まいです、ごきげんよう❀
金木犀の香りに後ろ髪をひかれる季節になりました。
前期の授業では「創作技法論1」を受講し短歌を詠んでいたお話を、以前こちらのブログに書いたかと思います。後期は「創作技法論2」を受講し、作家の中島京子先生のもと800字程度の超短編小説を、毎授業で書いています。今回のブログでは一回目の授業の「人ではないものになってみる」というテーマのもとで書いた作品をご覧いただければと思います。では。
「金魚鉢」
物心は熱風とともにやってきた。自分の一部だと思っていた筒状のなにかがぷっと遠くへいった時、わたしは初めて意識を得た。自分が一瞬にして引き延ばされたような感覚があとからやってきた。周囲の空気が黙って冷やこくなると、私の視界は明瞭になった。
あの時の熱い、感覚を私は今も忘れずにいる。自分が生まれたようでなにかを生んだようなあの何ものにも代えがたい悦び。叫び声をもう一度あげたいという衝動に近頃よく憑りつかれる。
しかし日々は穏やかだった。穏やかでやはり冷やこいものだった。私のなかにはいつも水が注がれていてあるときから共に過ごすようになった真っ赤なお魚が、半透明のひれをいつも泳がせている。ときどきそのひれで私を撫でるのがくすぐったく愛おしい。私はこのお魚を好いている。
ただ、最近になってひとつ心配していることがある。それはこのお魚が、私とお魚とを隔てているこのゆらゆらとした水の中に溶けて消えてしまうのではないかということだ。事実、私の居る場所が暗い廊下から見晴らしの良い窓際に置かれるようになって以来、特にここから見える時計の針が4を指すあたりで、この水の中にお魚の赤色がゆらめきだすようになった。お魚の体温だろうか、私は少し温かな気がして不覚にも心地の良い気がする。でもこのままではあのゆらゆらと誘惑する水の中にこの愛しいお魚は溶けて飲まれてしまうだろう。
また、掛時計の針が4を指す頃になった。おそるおそる見ると、やはり、お魚のくっきりとしている輪郭はぼやけあたりが赤くきらめいている。
今だ。私は私の冷えた肌が、溶け出すお魚の体温で火照るのを感じ、その熱を生で感じたいという衝動に任せて体を大きく揺らした。瞬間、視界がぐらりとゆらいだ。
温かい……。薄らぐ意識の中、彼女は床一面に散らばった硝子の粒が夕陽に透けるのを見ていた。その先であの魚がしなやかに横たわっている。そこに美しい輪郭を認め安堵すると、彼女は襲い来る眠気のままに目を閉じた。慌てて降りてきた家の主の、しゃがみこむ影が赤く伸びている。
魚は冷やこくなっていた。