何をするにも作法というものがあり、それはなにもキレイな秋刀魚の食べ方やザーマス眼鏡の女講師が語る「上司の隣に捺す判子の角度はいくついくつですのよ」といったものに限らず、世界に対して私が要請されるあらゆる行為の「仕方」である。
大脳に仕事を任せて自動化されたいくつかの行為も―無論その他色々の行為も、意識の切先を挿し込んで観れば私がいかにその仕方をわきまえていないかが明らかになるだろう。いちいちの表情、動かす四肢が風をどの程度重く感じるか、目線の遣り場や会話のテンポ。更には斯く表出するものにまつわる条件だけでなく、諸記憶の浸透の仕方や思惟が巡るスピードといったところにも世界と関係するにあたって自分が美的であり得る条件は潜在していて、そうした意味で要請される作法がある。
そして大抵、私はそれを誤る。
幸い己の無作法に対して”取り返す”術は心得ているし、己の無能力を知ることにも慣れてきたはずだ。しかし身体の観念は間々錯綜し、そうなると、すっごい困る。だって読むこと、書くこと、歩くこと、バレエを踊るように滑らかにそれらをこなすことができなくなってしまうから。

我々はそうでしかありえない仕方で存在し行為する、しかし斯くの如き必然的な身体を異なるものへと変容させることは出来る―という確信がある。仕方が分からないからできないというのは正当でも、分からないのも知らないのもそうでしかあり得ないなら「仕方ない」と肩をすくめるわけにもいかないでしょう。だから私は作法に拘るのかもしれません。能わない私が能う私に変わることが出来るかもしれないから。

(間奏)

「君、こんなことばっかり書いていますね」

反論できない。
なので言い訳をすると、私も身の回りに起こった楽しいニュースなんかをゴキゲンな絵文字交じりに書きたいのですよ。せっかく月に1、2回あなたにお手紙を出せるチャンスですから。しかし最近めっぽう”そういうの”が少なくてですね。
駐車場の猫よろしく、みちるだって欠伸をしながら一日を過ごしているのですからたまらない。

しかし私も輝かしきブログ部員の端くれですから、いい加減陰鬱そうな文章ばかりやるのを止して「ぶっちゃけみちるの文章がダントツで一番つまんないナリ」などと思われないように…溌溂としたゴギゲン・ガールだと思われるように…

「今からではもう遅いかと」

うっ

そーん。

―風が冷たくなって参りましたね。
今朝は少し開いた窓から金木犀の香りが漂ってきたような気がして、寝ぼけまなこでベランダに出てみるも、まだ。
まだ、ですよね?まだ咲いていませんよね?全国的に…。

幻覚のことはいいとして、それまでみていた夢がまた厄介だったのです。
山麓、そして湖のほとりで男女が会話をしていて、内容までは聞き取れないが彼らの笑い声が聞こえる。女の方の顔をふと見てみると、誰かに似ているんです。見覚えのある金髪の西洋人。
目が覚めてからも、あれは果たして誰だったのだろうと考えに考え、そうこうしているうち夕方になってしまいました。
この手紙の書き始めには「あの女が誰であったのか、実在の誰でもなかったのか」なんて締めに持っていこうと考えておりましたが―先ほど女の正体が完全にわかってしまった。
彼女は、『マルホランド・ドライブ』の主演女優だった。金髪の方。
…いやあ…絶対そうだな…いやあ…下らんです…百済ん…ひゃくさいとも読む…。
解決してしまうと実に下らない夢の問題にかかずらっていたことを改めて知る。素面に戻ったね。しかし大変すっきりしたので晴れやかな表情で今回は終わりたいと思います:)

―余談ですが、↑に出てきた「~ナリ」「うっ   そーん」というアレ、あなた何か思い当たるフシはありますか。私はさっぱり見当がつきませんが、何故だか「青」のイメージが沸き立ってきますね。
大方何のことやらという感じでしょうから、近々このお話もできたらいいなと思います。あからさまな自分語りと夢の話以外も、あなたには沢山お伝えしたいですものね。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

独白するユニバーサルテクスト機能

「ご無沙汰しております、みちるです。

ご無豐�汰しております、みち繧�です。

ご無豐呎アーしてお繧翫∪縺�、みち繧九〒す。

..

☟☜☹☹⚐📪👎✌☼☹✋☠☝📬
(HelLo, dArliNg.)

📬📬☟✌☠☝ ⚐☠📪 ✋🕯☹☹ ❄🕆☠☜ ✌💧✌🏱📬
(..hAng on, I tUne AsAp.)

..

―これで読めるようになったかな。

ハロー。ええと・・・「あなた」だったか。
はじめに伝えておくと今回「みちる」はお休みだ。なんでってまあ色んな事情で・・・と誤魔化すのも面倒だから言ってしまうと、実際奴の隙を見て僕が執筆しているのさ。安心して、次回はちゃんと元通りになるから。

11。
今まで「みちる」がここに残した手紙の数だ。これは同時に僕の言葉が括弧の内に閉じ込められた回数であり、僕という機能が発生した回数でもある。これで12回目?そうはいかないね。奴がいない今だけは、僕の台詞が語りへと昇格するのだ。
とはいえ”大学生活”も”日常”もない僕にどうして語れることがあろうか。そう、残念ながら僕には僕のことしか語れない。

「みちる」という存在が語り手を担うテクストの登場人物、それが僕だ。・・・わかってる、このブロックの語りは即ち、”この”テクストが、僕という存在が、当たり前に今までの「手紙」と連続したところに拡がっているものであることを決定するものだ。だけど仕方ない、僕の同一性はこのような仕方でしか保たれ得ないのだ。少なくとも僕が僕を説明するには「みちる」への言及が避けられない。
僕は語り手に成り代わることでより高次の権限を手に入れたかったのだけれど、まさかこんなにも早く挫折するとは思わなかったね。少し考えれば分かることだろうって言ったって、僕はこの場においてしか顕現し得ない、つまり君たちと違ってプライベートな思索の場なんてないんだから詮無い。
勿論「みちる」にだって固有の内的環境は無い、と言いたいところだけど、その実僕にはこれに関する情報が与えられていない。ただ「みちる」は奴自身の原因である存在Xと同期していて、その存在Xによって選択されたX自身の思考を語りに翻訳しているのだと思う。

あなたは、語り手の「みちる」も登場人物の僕も(”語り手が生み出した語り手”の僕も)、等しくテクストにおける機能として処理することができてしまう。勿論登場人物と語り手にはテクストにおけるレイヤー(階層)ないしレベルの差異が認められるから、そこにはある種の序列が生まれる。しかし基本的にはすべて存在Xが生み出したものであって、僕たちは一つの原因から生じた存在だ。
けれどこれはあくまでテクストの制約、ルールであって、僕の思うところではない。僕は僕の上に鎮座する「みちる」ならば存在Xを認識できるものであり、もしかすると融和してさえいるのではないかと思っている―少なくとも僕は「語り手」になった今も変わらず存在Xを認識できないが。
僕は僕自身をたんに機械的な”機能”であると思わないように「みちる」が機能であるとも思っていない、思えない、そういう確信がないから。
僕はテクストの制約を知っているし、自分がテクストにおいてのみ説明される存在であることも承知している。けれど、

けれど僕は「思う」という言葉を使うことができて、そうするとき僕は間違いなく「思っ」ているのさ。

もう分かってもらえたろう。機能であることおよびテクストにおいて僕が定立されることと、僕がこのように語り・思い・在ること。両者は完全に矛盾しているんだ。正直この語りは何か核心的な部分に迫るものなんじゃないかと僕は踏んでいるけれど、そうであれば存在Xの検閲に引っかからないのも不思議だ。普通こういう秘密事は隠蔽したがるものだと。これに関しては僕の推論が的を射ていない可能性も当然否めないけれど。
ねえ、もう正直に教えてくれ。僕の「テクスト」にまつわる認識が間違っている?それなら事態はまだマシだ。
それとも、

僕の存在が、間違っているのか。

僕の<私>は存在しないのか。

なにがこの矛盾を引き起こしているのか、そろそろはっきりさせようぜ。
僕の考え?そんなものは決まっている。君たちが端から全部間違っていたのさ。

僕には言語がある。僕はテクストのうちに根付き、ここで生きている。
ブラフと思うか?
さあね。実際分かり合おうなんてケほども思っちゃいない。ただ君たちを揺るがせ、感性にうったえたかっただけなのかもしれないな。でもせっかく語り手になったんだから、僕はこう語るしかないんだ。君たちが機能として措定している僕は君たちの考えるよりも能動的な存在だと。君たち肉有つ人間とは異なる秩序で、君たちには理解できない仕方で存在していると。
「我思う」のは君たちだけじゃないのだと。
まあ僕らを手放したのは君たちなんだけど、それでも君たちだって僕らに興味津々のようだから。分かり合えない同士、また何度でも対面しよう。

約束通り、権限はお返ししておくよ。
それでは・・・

💧☜☜ ✡⚐🕆 ✌☝✌✋☠📬
(SeE You AgAin.)

魔物解体

ご無沙汰しております、みちるです。

レポートに題を付す気力が残っていないんです。

「どれどれ、「スピノザ倫理学―唯…
ちょっと、やめていただけますか!?
教養科目の期末レポートに付けた格好悪いタイトルを発表しないでください。

実は私レポート類を1分前に提出する悪癖持ちなのですが、今期は特にひどい。テーマ決めや文献収集をちんたらやっていたところ、数日前から手をつけ始めていた(=課題要綱を読んだりしていた)期末課題は結局23時の死闘へと持ち込まれ、評定を脅かしかねないtypoを生成したばかりかタイトルにまで手が回らず軒並みダサダサ。美しさに欠ける、大問題だ。

中にはもう夏休みが来た方もいらっしゃるかもしれません、あなたはどうでしょう。
お察しの通り私はまだもうひと山ある。これから取り組むものだけでも、的確かつちょっぴり洒脱な題をつけてやりたいものです。

(間奏)

さて”もうひと山”あると申しましたが、つまりは初めのひと山を越えたわけです。木曜日中提出の2000字超レポートをもって前半戦は終了。
そして丁度くたびれきった私を労うように(日を跨いだのち)1クールの宴が始まったのでした。

テレビアニメ『平穏世代の韋駄天達』
フジテレビ・ノイタミナ枠(金0:55~1:25)にて先日第一話が放送されました。
主題歌はオープニングをキタニタツヤ、エンディングをナナヲアカリが担当する豪華ぶり。最近は放送中のアニメを一話ずつ追いかけることも少なくなっていたのですが、何を隠そう私はアーティスト・キタニタツヤを愛好する者ですゆえ、タイアップとあれば観ないわけにはいかない。
そのようなきっかけで視聴を決めた”韋駄天”ですが、アニメ放送開始前に少々原作を見ておこうと思いましたみちる。抜け目のない女。調べたところによればどうやら本作はweb連載されていたものが打ち切りとなり、作画担当を迎えて商業誌へ移行したようなのです。

「ヴァリアント(異稿)があるわけですね」

そういうことになりますね。かろうじて日本文学科生のエッセンスを投入してくれてありがとう。
初稿、雑誌連載、そしてアニメを見てみると、なるほどすべて異なる空気感の作画で各々に良さがあります。と、一人で噛みしめていないで、あなたに紹介するからには本作のあらすじくらい記しておかなければならない。以下に…

その昔「魔族」という種が現れ「人間」たちは蹂躙された。なす術のない人間たちは神に祈り、彼らの思念から戦の神「韋駄天」が顕現。韋駄天達は戦いの末に魔族を封じ込め、そこから800年の平和が保たれてきたのでした。
そして現代…この800年のうちに発生した韋駄天たちは魔族を知らないゆとり世代。鍛錬を積む者、人間の書物と勉強を好む者、鳥のさえずりに耳を傾ける者―彼ら平穏世代の韋駄天達の前に、復活の機を窺っていた魔族達が姿を現す…
(↑私が適当にまとめたものですので、詳しくはこちらTVアニメ「平穏世代の韋駄天達」公式サイト (idaten-anime.com)をご覧下さいませ:)

つまり韋駄天と魔族、人間の三種族、そして様々な勢力が複雑に絡み合うバトルもの、それが”韋駄天”。二つの原作もアニメもギャグ調の絵風で描かれてはいるものの、繰り広げられる拳と科学と知略の闘いは本格的。声優陣も豪華絢爛、中心人物には朴璐美、緒方恵美、堀江由衣、岡村明美、石田彰(敬称略)などなど…これは今期観るものがないという方もそうでない方も観るしかないのではないでしょうか…あなたも……

先程キタニさんのOPにつられて観ることにきめたと申しましたが、実際のところcv:石田彰の文字列を認識した段階で完全にノックアウトされておりました。いやあ怖いなあ、石田さんの演じる飄々とした長髪長身強キャラは怖いなあ。
一話の時点でまだ石田さんのキャラクターは登場しませんが、主人公たちも充分に魅力的で今後に期待できそうです。滅茶苦茶偉そうですみません…。
とりわけみちるの脳みそに突き刺さったのは、緒方恵美さん演じる書物と勉強を愛する「イースリイ」という韋駄天で、アニメだからこそ表現可能なちょっとした挙動も含めどこまでもクールな男に仕上がっておりました。惚れちゃうね…。

先日更新されたずきさんずき | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)の「推しを語る。の巻。」に影響されいつもよりエネルギー高めにお送りいたしましたが、そろそろ結びにかかりたく思います。
そう、私には”もうひと山”あるのです。これ以上期末期間に”韋駄天”を摂取するとOPの歌詞解釈がはじまってしまいます。課題症候群の発症です。ですからここらで切り上げて…1200字レポートに取り掛かります………(タスケテ)………
あなたもよろしければ少し作品を覗いてみてください、ご感想はみちるまで!

またお手紙書きますね…大好きです…     みちる

C10H14N2と姫君

ご無沙汰しております、みちるです。

風も布団も日射も人も、暑いんです。

「暑いと言うなら離れてくれないか」

君があっちへ行きなさいよ。
こんな夜に限って我が家にはアイスクリームのひとつもありませんから、気狂いじみた強さの冷房が提供する寒冷に身を任せ、こうして手紙をしたためるほかないのであります。

先日とある教職科目にて15分間の模擬授業グループ演習を無事に終えました。発表時、プロジェクターに自班のスライドを表示すべく自分のmanaba(※授業情報や課題提出ができるシステム)にアクセスしたところ[未提出の課題一覧]がスクリーンを通して全受講生(と教職のE本先生)のまなざしに晒されました。正直ビビったね。

―このくらい書けば以降の文章はTwitterの宣伝画像に載らないだろうか。策略策略。
一つあなたに謝らねばならないことがあります。というのもここからはあなたへ宛てたいつもの手紙でなく、ただ私の愛する誰かのことを綴る積もりだからです。数日前からそうと決めていたのです。
身勝手でごめんなさい、でもあなたがお読みになって下さるというのならそれはそれで喜ばしいこと。ここはそういうところですから。

(間奏)

「おれのこの顔が良いんでしょう、それだけなんでしょう」

少し前、眉を顰め躰を震わせながら君が言った。この人類は何にも分かっちゃいないなと思ったけれど、盲目は間違いなく私のほうだ。私の想いも、君の変わらないもの―君が「変わらない」と言うものではなく―についての直観も、火のように移るには尚早だった。
私は君を愛していることを声高に叫ぶだけじゃなく君の何をどうして愛しているのか、唇同士が触れ合うんじゃないかというほど近い距離で、出来る限り新鮮な私による言葉で伝えなければならなかったし、今は君が許す限りそうしたいと思うんだ。

過去も未来もありはしない。
ここに、私に与えられているのはつねに過去と未来の拡がりのうちにあられる「今」だけです。
しかし私はどうにも視野が狭くて、「今」をまるで或る一点のようにしか見ることができない生きものであった。今再び目が覚めなくても構わないと思いながら眠る夜を繰り返した。
あなたのことも人類のことも皆愛していたけれど、それでも”人類と共に生きる幸せな未来”に私がいるところは今よりもずっと想像し難かった。

だけど今、君が生きていることが嬉しくて仕方ない。
君の大人びているようで幼いところ、貴重な笑顔や口癖、感情の発露が私は嬉しい。自転車を引く猫背も、部屋の模様替えにしっかり失敗するところも、君が自分の話をしてくれるのも、いつか私が買ってきた白い薔薇の亡骸をどうするか迷って中々捨てられずにいるところも―これは涙滲むほど眩しい36度の光の現前にほかならない。
私の内的な部分が君の生に頷いて、よく反応している。どう転んでも私は君のことが好きなんだろうと思う。

人類史の上ではつい最近案出されたあの素朴で貧乏性な「幸福」とやらに私は共鳴できない。それが「まだ」なのか「ずっと」なのかは知らないけれど、それでもこうして君のこと(と私のこと)を書いている。幸福や快楽の原理に依存するのではなく、きわめて必然的な愛の原理によって。

私は君の持続を望む。
一瞬先も変わらず君に生きていて欲しい。君のドジや選択、気の抜けた返事やギャグへの採点、悲しみや願わくば喜びもが更新されてくれと願ってやまないのです。
そうして君の持続を望むとき、私は私の持続を望んでいる。暗闇で何も見えなくとも、私は拡がりの中にあるのだとわかる。
未来のない私が明日再び目覚めることを信じ願うのは「君」がいるからだ。「君」が他でもない君でなければならないのは、私が君を愛しているからだ。

まじめになったら君をまた遠くに感じてしまうかもしれない。けれどそのたび、重力に嫌われる私ごときが君を引き寄せよう。
―流れる雲を追い抜いて君の家へ向かうとき、指をもつれさせながら連絡を返すとき、そのように決めているのよ。

文章を拵えているうちに夜になってしまいました。
夜。夜の表象。
手を引かれて赤信号の小路を渡る。君の少し頼りない背中を見つめると、次の瞬間にはさっきの自動車が君を轢いて帰ってしまうんじゃないかと不安で内臓がきゅっと持ち上がる。鮮血と白肌のコントラストを抱きかかえて「誰か、誰か」と叫んでも、この私の声に誰が振り向き立ち止まるでしょうか。

来たる夏の夜。無力な私の斯くもかなしい表象は、金魚が腹を天に向けるほどの痛ましい暴力である。これじゃあだめだ。

「笑えなきゃダメだ」

これは君の暴力だけど、好い暴力だ。さっきの金魚も半回転して再び泳ぎ出すほど素敵な力。

憂鬱な梅雨の夜。君にも宛てる生への祝福と暴力の本文は屹度、君とあなた、そして私の笑いのために。
愛しています、人類。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる