合唱(女優タイム)

こんばんは。れいかです。

昨日、今日とサークルのオリエンテーションで大学に行ってきました!!
参加した新入生や上級生はお疲れ様でした。
来てくださった方、ありがとうございます!

久しぶりのキャンパスは違う大学みたいでした。
百二十年館。
SNSで写真は見ていましたが、実際に見るとやっぱり違いました。
吹き抜けが素敵で、地下の椅子が太陽に照らされている様子はまるでショッピングモールのような空間!
まだ建物の中は入っていないので、早く見てみたいです。

本題に行きます。2日間のオリエンテーション。
全然人が来なかったらどうしよう…と心配もありましたが、皆で工夫して協力した甲斐があり、多くの1,2年生に演奏を聴いて頂き、説明会に足を運んでもらうことができました!

コルメロは香雪館の入り口の教室だったので、百年館~香雪館までの通路で呼び込みをしつつ、教室では履修相談やサークル説明。
1日2回、15分ほどのミニコンサートをしました。
呼び込みの間に高校の時の後輩や友人、学科の同級生に会えたのがとても嬉しかったです!
1年ぶりに会う人もたくさんいて、いろんな感動の再会を果たしました(笑)

2019年4月6日、1年生の時に一緒に目白キャンパスの新歓を回ってくれた子がいて、彼女は西生田キャンパスかつ別のサークルだったため会えず仕舞いだったのですが、2年越しに会うことができて感慨深かったです。
そして、同じ場所でお互いそれぞれのサークルの宣伝をしているのがいいな~と思いました。


オリエンのメインはミニコンサート。
純粋に楽しかったです。
前回のブログでは対面合唱が楽しい!と書きました。
今回はお客さんの前で歌えて、この空間が最高に好きだなと思いました。
そして懐かしい感覚でもありました。

お客さんの前で演奏する。
今まで当たり前のようにしてきたことが叶わない一年間を過ごしたからこそ、肉声で一緒に歌える喜び、そして歌を届けたい存在が目の前にいてくれることの嬉しさがより大きくなりました。
アドレナリンマックスで、マスクをしていても伝わる笑顔で歌えたんじゃないかなと思います。

私は中学のミュージカルクラブで、お客さんの前でパフォーマンスする楽しさを全身で感じてから、舞台での発表が好きになりました。
それ以前は小学4年生までピアノを習っていて、ホールで弾く機会はありましたが、お辞儀をする時しかお客さんが視界に入らないので、正直そこまで興奮はしなくて…。

ミュージカルや合唱を通して表現することに対して貪欲になった気がします。
特に高校の合唱は全国大会を目指してコンクールに向けた練習をする日々。
先生にはテクニックも教えて頂きましたが、それ以上に何を伝えたいのか、言葉を語ることの重要性を諭されました。
大会シーズンは月に1~2回大きなホールで演奏する機会があり、校内の大ホール練習もあったので、小さな場所で留まらない音楽を作ろうと必死でした。


今日のオリエンテーションは香雪館の教室で、他団体と教室を半分にして使いました。
決して広くはない空間。
ソプラノ5人、アルト5人。お客さんは多い時で25名ほど。
それでも、音楽に対する気持ちはあの時と変わらず強くありました。
人数が少なくても、アカペラでも、お客さんがいる時にしか生まれない特別な空気感が何にも代えがたいなと思います。
目を見るだけで心から聴いてくれているのが伝わって、手拍子をしてくれるのも本当に嬉しくて…。


余計なことを考えずにのびのびと歌うことができて、きっと「歌うモードの自分」になっているのだなと感じました。
普段日常生活を送っている「れいか」とは少し違う、歌っている時限定の自分。
私は久しぶりにその自分を感じて、懐かしい気持ちになったのだと思います。


歌に限らず、きっといろんな自分がいますよね。
バイトとか人前で話すときとか。
最近は些細なことで落ち込むことが多かったのですが(新学期あるある)、もしかしたらあらゆることに対して素で臨んでいたからかも(?)と少し思いました。
楽しく歌っている時のようにモードを意識して、ここぞという場面は女優になった気分で行動したいと思います!

3年生最初のブログ、不思議な誓いで終わってしまって心配です…。
たくさん歩いた2日間だったので、しっかり寝たいと思います。
それでは、また。

記憶色

こんにちは、もこです。

故郷を離れました。

東京には空がないという高村智恵子の言葉が、私にはよく分かります。ビルや木々の隙間から見る空は、空ではありません。上を見上げずとも、私を囲むように広がっているこの青こそが、空なのです。
故郷の空は、いつも低いところにありました。

雑司ヶ谷墓地へ行きました。
文豪たちのお墓を探してうろうろしていると、よかったら案内しましょうか、と好好爺に声をかけてもらった。最近は若い女性がいらっしゃることが多いので、よく案内するんですよ、と言う老人の言葉に、訛りは一切ない。
私の年齢も大学も住まいも何も聞かず、淡々と案内だけをする男性の姿に、私は江戸らしさを感じました。

東京には灰色のイメージがありますか?
東京はカラフルでとても素敵です。

1週間のうち、対面授業はたった100分。残り1200分ほどのオンライン授業を受けるには、下宿先という環境は適していません。
ネット環境はいいとは言えず、友人との通話では何度もかけ直す必要があります。壁は厚くないので大声で話すわけにもいかず、双方向の演習授業は不安だらけです。
東京に来てよかったとは、あまり思えないのが現状です。

それでも、東京でしかできない経験をする度に、少しずつ気持ちが変わっていくものなのでしょう。
上野公園の桜を見た時、永井荷風のお墓の前に立った時、高層マンションから漏れる無数の光を見た時。心が跳ねる瞬間はまだ、思いつく限り3つしかありませんが、これが4つ5つ、10、20…数えきれないくらいに増えた時、私は東京に来てよかったと思えているかもしれません。その時、私はどんな私になっているのでしょう。

もうちょっと、東京で頑張ってみようと思います。

きおく-しょく【記憶色】
多くの人が、ある対象の色の印象として記憶している色。

実際の色とは異なる場合がある。

(デジタル大辞泉)

仮説を立てる話

こんにちは、まなです。
新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。今までの環境からガラリと変わり、不安に思うことも多くあるでしょう。そんな時は、恥ずかしがらず、真っ先に周りの人に聞いてみることをおすすめします。頭の中で考え続けるよりも、口に出すと問題点を整理できるようになる、かもしれません。「すぐに聞ける人がいない!」という方は、ぜひブログ部Twitter(@jwu_jp_blog)からマシュマロで質問してみてはいかがでしょうか。

さて、近頃咲いた桜も盛りを少し過ぎてしまいましたが、先日、近所の桜も満開になり、時折自分と同じように、思わず立ち止まって桜を眺める人もいました。ただ、その桜は寺院墓地の中央に鎮座しているため、綺麗なのに何だか薄気味悪さも感じてしまいます。梶井基次郎の『桜の樹の下には』の冒頭文、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」というフレーズは有名ですね。「美しいものには何か裏がある」という考え方は自分の中でしっくりきます。

ある女性歌手の歌を友人と聴いた際、私はあまりの歌声の美しさに感動し、「この歌手はまるで命を削っているように歌うよね」と友人に伝えました。しかし、友人は「いやいや、この歌手神様に愛されまくってるし、何なら実は1000年くらい生きてるでしょ」と真逆の感想を持ったようで、その時、人の才能に対してそれが、「何らかの〈代償〉を払って得たもの」か、または「(恩寵や長寿などの)理を超越した末に得たもの」かの2種類に分かれるのではないか、という持論にたどり着きました。みなさんはどうでしょう。この2つとは別の感想を持つ方もいるでしょう。ただ、この考え方の違いはとても不思議で面白いと感じたのです。私は、「何かを得るためなら、それと同等の何かを犠牲にしないといけない」とどこかで考えているようで、友人は「同じ人間とは思えない才能を持っているならば、きっとその人はやはり人間ではない何かなのだろう」と考える、という傾向があるようです。この現象は、恐らく自己形成の時期に触れた小説や映画などの作品が影響しているのではないかなと推測しています。現に私は「犠牲」が出る多数の作品に触れてきたものでして…。

以上、私の仮説を立ててみましたが…根拠も何もないのでどこか指摘されたら多分ガラガラに崩れ落ちます。こういう議論って他にもあるのでしょうか。書いていたら気になってきたので探してみます!

それではこの辺で。花粉症が一刻も早く治りますように。

はじまりのお話。

こんばんは。みずほです。
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
これから始まる大学生活にどきどきわくわくしていらっしゃることでしょう。

昨日は新入生オリエンテーションでしたね。薄々お気づきの方もいるかもしいれません。
そうです。私が昨日しゃべってた中の人です。

実を言うと昨日のオリエンテーション結構不安でした。
いつも3日間で行っている内容を3時間に収めなければならず、PowerPointも駆使し、ヒィヒィ言いながら準備していたからです。時間通りに進行できるかが一番の悩みでしたが私の心配も杞憂に終わりましたね。
なんと驚きの1時間巻き。すべて新入生の皆さんのおかげです。
休憩時間の終わりには、こちらが声をかけずとも皆さんおしゃべりを止め、席について準備してくださいました。そのお姿を見て「今年の一年生はなんて素敵な人たちなの……」と感動してしまったくらいです。

5日から始まる履修登録に向けて、これから皆さんそれぞれが履修を組んでいくことになると思います。
とは言え、説明を聞いただけではわからないことがほとんどですよね。(私も一年次はさっぱりでした。)実際に時間割を組んでみて不安なことがあれば、5日の履修相談もぜひご活用ください。みずほ(外の人)も出動しています。

思えば一年次はとにかく必修の課題とバトるのに必死だったなという印象です。
バイトも習い事も国文学会委員も教職もオタ活も全部頑張っていて、今の私からすると「どこにそんな体力あったん?」という感じ。たまに課題に病んでダウンしたこともあったけど、二年の時に比べればかなり優等生でした。

二年はね、始めの頃はよかったんです。6月あたりから雲行きが怪しくなり、夏休みから本格的に廃人になっていました。それを表に出すわけにもいかないからいつも通りに過ごしていて。でも心許した友人たちには甘えまくって、いろんな意味で助けてもらっていました。多分病院行くべきだったんだろうな…と今は反省しています。

三年次。。。あったっけ???うん。なかった。国文学会に身を捧げた1年でしたね。おかげでタイピングが少し早くなりました。あとは、もっといっぱい友達と遊びたかったな、、、推しのライブにも行きたかった(泣)

四年次の記憶はどんな色に染まるでしょうか。楽しい思い出にあふれる日々を期待していますが、既にグレーで始まっているので何とも言えません。卒業の時、胸を張って「いい4年間だった」と言える記憶を残していきたいです。

ブログ部員としても最後の一年。自分なりに考えた結果、一年を通して何か残したいと思い立ち創作に挑戦してみることにしました。私はもともと何かを続けることが苦手です。義務感がとても嫌いで。(ドラマとか基本見れないタイプ)でもまあ、継続は力なり。まずはやってみることにします。続かなければその時はその時。フェードアウトしても「あ、続かなかったんだな」くらいに思ってもらえれば。プロットも何も考えてない見切り発車。卒業までに終わるかも微妙。しかしそれもまた一興。どんなお話が出来上がるのか、私自身も読者として楽しもうと思います。

それでは、また次のブログでお会いしましょう。
おやすみなさい。良い夢を。

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息を吸い込んで、春の匂いを身体いっぱいに広げる。
あと何度、この味を知ることができるだろう。
あと何度、この味を思い出すことができるだろう。
私はいまから、ここを離れる者だ。

振り返れば短かったような長かったような、それでもやっぱり短かった。4年という月日が何を残したのか、まだはっきりとはわからないけれど、いまの私にとっては不確定な未来を思うより、重ねてきた人生を見つめることに意味がある。
これは私という人間にとって最後の一年の記録。

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「学校ってこんなに遠かったっけ」

電車に詰め込まれただけで疲弊してしまったことに、体力の衰えを感じた。
あることに慣れたころには新しい何かがやってくる。それが生活の当たり前でその繰り返しの中に生きてきたはずなのに。私は慣れることに慣れていないから。自分でも知らない間に享受してしまうから。

そういえば、いつもあの席にいたおじさんがいない。角に立っていた高校生も、端に座っていたママさんも、みんなみんないなくなってしまった。
ーーーやっぱり慣れない。時間がみんなを連れて行ってしまったんだ。

それに気づいた瞬間、世界から切り離されて私はひとりになっていた。

時間って残酷。待って、と思っても止まってくれない。
足踏みの間にも過ぎ去って、いつの間にか走らされてる。
時間はみんなを走らせてどこに向かうのかな。走った先のゴールってどこにあるんだろう。
せめてゴールくらいは自分で決められるように。
時間の意志より先にゴールにたどり着けるように。

だから明日はいつもより早い電車に乗るんだ。

ある街の、風の響きと香りと


山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く 三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる
小さなアワも恋のように消えていった

松任谷由実「海を見ていた午後」(作詞・作曲 荒井由実)より

みなさんは、好きな街はありますか?
私は、ずっと住んでいるこの街が一番ですが、今まで訪れた中で気に入った街がいくつもありました。
その一つが、横浜です。
「異国情緒」と言ってしまえばそれまでだけど、爽やかな風と海の香り、舶来品を模して作られたお土産、美味しい中華。都会的なのに、どこかあたたかさがある街。
「山手のドルフィン」は、横浜に実在するお店なんですって。
斜めに入る日の光に照らされる、ソーダ水の儚い泡。
あまりにもキラキラした景色に余計に悲しくなってしまって…。


夜、赤レンガ倉庫にあるお店で飲んだシャンパン。窓から見える客船のぼうっとした光。
12月、クリスマスマーケットに並ぶかわいいオーナメント。
ビルや遊園地の光の隣に広がる、海の神秘的な暗さ。
幸せを味わうには美しすぎて、切ない街。


先日、予定があり六本木に行きました。ずっと東京に住んでいる私ですが、今まであまり六本木という街にご縁がなく、ほとんど行ったことがありませんでした。
帰り、少し時間があったので、東京ミッドタウンに寄ってお買い物をして、ささやかながら友人の誕生日プレゼントを購入。久しぶりに知らない街に行き、同じお店でもいつもともは少し違って特別に見えました。
ミッドタウンには1階から3階まで、吹き抜けになっていて大きな窓があるんです。解放感があって、時間がゆっくりと流れる気がしました。
東京には、同じ「都会」と呼ばれる街が多くありますが、その街ごとに吹く風の響きと香りが少しずつ違っていて、いろいろな街に行く度、とても感動してしまうことがあるんです。去年、家の机の前に座り続けていた時、ふと外に出たら、こんなにも人々は動いて、社会はこうして回っているんだ、と切ない気持ちになった時があって。
自粛している時、家が全ての世界になりかけていた私にとって、新鮮に映った景色でした。

いよいよ4年生。今までの3年間、思えば全力投球の学生生活を送ってきたと思います。
先日のブログで、「私は自己肯定に片足突っ込んでいる」みたいな表現をしたのですが、良い意味で自己肯定感とか、自分に対しての満足感が高まって、安定してきたのは最近のことです。私は、小さいころから強迫観念が強かったので、「こうしなければならない」となってしまうことが多く、だからこそ出来たこともたくさんあったのですが、いつも自分が苦しくなってしまっていました。
大学生になり、今までよりずっと自由になり、自分の取りたい授業を取り、一人でいられる時間が増えて、
バイトもして、自分の好きなものにお金と時間をさけるようになって、
本当に自分のことを自然に認められて、自分を誇りに思える時が増えました。そして、自分を表現することがとても好きになりました。今でも、なんで私はこうなんだろう…と考えてしまう時も多いし、コロナウイルスが流行した去年1年間はいろんな意味で大変でしたが、大学生になって本当に生きやすくなりました。
大学に入学した皆さんにも、色々な不安があると思います。その中には、自分一人で抱えているものもあるはずです。けれども、大学は思っている以上に自由な場所です。ですから、あまり人と比べすぎることなく、やりたいことや興味のあることにチャレンジできると思います。

素敵な4年間にしてくださいね!

私も今年は忙しい一年になりそうですが、まずは心の安定を大切に、頑張ろうと思います。

せやからエイプリルフール終わっとるんよ

「なあ、聞いた? 明日世界終わるんやって」

「ほ〜ん、そら大変やな」

「……よう焦らんな。脱出用のロケットでも隠し持っとるん?」

「世界終わる言うてんのに、宇宙行ってどないすんねん。そんでもうエイプリルフール終わっとるで」

「バレたか」

「バレたか、やないねん。バレるに決まっとるやろ。嘘つくならもっと上手につかな」

「厳しいなあ。たとえばどんな?」

「そやね、エイプリルフールって四月馬鹿言うやろ?」

「おん」

「あれな、ほんまはちゃうねん。四月阿呆やったんけどな、東京の人がアホはいかんって馬鹿にしたんや」

「ほんま? これやから東京はイヤやわ〜」

「うそ」

「うそかいな」

「これが嘘のつき方や。ぎりぎりまで信じさせるのがコツやねん。せやけど、やりすぎはあかん。可哀想なウソもあかんからな」

「へぇ、うそのプロやな」

「それ褒め言葉やないからな」

「ほんなら、アレか。オレほんまは宇宙人やねん、みたいな」

「え、マジで? 知らんかったわ〜、そうか〜宇宙人やったのか……どうりで会話通じひんなあ思てって、話聞かれへんの? さっきの説明でなんでそのクオリティになってまうん? うそつくの下手すぎやろ」

「え〜、ちゃうんか。なんやむずいなぁ」

「おまえがめっちゃ下手なだけや」

「じゃあ、オレほんまは幽霊やねん、みたいな」

「やめろや」

「なんで」

「それはあかんやろ。あかんって。悲しいウソはつかんほうがええ言うたやろ。俺まだ気にしとるし」

「何が」

「おまえが急に俺の前からいなくなってしもたん、俺まだ信じられんくて。よりにもよって4月1日やなくてええやろ。そんなやから俺まだ……」

「卯月……」

「ウソって言ってくれてもええのに、な」

「いや、勝手に殺すなや!」

「なんでオレ死んだみたいな言い方したん? めちゃめちゃ生きとるし。そんでいなくなったいうても就職して東京行くだけやん。そらそうよ、そら4月1日や、新入社員やもん」

「元気でおってな」

「おう、身体には気をつけるわ。家にもお金入れたるから……って、お前はオカンかい!」

「やって、お前東京行くのイヤや言うとったやん! 俺と一緒に粉もん屋で天下取ろう言うとったやん!」

「や、何ソレ。初耳や。知らん知らん聞いとらん」

「なんでや! 夕暮れの校舎裏で泥だらけの学ラン抱えて共に語りあったやろ」

「オレらの学校、ブレザーやん。あ、寂しいんか? オレが東京行くの寂しいんか?ほんなら初めっからそう言やええのに。え〜、卯月ちゃんかわええとこあるやん」

「東京行くよな裏切り者は生かしておけんし」

「東京に親でも殺されたん?」

「おうおう、一族郎党殺されたで。親戚のジジイなんかスカイツリーに刺されとったし」

「何したらスカイツリーに串刺しにされんねん。ま、寂しがらんでええよ。もう世界終わってまうし」

「その話まだ続いとったん?」

「おんおん、心配せんくてええよ。痛みはないらしいで」

「は? 何?」

「ま、オレは最後におまえと話せてよかったわ。電話って素晴らしいな。来世も持ってこ」

「なに言うとるん」

「名前だけでも覚えとってね〜」

「なに漫才してんねん。つうか、もう23時59ふ、明日っておまえ」

「一生のお願いやから、もうええわって言って」

「一生のお願いそれでええんか?」

「もう終わるしな」

「……もうええわ」

「ほな、ありがとうございました〜」

「終わんなや

新たな…

みなさん、こんばんは。4月1日、いろんな人がいろんな始まりを迎えた日だと思います。調子に乗って大嘘をかましたいのですが、面白くて丁度いい嘘が思いつかないぞ…そんなこんなで、発想力貧困のあやが担当いたします😊

さて、私はいよいよ3年生というわけで、卒論なり就活なり考えなくてはならないことが増えていきました。今まで割と呑気に生きてきたのですが、そろそろ自分を見つめ直さなくてはと焦りを感じています。というのも、つい先日、Zoomで自己紹介をする機会が何度もあったのですが、自分の長所や特技など自分をアピールするポイントがまったく考えられなかったからです。これはまずい。ここで過去を何となく振り返ってみました。

小・中学生までは学級委員を務め、クラスや学年代表で積極的に活動していたこと。高校生では、何事も満足のいく形で成し遂げられなかったこと。私が通っていた高校はいい意味でも悪い意味でも自分を確実に持っている学生が多く、何となく中途半端に生きていた私は周りのみんなに圧倒されるだけで自分に自信を持つことができませんでした。その自信の欠如は今もずるずると引きずっているような気がします。

ですが、最近ぼんやりと感じていることが。この前、私の在籍している日本文学科に興味を抱いてくださっている高校生の前でお話しする機会をいただきました。何らかの代表としてお話しするのは中学生ぶりで、「私でいいの?」と終始心配になりましたが、入念に準備をし、当日を迎えました。私の話が誰かの胸に響くはず、なんてそんな図々しいことは考えもしませんが、中学生のときの私も今の私も誰かの中でほんの少しでもきっかけを作ることができたらこの上ない幸せであるなあと頭の片隅に思い浮かべているのは変わっていないことに気づきました。

「とんかつに添えられたキャベツになりたい。」

私が中学時代にお世話になった先輩が、生徒会立候補選挙の際におっしゃっていた言葉です。決して目立った活躍は残せないかもしれないけど、影で何かを支えることができれば、自分も捨てたもんじゃない。

嫌いだった野菜のかき揚げがいつの間にか好きになっていたこと。もう少し素直だったはずなのに、へそ曲がりになっていたこと。好きなものも考え方も昔と変わってしまったけれど、それでももう少し自分を前向きに捉えてもいいのかもしれない。

あっ、でも課題はいっぱいありますよ(笑)

注文していたタブレットのペンが届いたので興奮して、家族と絵しりとりしたんです。画力がどん底落ちこぼれレベルの私は、自分が描くことのできるか否かばかりを気にして「た」のターンでまさかの「たくあん」を描きました🖍 注意力散漫すぎる!!!! てか、なんで「たくあん」にしたんだよ。

まだまだ改善すべき点しかなくて、自分の良い所が探せていませんが、まずは少しでも自信を持って大学3年生を過ごしたいなと思います。

そういえば、今日新しいアルバイト先の初出勤だったのですが、心温かい人ばかりで涙が出そうです。初日から可愛いあだ名をいただきました♡ 新年度、良いスタート切れたはずっ!

新しいスタートを切ったみなさん! 一緒にがんばりましょう💪🏻

そして、新入生のみなさん! ご入学おめでとうございます🌸 同じキャンパスでともに成長できることを嬉しく思います。

それでは、またお会いしましょう☺️(錦糸公園で見た桜を添えて…)

雲間をいずる朝日かげ 匂うがごとく新しく

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!

2020年度のブログ部部長を務めたむーと申します。

春から、ひいては明日から新生活を始める人というくくりで見ると、新入生の皆さんも卒業生もおんなじ。そう思うとなんだか不思議に思えてしまいます。

2月の終わりから3月の現在にかけて「#春から本女」「#春からjwu」でツイートされる方が沢山いらっしゃって、それをお見掛けするたびに、この時期は交わらない2つの学年の交点のようだと感じて来ました。

新入生のみなさん、お会いすることはきっと叶いませんが、もしあなたがこうしてブログを読んでくださっていたならばとても嬉しいです。

思えば、昨年の4月にも私は似たようなことを言っていました。

当時の新1年生さんへ、新4年生だった私はブログで「学校ですれ違うことがあっても、きっと私たちはお互いを認知できない」と言いました。まだ1年を通してオンライン授業になるとは夢にも思っておらず、後期になれば全学部の対面授業が叶うだろうと信じて疑わなかった時期のことです。結局は認識し合うどころか、学校ですれ違うことすら出来なかった。けれど、その後に続けた言葉は今も変わらず思い続けています。「この文章をここまで読んでくださった方がどのくらいいるかは分からないけれど、私たちはブログを通して繋がっている」。

……なんて、こんなどこの誰ともわからない人間と繋がっても、と思われることと思います。本当にそう……

少し話は変わりますが、先日付属中学校から通して10年通った日本女子大学を卒業し、明日から新社会人として社会に出る身でありながらも、あんまり「寂しい」という気持ちはありません。卒業式でも泣きませんでした。あっ嘘、映像で流れた校歌にうるっときました。

けれど、同じゼミに所属した戦友、サークルで出会った多種多様であたたかな人々、中高大と共にした親友、そしてブログ部の同期、先輩、後輩。「日本女子大学に通う大学生」という立場ではなくなることでぷつりと切れてしまいそうな縁についても微塵も寂しさを感じないのは、無意識のうちにでも、縁が途切れないことを半ば傲慢に確信しているからだと思います。

コロナ禍をどう生きるか。それを探る上で私たちは、距離は遠くとも繋がることは出来るのだということを知りました。ZOOMやスカイプ、LINE通話を用いたオンライン上での会話は、想像以上に相手を身近に感じるもので。通話をつなげてゲームをしたり、オンライン飲み会に興じてみたり(私はお酒が苦手なので終始サイダーでした)、ESや卒論の作業通話に何時間でも付き合ってもらったり、付き合ったり。そんなことをしていると、久しぶりに対面で会ったときでも全然久しぶりな感じがしないのです。

会わなくても会えるんだ。そう思った瞬間から、きっと私は「さようなら」が怖くなくなったんだろうと思います。

友人の中には仕事や進学の関係で既に違う土地へ旅立った人も、まだ配属は決まっていないけれど全国転勤の可能性があり、これから遠く離れてしまうかもしれない人もいます。
それでも、文明の利器があればいつだってコミュニケーションが取れる!と私は楽観的です。楽観的過ぎて逆に不安になってきました、いいのかな、これで……。

立場が離れて疎遠になってしまうことはあり得るかもしれない。それでも、SNSやブログのような媒体を通して、お互い健康であればいつでも繋がることがきっとできる。
この確信は、自宅から出ることも出来なかった昨年の4月から現在に至るまで、ずっと私を支えてくれました。

そうそう、現1年生さん―新2年生さんのお1人とブログ部がきっかけで出会い、親しくなりました。一度も学校ですれ違ったことのない私達ですが、とても嬉しく思っています。
オンライン授業が主だった1年生の内はご実家暮らしでしたが、春から上京されるとのことで、お互い生活が落ち着いたらコロナに気を付けつつご飯でも、と話しています。この約束が、私はとても嬉しくて。

出会いが2つあるのは何だか不思議ですね。いつか来るその日がとても楽しみです。

さてもさても読者のみなさん、こうして読みにくいだろうにブログを読んで下さって、私と出会ってくださって、本当にありがとうございました。
あなたの人生に幸多からんことを、見ず知らずの人間ではありますが心の底から願っております。

どうかお元気で!

それではこの辺で。お相手はむーでした♡(愛を込めて!)

【2020年度】ブログ部大賞【結果発表👑】

~休憩室にて~

むー :お久しぶりです!春休みですが皆さんいかがお過ごしですか?
みずほ:ひたすら引きこもってます🏠そして花粉がつらい…!!
むー :確かに~。
あや :むーさん、卒業おめでとうございます!!
むー :わあ!ありがとうございます!!!!この1年早すぎてまだあまり実感がない……。
みずほ:そうですよね。ずっと家にいたし。。
あや :私も全然大学に行ってないので、もはや自分はニートなのでは、、、となっています。
むー :この前卒業式で久々に行きましたが、新学生棟もできて結構様変わりしてましたよ!
みずほ:おお~。これは4月が楽しみだ。

この1年リモート授業がほとんどで孤独な日常が進む中、ブログ部は毎日活動を続けていました。
昨年度に引き続きブログ部大賞も開催し、今年も部員それぞれの推し作品が出揃いました。
珠玉の作品たちをどうぞご覧ください!!!

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まずは簡単に自己紹介をば。各々がオンライン授業でやらかしたエピソードも添えて🖊

みずほ(以下🦔):3年、次期ブログ部長。授業5分前に眠りから覚め、寝ぐせ頭のまま授業に参加した。
あや(以下🐥) :2年、次期ブログ部Twitter支部長。ミュートにできておらず、中国語の発音練習を勝手に披露。
むー(以下🐏) : 4年、現ブログ部部長。自宅Wi-Fiがあまりにも弱く、大事なところをいつも聞き逃す。

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~本編~

🐏:それでは、銅賞を発表します!
🦔:いえーーーーい👏
🐥:銅賞に輝いたのはこちら!⭐️

🥉【銅賞】「※この物語は | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

元々インドア引き籠り気質なので、この生活もつらくなく、楽しんでいましたが、たまにはお外にも出たいなとやっぱり思ったりしたりします。おかげで最近身体が硬くなってきました。運動してないせいかな。ついでに声も出しづらくなったような気がします。誰かと会話してないからかな。

みんなのコメント

・はるか先生による口語調の「掌篇」ブログ。ラストで鮮やかに伏線が回収されていくのが非常に素敵でした。まごうことなき最推しです。
・現実と虚構の間をいっている感じが好き。(はるかさん本人にも言っていますが)ぜひ文章を書き続けてほしい!
・はるかさんが個人的に好きだから
・序盤からどことなく不気味な雰囲気が漂い、最後にゾクッとする感じ。怖いけれど惹き込まれます…!
・新しいブログの在り方を開拓したはるか先生!その世界観、大好きです…!!

🐥:はるかさんのブログっていつも世界観が独特で惹き込まれます! タイトル知らずに読んだら、えっ?何これ怖いとなってしまう、、😅
🦔:私、最初読んだとき意味が分からなくて。何回か読んでやっと分かりました。
🐏:洒落怖とか都市伝説の類い、、、既存のフォーマットに則って、実は……みたいなのがすごく好きなので、皆さんもぜひこの感覚を味わってみて下さい!

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🐥:続いては、銀賞の発表です!!
🐏:ドゥルルルルルルル……(ドラムロール)
🦔:ギンギラギンの銀賞は~???
🐏:……
🐥:……?
🦔:放置プレイ?????

🥈【銀賞】「私の源氏物語 | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

私もいろんな経験を通して、少しずつ自信を取り戻すことができています。うまくいかないと感じる時は、自分に変化を求めている時だとも思うのです。そしてどんな時も、自分は気づいていなくても人は少しずつ成長している、変化していると私は思っています。
そんな2、3年で見方が大きく変わったもの一つに、『源氏物語』があります。

みんなのコメント

・違った視点から物語を楽しむことのできるれいさんが素敵に感じたため。
・れいさんの繊細な感性と丁寧に作品に向き合う姿が想像できて良かった〜〜〜👏
・れいさんにとっての『源氏物語』が変わっていっている様子が読んでいて面白かったです。私も演習を取っていたので、振り返ることができて、共感するところもありました。
・この記事を読んだ時、私も「生と死の対比」というのを考えてみて、すごい(小並感)と感じました。源氏物語は物凄く有名ですが、内容をしっかりと把握するのは無理〜!と思ってしまいます。でも、古典の中に思わぬ現代とのつながりがあること、人の解釈だけではなくて自分自身でも考えてみること、そういう大切なことに気づかされました。私もこんな先輩になりたいな、と感じる素敵な記事でした!
・日本文学科らしさとブログ部らしさを兼ね備えており、最高峰のブログだと思う。

🐏:「日本文学科らしい」という印象を受けた方が多いみたい……!
🐥:そうですよね〜。見方を変えて文学をより楽しむことができる学科の魅力を伝えているブログだと思います。
🦔:れいさんとは高校時代からの仲ですが、彼女は文学に対して本当にまっすぐ向き合っている印象があります。そんなれいさんだからこそ綴れる素敵なブログだったと思います✨

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🐏:それではここで!金賞の発表に移る前に、勝手に個人賞発表のコーナー!!!!!!!!
🐥:惜しくも金・銀・銅賞には選ばれなかったものの、私たちの中で印象に残ったブログ3つを個人賞としてご紹介します🎶
🦔:まずはこのブログから!

むーの個人賞「わちゃわちゃ会 | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

一人ひとりの予定もあるでしょうし、何より軽い気持ちで参加していただきたく、出入りは自由、私もパジャマで張り切っておしゃべりしました。

個人的な趣味や、好きなもの。ゲームなどのお話。
オンラインはどうか、授業はどうか。また、私たちが知っている、オンラインではない実際の大学のこと。

🐏:こちらには、「リモートの壁を乗り越えたで賞」を贈ります!なんだろう、きっと今年は全ての読者の皆さんにとっても、オンラインで繋がることを強いられていた1年だと思うのですね。
🦔:そうですね。私もこの1年は孤独との闘いでした。
🐏:そんな中で、とみーさんのこのブログは、どうやって人と人とが画面の壁を乗り越えていくかを試行錯誤しながら示していらっしゃって、とても素敵だと思いました。今年ならでは……!
🐥:私もわちゃわちゃ会に参加していました!オンライン授業でどこか孤独を感じていたので、この会が本当に気休めになったことをよく覚えています。
🐏:そうなんですね!!!!!!?びっくり、素敵なご縁だ……

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🦔:お次は~~~~??

あやの個人賞「めぐりあわせ | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

大学一年生は目の前の授業や課題に追われ、気づいたら終わっていたという感じだったので、慣れて余裕が生まれる分、これからは楽しみながら学びたいなと思います。
そして、先生方ともっとお話ししてみたいと感じました。
大学で1年間過ごしたからこそ分かる話もあり、春休みの今、こうして様々なお話ができて良かったです。

10年以上続いている、このご縁に心から感謝したいです。
そして、これからも人との出会いを大切に過ごしていきたいと思います!

🐥:あやが選ぶ個人賞は、れいかさんのこちらのブログ!
🦔:おお~~~
🐥:このブログには、「かけがえのない出会いで賞」を贈りたいと思います。
🐏:なんて素敵な名前の賞なんだ……
🐥:初めてこちらのブログを読んだ時、こんな漫画のような出会いがあるんだとびっくりしました😳 それと同時にれいかさんと先輩の方に結ばれた強いご縁、素敵な優しさが感じられて胸が熱くなります。この出会いは偶然ではなく、必然なのかなあ💭💭
🦔:とてもロマンチック✨✨✨
🐏:長年のブログ部読者さんにとっては、驚きの名前が出てくる場面もあるかも……!?ぜひぜひご一読下さい!

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🐏:それでは、個人賞ラスト!
🐥:おっ!!

みずほの個人賞「I still love you ~その後のカメの恋物語~ | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

お久しぶりです。ひらめです。
ようやくブログを書かせてもらえた。2月14日がシフトって聞いたもんだから、次は絶対僕が書くからねって何度も何度も念を押したんです。僕はお隣に住んでいるクサガメのみどりちゃんが大好きで、そのことは前にもブログに書いたことがあります。「I always love you… 13年目、それでもやっぱりみどりちゃんが好き」ってね。覚えてくれている人がいたら嬉しいです。

🦔:私の選んだ個人賞は異色のブログbyひらめくんです!!こちらには「この想いは永遠で賞」を贈ります。「好き!」の一言に尽きるブログです。ひらめくんの恋物語も堂々の最終回を迎えました。
🐏:最終回だけれど、まだまだ恋は続く……今までの経緯も気になる方は、よければこちらもお読みください🙇‍♀️
I always love you ~とあるカメの恋物語~ | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)
🦔:こちらはブログ内のお写真ですが、この首の伸び具合に愛の深さを感じますよね。まさに首ったけ!

I still love you ~その後のカメの恋物語~ | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)」より

🐥:しおりさんのカメさんのブログは、ブログ部員の中にも何人ものファンがいるほど✨ この春しおりさんはご卒業されたので、この続きが見れないのが残念です。
🐏:ひらめくんとみどりちゃんよ永遠に……

🐏:以上、個人賞のコーナーでした〜!スタジオにお戻しします!!

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🦔:はい!!それではみなさんお待ちかね、金賞の発表です!!!!
🐥:待ってました!👏
🐏:キンキラキンの金賞は〜!?!!?
🦔:あれ、どこかで聞いたような……
🐥:ピッカピカの金賞は〜??

🥇【金賞】「4年間やってみて思った!文学のたのしさのはなし | 新・当世女子大生気質 (jwu.ac.jp)

それからそもそも、今の時点であなたには、本当に様々で、時にある分野に特化した教養が備わっていることと思います。100人に聞いて、99人が持っていなかった知識を、あなたが持っていることは十二分にあり得ます。
(中略)
その自分が得てきた教養や、調べて読んで新たに得た知識、また時として偶然知ったこと、そんな全部を組み合わせて立ち向かい、最後には思考の力で答えを見つけ出そうとするのが文学研究なのかな、と思っています。

みんなのコメント

・知識が増える瞬間が楽しくて文学を学んでいるのだと思い出せた🖊日本文学たのし〜〜〜🌸
・いかにも日文らしい!と感じたから
・卒論に誠心誠意向き合っている時に書かれたこのブログがとても心に響きました。日文で自分が学ぶ意味って何だろうとたまに考える時、背中を押してもらえるような気持ちになります。
・日文生の一人として、これから卒論に向かって行くにあたって心に留めておきたいブログです。
・ずっとファンです…!むーさんの書く文章が大好きです。卒論で行き詰まったらまた読み返したい。
・我らがブログ部長のむーさん!!改めて文学と向き合うことの素晴らしさを考えさせられるすてきなブログでした!!
・日本文学科ならではの話題で、ひとつの作品に深く深く向き合うむーさんのかっこよさがよく伝わってくる素晴らしい記事だと思います!このブログ記事は掲載当時にものすごく感銘を受けたので、大賞に出てきてくださって嬉しいです。これから卒論に向き合う身として、個人で追求する大変さや、一方で同じように向き合う同学年の人の思わぬ解釈と気づきがあることを、この記事に教えて貰いました。とても素敵なことだなぁと思い、こちらを選びました。あとブログの構成や文章も好きです!!
・むーさんが個人的に大好きだから
・文学は日常生活やさまざまな教養と結びついているということを強く感じたからです。文学の魅力を再確認できました。
・文学研究に要される雑学的教養について、4年間真摯に文学研究と向き合ったむーさんが書くからこそ深みのある素敵なブログになっていると思いました。

🐏:ああああああああ、、、、、
🐥:おめでとうございます🎉
🦔:よっ!!
🐏:お恥ずかしい……本当にありがとうございます……
🐥:私も大学4年間を振り返ったときに、むーさんのように実りのある学びであったと自信を持って言えるようになりたいと思いました!!
🦔:本当に大事なことって自分の引き出しの中から見つけられるものですよね。その引き出しの幅を広げる一つが教養なのだと思います。
🐏:この4年間を通して感じたのは、人はそれぞれに深い世界と強みを持っていて、そこに優劣は生じないのだということでした。だから、私も至らない所だらけの人間ですが、どこかで誰も気づかなかった何かを発見できるのかもしれない。そんな自己肯定感を知らず知らずのうちに培っていたのですね……。これを読まれている皆さんにも、必ずあなただけの視点や強みがあります。なんて偉そうに!ごめんなさい!!!本当に大切に読んでいただいてありがとうございます!!!!!!
  (むー、逃げる)
🦔:あああ…ちょっと捕まえてきますね!

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~まとめ~

🐥:さて、ようやく捕獲したところで(笑)
🦔:ここまでブログを紹介して、あやさんいかがでしたか?
🐥:どのブログも一つひとつ込められた思いがありますよね☺ 読者のみなさんには、ぜひともそれを感じ取っていただきたいです。
🦔:そうですね。むーさんは?
🐏:私は、読者の皆さんが感じ取ったものが書き手の伝えたかったこととズレていても、それは1つの在り方だと感じています。私たち日本文学科の学生は表現物を読み取る立場にありますが、ブログ部のメンバーたちは発信者でもある。私は今年度で卒業しますが、この2つの立場から得られる学びはとても深いと思うので、これからも後輩たちのことを心から応援しています……!
🦔:長い歴史を持つブログ部ですが、日々新たな発見があるのも魅力の一つだと思います。これからもたくさんの魅力あふれるブログに出会えることを祈って💫

🦔:以上、2020年度ブログ部大賞結果発表でした!また次のブログでお会いしましょう!!
🐏:あでゅー!
🐥:2021年度のブログも引き続きお楽しみください!!バイバイキーン👋

桜は儚い。
満開のときはあっという間に過ぎて、息つく間もなくはらはらと散ってしまう。

ずっと、そう思ってきました。しかし、それは迷信でした。

桜はたくましい。
咲くと決めたら、嵐にも負けない。


先日の真夜中のこと。眠れずにベッドの中にいると気持ちばかりが焦り、却って感覚が研ぎ澄まされてくることがありますが、ちょうどそんな夜に、窓の外から大きな音が響いてきました。耳をすませると、風の音がうねるように聞こえてきます。そして、続けて激しい雨の音。

今年の桜はこれでおしまい。

そんなことをぼんやりと考えながら、何度も何度も寝返りを打ち、どうにか眠りについた翌朝。何気なく外に出てみると、満開の桜が春の町に彩を添えていました。昨夜のことなどすっかり忘れてしまって、当たり前のように桜を横目に帰ってきて。気が付いたのはその日も夜になってから。桜はあの嵐のような雨風にも耐えて、そして、そのことさえすっかり忘れさせてしまうほどに堂々と咲いている。何とも力強く生命力に溢れた樹でした。


桜の季節には沢山の新しい何かが私たちを待ち受けていますね。新たな出会い、新たな挑戦、新たな発見。新しいことは興味深いことかもしれません。しかし、それは楽しいことではないかもしれません。けれど、苦しいことであるとも限りません。嬉しいことかもしれません。新しいことである以上、その時、そのものに触れて何を感じるかは未来の自分にしかわかりません。そういう意味では、華やかな町の景色とは裏腹に何とも怖い季節の訪れを感じます。新しいことに挑戦することが怖いのではなく、それに挑戦して自分が何を感じるのかが怖い。新しい一歩を踏み出すこと自体は、大学生にもなると今までに幾度か経験しているので、気持ちの整え方はわかります。しかし、その結果として何を感じるかは、必ずしも想定通りにいくものではないと思うのです。

しかし、そんな時に一つだけ確かに信じられるものがあることを、この4年間で学びました。それは、真剣に向き合った結果の感情には自分自身が必ず納得できるということ。それが自分にとって「このようでありたい」「このように感じたい」と願うものでなかったとしても、納得して受け入れられるということです。自分の気持ちに素直になるというのは、素直な気持ちを認められるだけの努力を前提として初めて可能になることであると考えます。だからこそ、その努力を怠ってはならないですし、その努力さえ怠らなければ、必ず自らにふさわしい道が見えてくると信じます。4月から新しい生活が始まりますが、やることは変わりません。目の前のことに全力で向き合うこと。だから、怖いけれど怖くない。


今年の桜には、何だか意志があるようですね。去年は全然見てもらえなかったんだから、今年こそはたっぷり見てもらいたい。そんな思いを抱いているようです。満足するまで咲いたら、やがて葉桜となって、今度は青々とした緑を湛える。そして、また来るべき春を待つ。桜は自らの正しいと思う咲き方を貫いているように見えます。だから、たくましくて美しい。何度だって花を咲かせる桜を見ていると、自然と勇気をもらうものです。桜の季節に多くの人が新しい一歩を踏み出すのは、日本らしいすてきな風習であると感じます。


ブログ読者の皆さま、お世話になったアドバイザーの石井先生、ブログ部員の皆さま。最後になりましたが、本当にありがとうございました。自らの気持ちを言葉として紡ぎ出すことの大切さ、その喜びを実感した3年間でした。しかし、それは時としてとても難しいことでもありました。書いていると、本当の気持ちから離れてしまったり、読者の方が知りたいのは個人の感情ではなく、何かもっと日文生らしい日常なのではないかと思ったり。試行錯誤した3年間でしたが、ブログを通して自分自身を見つめ直す機会も増え、充実した大学生活を送ることができました。読者の方々にとって私のブログはいかがだったでしょうか。少々カメ達が登場しすぎたでしょうか。少しでも読んでいて楽しい、面白いと思っていただけたなら幸いです。また、最後の1年間はTwitterでも大変お世話になりました。沢山の質問を送っていただくことが私自身にとっても励みになりました。今後は一読者として、カメ達と共に毎日の投稿を楽しみにしたいと思います。


それでは、皆さまお元気でお過ごしください。ありがとうございました。