ご無沙汰しております、みちるです。
風も布団も日射も人も、暑いんです。
「暑いと言うなら離れてくれないか」
君があっちへ行きなさいよ。
こんな夜に限って我が家にはアイスクリームのひとつもありませんから、気狂いじみた強さの冷房が提供する寒冷に身を任せ、こうして手紙をしたためるほかないのであります。
先日とある教職科目にて15分間の模擬授業グループ演習を無事に終えました。発表時、プロジェクターに自班のスライドを表示すべく自分のmanaba(※授業情報や課題提出ができるシステム)にアクセスしたところ[未提出の課題一覧]がスクリーンを通して全受講生(と教職のE本先生)のまなざしに晒されました。正直ビビったね。
―このくらい書けば以降の文章はTwitterの宣伝画像に載らないだろうか。策略策略。
一つあなたに謝らねばならないことがあります。というのもここからはあなたへ宛てたいつもの手紙でなく、ただ私の愛する誰かのことを綴る積もりだからです。数日前からそうと決めていたのです。
身勝手でごめんなさい、でもあなたがお読みになって下さるというのならそれはそれで喜ばしいこと。ここはそういうところですから。
(間奏)
「おれのこの顔が良いんでしょう、それだけなんでしょう」
少し前、眉を顰め躰を震わせながら君が言った。この人類は何にも分かっちゃいないなと思ったけれど、盲目は間違いなく私のほうだ。私の想いも、君の変わらないもの―君が「変わらない」と言うものではなく―についての直観も、火のように移るには尚早だった。
私は君を愛していることを声高に叫ぶだけじゃなく君の何をどうして愛しているのか、唇同士が触れ合うんじゃないかというほど近い距離で、出来る限り新鮮な私による言葉で伝えなければならなかったし、今は君が許す限りそうしたいと思うんだ。
過去も未来もありはしない。
ここに、私に与えられているのはつねに過去と未来の拡がりのうちにあられる「今」だけです。
しかし私はどうにも視野が狭くて、「今」をまるで或る一点のようにしか見ることができない生きものであった。今再び目が覚めなくても構わないと思いながら眠る夜を繰り返した。
あなたのことも人類のことも皆愛していたけれど、それでも”人類と共に生きる幸せな未来”に私がいるところは今よりもずっと想像し難かった。
だけど今、君が生きていることが嬉しくて仕方ない。
君の大人びているようで幼いところ、貴重な笑顔や口癖、感情の発露が私は嬉しい。自転車を引く猫背も、部屋の模様替えにしっかり失敗するところも、君が自分の話をしてくれるのも、いつか私が買ってきた白い薔薇の亡骸をどうするか迷って中々捨てられずにいるところも―これは涙滲むほど眩しい36度の光の現前にほかならない。
私の内的な部分が君の生に頷いて、よく反応している。どう転んでも私は君のことが好きなんだろうと思う。
人類史の上ではつい最近案出されたあの素朴で貧乏性な「幸福」とやらに私は共鳴できない。それが「まだ」なのか「ずっと」なのかは知らないけれど、それでもこうして君のこと(と私のこと)を書いている。幸福や快楽の原理に依存するのではなく、きわめて必然的な愛の原理によって。
私は君の持続を望む。
一瞬先も変わらず君に生きていて欲しい。君のドジや選択、気の抜けた返事やギャグへの採点、悲しみや願わくば喜びもが更新されてくれと願ってやまないのです。
そうして君の持続を望むとき、私は私の持続を望んでいる。暗闇で何も見えなくとも、私は拡がりの中にあるのだとわかる。
未来のない私が明日再び目覚めることを信じ願うのは「君」がいるからだ。「君」が他でもない君でなければならないのは、私が君を愛しているからだ。
まじめになったら君をまた遠くに感じてしまうかもしれない。けれどそのたび、重力に嫌われる私ごときが君を引き寄せよう。
―流れる雲を追い抜いて君の家へ向かうとき、指をもつれさせながら連絡を返すとき、そのように決めているのよ。
文章を拵えているうちに夜になってしまいました。
夜。夜の表象。
手を引かれて赤信号の小路を渡る。君の少し頼りない背中を見つめると、次の瞬間にはさっきの自動車が君を轢いて帰ってしまうんじゃないかと不安で内臓がきゅっと持ち上がる。鮮血と白肌のコントラストを抱きかかえて「誰か、誰か」と叫んでも、この私の声に誰が振り向き立ち止まるでしょうか。
来たる夏の夜。無力な私の斯くもかなしい表象は、金魚が腹を天に向けるほどの痛ましい暴力である。これじゃあだめだ。
「笑えなきゃダメだ」
これは君の暴力だけど、好い暴力だ。さっきの金魚も半回転して再び泳ぎ出すほど素敵な力。
憂鬱な梅雨の夜。君にも宛てる生への祝福と暴力の本文は屹度、君とあなた、そして私の笑いのために。
愛しています、人類。
またお手紙書きますね、大好きです。 みちる
