こんにちは、あこです。
最近、晴れた日には外へ出て、空を見上げるようになりました。
きっかけは、”雲研究者”の荒木健太郎さんに密着した某番組を観たことでした。荒木さんは気象庁の研究機関である「気象研究所」に勤務する研究官の一人で、防災・減災のために”雲”の研究を行なっています。Twitterで色々な雲の写真を発信したり、『天気の子』の気象監修を担当したり、『天気の図鑑』を始めとした様々な本を出版したりなさっているため、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。お恥ずかしながら私は存じ上げなかったのですが、この番組を観て「こんな雲があるんだ」「私も見てみたいな」「雲の名前がわかったら面白いだろうな」と思い、今は図鑑・写真集の情報を集めています。ですが「これだ!」という運命の一冊には未だ出会えず。気長に探そうと思います(笑)
話を空に戻しましょう。
今お話ししたように私は某番組を観て”雲”に興味を持ったのですが、と同時に「あれ、空を最後に見たのっていつだっけ」と思いました。週の半分以上がオンライン授業とは言え、アルバイトや近所のお出かけ、散歩などでそれなりに家の外へは出ています。ですが、空を見た記憶が全くと言っていいほどなかったのです。
もちろん、道を歩くときは前を向いていますし、電車には大きな窓がついています。空が全く見えないということはあり得ません。私が”見て”いなかったのです。”視界に入れた”だけで、”見て”はいなかったのです。
それからというもの、晴れた日には極力外へ出るように心がけ、外へ出た日には必ず空を見上げるようになりました。雲の名前なんて全く分かりませんし、写真を撮るわけでもありません。だけれど、空を見るとなんだかホッとして、今日も幸せだなって思って、でもちょっぴり寂しさも感じて。
心が洗われる。
そんな気が、するんです。特に何か嫌なことがあったわけでも、精神的に追い詰められているわけでもありません。ただ、目まぐるしい日々の中で、ゆっくりと、しかし堂々と流れていく雲を見ると涙が零れそうになります。頑張ることに疲れて、自分を奮い立たせることに疲れて、でも頑張りたくて。そんな気持ちが、サァーっと流れていくのを感じるのです。
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私たちは日々、色々なものを見ています。でも、それは本当に”見て”いるのでしょうか。”視界に入れる”だけで、”見えない”ふりはしていませんか。”見る”べきことから、目を背けてはいませんか。
大人になるにつれて、”見ない”ことが上手くなったような気がします。”見えた”ことを、あたかも”見えていない”ようにする技術も、備わってしまいました。
“見ない”方が楽なことは多いです。”見えなかった”と言えば、誰からも責められないのですから。でも、誰もが”見ない”選択をしたら、それは、その人は、”なかった”・”いなかった”ことになってしまいます。それはあまりに寂しくて、悲しいことです。
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空を見るようになって、他のものも”見たい”と思うようになりました。全部を”見る”ことは無理かもしれないけれど、少なくとも”見ない”という選択や、”見えない”ふりは、したくない。そう思っています。
皆さんは最近、空を見ましたか?顔をちょっとだけ上げて、目線をちょっとだけ上げて、是非見てみてくださいね。荒木さん曰く、「雲は一期一会」だそうですから。
それでは、また。