良い年になりそう。

こんにちは、あこです。

年が明けましたね。

2023年、初投稿です。

今年は、良い年になると思います。

根拠はないし、初詣でひいたおみくじは「半吉」(←内容的にはかなり悪かったです笑)だったし、年始からOMG!!!な出来事が多発しているあこですが、なんとなく、そんな気がします。

今年の目標は、「健康」「ポジティブ」「自分らしく」です。

大学の講義や卒論、○活(←怖くて伏字)、英語や資格の勉強など、やりたいことがたくさんあります。

あと3ヶ月は3年生ですが、学生生活もあと1年。

日女・日文LIFEを(たまには休憩しながら)最後まで駆け抜けたいと思います。

皆さんにとって、2023年が良い年になりますように!

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1日から、新しい手帳を本格的に使い始めました。

「本格的に」とは、「1日1ページ」のページを使っている、ということです。

9月に「2023年のスケジュール帳を買った」という報告をブログでしたのですが、私の手帳は12月始まり。しかし、月間ページは12月始まりなのに、この手帳の最大の特徴である「1日1ページ」のページは1月始まりだったのです。

とまあそんな訳で、1日1ページのページをどう使うか、数ヶ月間考えてきました。(暇人)

「手帳専用のペンを買って、おしゃれな手帳にしよ〜」

「ここには〇〇を書いて、毎日△△について記録しよ〜」

「毎月・毎日の目標と反省を書いて、モチベを上げよ〜」

って、思っていたんです。

しかし、来たる1日。

手帳には何も書かずに終わりました。

すっかり忘れていたんです。(怖)

2日の夜に思い出して、「昨日何したっけ」と記憶を辿りながら、いつも使っているシャーペンで、ネットで調べた昨日の天気や気温、昨日の3大トピックスをメモして、眠りました。

まあ、人生そんなものですね。期待通りにはゆかないものです。

というわけで、色々準備して沢山考えた挙句、現在は

「天気」「気温」「その日のHappyな出来事×3」「その日のMoreなポイント×3」「出費」

以上の5項目について、0.4のシャーペンで書いています。

たまに書くのを忘れると、次の日や2日後に書くのですが、「Happy」と「More」の項目を思い出すことはほぼ不可能ですね。

9日のページには「何をしたのか、何があったのか、全く覚えていない。記憶にない。 by10日のあこ」

と大きく書いてありました。

本当にあった怖い話です。どうぞ笑ってやって下さい。

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数時間前、経済学者の成田悠輔さんに密着した某番組を観ました。

へぇ〜

ほぉ〜

すご〜

と、何の気なしに観ていたのですが、テロップとして出てきた「期待はしない、でも諦めない。」という言葉が、なぜか心に残りました。

「期待しない」ことと、「諦めない」ことは、一見矛盾しているように思います。

でも、そうじゃないのです。

「対」の関係では、ないのです。

「期待しない」の反対は「期待する」であって、

「諦めない」の反対は、「諦める」。

ただ、それだけなんです。

ただ、それだけ。

上手く言葉にできないのですが、この言葉は、私をちょっと楽にしてくれました。

それに、(ちょっと烏滸がましいけれど)今年の私にぴったりな言葉だな、とか思ったり、思わなかったり。

今年もたくさんの人・言葉に出会えますように。

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追伸 受験生の方々へ

今は、とても大変な時期かと思います。

応援メッセージは少々苦手なので、上手く伝わるか不安ではありますが、

皆さんにとって、最高・最良の結果になることを、心よりお祈りしています。

くれぐれも体調に気をつけてお過ごし下さい。

それでは、また。

もがく。

こんにちは、あこです。

早いもので、今日は12月25日。クリスマスですね。

ついこの前に後期が始まったような気がするのに、もう1年が終わるなんて。

時の流れは早いです。

残りの6日間、やり残したことがないように、しっかりと生きていきたいです。

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今日は、2022年最後のブログ更新です。

何を書こうか、全然決まっていないですが、今日は心のままに書いてみようと思います。

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この1年間、ほんっとうにあっという間でした。

国文学会、オープンキャンパス委員会、予備ゼミ(卒業論文)、アルバイト、そして就活。

どれも大切で、やりがいのあるものだったけれど、「大学」「アルバイト」「就活」の両立(鼎立?)は、想像以上にキツかったです。

なんて言えば良いのか分からないのですが、大学2年生までには感じたことのない、感情でした。

どれもが中途半端になっている気がして、

「二兎を追う者は一兎をも得ず」なんじゃないか。

身の程知らずなんじゃないか。

自分の能力・キャパを過大評価しているんじゃないか。

そんな想いが、心のどこかでずーっと回っていました。

そして、それは今も変わりません。

特に就活に関しては、周りの状況が耳に入るたびに、心が掻き乱されます。

そんな自分が嫌で、でも、変われなくて。

心を掻き乱されながら、ギリギリで生きてきました。

きっと、みんなそうだと思います。

幼い頃は、苦しいこと・嫌なことがあると、「なんで自分だけがこんな目に。」と思っていました。

流石に今は成長して、自分「だけ」ということはないんだ、ということは学習済みです。

苦しさを感じる対象やタイミング、そして苦しみの度合いは人それぞれだけれども、「苦しい」のは、自分だけじゃない。

悲劇のヒロインなんて、いない。

少なくとも、自分じゃない。

そんなこと、言ってられない。

苦しくても、頑張るしかないのです。前に進むしか、ないのです。

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思い返せば、2022年は進むために「もがき続けた」1年でした。

自分が進めているのか、停滞しているのか、後退しているのか、全く分からないのです。

分からない中で、「自分は進めている」と信じることの、怖さ。

自分を信じる。

この言葉の重さを、これほどに感じた年はありません。

自分は信じるに値する人間なのか。

何度も何度も、問いかけました。

結論は、「値する人間にならないといけない」ってこと。

自分には自分しかいないんだから、自分でどうにかしないといけない。

信じるに値する人間になる「努力」を、しなければいけない。

当たり前のことに、気付いただけでした。

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もしかしたら、この苦しみが「大人になる」ということなのかもしれません。

自分の人生に、責任を持つ。

自分の人生を、切り開いていく。

自分の人生と、向き合う。

当たり前のことだと思っていたけれど、そして、(なぜか)自分は出来ていると思っていたけれど、私は全然「大人」じゃありませんでした。

その重さを受け止める、覚悟が出来ていませんでした。

覚悟ができるまでは、悩み、苦しむしか、ないのかもしれません。

私は今も、「もがいて」います。

結果はまだ出ていないから、これが正しいのか、間違っているのかなんて、分かりません。

だけれど、今は、「もがく」しかない。

少なくとも今の私には、「もがく」ことしか、できない。

でも、「もがく」過程でキラリと輝く”何か”を見つけたら、決して見逃してはいけない。

「もがく」ことに満足するのではなく、

「もがく」ことを目的にするのではなく、

目的を達成するために、今は、「もがく」。

とても個人的、かつ抽象的な話になってしまったけれど、(しかもまとまっていない汗)

今の私の正直な気持ちです。

広い目を持ちながら、目的を見失わないようにしながら、もう少し「もがいて」みようと思います。

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2022年は色々な「出逢い」がありました。

人に限らず、素敵な”モノ”や”場所”、”言葉”にも、出会ってきました。

たくさんのチャンスをいただいて、さまざまな経験をさせていただきました。

本当に、感謝しかありません。

たくさんの人々の愛に触れて、たくさんの愛情を受けた1年間でした。

前半に散々「苦しい」と書いてしまったから信じてもらえないかもしれないけれど、

この1年間、本当に幸せでした。

2023年は、愛を返せる人に、なりたいです。

出会ってくれた全ての方々に、感謝を込めて。

それでは、また。

気が早い。

こんにちは、あこです。

先日、2022年度の国語国文学会大会を終えました。

思えば、国文学会委員が全員で取り組む行事は国文学会大会が最初で最後。(多分)

3年間、あっという間でした。なんて、振り返るにはまだ早すぎるけれど、確実に「一段落ついた」タイミングではあると思います。なんだか、嬉しいような、寂しいような。

「国文学会って忙しそう」「委員長、大変そうだね」「国文学会、嫌じゃないの?」と言われることはあるけれど、(そして確かに楽ではないけれど)それ以上に、国文学会での活動は充実していて、楽しいです。

委員長になった時から心にずっとあった想いは、「委員のみんなに国文学会での活動を楽しんでほしい/国文学会を好きになってほしい」ということ。

まだまだ”終わり”じゃないから詳細は触れないけれど、1年生で国文学会に加入してから今に至るまで、たくさんの出来事がありました。その中で、同期・後輩が辞めていく瞬間が、一番辛かったです。辞めることは悪いことではないし、責めるつもりも全くないけれど、やっぱり、仲間がいなくなるのは、色々な意味で、辛い。

だからこそ、せっかく国文学会に入ってくれたなら楽しんでほしいし、成長の機会にしてほしい。(相変わらずの上から目線…汗)

1年間の活動を終えた時に「1年間、先輩に頼まれたことだけやってて、何にも身に付かなかったな」とか、「先輩の活動報告ばかり聞いてて、自分は何もやらせてもらえなかったな」とか、「国文学会、楽しくなかったな」とかは、絶対に思ってほしくなかったのです。

その想いがどれだけ私の行動に現れて、どれだけ効果があったかは分からないけれど、年度末に「国文学会委員、悪くないな」「活動、結構楽しかったかも」と思ってくれる人が増えるように、残りの活動も全力で頑張ります。

なんだか今日で国文学会を引退するかのような文章ですが、まだまだ引退じゃありません(笑)

それと、念の為に言っておきますが、後輩に「絶対辞めるな」とプレッシャーをかけているわけでもないです。辞めた元委員さんたちに、何かしらのわだかまりがあるわけでも、もちろんありません。

国文学会委員の任期は、1年間です。

1年間で辞めても、2年間で辞めても、問題ありません。

ただ、続けてくれたら嬉しいな〜っていう気持ちを、隠してないだけ。(これまた迷惑ですね笑)

もちろん、4月からの新規委員さんも大歓迎ですよ。

少し早い勧誘をしてしまったところで、今回は止めておこうと思います。

委員の皆さん、いつも本当にありがとう。これからも、よろしくお願いします!

時間を無駄に。

こんにちは、あこです。

今日、新しいパソコンが届きました。

2年間のオンライン生活と無駄に強い指圧のせいかキーボードがすり減ってしまい…..

これから本格化する(であろう)卒論と就活を見据えて、買い替えることにしました。

新しいパソコン、快適です!!!

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最近、時間を無駄にしました。

こんな言い方をすると私がいつも時間を有効活用していると思われてしまうかもしれませんが、もちろんそうじゃありません。

「あー今日はなーんもやりたくない。」「だるーい。」「ねむーい。」みたいな日だってあるし、頑張る気持ちはあったけど朝起きたら13時だったとか、朝早く起きたのにボーッとしてたら昼が来たとか、そういうこともあったりなかったり。

でも、今回の「無駄にした」っていうのは、ちょっと違います。

深夜12時から深夜2時過ぎまで、スマホで漫画を読み続けたのです。

誤解がないように言っておくと、漫画を読む時間を「無駄」だと言いたいわけではありません。

私も漫画は好きです。時間を忘れて読み続けることができた日は、幸せです。

でも、今回は違うのです。

読みたくて読んだわけでも、面白くて読んだわけでも、時間を忘れて読んだわけでもないのです。

なんかもう、全部が嫌になっちゃって、「明日がきて欲しくないから寝ない!」って思って、読みたくもないのに漫画を読み続けて、1時半過ぎから頭が痛くなって、次第に寒気がして、2時過ぎには気持ちも悪くなってきたから、「そろそろ体が危ない」って思って、観念して寝る、みたいな。

文章にすると、しょうもなさ倍増ですね。

しかも、その生活を3日続けました。

やらなきゃいけないことは、たくさんあるんですよ。

やりたいことも、たくさんあるんですよ。

12時に寝たら翌朝スッキリ目覚めて、やる気が出るってことも、知ってるんですよ。

だけど、やる気を出したくなかったんです。

頑張りたく、なかったんです。

日々を大切に生きる。とか、もうやめてしまえ!って、思っちゃったんです。

すっごい辛いことがあったとか、そういうことじゃ全然ないです。

だからこそ、救いようがない。

本当に、救えない。

誰も、救えない。

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救えない日々から抜け出せたのは、単純にもう飽きたからです。

頑張らないで生きることに、飽きました。

あと、精神的に辛すぎる。

「今の自分何やってん。」「ほんとしょうもない。」「早く寝たらいいのに。」

そう思いながら自堕落な生活を送るの、キツいです。

しかも、当然ながら、やらないといけないことは減りません。

何なら、増えていきます。

そろそろやろって、思いました。

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今日のブログは、何の深みもありません。

じゃあいつもは深いのかって言われると、

それもまた答えはNOですが。

ただただ、時間を無駄にしたよっていうだけのブログです。

この経験から学んだことは〜みたいなことも、特にありません。

ただ、久々に「完全なる時間の無駄」をしたので、残しておこうと思いました。

私はいつも忘れます。

自分の失敗を忘れ、過ちを忘れ、あたかも間違いを犯してこなかったかのように、記憶を改竄させてしまいます。

そんなことないですよ。

あなた、結構失敗してますよ。

勘違いしてるだけですよ。

未来の自分に向けて、今日のブログは書きました。

自分とちゃんと向き合ってね。

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「無駄にしていた時間を無駄にしないように。」

いつかのボクらの時代で、俳優の中村倫也さんが言っていました。

妙に心に残っている言葉です。

しょうもなくて、救えなくて、無駄な時間。

それでも、後悔はしていないから、どうしようもない。

今日は、早く寝ることにします。

それでは、また。

旅のラクダ。

こんにちは、あこです。

今日はバイトがお休みでした。

休業日です。

バイトは嫌いじゃないけれど、「バイトがないとこんなに時間があるんだ!」と、ちょっぴり感動しました。

たまには、自分のためだけに過ごす日があっても良いですね。

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先日、祖母・母・私の3人で、曽祖父母の遺品整理をしました。

遺品整理と言っても、曽祖母の部屋は狭いし、押し入れ以外は(祖父母や母が)既に整理してるし、チャチャッと終わるんじゃないかと思っていたら、あらびっくり。

もはやご先祖様すぎて誰だかわからない写真やアルバム、祖母たちが幼い頃に描いた絵やレポート、手帳、日記、手紙、昔の貨幣、腕時計、財布、メガネ、結婚指輪、アクセサリー、不動産購入の証明書、給与明細まで、まあ、出るわ出るわ。

押し入れの中だけ、時が止まっていました。

特に私が興味を持ったのは、2人が残した手帳と手紙。

勝手に見るのは悪いかな〜と思いつつも、文字を見るとついつい読んでしまうのは、私の悪い癖。

結局、全部、読みました。

ただ、(特に手帳は)走り書きだったり何度も書き直されたところがあったりして、解読はなかなか難しく。

祖母に聞きながら、「こうかな?」と推測しながら、なんとか読み切りました。

手帳の中には、曽祖母が詠んだ俳句も何句か残されていて、この家の人たちは俳句と共に生きているんだな、と改めて思いました。(祖父も俳句が好きで、よく詠んでいるのです。)

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文字というのは、不思議なものです。

同じ言葉が綴られていても、文字が違えば印象は変わります。

なんてことのない、事務的なメモでも、”その人”に書かれた文字だから、”その人らしい”言葉になります。

私は曽祖父に会ったことはないけれど、今回の遺品整理で曽祖父の文字や言葉に触れて、「やっと会えた」と思いました。彼は確かに生きていて、私の曽祖父だったのだと、思えました。

時々、母から曽祖父の話を聞くことはあったけれど、なんだか「私の曽祖父」という気はしませんでした。

当たり前かもしれません。私は曽祖父に会ったことがないのですから。曽祖父と共有した想い出は、ないのですから。そして曽祖父もまた、私のことを知らないのですから。

彼は私にとって「曽祖母の夫」であり、「祖母の父」であり、「母の祖父」でした。

ですが、遺品の整理を通じて、曽祖父の文字と、言葉と、想いに触れて、彼は私の曽祖父になりました。

曽祖父は私のことを知らないままだけれど、会ったことはないままだけれど、何十年かの時を越えて、曽祖父との”想い出”を作ることができました。

*****

遺品整理をしていく中で、曽祖父の手帳に挟まれた2枚のメモ用紙を見つけました。

そこには、曽祖父の文字で、「月の砂漠」の詩が書かれていました。

なぜだかとても気に入ってしまったから、誰にも言わずにひっそり持ち帰りました。

今は、来年度の手帳に挟んでいます。

あと、叔母さんが(もう持ってるから)いらないって言ってた曽祖父の写真、

こっそり拾って、持ち帰りました。

今は、(正当に譲り受けた)曽祖父の財布の中に、挟んでいます。

おばあちゃん、勝手に貰ってきてごめん。

ひいじいちゃん、盗人まがいの方法で持ち帰ってごめん。

大事にしてるから、許してね。

それでは、また。

結果より過程が大事、と思いたい。

こんにちは、あこです。

先週の土曜日から、祖父母の家に来ています。

昨年の9月から月に1日、3泊4日しているのですが、7月と8月は夏期講習&諸々の予定で訪れることができず。

久しぶりの祖父母宅です。

祖母が作ってくれる料理を食べて(←めっちゃ美味しい)、祖父母と話して(←ビールがお供)、タブレットやスマホの使い方をレクチャーして、ちょっと(←ここ大事)勉強して、寝る。

大体、こんな感じです。

時々、近くの気になるお店に行くこともあります。

でも基本、ゆったりのんびり甘えて過ごしています。

1週間以上いると社会復帰が嫌になって、体重も4キロくらい増えそうなので、3泊4日がちょうどいいという結論に至りました。

じじばば、来月もお世話になりますm(_ _)m

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後期は、大学に週3回しか行きません。そのうち1回は、自主的な登校なので、対面授業は週に2回。

本当はもう1日分、対面授業を取ろうと思っていたけれど、今回はやめました。

「取りたい授業が多すぎてどうしよう!!」「1年生みたいな時間割になっちゃった!!」(=コマ数が多い)

たくさんの授業と、サークルと、委員会と、アルバイトと、就活と。

体が1つしかないとは信じられないくらい、意欲と活力に満ちている友人たちが、眩しいです。

私には、できそうにありません。

授業は嫌いじゃないし、勉強や、学ぶことも、比較的好きな方だと思います。

新しいことを知るのは楽しいし、自分の考えを表現することも、他の人の意見を聞くことも、好きです。

でも、どうにも、たくさんの授業を取りたい/取りたい授業がありすぎる、とは、思ったことがないのです。

そしてそんな自分に、いつも嫌気が差すのです。

特に、時間割が決定する前のこの時期は、キラキラ輝く友人たちを見て、

「あぁ、すごいな」「本当に、好きなんだろうな」「楽しくて仕方ないんだろうな」と思います。

そして、「それに比べて自分は…」と、勝手に落ち込みます。

解決方法は、ただ一つ。たくさん授業を取ればいい。

でもやっぱりそれは嫌で。

ほんと、我ながら、どうしようもない奴です。

そんなこんなで、後期は週に3回、大学へ行きます。

履修授業は少ないけれど、少ない代わりに、高めの目標を立てました。

恥ずかしいから、具体的な目標は言わないけれど、強いて言うなら、

頑張る。やり切る。そして、結果を出す。

この3つです。

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「結果」にこだわることは、あまり好きではありません。

最短距離で、ゴールへ行くことも、できません。

要領良く生きることも、できません。

要領良く生きれないから結果にこだわらないのか、結果にこだわらないから要領良く生きれないのか。

そんなことには、興味はないです。

ですが、思い返せば、私は周りの人や周りの環境に”超”が付くほど恵まれてきました。私自身が「結果」にこだわって生きなくても、周囲の人たちが「結果」を出させてくれていたからこそ、私は「結果にこだわらない」、という選択肢を持てたのかもしれません。

ーーーーー

“個性”とか、”その人らしさ”は、「結果」よりも「過程」に表れるように思います。そして、その「過程」が、”個性”を伸ばし、私たちの人生を豊かにしてくれる。

でも、過程が、個性が、そして、豊かさが、”いつ”結果に結びつくかは、分かりません。

もしかしたら、一生をかけても”間に合わない”かもしれません。

そして今、私は、「結果」にこだわりたいと思っています。

「結果」にこだわるというのは、”いつ”の期限を決める、ということ。

「結果」にこだわるというのは、失望する可能性がある、ということ。

「結果」にこだわるというのは、大きな達成感を得るチャンスである、ということ。

「結果」にこだわった挙句の”失敗”は、新たな「過程」の一部として、”いつか”の「結果」の素材として、回収することにします。

頑張る。やり切る。結果を出す。

後期も、頑張っていきましょう。

それでは、また。

バンパーレーン。

こんにちは、あこです。

あっという間に9月の中旬。いつものことながら、時の流れが速すぎて怖いです。

先日出かけた際には、ハロウィン道具が売っているお店を見かけました。

もうそんな時期なんですか?????

もはや、クリスマスが来そうで怖いです。(来ない)

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突然ですが、昨日手帳を買いました。

2023年度の、スケジュール帳です。

スケジュール帳って、なんだかワクワクしませんか?

私は、買ったばかりの真っ新なページに、学校の予定を書く瞬間が一番好きです。

でも、大学生って、あんまり行事がないんですよね。高校生の時は「定期テスト」とか「大掃除」とか色々書くことがあったのに。

私が大学生になってから書き込んだ学校の予定ベスト3は、

「補講日」「通常授業」「休講」

かも知れません(笑)

ーーーーー

私がスケジュール帳を使い始めたのは、恐らく中学2年生の時。

確か、星の王子さまのスケジュール帳でした。

スケジュール帳を買ったきっかけは、覚えていません。(つまりほぼ記憶にない)

もしかしたら、家族や友人が使っているのを見て「自分も欲しい」と思ったのかも知れません。

でも、”見た目重視”で買った手帳は、私には上手く使いこなせなくて。

中学の2年間は、”スケジュール帳迷子”でした。

しかし、高校生になる年の春。運命のスケジュール帳に出会います。

それは、EDiTの手帳!!!

EDiTは、株式会社マークスが「人生を編集する」をコンセプトに開発した手帳&ノートのブランドで、手帳のフォーマットとしては「1日1ページ」、「週間ノート」(ざっくり3分割バーチカル)、「週間バーチカル」、「週間レフト」の4種類があります。

それぞれの詳細・特徴はこちら(https://edit-marks.jp)を見ていただきたいのですが、とにかく、使いやすいんです。

私が思うEDiT手帳の良さは、「自由に使える。でも、使い方は丸投げされてない。」ってことです。

私は、縛りのない自由が苦手です。(長すぎる休暇とか、”自由”研究とか。)

なので、「あなたの自由に使ってください」「あなただけの手帳にしてください」系の手帳・ノートも、全然使いこなせません。

でも、「こうしなさい」「こう使いなさい」とガチガチに決められるのも、嫌。

縛られすぎるのも、放って置かれすぎるのも嫌な、ひねくれ者なのです。

EDiTは、そんなひねくれ者に優しい手帳です。

高校時代の私が愛用していたのは、EDiT「週間ノート」。これは手帳とノートの機能が1冊になったもので、手帳ページの上半分は大まかな3分割バーチカルになっています。私はそれを「学習系・委員会/部活・その他」に分けて使っていました。

EDiTのWebサイトにある「みんなの使い方」を見ると、この3分割を「午前・午後・夜」として予定を書いたり、趣味ごとに項目を分けて記録したり、「やること・確認事項・その他」として仕事内容をまとめたり、皆それぞれ。

中にはカラーペンやイラストで可愛く毎日を彩っている人たちもいて、尊敬が止まりません。

ということで、何が言いたいかというと、EDiTの手帳は”どんな人でも楽しめる手帳”だってこと。

創造的な人はもちろん、私のような創造性に乏しい人間まで、「書きたいな」「こうしたいな」と思える手帳なんです。(そしてそれを実現できる!)

言わば、EDiT手帳はボーリングの”ガターなしレーン”。(正式名称は”バンパーレーン”らしいです)

どんな人でも、ガターを気にせず楽しめます。

ありがとう、EDiT。来年度もよろしくね。

※因みに、今回購入したEDiT手帳2023は「週間ノート」ではなく「1日1ページ」です。1日1ページタイプを使うのは初めてなので、ワクワクです。2023年も良い年になりますように…..(気が早い)

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2022年になって、リーダーやそれに近い立場に就くことが多くなりました。

そして、小学校、中学校、高校、そして、大学と歳を重ねるにつれて、”リーダーなんだから完璧でいなきゃ”とか、”みんなを引っ張らなきゃ”とか、”みんなを動かさなきゃ”とか、変な「こだわり」を持つこともなくなっていきました。

周囲の人に信頼されて、いつも冷静で、みんなを引っ張るリーダー。

カリスマ性があって、人気者のリーダー。

優秀で、かっこいいリーダー。

憧れるけれど、自分には向いていない。

というか、できない。

「なんでやってくれないんだろう。」「なんでできないんだろう。」「この前教えたのに、なんで?」

ひたすら人に厳しくして、人にばっかり要求して、人を傷つけたこともありました。

だけど、20数年生きてきて、やっと、「自分が悪かった」と思えるようになりました。(遅)

本当に、分かりやすい説明だったか。

本当に、相談しやすい雰囲気を作ることができていたか。

本当に、自分ができることは全てやったか。

人に要求する前に自分のすべきことをするべきで、自分ができていないことを人に要求するべきではない。

当たり前のことなのに、私はすぐに忘れてしまいます。

私一人の力なんて、たかが知れています。

みんなが、それぞれの強み・良さを存分に発揮できるチームが、一番強いのです。

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私は、どんなリーダーになれるのか。 

そんなの全然分からないけれど、私はみんなのボールを落とさないリーダーでいたいです。

ボーリングで例えるなら、ガターを防ぐ”バンパー”みたいなリーダーに。

みんなが自分の力を一番発揮できる環境を作りたいと、思っています。

なんでもできる完璧な人がいないなら、なんにもできない人もいないはず。

全部が人より優れている人がいないなら、全部が人より劣っている人もいないはず。

今の私にできることは、みんなの力を借りることです。

憧れていた”リーダー”ではないけれど、頼り甲斐のないリーダーだけど、どうか、力を貸してください。

みんなを、そして、みんなの力を一番信じるリーダーに、私はなりたいのです。

それでは、また。

息切れしない。

こんにちは、あこです。

気付けば、8月の27日。バイト先の生徒たちは、明後日から学校が始まるそうです。

夏休みはどうだった?宿題は終わってる?と聞くと、

「宿題全部終わった!」「あと自由研究が残ってる!」「全然終わってない(笑)」

と、皆それぞれの返答が。

中には「統計の宿題が…」とか、「あとはグラフを作って印刷するだけ。」と答えた生徒もいて、「今の小学生はPCも使えちゃうのね!」と感心しまくりです。

時代は変わっていくものですね。

みんなの2学期が、素敵な日々でありますように。

先生はもう少し休ませてもらうね!(笑)

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世間的には(?)明日で夏休みも終了ということで、今回は”前期〜夏休みに食べて美味しかったものベスト3”を紹介しようと思います!

3位:開花亭 ミックスそば

長野県東御市常田にある開花亭は、焼きそばとワンタンのお店です。こちらは、夏休みの家族旅行で訪れました。

「焼きそば」と言えば、一般的には「ソースで絡めた麺」をイメージしますが、信州では「あんかけ焼きそば」が定番だそう。もちろん、開花亭の焼きそばも、「あんかけ」です。

主なメニューは以下の通りで、他にはセットが用意されているのみです。

・焼きそば(焼き麺に野菜あんかけ)

・揚げそば(揚げ麺に野菜あんかけ)

・ミックスそば(半焼き麺と半揚げ麺に野菜あんかけ)

・ワンタン

・ワンタン麺

私は「焼き麺」にするか「揚げ麺」にするか選び切れず、「ミックスそば」を選択しました。

お料理が出てきてまず驚いたのは、麺の繊細さです。上に乗っている錦糸卵くらい細くて、優しい甘さの”あん”とよく絡みました。

野菜がたっぷり入っていて、チャーシューに脂身がないせいか全体的にさっぱり。あっという間に完食してしまいました。(つまりすごく美味しい。)

こじんまりとしたお店ですが、静かで落ち着いた雰囲気で、なんだか懐かしいような気持ちになりました。

空間もお料理も、最高でした!

ーーーーー

2位:銀座ベーカリー カステラビスケットサンド

こちらは、6月に百貨店の催事で出会いました。

もともとTVか雑誌で見て「これ美味しそう!」とチェックしていたのですが、お店が家から遠く、かつ賞味期限が非常に短い(30分以内を推奨)ため、「いつか友達と銀座方面へ行った時にイートインでいただこう」と思っていました。

しかし!

隣町の百貨店の催事のお知らせを見ていたら、「銀座ベーカリー カステラビスケットサンド」の文字を発見。

これは、いくっきゃない。

結局、催事の初日&開店と(ほぼ)同時に買いに行きました。

急いで家に帰って母といただきましたが、1口目から2人で感動。

しっとりとした厚めの生地と、きめ細かくてさっぱりとした生クリームが絶妙で、とにかく美味しかったです。

ちなみに、「銀座ベーカリー」は”たべっ子どうぶつ”や”アスパラガスビスケット”で知られる「ギンビス」が運営しています。今回は催事での購入でしたが、いつかカフェにも足を運んでみたいと思います。

その時は、悩んだ挙句に購入を見送った「Gスティック」(発売当初のレシピを再現したアスパラガスビスケット)も、絶対買います。もちろん、カステラビスケットサンドも。

ほんっとうに美味しいので、みなさんも是非、ご賞味あれ!

1位:鳥藤分店 究極の親子丼

これは、堂々の1位です。この親子丼を食べた時の衝撃ったら。もう、言葉にできないんです。

「何か面白い番組ないかな〜」とTVerでポチポチしていた時、シソンヌの長谷川さんとなにわ男子の大橋くんが出演している「黄金の定食」を見つけました。

「なんか美味しそう〜」と何気なく見始めた番組でしたが、2人があまりにも美味しそうに食べるので、私も食べたくなりました。

築地だし、あんまり家から遠くない。

あの子なら、付き合ってくれるかも。

よし、声をかけよう。

光の速さで友人を誘って次の週にはお店を訪れました。

そしていよいよ親子丼が目の前に。

一口食べたら、時が止まりました。

鶏肉のジューシーさ、卵の半熟加減、ガッツリ濃いのにしつこくない味付け。

衝撃が大きすぎて、何が何だかわからなくなりました。

びっくりするくらい、美味しいんです。

食に興味のない友人が、

「めっちゃ美味しい。今年食べたものの中で、1番美味しいかも。」と言うくらいに。

あまりに美味しかったので、

「親子丼、めっちゃ美味しかった。これは絶対食べるべきだから、一緒に行こう。で、いつ空いてる?」

と圧強めに母を誘い、1ヶ月後にまた足を運びました。

2度目でも、やっぱり美味しい。

言葉では表せないくらい美味しいので、是非皆さんにも実際に食べてもらいたいです。

私は、夏が明けたら祖父母を誘ってまた行こうと思っています。

「親子丼 しお」「親子カレー」「しゃも親子丼」など、他にも気になるメニューがたくさんあるので、次回は何を食べようか、今からすごく迷います!(笑)

*****

4月から8月まで、学校でもそれ以外でも、走り抜けてきました。

履修している授業数は1、2年生の時に比べて圧倒的に少ないのに、なぜかすっごい慌ただしくて。

きっと、後期もそうなのだと思います。

委員会、卒論、アルバイト、そして、就活。

もしかしたら、前期よりも余裕がなくなってしまうかもしれません。

でも、半年間過ごしてみて感じたのは、「万全の状態で挑めることなんてほとんどない」ってことです。

「今日は〇〇を終わらせよう」「○月△日までに□□をしよう」「今日はこれと、それと、あれを完璧にしよう」

計画を立てても、全てがその通りに進むわけではないし、かなりの確率で思いがけない”何か”が起こります。

最初は歩いていたつもりなのに、いつの間にかジョギングをしていて、気づいたら全力疾走だったこともしばしば。

だけれど、息切れ状態でも、やらなくてはならないことはやらないといけないし、息が整うのを、環境が整うのを待っていても、”その時”は永遠に来ません。

万全の状態で何かに挑めることなんてほとんどないのだから、その時の状態でベストを尽くして成果を出せるように、頑張りたいです。

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目の前のことに精一杯すぎて、何も成し遂げられなかった3年前期だと自己嫌悪していたけれど、たくさんの美味しいものに出会っていました。そして、その「美味しいもの」の側には友人や家族と笑い合った時間があって、楽しい「思い出」がありました。

楽しかったことや嬉しかったことはすぐに忘れ去って、「もうだめだ」と思ってしまいがちな”過去”だったけど、現実は思っているよりも”良い”ことが多い。かもしれない。

“良い”思い出を忘れずに、9月以降も頑張っていきたいです。

それでは、また。

愛を込めて。

こんにちは、あこです。

先日、家族旅行に行ってきました。

避暑地として有名な軽井沢を訪れたのですが、やはりそれなりに暑かったです。

ですが久しぶりに緑に囲まれて、ゆっくり過ごすことができました!

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思い返せば、家族で軽井沢を訪れるのは3回目。(学校行事を含めると5回目)

旧軽井沢銀座通りはもちろん、旧三笠ホテルや万平ホテル、軽井沢高原教会、軽井沢タリアセン、軽井沢絵本の森美術館、室生犀星記念館、ハルニレテラス、ミカド珈琲、軽井沢アイスパーク、白糸の滝、雲場池……

観光スポットは今までにかなり巡ったので、今回は軽井沢を拠点として少し遠出(?)しました。

印象的だったのは、信州上田の”稲倉の棚田”です。天候にも恵まれ、稲の深い緑と真っ青な空のコントラストは感動的な美しさでした。それに、空き缶で作った提灯や、前日のお祭りで使用したという松明、手書きのオーナー表(?)などが置かれていて、人の温もりや優しさを感じることもできました。

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そもそも棚田とは、山の斜面や谷間などの傾斜地に階段状に作られている水田を指し、日本にある約250万haの水田のうち、約22万ha(=約8%)が棚田だといわれています。

しかし、棚田は一枚一枚の面積が小さく、傾斜地で労力がかかるため、中山間地域の過疎・高齢化にともなって1970年代頃から減反政策の対象として耕作放棄され始め、今では40%以上の棚田が消えています。

そんな中、1995年には中山間地域の喫緊の課題解決(担い手不足や耕作放棄等)を目的として「第1回全国棚田(千枚田)サミット」が開催され、1999年には、棚田の保全や、保全のための整備活動を推進し、農業農村に対する理解を深めることを目的とした「日本の棚田百選」が農林水産省によって選定されました。

これらを契機として、「日本のピラミッド」や「農民労働の記念碑」ともいわれる棚田の”歴史的文化遺産”としての評価が高まり、日本の原風景として、全国的な保全活動が行われるようになりました。(※参考:特定非営利活動法人 棚田ネットワークHP https://tanada.or.jp/tanadadate/whatstanada/

そしてそれは稲倉の棚田も例外ではなく、年会費の支払いによって棚田での農業体験・収穫した棚田米の受け取りが可能な”棚田米オーナー制度”や体験学習の受け入れに加え、農閑期の田んぼでテントを張り、満天の星の下でキャンプをする”棚田CAMP”や、水を張った田んぼの中でのかけっこやロープ相撲、つまり「どろんこ遊び」で代掻きをする”泥んこASOBI “、五穀豊穣と獣害低減を願うお祭りである”ししおどし”、オープン軽トラやドローンを利用した”棚田ガイド”など、他にない観光アクティビティが展開されています。

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実際に棚田を見たり、稲倉の棚田の取り組みを調べたりして感じたのは、”後世につなぐ”ことの大切さと難しさです。

例えば、今回訪れた”稲倉の棚田”の起源は6世紀から7世紀頃ではないかと言われており、1500年という長い間、人々に受け継がれてきた場所でした。

そして棚田に限らず、昔(といってもだいぶ時代の幅はありますが。)から今に至るまで、誰かから誰かへ、誰かの手によって守られながら継承されてきたものは世界中に溢れています。もちろん、文学作品も然り。

これらは「伝統」とも表され、守るべき・継承すべきものとして捉えられがちですが、実際にその「伝統」を目にすると、「伝統」という言葉や「〜べき」という言葉には違和感を覚えます。そして、当事者と第三者の意識の違いを突きつけられ、自身がその「伝統」に対して、”第三者”として接していることに気づかされます。

“当事者”は、”当事者”意識を持って「伝統」と向き合っている人々は、それらを「守りたい」と思っています。誰かに「伝えたい」、後世に「つなぎたい」と。そしてその根底には、その「伝統」に対する”愛”があり、だからこそ「後世へつなぐんだ」という”使命感”を持っているのだと、思います。

しかし、”当事者”でない人は、”第三者”としてその「伝統」に接している人は、何よりも先に「伝統だから後世につなぐべきなんだ」と考えます。「つなぐべきだ」という”義務感”を抱きながら、「伝統」と向き合っているのです。

もちろん、私たちの周囲にはたくさんの”つながれてきたもの”があって、全てのものに対して”第三者”として接している訳ではないでしょう。

だけれど、たくさんの「伝統」の中で、私が、私たちが、”当事者”として向き合っているものは、どれくらいあるのでしょうか。

「伝統=継承すべきもの」

この公式の頭には、ほとんどの場合、「誰かが」がつくでしょう。

伝統=「誰かが」、継承すべきもの。

「継承したい」と思う”当事者”と、「継承すべき」と考える”第三者”の間には、大きな隔たりがあるのです。

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昔から伝えられてきたものには、たくさんの人の”愛”が込められています。「伝えたい」「つなぎたい」という想いを発信する側と、享受する側と、二つの”愛”が重なり続けて、現在に至るまでつながれてきました。

問題なのは、考えるべきことは、「いかにつなぐべきか」ではなく、「伝えたい」「つなぎたい」と思っている人と、「教わりたい」「自分がバトンを受け取りたい」と思っている人がいるのに、何らかの理由(代表的なものは経済的な事由)によって「つなげない」という状況にあるもの・人がいるということ。

今回の旅行を通じて、”つなげる”ことや”継承する”ことについて、考え直すことができました。

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何もかもを、そのままに後世へつなげるということには、何の意味もありません。今の段階で、私たちの世代で変えるべきこともたくさんあります。変えていくことも、変えないことも、どちらも同じくらい大事なことです。(それに、”つながれてきた”ものだって、不変ではありません。大事なこと・核は変えずに、しかし外側はしなやかに、柔軟に変えながら”つながれてきた”ものがほとんどなのです。)

“変えるべきもの”と”変えざるべきもの”は、本当は少ししかないのかもしれません。「〜べき」と思うのはきっと思い込みで、「〜たい」と思うのが、良い選択なのではないでしょうか。

「〜たい」の想いのもと、本当に「〜たい」のは何かを見極め、その周りをほんの少しだけ変えてあげれば、生きやすくなるのだと思います。

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「昔の方が良かった」なんて言葉があるけれど、私はそんなことは言いたくない。

自分が歳を重ねた時、「こんなに社会は・時代は良くなったんだよ」と小さい子たちに言いたい。

だけれど、その一方で、社会・時代・環境の「良くない部分」に”気がつける”自分でいたいとも思う。

「良くない部分」によって苦しんでいる・悲しんでいる存在に気が付き、「良くない部分」を変えられる自分でいたいと思う。

“つなぐ”ことは、優しくて、暖かくて、難しい。

それでは、また。

焦らずに、だが休まずに。

こんにちは、あこです。

先日、パソコンが壊れました。前触れもなく、スンって。

当日中の課題を出して、「よし休憩。充電しよ〜」と、パソコンを充電していただけなんです。

まさか、2度と立ち上がらなくなるなんて。データが全て吹っ飛ぶなんて。

手をつけていた期末課題はOneDriveに保存していたのでなんとかなったのですが、それ以外のデータはsayonaraでした…..

まあでも、卒論データが吹っ飛ぶよりはマシだし、作成中の期末課題データは残っていたのは不幸中の幸いだよね、うん。と、自分を慰めながら今に至ります。

みなさんも、PC故障にはくれぐれもお気をつけください。故障自体は予測できないですが、日頃からバックアップを取るとか、データはクラウドに預けるとか、二次災害(データ喪失)を防ぐための取り組みは、本当に本当に大事です!!!

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今年の夏休みは、予定が詰め詰めです。なぜなら、アルバイト先の塾の夏期講習が7月末から本格的に始まるからです。昨年の10月にアルバイトを始めた私にとって初めての夏期講習なのですが、夏期講習ってこんなに忙しいんですね。生徒が勉強や塾を嫌いにならないように気をつけながら、しっかり勉強させたいと思います!(笑)

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本当は、この夏は複数のインターンシップに参加するつもりでした。ですが、落ちに落ちまくり。

メンタル的にも、落ち込むどころじゃなかったです。

ただただ”焦り”しかなくて、最初は本当に興味がある業界・企業に送っていたESも、次第に興味がない・研究していない企業にまで送るようになりました。

「どうせまた落ちるんだ。」

投げやりでした。

「こんなんじゃ受かるはずない。」

分かっていました。

6月には、初めて、学校の授業の課題を出し忘れました。

ESを書いている途中に受付終了のメールが来て、呆然としました。

アルバイトでも、成果が出ませんでした。

学びも、就活も、アルバイトも、全てが中途半端で、どれも結果を出せなくて、そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくて。

因みに、インターンシップの結果は惨敗。

「このままじゃ、ESを出すことが目的になってて意味がない。」

やっとそう思えて、今更ながら自己分析に励んでいます。

自分はどんな人になりたいのか、何を手に入れたいのか、社会に与えたい影響は何か。

本当に基礎の基礎から、自分と向き合うことにしました。志望動機とか、ガクチカとか、自分の強み・弱みとか、そういった問いに対する答えには程遠いけれど、今の段階でそれらを書いても薄っぺらいESしか生み出せません。

近道を進めないのは、遠回りするのは、いつものことです。

自分の「本音」は何なのか、きちんと向き合って、再スタートを切りたいと思います。

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思えば、私は「本音」を見つけるのが下手でした。

高校生の時、古典の先生の元へよく質問に行っていました。

すると、何度目かの時に、先生から「あこさんは古典が好きなんですか?」と聞かれました。

「え…….?」

「多分、好き?…だと思います…..ケド…..???」

正直動揺していて自分がどのように答えたのか覚えていないのですが、きっとこんな感じだったと思います。

それまで、好きな授業は?と聞かれたら、国語や社会だと答えていました。

もちろん、嘘ではありません。

本を読むのも、友達と意見交換するのも、歴史上の人物の家系図を辿るのも、楽しかったから。

でも、「本当に好きなの?」「本当に好きなものは何なの?」と聞かれたら、自信を持って答えられる答えは持ち合わせていませんでした。

「好き」という言葉には、「詳しい」とか、「得意」という意味も含まれるような気がしていたから、「私はこれが好き」と答えるのは、怖かったのです。

そして、そういう問いから逃げていたら、いつの間にか「好きなものがない」状態になっていました。

そんな時、先生から「あこさんは古典が好きなんですか?」と聞かれました。

「好きか嫌いかって言われたら絶対に嫌いなわけないけど、本当に”好き”なのかな?」

「”好き”って言えるレベルなのかな?」

「”好き”って答えて良いのかな?」

色んな想いがぶわあぁぁっと頭の中を駆け抜けて、一瞬頭が真っ白になりました。それでも、聞こえてきた自分の答えは「好き」でした。

自信を持って言えた「好き」ではないけれど、だいぶ動揺していたけれど、「多分」「だと思う」「けど」という、曖昧な答え方だったけれど、「好き」という言葉は、自分に自信を与えてくれました。

私は、古典が好きだったんだ。

自信があるから「好き」なのではなくて、「好き」だから自信を持てるのかもしれません。

その時は知識がなくても、もっとそのことを”好き”な人がいても、得意じゃなくても、良い。

「好き」の同義は「得意」とか「詳しい」ではなく、「知りたい」「詳しくなりたい」「学びたい」なのだと思います。

「古典が好きなんですか?」という先生の言葉は、私の心にまっすぐ刺さって、「好き」を思い出し、考え直す契機になりました。

そして、その時の言葉があったからこそ、私は日文に進学したのだと思います。

やっと見つけた「好きなもの」だから、「好き」を思い出させてくれたのは古典だったから、大切にしたかった。

多分、きっと、絶対、日文への進学の決め手は、「好きだから」。

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自分の進路に悩む今、当時のことをよく思い出します。

この話を母にした際に、「あなたが古典を好きなんて知ってたけど?」と言われたことも。

どうやら、私が古典を好きなことに気が付いたのは、私が最後だったようです。

大して知識がないから。もっと好きな人がいるから。もっと才能がある人がいるから。

私の本音の周りには、たくさんの言い訳と弱さで溢れています。

でも、すっごく見えにくいけれど、「本音」が、「好きなもの」が、「やりたいこと」が、ないわけではない。

根気よく自分と向き合って、自分の”本音”を見つけ出したいと思います。

それでは、また。