こんにちは。画面の向こうの貴方様。本日の担当はまどか🐧でございます。好きな食べ物は白米。苦手なものは辛いもの。そして趣味は観劇。どうぞよしなに。
ところで趣味に観劇をあげると、どなたかご贔屓の役者がいるの?それともお好きな劇団が?と訊かれることもございます。
しかしながら私め。そのようなもの待ち合わせておらず、どうも弱ってしまいます。特定の何かや誰かが好きならば容易に華麗にぽんぽんぱーんと会話のキャッチボールをこなせましょうに。
私めが好きなのはどこまでいっても「演劇」で「観劇」そのものが趣味なのです。
ですから、ジャンルにもあまり拘りがございません。オペラ、ミュージカル、歌舞伎、能楽、文楽、2.5……大衆演劇や小劇場演劇も大好きです。
観劇の頻度は月に3~4回。つまり年間では40公演くらい観ていますし配信や円盤を含めれば本当に時間もお金も湯水の如く、といった具合でしょう。褒められたことではない病的な執着。それでもどうしたって私には演劇がなければ。芸術がなければ息ができないのです。どれだけ上手に生きてもどれだけ真摯に現実と対面しても、くぐもった音としてしか響かない言葉の数々に、空気感に、毎日生き苦しさを覚える自分。幼い頃はずっと自分を魚だと信じていた。こんなにも肺呼吸が向いていない自分に絶望しながら。
けれど、劇場は違った。唯一あの場所でだけは呼吸ができる。
板の上でまばゆい光に焼かれ続ける彼らを見ていたら、心臓が途端に仕事を始めるのだ。あぁ自分も生きなければ、と。
作り物の人生だけが、何よりも強く美しく生きていた。そう生きたいと思えた。美しい偽物の人生を。
以前のブログでも言葉にしたがやはりそうなのだ。私にとって演劇は心臓の在り処を教えてくれるもの。凄まじい電撃を放つAEDのようなもの。
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悲劇、喜劇。
この世は舞台。人は皆役者。
なればこそ己が舞台の徹頭徹尾唯一の観客たる自分自身へ、失望させぬシナリオを!
観劇においてなぜわざわざ「悲劇」を観るのか。それは人生に備えるためかもしれない。
この先の小説より奇なる現実を生きていくために、何があろうと折れぬための心の備え。作り物の悲劇などよりも、惨い現実。それに耐え得る柔らかな生き方を持つ手がかかりになるだろうから。
演劇はたしかに映画やほかの芸術に比べて、ふと思い立った時に気楽にいけるものとは言い難い。だけれどもそこが好きなのだ。
今日も私は来年の春の演劇チケットを購入した。だからきっと私は来年の春までは生きているのだろう。
そうやって何度も継ぎ足して、継ぎ足して……生き永らえる。
ええ、こんにちは。私の趣味は観劇。
そして観劇は私にとって自分の未来を買うこと。
