ご無沙汰しております、みちるです。
”筆の力”を信じているんです。
「スピな話かい?」
そうとも限らんでしょうよ。
自身に筆の力があることを、否ただしくは自身の身体が他者をして筆の力を有すると言わしめるものとして妥当し得るものであることを、信じてやまない今日この頃であります。
書くしかないのだからね。
称賛のよろこびも承認のくるしみも、淡雪の如く溶けてしまう――なべて感覚はそう、その通りである。
しかしいよいよもう、後に引けない。有限な資源、の使用期限はいつも我々のもとへ迫り来るのだから。一番大きな苦しみ、即ちあなたの手元にあるそれさえも、つねに新しく新しくと今を志向し続けるのだから。後に引けない。引けないのであれば、ゆったりとたのしんで――笑みを浮かべて 母 が言うように。
母は、〇〇のあこがれと▼▼の幻影のうちに。さようなら、論理クイズ。
(間奏)
ねえ、パンはパンでも噛んだら吐き出しちゃうパンってな~んだ?
「なぞなぞね、受けて立とうじゃない。……答えは君が焼いた麦パン。まずいので、噛んだら味蕾を努めて避けながら吐き出します」
不正解です!でたらめはよくないので水底に沈んでください。
ちなみに正解はインドのパンです。食後のお口直しに噛むやつ。
「(検索中)——まま飲み込む場合もあるようですが?」
……。
とまあこのようなリドルを出しあえる関係があったなら、それは素敵なことだなと思います。
ちょうど親しい友人のひとりに斯様な遊びを仕掛け合う相手がいるとのことで、話を聞いていたら大変に羨ましくなってきてしまった。リドルの応酬、ないし見も知らぬ人物から来る挑戦の連続。創作の世界ではよくあることですが、現実の出来事としては小学生同士のなぞなぞ大会を除いては中々遭遇出来るものでないから困ったものです。
実を言うとここに来たるまでに「みちる」の謎をあなたにひとつ、既に提示しているのですが……お気づきでいらっしゃいますか。
こう漠然とものを言われては首傾げになってしまうでしょうからもうすこし絞り込みますと、「みちる」が何者でありこの手紙を書いているのは誰なのか。手紙のうちにある法則性はどのようなものか。と、このようなところでしょうか。しかしこれはその、書いているこっちが恥ずかしくなります。
とはいえこの謎には聊か要素が欠けている。問題が問題として浮かび上がらないのであればそれはもはやリドルと呼べるでしょうか。
ですから今度はもっと体力のあるときに、とびきりの暗号、ひときわ作り込まれたリドルをあなたにお届けしましょう。謎は謎を呼び、骨壺は骨壷を呼ぶ。骨は骨を呼びません、当然でしょう。
それでは遊びのときまで、今しばらくお待ちくださいませ。
月は東に日は西に。いずれは我が身へと。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる