毎年恒例の

こんにちは!やなです。

参院選の期日前投票をしようと思って会場に行ったら、日付を勘違いしていて投票できずに終わりました。家族全員、暑さで脳がバグっていますね。
会場近くのサーティワンでアイスを食べて帰りました。美味しかったです!
今度からはきちんと投票券の裏の日付を確認してから行こうと思います。みなさんも気をつけてくださいね。

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先日、最推し(2次元ドル)が誕生日を迎えました〜〜〜!!!!!
17歳!!おめでとう!!!!

彼を推してからはや5年、こうしてお誕生日をお祝いするのも今回で5回目です。
私は推しのお誕生日は毎回その子の好物を食べてお祝いしているのですが、先日お誕生日を迎えた子はアップルパイが好きなんですね。夏はりんごが高価なので、自分で作ることは諦め、お店で買って堪能しています。
お祝いし始めて1、2年目はスーパーで買ったサクサクのアップルパイ。3年目は同じスーパーのリニューアルしたアップルパイ。4年目は池袋駅の近くのアップルパイ専門店。小さめだけれど、サクサクですごく美味しかったです。
そして5年目の今年。1年かけて色々なお店に目をつけておいたのですが、暑さにやられて選ぶ気力がなく、池袋駅構内をふらふらと歩いて辿り着いた東武に入っているお店にしました。
夏限定なのかしら、冷やして食べるアップルパイが何種類か。もちろん、よくみる形をした普通のアップルパイも。どれも美味しそうね。ホールも憧れましたが、酷暑の中、家まで持ち歩くのは無理があるので断念。
結局、オーソドックスなタイプと、冷やして食べるチーズとブルーベリーのアップルパイを購入しました!

早速帰宅し、母と半分ずつ食べることに。
まずは普通のアップルパイ。シナモンが効いているりんごがとっても美味しい。焼きたてだったらもっと美味しいんだろうなあ。
そしてチーズとブルーベリーのアップルパイ。冷やして食べるタイプは始めて食べたのですが、しっとりしていてこれはこれでありですね、美味しい。オーソドックスなアップルパイよりもシナモンが効いていなくて、食べやすいです。
今年もとても美味しかったです。違う種類にもチャレンジしてみたいですね。絶対買います。
来年もまた、推しの誕生日付近においしいアップルパイのお店を新規開拓します、楽しみです!

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GRANNY SMITH 池袋店
https://grannysmith-pie.com/sp/shopinfo/ikebukuro.php
よろしければぜひ。おすすめです。

本日はこの辺で。やなでした!

ただもの

ご無沙汰しております、みちるです。

恋をしているんです。

「恋人だ」

そう、恋人。僕の大切な恋人も、数千人の前で振り子のように心を揺らして歌う彼も、陽射しに透けてしまいそうなほど白い肌の文学少女も、嗚咽するほど愛しい鯨の歌を詠む長い前髪の作家も、あなたも。私の恋する人に私は恋をしています。だからずっとそわついて落ち着かないし、体の中を放出先のないエネルギーが駆け巡っている。恋は拍動で、エネルギーで、躁鬱だ。

 

(間奏)

 

生まれて死んでいく我々は、二拍子のリズムを刻むのが基本だと思う。リズムは、生のリズムである。
しかし【連続】というものは確かにあって、それは間々、我々のリズムを覆してゆく。発明者曰く、【連続】の持続はきわめて一時的なものらしい。しかし三拍子の生を一度知った者のなかで、リズムが覆されたという実感は生き続けるのではなのか。そして【連続】は、男女の性的・肉体的な繋がりの場においてのみ感じられるのではない。だからこそ言える、だからこそ歌えるのだ。何をってそりゃあ、私たちのエロティシズムと三拍子の生を。

「人が生まれて死ぬって、それは二拍子だと思います」

そう思うなら君はそう生きるがよろしいさ。
はっきり言って、三拍子を志向しない者が―【連続】を志向しない者がーそこに到達することはない。さらに言えば、そもそもリズムを意識しない者には拍子も必要がない。ワルツを踊りたいと思う者だけが私の歌に共鳴して実際に踊りだせば、それが最も良い。

「人が生まれて死ぬって、それは二拍子だと思います」

歌についてそう言われたとき、一瞬だけとても恐ろしくなった。泣き出したくなった。我々は基本的に二拍子の生を生きるのだということは理論としても実感としても理解していたはずだったけれど、”皆の意見”のように聞こえてしまったその言葉は、一瞬で受け止めるにはあまりに悲哀に満ちていて、バケツ一杯に嘔吐しそうだった。

 

とは書いてみているけれど、実際そうではなかったということの方を反省しなければいけない。
私は私のこの歌があまりに好きで、リアリズムの裏返しとしての幻想があまりに愛おしくて心中穏やかでなかったのだ。誰の評がどうだって、この歌を自分以外の人間に見せて聴かせる快楽に勝てるわけがなかった。それに自分の食材を調理をしてもらおうというとき、料理人の手腕を気にしていちいち小言を言ってくる調達主は不格好でしょう。すっと渡してやる潔さがクールだ。

人間というものに恋してから、文学をせではいられなくなった。いくつか書くなり詠むなりしてみた作品はきっとまだ洗練されていないものばかりで、書かなくても良いことばかり、伝えなくても良いことばかり書き起こしてある気がする。きっと世に出したところで誰からも素朴に「いいね」とは思ってもらえないだろうとわかっている。しかし始めてしまったものは仕方なし、モテなくても書かなくては、死ぬし。モテなくてもいいわけでは”全然ない”のだけど。

尊厳とやらを守れそうな範囲でがんばります。

またお手紙書きますね、大好きです。    みちる

一寸先は

 6月ってこんなに暑かったでしょうか。こんにちは、さゆりです。

 記憶に残る6月はもっと梅雨らしくじめじめしていて、紫陽花の花と雨の匂いがしていたと思うのですが………暑すぎるのでは。梅雨という概念が吹き飛ぶ暑さ。朝、目白駅から学校までの道に咲いている紫陽花を見るのが密かな楽しみだったのに、暑さですっかり枯れてしまっていてなんだか切ない気持ちになりました。もうちょっと涼しくしてくれてもいいんですけどね!皆様も熱中症にはお気をつけて。

 さて、2週間ほど前ですが、運良くチケットが取れたので念願の歌舞伎を観に行ってきました。

 演目は「毛谷村」。ちゃんとセリフがわかるかなぁとか、面白く感じられるだろうかとか緊張しながら行ったのですが、ふふっと笑える箇所も沢山あり、想像以上に面白くてびっくりしました。あと、女形の役者さんがだんだん美しい女性に見えてくるのが興味深くて……

こんなに面白いとは思っていなかったので、次に見に行ける日が楽しみです。

 そしてなんと、今月は紅葉狩をやるそうで!もうすぐ参加する行事で紅葉狩の謡をやるので、能と歌舞伎とではどれぐらい違うのか見比べてみたいです。

 それからここ最近は、難しすぎて絶対に無理だと思っていた近代文学に興味が出てきたり、中国文学を学ぶのが楽しくてたまらなかったりして自分の関心の幅の広がりを感じています。中古大好き人間なので一生近代はやらんだろう、とか思っていたのですが……一寸先は闇というか、いつどこに関心が向くのか予想がつかないものですね。

 中国文学については、文学を学びながら中国の文化や思想にも触れられるので、日本の文化や文学に通ずる重要な発見があったりしてすごく面白いです。

 そんな訳で、昨年あれだけ読むのに苦労した太宰の「晩年」を読み直しています。やっぱり難しいですが、昨年と違って感覚的に読めるのもまた楽しいです。

では、また。

シュク!

皆さん、こんにちは。ずきです!

本日は6月30日、「ハーフタイムデー」と呼ばれる日です。2022年も半分が過ぎようとしていますね。私はこの半年間を振り返ってみて、特に新年度になってからは、忙しいながらも非常に充実した日々を過ごすことが出来ました。皆さんの2022年上半期はいかがだったでしょうか?
明日からは7月!気持ちを新たに過ごしていきたいと思うところです。

・・・

前回と今回のブログ更新の間に、また1つ歳を重ねることが出来ました。「歳を重ねる」というのは、とても幸せなことだと感じます。 今年も「好き」を謳歌出来る1年にしたいです。

・・・

先日、漢字検定を受験したのですが、とある問題の「シュク」という漢字が書けませんでした。頭の中には確実に居た「シュク」。しかし、なぜかずっと姿がぼんやりとしていました。呼んでも呼んでも返事がなく、姿がぼやけたまま。結局、試験時間内に姿を見せてくれることはありませんでした…。
残念!でも、これで「シュク」をしっかり書けるようになりました!!!

・・・

「シュク」の字が書けなかった事実を「ゲンシュク」に受け止め………

ええい!そんなヤツは「シュクセイ」対象だ!!!

はい、「セイシュク」に、「セイシュク」に。

紳士「シュクジョ」の皆さま!本日は記念すべき、ずきの誕生日でございます。それを「シュク」して……乾杯〜!

ちょっと聞いて!6月には「シュクジツ」が無いってどういうことなの…!?気分が不安定な梅雨の時期に、休みがあったって良いのに!あ~!忙しい!!!
…って、あらやだ!そんなこと言っている間に梅雨が明けちゃったわ!

今の私の「シュクテキ」は、湿気でうねりにうねった髪の毛!もう「シュクモウ」矯正でもしようかしら!

………そういえば、「シュクダイ」は?
これは、まずい状態……!ずきは「シュクダイ」をやっていないようだぁ〜っ!期限は1日後!果たしてどうなるのかっ!目の前の「シュクダイ」を「シュクシュク」と進めていくしか方法はないようです!

現場からは以上です!

………ということでしたが、ずきさんはどの「シュク」が書けなかったのでしょうねぇ?
気になるところではありますが、ずきさんに関する次の話題です。
「ずきさんが、2022年下半期の抱負を語りました。」
『7月からは、切り替えをしっかり行いたいです。上半期はかなり無理をしてしまったと感じる場面が多かったので、働くときは働き、休みをとるときはしっかり休むことを心掛けていきたいですね。』

…ということでした。

本日もご覧いただき、ありがとうございました。次回もどうぞよろしくお願いいたします!

・・・

連日のこの暑さ、かなり危険ですね…熱中症対策は万全に行なっていきましょう!そして、無理は禁物です!しんどい…と感じたら、思い切って休みましょう!私自身も気をつけます!

それでは、また!

みらいの話とむかしの話

こんにちは、ゆきほです🍵

「私の誕生日(7月初旬)っていつも梅雨明けてたよね?」「いや明けてないよ」「え?明けてるって」
こんな会話を母としたことで気になって調べてみた結果、梅雨明けは例年7月の半ばごろだと判明してから約1週間が経ちました。
……梅雨、明けちゃいましたね。昨日友達と「このまま行くと私たちがおばあさんになる頃には季節が『雨ばかりでやたらと気温が高い夏』と『乾燥して寒い冬』の2つだけになっちゃうんじゃない?」と話しましたが、最近の暑さを思い起こして考えると本当にそうなってしまうような気がしてきました。

今の私は2限(空きコマ)で七十年館の1階にいますが、もう少ししたらお昼ご飯を食べに来る人達で混雑するため3限の教室に移動しなければなりません。歩数にすると恐らく数百歩、時間にしたら2分もかからない移動ですがものすごく憂鬱です。夏休みまであと1ヶ月ほど、何とか元気に乗り切りたいですね。

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先日『怪盗クイーンはサーカスがお好き』という映画を見てきました。

怪盗クイーン、小学校の図書室で見たことがあるな?という方も多いと思います。「怪盗クイーン」シリーズは講談社の青い鳥文庫から出版されているはやみねかおるさん作の小説で、今年で何と20周年!私と同い年です!
私は「ルキウゲ・ルキウゲ」から始まる魔法を全部覚えていたり、「若おかみ」の成長を見守ったり、「ラ・メール星」に行ったり、「タイムスリップ」して偉人にも会ったり、もちろん「赤い夢」も見ていたりした、大変青い鳥文庫にお世話になった小学生でした。小学校時代の鮮明な記憶はもうそんなにありませんが、小学校の図書室の中でどのシリーズがどのあたりにあったかは今でもなんとな~く覚えています。親の顔より見た……とまでは言えませんが、小学校の図書室の本棚は『怪盗クイーンはサーカスがお好き』も、私のようにドキドキしながら青い鳥文庫を捲って「赤い夢」に魅せられていた子どもが、20年経って大人になったことで作られた映画なのかな?と思うとワクワクしちゃいます。
もちろん私も『わあ!!トルバドゥールが!!動いてる!』『原作 はやみねかおる K2商会って書いてある!!!』と1人で見に行きましたが内心大興奮で、約1時間が一瞬で終わってしまいました。平日の真昼間に行ったということもあり劇場内に10人くらいしか人がいなかったのもよかったです。『こんな変な時間に見に来てるって事はこの人達もかなり好きなんだな~~』と勝手に親近感を抱いていました。

上映時間が短めなので発表準備や期末レポートに追われて忙しくても何とか見に行けると思います。赤い夢を見ていた方もそうでない方も、ぜひぜひご覧ください!!(上映劇場が少なめなのでそこだけはお気を付けください)

ではまた!

善意

こんばんは、まなです。先日、梅雨に対して「暑いのか寒いのかはっきりしてくれ」と言いましたが、早々に梅雨が明けてしまったことで、この問いへの答えが鋭く返ってきたように思います。確かにはっきりしたようです。しかし、いくらなんでも暑すぎじゃないですか?

ところで、私は現在某放送センターの社員食堂でアルバイトをしています。ほとんどのお客様が社員さんである中で、毎週利用してくださる常連さんがいらっしゃいます。その方はとても気さくな方で、食堂に訪れた際には私を含めた全従業員にまんべんなく話しかけてくださるのですが、先日そのお客様と偶然にも長くお話する機会がありまして、私の悩み相談に乗ってくださったことがありました。その1週間後、再び食堂に常連さんがいらっしゃって、「あなたにプレゼントです」と言っておもむろに鞄から一冊の本を私に渡しました。その本は私が先日話した悩みに関するもので、それを聞いた常連さんが私のためにわざわざ探してきてくださったことが一目で分かりました。このようにまっすぐな善意を向けられた私は最初こそ驚いたものの、やはりどうしようもなく嬉しい気持ちで心が温まりました。この本も勿論ながら、本にこめられた優しさごと大切にしていこうと誓った夜でした。

それでは、また。

運命”的”な出会い。

こんにちは、あこです。

猛暑日が続いていますね。皆さん、いかがお過ごしですか?

私は、水を飲んでも飲んでも喉が渇きます…(笑)熱中症を防ぐためにも、こまめな水分補給を心がけましょう!!

*****

突然ですが、皆さんは占いって信じますか?

私は、微妙です。(答えになってない)

全く信じていないとも言えないけれど、自分が上手くいかない時や迷った時には「血液型+星座+性別(女性)」で検索してしまいます。

でも、そういう時に限ってその日の運勢はめちゃめちゃ良くて、「そんなわけないやん!」と突っ込む。

でも時間が経つにつれて「もしかして、今日の運勢がめちゃめちゃ良いのは本当で、そのおかげでこの程度で済んでいるのかも。」とか、「今日の運勢が悪かったらもっともっと失敗してたのかも。」とも思ってしまって、「運勢に自分を寄せるのはやめよう。」と思えるようになるまで「運勢のせいにしちゃダメ」「運勢のせいにしたい」という2人の自分を闘わせています。(笑)

私と同じ血液型・星座の人なんてたくさんいるからこそ、”今日の運勢”は適度に曖昧で、私にとってはちょうど良い逃げ場になっているようです。

*****

私には、逃げ癖があります。放っておくと、楽な方へ楽な方へと逃げようとします。

でも、今までの人生で何かから逃げ切れたのか?と聞かれれば、答えはNOです。

逃げ癖はあるのですが、その度に何かしら・誰かしらとの出会いがあって、最後までは逃げ切れないのです。

例えば、太宰治。

中学生の時、課題図書として太宰治の文庫が指定されたことがありました。

○月△日までに読まなくてはならない課題図書。

期日に間に合うように、いつものように、少し早めに読み始めました。

しかし、

私は、課題図書を読み切ることができませんでした。

読んでも読んでも、ページが進まない。

どういう話なのか、全くわからない。

何を言っているのか、何を言いたいのか、全然理解できませんでした。

そんなことは、初めてでした。

本を読むスピードや理解力にはそれなりに自信があったからこそ、そんな自分が信じられなかった。

そして、その経験は私に、”太宰治”に対する強烈な苦手意識を抱かせました。

それから4年。

私は、1年次の必修授業”日本文学の基礎Ⅱ”で、太宰に再会しました。

今度こそ、読まないといけない。

事前課題がありました。作品を読まないと、書けない課題が。

何とか、読み切りました。

事前課題も、出しました。

でも、「語り手」と「視点人物」の違いが分かっていなかったから、私の提出したものは的外れで、先生の解説を聞きながら「あぁ、全然違う…」と絶望しました。

その後も、課題を出しては他のクラスメートの考察に圧倒され、先生の解説を聞いてやっと自分の課題の勘違い(そもそも理解できていなかった。)に気付き、新たに出された課題に取り組む。。。という日々を過ごしました。

ただ、中学生の時と違うのは、太宰の作品を最後まで読み切れた、ということ。

太宰の作品を面白いとまでは思えなかったし、「先生の解説を聞いたら自分の理解と全然違った」みたいなことは多々あったけれど、作品を最後まで読むことができて、作品について自分なりに考えることができるまで成長(?)したことがとても嬉しかったのは事実です。

7回の授業をやり切って、「よし、これで悔いなく太宰から卒業することができる。」と思いました。

しかし、2年次の演習の授業で抽選に落ちた結果、私は太宰治の演習授業に参加することになりました。

絶望、再び。

最終的に決断したのは自分だとは言え、通年の演習授業として扱うには、自分の知識量と読解力が不足していることは分かりきっていました。

でも、通年の授業だし、4単位だし、何より、途中で投げ出すのは負けた気がして悔しいし…と、言い訳と鼓舞を繰り返して、何とか1年間生き延びました。

*****

なんだか、「要するに、苦手な太宰頑張ったよってこと?」とか、「太宰のことよく知らないくせに、ちょっと学んだからって分かった気になっちゃって。」とか言われてしまいそうな書き方になってしまいました。

でも、そういうことを言いたいわけでは、ないです。

様々な太宰の作品を扱う中で、「読める作品」ではなくて、「好きな作品」に出会えました。特に好きだったのは『ヴィヨンの妻』と『桜桃』。これらは、この演習授業を取るまで知らない作品でした。

他の受講者の発表や質疑応答では、自分では思いつかなかった視点や考えに出会えました。「もっと考えなくちゃ」「もっと準備しなくちゃ」「もっと頑張らなくちゃ」と思わされました。この授業で養われた「もっともっと魂(仮)」は、今も私を支えてくれています。

授業の最終回には、「あっという間だったな」と思いました。「楽しかったな」「もっとやりたかったな」と、思ったり、思わなかったり。

あの時、抽選に落ちていなかったら、そうは思えなかったのかもしれません。

*****

私は、嫌なこと・苦手なことから逃げようとしがちです。でも、逃げようとすると大体何か・誰かが現れて、私は捕まります。

やだーやだーって、人並みに抵抗してみるけど、仕方がないから受け入れる。すると、自分が「嫌だ」「苦手だ」と思っていたことがそれほど嫌じゃない、むしろちょっと楽しいかも。みたいなことが多々あります。

だから、あんまり自分の直感は信じられません。

逆に、自分で「よし、これが楽しそうだ。」と思って選択したことが案外楽しくなかった、ということなんて、ざらにあります。

*****

どこからどこまでが自分の選択で、どこからどこまでが運勢なのか。

時々わからなくなります。

これは自分の意思だったのだろうか。それとも、偶然の産物なのだろうか。

昔、中学時代からの知り合い兼友人が、「運命と運命的」について意見を述べていました。

運命はないけど、運命”的”なことはあるのだと。

妙に、納得したのを覚えています。

運命か運命じゃないか、感じるのは、決めるのは、私。

楽な方へ逃げようとした時に限って何かが起こるのは、誰かに出会うのは、きっと運命。

そう思えば、私は頑張れます。

私が逃げようとしたら、また何か・誰かが現れるはず。

それまでは、全力で逃げようかしら。

私の人生は、運命”的”な出来事で溢れているようです。

それでは、また。

聴けなかった『就活センセーション』

こんにちは。れいかです。

茹だるような暑さですね。まだ6月なのに……。
前回ブログを更新してから約3週間が経ち、心持ちが大きく変わった期間になりました。

昨年の10月からやってきた就活がひと段落。
年明けから休んでいたバイトを再開し、卒業式の袴を選び、教習所の申し込みをしました。
自分が卒業後にどこで何をするのか見当がつかない、宙ぶらりんな期間がずっと続いていたので、解放感と共にホッとしました。

全体的に振り返るとやりきった気持ちが強いです。
企業ごとに細かく思い返せば、あの答え方はまずかっただろうな、ニュースの見方が甘かったなと反省点もたくさんあるのですが、それも実力のうちだと思っています。
1番停滞していたのは、年末年始とGWですね、、。

特に印象に残っているのは、4月に受けたある面接です。
面接の時間が50分間あると分かっていた時点で覚悟しておくべきだったのに、「一次面接だからどうにかなるだろう」と甘く見てほとんど対策をしないで挑んだ結果、見事に撃沈しました。
ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)はなんとか話せたものの、その後の志望動機が本当に悲惨でした。
○○(他社)を受けていない理由、貢献性を重視したいのはなぜ?など。自分の受け答えに対して2,3ターンの質問があり、初めてちゃんとした深堀りを経験しました。
そこまでは考えようとしたことすらなかった……というようなことも聞かれて、何を言っても墓穴を掘っているのではないかという感覚に陥りました。
魅力を感じていた会社だっただけに、終わった直後はかなり落ち込みましたが、「これまでのやり方だと、これから受ける会社も一次面接止まりだ」と気付き、本格的な面接ラッシュの前に改善できたことは本当に良かったと思っています。

納得内定したとはいえ、実際に入社して働いてみないと分からない部分がほとんどなのは間違いないと思うので、ここから先は自分磨きを大切にしたいです。
モチベーショングラフ、幼少期のこと、就活の軸、長所・短所、理想の社会人像。
この3ヶ月間、多くの人事の方に自分のことをたくさん話してきました。
採用してもらえるように整えたところもありつつ、自分の本心をベースにしていたので、回答を考える中で自覚できた価値観もありました。

就活が、私の中でただ内定を獲得するためだけの活動だったら、おそらく途中で挫折していたと思います。
OG訪問や支店訪問、面談で魅力を感じる社会人の方とお話し、その方たちの目指す理想や未来を教えてもらい、そういう一つ一つが就活をがんばるエネルギーになりました。
自分はどのような形で関わっていきたいのか、良いところも苦手なこともある中で、自分の力を十分に発揮しやすい場所はどこなのか、そんなことも視野に入れながら日々面接ができて良かったです。

真っ只中の時は辛い、しんどい、やめたいとネガティブな感情で埋め尽くされるのに、終わった途端になんだかんだ楽しかったな、なんだか寂しいなと思ってしまう自分がすごく勝手だなと思います。(笑)
これは就活に限らず、サークルも学校の課題も何でもそうなのですが。
真っ只中の心底大変な時に、1ミリでも未来のことや必ず終わりが来ることを想像できればいいんですけどね。
たぶん、来月から本格的に始まる教習所でも同じ現象になると思うので、気持ちが落ちるのが当たり前だと思って、そして必ず乗り越えられると信じて前進していきます。
何事も焦らず、自分のペースで。

大きなひとりごと。
先週、初めて日本武道館に行きましたー!アンジュルム最高!BIG LOVE♡
ついにファンクラブに入ったので、ヲタ活楽しみます♫

それでは、また。

アイスクリームは溶けました🍨

たけのこは特急列車みたいにあっというまに真っすぐ伸びて、つやつやと若く、高みを目指している。年少さんだったひまわりの苗は小学校高学年くらいか、大きくなって花開く前の緊張感を楽しんでいる。落ち葉色のショートブーツは休暇をとるので、近頃の足はキュートな爪で勝負している。簾のむこうで隠れていた首筋は涼し気に姿を現し、かつてハンドクリームを塗りこまれた手は、日焼け止めジェルをすくっている。跳ね返された太陽の欠けらは黒い地面をより熱くした。

日陰に濡れるようにしながら歩いた先で、ショウウィンドウに映る自分を見た。

「梅雨寒」という言葉を耳にして薄手の長袖にカーディガンを羽織った先週。

「梅雨明け」という言葉は耳にしていないが、ノースリーブにサンダルを履いた今週。

……あれ?

この「?」について考えているあいだに左手のアイスクリーム、

*****

まいです、ごきげんよう❀

目まぐるしく変わる天気は言葉通りめまぐるしい。

自分のことをどれだけ大事にしてあげられるか。

試される夏がどうやらやってくるようです。

前回ブログを投稿したのは9日ですが、そこから今日までのあいだなにがあったか考えていました。思い返すとこの二週間ちょい、おどろくほどいそがしかった。

忙しいという字は「心が亡くなる」と書きますが、どうにか亡くならないように、いやしかし臨死体験はしたかな……といった具合にいそがしいのでありました。

私は演習という授業を前期の間で4つ履修しており、これは平均して2週に1回は必ず発表があるというスケジュールになってしまうわけです。もちろん履修したのは紛れもなく私自身です。さらにボランティアサークルの活動も7月が山場ということで準備があり、塾講師のアルバイトは授業の質を落とさないためにほんの少ししか入れませんでしたが、夏が来れば合唱はステージや大会があります。

しかし、いそがしさと楽しさは紙一重、適当にやってしまっては楽だけれど楽しくない。というか楽しくないことは、正直数分だって「らく」ではない。

こだわればこだわるほどいそがしくはなるけれど、その時間に価値を見出せる。

このシステムは本当によくできていて、そこにまんまとハマってしまうので困ります。

発表というのは堂々と発表することで、自分が学んだことに自分も納得でき、クラスの方からの意見で深まり、他の発表に刺激をうけ、とても好きです。たとえば「大学でなにやってるの?」と聞かれたとき

「わたしは「藤原定家の仮名遣い」と「近代文学『推し燃ゆ』」と「中国文学『紅楼夢』」について自分の考えがあってね、「七言絶句の漢詩」だって作れちゃうんだよ!!」

と言ったら、なんだか凄い感じがします(笑)。

でもこういった研究や発表は、少しでも気づけた自分を褒めながら取り組むことがやりがいになっていたりするもの。研究分野でいったら初歩的な作業かもしれなくても、去年の自分にはできないことが出来るようになっていることが、前進している何よりの証拠なのだと思います。

夏休みまでもうひといき。夏休みでは楽しめない今の楽しみ・いそがしさを、存分に味わうこととします。

アイスクリームは溶けないうちに味わいましょう。

ヘンなはなし

「あつくなったなぁ。サウナに入ってるみたい」

「梅雨に入ったんじゃなかったっけ?」

「これから1週間晴れるらしいよ」

「え、、夏だね」

「うん、夏だね」

ついこの間咲いたばかりの紫陽花が、枯れてしまいそうなくらい太陽がギラギラしはじめた。
昼間なんかはクラクラする暑さ。

「こんなにあついと頭がおかしくなりそう」

「え?もうすでにおかしいんじゃない?」

「なんだと…!?このくるくる天パ!おかしいのはそっちの方だ!」

「気にしてるのに!言ったな!この瓶底メガネ!」

「目が悪いのは私のせいじゃない!エクスペリアームスッ」

「いきなりハリーポッター。ファーナンキュラス」

「ひどい!今ちょうど鼻にニキビできてるのに!サーペンソーティア!」

「そうなの?笑 リクタスセンプラ」

「…エクスペクト・パトローナーム!!!早くこのニキビを治して…‼︎」

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

「あなたのは レヴィオサー(ハーマイオニー風)!!!!」

大学生がいい年して呪文をかけ合うほどひどい暑さのようだ。
ケンカしてるんだか仲がいいのかよくわからない。
しかし、これほど暑いのだ。
誰かが少しくらいヘンなことを言ったって、みんな気づきやしない。
みんな少しずつ、ヘンなことがヘンじゃなくなってくる。
おかしな季節だ。

まあ、1年のうちの3ヶ月くらい、ヘンな季節があってもいいだろう。
うん、1年のうちの3ヶ月くらい、開放的な季節があってもいいだろう。

ヘンなはなし。