先日、久しぶりにコンサートに行って来ました。
コロナ禍での開催、私自身もタイミングを見て、事前にきちんと感染対策がされているかしっかり確認して申し込みました。前日にはアーティストの方から、検温の協力やマスク着用のお願いもあり、当日も換気がされていたので安心して参加することができました…!
昨年終わりくらいから、少しずつ対面(?)のコンサートが再開されていますが、生の音楽を聞く感動って何にも代えられないものですね。
今回は小さな会場だったのですが、コンクリート打ちっぱなし、教会のように天井が高くて音が綺麗に響く素敵なホールでした。コロナ流行以前は、ライブ・コンサートにたくさん行っていた私。会場の大きさも形も様々でしたが、今回のホールはベスト3に入ると思います。素敵だった…。
このコンサートを目標に色々頑張ってきたので、会場の席に座っただけで大感激。そして音楽を聞いて大号泣。
とにかく目の回る忙しい日々で、直前には私行っていいのかな…という気持ちになっていましたが、やっぱり行って良かったです。生きるために必要なんです、音楽。
そんなコンサート、アンコール前の最後の曲を聞きながら、とてつもなくしみじみと「孤独」を感じてしまいました。私、怖いほど美しいもの、透き通ってきれいなものを見たり聞いたりすると、人間って孤独なんだなぁって思うんですよね。上手く言葉で表せないのですが、どんな人間にも「孤高」な側面があって、その淋しさというものは美しさに繋がるところがあると思うんです。ごめんなさい、分かりにくくて。
前、電車に乗っていて、夕暮れ時だったのですが、透き通った空の青と消えかける橙色が綺麗に川に写っているのが見えて。で、水面に写るその青の部分は黒に近く見えるんですが、黒ではない吸い込まれそうな深い青色をしていて。橙は、空よりも柔らかな色をしていたのですが、その深い青色から柔らかな橙のコントラストに、他を寄せ付けない美しさと暗い孤独を感じました。
冷たい水の中をきみと歩いていく
なんて青くあどけない 夏の一日
グラスの底を
誰かの読んでいる 小説の挿絵の
湖の中に ぼくは今沈んでいる
誰も見えない
谷山浩子「冷たい水の中をきみと歩いていく」(作詞・作曲 谷山浩子)より
昔、私は、人間は一人で生まれ、一人で死ななければならないのだから、生きている間はせめて互いを認め合って、手を取り合って生きていきたいと思っていました。だけど、それは想像以上に難しい。隣りにいるからこそ、強く感じる孤独もあるんですよね。
嘘と裏切りと無視。
大切なもう一人との、関係も壊れた。
私はあまりにも色々なものを失いすぎてしまった。
私は、思い出すことを辞めました。でも、どうしても思い出さなければならない時は来るんです。
それが、今、まさにこの時であって。
強い衝動、孤独を再び感じた時、
生きること、そして書くこと、表現することが昇華に繋がり、
そして、ずぶずぶと沈み溺れかける私を救うのは、また私であることを知りました。
強く、しなやかに生きていきたいです。
今、ファンタジー作品を読む授業を履修しているのですが、授業を通して、私の大好きな女優さんやアーティストさんが、それらの作品に影響を受けていることが分かりました。私の好きなものの根源の一部を知ることができた気がして、それぞれの世界がまた繋がり、広がってゆく感触がします…!
そして何より卒論。頑張ります。



