桜狂いと書き狂い

 桜を見に行った。近所の河川敷まで。風の強い花曇りで春らしい気候であった。

 桜を見て「これはいけないな」と思った。何て言ったって桜はちょっと美しすぎる。ある季節になると、これだけ太い無骨な幹から、淡く小さな花々が一面に咲いて辺りを染め上げてしまったら、困ってしまう。だって否応なく美しい。しかも長くは続かず、散ってしまう。その散り際も甘やかなこの季節特有の風に乗って、はらりはらりと舞うように落ちてしまうのだからたまらない。これは歌だって詠むし、集まって愛でるし、物語にもなるし曲にもなる。愛されてしまうわけだ。桜が咲けば喜んで、散ると悲しんで、桜が無ければと思ったり、散るからこそと惜しんだり、その美しさに妖しさを覚えたり、桜の樹の下を考えてみたり。今でも春の新曲は桜が歌われ、薄いピンクの花びらのデザインで我々は春だなと思う。桜は変わらずそこに在るだけなのに、ずっと桜に魅入られてこの地に生きる人々が桜を作品にしてきたことを私は文学を学んで知った。つくづく文学を学んでいて良かったなと思った。

 話は変わるが、これが最後のブログらしい。思えば三年間、先生にひょいと引き抜かれて、だいたい月に二回、よく書いたものだ。ブログ部に抜擢されたときにも先生に話したが、月に二回も文章を書ける場を与えてもらえるのはありがたかった。私は自分の文章が好きだし、読んでもらえるのも好きだが、自発的にはなかなかやらないので。忙しいときもあったけれどやはり楽しかった。今月は何日だから、と覚えて、間に合わないことも多かったのだが、何を書こうと考えるのは、忙しい生活から、自分の好きなことを、創作を行える時間を引っ張り出してきてくれた。本当に感謝している。その記念にこのブログの内容、主に創作部分を印刷会社に依頼して本としてまとめるつもりだ。自著をまとめて本にするなんて恥ずかしくないのかい?何の意味が?だまらっしゃい。私が楽しいからいいのだ。他にも大学生中に書いた創作をまとめたりしたいし、そういえば卒論の製本もまだだった。でもきっと形にすればこの先も生きていけると思う。

 文章を読むのはもちろん書くことが好きであること、文学を学んだこと、そのどちらもがあったから、先に書いたように桜に対する思いを自分の言葉で書けたし、それをとても嬉しく思っている。どうやら私のアイデンティティや私自身が私に感じている価値は、芸術を嗜むことができる能力と芸術を表出できる能力なんだと思う。少し大きくでてしまったかな。だからこのブログ活動は楽しかったし、ブログを書き続けられたことに価値を感じている。創作を月に二回書けたのは我ながら自信にもなった。できればこの先もこのような活動を続けていきたい。これを読んでる方へ。他の日付の「はるか」名義のブログも読んでいただいてご興味おありでしたら何卒。
 ただまあこの四月から始まる仕事は文章を書く仕事ではない。ええ、そこはどうにも上手くいかなくて。しかしなんとか物を書く仕事もやっていきたいので頑張る所存。いつも作家を憎く思っているからね。物を書くことが仕事になるなら、仕事の時間外で物を書く時間を捻出しなくて良いではないか。羨ましい。ご興味おありでしたら何卒。

 4月からは将来の関係で北の方へ三ヶ月だけであるが引っ越しをしなければならない。社会人になるのも嫌だったし、社会人になりたくないし、社会に貢献なんてしたくない、と思春期の感傷のようなものを未だに引き摺っている愚かな私である。気持ちはすっかり花曇り。しかし今日桜を見ながら「この地域では卒業式には間に合わず入学式の頃には散ってしまうから悲しい」と呟いていたら、ふと4月1日には盛りであることに気づいた。桜の満開の時期は新社会人の時期らしい。なるほど。などと思えば、春の憂鬱にうなされていた心もほんのりと色づいた。今日の夜バスに乗って、北へ向かう。桜前線を追いかけて。

くるとし

こんばんは!みずほです。
今回は前回に引き続き大学生活後半戦を振り返っていきたいと思います。
それでは3.4年をプレイバック!!!

~3年次~
春休みからコロナ事情が怪しくなり、開始早々1か月暇人と化した3年次。確か5月スタートとかだったような記憶があります。この時はまだ楽観的で「夏くらいには収まって後期からは対面だよな~」とか思ってました。世間もまだ暢気でしたよね。ところがどっこい、一向に収束しない、と言うより広がっていくウイルス。授業も全面的にオンラインとなり、zoomやらteamsやら慣れないアプリと格闘する毎日。周りの友人はインターンが難しくなり大変そうでした。かく言う私も教職の必修である「介護等実習体験」が流れてしまいオンラインでの履修となりました。
そんな3年次、いちばん頑張ったことと言えば学会委員活動です。春休み前から色々動いていたのでそれらが実現できず、またすべてオンラインに移行でたたき台作りからのスタートでしたから毎日ひいこら言ってました。それでも頑張れたのは同期3人がめっちゃくっちゃに優秀なリスペクトピーポーだったからです。このメンバーじゃなきゃあのクオリティで活動できなかったと思います。自慢の友人たちです。良い感じに適材適所でそれぞれの持ち味が光る組み合わせだったなと思います。なんでも積極的に率先して動けるKちゃん。デジタルに強くオンライン対応が神だったHちゃん。何事にも丁寧で繊細な気配りのできるRちゃん。そしてみんなの隙間埋め職人わし。委員長として代表を務めてはいましたが、細々とした作業が向いている私は、みんなの取りこぼしを拾っていく方が性に合っており、本当に良いバランスでお仕事できていたなと思います。やりたいことの半分もできなかった1年間でしたが、得たものが0ではないことは確かです。

~4年次~
3月からブログ部長に就任し、平社員からいきなり昇進してしまいました。正直「私で本当に大丈夫ですか……?」感は否めませんでしたが(今も)とにかく1年頑張ろうと、Twitter支部にも入会。まさか自分がマシュマロ回答側になるとは思いもよりませんでした。人生何が起こるかわかりませんね。
4年次の大イベントは教育実習と卒論でしょうか。
教育実習については以前お伝えした通り、詳しく書いちゃうと捕まっちゃうのでざっくりと。本当に怒涛の3週間でしたね。今思い返してもつらいことばかりでしたが、子どもたちの笑顔や無邪気さに癒された毎日でもありました。
卒論は3年次から温めていた内容を。実際興味を持ったのは2年の演習からなので足掛け3年向き合っていたことになります。私が取り上げたのは『蜻蛉日記』における人物像演出についてです。兼家の描写に注目して論じる予定が、気づけば作者の自己演出にスポットが当たっていました。大学院でも引き続きこの辺りを掘っていけたらなと思っています。
今後卒論生になる方々へ、これだけは覚えておいてほしいこと。
自分は一人しかいません。卒論と向き合って無理をしなければいけないときが必ず来ます。でもだからこそ自分自身を大切にしてあげてください。自分に優しくできるのも休ませてあげられるのも自分しかいないんです。無理をするならその分楽しみや休息を。壊れる前に誰かに相談を。私とのお約束です。

さてさて私の4年間をばーーっと振り返ってみました。いかがだったでしょうか。
まあまあありふれた大学生活だとは思いますが、なかなか楽しい4年間でした。
たくさん学び、たくさん働き、たくさん踊り、何よりも推しに捧げた1460日。
その中の3年間、ブログ部員として先生先輩後輩友人と活動できたことは貴重な思い出となりました。
連続ドラマすら1クール見られない飽き性で何をするにも三日坊主な私が、3年間という長い間ブログ執筆を続けられたのは本当に奇跡のような経験です。最後の一年はブログ部長の大役まで任せていただき感無量でございます。4月からは一読者として陰からひっそりブログ部活動を応援したいと思います。
本当に長い間お世話になりました。ありがとうございました!!!!!

おやすみなさい。良い夢を。
夢の続きで会いましょう。

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風の間 花弁踏みしめ寄る音に 振り向く間際 春の匂いが

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こんばんは、さやかです。

…最後になるブログに、何を書いたら良いのかわからなくて。

かなり悩んだのだけれど、答えが出ないまま、今文章を打ち込んでいます。

日本女子大学で過ごした4年間はあっという間でした。1・2年は授業やサークル、バイトでほぼ毎日外出してました。超インドア派の私が週7日外出。信じられません。あの頃のバイタリティが、今欲しいです。

…3年になる直前にコロナ禍になって。様々なことができなくなって。何度も悔しい思いをしたし、何度も悩んだ。通学時間が無くなって、満員電車に乗らなくて良いとかの良かったこともあるけれど、悲しいことの方が多い気がする。「コロナ禍でこんな悲しいこともあったけど、こんな嬉しいこともあったよね!」みたいにテレビとかでは言われがちだけれど、私はそんなふうには思えない。やりたかったこと、叶えたかったこと、たくさんあったから。なぜ今コロナ禍なのかと、何度も思ったから。きっと、この思いは当分消えない。でもいつか、数十年経った時に、「こんなこともあった」と素直に、冷静に、受け止められる日が来るのだろうか。

4年。進路決定に苦しめられ、病み、たくさんの方にご迷惑をおかけしました。いや、進路だけではなく、コロナ禍や人間関係など、ストレスはきっと他にもあって。進路は最後の引き金に過ぎなかったのかもしれない。3年1月から4年8月頃までは、1人で部屋で泣いていた記憶しかありません。それでも、今普通に笑ったりできているのは、無事進路が決まったこと、そして支えてくれる人がいたからです。だからこそ、このとき支えてくれた人には、これからたくさん恩を返したい。普通に笑顔で生活ができること、それが本当に尊いことなのだと感じられた1年でした。

さて、特に何も考えずに筆をすすめたところ、良い感じの文章量になってきましたので、このあたりで筆を置こうかと思います。

日本女子大学日本文学科で出会った人たち、ブログ部に誘ってくださった先生、ブログ部員に最大限の感謝を。そして、ブログ部の繁栄を祈って。

私を肯定する

こんにちは、れいです。
先日無事卒業式を終え、ついにブログ更新も最後の1回となりました。
卒業式では、学科の総代として成瀬記念講堂で学位記を受け取りました。総代のお話をいただいたのは卒業論文の口述試験の日だったのですが、試験終了後のほっとしたところで、驚きと嬉しさでいっぱいになったことを覚えています。この4年間は、総じて頑張ったと自負できるのですが、それでも紆余曲折あったり、努力が実を結ばないという経験もあった中で、最後、とても良い締めくくりになったと思います。

大学生活は全てが濃く、どこから振り返って良いものか分からないのですが、日常や思いを書き綴ったブログが、宝物の一つになりました。
このブログでは一度も話したことがなかったのですが、私は小学校から日本女子大学にお世話になっています。小学校では、1年生の時から毎週の宿題に日記があったのですが、その経験を通して私は「書く」ことが大好きになっていました。6年間書き続けた日記帳は今でも大切にとってあり、また中学、高校でも「書く」ということを私自身大切にしていました。
大学に入学してからは、同じ「書く」といっても、レポートなどはテーマを決めて根拠を持って論理的に述べていくことが必要であり(この手続きも好きなのですが)、自己表現の場としての「書く」機会は減っていました。その物足りなさを感じていた時にこのブログ部にお誘いいただき、思いっきり自分の感情をしたためることができる場所ができました。お話をくださったアドバイザーの先生には、感謝してもしきれません。
今回、改めて今までのブログを読んでみたのですが、特に1、2年生のブログの構成や文章が下手で恥ずかしくなりました。突然話題が飛んだり、話し始めたと思ったら「また今度!」と終わってしまったり、はたまた同じことを繰り返し言ってしまっているなど…。こんなものを堂々と世に出していたなんて、と思うのですが、一方で日本文学を学び始めた時の純粋な眼差しや、その時々の感動や興奮が真っ直ぐに伝わるものが多く、恥ずかしいけれど書き残しておいて良かったと感じました。
読み返した中で、特に印象的なブログがいくつかあったので紹介します。

1つ目が、2019年4月27日「舞台「良い子はみんなご褒美がもらえる」」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=9870です。
2年次に上がったばかりのこのブログ、あちらこちらに文章が飛んでしまっていて読みにくさ極まりないのですが、

これは和歌世界でも同じことが言えると思うのです。たった31字の中でどんな想像が膨らませられるか。実際に昔の人がそう思って詠んだかは分かりませんが、私たちは和歌を読んで頭の中でその景色や情景、または心情を想像することができる。言葉というツールを使って、時代や場所を超えて繋がることができるのは、本当に素晴らしいです。

と書いてあり、ハッとしました。私は卒論で鎌倉時代初期の和歌を扱ったのですが、注釈のない和歌を読むことは想像以上に大変で、和歌史の変遷や言葉の持つ意味を一つ一つ考え始めると、迷宮入りしてしまうこともしばしばでした。今も和歌が大好きで、だからこそ院に進学して和歌を研究したいと思っているのですが、この2年生の時のブログには、高校時代に和歌を読んで日文に行こうと思った時の(良い意味で)単純な面白さや感動が記されていて、忘れていた心を取り戻してくれるようでした。

2つ目は、2019年8月7日「二十歳」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=10438

「自分の信じた道を歩いて下さい。」
母からの手紙にあった一節です。一年後、十年後、先のことを考えると、すごく不安になって、空回りしそうになります。そして、未来の夢に向かって着々と歩を進める友人を見ていると、なぜ私はいつまでも足踏みしているのかと焦ります。
でもこれを読んだときに、少し、自分に自信を持てたように思いました。そして、素直に「こうなりたいな」と考える自分の姿を、純粋に描き出せるような、そんな気持ちになりました。

このブログは(我ながら、ですが)この3年間の中でも気に入っていて、時々読み返しています。特に、4年生ではそれぞれ就活、進学など具体的に将来を考える時期にあたり、どれだけのことをしても、これで良いのだろうかと悩むことばかりでしたが、素直に「今できることを精一杯に取り組む」ことこそが私にとっての正解なのだと、いつも答えをくれるブログでした。

3つ目は、2019年12月27日「変わることはきっと素敵なこと」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=11236
まず、今となっては書けないタイトルだなと思っています。コロナ禍になってからは、社会の急速すぎる変化に、「変わらないこと」「変わらずにいられること」に強みがあるのでは?と感じるようになり、変化することをむしろ嫌ってしまった側面があります。
一方で、このブログで私は「成長していく自分が少し楽しみでもある」と言っています。コロナウイルスという社会不安がなかった時を随分と遠く感じるのですが、年齢や周囲、世の中のこと、付随する全てのことを取り除いた先のシンプルな感情は、ここにあるのではないかと最近感じるようになりました。
そしてこのブログには、クリスマスライブに行った時の感想を書いているのですが、

クリスマスライブで見た時の由貴さんは、一年前と随分変わっていました。前も今も由貴さんは綺麗で妖艶だけれども、前はもっと彼女自身が繊細で、触ったらすぐに傷ついてしまうようなガラス細工であって、美しいがゆえに、あと一歩で崩れてしまいそうな脆さがあったように思います。けれども今回は、表情が随分柔らかくて優しくなって、何よりもその場があたたかく甘美でした。幸せな空気を吹き込んで昇華させているように感じられて、同じ濃厚で刹那的な時間なのに、由貴さんの違う面が見られたような気がして…むしろこれが本当の姿かもしれないけれども、それはどうであれ、素敵な変化に見えました。

忘れることのない光景ですが、今となってもこれ以上の言葉で表現できないだろう、と思います。4年間行き続けたライブで、その場の空気に色や雰囲気、温度があることを初めて知りました。

こうして1、2年生の頃のブログを振り返ってみると(今回挙げていない記事も含めて)やはりどこかに出かけたという話題が多いように思います。一方で3年次からは、コロナ禍・オンライン授業という環境下の中で、自己の内面を書いたものが多くなっていったようにも思いました。途中は少し拗らせてしまっているようにも感じるのですが、そういう自分の多面性を知れたのも大きかったです。
続いて3年次、4年次のブログも3つ紹介します。

2020年11月9日「私の源氏物語」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=13204
演習で一年かけて、『源氏物語』の続編(二次創作)を書いた『山路の露』を読んでいた時のブログです。4年間の中で最も日文らしい話題だった上、『源氏物語』が母と子の物語だということを強く意識し始めたのがこの時期であり、その時の心情が細かに書かれているのがお気に入りのポイントです。

『山路の露』は浮舟物語の後日談を書いたもので、最終巻夢浮橋からしばらく過ぎた、薫二十八歳の秋から物語が始まります。ちょうど先週発表担当だったのですが、その際に源氏物語からの継承という視点で、浮舟物語を読み直しました。すると、母中将の君にとって、娘浮舟は身分意識の中で自己投影の存在としての側面も持つことにも気がつかされました。

平安・鎌倉期の物の捉え方や言語をそのまま全て現代に引き寄せて考えることは危険なことではありますが、一方で喜びや悩み、悲しみといった人々の情動は何百年という月日を越えてもなお変わらないのだと思います。親子(特に母と子)の話題は、誰しもが当てはまることであり、それを繊細に描き出した『源氏物語』と、源氏を愛してその敬意の念を持った人が書いたであろう『山路の露』を通して、新たな古典の読み方を知りました。

続いて、2021年6月19日「孤独と生きる」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/mochida/page/2/(このブログから、サイトリニューアルにより個別のURLを出すことができないので、スクロールして見てください)
私は一時期、ブログの中に歌詞や詩を挿入するスタイルで書いていた時があり、その中で一つ好きなブログを選んでみました。
歌詞や詩を入れることにより紡ぎ出されるある種の世界観をブログ全体に描き出すことで新しい表現や手法を学び、得ることができ、自分の世界をまた一つ広げることになったと思います。

そんなコンサート、アンコール前の最後の曲を聞きながら、とてつもなくしみじみと「孤独」を感じてしまいました。私、怖いほど美しいもの、透き通ってきれいなものを見たり聞いたりすると、人間って孤独なんだなぁって思うんですよね。上手く言葉で表せないのですが、どんな人間にも「孤高」な側面があって、その淋しさというものは美しさに繋がるところがあると思うんです。ごめんなさい、分かりにくくて。
前、電車に乗っていて、夕暮れ時だったのですが、透き通った空の青と消えかける橙色が綺麗に川に写っているのが見えて。で、水面に写るその青の部分は黒に近く見えるんですが、黒ではない吸い込まれそうな深い青色をしていて。橙は、空よりも柔らかな色をしていたのですが、その深い青色から柔らかな橙のコントラストに、他を寄せ付けない美しさと暗い孤独を感じました。

美しいものを単に「美しい」と表現するのは簡単だけれど、美しさにもきっと様々な種類があって、私が好きなのは、透き通っていて、明るいだけではないどこか寂しさのある美なのだなと分かり始めた時期のブログです。忘れがたい光景をどのようにしたら言葉にできるのか、言葉にならない感情をなんとかして言語化していく試みが、少し上手くいった文章なのかな、と思います。

最後は、2022年3月12日「大叔母の家に」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/mochida/です。
恐らく、この春休み最も思い出に残る日だったと思います。

窓に広がる暗闇からは、春の夜らしい、微かな暖かさと寒さの混ざった、少し物悲しい風が肌をなでていきます。
大学生の最後に、大叔母のこと、そして家族をことを改めて考えたことが、これからの新しい生活をより良い方向へと導いてくれると信じています。
そして、自分の幸せの形を描くことのできた今、心に積もるものをこのブログと心の中に、静かに留め置いておきたいと思います。

大叔母のこと、家族のことはこれ以上語ることができないのですが、一つ言えるのは「書く」ことが自分の痛みや経験を昇華させてくれた、ということです。このブログは、ぎりぎりまで公開するか迷っていたのですが、私の中で「忘れてはいけないこと」でもあるため、一つ形にできて良かったと思います。

こうして3年間と少しのブログを振り返ってみると、文章を書くという行為が、その時々の思いを書き留めるものとなっていて、そして自分を認めていく力になっていたか気づかされます。
大学入学時、私は色々な意味で自分のスタイルを見失っていました。模索する時期だったという見方もできますが、簡単に自分で自分のことを否定する見方をしたり、育ててきたアイデンティティを自信を持って周りにさらけ出すことができなくなっていました。
この4年間、毎日の授業は本当に楽しく、また国文学会委員や自主ゼミでの活動、そして何よりも卒論執筆という経験は私を大きく成長させてくれました。その中の一つであるブログ部の活動は、私が私のままで良いんだな、と思わせてくれる場所でした。この中での私は、ある意味普段の自分よりもずっと、素直だった気がします。「書く」ことで、私は私を肯定することができるようになったと思っています。

最後になりましたが、アドバイザーの先生方、ブログ部の方々本当にありがとうございました。
今後は一読者として楽しませてもらいます!

外では、春の雨が静かに桜を濡らしていきます。夜になり冷たくなった空気を感じて、ブログ部を卒業するのが本当に名残惜しく感じられました。
書く場所がなくなるのがあまりにも寂しいので、4月からもまたどこかでブログを書いているかもしれません。もし今後私のことを見つけたら、是非文章の中でお会いしましょう。

それではまた。4年間の感謝を込めて、ここで筆を置きたいと思います。

みなさん、こんにちは。ここです。

早いもので、最後の更新になってしまいました。これまで、ブログ部で私の記事を読んでくださった方々、本当にありがとうございました!

そして、大学も無事に卒業することができました。私にとって、大学は、「自分の好きな勉強に没頭させてもらえる場所」でした。そして、「自分の好きな勉強に没頭する」ことを許してもらえるのは、後にも先にも大学時代しかないだろうと思います。
中学と高校では、どうしても広い分野の勉強が必要ですし、社会人になれば、仕事や自分の生活に時間を割かれる中で時間を見つけなければならなくなります。大学に通わせてもらい、自分の好きな勉強に集中できる環境を与えてもらったこと、本当に恵まれたことで、大切にするべき時間でした。

よく、大学での学びに対する「将来役に立つのか」という問いかけを見かけます。そして、私のやってきた勉強は、「役に立たない」と切り捨てられる方に分けられることが多い。
しかし、私は四年間を終えて思うのです。学部での「専門的な勉学」に対して、社会での有用性を求めることは間違っている、と。

私たちは、大学で、当然より専門的な知識も身につけます。しかし、本当に大学で学ぶことで重要なのは、知識ではないのではないでしょうか。
私たちは、より高度な学びを得るための、目的の設定の仕方や、調査の手段や、思考の方法を学んでいるのです。大学は、高度な学び、高度な思考の「基礎」を身につけさせてもらえる場所だろうと思います。そして、それは絶対に生きていくうえで必要なスキルでしょう。

というか、そもそも物事を「役に立つか」「立たないか」という物差しで測ること自体、なんていうか…ナンセンスですけどね。
無駄なことを楽しめたり、全然完璧になれなかったり、不合理に生きているから、人間は面白いのであって。まあ、そこらへんも文学に触れて実感したものかもしれません。

全然理解できない正義とか全然理解できない感情が確かに他者の内にはあること、逆に、自分が感じている違和感や自分の中にある不満が、他者の内にもあること、そんなことを文学は教えてくれます。ただでさえ複雑で、理解が難しい人間が、異なる時代、世界で紡いだものの中に、何か真理を見出そうとする、その作業が「楽しい」。それで十分人生の「役に立って」いるし、私たちを豊かにしてくれます。

つまり、この世に役に立たないものなんてない!ということです。誰かの視点で、誰かの思想で、「役に立たない」ことや「無駄に思えること」も回り回って何かしらの力になっていくものでしょう。

日本女子大学は、本当に平等に学びの機会が与えられる大学です。与えられたことをやっているだけで、ある程度のことが身についてしまいます。そして、どの先生方も、本当に丁寧に真摯に学びを与えてくださいます。

これから大学に入学される方も、今大学で学んでいる方も、大学で素敵な学びが得られるますように!

それでは、またどこかでお会いしましょう!
さようなら!

引力

ハクモクレンは華やかに散りました。

桜の梢いっぱいにばらまかれた愛らしいつぼみたちは、ほの紅く染まった唇をほころばせてお喋りしています。

まいです。ごきげんよう❀

前回、趣味のひとつである絵画のお話をしましたが、それとは別で 私には絵画を続けてきた中でずっと描きたいと思っていたものがありました。それは女性の裸体です。

女性の身体は曲線美がほんとうに魅力的で、西洋絵画の名作にはヴィーナスやニンフなど裸に薄い布をまとったような美しい女性がよく登場します。どんなに美しいドレスで着飾っても、神様がつくりあげた人間そのものの姿以上に美しい芸術はこの世にありません。                          

美しすぎるものはそれだけ複雑であることもということも忘れてはなりません。いざ描こうと思ってもそう簡単にまねできないのが最高傑作のお約束です。

ウィリアム・アドルフ・ブグロー という19世紀のフランスの画家の絵を、ぜひご覧ください。天使の絵に見覚えがある方も少なくないと思いますが、彼の描いた女性ほど神秘的で清らかなものを私は知りません。

まずは彼の描く裸婦を模写するところからです。

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描かれた一人の女性もそうですが、魅力的なものは瞬間的にわたしたちの目をとらえます。

先日、近所の駅前のお店にて、一目惚れをしてしまいました。

『ちいさな手のひら事典 月』

という本です。

横書きで日記帳のようなフォルムのそれは、オリエンタルブルーの外見に金色に反射する小口というデザイン。そこに魔法使いが愛用している姿なんかを重ね写してしまったらときめかずにはいられません。

……ところでみなさんは、満月の夜、餅をつくうさぎの影を見たことはありますか。         

あれはクレーターと呼ばれる月の窪みにより造形される影絵のようなものですが、月面に沢山あるクレーターのなかで非常に大きなものを「月の海」と呼びます。月にある海の数は22に及び、豊の海・神酒の海・晴れの海・賢者の海・既知の海……など、ひとつひとつに特徴的な名称がつけられているそうです。                                                      そんな言葉を知るだけでも、新しい世界の扉を開いたような感動を覚えてしまいます。

このように、「事典」というだけあって各ページには天文学的知識から神話まで、ありとあらゆる月にまつわるお話が書かれており、加えて見開き右ページには必ずかわいらしいクロモカードが載っています。                                            1ページ1ページに恋する本、出会いの春にぴったりじゃありませんか。           

話題や広告を頼りにするのもよいですが、時には憶測に左右されずに直観を信じてみるのも好いですね。

月の引力でしょうか。あのとき運命を感じたこの本を今日もわたしは読んでいます。🌙

春の訪れ

風にのり 香りたちたる 沈丁花 ふと近づくと 春の訪れ

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だいふくです。皆さんごきげんいかがですか。

今日は私の感じる「春の訪れ」をお話ししたいと思います。

弥生になって今日はもう19日。如月下旬から暖かい日が増え、今月も気持ちのいい日が続きましたね。そんな暖かく、私が洗濯物を干していた一週間前のこと。南風にのってうっすらと覚えのあるいい香りにわくわくしました。洗濯物を干す手をとめて、お庭のほうへ行ってみました。すると、庭の沈丁花の白いつぼみがいくつか開いています。

沈丁花は、低木で2月〜4月に開花する春の花です。厚みのある小さな白い花が、枝先に鞠のようについていてとても華やかです。その小さい花ひとつをじっと見ていると、花びらが光に反射してラメでも塗ってあるかのようにキラキラと光っています。その綺麗なことといったら!そして、何よりもとてもいい香りなのです…‼︎見て愛でてよし、嗅いでよし。私は毎年この花が咲くと、春がきたなと感じます。そして、この花を楽しむことが私の春一番の楽しみなのです。

もっと花が咲くのを楽しみに一週間待ってみました。今日は昼間は晴れているので、起きて寝巻きのままお庭へ。姿を見ずとも香ってきます。香りだけでうきうきして、いざ沈丁花を見てみると…より多くの花が開き、本当に鞠みたいにかわいく咲いていました。この香りに誘われてなのでしょうか、私だけではなく、他の虫たちも来ていて少し驚きましたが、この素敵な花を独り占めするのはよくありませんね。みなさんは沈丁花をご存知でしょうか。聞いたことがない、見たことがないという方も、意外とお庭にあるおうちが多いので、香りには覚えがあるかもしれません。みなさんも沈丁花を好きになってくれたらうれしいです。

今はまだコロナウイルスが落ち着いていないので、大勢で桜のお花見ということは難しいかもしれません。なので、収まるまでは、庭の沈丁花を見ながらお団子でも食べようと思います。

皆さんはどんなときに「春の訪れ」を感じますか。

ぜひ聞いてみたいです。

これから桜も咲くので、皆さん一緒に春のひとときを楽しみましょう。

素敵な一日になりますように。それでは、またお会いしましょう。

上58

こんにちは。もこです。春気分で書いたのですが、今日は寒すぎますね。

都営バス上58。早稲田と上野を繋ぐ路線バス。ふわりとバスに乗り、ゆうらりとバスに揺られながら、流れる景色を見る。春の風は、いろんな記憶を運んでくる。

次は、護国寺正門前、護国寺正門前です。

上京してすぐ寮に入ったが、だだっ広い田舎で育った私に、都会の寮は窮屈だった。するりと寮を抜け出して、ふわりとバスに乗る。寮のご飯を食べずに、恋人の家で食べる牛丼が好きだった。

次は、大塚三丁目、大塚三丁目です。

この近くに、私が落ちた大学がある。ずっと行きたいと思っていた大学だった。センターもニ次試験も頑張ったけれど、不合格。成績開示をしたら、たった1点足りずに落ちていた。

次は、千石三丁目、千石三丁目です。

受験なんてもう昔の話である。あれからもう3年も経っている。でも、落ちた時のことを思い出すと、今でも、涙が出てくる。もし二次試験の日に、総武線と中央線がトラブルで停止しなかったら。私が使う丸の内線に人が溢れかえらなかったら。初めての東京、乗車率120%の電車、体を触る変な男、それら全てなかったら、1点くらい、取れたのではないか。
考えても仕方のない話を、3年間、考え続けている。

次は、千石二丁目、千石二丁目です。

18歳で上京する予定だった。けど私が東京に来れたのは、20歳の時だった。あの時1点足りていて、高校を卒業してすぐ上京していたら、私は地元嫌いになっていただろうな。親とも仲が悪いままだったろう。

次は、千石一丁目、千石一丁目です。

大学1年生の一年間を地元で過ごして、本当に良かったと思う。高校の頃は母親と喧嘩してばかりだったけど、あの一年間たくさん話したおかげで、今はマブダチみたいになった。

次は、文京グリーンコート前…

親がゆるくていいね〜なんて言われることがあるが、そんなことはない。鬼のように厳しい親だ。今は、なんでも話せる関係値になっているということ。話せば分かるから、行動に理解が得られているということ。
でも、親も歳を取って、かなり丸くなった。

次は、上富士前、上富士前です。

最近、大きな地震があった。地元にいた頃は、東北が震源地の緊急地震速報を見ても、何とも思わなかった。でも今はそれを見て、大きな地震が来るかもしれないと怯える。

次は、本駒込五丁目、本駒込五丁目です。

寮を出てこの家に住むことになった時、関東の友達が「九州の感覚で上の方に物を置くなよ」と忠告してくれた。だから私は、高いところに何も置いていなかった。その友達は、大きな地震があると毎回私に心配の連絡をしてくれる。今まで出会ったどんな男性よりイケメンな、本学のお友達。

次は、本駒込四丁目、本駒込四丁目です。

熊本地震は怖かった。私はあの時、塾の帰りで、電車に乗っていた。電車がぐわらんぐわらんと揺れた。揺れがおさまったら、声が大きい男子高校生が「熊本震度7げな!」と叫ぶ声が聞こえた。

次は、動坂下、動坂下です。

東京は坂が多い。平野生まれの私は、道の途中に階段があるとワクワクした。でも今は、少し怖いと感じる。坂は、あの世とこの世が交差する場所らしい。黄泉比良坂、とか。上代文学を専攻している人がいたら、少し聞いてみたい。

次は、道灌山下、道灌山下です。

最近恋人と京都に行ったのだが、それ以来どうも恋人の様子がおかしい。貴船神社の奥宮まで行って、嫌な何かをもらってきたのかもしれない。そう思った私は、貴船神社で買った厄除けのお守りを、寝ている恋人の近くに置いておいた。すると恋人はううんううんとうなりはじめた。それから一晩中うめいていた。しかし次の日の朝、すっきりした顔をして起きてきた。憑き物が落ちた様子とはまさにこれ。奇妙だが、本当の話。

次は、千駄木三丁目、千駄木三丁目です。

……なんだか眠くなってきた。

次は、団子坂下、団子坂下です。

かの有名な、D坂。乱歩の小説は、あまり読んでいないが…。

次は、千駄木二丁目、千駄木二丁目です。

次は、根津神社入口、根津神社入口です。

ピンポーン

バスを降りて、バスを見送る。
今日の旅はここまで。

もう一歩

こんにちは。れいかです。

昨夜は大きな地震がありましたね……。
皆さま大丈夫でしたでしょうか。
聞いたことのない音が聞こえ、何事かと思って廊下に出たところ、大きな揺れがやってきました。
東北では震度6強。とても心配です。
無事を祈ることしかできませんが、読者の皆さまも、どうぞお気をつけてお過ごし下さい。

3月も中旬に入り、就活生の私は説明会、エントリーシート、Webテストをなんとかこなしている毎日です。
ESの締切日が重なっていると天を仰ぎたくなりますが、種まきだと思って取り組んでいます。

解禁直前に「30〜40社受ける中、2,3社から内定が出て、行きたい会社を選ぶことができたらとてもラッキーな状態」というお話を伺ったことが印象的でした。
ちょっと前にこの話を聞いていたら焦っていたかもしれないけれど、逆に覚悟が決まった気がします。
お祈りメールに屈せずに自分のペースでがんばりたいです。

もう一つ、ある方のお話で心に残っているのは、「ここでなら前向きに頑張っていけそうかな」と思える会社に内定をもらえたら、就活はそれで大成功!というお話です。
「自分に合っている会社を見つけたい」と誰もが思っているけれど、実際に入って仕事をしていないからミスマッチを防ぐのには限界があって、それでも「ここでがんばりたい!」と思える1社に出会えたら、それは素晴らしいと仰っていました。

内定の取り合いでないのは分かっているつもりでも、日々のタスクに追われているとつい目的を見失いがちになるので、就活が本格化したこのタイミングで改めて確認することができて良かったなと思っています。

偉そうに書いていますが、まだまだ始まったばかり。
就活生の皆さん、納得内定目指して、元気にがんばりましょうね!


さて。話は変わりまして、今日は「真夜中にハロー!」の最終回。
テレビ東京で24時30分~放送しているドラマです。
1月から毎週楽しみに見ていたので寂しくなります……。

ドラマの概要を簡単に紹介します。↓
ハロプロの熱狂的なファン・マリコとその娘・ミサキが営むゲストハウスに、悩める宿泊客たちがやってきます。人生に悩む者の前に、「扉」が突然現れ、それを開くとハロプロの楽屋に繋がっていて、ハロプロメンバーがパフォーマンスでエールを送る、というもの。

ドラマ後半のパフォーマンスは、毎回のストーリーに合った選曲で、「今回はどの曲なんだろう?」「誰が歌うんだろう?」とワクワクが止まりません。
深夜にテレビの画面でハロプロメンバーのパフォーマンスを見れる特別感も心地よかったです。
毎週30分という短い時間の中で、悩んでいた主人公が楽曲を通して自分の本当の気持ちに気付き、明るい表情で前に進んでいく姿は元気を貰えて、自分に重ねて見ていました。

私が特に心に残ったのは第五話、アンジュルムの回です。
楽曲は「もう一歩」
作詞・作曲は中島卓偉さんです。


「あぁもっと あの時こうすりゃ良かったのかな?
 あぁもっと あの時頑張ってりゃ
 あぁもっと 今よりずっといい感じだったのかな?」って
思う暇があるなら

もう一歩 前に進もう 今からでも
もう一歩 もう一歩踏み出そう
そう!日進月歩 まだ遅くない まだまだ間に合う ここからでしょ
さぁ行こう
もう一歩!

自分でもびっくりするくらい、この歌詞が刺さりました。
特に推しメンの、佐々木莉佳子(ささき りかこ)→上國料萌衣(かみこくりょう もえ)→伊勢鈴蘭(いせ れいら)のお三方が順番に歌っていたことも関係していたのかもしれません!しかも大縄を跳びながら!(笑)

このブログ書いてる今も流しています。
いつ聴いても、何回聴いても良い曲!!

ああぁ最終回の今日は何を歌うのでしょうか。誰が出るの??
そして、前回はずっと仲が良かったマリコ(母)とミサキ(娘)の関係がギクシャクし、ミサキの前に「扉」が現れて親子の和解をした回でした。
ミサキの「お母さん、私、この家を出ようと思う。」という台詞で終わっているので、ミサキがどんな一歩を踏み出すのか気になります。そして、今まで多くの人を勇気づけてきたマリコにはどのような未来が待っているのか、しっかりと見届けたいと思います。

前回のブログで毎日正午に起きてしまうと嘆いていたのですが、無事に朝型生活に戻すことができました!
連日9~10時台の説明会を予約した甲斐がありました。(笑)
「真夜中にハロー!」(通称まよハロ)も、最近はリアルタイムではなく録画で見ています。
これは完全に余談ですが、「まよハロ」って響き可愛くないですか??私は好きです♡

明日は寒くなりそうですので、寒暖差に気をつけて過ごしましょう。
雨にもご注意くださいね!
それでは、また。

飯テロ

こんにちは!ましろです。

真夏日になったかと思えば、寒くなりましたね。桜の開花予想を聞いて、今年こそはお花見に行きたいと思っています。ここ2年くらい行っていなかったので。

この前、サークルの友達と新大久保に行ってきました!
新大久保は、韓国のものが売ってあることで有名みたいですね。私は、家から電車で行きましたが、大学から早稲田大学の方面に進めば、徒歩でも行けるそうです。


今日は飯テロをしたいと思います。夜に読んでいる方は、夜食を食べてしまわないよう、お気をつけください。

韓国料理って人気ですけれど、写真を見たり、名前を聞いたことがあったりするだけであんまり食べたことがなかったんです。 韓国横丁に行って、それを今回たくさん制覇出来ました!

それでは、いただきます。
まずは、お通しから。茶色く味がよく染みた煮卵とピリリと辛味の効いていてごまがかかっている細長くてやわらかい何か。何かわからなかったんですよね。食感は柔らかいけれど表面がザラザラしていて、練り物の味でした。縦にスライスした魚肉ソーセージ(仮)ということにしておきます。それからマカロニサラダ。こちらはお口直しです。マヨネーズが辛味を緩和してくれます。
さて、お待ちかねの一品目は、“チーズキンパ。”   これは、海苔巻きで、中にトロトロのチーズが入っています。キムチのような辛味も感じました。何か具材が入っているのかと思っていたのですが、中身はチーズオンリーでした。海苔が全てを包み込んでくれていました!
お次は“チヂミ!“   厚みがすごい!体感3センチくらいありました。皆さん、チヂミって黄色くて薄っぺらいもの想像してますか?違うんですよ。もちもちしていて、ニラがパリパリしていて、海鮮の旨味が出ています。味良し、食感良し、腹もち良しの3拍子が揃った逸品です。
“ヤンニャムチキン“は衣がサクサクしていて甘味と辛みのバランスが1:1くらいで最高です。辛いのが苦手な人でも食べられる味だと思います!出来立てはサクサクで特に美味しかったです。
“チーズタッカルビ“は運ばれてきた時のインパクトがすごい!でも、そのままの状態だとまだ食べられません。火をつけ、チーズが溶けて具材があったまるのを待ちます。

加熱前のチーズタッカルビ

湯気が出てきてチーズがふつふつしてきたらやっと完成!
具材をチーズにディップして食べます!ここで一つ問題が!チーズが切れない!伸びて伸びて伸びて切れない。早く食べたいのに…
なんとか切ってお皿にのせて食べます。辛い!今まで提供された品の中で一番辛い!最初のお通しでひぃひぃ言ってる場合じゃなかった!具材は、赤にまみれてて食べるまではよく分からなかったのですが、四角いのがさつまいも、円柱形が餅、あとは鶏肉でした!時間が経つと、チーズが段々固くなってきて切れるようになったのですが、もう塊でした。あまりにも塊だったので、これを座布団と名づけていました。チーズは、白と黄色の二種類があって、私が好きだったのは、辛味と合って旨味を引き出した黄色のチーズです。小皿の大根のお漬物は、水分があって、マイルドなたくあんみたいでした。楽しい食感で、これまたお口直しにぴったりです。


これらの食べ物を行き来します。食べて元に戻るとまた新たな美味しさに気づきます!というのも、全部辛味があるんですけれど、全て味が違うんですよ!行って戻って行って戻ってお腹がいっぱいになるまでエンドレスでした。
お腹が物理的にも膨れたところで、完食しました!ごちそうさまでした。


皆さんもぜひ新大久保に行ってみてくださいね!韓国の化粧品やアイドルの写真もありますよ!

ではまた!ブログでお会いしましょう。