【新1年生へ】センパイのひとりごと

どうもー!
真っ白な桜に緑が濁り始め、桜並木をトボトボ歩くいのり🧸です。

昨日は入学式。ちょうど桜が咲き誇る日に、門をくぐった新1年生へ、ちょっぴりセンパイの私からメッセージを。

日文に入学した新1年生へ

入学おめでとう🎉
受験勉強本当にお疲れ様でした!

第1志望でなくても落ち込まないでね。ちゃと頑張ったこと、褒めてあげてください。

これから新しい人とたくさん交わって、新しい勉強を始めて、、、、。
落ち込む暇ないくらい忙しくて刺激的な日々になりますよ!

滑り止めだったのに、今では日本女子大学の日本語日本文学科が好きになっている私が言うのですから、間違いありません。

あと、初日から友達作れなかったよ!って嘆いているキミ。

大人は、「オリエンテーションで隣になった子と今でも仲が良い」「生涯交流する友人になる」とか言うけど、そんなの無視してください。

仲良くなるかもしれないし、自分と合わないことだってあります!
大学生活でやりたいことをやり続けていれば、同じコミュニティの人と仲良くなれます。

私は2年生になってからすごく交友関係が広がりました。時間はかかるから、焦らなくていいよ。

最後に、これも大人に言われたこと。

「学生はどう頑張っても社会人と対等には見られない」って。

だったら“大学生”って身分、存分に使ってしまいましょ!
多少ハチャメチャなことをしたって、若気の至りと許されます。やりたいことがあるなら突撃しても大丈夫だと思います。

わからないとこ、気になることがあったら聞いてね。同じ日文生ってことで、絶対どこかで会えますよ。
一緒に大学生活、楽しもうね!

いのり🧸

🌱コトバ


小説を読んで何かをしたいと言ったか。
小説から得たもので現実を変えたいと言ったか。
現実のために読んでいると言ったか。

野崎まど『小説』

「小説とは何か」を考えさせられる本。視点がコロコロ変わったり、小説=嘘だという当たり前のことを痛感させられたり……。
まるで1年の必修「日本文学の基礎2」を受けているようでした。

今までは読むだけで良かった、それが楽しかった小説が、文学部に入ってからはそうはいかない。
最初は考察なんてなぁ〜んにも思い浮かばなかったけれど、数年大学で学んでいればできるようになるものですね。

読むだけで終わらせても良い小説に、これからたくさん向き合って、たくさん考察して、胸に浮かんだ気持ちを言語化していきます。
きっとこの経験が将来役に立つと信じて。

嘘つきは冬のはじまり

また季節が巡り、気がつけば春。一つ上の先輩方のご卒業がまだ実感を伴っていないような、けれどふと隣を見やれば寂寥感が確かに佇んでいるような。きっと新学期が始まれば教室でそのお姿をお見かけできないことがようやく実感できるのかもしれません。いつも心は遅れてやって来ます。

しかし、心の訪れを待つよりも早く素晴らしい方々がお越しになる季節でもありましょう。新入生の皆様、ご入学おめでとうございます!皆様が本学にお越しくださったことをとても嬉しく、そして同時に自らの4年前が懐かしくも感じられます。ここからの数日間はオリエンテーションなどで慌ただしい日々が幕を開けますが、先生方をはじめとして温かい方ばかりですのでご安心ください。

改めまして、私はブログ部4年のまどか🐧と申します。明治時代あたりから現代までを幅広く扱う日本近代文学と、そしてペンギンをこよなく愛している……現実でも文面でも喧しい一学生です。ちなみに私は僭越ながら今年度のオリエンテーション委員を務めているため、新入生の皆様をお手伝いさせて頂ければと思います。困ったことがあれば、というか無くてもいつでもお気軽にお声がけくださいね!新入生とお喋りしたいのです!!


せっかくですから老婆心に任せて、新入生の皆様にオススメしたいことや過去の経験談から後悔していることなんかを少々ご紹介します。

まずは後悔していること、ですね。主観と偏見に塗れたオススメ話なんかよりも先達のしくじった話のほうがよほど役に立ちそうですから。

【履修登録】 後悔度:★★★★☆
4年生になった今、後悔しているのは1年生の時の履修です。履修についてはオリエンテーションでもいくつか解説があったと思いますが、自分自身の今後の時間割を作る作業といったら分かりやすいでしょうか。本学の今年度の履修登録期間は4/4(土)10:00〜4/7(火)13:00までとなっていますが、一応その後の4/15(水)10:00〜4/17(金)13:00に「履修訂正期間」というものがありまして、そちらで履修を再修正することも許容されているので1回目の履修登録はそこまで緊張しなくとも大丈夫です。

それにしてもこの履修登録、はじめてのことだと右も左も分かりません。

SNSなんかを眺めているとフル単が基本!!早く取り切って4年生は遊ぶのが当たり前!!だなんて元気よく言い放つどこのどなただかも不明な発信と出会うのですが。そのようなものに不安を煽られて単位を無理に詰めてしまったところ……体力が追い付かない&期末の課題に手が回らないという事態が発生しました。

その結果、体調を崩しかけただけでなく、GPAという成績評価の面では今でも尾を引いています。これほど負担が大きくなってしまった原因はやはり授業・通学時間の長さでしょうか。

授業時間は100分に、そして私の場合は通学時間が約2時間に。それらは想像以上に体力・精神力へ影響を及ぼしていました。そして授業だけでヘロヘロ……となればサークルやアルバイトにも支障をきたします。ですから、どうか皆さん計画的かつ心身に優しい履修をお願いします。




【サークル】 後悔度:★★★☆☆
続いての後悔はサークル選びです。私にはずっと入りたいと思っていたサークルがあったのですが、その活動時間がかなり夜遅いことから「体力的に授業と両立できる気がしない……」と、最終的に諦めてしまいました。しかしながら必修授業の多い1年生を乗り越えてさえしまえば、その後の2年生からはかなり柔軟に時間割を組めるためサークルのために体力を残すような編成にすることも可能だったのです。それであれば、1年生のうちはそういう事情も踏まえてサークルの先輩に相談するなどして無理なく始めていけばよかったのでしょう。もちろん、2年生など途中からサークルに加入することもできますのでじっくり考えてから決定するのも大切です!実際に私も3年生になってから新しいサークル(メディア研究会)に入るという暴挙に出ました、そんなのを許してくれる優しいサークルさんでよかったです😌

ですが、やはり1年生の時から入っていればこその深い人間関係というものはありますから折角なら1年生の時から入っていれば良かったなぁとばかり思っています。

そのような訳で新入生の皆さんには色々なサークルさんをご覧になってほしいとも感じています。今年度は4月9日の11:00〜16:00の日程で自治活動オリエンテーションが実施されますので是非そちらを覗いてみてください。オリエンテーションと名はついていますが、別に説明会のような堅苦しいものではなく……むしろ文化祭のような、自由に皆さんが行きたいところを好きな時間だけ見て回れるといった形式です。私も香雪館の306という教室でメディア研究会のメンバーとしてコスプレをする予定です。刀剣乱舞の薔薇の似合うあの子をやらせて頂いておりますのでご興味のある新入生さんはお気軽にいらしてください♪

さてさてこのような後悔は数え始めると意外とあるもので「後悔しないこと」をモットーにしている私にしては珍しいなぁと我ながら少々呆れておりますが、★★★★★と星が全部埋まるほどの後悔は一つもないような気がします。それはきっとこの大学の日本語日本文学科で出会えた教授や友人、そして知識が私の人生の中で最も楽しく満足で真新しい物だったからでしょう。

特にこの学校で出会えた先生方のことが私は大好きでそして心から尊敬しています。どの先生方もご自身の専門分野を愛しておられるのが授業を受けているだけでひしひしと伝わってきますし、そのお姿が楽しそうなのです。熱意だとか、わかりやすさだとかそういうものじゃない。目の前にいる先達が楽しそうであれば教わる者としてこれほど魅力的に感じることはありません。そして何よりも全員クセがお強い。入学前に見た大学の口コミサイトで「クセの強い良い先生が沢山いる」というコメントを見て「???」と首をかしげにかしげておりましたが、、、納得しかありません。うん、強いなぁと思いながら毎日講義を受けています。

私は……田中先生、福田先生のお話のテンポ全てがツボに入ってしまって授業中いつも笑いを堪えています。石井先生、渡部先生の授業では研究の楽しさと厳しさをじっっくりと学べましたし、女性の生き方としてこんなにもカッコいいと思える方はいません。そして林先生や村山先生の丁寧で細やかな授業の構成や資料は授業内容だけではない多くの学びをくださいます。また、坂本先生や鈴木先生の楽しげな表情と多彩な授業資料は最前列の席で浴びる時の浴び心地が段違いです。そしてそして、山口先生はその物腰の柔らかさと学生の学習意欲に対する大らかなご対応など、これほど「せんせぇ〜😭😭」と呼びたくなる方はいません。

人生というものの醍醐味が「どれだけ面白い人と出会えるか」だとしたら、私の人生のこの4年間は間違いなくダントツの濃さです。この先の人生でこれが超えられるのか心配になるくらい、友人たちも皆インパクトの強い素敵な方々なんです。

ですから、私から最後に一つオススメを。大学という自由で混沌として目まぐるしい空間を恐れないこと。少しでもいいから飛び込んでみること。即ち、迷ったら飛び込む!とりあえず連絡先は交換しておく!といったことです。嫌なら辞めていい。辞めるのも距離を置くのもいつだって出来る。社会人になったらそうはいかないかもしれないけれど、大学ならきっと大丈夫です。

私は、大学がモラトリアムだなんて言われる理由に4年かかってようやく気がつきました。どうか新入生の皆さんの過ごす4年間が、ご自身の人生の中で振り返る価値のある時間になるよう心から祈っています!

大波に乗る

こんにちは。

とうとうこの日がやってきてしまいました。大学生最後の日。最後ですから、私のゆかいな同期をもう一度紹介しますね。

  あやめさん

  さくらさん

  ももこさん

  ゆづきさん

  わたさん

菖蒲、桜、桃、柚子、棉。みなさん偶然にも草花の名前でおそろいなんですよね。それなら私「のの」は「野野」ということになるのでしょうか笑。この1年ブログ部の部長として花々の育つ土壌となって花を咲かすお手伝いができたのなら、案外お似合いの名前だったのかもしれません。優しくて優秀なみなさん、私は彼女らのおかげで安心してブログを書き続けることができました。ありがとう。

私にとっての大学4年間は挑戦の連続でした。このブログ部も挑戦の1つです。「挑戦」と言うと、あたかも自分の思い付きで自分の行動力を糧にして行っているようですが、私の場合それに比べると少し違います。客観的に、受け身で他人に流されているだけのようです。

中世自主ゼミだって、中世自主ゼミに興味のあった友人について行っただけですし、ブログ部だって、石井先生からありがたくお声がけいただいたからこそ入部したわけです。教員採用試験の対策だって、教職総合センターの方からご連絡がなければ集団討論の練習グループに加わることはできず、孤独に泣いていたかもしれません。私が初めから自分の意思で始めたことといえば、スーパーのアルバイト、学習支援ボランティア、体育会弓道部くらいでしょうか。アルバイトは、多くの方が何かしらやりますよね。ボランティア、は思い付きで始めたとはいえ、大学卒業まで続けられましたからよいでしょう。弓道部は、3年の秋で辞めましたね。

という具合で、私が大学4年間の中で価値を見出せるような体験の半分~3分の2くらいは、自分以外の誰かがきっかけで始めたものです。でも私はこれが決して悪いこととは思わないのです。

もしも私にその意思がなければ、活動に誘われた時点でお断りしていたでしょう。もしも自主ゼミに入っていなければ、ブログ部に入っていなければ、集団討論練習に参加していなければ、『宇治拾遺物語』を読むことも、自分のささやかな体験をこうして文章におこすことも、就職先を決めることもなかったかもしれない。だから、たとえ他者がきっかけだとしても、自主ゼミ、ブログ部、集団討論練習に“参加する”という選択をしたことが何より大切だったのです。自分で波を作ることができなくとも、サーフボードを使って大波に乗ることさえできれば、それでよいのです。

4月から大学生のみなさん、4月からも大学生のみなさん、自分で波を作ってもよいし、サーフボードやヨット、クルーズ船を使って誰かが作った波に乗るのでもよいです。なんとか波に乗って充実した学生生活をお送りください。 最後になりましたが、これまで私の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。お元気で!

いちめんのなのはな

ごきげんよう、あやめでございます。

さあ、最終回です。反省会です。ここまで私は全部で69回もブログ記事を更新してきたようです。この69回の間に、出来なかったことの方が多くあって、出来たこと、変わったことが果たしていくつあったのか、見当もつきません。私にどれだけのことができたのか。できなかったのか。ただ、少しでもみなさまに「日本文学科ってなにだか興味深いぞ」と思っていただける、そのきっかけになれていたらよかったな、と思います。

現在の私は、卒業式を経て、引っ越しを終えて、大学生の蓑を脱ぎ掛けて、ああ、長かったと伸びをしている、そういう格好でうしろをチョイと振り返ってみてみた、ようなところにいます。例えば、みなさまが卒業旅行だ海外旅行だとキラキラ楽しそうにおでかけしているのを尻目に、近場日帰り東京観光をしてきました。私としてはなかなか楽しい経験になりました。おいしいものをたくさん食べてそれ以上によくしゃべった1か月になりました。

高校時代の友達に3年ぶりに会う機会もありました。私はあんまり変わらなかったようです。でも同時にすごく元気になったと言ってくれました。エネルギーを上手に放出できたということでしょうか。それとも大学4年間で上手にエネルギー補給できるようになったということでしょうか。はたまた、大学の4年間が私を元気にしてくれたのでしょうか。

私はこれから、こンなスカした上から目線のくどい文章を封印して、一面に咲く、エネルギーの塊、なのはな、としてみられることに慣れなければなりません。なのはななのです。はたから見れば私は、水分に満ちてうら若い、菜の花です。みんなと同じように、一面の、菜の花です。成長です。文章は簡潔に・結論から。我はしまっておいて、しかしにじませる。遠目で見たら白黒、近くで見たら打ち上げ花火、そういうみずみずしい存在にならなければならない。そう思って振り返ると、この四年はさながらつぼみでした。あんまり私がおしゃべりだからあなた、お判りにならなかったかもしれないけれど。あんまり変わり種なので見えなかったかもしれないけれど。ようやく咲くべき時が来て嬉しいのかもしれません。

きっと一人暮らし初心者の私は料理に菜種油を使うことになる。それでいいのだな、と理解しました。春でした。

つぎつぎと同期の、仲間の、卒業しますという記事が更新され、「あいさつってあんなふうにするものなのか」とドキドキしながら順番待ちをして、けれど、みんなが言ってくれたことをくどくど続けるのはおもしろくないな、と思って、私はこれだけ申し伝えておしまいにします。自分に力を蓄えたあの、目まぐるしい4年間は、怒涛で、本当にたのしかった。

言い訳のようですが、私は昔から、あまりうしろを振り返らないひとでした。幼稚園の卒園式は「はやくピカピカの1年生になりたい」と思っていたし、小学校の卒業式は「中学生ってどれだけ忙しいのだろう?」と思案していたし、中学校の卒業式は「さあここからが私の学習の成果を発揮するべきステージだ」と意気込んでいたし、高校の卒業式は「つぎの4年間はどうにか楽しいを享受できるようになっていてくれ」と祈っていました。先日の大学の卒業式でも「懐かしい」とか「楽しかったな」という感情も浮かんでまいりましたけれど、それよりも「よし次は入社式の準備だ」という淡白さ。私はこのスタイルで参ります。

今回で姦しい私が記事を更新するのも最後です。笑い飛ばしてくださいね。ああ、そういえばそんな奴もいたねえ、あいつなんだかいつも湿度が高かったね。これで十分。

私の実験は成功でしょうかしら。一人だけ満足顔で前に踏み出しているのだからね。それではさようなら。私の拙い文章をご愛顧・ご愛読いただき誠にありがとうございました。

もちろん!今後の「新・当世女子大生気質」も何卒ごひいきに。後輩たちが繋いでくださりますからネ。

雨も風も吹かぬに

時は遡り2015年。クスノキとユリノキがあり、学生生協の場所が違い、旧図書館があった時。朝ドラ『あさが来た』の時代。小学校5年生の私は母に連れられ、初めて日本女子大学に足を踏み入れました。学食で醤油ラーメンを啜りながら、「このラーメンとは長めの付き合いになりそうだな」とぼんやり思いました。

それから附属学校に入学し、西生田でのびのび育ったのち、4年前目白に通うこととなり、そして先日卒業しました。

学食でまた値上げした醤油ラーメンを啜りながら、今回何を書こうか考えた時に、毎回言おう言おうと考えて、でもラーメンに乗ったチャーシュー(どう見てもハムだが)のように何となく最後の方に残していたものがあるのを思い出したので、今回はこれを書こうと思います。

***

そもそも論、大学や専門学校に行く意味って何でしょうか。

周りが行っているから?

両親祖父母がお金を出してくれるから?

正直お金や余裕がない分には行けませんから、ふたつ目はかなり影響力があります。私も両親祖父母無しではここには居ません。一生かけても返しきれない恩恵です。

ではお金や周囲の問題抜きに考えたら、いかがでしょうか。

学びを深めるため?

より良い就職先を見つけるため?

婚活に有利な条件を揃えるため?

どれも正解だと思います。自分の未来を考え、その先の景色を観に行く必要があり、そのために専門機関で何かしら学ぶ必要があると理解して出た行動であることには変わりありません。

ここから先は今現在の私の考えです。

私は専門学校や大学とは、現代の修験山であると考えています。

学校という名の、俗世から隔離され守られた環境で、学生という社会的な庇護対象にあって。中学生や高校生までとは違って、自分でその環境を大いに使って、赴くままじっくりと自分の道を追求する。そうして社会を構成する者として貢献する=生きるために、「悟り」を開く場所であると思います。

日本女子大学文学部日本文学科という名の山は、私にさまざまな景色を見せてくださいました。この山に群生している、本という名の木。1本1本を登ってみれば、別の修験山の外観を見せてくれたり、その領域の重要性を語ってくれたりします。小説、詩歌に留まらず、論考、随筆、戯曲、書簡、広告文、文字で書かれた全てのものは、題材も生まれも三者三様。社会学、史学、哲学、生物学、薬学、数学、法学、経済学、他にも色々、視野広くたくさんの世界を垣間見ることができました。

文学というのは越境の学問だと考えています。

国、人種、時代、そして学問の人工的な枠組みを超え、さらには個人というものすら超えて、全てを包括しているのが文学です。専門性を求めると、劣る分野はありますが、「あらゆる世界を外観する」点は、最も身近で最短ルート(※主観)。少しでも世界の外観を知れば、次はどこに行きたいか、次の時代は何を求められているかのプランも立てやすいです。そしてそれが母国語で勉学できるのだというのは本当に有り難く、非常に有利です。

故に私は、やりたいことを模索中の人こそ文学部に進むのは得策であるとも考えています。

ますます未来は確証できないからこそ、早期に意思決定をする必要性がある現代。正直、尋常ではありません。よほど運が良かったり、決まりがない限り、中高生はもちろん、どの段階でも、人生をかけてどうこうしたいという確固たる意志は持てません。しかし総合大学の文学部であれば、その悩みの期間を延長、或いは創出することができます。

文学部は悩む環境が充実しています。

まず、学内では時代を超えた様々な本、及び世界に触れることができます。授業や自主的な勉学に限らず、日本文学科であれば学会、研究ノート、自主ゼミ等でも出逢う機会が設けられています。いわゆる文学オタクな友人や先輩後輩がいれば、その方たちの話を聞くのも大変勉強になります。そして総合大学であれば、そこで出会って気になった他分野の授業を受けることも、必要単位数が少ないため容易です。

研究室に毎日行かなきゃということもないので、学外活動もたくさんできます。留学も可能です。学校との交渉次第ですが、留学しても4年でちゃんと卒業できます。学外で学ぶことも本当にたくさんあります。むしろ、定期的に出て様々な人と関わってこそ、学問の活き方を識るところがあると考えます。

こうして色々見ていって、これまでの人生で一番心に残ったことを、その対象に自分が近づくまでに通った文学作品に絡ませながら卒業論文を仕立てれば良いのです。メイク、アート、メカ、アーキテクチャ、なんでも大丈夫です。オタク的熱狂状態になることが出来れば、飽きずにやり切れるから良いですが、ならずとも、むしろ冷静さや視野の広さは羨ましい武器です。

大学以後の進路についても同様、色々見て、理想の環境を探して、そこに入れるように身を併せていけば大丈夫です。卒業論文の内容が使えれば、話のネタが増えるので良いですが、それとは別に考えるというのも可能です。

文学部の就職難が多少好転している昨今、今が好機であると、私は思います。「本に対して興味がない」「つまらない」と思っている方も、色々学部を見てみて、どれもまだしっくりこない、単位を取り切れる自信がないなら、一度文学部を見てみてください。文学部は本好き・文学オタクだけが行く場所ではありません。少なくとも私が学内外で関わった文学部の先生方は、こうして迷う人を導く力があり、むしろそれが教授という存在なのだろうと思いました。かくいう私も導いていただきました。啐啄同時とはまさにこの瞬間のことなのだろうと感じています。

***

私はこの山を下山しました。しばらく知識を社会に還元しながらお金を得て、安定したら、この山から見えた別の山に修行しに行こうと考えています。どこに行くかはまだ誰にも言えません。私のことだから、多少変わるかもしれないので。

ただ基本姿勢はいつだって同じ。人生は紙飛行機とするならば、どこまでもどこまでも、自分の思うまま赴くまま、飛んで飛んで飛んで、どこまでも飛んで、色々な景色を見ていきたい、創っていきたい。そのために必要な新しい知識を常に常に、執念深く泥臭く、限りなく求めていきたい。私は紙飛行機界のグローバル8000になります。

さようなら、ありがとうございました。

これにて筆を置かせていただきます、わたと申しました。

しなやかに、したたかに

みなさん、こんにちは!

去る3月20日、無事に卒業を迎えることができました、ももこです。

卒業式当日はあいにくのお天気でしたが、午後には雨も上がり、花曇りの中に佇む成瀬記念館が幻想的な雰囲気を漂わせていました。友と語らい、恩師にご挨拶をし、充実した一日を過ごす中で実感したのは、この四年間、本当に恵まれた環境に身を置けていたということ。この場所でしか獲得しえなかった学びを修めた今、私がすべきこと、私にできることはどのようなことだろうか…と、改めて考えさせられる機会となりました。この度の卒業式は、そういった意味でも、単なる感動のワンシーンではなく、通過儀礼として私の人生に深く刻まれたことと思います。

あと、もうひとつ。これまで様々な場面で惜しみないサポートをしてくれた家族を、代表学生として椿山荘に招くことができたのが何よりの喜びでした。一生をかけても返せるはずもないですが、「恩返しpart1」とか、「親孝行part1」くらいにはなったでしょうか…(笑)?お父さん、お母さん、お姉ちゃん、四年間本当にありがとう!

***

さて、本日は私の最後のブログ更新日です。何を書こうかなぁと数日前から頭を抱えていたのですが、今日の午後に少しだけ参加することができたブログ部おはなし会で出た話題にふれて、幕を下ろしたいと思います。

文学部、ましてや日本文学科に在籍している身なら必ず一度は通る「日本文学って学んで何になるの?」問題。日文生にこの質問をしたら、十中八九怪訝な顔をされると思いますが、この問題は私にとって結構身近な話題でした。…というのも、毎年元旦に我が家を訪れる叔父がこの手の質問をしてくる人だったのです(叔父さんには、専門学校を卒業した後、看護師になって手に職をつけた自慢の娘さんがいることを思えば、こういう疑問を持つことも当然なのかもしれませんね…)。

「日本文学なんか勉強しても就活には不利だ!」

「日本文学なんか勉強してどんな職業に就くんだ?」

このような言葉を浴びせられても、これまでの私は笑ってごまかしていました。取り合わないことが一番の対抗策だと思っていたからです。

しかし、今年の私は違いました。研究対象に真剣に向き合い、五万字に及ぶ卒業論文を提出した者として、ゼミの仲間が卒論と両立しながら一生懸命就活している姿を見てきた者として、我慢ならなくなったのです。私は角という角を削ぎ落したような人間なので日常生活で言い返すことはあまりしませんが(笑)、このときは鼻息荒く大声で反論しました。

「おったん、それをいっちゃあおしめぇよ(寅さん風)」という言葉に端を発し、私が叔父に話した内容はかいつまむと以下のようなもの…。

大学で身に付けることができるのは、その学問における専門性だけではない。専門的な研究を行う過程で得た本質的なスキル、例えば、自ら情報収集をして課題を発見する力、課題を解決する論理的思考力、自分の考えを他者に分かりやすく伝える表現力や発信力なども、立派な大学での学びの成果である。むしろ、文学部に限らず、どの学問においても、大学で身に付けた専門性が直結する職業ばかりでない現代において、この本質的なスキルこそが社会で真価を発揮する大学での学びではないのか。そう考えれば、日本文学科での学びが就活においても、人生においても無駄なんてことはありえないっ!

このような私の主張に、叔父は「難しいことは分からない…」と取り合ってくれませんでしたが、理不尽な質問に対して初めてできた反論だったので達成感もひとしおでした(笑)。四年間、本学の日本文学科で学んだ自信と矜持が私を奮い立たせてくれたのだと思います。

悲しいかな、今の世の中では日本文学は学ぶ意義を問われる立場にあります。Xなどで古文・漢文不要論争をよく目にしますよね…。詩や和歌を詠み、文字を綴る営みが何千年も前に興り、廃れることなく現在まで継承され、今なお多くの人々の心を惹きつけてやまないことを踏まえれば、学ぶ意義など無限にあるように思うのですが、利益を至上のものとして位置付けたがる厳しい風潮の中で、日本文学を学んだ者が生き残っていかなくてはならないことも事実です。そんなとき、私たちが守り刀として活用すべきなのが、大学で磨いた本質的なスキルなのではないでしょうか。

また、「文学」とは、時代を超えて人の心にふれることだと思います。それは、就活云々といった短期的な活動だけでなく、生涯に亘って私たちの心を豊かにしてくれるはずです。 さて、日本文学科に在籍しているみなさん、新たに入学されるみなさん。本学科で学びを深める中で、時には「日本文学って学んで何になるの?」問題に突き当たることがあるかと思います。それは、対外的な場面での悪意ある問いかもしれないし、惑う中で自分に課した残酷な問いかもしれません。

しかし、日本文学科での学びが無意味であるなんてことは、絶対にありません!

先生方は私たちに専門的な知識だけでなく、この社会をしなやかに生きる術を授け、私たちもまた、したたかにその術を自分のものにしていくのです。本質的なスキルは社会に出て、より一層洗練されていくのだと思いますが、その基盤となる地力は、確実に大学で獲得したものです。今はまだ発揮されなくとも、みなさんの中で着実に育っているはず…。日本文学科で学ぶことに自信と誇りをもって、これからも学業に励んでくださいね。みなさんの大学での学びが実り多いものになるよう、心から祈っています!

(かくいう私は大学院に進学するので、あと2年間は日本女子大学にお世話になります。専門性を高めるだけでなく、守り刀としての本質的なスキルを磨くことも忘れずに、研究に邁進する所存です。一緒に頑張りましょう!)

***

ここまで長々と書き連ねてきましたが、そろそろ幕を下げるときですね…(泣)。

ブログ部に出会い、また幸運にも、その一員として活動させていただけたことが、私にとって何よりの喜びでした。途中、更新が滞ってしまったこともありましたが(本当に申し訳ない…)、そんなときは他のブログ部員さんの素敵な投稿に励まされていました。名残惜しいですが、これからのことは頼りになる後輩のみなさんに託し、4月からは一読者として、ブログ部の活躍を楽しみに、日々過ごしたいと思います。応援しております!

最後に、これまで私の拙い文章を読んでくださった読者のみなさま、ブログ部のみならずゼミでも大変お世話になった石井倫子先生、いつ、どんなときも温かく迎えてくれるブログ部4年生、あやめさん、さくらさん、ののさん、ゆづきさん、わたさんに心より感謝申し上げます。

誠にありがとうございました!

それでは、また!

つれづれなるまま!

みなさま、こんにちは。

先日無事に卒業式を迎え、学位記を受け取り、大学を修了しました。そして、このブログの更新もいよいよ最後となります…!

 最後のブログに何を書こうかと検討して、時間だけが過ぎていますが、王道に(?)4年間の振り返りと社会人になっての抱負でも書き綴ろうかと思います。私の4年間は「サークル」・「推し活」・「大学」の三つに絞られます。これぞ大学生!という印象を受けますね。

「サークル」ではジャズダンスサークルに所属し、結構しっかり4年間丸々踊っていました。ブログでもたびたび取り上げて、読み返しても非常に充実したサークル生活を過ごしているなぁと思います。大学生でできたお友達はほとんど、サークル及びダンスを通じてできたお友達です。OGさんや後輩を含め、たくさんの方とお知り合いになることもでき、心身ともに成長できた、そんな大切な経験と思い出になりました。社会人になると運動不足になるよ~と言われ戦々恐々としているので、細く長く続けたい所存です。

二つ目、「推し活」もブログで触れることの多かったトピックですね。4年間振り返ると私の推しは明確に変化しています。といっても推しに捧げる「好き」の感情が無くなるわけではなく、当然胸の中に大事に残っているのですが、、、同時にアップデートもされるのです!私は分かりやすくあんスタ、アイナナ、まほやくなどのゲームから2.5次元の歌い手グループ、シクフォニと主だって推す界隈が移っています。4年で人は変わるなと思いつつ、感情が高ぶると長文レポを書き始めたり、家で限界極めたりする様子は人って変わらないなと客観視することも多々あります。ちなみに、あんスタ、アイナナともに10周年というとんでもない節目を迎え、駅やら街中やらでこのアイドル達を目にする機会が倍増しています。特に池袋はあんスタが激アツで私も再熱しかけています。お気に入りのイケメンを見つけてぜひ推してみてください。(ちなみに×2、私の推しは「斎宮宗」です。彼の年齢をとうの昔に越えましたが、いつまでたっても彼を「宗さま」と呼び続けます。)

 そして最後に、「大学」。間違っても真面目な優等生とは言えない学問の道でしたが、あらゆる時代の文学作品や日本語について幅広く学ぶことができたと思います。どの講義・演習も非常に興味深く、ただ文学を読む、言葉を知るといった行為以上に日本の文化や日本人の心の在り方に触れることができた4年間でした。国語が好きという気持ちから、全般的な知識に関心を寄せていた私にとっては、あれもこれも、気になる!を実行できた時間だったとも言えます。あまたつまみ食いをしながら、最終的に書ききった卒業論文は何故か中国近代演劇について。自分自身、興味・関心の幅どうなっているのか分かっていませんが。好きなことを書いて文章にまとめる作業は、想定していた卒論執筆よりも大分楽しく、のびのびと(のびのびしすぎたところもあり。)進めることができました。『研究ノート』の個人レポートに一部掲載していただいております故、もしよろしければご一読ください!

さて、本当の本当に最後となってまいりました。あまりにもゆる~く書き続けた拙い文章を読んでくださった皆さまには感謝しかありません。前述した3つの大学生活に軸を書き綴り、誰かに見読んでもらう経験は、このブログ部でこそ得られたものです。あまりにも貴重な時間。4年間の中でブログ部部員であれたこと、誇りに思います。これからのブログ部の発展をお祈りしつつ、今後は読者側として楽しみにしていきます!改めて、ありがとうございました!!それでは!

さくらの咲くころに

こんにちは、さくらです。
最後のブログとなると何で締めくくるのが良いのか。

日本女子大学の入試に際して使われる文言で好きな言葉があります。

「桜の咲くころお会いしましょう」

何の花もそうですが、桜の咲く時期も一年で見れば本当に僅かな期間です。今の時期でしたら咲き始めですが、来週には散ってしまっているかもしれません。その僅かな時期に新しい誰かと出会い、その思い出に桜の花があることが私にはとても特別なことにうつるのです。

私自身の名前の由来も「桜が満開の時に生まれたから」というものなのですが、それですら本当に僅かな期間の縁によって与えられたものだなと思います。ですから人よりもずっと桜の花に対する思い入れも強いと思って生きてきてこれからもその想いはずっと強いままでしょう。

私のLINEアカウントのホーム画面もずっと桜の花の写真です。これは毎年新しい桜の花の写真を撮って毎年更新しています。今使っているのは昨年ゼミのメンバーとご飯を食べに行った帰りに撮った夜桜です。今年はまだ新しい写真を撮っていませんが、今の写真を変えることも少し名残惜しさがあります。でもまた新しい思い出を作っていくために来週には変えていることでしょう。

これからこうして自分の文章をお届けする機会は本当に減ってしまうでしょうが、いつかまたみなさんと桜の咲くころにお会い出来たら嬉しいです。
またどこかで。

花粉と闘った春休み

 こんにちは、こんばんは。
花粉に悩まされながらもなんとか日常生活を送っているりさ🎧です。

 2月から始まった春休みもあっという間に終わりを迎えそうです。無事に本免許が取れたり、サークルの定期演奏会があったり、高校の定期演奏会に賛助として参加したり、推しのライブに行ったりと音楽に浸った2ヶ月間でした。やりたいと思っていた簿記については聞かないでください…やってないなんて言えない…いやでも10ページぐらいは進めた…友達も興味があるみたいなので、励まし合ってやっていこうと思います!

 春休みを月ごとに区切って見てみると、2月はなんと言っても教習所!定期演奏会練習!の1ヶ月でした。3月は御殿場行ったり推しのライブに行ったり、ブログ部の2年生でご飯会をしたり、本をのんびり読んだりと、THE休みを満喫した1ヶ月でした。ブログ部の2年生のご飯会は2人お休みだったので、次回開催するときには6人で集まりたいです!今回はとってももちもちしていて美味しいピザを食べました!大学からも歩いて行ける距離(池袋寄りなのでちょっと遠いかも)なので、今度また友達と行きたいなと思います!

4月になると新しい環境になり体調を崩しがちなのでできるだけ今のうちから規則正しい生活を送りたいところです。

 そして、本日からシラバスが公開されました!ブログを書いている現在の私はまだシラバスをまだ見れていないのですが、全休は作れるのでしょうか??でも全休があるとスイッチの切り替えが個人的に難しくなるので、ない方がいいのだろうか…?
私的なスケジュールの組み方など、いつかブログに書けたらいいなぁと思いながら締めたいと思います。

 本日は春休みについてお送りいたしました!
またお会いしましょうー!

大人とは何か

皆さんこんにちは、みちこです。

早いものでもう3月の下旬になりまして、そろそろ4年生になろうとしている自分が非常に怖いです…

現実を見たくないですね~…。

就活が真っ盛りすぎて本当に…という感じなのですが、その息抜きに様々な場所に出かけ、友人たちと会う日々を過ごしております…。

 

今回は最近の近況として、「大人とは?」というテーマでお話を進めていきたいと思います。

面接官と話していても、先生方と話している時も、親世代の方と話している時も、私が年上の方と話している時に高確率で言われることがあります。

それは、「落ち着いていますね」です。

口を揃えてそう言われます。

詳しく話を聴くと、「大人と話すことに動じない」だったり、「物怖じせずに話せている」だったりと様々に言われております。

時には「精神が大人すぎて実年齢とかみ合わない」と言われることもありましたが…

といったように、私はかなりの確率で「(精神的な意味で)大人っぽい」と言われます。

 

これはどこからくるものなのだろうと改めて考えてみたところ、やはり家庭環境(言ってしまえば私の母)の影響が強いだろうという結論に至りました。

母は昔から私を「自ら考えさせる子」に育てたかったようで、それが最初に出たのが電車の乗り換えです。

母は小学生の私に、交通系ICを買い与えることをしませんでした。

その理由は、PASMOやSuicaを買い与えてしまえば電車に運賃がかかっていることを認識できない、という点がまず1点。

2点目は、切符を買うということは目的地までどういうルートで行くかを路線図を見ながら事前に決めなければならないという点です。

路線図を見ながらどのルートで乗り換えをするのかを事前に考えた上で切符を買い、電車に乗るという体験は、当時の子どもからしてもあまりしないことであるかと思いますが、私の母はあえてそれをやらせていました。

その結果、中学生になって毎日電車通学をするようになってから乗り換えに困ることはほとんどなくなりました。

今や山手線周辺程度の都内近郊の駅であれば、駅名を言われるだけで乗り換え路線を空で言えるまでには都内近郊の路線図を把握しております。

 

このエピソードに見られるような「子どもに自ら何かを考えさせる」という教育を受けてきていたこととも関係しているかと思いますが、私は本当に昔から考えることが好きになっていきました。

その頃からの「考えるクセ」というものが育っていった結果が今の「大人っぽい」につながる要因の一つであっただろうと考えています。

 

また、「私の母が話をよく聞いてくれる人だった」ということもあるかと思います。

母も母で私の話をよく聞いてくれる人で、母との会話の中で常識、考え方、教養、社会情勢などなど、様々な話をしていく中で、何事に対しても自分の意見を求められるようになると同時に知識も仕入れられるので様々な話題に対応できるようになりました。

その結果が今の「大人と話をしても怖気づかない」「地に足のついた会話ができる」という評価につながっているのだろうと思っています。

いわば「母との対話」を通じて私の思考力は育てられていったようです。

 

という、思考のルーツの1つを掘り当てたところで、今回はここまでとしたいと思います!

次回は4年生の抱負とか話してますかね(笑)

本当に行き当たりばったりです(笑)

2年もブログを描いていたらネタも多少は尽きてきましたので、新規のネタで戦うしかなくなってきまして…。まあ、大目に見てやってください(笑)

 

というところで、ここまでとします!

最後までお読みいただきありがとうございます!