ネモフィラはファンシー

ネモフィラは青い。小さい姿に大空をたくわえて、めいっぱいの青さで生きている。

どこからか、どこまでも続く青い地を見ていると、自分の心の中も洗われていく。

ネモフィラの花ことばの一つに「あなたを許す」というのがある。花言葉はもちろん、人間があとからつけたものである。それならばその人はきっと、思ったのだろう。この一面の青を目の前に

「わたしは許されたのだ」と。

*****

まいです、ごきげんよう❀

先日、埼玉県にある国営武蔵森林公園でネモフィラの花畑を見にいきました。その日までの自分のわくわく具合でようやく、私はショッピングよりお花畑が好きなんだと自覚しました。ネモフィラのほかにもチューリップ、バラ、藤、コスモス…とそういえばけっこう好んで行っている。これからはお花畑好きとして意識的にいろんな場所に赴こうと思います。

さて、人生初のネモフィラ、ずっと行きたかったネモフィラに私の気合は黙っておらず、前日に真っ白のワンピースと髪飾りと耳飾りを買いそろえ、新品の白いハイヒールを当日の朝におろすほどでした。いざ着てみると、いかにも「お出かけ用」の装いをした自分に鼻歌。洋服って体と同時に心にまとうものなんですね、素敵。

武蔵森林公園は私の想像する「公園」とは規模が段違いに大きく、どちらかというと「森林」でした。公園内の縦がキロ単位で長く、まさかの公園に着いてからネモフィラにたどり着くまで30分ほど歩いた気がします。あと出口までも。ですが、公園の中はどこも空気が澄んでいて緑と木陰いっぱい。森林浴やお散歩、サイクリングにもぴったりな空間でした。

そして「本日の主役」であったネモフィラ。遠くからでもあそこだ、とわかるほど水色が広がっていました。相方と写真をたくさん撮りながら一緒の時を過ごせていることの幸せを噛みしめしたりして……つまりネモフィラのファンシーな見た目が私の心の中にキラキラフィルターをかけたようです。うすあおってあまり自然界で多い色ではない気がして、だからそれで惹かれたのかも。……なににだ?

とにもかくにも、念願のネモフィラのお花畑を体感できてとても良い一日になりました。

朱に交われば赤くなる、じゃないけど、あそこにずぅっといれば、私もうすあおになって風にそよいだりできるのかななんて思ってみたり。そうしたらそのまま青空になって大きな青空になって私、どんな気持ちを味わえるのかしら。

うすあおは やっぱり私をファンシーな気分にさせるのでした。

こころを象るもの

音が眩しい。音の光は突き刺さるほど眩しかった。

宇宙で密度の高くなった熱い星がはじて銀河になるように、燃えるようなエネルギーを持った音が会場全体に散らばり輝く瞬間の感動。

これが、ピアノ一台の音だとはまるで信じられない興奮の渦。

*****

まいです、ごきげんよう❀

皆さんは、ハラミちゃんというピアニストをご存じですか?YouTubeなどでよくストリートピアノの演奏披露をあげている笑顔の素敵な女性のピアニストです。

私はテレビで観て知りました。

そのハラミちゃんの「47都道府県ツアーコンサート」に当選し、先日姉と共に見にいってきました。

……こんなに楽しいピアノコンサートってあるのかという驚き!

ピアノコンサートというと、クラシカルで敷居が高いというイメージもありますが、ハラミちゃんのコンサートは会場の多くの人がペンライトを振り、笑いと手拍子にあふれた温かくて熱い時間でした。

全力で演奏される聴き馴染みのある、そしてそれがハラミちゃんなりに解釈され芸術的になった曲が、何度も、何曲も演奏され会場のペンライトは揺れ続けていました。曲や、詳しいプログラムは、この先にもコンサートが続くのでネタバレ厳禁ということで控えますね。

その場で耳コピしてみせた即興演奏、電子ピアノで弾いたロックの激しさ、目まぐるしく変わる照明の赤・青・緑・白……。汗で湿る背中、耳もとにある心臓、ステージにあるピアノとただ一人の演奏者に、2500人が夢を見た。

*****

芸術は、心を豊かにする。あるいは心を空っぽにする。それまであった何かを洗い流す。と思う。

洗い流された何かを見つめることは、とても勇気のいることで簡単にはできない。

心は代わるがわる何かに満たされその重さを変え続ける。しかしそこには、常にその心を象っているものがある。心の、その輪郭はなんだろう。

私は目を凝らして、それを長いこと見つめていたい。

春、雨の日、考え事

けぶる雨

若葉のかおりぬくみ立つ

白いさくらはやわく濁った

*****

まいです、ごきげんよう❀

いよいよ春爛漫、これまでぷっくりふくらんでいた桜のつぼみが、こらえきれなくなって笑いをこぼすように花開きました。

我が家の庭にも一本、ソメイヨシノという桜の木があるのですが、今は満開誇らしげにいます。

春の気候は三寒四温、晴れが続けば雨が降る。

しっとりとして静かな小雨の音を聴きながらそっと窓を開けたとき、ああ春が来たと感じました。なまあたたかな風と蒸発する雨滴の中に揺れる新緑の草の香りが鼻をくすぐり、薄灰色の空が桜の輪郭をより際立たせる……。やっぱり季節の訪れはなによりも風で感じます。

*****

白いもの

さくらはごろもゆきやなぎ

おこめはなよめ

それからあなた

私は桜というとピンク色を連想しがちなのですが、うちで咲いた桜を見ると、とても白いことに気づかされます。透けているというよりむらなく白く輝いている。彼らの肌はとてもきめが細かい。

いつか散るとわかっているから早く逢いたくなるのが桜。あなたは桜のようです。

*****

先日、父と二人で東京国際フォーラムに行きました。東京都人権啓発センター主催の「新たな人権啓発のカタチ~ユニバーサルな上映とトーク~」を観るためです。今日はそのお話をさせてください。

そのイベントでは人権啓発センターの人たちが開発を勧めるユニバーサルデザインのアイデアやアクティビティの紹介や、寝たきり芸人「あそどっぐ」さんをはじめとしたトークプログラム、そして人権啓発映画「梅切らぬバカ」「破戒」の二作品の上映が行われました。入場無料です。

「梅切らぬバカ」は自閉症の息子とそれを支える母親の親子愛を描いた温かな人間ドラマ。障害者がテーマの作品ではもちろん障害者が、そして健常者も登場しますが、障害者がテーマでない作品では通常、健常者しか登場しません。なぜでしょう。そのような問いがトークショーでかけられていました。一人ひとりの人間に特徴が様々あるように障害もその一つであるわけですが、私たちはどこかでそれを特別視し、その人たちの存在する空間を特別な場だと思っていたりする。だから障害がテーマでない作品に自然と障害者が登場することが非常に少ないのだと思います。緊張感、それはどこから来るのか?紛れもなく自分が引いた境界線の向こうからです。

「破戒」は島崎藤村の小説を、全国水平社結成から100年となる2022年に映画化したもので、同和問題(部落差別)を扱っています。自らの出自に苦悩する小学校教師、丑松が主人公です。

どこかとある場所で生まれる、それは世界中の誰もがそうです。なのにそのある場所が科学的根拠なしに穢れた場所とされ、そこで生まれた人は対等な人間扱いを受けられない。

そうした理不尽な部落差別はこの、今の日本にも存在しています。

部落差別だけではない、いくつかの人がさまざまな理不尽をもって人々を苦しめている現実がある。

それはなんて哀しいことでしょうか。

そういえば先日行ったディズニーランドで涙が止まらなくなったあの歌。あの歌で締めたいと思います。

世界中どこだって 笑いあり涙あり

みんなそれぞれ助け合う

小さな世界

世界はせまい 世界は同じ

世界はまるい ただひとつ

世界中誰だって 微笑みあえば仲良しさ

みんな輪になり手をつなごう

小さな世界

世界はせまい 世界は同じ

世界はまるい ただひとつ

あたたかみ

私の投稿に何度かボランティアサークルのお話があった気がします。大学生に中古教科書を販売しその売上を途上国の子どもたちの支援金にあてるという活動をする全国規模の学生起業団体です。

つい昨日までのお話。23日から26日、淡路島にて3泊4日の全国合宿に参加しました。

参加というより開催の方が近いかもしれません。今回の合宿では私は係を務め、およそ100人で過ごす4日間のために、9人の係で半年間準備をしてきました。

*****

まいです、ごきげんよう❀

合宿の準備って何?と思われるでしょう。この合宿は淡路島を観光したりバーベキューをするような遊びメインの合宿ではなく“研修”なんです。

全国に支部をもつこの団体は中高の部活のように対面で集まることはなかなかできません。支部ごとに状況も進捗も異なれば一つの団体としてのまとまりを失うので、年に2回全国合宿を行い、活動への意識を高めたり認識をそろえる必要があります。

係はそこでコンテンツと称した講義を一人一本準備し、参加者同士のディスカッションの時間を設けながらより多くの金額を寄付するための戦略などのプレゼンをします。

私も3日目のコンテンツを担当し、結果とても良い形でやり遂げることが出来ました。あとはこの戦略や考え方をそれぞれ各支部に持ち帰って実績に繋げてもらうのみです。

私は昔から人前で話すことが得意で適正だと認識しています。しかし今回わかったことはそれ以上に“表現方法”として講演が好きだということです。

もともと芸術でもなんでも形にないものを形で表現するということが好きですが、講演がこれにあたるとはこの日まで気づきませんでした。新たな自分を知れたのか、生まれたのか。どちらにしてもおめでたいです。

*****

この全国合宿は、現在活躍している先輩たちが、今の自分の原点だとも言う重要なものであることは噂で聞いていました。実際過去には、退部前の記念として行ったはずが、モチベーションが上がりまさかの支部長になって活躍した人もいたようです。そんな話も聞き、コロナを乗り越え3年ぶりの対面開催に係としてその重要さを理解したつもりでいながらも、オンラインでしか参加したことのない私にはそこに実感というものが伴っていませんでした。

しかしどうでしょう。いざ大変な4日間を終えるとき、私の活動に対する意識や意欲は全くの別物になっていました。係としての責務を終え、全国のみんなと実際に会い大笑いし、ここまで築き上げてきてくれた先輩たちの引退に涙したこの4日間、ここに思いが湧かない理由がなくなっていました。

初めて「あ、私たちは全国でワンチームなんだ」ということを実感し、そのとたん別れが淋しくなりました。

なるほど。これが対面とオンラインの決定的な差。知識や大事なことを経験することはできるけれど、体験はできない。記憶として残るけど思い出として保存されにくい。

人間はやっぱり喜怒哀楽を肌で空気でわかちあう生き物なんだと思います。

心地の良いことを「あたたかみがある」というけれど、そういえばオンライン時代に突入して以来、久しく使っていなかったなぁ。

さ行の独り言

まいです、ごきげんよう❀

今日はつぶやいていきたいと思います。

*****

「さ」探しもののアリカは基本単純。

先月、私は友人と「脱出ゲーム」に挑みました。様々なトリックを暴きながら謎を解きあかして密室から脱出するという体験型アトラクションです。狭い部屋で制限時間が50分ときたら余裕と思っていましたが、いやいやヒントカードを頻繁に召喚させタイムギリギリで脱出という出来。焦りすぎて何度頭をぶつけたことか。つまりは、とても楽しかったです。おかげで「脱出しに行ってくる」という大矛盾の言葉にはまりました。前日まで少し気分が沈んでいた私とその要因を理解し、金箔をまぶすように明るく照らしてくれた友人。あなたのその謎はまだまだ解けないし、脱出できそうにありません。

「し」森羅万象は実は一つなのかもしれない。

 「きのこの山」が「山」か「里」かわからなくなったときは「きのこが山の形をしてる」と覚えればいいんだとふと思った時、とても感動しました。きのこは山の形をしていてその集まりも山の形をしていてそしてそれは山にある、ということは、山は沢山の大小の山の集まりといえるし、きのこは実は一つの山という生き物の一細胞ともいえる……?随分と昔に思ったことがある。一本の樹の枝の形と、一枚の葉の葉脈はとても似ている。その木々が集まっている様子も葉脈に似ている。人が腕を広げると樹に似ている。人の血管も葉脈に似ている。海に住んでいる魚の体の中には海のように水が溜まっている。人の体の中にも水が溜まっている。樹の幹の中にも一葉の中にも溜まっている。人の涙は雨のようだし、生き物は風を吹くことができる。すべてのものは実は同じ現象の繰り返しで、あるいは一つの呼吸であり生命であるのではないか。名付けなければこの世のものはすべて一つだったのかしら……。答えがないところに思考の楽しみはあるのだからここで終わらせたって責めないでください。

「す」澄みきった空が鋭く裂けている。そこでは大地の声がこだましている。

 今月の5日、私は合唱の大会のため初の山梨県へ行きました。やはり驚くのは高速道路の向こう側の富士山の圧倒的な大きさ。私の知っている、お菓子のアポロの水色バージョンみたいなそれとは別物の、厳格で逞しい構えの象色の岩山。車を降り空を仰ぐと、遥か昔からいる神様への尊敬のような気持ちが無条件にあふれ出てきます。すごい、とか綺麗じゃなくて「ありがとうございます」と言いたくなるような不思議なありがたみ。ああそうか、私はずっと昔からこの人に伝えたかったんだ。

「せ」“青春”の文字にはたくさんのハードルがある。

「そ」それでは今日はこのへんで。良い夢を。

【星移】20年間生きたということ

※事故の話が書かれております。読まれる前にあらかじめご了承ください。

まいです、ごきげんよう❀

*****

少なからず人は死を恐れ、それと直面すれば衝撃を受け、疑問を投げかけたりする。
しかし死ぬことよりも生きていることの方がずっと不思議なことなのだと、やはり思う。

「成人式」から「二十歳のつどい」に名前を変えた地元の式典は、晴れやかに清々しく行われた。
私の地元の中学は小規模で、小学校から人の入れ替わりもほぼないことからとても仲が良かった。
公園ではよくサッカーをする男子メンバーがいるし(そして通りすがりの私を見かけると大声で呼んでくる)(これは小学校の頃と全く変わらない光景)、SNSで繋がる女の子同士は私が知っている中学時代の彼女らからは想像もつかないような組み合わせでよく遊んでいたりしている。中学時代スマホを持っていなかったこととその後もSNS交換などをしなかった私は彼らとの連続的な関わりはなかったけれど、それでも偶然出くわすと「久しぶり!」と言い合えるのだから、私も仲の良いメンバーの一員なのだと思う。
そういえば私たちの学年は小学校でも中学校でも「幼い」と言われることが多かった。田舎育ちでませていなくて、純粋に楽しいことが好き。そんな学年だったからこそ「二十歳のつどい」への参加率はかなり高かった。
開始前まで受付をしていた私は訪れるひとりひとりの旧友と軽く会話を交わした。落ち着いた印象から煌びやかな雰囲気になっており一瞬誰だかわからないという人に焦っても、その人が笑った瞬間あっと名前が出てきたりしてとたんにその子にしか見えなくなる瞬間は嬉しいしおもしろかった。長いこと人に覚えてもらいたければ日頃からたくさん笑顔を見せておくのが良いのかもしれない。懐かしい笑顔たちが言うことには私は「全然変わっていない」そうだ。

私は式典での代表スピーチで、「誰よりもこの20年間生き続けた自分にありがとうを伝えよう」という主旨の話をした。これが伝えたくて私は実行委員長に立候補した。
今年からこの式典の目的は「成人を祝う場」から「20年間生きた自分を称える場」になった。少なくとも私はそう捉えていた。だから「大人になったから秩序ある言動を」という表現は用いたくなかったし、ましてや「育ててくれた両親、家族に感謝」などという幸せ者が言える、無責任で攻撃性の強い言葉は公の場で絶対に避けたかった。「参加者代表」なのだから参加者のことを裏切ることはしたくなかった。今この場にいることが出来ているのは、紛れもなく自分が生き続けたからなんだよ。

私には、20歳を迎えて間もなく、この世を去った友人がいる。小学生の頃から“読書好き”で通っていた女の子で、中学時代はよく作詞をして将来作詞家になりたいと言っていた。私も一緒になって作り歌ってみたら、センスあるよ!と言ってくれた。プライベートで遊んだことはなくて周囲から見て「ペア」と認識されるような友好関係ではなかったのだろう。でも、私のことを好いてくれてるという自負はあったし私も好きで、そして尊敬していた。一緒に文化祭で演劇をしようと計画をしてマジックを練習した。家庭科のケーキ作りで二人でトッピングをした。帰宅部だった彼女は、いつも誰よりも朝早く来ていて、放課後は教室に残って友だちと話していたり、文化祭の準備をしていたこともあった。評価しているように聞こえたら彼女に申し訳ないけれど、とても感受性の豊かな子で繊細な感性をもっていて、当時では少数派の「ぼくっこ」だった。アニメが好きで、兄弟がたくさんいて、褒め上手で、親友と喧嘩していることもあったし、そうそう卒業文集ではプロローグストーリーを私が書いて、エピローグをあの子が書いたんだ。
……これまで彼女についてここまで語ったことはなかったけれど、こうして文章におこしているとこんなにも記憶は蘇るのかと驚いている。
私は今この文章を書く手をとめてあの卒業文集を引っ張り出した。

友人が私には、と教えてくれた訃報。

春、夜中11時前だった。毎日のように使う最寄り駅と隣駅の間の踏切で起きた人身事故の“人身”はその子だった。私は遊びに行っていた。その日の夕方の電車に乗っていた。事故詳細には「20代から40代とみられる女性の……」と書いてあった。私は言いたかった。その子は先月20歳になったばかりです、40歳じゃないです、と。

踏切を見ると、暗闇の中ここに正座をしたらしい彼女の姿が思い浮かばれる。中学卒業以来5年間、一度も会わなかった。この知らせを知らなければ、「一度も会ってない」ということも考えなかったと思う。思えば高校生のとき、一度か二度最寄り駅ホーム上で見かけたのに声をかけなかった。あのとき声をかけて遊ぼうって言ったら良かったなんて、考えるべきではない。
ただ……。会っていない時間、日々、彼女の息を感じていたわけではないから、彼女がいなくなったと聞いてもその喪失感はいっこうに訪れなかった。その違和感が私をよけいに苦しめた。

いなくなった、という言葉を使っていた私だが、これは間違いだったと訂正させてほしい。
訂正の理由は、5年ぶりに読んだ、例の、彼女の書いたエピローグストーリーにある。
本文の後半を引用するね。あなたの言葉に尊敬と感謝と安堵の気持ちをこめて拍手を送ります。

【星移】

春夏秋冬 キセツが流れ
目の前にあるものが見えなくなる

互いの心の距離は変わらずに廻っていくだけ
進む道がたとえ違っても 僕らの心は変わらないのだ
隣にいないようで
いつでも同じ宇宙(そら)にいる
いつも一番星のように輝いていよう

 廻ろう共に
   行こう僕らの道へ…

( エピローグストーリー本文後半抜粋。太字はこのブログの書き手によるもの。)

2022年12月31日

まいです、ごきげんよう❀

*****

2022年の抱負は「挑」でした。
2020年21年と、コロナ禍で否応なしに我慢を強いられ、
たとえ思いが強くとも、叶わないという苦しい経験を繰り返し、
気が付けば何かに期待し打ち込むことを恐れていました。

それを失うときの落差が怖くて、願うということを避ける癖がついていたように思います。
そんな中で、2022年この年では、様々なことに挑戦し“ときめき”を見つけていこうと決めていました。

2022年。大学も対面授業が多くなり、グレーだった世界が明らかに色づいていきました。
授業が受けられれば大学なんじゃない。
私はここにきて、同じようにここに来た多くの誰かと出会いたかったんだ、
学校生活は自分から楽しもうと思えば、想像を遥かに超えた素敵なものになるんだ、と心から感じられた一年でした。
息が合い、面白く優しい仲間たちとの交流。頭を悩ませ しかし決まってやりがいを感じることのできる演習授業。一代表として真剣に時間をかけ、自分を成長させられたボランティアサークルでの活動。趣味を続ける大事さを痛感した合唱団への入団。生徒の成績アップを本気で目指す塾講師のアルバイト。大学でのオープンキャンパススタッフやこのブログ部での活動。芸術とのふれあい。この先控える成人式実行委員としての準備などなど……。
多くのチャンスに恵まれ、そしてそのたびに挑戦してきました。それらの出来がすべて良かったわけではもちろんないでしょう。しかしそれをするにふさわしい自分になった時にそのチャンスがまたあるとは限りません。ならば自分の“ときめき”に正直に。スタートラインの手前で迷うよりコースに入って景色を見た方がいい。そういう前のめりな気持ちで取り組んできた一年だったと思います。休暇になると疲れの皺寄せがゆるやかにやってきて、今年のラスト3日くらいあまり動いた記憶がありませんが……。
こんなにものんびりとした心持ちで新年を待てることに私たちは感謝の気持ちを抱かなくてはなりません。

*****

新年が明ければ、すぐに成人式改め「二十歳のつどい」が挙行されます。
私はそこで代表のスピーチをするのですが、これがこの式で私がとても伝えたいことなので、そのほんの一部をここに載せたいと思います。
今年一年関わったすべての皆さま、ブログをご愛読いただいたみなさま、ありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。

「参加者代表の言葉(一部)」
私たちの今日までに沢山の人の支えがあったことは間違いありません。
しかし今私たちがこの場にいることができているのは、私が、あなたが、みんなが、20年間、生き続けてきたからです。
20年間、心がずっと穏やかだった人などいません。先が見えない苦しい思いも沢山してきたはずです。それでも20年、頑張って生きてきたから、私たちは今ここにいます。その自分をまず誰よりも褒めて、その自分にありったけのありがとうを伝える日にしてください。

スタートダッシュ

12月になると街並みはシャンパンゴールドに輝き、まるで泡粒がはじけるかのように小さな光たちがしきりに波打っている。

早く電車を降りたいな。ほかほかになったコートの重みを感じながらドアの一歩外へ出ると体中の熱が一気に搾り取られ硬く引き締まる。私は干し椎茸みたいにちぢこまって、体から逃したくないはずの温もりを白い息にかえて吐き出してしまう。ちょうどマッチ売りの少女が一本一本マッチを擦っていくように、ポッポッと口から灯を浮かべてはそれが一瞬で白く凍り付く瞬間を看取っている。

私の地元はコンビニや街灯がないような田舎で、東京で見る、踊りだしたくなるようなイルミネーションなどもちろんない。でも、毎年いくつかの決まったおうちがベランダやお庭に飾る電飾を見るのが好きだ。幼い頃はクリスマスイヴときたら、私とお姉ちゃんとで夕食前に家を出て、町にある何軒かの「おうちイルミネーション」を見にいくという習慣があった。格好よくはないけれど、なんだか暖炉の前にいるみたいに温かで音楽隊の演奏がどこからか聞こえてきそうなあの何とも言えないわくわく感がたまらない。

今年もやってくるクリスマス。ツリーの上に星を飾る日を私は待ち遠しく思っている。

*****

まいです、ごきげんよう❀

前回の投稿から今日このブログを書くまでに、わたしは二つの舞台を見にいきました。

一つ目は日本文学科の先生にご紹介いただいた狂言の舞台です。歌舞伎は見たことがありますが狂言は初めてでした。狂言の世界のなんとまあ面白いこと!笑いの芸能とはまさにこのこと。声を出してあっと笑ってしまうオチのある台本。長い年月を経ても人が自然と笑顔になれることって変わらないのだなと感じました。一緒に行ったお友だちとの過ごす時間もあり楽しさは倍にも膨れ上がっていたと思います。膨れ上がるってお餅みたい。そうそうだいふくなんかに良さそうな。

もう一つの舞台についてはステージ、といった方が良いかもしれません。みなさんご存じですか?ユニドルというものを。

ユニバーシティアイドルの略で、大学生のサークルという形で存在する完コピダンサーグループの方々の総称なんです!様々な要素から審査される大会があり全国大会出場を目指し本気で挑んでいる方々が沢山いて、そのうちの一人に私のお友だちがいます!

先日、彼女の所属するチームが出ていた関東大会ステージを初めて見に行きました。

音圧が凄まじい会場、きらびやかに着飾った魅力的なユニドルのみなさんが次々と登場しそれぞれ練習してきた曲を手作りということが信じられないほどの素敵な衣装で、全力で、踊っていました。私のお友だちはもちろん、ステージで想いを届けようとするダンサーひとりひとりは本当に青春色に輝いていて、騒ぐというより感動で涙がこみあげてきてしまうような雰囲気でした。好きなことを言葉通り全力で表す皆さんが表現者としてとても魅力的で、心構えなしに良い刺激をガツンと受けました。

ライブ会場なるものは初めて訪れましたが、なるほど、この熱気と得も言われぬ感動にみんなトリコになってしまうのですね。

*****

私も学生生活を全力で注ぎこめる何かを見つけたい。いや、本当はもうとっくのとうに見つけていて動きだせていないという方が正しいのかも。そういう方はいま、一緒にスタートラインに立ってみませんか?

いざ、位置について

よーい……

贅沢

まいです、ごきげんよう❀
本日は二本立てでお送りいたします。

先日、家族と父方の祖母とで、祖母の実家である千葉、御宿に行ってきました。
たった二両の短い電車に揺られながらうつらうつらしていると、気が付けば真白でふわふわとしたススキが揺れる駅についていました。
御宿は私の地元・埼玉よりも暖かく、穏やかな風が西日の合間を縫って流れていました。
お墓参りをし大きなカタツムリを見ました。御宿の虫は大きいのです。
旅館で一休みをしすぐ近くの海にでました。薄灰色の砂はきめがこまかくサラサラで、「月の砂漠」で有名のとおり浜辺というより砂漠のようです。靴で踏むと少し足が不自由になって、砂の中に軽く沈みました。11月も後半、はだしになるなんてことは頭にありませんでしたが、反射のように私は靴と靴下を脱ぎすてて、冷たい砂浜を広大な海めがけて駆けだしました。
夕陽を包んだ海は、ひんやりとした砂浜にくらべてほの温かく、私に安心感をもたらしました。高い空には海上特有の流れのある雲が広がっていて、そこには彩雲もぽっかり浮かんでいました。
砂のカンバスには誰かが飾りつけたようにたくさんの貝殻がちりばめられていて、それをひとつ拾っては、無心でポケットにしまいこんでいた自分。何か、大切な何かを、決してこぼすことのないように拾い上げる必要がある…そんな使命感を覚えたのでした。
勢い良くしぶきをあげたあと波の痕を刻んでゆく水際。跳ね上がった水滴の中に夕陽が昇ってくる瞬間の息を呑む美しさ。
自然が生きているという事実を否応なしに知らされました。

叔父のいびきでよく眠れなかったことはさておいて、とても素敵なオフシーズンの御宿旅でした。

*****

第2幕は、さわがしいお話。
大学の友だち6人でパーティーをしたお話です。
東京のレンタルスペースを予約し、ハロウィンとメンバーの1人の誕生日とクリスマスの全てをひっくるめたパーティー(お菓子とたこ焼きパーティーという別名は置いておいて)をしました。
集合場所の池袋駅で、集合することそのものに困難を要し無事難関を突破するとさっそく材料の買い出しに出かけました。
…恥ずかしながら普段実家暮らしで家族に甘えていた私。各材料の相場やら配置場所やらが全く分からずこれまた苦闘する羽目になりました。

なんやかんや想定外の苦難を乗り越え、さっそく始まったパーティーは大盛り上がり。人生初のたこ焼きづくりで学んだことは、「自分が面倒みた子には愛着が湧く」ということ。最後まで球体になれずたこ焼き器に残っていた子が、ようやく丸くなりお皿に移されたとき、気づけば会場で拍手が沸き起こっていました。そして次々と飛び交う「卒業…おめでとう!!」という激励の言葉。
食べる時にはもうどれが自分の育てたたこ焼きかなんて考えず美味しんでいるのだから私たちは幸せものです。
持ち帰れるように小袋包装を買おうといっていたお菓子。みんなでわいわい選ぶと不思議とどれ1つとして小分けになっていなかったものの(笑)あっという間に食べ切り、そのままミニゲームで盛り上がるという贅沢すぎる時間を過ごしました。そして自然と出てくる、「次はあれしようよ!」「あそこ行こうよ!」の声の黄色のやわらかさ。今しかない時間を共に過ごしたいと思える仲間が見つかることはこの大学に入って良かったという言葉とイコール、そういっても問題ありませんよね。

色々あった11月も、もうすぐ終わり。
でも、色々ある毎日はこれからも続きます。それが幸せ。

さんぽ

あんなに走った公園が、思っていたより狭かった。
あの時登って怒られた、桜が意外と低かった。
あの時すべったすべり台、なんだか短いあっけない。
あの時ひろった紅葉の葉。今も変わらず赤かった。
白いベンチに落ちてきた紅葉は今日も変わらない。

*****
まいです、ごきげんよう❀
懐かしい地元の公園でひとりお散歩をしてみました。西日が射して遊具の長い影が伸びる公園は、昔走り回っていた場所とはなんだか別物のように感じられました。でも、隠れんぼした紅葉の樹だけは、いつもと同じ秋の色。寒さに固まった皮膚が、太陽の熱でじんわりと自然解凍されていく時、いつかの思い出が沁み込んできます。
*****

先日、相方と2人で地元・埼玉の川越で着物散歩に出かけました。
お着物をレンタルし大正ロマン溢れる街並みを、下駄を鳴らして歩いている自分。なんとも言えない充足感が足取りを自然と軽くさせました。
お天気にも恵まれ暖かく、目につくものを買っては食べ買っては食べの、のんびり散歩。定番の「いも恋」や「おさつチップ」「おいもソフト」を食べ、写真と実物にかなりのギャップがある餡バターサンドを食べました。気づけば甘いものづくしだったので、最後に買った串刺しきゅうりの漬物の美味しさたるや。「カツオだしの1本ください」と言ったのに、食べ終わり次第お店のおばあちゃんのところへ戻って「やっぱり梅しそも1本お願いします」と言っていた自分。

和服を着ていたので、外国人観光客の方々に声をかけられ、一緒に写真を撮りました。密かに有名人気分を味わっていると、相方が隣で「やばい!フォロワーの通知が鳴り止まない!」とハイテンションでふざけているのを見て、目が覚めました。

その後、川越の氷川神社にご参拝に行き、「1年安鯛」というお魚のおみくじを釣るとなんと2人とも大吉!「すること成すこと上手くいく」とあったので何かお困りのことがあれば私にお任せ下さい。なんだかよくわからないけど、今ならいける気がします。(?)

借りたお着物を返しに行き、気がつけばもう、時の鐘もシルエット。どこかでカラスが鳴いています。さてさてそろそろ帰りましょう。お散歩日和はまだ続く。明日はどこへ行こうかな。明日は何を見ようかな。